タイトル:死神のカードマスター:三橋 優

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2008/11/16 17:14

●オープニング本文


 タロットカードの13番目、暗示するものは逃れられぬ終末。
 死神。
 すべての生あるものに等しく与えられる定め。
 終末から逃れようとすることは正しい、それが本能というものだ。
 しかし、いつか必ず終末は訪れるのてある。


「つあっ!」
 ダークファイター神崎奈々は、人間型のキメラと1対1で刃を合わせていた。
 ヴィアを持つ手がしびれる。
 眼前には均整のとれた若々しい青年の肉体、そして背中に翼を持つ‥‥天使型キメラ。
 1枚の大きな布を服のように纏っているが、間近で見ても神々しさなどは感じない。
「馬鹿力ですわね‥‥」
 ワームで運ばれてきたであろう大量のキメラ達の殲滅が今回の任務。
 報酬こそやや少なめだったが、場数を踏むには良いと思い受けたのだ。
 それがこんな事になるとは。

 数分前までは4人の傭兵とともに戦っていた。
 まだ日の浅い新人ばかりだったが、陣形にミスは無かったはず。
 数回の不意打ちにも対応し、ここまで戦って来られたのが証拠である。
 だが実力が違い過ぎた。
 はっきり言って新人の勝てる相手ではない。
 数体のキラーロリスやハーピーと戦っていたところにいきなりこれだ。
「おっと危ない」
 大威力の光弾を放ち、大きな鎌を振り回してくる天使キメラ。
 さっきから何度か刃を重ねているが、鎌にもフォースフィールドの光が出ている。
 つまりこの鎌もキメラの一部。
「‥‥まあ新兵は逃がせましたしね‥‥1人を除いて」
 全滅するより情報を持ち帰ってください、そう言って皆を帰還させたが‥‥
 なにしろ奈々の年が年、外見が外見だ。
 17歳の少女に庇われる事をよしとしない男がいたのである。
 すぐ後ろで転がっているけど。
 名前はユウと言ったか。まだ二十歳過ぎそこそこだろうに。
 しかし自分で選んだ道だ、安らかに眠ってもらおう。後悔は無いだろうし。

「‥‥」
 奈々は少し頭を振る。
 昨日、UPC支部の前で嫌なものを見た事を思い出してしまったのだ。
 死んだ息子を返せ、と泣きわめく母親。
 世間では「気持ちはわかる」という意見が大半を占めるのだろうが、少なくともわたくしにとっては理解の範疇を超えている。
 その息子は誰かに強制されて死地に行ったとでも言うのか?
 恨むべき対象が違うだろう。
「ったく‥‥ふざけんじゃ、ありませんわ!」
 両断剣。
 避けられてしまったが、勢い任せでキメラの背後にあった3m近い巨岩を粉砕。
 キメラに向き直り、次の体勢に‥‥
 しかし敵の反応速度は奈々の予測を超えていた。
 視界の隅に確かにとらえていたはずなのに、頭と眼球が動ききるより早く動かれたのだ。

「あ」
 自分の胸板に突き立った、大鎌の刃を見る。

 まるで、同じダークファイターから流し斬りを受けたような感覚だった。
 これは傭兵仲間達に伝えなければならないだろう。
 うん。
 ん?
「‥‥」
 当たり前だが肺を破られている。声がろくに出せないではないか。
 左手でトランシーバーを取り出そうとしたら、その手をキメラに掴まれた。
 嫌な音が響く。
 手に力が入らない。完全に折られたようだ。
 ‥‥ああ、情報のひとつでも残してゆきたかったのだが。


 タロットカードは絵柄が逆さになるとその意味を変える。
 死神の逆位置は、再生のための破壊、糧となる失敗、必要な終末‥‥
 ‥‥だったと思う。
 まあタロットカードの解釈など占い師によってさまざまだが。
 さあて、わたくしの死によって誰かが決意を新たにしてくださるのですかしら。
 それとも今まで使っていた武器がもっと相応しい人の手に渡るのですかしら。
 傭兵の死など、当たり前の日常ですもの。
 せめてわたくしの遺品は活かしてくださいませね。

●参加者一覧

棗・健太郎(ga1086
15歳・♂・FT
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
菱美 雫(ga7479
20歳・♀・ER
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
屋井 慎吾(gb3460
22歳・♂・GP
エリス・リード(gb3471
18歳・♀・FT

