●リプレイ本文
高速移動艇から降りた傭兵達は、まず移動用の車を借りに隣のULT支部へ。
そこにちょうど百貨店から避難してきた店員が着き、直接現場の情報を聞くことができた。
「では、今は15名ほど取り残されているのですね?」
フェイス(
gb2501)が改めて聞き返す。
最初にキメラが店内に侵入しようと暴れているその隙に、ほとんど避難は完了したらしい。
飲食店街に客が少なかったことも幸いした。
その後ろでは、記憶を頼りに百貨店の案内図を書いてくれている人が。
「助かります、わざわざ書いて頂いて‥‥」
希望したのは柚井 ソラ(
ga0187)だが、ここまでしてくれると恐縮である。
そして傭兵達は送迎用ワゴンに乗り込んだ。
防犯カメラの映像とかキメラ出現時の表通りの映像とかは、ワゴンの中で見ることに。
もしかしたら時間が無いかも知れないのだから。
「よしっ、じゃあ行こうっ!」
「準備OKッス!」
橘川 海(
gb4179)が元気よく言い、天原大地(
gb5927)も自分の手の平に拳を打ち合わせて気合を入れる。
運転席のULT職員はそんな姿を見て、この人達なら安心できる‥‥と感じていた。
ワゴンで走ることわずか2km。
ドラグーン3名はAU−KVの方が早かったような気もするが、映像を見せてもらう必要があったから仕方ない。
取り残されている人々は全員3階にいるらしい。
「ずいぶん暴れてるな」
篠崎 宗也(
gb3875)が地面に降り立った時、さっそく地面の揺れを感じた。
狭いところでキメラがまたかんしゃくを起こしたのだろうか、強い横揺れとともに破壊音が聞こえてくる。
現場でキメラを見張っていたULT職員とタッチ交代、任務開始である。
双眼鏡で店内を覗く雨衣・エダムザ・池丸(
gb2095)。
「よく、見えま、せんけど‥‥1階に、いるの、は間違いない、です」
こちらからよく見えないということは、動いてはいるがこちらに注意を向けていない。
つまり向こうからもよく見えていないという事だ。
カマキリはその眼の構造上、一度に前後左右と上方向すべてを見ることができるが、隠れながら行けば不意打ちできるかも知れない。
防犯カメラで見たように棚に頭を突っ込んでいてくれれば、なお良いのだが。
しかしなんとまあ‥‥
そのでかさ。昆虫の体の細かなディテールを嫌でも見せられる精神的圧迫。
フェイスとソラは思わず呟いた。
「‥‥昆虫が兵器にし易いのは分かります。分かりますが‥‥5mって。加減って物をですね‥‥」
「虫が嫌いな方には、大変そうな相手ですね‥‥」
作戦は‥‥戦闘班がキメラをひきつけ、救助班がエスカレーターから上って救助対象を確保する。
キメラがいる間に避難も同時進行というのはいささか危険な気もするが‥‥
「取り残されている人達を安心させるんだよっ」
海の言うように、傭兵が顔を見せることで人々を安心させるのが目的だ。
避難できるかどうかは人々の状況次第。
防犯カメラの映像によれば足をくじいた人もいるし。
「無理は禁物ですね」
生活を、取り戻す。目的は誤らない。
フェイスと海は、表からエスカレーターの側まで移動を開始した。
まず雨衣とアリエーニ(
gb4654)が気を引くために先制攻撃できる位置に。
AU−KVのエンジン音に気付かれないよう、外から非常口へ回る。
