●リプレイ本文
高速移動艇を降り、町の送迎ワゴンで移動する能力者6人。
その間にあらためて敵の情報を確認しておく。
「ふーん、子鬼ね。節分は過ぎたけど鬼退治といきますか!」
「RPGのゴブリン退治みたいな感じかな?」
黒羽 空(
gb4248)と、東雲・智弥(
gb2833)が感想を漏らした。
能力者ではない民間人にも追い払われるくらいだし、どちらかというと後者だろうか。
まだ死者が出ていないうちに処理したいものである。
「では、こちらを。方位磁石と合わせて、お互いの位置を把握できるように致しましょう」
ジェイ・ガーランド(
ga9899)は皆に周辺地図のコピーを配った。
彼がタテヨコにグリッド線を引き、現在地点を『A−5』などで言い表せるようにした地図を。
これで位置の把握と連絡がしやすくなる。
キメラを猟銃で撃ったというおじさんは、今日も管理棟の事務室に座って作業をしていた。
智弥はロープが借りられるか聞いてみたが、ここのロープはいざという時の救助活動用ということ。
「そっか、それじゃ切って使うわけにはいかないですよね」
キメラを引っ掛けるためのスネアトラップを作ろうと思っていたが。
「じゃあ草をこうやって結んで作りましょう」
生えている長い草の両端を結ぶ、ただそれだけのものだが、かかってくれればもうけもの。
一直線上に罠を張って、全員がその位置を把握しておくことにする。
「無線は用意したけど方位磁石がないんだよなあ」
ちょっと困った様子の篠崎 宗也(
gb3875)に声をかける者ひとり。
「あ、俺の予備のがあるぞ、使うか?」
番 朝(
ga7743)が方位磁石とついでに呼笛を差し出したのだ。
「おお! ありがとな」
明るい笑顔でそれを受け取る宗也。
にぃっと笑みを浮かべて応える朝。
とりあえず準備はできたようだ。
このハイキングコースの入り口出口はすべて封鎖されて一般人は入らないようにしてくれている。
いざ。
「さって‥‥と。鬼退治ハイキングツアー、行こっか。あ、それと‥‥ありがと」
にへりと管理棟のおじさんに笑いかけ、短く言うカイ・ニシキギ(
gb4809)。
何の事を言われているのかわからない様子のおじさんに付け加えた。
「‥‥遠くとも襲われる危険もあったのに、凄いからさ?」
キメラを山に追い返したことに敬意を表して。
傭兵達は2人1組の班を作り、それぞれ位置を確認しながら山へと分け入った。
「まずはここの線上にスネアっと」
冬といえど長い草には事欠かない山。
あらかじめ皆と話し合って決めた地図上の位置に、カイと朝は草の輪を結んでゆく。
また、カイはきらりと目を光らせ、探査の眼を用いて周囲の状況を確認しながら。
罠なし。動くものもなし。
「鬼くんたち見落とさないようにだな」
ふだん単独行動を取りがちな朝だが、今回はカイに合わせている。
生まれ育った山と同じような環境の中だからか、それとも‥‥
そのまま地道に探索と罠設置を続けること10分。
「来たみたいだ」
「‥‥ん」
覚醒。朝の髪が深緑色に変わりバサッと伸びる。表情が消える。
そして麦穂のごとき黄金色の瞳は、異質な侵入者の姿をとらえていた。
距離はまだ遠い、そしてこちらにも気付いていない。
「3匹。行けるかな」
無線機をオンにしたまま、カイが呟いた。
こくりと頷き、草に触れないよう獣道を走り出す朝。
刀身すべてが包帯で分厚く覆われた大剣『樹』がダイナミックに空を裂く。斬撃ではなく打撃として。
その風の音でようやく小鬼達がこちらを向くも、時既に遅し。