●リプレイ本文

徒歩で移動していた4人の班と、棗・健太郎(ga1086)のジーザリオに乗って移動していた4人の班。
 それぞれ連絡を受けると同時に全速力で現場に走り出していた。
 しかし‥‥車とはいえ、こう深い森では移動がままならない。
「時間がねぇ、ブッ飛ばして行こうぜ!」
 気がせいているのか屋井 慎吾(gb3460)は身を乗り出している。
 しかし時間が無いのも確かだ。
 命からがら逃げて来た新兵からの通信によれば、既に数分経過‥‥戦闘が終わっていてもおかしくない。
「頼むぜ‥‥持ち堪えていてくれよ」
 鈍名 レイジ(ga8428)は、神崎奈々と殴り合った事のある仲だ。
 ついさっき、班分けされた時にも挨拶した。
 見知った人くらい‥‥助けたいじゃないか。

 その場所に到着したのは、両班とも同時だった。
「!」
 赤。
 横たわった青年の足からとめどなく血が流れ出している。
 そして、向こうには‥‥
 鎌で胸を貫かれた少女。
 傭兵達が認識し終える前に、その体を無造作に投げ捨てるキメラ。
 長い金髪が大きく広がって宙を舞い‥‥地に落ちた。
「‥‥こっのぉ!」
 新条 拓那(ga1294)が飛び出す、既に覚醒済みだ。先手必勝。
 その後に朧 幸乃(ga3078)と慎吾も続き、三者は瞬天速で一瞬にしてキメラとの距離を詰める。
 投げ捨てられた少女との間に割って入り牽制の攻撃。幸乃のS−01から連続して撃ち出される弾に、キメラが一歩横に退いた。
「新条、彼女を頼む」
 そこに追いついてきた八神零(ga7992)が全力でキメラを蹴り飛ばす。
 むろんフォースフィールドに弾かれるが、1、2メートル程度の距離は開いた。
「くそッ、ざけンなよ‥‥好き放題やってくれたじゃねーか」
 威圧する気合とともに、レイジが飛び込む。
 キメラを前進させはしない。
 しかし‥‥彼女を、動かせるか‥‥?
 少女、神崎奈々の左胸からは派手に血が流れ出している。
 酸素をたっぷり含んだ鮮血だ。
「キメラを引き離すわ」
 エリス・リード(gb3471)もまた、陣形の穴を埋めるように戦列に加わった。
 扇状に分散し、決して後ろには通さぬように。
「さて‥‥始めるとするか。血と刃でショータイムだ」
「さあ、刈ってあげる」
 零の双剣に黒い炎が灯り‥‥エリスの背後に黒衣の死神の幻が現れた。
 死告天使を退け、命を守るのだ。


「‥‥まだ息がある‥‥!?」
 血だまりの中の青年の横を駆けて神崎奈々の救護に向かおうとした菱美 雫(ga7479)だが、青年の胸が上下しているのは見逃さなかった。
 どう見ても動脈が切断されており危険な状態なのは疑う余地がないが‥‥
(「彼女の方は、今まさに刺された所と見て間違いないはず‥‥最悪の状態を想定して心臓が止まっていても、1分以内に蘇生させれば‥‥でもこちらの青年はこのままじゃ1分もたない‥‥!」)
「すみません‥‥支援は、後回しです‥‥!」
 素早く判断し、即座に超機械で練成治療をかけ始める雫。最優先させるべきは止血。
「今は‥‥この人たちを、何とかして、助けないと‥‥!」
 綺麗な切断口なのはありがたい。すぐそばに足が転がっていたのも幸運だ。
 止血帯を作り、足についた砂を払ってしっかりくっつけ固定する。
 そこに慎吾が瞬天速で戻ってきた。
「こっちの方が危ないのか!? 何かする事あるか!?」
「この布を回して、止血してください!」
 雫は超機械を作動させながら骨や血管を正しく繋ぎとめるイメージを作ってゆく。
 必ずや助ける。


「呼吸無し! 心肺停止確認! とにかく早く頼む!」
 健太郎が、神崎奈々の全身の傷の手当てをしながら連絡を取る。
 救護班の車はもうこちらに向かって来ているとはいえ、状態の確認ができているかどうかで対処のスピードも変わる。
 ジーザリオを持つ傭兵が多くて助かった。
 この深い森と荒れた路面では、普通の乗用車なら格段にスピードが落ちるだろう。
「鎌がうまいこと肋骨の間に入ったらしい、折れてるのは1本だけだ」
 同じく手当てをしていた拓那が所感を告げる。
「じゃあ心臓マッサージをしてもこれ以上損傷する事はない?」
 恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。
 助けるんだ。
「頼むから死んでくれるなよ‥‥戻って来いってば。結果的にこうなっても、死ぬために能力者になったわけじゃねぇんだろ? だから‥‥!」
 呼びかけながら処置をしてゆく拓那。
 とりあえず肺が破れていると言っても片肺は無事なのだ、応急的に包帯だけ巻いて、すぐ人工呼吸も‥‥
「治療します!」
 わずか30秒。雫がこちらに走ってきた。
「向こうは平気!?」
「はい、しかしあまり動かせません、担架を作ってください!」
 喋りながらも雫は既に、破られた肺の接合を行っている。
 あちらでは慎吾がキャンプ用テントをばらして即席の担架を作っていた。
 ならばこちらもと、拓那が立ち上がった時‥‥
「!」
「つぅあっ!」
 天使キメラの放った光弾。
 その身で受ける拓那。
 避ければ、治療を行っている雫に当たるからだ。
「‥‥どうしてもあの世に連れてくってのかよ! 逝くなら、1人で逝きやがれ!」


