タイトル:水飛沫に舞う蟷螂マスター:三橋 優

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/23 23:42

●オープニング本文


 その滝の裏の洞窟に入ろうと思った事に、特に意味は無い。
 強いて言うなら、小さい頃よく遊びに来ていた場所だったから。
 このあたりにはキメラなんて出ていなかったという油断もある。

「?」
 洞窟の入り口で妙な臭いを嗅ぎ、近くに住む村の青年は怪訝な顔をしてあたりを見回した。
 滝壷から流れ込んでくる僅かな清流は、極めてゆるやかな川となって様々な水の生き物のすみかとなっている。
「‥‥血?」
 よく見ないとわからないが、清水に少し色が付いているようだ。なるほど、この臭いは魚屋のようなもの。という事は、わりと大きな魚が怪我をし、滝から落ちて流されて来たのだろうか?
 それならば夕食のおかずになるかなと、水の中を覗き込むため身をかがめた‥‥その時。
 洞窟の奥の暗闇から、強い羽ばたきの音ひとつ。ほぼ同時に脇腹に強い衝撃。彼の視界は反転し、さらに同時に――
「ぎょえええぇ!」
 お尻を噛まれていた。

 彼を抱え込んだ『それ』は、白く巨大なカマキリ。獲物を前足でとらえ、そのまま噛み付いて息の根を止めるカマキリの動きそのもの‥‥彼が身を屈めていなければ、首をかじり取られていただろう。
 上下逆さに抱え込まれた青年は、あまりの痛みに滅茶苦茶にもがく。
 それが、彼の命を救った。
「うおっぷ!」
 両足に水の激しい重量がかかるのを感じた次の瞬間、彼の体はカマキリとともに滝壷に沈む。
 そう、思い切り飛び込んで彼を前足にとらえたカマキリは、その跳躍によって滝のすぐ目の前まで飛び出していたのだ。
 滝の激しい水流を受けて、カマキリの手から一瞬逃れた彼は――


「――それから後は、あらん限りの力を振り絞って無我夢中で下流に泳いだわい。激しい流れの中であちこちぶっつけたりすりむいたりしながら‥‥ようやく流れがゆるやかになってきて渡し守のおばちゃんに会えた時は、おばちゃんが天使に見えたもんよ」
 正式に依頼が出されて2日後、現地に向かった傭兵達を、彼は自宅で迎えた。
 まだ体中に生傷が目立つが、精神的には笑顔を浮かべるくらいに安定しているようだ。
 病院から渡されたという患部の写真は酷い傷で、腹はカマキリキメラの前足によって、臀部は牙によってえぐられていたが‥‥本人は普通に歩いている。
(「この人、本当に普通の人間か‥‥?」)
 傭兵達のうち何人かはいささか失礼な疑問を浮かべた。
「ひどいもんじゃろ?でも、この傷見たから村役場も危険じゃーっちゅう事で傭兵さん雇ってくれたんじゃし‥‥おれの尻のカタキ討ちを宜しく頼むわ」

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
野良 希雪(ga4401
23歳・♀・ER
天戸 るみ(gb2004
21歳・♀・ER
十六夜 紫月(gb2187
18歳・♀・GP

●リプレイ本文

「気合120%〜、120%でいきますよ希雪〜」
 村を出る時から元気な野良 希雪(ga4401)。
 彼女は昆虫が苦手という事で今回は駆除に燃えているらしい。
 加えて言えば‥‥傭兵達は被害者の青年の家で昼食を御馳走になったばかりなのである。
 希雪がどれほど食べたかは、仲間達が申し訳なさそうにしている所から推して知るべし。
「働かざるもの食うべからずといいますけど、食べないと思いっきり働けませんからね〜」
 この意見には青年も苦笑しつつ納得するしかない。笑顔で傭兵達を見送った。
「しかし、依頼主はご自愛なされますよう。きっちり仇は取って参ります故」
 青年にそう声をかけて、稲葉 徹二(ga0163)も歩き始める。
 彼の握ってくれた全員ぶんのおむすびを持ち物の中に大切にしまいながら。
 ‥‥なんとも人の好い青年であった。

