●リプレイ本文
傭兵達が駆けつけた時は当地時刻で午前2時半、ラスト・ホープでは朝日が昇る時間。
やたら早起きな者や、たまたま別口の依頼で近くの支部に居た者などに呼びかけた所、思ったより多い集まり具合を見せた。
「な、何故気まぐれにしても、この様な場所にキメラを‥‥!」
ミスティ・グラムランド(
ga9164)はULTから貸し出されたビニールの雨合羽の具合を確かめ、動きが阻害されない事を確認して送迎車から出た。
「炎のキメラをこんな雨の中に落とさなくても‥‥気紛れかしら、それとも不要になったキメラの処分?」
次に百円傘を持って佇む黒ずくめ少女、黒崎 夜宵(
gb2736)。
さいわい風はそれほどでもない。走ったりしなければ傘でも用は足りるだろう。
足元は飛沫でひどい事になるだろうが。
「‥‥あめ あめ ふれふれ‥‥ もっと ふれ‥‥」
和傘をくるくる回し、真田 音夢(
ga8265)は暗黒の空を見上げた。
「長靴‥‥履いてくればよかったですね」
やはり足元は気になっているもよう。
しかし、雨をまったく気にしていないメンバーも約2名。
番 朝(
ga7743)と耀(
gb2990)である。
「‥‥‥‥」
朝の方は普段から大雨の日に出歩く事もあるという不思議な子。
耀は完全に動きやすさ重視で、雨合羽は無線機のカバーにしていた。
「‥‥ボクの毛根は大丈夫かな」
いや、いくら工業地域と言っても、このへんに酸性雨は降ってないから大丈夫。
「‥‥雨‥‥‥‥か」
僧衣を纏った長身痩躯の男。背負うは巨大な十字架の剣。
雨の中何を見据えているのか、夜色の瞳はただ前を見‥‥
「透けるんだろうか‥‥」
人類には味方だが、女性の敵が此処に一人。
夜十字・信人(
ga8235)はぼそっと呟くと、引き続き真剣なまなざしで前の少女5名を見る。
さらに紅月・焔(
gb1386)も。
「この大雨‥‥女性陣の多さ‥‥必ず透ける‥‥」
小さく拳を握り、
「この勝負‥‥勝った‥‥!」
なんの勝負だ。
変質者度数はさらに上を行っているようである。
そして最後の1人、アラン・レッドグレイブ(
gb3158)は静かに微笑んでいるだけだったが。
(「雨に濡れる女性の色気‥‥期待せざるをえません」)
やっぱり変態という名の紳士だった。
駄目だこの男性陣、早くなんとかしないと。
「放ってはおけません、その、必ずや被害が出る前に、食い止めましょう! 先輩も一緒ですし、その‥‥きっと巧く行く筈です!」
それでも仕事に対する手は抜かない、ミスティの声に従い8名は二手に分かれてキメラの捜索を始めた。
「静かに降る雨も趣があって良いのですが、こういう荒々しいほどの雨というのも良いですね。例えるなら、地震や雷に、どこかワクワクしてしまう子供心に良く似ています」
無表情ながら言葉の端にわずかな楽しさを秘めて呟く音夢。
音夢、朝、ミスティ、アランの班は、最初の目撃証言があった場所から捜索を開始している。
白いロケットのようなものは内側がぬめりを帯びており、触れてみると普通に冷たかった。
「これはただの物体のようです‥‥ご、ごめんなさい」
ミスティが探査の眼を発動しているが、何も感じられるものは無し。
「そんな、謝らなくとも‥‥さ、他に行きましょう」
アランがミスティを促し、次のポイントへ。
きっとこれは落下の衝撃からキメラを守るためのものだろう。
詳細を調べるのは未来科学研究所に任せる事にしよう。
「‥‥」
朝は隣のビルの屋上から屋上に飛び移り、貯水タンクの陰や建物の死角などくまなく見回っていた。
建物と建物の間の間隔はせまく、覚醒すれば造作なく跳び越えられる。
「番さーん、どうですかー」
アランの呼びかけに、首を振る朝。
そしてぴょんぴょんと戻ってくる。
「‥‥」
「建物の窓などは壊されていませんし‥‥ここには、もう居ないみたいですね」
大雨で視界も悪く、音も聞きづらい。
無線で連絡を取り合いながら地道に調べて行くしか‥‥
と、その時、空から大きな光が4人を照らした。
空を見てみると向こうの班の照明銃だろう、色のついた大きな光が打ち上げられている。
「2匹とも発見したわ。まだ交戦していないから、気付かれないようにこっちに向かって来て」
無線機からは夜宵の声。
その声に続いて、あらかじめ打ち合わせていた通り2つめの照明銃が打ち上げられた。
しかし、照明銃を使っているのに『気付かれないように』という事は‥‥敵は屋内に入った?