重量を反動に活かした一撃がモロに1匹を直撃した。
本来、剣のSESが発動していれば包帯どころか硬い鞘まで叩き切れてしまうのだが、その包帯にも何か小さな変異でもあったのだろうか。
「ゲギャッ!?」
頭を横薙ぎに殴られ、2メートルほども吹っ飛んだ小鬼。
さらに朝へ注意が向いたその隙を狙って、別の1匹の脇腹にカイのS−01の弾丸が突き刺さる。
「鬼さんコーチラー」
語尾に(はぁと)と付きそうな口調で誘き寄せるカイ。
朝はカイを、カイは朝を視界に入れて、互いの背後を必ず見られるように位置を取る。
さらに傷を負わせた小鬼に向け、カイが再度の攻撃。
「良い的になってね、っと!」
軽い口調で話してはいるが目は真剣だ。
小鬼キメラの反撃の爪をソフトシェルジャケットの硬い部分で受け止める。
衝撃までは受け流せないが、鋭利な爪で切り裂かれるよりはマシだ。
ほぼ同時に朝にも、別の敵から攻撃が来た。
「‥‥」
微妙に受けそこねた爪が朝の腕をかすめるが、深くはない。
突き出した大剣をそのまま上から後ろへ回して、振り子のように下からのアッパースイング。
小鬼は素早い身のこなしで後ろへ跳ぶも、その着地を狙ったカイの銃撃はかわせない。
体勢を崩した小鬼に、振り下ろされる渾身の一撃。
朝の『樹』により頚椎を砕かれ、これで1匹は再起不能。
「‥‥!」
次の瞬間、朝の視界に入ったのはカイの右斜め後ろから近付くキメラの姿。
最初に朝がふっとばした1匹だ。
すぐさま地を蹴り、キメラとカイを結ぶ線上に飛び出す。
「おっと」
その朝を追おうとするのは、カイの銃撃で傷ついたキメラ。
ここで防げないようでは2人組になっている意味が無い。
強弾撃。
1発。2発。3発。
避けようとする動きを読み、胴体を狙って的確な射撃を行ってゆく。
「‥‥」
そしてかたや爪を受け止めた朝は、そのまま腕力でキメラの体勢を崩し‥‥
即座にキメラの斜め後ろに回りこみながら大剣を振りぬいた。
流し斬り。
「‥‥ふぅっ」
カイが息をついたのと同時に、銃弾を受け続けたキメラと肋骨を完全に粉砕されたキメラ、両者は地に倒れた。
「ヘタしたら迷うよなーここ。後で文句言ってやろ‥‥」
山道の中でも比較的『道』に近い中央ルートを探索しているのは空と智弥のペア。
「雨が降っていたなら足跡があるはずです」
という智弥の言葉通り、明らかに獣のものでない足跡があったのでそれを追跡中である。
ちょうどカイと朝のペアからキメラを3体発見したという報告が入った、その時。
2人の後方から妙な鳴き声が聞こえた。
「‥‥今のは?」
「行ってみましょう」
走ることしばし、結んだ草に足を取られて転んだであろう泥だらけの小鬼を見つけた2人。
その小鬼は、翼に傷を負っているらしいキジに飛びかかろうとしていた所だった。
「油断大敵っ!」
空の不意打ち。蛍火を抜き放ち小鬼の背後から斬りつけるが、気絶させるには至らない。
その間に智弥はリンドヴルムを全身に纏う。
「食物連鎖なら自然の摂理ですけど、弱いものいじめは見過ごせません」
「まあそれ以上に、キメラは自然のものじゃないけどな」
怒った小鬼が反撃の爪をひらめかせる。
振り向きざまの攻撃に空は反応が遅れ、鋭い切れ味の攻撃を腕に受けてしまうが‥‥
相手の攻撃にカウンター気味の剣閃が走った。
「ほっ‥‥と。こいつら、鬼のくせになんだかサルみたいな動きだな」
今の爪の攻撃は、顔に飛びかかろうとするサルそのもの。
「足もと気を付けて」
智弥の声に視線をわずかに落とせば、やや左側に濡れた泥の斜面。