ソラは隠密潜行を用いて狙撃しやすい場所へと。
大地と宗也も、気付かれないよう慎重にキメラの近くまで移動。
と、ガラガラガシャンと派手な音。
キメラが冷蔵棚に前脚をひっかけ、捻じ曲げて、中身をばらまいたのだ。
(「今‥‥!」)
その音を好機と見て、雨衣とアリエーニが飛び出す。
(「竜の翼!」)
覚醒とともに現れたアリエーニの光の翼がうしろに伸び、宙に軌跡を描いた。
一瞬で外から中に飛び込んできた2人に巨大カマキリは反応できない。
雨衣は真横から斧を構えたまま体当たりするようにぶつかり、アリエーニは外羽を蹴りながら狙いすました刺突を加える。
「手ごたえ、あり!」
雨衣の突撃でよろめいたキメラは内羽を露出しており、アリエーニはそれを貫き、引き裂いた。
何が心配と言って、それはもう『避難している最中の人々が襲われること』が一番心配だ。
それだけは防がなければいけない。
だから片羽を奪った。
雨衣も精一杯キメラの注意を引くべく、花狐貂を再び振り回す。
(「鎌を‥‥なんとか、抑えられれば!」)
さらに前衛が一歩下がった瞬間にタイミング良く炸裂する弾頭矢。
隠密潜行状態から思い切り全力を込めた弓矢の一撃。
ソラもまた、短期決戦を想定していた。
彼のアルファルが錬力を込められて輝きを増している。
それとほぼ同時に大地も飛び出し、雨衣とは反対側の側面から渾身のスマッシュを見舞う。
(「昆虫界の剣士との勝負‥‥人命救助が第一ではあるけど」)
大地はなるべく銃を使わないつもりでいた。己の鍛錬の意味もある。
任務は優先させるが、この勝負も楽しみであって。
前に回りこんで大剣を構え、巨大カマキリとしっかり向かい合った。
「キメラが飛びかかってくるのに注意してください!」
前衛に声を飛ばすソラ。
巨大カマキリの後足が縮み、まるでバッタを捕食するように傭兵達に飛びかかる‥‥
「う‥‥!」
最初の標的は雨衣。
しかしひるまず、竜の血を使用し壁になる覚悟だ。
ドラグーン2人が飛び込んでからここまで約10秒。
戦闘開始を合図に、フェイスと海が上階へと移動した。
エレベーター等の電気系統が動かないのは確認済み。と言うかエレベーターのドアは開いていた。
たぶんキメラが暴れた振動が検知されて、非常装置がはたらいているのだ。
「?」
スナイパーの視界の端で何かが動く。
3階へと続くエスカレーターの上で人影が‥‥
「あ、お待ちください! 私達はラストホープの傭兵です」
銃を腰に収めて話しかけるフェイス。
上階から、おお、とか、良かったぁ〜、とかいう言葉が聞こえてくる。
思ったより落ち着いているようだ。
「助けに来ましたよっ。怪我人はいませんかっ?」
海のスマイル。
少女が助けに来た、という現実に少々戸惑い気味の人達。
しかし場の空気はやわらいだ。
「あー、私が足をちょいと‥‥」
ラーメン屋の親父が手を上げた他には怪我人なし。
フェイスはその親父さんのくじいた足を診る。
「足ですか‥‥シューターにしても避難梯子にしても難しいですか?」
「あ、避難梯子です。そうですなぁ、ちょいとツラいですが‥‥命がかかってりゃそうも言えません」
強がる親父さん。
まあ、様子を見た限りでは柱も大丈夫だったし、ビルが倒壊するような危険は無さそうだ。
2階の床くらい抜けるかも知れないが、3階にいれば大丈夫か?