信人、焔、夜宵、耀の班は、もっとも最後の目撃証言があった場所から探索を始めていた。
するとすぐに電気の点いた大きな建物が目にとまり、夜宵が探査の眼で中をうかがってみるとこれが大当たり。
「メッキ加工用の溶鉱炉か」
「暑い‥‥」
気付かれないよう非常階段を登って、小さな窓から中の様子をうかがう。
即座に耀の無線機で連絡を取ったが‥‥
キメラは特に目的もなく入ったらしく、すぐ出てきそうな感じだ。
「ありがと」
雨合羽で守られた耀の無線機を返し、夜宵も武器を準備する。
「ライオンみたいな外見‥‥ライオンは我が子を谷底にうんたらかんたら‥‥?」
耀が呟いた。そういう意図があるかどうかは定かではない。
「合流前に、引き付けなければならないようだな」
信人がクルシフィクスを鞘から抜く。
キメラは外に出ていこうとしていた、この狭い工業地区では気付かれないように尾行するなんて不可能だろう。
「任せろ。‥‥しかし‥‥レオタードか‥‥いや、これはこれで‥‥だが‥‥」
焔はずぶ濡れになった耀の姿を見て何やら呟いている。
耀はもともと濡れ鼠上等の準備をしてきており、焔には微妙なラインらしい。
「なに、向こうの班にはティも含めて3人いる。まだ希望はある」
信人も真顔で変な事を言い始めた。ティとは後輩のミスティの事だろう。
黙っていれば信人も焔も格好良いのに。
会話の内容を理解している夜宵は、ジト目で男2人を眺めていた。
「キメラが動きました、引き付けておくので急いで来てください」
耀が通信を終えると各々武器を構え、非常階段から下に飛び降りた。
すぐに建物の正面に回ると、ちょうど2体のファイアビーストがこちらをうかがっているところ。
「‥‥この雨じゃ、ボクの相棒も機嫌が悪そうだ」
覚醒し、ベルセルクを妖美な黒色に染める耀。
しかし気配を察していたのか、反応は向こうの方が早い。
「!」
2匹が同時に吹いた炎が焔と耀に降りかかる。
この炎、直線的だが速い。
しかし豪雨の影響もあって、距離がそれなりにあれば届かないようだ。
「‥‥行くぞ」
信人が十字大剣を上段に構え、両断剣を付与した剣閃を走らせる。
赤きエネルギーを纏ったソニックブームが1体の前脚にクリーンヒットした。
それに続いて走る、信人と耀。
耀がもう1体の爪をソードブレイカーで受け止め、信人は傷を負った方と肉薄する。
そこにそれぞれ夜宵と焔の援護射撃が飛んだ。
「背中は任せろ‥‥いや‥‥前も捨てがたい‥‥」
戦闘に突入してまで何を言っているのだ紅月焔。
ファイアビーストが体を縮め、目の前の耀に飛びかかろうとした瞬間‥‥
銃声とともにビーストの脇腹に小さな傷口ができた。
チラリと耀が視線を向けると、アランであろう人影が2階の渡り廊下の中途にいる。
どうやって入ったのか?