むしろそれなら利用してやれ、と、空は軽く斜面を跳び越えた。
その意図を智弥も察し、キメラに機械剣で牽制した直後に空の方へと誘導する。
「ふっ!」
爪を振るう相手に合わせて刀を巧みに使う空。
蛍火の軌跡は、まるで三日月のごとく。
円閃という技術だけでなく、相手の力を利用し華麗に弧月を描く。
「行きます!」
空へ声をかけてから、小鬼の脚部を狙って機械剣を薙ぐ智弥。
竜の角。錬力を込められた光の刃が小鬼の右足のアキレス腱を断ち切った。
敵が体勢を崩した瞬間を逃さず、空は蛍火をひらめかせる。
三日月状の剣閃は‥‥今度は小鬼の首をとらえていた。
「う」
刀傷がよほど鋭利だったのだろう、一瞬遅れて派手に血が吹き出る。
いかに傭兵といえど、生物を殺傷するのはあまり気分のよろしいものではない。
返り血を洗いたい。
「地図によればちょっと向こうに川がありますから‥‥ああ、待って、手当てするから、おーい」
いっぽう智弥は傷を負ったキジの羽をいためないように捕まえようとしていた。
無線で1匹倒した事を皆に伝え、ソフトシェルジャケットの表面についた返り血を軽く水で洗い流す。
腕のかすり傷の方は智弥に手当てしてもらって。
「サンキュ」
腕をぐるぐる回してみる空。違和感は無し。
キジの方もただの怪我のようだったので泥を払い、アルコールを含ませた脱脂綿で軽く傷口をポンポンと撫でてやる。
救急セット大活躍である。
野生動物は治癒力が高いので、しばらくじっとしていれば大丈夫だろう。
「包帯を巻いて、動きを邪魔してもまずいですし‥‥」
ちょっと心配な智弥だが‥‥
「じゃ、依頼の続きと行こっか」
しかし。
鬱蒼と茂る木々で、ついさっき来た道は完全に見えなくなっている。
実際に近くまで歩いて行けば確かに道はあるのだが。
「‥‥本当に下手したら迷いますね、ここ」
「うん、まったく」
その後、カイと朝のペアも、空と智弥のペアも、新たに2匹ずつのキメラを倒したと報告があった。
残る宗也とジェイは。
「これで8匹‥‥相手は本当にそれほど強くないみたいだけど」
「全員合わせて完全に一周したはずですし、今回は私達に運勢が向かなかったということですかね」
ガケや谷川など移動できないと思われる部分以外はすべて見たはずだ。
徐々に包囲を狭めているので、山から出たとも考えにくい。
人間の臭いがすればキメラは追ってくるだろうし。
「生物兵器が、仲間の死体見つけたからって逃げる事もないだろうしな」
3時を過ぎたあたりから「さっさと出てこないかなぁ‥‥」とぼやいていた宗也。
緑に囲まれたこの山の中で気分は落ち着いているが、警戒しながらの移動はやはり疲れる。
「そろそろ山頂です。異常が無ければ皆さんと合流して帰還致しましょう」
しかし、異邦者達はその爪を研ぎ澄ましていたのである。
「‥‥?」
「む」
気付いたのは2人同時。
風から生じる木々のざわめきとは違う、明確な意思をもって動く存在が葉を揺らした音。
すぐさま背中合わせになり周囲全体を警戒する。
「‥‥こっちだ」
敵に聞こえないよう小さな声で呟く宗也。
ジェイは横を向いたまま眼だけ動かし、その対象をとらえた。
視界内に3匹。
「後背はお任せを。存分にお暴れ下さい」
そして即座に覚醒。ジェイの足元から光の柱が吹き上がった。
強弾撃を加え、抜き撃ち。
「ギッ!?」
弾丸は狙いあやまたず1匹の体に命中する。
たまらず落ちてきたその小鬼に、宗也の大剣がうなりを上げて襲い掛かった。
回り込みながら真上から振るう両断剣、小鬼の背骨は耐えられない。