戦闘班が早々に羽を奪ったという通信も入ってきているし。
それなら、1人は応援に行って、より早く片付けよう。
フェイスと海は頷き合い、フェイスはエスカレーターに向かって駆け出した。
微妙に不安そうな表情の残る人々に対して、海は。
「大丈夫ですよっ。ラストホープの傭兵は強いんです!」
どーんと胸を叩く真似をして、もう一度にこっと微笑んだ。
その直後、今までで一番の横揺れが階下から伝わってきた。
「っの、やってくれるな!」
突撃をかわす大地。
カウンター気味に大剣を構えてみたが、惜しくも首のやわらかい部分には当たらない。
背後には、巨大なヒビを入れられたエスカレーター。
やたら突撃してくるのでなんだかんだで移動されてしまった。
もっとも、キメラが階上の人々に気付いているわけではなさそうだが。
「ミスタ天原、エスカレーターから、離れっ‥‥ます!」
雨衣とともに跳び下がり、キメラを誘導する。
そこにアリエーニの竜の咆哮。
吹っ飛ばしたと言うより、大きくのけぞらせて後退させた、と言ったほうがいいが、効果はある。
その後退したところに、ソラの弾頭矢がこれまた良いタイミングで炸裂。
先程から前衛がうまく離れた所を見計らって使用している。
さらにアリエーニは竜の翼を使用して一気に近付き‥‥
竜の爪も重ねた神速の突きが、キメラの首をとらえた!
激怒しているらしい巨大カマキリに対し、華麗に横に回りこむ。
またエスカレーターの方に行かれてはかなわない、なんとか誘導しつつ戦おう。
細く、硬く、丸みを帯びたカマキリの外骨格。
通常の攻撃は効果が薄いと思って間接を狙った大地だが。
「んなっ‥‥!?」
本能によるものか改造によるものか、キメラは素早い反射神経で大地のコンユンクシオを挟み込んだのである。
人間で言えば、ひざの裏側で挟むようなもの。
まさかこんな防御を使ってくるとは。
「いっちょまえに受け防御とか‥‥舐めるなよ虫野郎っ!」
今度は正面からキメラの前脚に『挟まれる』大地。
しかし、その挟み込んでいる前脚の間接部分にはしっかり大剣をかませてあり、大地本人へのダメージは少ない。
「宗也! 外側からだ!」
その一言で意図を察した宗也。
大地の剣に沿わせるように、外側から間接を狙って‥‥
SESに錬力を流し込み叩き斬る!
両側からの圧力には、フォースフィールドに覆われたキメラの外骨格も屈せざるをえない。
2人のコンユンクシオに挟まれた前脚に大きな亀裂が走り、そしてだらりとぶら下がった。
「ふっ、と!」
大地は無事着地。
いまだ油断せず、眼前の剣士と向かい合う。
徐々に傭兵達の優勢が確定してきた。
ただ‥‥キメラの傷口が多くなるにしたがって、当然だが返り血も多くなる。
相手はなにしろ虫なので、血ではなく体液と言った方がよく‥‥
「(これ、装着解除する前に洗いたいです‥‥)」
油断するわけではないが、皆に余裕もでてきた。
それがドラグーン達にとっては妙な方向の発想を生む。
バイク形態に変形させてしまったら体液があちこちにくっついて、後で洗う時に苦労しそうな気がする。
AU−KV自体は、体液くらいで壊れることはないけれど。
なんかイヤ。
これは同意されるところであろう。
アリエーニは細剣の特性を活かし、柔らかい腹を狙って何度も刺し貫いている、の、だが。
「ミスアリエーニ!」
雨衣が慌てたように声を飛ばす。
「ととっ!」
すんでの所で巨大カマキリの『体』に対して防御姿勢を取ることができた。
こいつが姿勢を変えるたびにいちいちその全身に注意を払わなければいけないのである。
ダメージにはならなさそうだが、転んでしまえば捕らえられ噛み砕かれるのは必然。
「でも、やめるわけにもいかないし、ねっ!」
倒壊した破片等を利用して立体的に。
大きな瓦礫を踏み台に跳ね上がったり、キメラの腹の下にパイプを滑らせ妨害したり。
味方は助かるが、彼女自身は瓦礫の只中で戦っているわけで‥‥
「無理はしないでくれ!」