「目の前の見目麗しい女性に襲いかかるに、私邪魔でしょう? そういうのが好きでしてね」
ライフルを構えて狙撃するアラン。
豪雨の中とはいえ、距離は40m程度。当てられない事はない。
そして、ダダンッ! とアスファルトの地面が揺れた。
2体のファイアビーストの後ろに現れる朝とミスティ。
「‥‥‥‥」
「ぜ、前衛に加わらせていただきます‥‥!」
上を見れば音夢が、2階部分のバルコニーのような所に立って超機械を操作している。
なるほど、アランもあそこから渡り廊下に飛び移ったか。
全員が朝に続いて屋根から屋根へ跳んで来たのだろう。
「『トルネード』を使います」
音夢が全員に宣言。前衛が1歩後退したのを見届けて、音夢は超機械を発動させた。
特殊な竜巻を発生させる超機械‥‥
「わ」
既に足元には充分な水が溜まっていたため、目くらましとしての効果も有った。
1体のファイアビーストが一瞬動きを止める。
そこに朝のバスタードソードが、アランの狙撃が食い込んだ。
だが、キメラも負けじと朝に向き直り炎を吹く。
「‥‥」
音夢は傘を肩にかけて超機械を持ち直した。
あわよくば炎を竜巻に巻き込んで防御にも使えるかと思ったが‥‥それは少々贅沢だったか。
超機械の竜巻が持続するのはほぼ一瞬、キメラの吐く炎も高速で飛ぶ矢のようなもの。タイミングを合わせるのは不可能に近い。
意識することと、それに反応できるかどうかは別問題だ。
もう1体の方はミスティに向き直り、爪と牙で飛びかかってくる。
意外な素早さでその爪を盾で受け止めるミスティだが、相手は続けて炎を吹いてきた。
しかしそこに。
「正面から正々堂々と戦うと、後ろから来るぞ?」
信人の十字大剣が突き刺さる。
「ティ?」
「‥‥大丈夫です」
自身障壁。大した火傷も負っていない。
雨合羽を弁償しなければいけないかなと妙な事を気にしつつ、射線からどくミスティ。
その場所を縫って、信人の剣撃の合間に飛ぶ、焔の銃撃。
シュート&シュート、リロード&リマーク、そしてシュート。
精密で冷静な機能的行動。しかし。
(「男を支援しなければならないとは‥‥」)
本当に何を考えているんだ紅月焔。
そのやり場のない怒りをぶつけるように。
「貴様らが‥‥貴様らガ、このような寒くて冷たい場所に出て来なければ、こんな切ない思いをせずに済んだんダ!」
それはどうだろう。
「‥‥貴様らの敗因は、女湯に出没しなかったことダ‥‥そうすれば、俺たちは合法的に覗きができ、貴様も多少は生き長らえたことだろう‥‥よって、成敗ッ!」
もう何を言っているのやら。
横で耀と朝への援護射撃を行っている夜宵なんて、あからさまにこの場から離れたいオーラを出しているのだが。
強弾撃を用いた夜宵の援護は、少しずつ1体のファイアビーストの生命を削っていた。
特別な部位を狙わず、確実に胴体に当てていく射撃。
いくつもの箇所から出血し、冷静さを徐々に失わせる事に成功していた。
そして‥‥
(「‥‥来た!」)
自分に噛み付こうとしたビーストに向け、腕を引く耀。
飛びかかってくる動きは直線的であり。
そのビーストは断末魔を発する事はできなかった。
喉から体内を貫くベルセルク。
急所狙いの刺突は、柄が牙に触れるほど深く突き刺さっていた。
「っと!」
いいかげん鬱陶しくなってきたか、アランに向けて走り炎を吹くもう1体のファイアビースト。
今までなんの反応もなかったせいで多少の油断もあり、腕を強く灼かれてしまった。
しかし。
自分に向かってきたという事は、他の全員に対して背を向けているという事。