 戦闘班とて、全力で向かい合っている。
 だが相手の手数が多い。
 と、まただ。零と切り結びながらも幸乃に光弾を放ってくる。
「‥‥っ」
 指の関節がギシギシと悲鳴を上げる。
 盾扇には当たった。普通の剣や牙の攻撃なら100%受け流せている。
 しかし、盾扇を落としこそしなかったが、この光弾は受けられると思わない方がよさそうだ。
 ‥‥回避するか、体を張って止めるか。
 決まっている。
「なんとしてもキメラの足止めを‥‥」
 幸乃はルベウスを両手に装着した。

 できるだけ素早く倒したい、倒したいが。
「雑魚に隠れたイレギュラーか‥‥」
 零が正面から攻撃を加えているというのに、まんべんなく攻撃を行おうとしてくるキメラ。
 このキメラを作ったバグアが変な思考でも組み込んでいるのか。
 積極的に攻め続ける零だが、鎌というバランスの悪い武器を使っているにもかかわらず相手の防御は正確。
「うっ‥‥!」
 エリスの鎌とキメラの鎌が激しくぶつかり、受け止めた手が痺れる。
 これは想像以上に重い。
 が。
 受け止めきれないと見るや、即座にエリスは鎌の中央を持っていた手を支点とし、石突をキメラに叩き込んだ。
「別に斬るだけが能でもないでしょう?」
 自らの体の前面も大きく裂かれているというのに、そこには恐慌もなく。
 幻影の死神とともに、鎌を持ち直す。
 キメラは零とレイジの猛攻の前に、また退がった。
 胸板から血が噴き出す。
 隙を見せればその瞬間にレイジの流し斬りが入るという事を、学んだか。
「一歩たりとも、近づけさせやしねえよ‥‥!」


 奈々の肺の傷をふさぐと同時に気道確保、雫は心臓マッサージ、健太郎は人工呼吸と、2人で蘇生処置を始める。
「大丈夫、あなたたちは、必ず助かる‥‥助ける‥‥!」
 必死の表情で胸部圧迫を続ける雫。
 タイミングを合わせて手を止め、健太郎が吹き込んだ息を吐くのを見てまた圧迫。
 そして十何回と繰り返したのち。
「‥‥‥‥、‥‥!」
「ウプ」
 奈々はごぼりと血液を吐き出した。
 まともに顔に血を浴びる健太郎。
「ゲホッ、ゲホッ‥‥」
 横を向き体を丸めて苦悶の声を上げている‥‥が。
 蘇生した。
 助ける事ができた。
 雫の全身に一気に疲労感が押し寄せ、どっと汗が出る。
「‥‥よ、良かったぁ‥‥」
「良かった‥‥うん」
 顔の血を拭き取り、健太郎は武器を取って立ち上がった。
 まだ終わりじゃない。
「え‥‥私‥‥?」
「動かないでください。今度は骨折を治していきますから‥‥」

 青年、山野ユウを担架に乗せた慎吾が、エンジン音を聞きつけた。
「来た!」
 負傷者搬送のための車2台。
 よほど急いでくれたか車体のあちこちに枝葉がついている。
 1台に1人ずつ素早く乗せて‥‥
「うおっ!」
 またも飛んでくる光弾。慎吾が両腕の『激熱』で受け止めるが、慎吾自身も押されて車にぶつかる。
「くっそ、天使だかなんだか知らねェが、仲間には指一本触れさせねェぞ!」
 ようやく担架を車内に固定し終えた。
 途中で戦闘になった時の事を考え、拓那は護衛として車に乗り込む。
 レティ・クリムゾン(ga8679)、鴇神 純一(gb0849)両名の運転するジーザリオがベースキャンプに向けて走り去ると‥‥
 慎吾、雫、健太郎の表情が変わった。
「マジ全開で行くぜ、派手にやってくれた礼をしねぇと。天使の見た目で悪魔みてーな事しやがって‥‥」
「バグアのくせに‥‥天使のキメラなんて‥‥ふざけるんじゃないわよっ‥‥!」
「これ以上失わせないために、ここで倒す‥‥!」