大地からも声が飛ぶ。
しかしアリエーニにとってみれば、キメラの注意を引くべく眼前で戦ってくれている雨衣と大地。
それを少しでも助けられるなら助けたい。
その次の瞬間、微妙に壊れたエスカレーターの上から銃声が響いた。
尋常ならざる威力の『バロック』による撃ち下ろし。それは硬い背中の外骨格すら撃ち抜く。
まして鋭覚狙撃で、露出した背中を狙われては。
「フェイスさんナイス!」
キメラの注意も上に向いた。1階勢が全員で攻撃にかかる。
「終わりだぁあああっ!」
大地の全力攻撃。それは巨大カマキリの前面を裂き、後足の1本を完全に両断した。
だが虫の生命力は途切れない。
内羽を大きく羽ばたいて入り口に突撃し、ガラスを破って‥‥
「海さん、追ってください!」
ソラとフェイスも1回ずつは撃ったのだが、キメラは本当にしぶとかった。
無線機で海に連絡を取る。
「了解っ! フェイスさん、お店の人達をよろしく!」
既に雨衣とアリエーニも店外に出ている。
竜の翼を使うことも考えたが、キメラのあのスピードではあまり何回も攻撃できない。
ならばバイクで。
「行くよー!」
あらかじめAU−KVは外に置いておいた海。
逃げ遅れた人々の避難に全力を注ぐつもりだったが、こういう場合の事も考えてある。
窓から飛び降り、1階入り口の雨よけの上に着地、そしてそのままバイクの上へ。
海の超機械00−5と、アリエーニのS−01。
遠距離攻撃で牽制しつつ回り込むと、キメラは大きな跳躍移動をやめて片腕を上げた。
「逃がしま、せん」
竜の血の効果を充分に受けて疲労も回復しつつ、雨衣がいなす。
そして‥‥
「ハッ!」
大きな構えから繰り出される、海の棍。それには竜の咆哮が加えられており。
アリエーニもそれに応え、もと来た方向へとキメラを押し戻す。
その彼女らの一撃一撃にも、充分な威力があるのだ。
「すみませんが‥‥野放しにはできないんです」
ソラ達が追いついてきた時、その巨体は完全に地に伏した。
「さ、勇気を出して避難ですっ!」
海の誘導で、店の人達が梯子を降りてくる。
建物にぶつかりそうでも、がしゃがしゃ揺れてても怖くないですからっ、と、怖さを煽るような事を口にしているが。
まあ、もうキメラはいないのだから。
エレベーターはまだ復旧しないし、エスカレーターはフェイスが一歩踏み出したら連結が切れてしまった。
危険すぎるので結局避難はしごを使っているのである。
「‥‥うまくいったようで、よかったです」
ソラも一息ついている。
もともとみんなの目的は人々の安全。
「ハリガネムシキメラはいなかったっすね」
「種類が違ったの、でしょうか」
大地と雨衣は虫に詳しいのか、カマキリの腹から寄生虫が出てくるかと思っていたようだ。
まあ、杞憂に終わって良かった。
こんな会話をバグア側の人間が聞いていたら参考にしてしまうかも知れないが。
「人1人かついで降りるの大変だったでしょう、すんませんな」
「いえいえこれくらい‥‥さて、では一服を」
ラーメン屋の親父はフェイスに背負われて真っ先に降りて来ている。
フェイスは煙草を吸って、一息。
任務を果たした後の一服は、幸せだ。
「ふふふ、でも私も背負って運べましたよ? 能力者ですからっ」
「そ、それはちょっと‥‥」
明るく言う海だが、16歳の女の子に背負われて避難する親父の図というのはどうなのか。
「でも、支配人さんも凄いです。避難する人を、落ち着かせ、まとめていられたのは尊敬しますっ」
急に話を振られた支配人。
この台詞に照れるかと思いきや‥‥
何か、色が薄い。
と言うか燃え尽きている。
「私の‥‥店‥‥」
「あ」
「あ〜‥‥」
嫌な沈黙が降りた。
キメラによって荒らされた店内。
保険がきくのかどうか。
国が支援してくれるとも思えないし。
「やはり、生活圏に出られると厄介ですね‥‥」
フェイスの一言は、果たして誰に向けられたものか。
傭兵にも、どうにもできない事はある。