アランの表情にはまったく焦りは無い。
「‥‥」
音夢のトルネードが再び発動する。今度は両断剣スキルを付与した、強烈な攻撃だ。
豪雨の水飛沫とともに血飛沫が舞い上がる。
その痛みに耐えかねて振り向いた所に、待ち構えていたミスティがレイシールドを構えて突撃した。
むろんSESの搭載されていない盾ではダメージにはならないが、目的は相手の動きを止めること。
「終わりだ」
信人が滑らかな動きでファイアビーストの背後を通り過ぎる。
横に薙ぎ払われる十字大剣。
両断剣併用の流し斬りが、ビーストの脊髄を断ち割った。
「そちらはどうですか?」
「問題ありません、破壊痕も無いようですし」
すぐにでも着替えたい所だが、まだ他にキメラが潜んでいる可能性を考えて皆で探索にあたることに。
キメラの被害は非常に軽微だった。
一部のフェンスが破られたり、玄関先で何か飼っていたであろう大きな水槽が壊されている以外には物的被害もなく。
「‥‥まあ、何を飼っていたか知らないが、人がキメラの被害に遭わなかった事を喜んでもらおう」
とりあえず、これで問題は無さそうだ。
「‥‥‥‥」
キメラの遺体に祈りを捧げる2人の少女。ミスティと音夢。
音夢はそっと遺体を撫で、悲しそうに呟いた。
「‥‥できれば、完全な状態での貴方と戦ってみたかったです」
2人は遺体を屋内に‥‥さきほどの、開け放たれたメッキ用溶鉱炉のある工場内に運び込んだ。
雨がやんだら弔うために。
「雨曝しでは可哀想ですから‥‥晴れてから埋葬しようと思います。‥‥大丈夫、少しの間だけです。だって、大雨が連れてくるのは‥‥いつも突き抜けるような青空ですから‥‥」
キメラに向けて話しかけるように、音夢は優しく遺体を撫でていた‥‥
ばしゃばしゃと、持参した水で頭を洗う耀。
「さすがのボクでも、ハゲはじめたら動揺する‥‥」
まあ、用心にこした事はないが。
ここは、まだ警備員の残っていた会社の事務所。
キメラを倒してくれたお礼に、と設備を貸してくれる事になったのだ。
耀が業務員用のシャワー室から出ると、もう皆はほとんど着替え終わっていた。
「御疲れ様だ。さて、さっきモロに炎を浴びていたな?」
出て来た耀を見て信人が救急セットを手にぺしぺしとソファーを叩く。ここに座れという事らしい。
「大丈夫、痛くないからね‥‥俺に任せてね」
なんか嫌だ。
微妙に引き気味の女性陣。
そこに朝も入ってくる。彼女の覚醒による変調は感情が示せなくなるもので、解除後もしばらく暗いが‥‥
今はもう直ったようだ。
「オス、番長。火傷は大丈夫っスか」
いきなり口調の変わる信人。
「あ、うん。俺は大丈夫だ。信人くんありがとうな」
番(ツガイ)朝(アシタ)で、番長。日本人にしかわからないあだ名である。
しかし朝は喜んでいるらしく、はにかんで返事をした。
「お茶が入りましたよー」
「いやあ皆さん本当にありがとう」
ミスティが経理の爺さんとともにトレイを持ってきた。
「おお‥‥なんという香り」
たまたま所持していたキリマンジャロコーヒーを湯煎して出したミスティだが、これが好評。
コーヒーをよく知らない人間にとっては、1万円も出して入手するような品物ではないが‥‥
この芳醇な香りは素晴らしい。
「ココアも入りましたよ」
これまた水筒に入れておいた飲み物をあたためて出してきた耀。
「はは‥‥ありがたく頂きます」
深夜のお茶会。
傷ついた傭兵達の、ひとときの休息である。
いつの間にか雨の音も少しは落ち着いてきた。
音夢の言う通り‥‥大雨の後は、どこまでも青い空が広がるものである。
明日は、きっと晴れ。