 村外れから2kmほどの場所に滝がある‥‥
 そう教えられた通りに、傭兵達は川をさかのぼり滝を見つけた。
「滝の裏に洞窟。あれで間違いないですね」
 カンパネラ学園の制服を着た少女、天戸 るみ(gb2004)がほっと息をつく。
 ここまでの山道、バイク形態のリンドヴルムを引っ張ってくるのはちょっと疲れる作業だったのだ。
 まさかここまで狭い道とは。
 あの青年、よほど物好きなのだろうか。子供時代に遊びに来たというのはともかく。
「洞窟‥‥いつから住み着いて‥‥いたんだろう‥‥?」
 ただなんとなく、といった感じで幡多野克(ga0444)が呟いたが、それは確かに気になる。
 カマキリ型なのでただ自分の羽で飛んできただけという可能性もあるが、キメラ輸送用の小型ワームでも付近にいたらとんでもない事である。
「とにかく‥‥倒さないといけない‥‥ね‥‥。被害が‥‥増える前‥‥に‥‥」
 まあ今は目の前の脅威を取り払ってあげる事だ。青年のために、村のみんなのために。
 調査はまた別口で行われるだろう。
 さて、ひとまずは対象の観察から。
 人数が少ないのもあって慎重を期した方がよい、とは克の言。
 そのためにおむすびを頂いたのだし。
 十六夜 紫月(gb2187)が運良く適当な場所を見つけたので、そこに全員で身を潜めることにする。

 しかし。
「‥‥出ないわね」
 紫月の一言を皮切りに、他の面々も相槌を打つように呟く。
「‥‥出ませんね」
「出ませんね〜」
「‥‥‥‥出ない‥‥ね‥‥」
 1時間後。メンバーのうち3人が双眼鏡を持っていたので、遠くから見張る事にしたものの‥‥
 眠っているのか、それとも既にここにはいないのか、姿を見せない。
 後者だとしたら大変な事だ、とジャンケンで勝った徹二が周辺偵察に出ていた。
 被害者が襲われたのはちょうど今くらいの時間ということなので、キメラが滝の向こうにでも姿を見せるかと思っていたが。
「自分の縄張りに入ってきた獲物しか襲わないのかしら…?」
「もしかして日の光が苦手なのかも知れませんね。真っ白だって言ってましたし」
 ああなるほど、と皆が希雪を見る。
 色素の薄い体質というのは日焼けにきわめて弱く、希雪も肌を出さないようにしつらえた服を着ているのだから。
「‥‥なんですか、私も白いって言いたいんですか」
 ジト目になる希雪。皆、あわてて首を横に振った。
 希雪の白さに触れるのはタブーらしい。
「‥‥今の‥‥うちに‥‥試しておきたい事が‥‥あるんだ‥‥けど」
 克が何か考えたようだ。
 別に希雪の視線から逃れるためじゃないが、いそいそと立ち上がる。

 滝の上の川、その中でも動きの激しくない溜まりの所から、根性で魚を獲ってきた克。
 その魚を滝壷の脇の岩場に置き、改めて月詠で2枚におろしておく。
 被害者が襲われた時も魚屋のような臭いがしていたという事から、血の臭いで現れるのではないか? と思いついたのだ。
 そしてまた茂みの中で待つこと数分。
「面白い試みをしておりますな」
 偵察に行っていた徹二が帰ってきた。
「しっ、来ましたよ」
 双眼鏡を借りて覗いていたるみが制す。

 確かに、でかい。
 体長3mから4mほどのそのカマキリキメラは、滝の脇から姿を見せた。
 俊敏な動きで動かぬ魚にとびかかり、噛み付く。
 魚を噛み砕き飲み込むのにそう時間はいらなかった。

「‥‥うーん、素早いですねえ」
 キメラが再び洞窟に引っ込んだ後。
「でも、今のところ普通のカマキリのようね。動きも、覚醒すれば対応しきれない程じゃないわ」
 紫月は自分の月詠を持ち、囮役になる気まんまんである。
「向こうが篭もってるなら押し込んじまった方が安全です。滝壺に陣取られたり村に飛んでいかれたりするよかマシでありましょう」
 カマキリキメラが出てきた時に攻撃態勢だった徹二。
 飛行や下山の気配を見たらすぐにでも距離を詰めて攻撃に入ろうとしていたのだ。
 確かに、村が危険にさらされるのは良くない。
「‥‥1日くらい‥‥待つつもりだった‥‥けど」
「そうね。野良さんの言う通りに日光が苦手なら、夜になったら出てくるかも知れない」
「では皆さん、照明を確認して‥‥行きましょう」
 るみはリンドヴルムを装着すればヘッドライトが使えるし、克はエマージェンシーキットの懐中電灯、希雪はランタンと照明銃と、万全の――
「って、照明銃でありますか?」
「へ?」
 照明銃の光は目印としての用途なので、確かに長時間持続する。しかし昼間でも目立つような光なのだから、洞窟の中なんかで使ったら多分まぶし過ぎて戦いづらいのでは‥‥
「ああ、なるほど」
 と、実際に照明銃を使った事のある徹二の説明を受け、希雪は照明銃をしまった。