轟音とともにその小さな体は土にめり込み、絶命した。
「まずは1匹!」
「次っ!」
常に上への注意を怠らなかった2人、それゆえに不意打ちを受けなかった。
宗也の青く光る瞳が、樹上に残るキメラを見つめる。
「こちらC班、目標3匹発見‥‥いえ残り2匹。殲滅に移‥‥いや、やはり3匹!」
ジェイが木陰から飛び出してきた新たな1匹に、強弾撃の効果が残ったままのライフルで射撃を加える。
射程距離ギリギリだったがそこはスナイパー。
若干浅いが確実に当てる。
減らないうちに数の有利を活かすつもりだろう、樹上からも飛びかかってくる小鬼達。
だがそれは宗也が阻む。
(「これ以上後ろに下がったら、木を切り倒しかねないからな」)
先ほどの両断剣を見ても尋常じゃない威力なのはわかる。
この長いコンユンクシオ、なるべく周囲を傷つけず振るいたい。
「くっ!」
3匹に増えた小鬼達の攻撃、そのすべてを回避するのは難しい。
なんとか深い傷にならないよう避けてはいるが‥‥
「数を減らす! 一発必中一撃必殺‥‥撃ち貫けっ!」
ジェイの急所狙いの一撃。むろん再び強弾撃も発動させ、SESに錬力を流し込んでいる。
先ほど仕留め損ねた1匹の、顔のド真ん中に当てる。今度こそ撃破。
「おおお‥‥らぁっ!」
爪をかいくぐりながら、それこそ木を切り倒すような動作で大剣を斜め上から打ち下ろす宗也。
大振りになるモーションは、移動して横から攻撃を加えるという流し斬りの要領でカバー。
骨の何本かが豪快に折れる音とともに、小鬼は大きく吹き飛ばされて沈黙した。
「‥‥終わりだ!」
宗也の脇から爪を伸ばそうとしていた最後の1匹に、ジェイの弾丸が連続で食い込む。
装弾しておいた5発をちょうど使いきり、此処の戦闘は決着した。
「これで鬼退治終了かな?」
ようやく宗也が息をつく。
細かい傷をいくつも付けられたが、活性化でほとんどの傷はふさがるだろう。
合計12匹の退治を終えた傭兵達は、その後、日が暮れるまでもう一度逆方向に見回ったが、キメラは確認されなかった。
朝とカイが珍妙な物体をふたつ発見したが。
「蜂の巣みたいだな」
「キメラ輸送用の何か‥‥投下用の保護カプセル?」
蜂の巣のような、円形に6箇所に穴のあいた謎の物体。それがふたつ。
機械的な構造は少しあるものの、たぶん使い捨てなのだろう、地球の技術でも作れそうなものだ。
「ちょうどあのキメラの入れるような大きさだし、この山に置いてかれたのは12匹で間違いなさそだねー」
キメラはすべて倒した。
被害を未然に防ぐことができたのだ、なんら文句のない結果と言える。
まあ文句の出る傭兵もいるけれど。
「ここ迷いやすいからさーもう少し対策とかした方がいいと思うよ」
しごく真っ当な御意見である。
立て札や手すり、地図をもっと設置するように、など、空の意見を取り入れることを約束してくれた。
後日改めてULTの調査員が安全を確認に来るだろうが、またこの自然公園は賑わうだろう。
‥‥しかしまだ依頼は終わりではなく‥‥
「‥‥そりゃ自分達で仕掛けたもんだけどさー‥‥」
そう、草を結んで作ったスネアの解除である。
もともと引っかかればもうけもの、くらいのつもりで仕掛けたものではあるが。
そりゃあ、少しは役に立ったのだが。
「お、思ったよりツライ‥‥」
気を張っての探索と、数回の戦闘で疲れた体には少々疲労がのしかかる。
唯一元気なのは朝くらい。
「外し忘れないように注意だ」
山の生き物のために。
もうひと頑張りである。
「お、おー‥‥」