 キメラは鎌や光弾でばかり攻撃してくるわけではない。
 特に胸板を切り裂かれてからは慎重になり、拳や手刀を使う攻撃が多くなってきている。
「得物が大きければ飛び込めばと思ったが‥‥本当に遠近隙なしか」
 レイジが切り結んでくれている隙に、零が双剣を構えなおす。
 搬送の車が走り去ったのはこの時だった。
「さあて‥‥好き放題やってくれたじゃねーか。もう後ろを気にする必要は無いんだ」
「今度は、後ろを気にするのはあなたの方‥‥」
 レイジとエリスの姿がゆらりと動く。
「‥‥隙が無ければ、作ればいいだけの話だ」
 零の二段撃。今度のは普通ではない。紅蓮衝撃を加えた、全力の攻撃だ。
 キメラの腕力の感触は掴んでいる、たとえ受け止められても充分に効果はあるはずだ‥‥!
「らぁっ!」
「ふっ!」
 その攻撃に合わせてレイジとエリスも動く。
 意識の盲点を突く流し斬りに、豪破斬撃を乗せた、通常のキメラであれば必殺になる一撃だ。
 バサリとキメラの背後で2つの音がした。
 レイジの大剣とエリスの鎌、その斬撃は翼をもいだのだ。
 今まで飛んでいない事から、恐らく飛行能力はもともと持っていないのだろうが‥‥
「まだか‥‥!」
 健太郎がS−01で狙い済ました1発を。
 あやまたずそれは大腿部を抉り、ややキメラの足元がよろめいた‥‥と思うと。
「‥‥‥‥」
 あろうことかルベウスを装着している幸乃の腕を掴むキメラ。
「てめェ‥‥いい加減にしとけよっ!」
 慎吾の瞬即撃。顔面へのストレート。
 これが効いた。
 攻撃を加えた面々も気付いている、鎌でガードされなければダメージを与えるのは容易だと。
 幸乃のもう片方の腕も当然フリーであり、幸乃は落ち着き払ってキメラの腕を切り払う。
「終わりにしようか」
 零が再び二段撃で流れるようなX字攻撃を加えた。
 鎌を振り下ろし、慎吾の肩から背中を削るキメラ‥‥しかし、もはや命運は尽きていた。
 背後に控えるメンバーもいる。もう逃げ場は無い。
 全力の、最後の攻撃。
 豪破斬撃。
 紅蓮衝撃。
 せめて苦しまずあの世に送ってやるのが最後の慈悲。
 エリスが再びキメラの正面に立ち残酷な笑みを浮かべた。
 奈々の胸板を貫いたのと同じように‥‥
「ふふっ‥‥このシチュエーションはお気に召したかしら?」
 だがまったく同じではない。
 貫いたのは肺だけでなく、心臓も。
「サヨナラ♪」
 命の灯が消え、フォースフィールドを消失したキメラの首を刈るのは簡単な事だった。

「後は能力者が無事だといいのだが‥‥な」
 刀を納めて零が呟く。
 それは皆の願いである。


「あ‥‥皆さん」
 奈々の方は、もう簡易ベッドの上に起き上がれるほどに回復していた。
 周囲には、おそらく同じ班であっただろう新人達もいる。
 ベッドの隣に座っていた拓那は、帰還した仲間達に笑顔で手を振った。
「山野くんも、心拍・血圧ともに安定してきたみたいだよ。本当に良かった」
 その報告を聞いて何人かがへたり込む。
 特に疲弊していた雫。
 神崎奈々と山野ユウに5回ずつ、加えてエリスと慎吾にも練成治療をかけたのだから当然だ。
 だが‥‥その疲労感も報われるというもの。
「‥‥良かった」
「節分豆、食べれば‥‥平気かと」
「え? あ、いえ‥‥大丈夫です、元気ですよ‥‥」
 結局使わなかったが、幸乃が雫に渡しておいた豆。
 いざとなればこれがある、と、全力で練成治療をかけ続ける事ができたのだから‥‥
 この豆にも感謝しておくべきか。
「仇はうちましたよ、神崎さん」
「フフ、ありがとうございますわ」
 戦闘中が嘘のように大人しいエリス。
 奈々の傷口からその攻撃の形を判断して、キメラをまったく同じように倒したと報告すると‥‥奈々の口元がわずかに吊り上がった。
 もしかして似た者同士かも知れない。

「間に合って、よかった」
「ええ、レイジさんもご無事で。‥‥また殴り合いしましょう」
 そんな事を笑いながら言う奈々。
「いやいや‥‥死にかけてたんだから暫く休もうよ」
「確かに」
 健太郎の言葉にレイジも吹き出す。
 救護テントの中は、和やかな笑いに包まれた‥‥