 滝壷のそばの道は足元が湿っており、ところどころ苔も生えている。
「少し足場が悪いけど…この程度なら問題ないわね」
 革靴とはいえULTショップで売られている、運動もしやすい品だ。底がツルツルという事はない。
 洞窟に近付くと油断なく入り口から中をうかがい、囮役を志願した紫月は皆に向かって頷いた。
 徹二と希雪はランタンを腰に掛け、各々の武器を準備する。
「こういうのって、テレビ番組だとキメ台詞とか言って装着しますよね‥‥私も何か言うべきなんでしょうか?」
 いやあ、別にそんなお約束ばかりでもないだろう。
 と言うかセリフ叫んだら中のキメラに聞こえちゃいますよねと、るみは苦笑しながらAU−KVリンドヴルムを全身に装着した。


「貴方のために餌を用意してあげたわ。さあ‥‥出てきなさい‥‥」
 洞窟の奥へと歩みを進めてゆく紫月。
 彼女は覚醒しても瞳の色が変化するだけで、こういう時の囮としては適任である。
 入り口から少し離れただけでかなり暗くなっていたが、被害者が子供の頃に遊びに来たというだけあって歩行に支障は無い。
 油断なく月詠を携え、耳をすます。
「‥‥!」
 羽音を認識すると同時に紫月は瞬天速で飛びのいた。
 真っ白な巨体が眼前に現れ、即座に攻撃をしかけてくる。
「単純ね‥‥そんなにお腹が減ってるのかしら?」
 二撃目が左腕をかすめたものの、冷たい笑みを浮かべながら大きな岩の上に乗る紫月。
 キメラは言葉を理解しているわけではないだろうが、ムキになったように再び飛びかかろうとした。
 しかしそこに。

 キメラを照らし出すいくつもの光と降り注ぐ銃弾。
「外見が白いもの同士親近感がわきますが、世界平和のため、なにより昆虫嫌いな私のために駆除します。覚悟〜!」
 一番後ろからランタンで照らし出す希雪。
「‥‥十六夜さん、ありがとう」
 牽制するように何発も撃ち込む克、体を狙って撃つ徹二とるみ。
「外には出させませんよ」
 リンドヴルムは変形すると胸部にヘッドライトが来る。両手を自由に使えるのはこういう時、非常にありがたい。
 るみの覚醒時の変調は他の能力者と比べても非常にわかりやすく美しかった。
 全身から白い光のようなものが溢れ、体から離れると舞い散る花びらのように見える。
 その外見がキメラを引き付けたのだろうか?
 銃弾を受けてあちこちに傷を負ったキメラが、身を縮めたと思うと‥‥
「っく!」
 なんという瞬発力。
 前脚の鎌こそAU−KVの滑らかな表面で受け流せたが、突進の衝撃ゆえ洞窟の岩壁にしたたかに背中を打ち付けてしまう。
 しかしもともと接近しようとしていたのだ、向こうから来てくれるとはありがたい。
 徹二が蛍火を、克が月詠を携え、キメラの注意をひくべく攻撃を加える。
 どちらも希雪によって練成強化済みだ。
 さらに、岩陰を移動していた紫月もキメラの真後ろから現れる。
「(カマキリの死角って‥‥真後ろしかないわよね)」
 作戦が功を奏して圧倒的有利。
 しかし。
 ガッキンと甲高い音とともに、徹二の蛍火が前脚に弾かれた。
「えっ!?」
「硬っ!」
 程度はそれぞれだが驚愕をあらわにする面々。
 まさか前脚で受け止めるとは思っていなかったし、そしてそれによって弾かれるとも予想していなかった。
 今の手ごたえはメトロニウムの武器同士で鍔迫り合いをしたような‥‥
 仕方がない。全力だ。
 今の攻撃は足元を意識してなるべく動かずにいようとしたための、真正面からの攻撃になった。
 上手に前脚をかいくぐって当てる事を考えなければ。

「右を!」
 克に視線を送り、短く一言だけ発する徹二。
 その意図を一瞬で汲み取り、克も合わせるように動いた。
 左右連続の流し斬り。
 徹二はキメラの外皮とともに片羽をもぎ取り、克は前脚をかいくぐりながら腹部を浅く裂く。
「やっぱり、お腹はやわらかい」
 しかしその攻撃がキメラの気を引いたのか、後脚4本を縮めたかと思うと一瞬で位置を変え、克の体を刈り取るように前脚を伸ばしてきた。
 克にミスは無い。
 足元だって滑り止めの長靴をはいているし、流し斬りの後の位置も決して危険ではなかった。
 ただキメラの動きが今までで一番素早かったのだ。
 前脚にはさまれ、空中に持ち上げられる克。
 かろうじて首への噛み付きだけは避けるが、噛みそこなったキメラの牙は克の肩をとらえ、若干の傷に血がにじむ。
「幡多野さん!」
 希雪が超機械を用いて、遠距離から練成治療を行う。
 そして‥‥
「卑怯とは言わないでしょうね?」
 闇から湧き出るかのように、キメラの後ろから月詠を振るう紫月。
 暗い洞窟の中でひときわ輝く月詠が、弧を描いてキメラの首を抉った。
 その円の軌跡はまさに月のごとく。
 次の克の判断も素早かった。
 傷に怯むキメラの隙をつくタイミングでの豪力発現。キメラの前脚を力ずくで開かせる。
 このキメラの前脚は、カマのような鋭いものではない。
 やはり昆虫を大きくしただけのものだ。
「ええい、こいつで!」
 さらに徹二がダメ押し。
 全力で叩き込んだ蛍火がもう片方の羽を切断し、その下のキメラの肉体にくいこむ。
 そして大きく跳んで脱出した克を追い、キメラが横を向いた‥‥が、そこにいたのは。
「あら‥‥今日の私の真正面は危険ですよ?」
 あらかじめ貫通弾を仕込んでおいたハンドガンを構え、不敵に宣告するるみ。
 リンドヴルムの頭部に火花が走る。前脚に弾かれぬよう発動させた竜の瞳である。
 一発の銃声の後には、紫月と徹二の間を銃弾が飛び出して行く。
 体をほぼ縦一直線に貫かれたキメラ。
 その命は、もはや消えかけていた。
「これで逝きなさい‥‥!」
 紫月の瞬即撃。前脚がどんなに硬かろうと、決して受け止められぬ一撃を見舞えばいいことだ。
 キメラの首につけた一筋の傷に向かって、吸い込まれるように月詠が再び弧を描き‥‥
 急所を狙った瞬即撃が、あやまたずキメラの首を両断した。
「大人しくしてればもう少し長生きできたかもしれないのにね」
 ヒュッと月詠を振りキメラの体液を振り払う。
 それを合図にしたかのように、巨大な白い体躯が崩れ落ちた。

「神前に礼を尽くして、ありがとうございました」
 るみもリンドヴルムの装着をとき、礼儀正しくお辞儀をする。
 今さらのように岩壁に打ち付けた背中が痛み出した。
「わわ、血がにじんでますよ。応急手当と練成治療しますから動かないで」
 希雪がるみの背中を見て、あわてて再び覚醒する。
 覚醒をといた事でぺたんとなっていた『あほ毛』が、再び3房立って黒く染まった。
 ‥‥こういう変調も珍しい。
 いや、普段から立っている中央の1房も、どうして立っているのか理屈はわからないが。
「ごめんなさい、私もお願いできるかしら‥‥」
 紫月が囮となった時に左腕をかすめていた一撃だ。
 ダメージは軽いと思っていたが、ギザギザの前脚ではかすめただけでも傷口はひどい事になっていたらしい。

「こちらもひどくやられましたなあ」
「ありがとう‥‥」
 るみの背中の手当てがあるので男性陣は表に出て、克の手当てを。徹二の救急セットと克のエマージェンジーキットで、かなり高級な応急手当ができた。
 滝の涼やかな音、霧のようにあたりに広がる水飛沫。
 森の木々の香りと土の香りに、清流の香りが混ざり、なんとも言えない良い心地になる。
 滝を見ながら、克が呟いた。
「もう‥‥変なキメラが住み着かないと‥‥いいな‥‥せっかくの綺麗な滝‥‥キメラには‥‥勿体無い‥‥」
 被害者の青年は、子供時代によく遊びに来ていたと言った。
 この広い滝壷に泳ぎに来る子もいるだろう。
 洞窟の中のゆるやかな小川に魚や小蟹を取りに来る子もいるだろう。
 こういう場所は大切にしなければならない。
 未来の子供達の遊び場だ。