●リプレイ本文
高速移動艇から降り、その村まではULTのオンボロ送迎ワゴンで移動。
危険のある場所に向かうという事で運転手は斑鳩・八雲(
ga8672)がつとめ‥‥
「うーん、流石に少々冷えますねぇ。秋深し、ですか」
ひたすら川をさかのぼっていくだけの道なので迷う心配もなく、町と村の境目を越えた。
「さ、さむい‥‥」
耀(
gb2990)も、ひとつ身震いしながら小声でつぶやく。
まだ午前中の早い時間、この場所の標高もそれなりにあるのでかなり涼しい。
御薙 詩音(
gb3528)、助手席からスイッチに手を伸ばして暖房を入れた。
「まずは連絡くれた村長の所に行こうか。電話の声聞く限りじゃ結構余裕そうだが」
重傷の人間もいると聞いている、詩音とイレーヌ・キュヴィエ(
gb2882)、2人のサイエンティストがいるのはありがたい。
「ええ、早く治療してあげないと」
本人達も治す気はまんまんのようだし。
手首を切断されたという村長は、村役場にいるそうだ。
役場も川ぞいにあるそうだから、このままワゴンで役場まで‥‥
‥‥と。
「あれ? ちょっと」
御凪 由梨香(
ga8726)が川の向こうの斜面、段々畑になっている所に動く大きな影を見つけた。
黒い毛皮で覆われた狼のような体躯に頑丈そうな四肢。
地中の作物を掘り返している‥‥こんな大きな狼がいるはずがない。
キメラ、ガードビーストだ。
さてどうしよう。
まず役場で詳しい目撃情報を聞き、地図をもらってから班ごとに動くつもりだったのだが。
「‥‥私達が動きましょうか? 逃がしてもいけません」
神無月 るな(
ga9580)が由梨香と原田 憲太(
gb3450)に了解を取る。
異存なし。
「少しでも早く安心してもらえるように、頑張ろ」
「村人達の安否も気になりますが」
由梨香は靴に着けた爪を使える状態にし。
憲太は車から降りて大鎌のカバーを外した。
「村長様のお怪我は一刻を争うようですので‥‥すみませんがお願い致します。何かありましたら無線機で連絡を」
3人に向かって空知 ヒバリ(
ga9723)が無線機をポケットから見せ、言う。
頷いてキメラに向かってゆく、るな、由梨香、憲太。
「皆さんもお気をつけて」
「はい。‥‥こちらも急ぎましょう」
耀の言葉に八雲も頷き、アクセルを踏み込んだ。
コンクリートむき出しの役場と、隣の公民館。
連絡をくれた村長は、聞いていた通り右手首から先がなくなっていた。
血だらけの包帯が痛々しい。
かなりの血を見ているはずだろうに落ち着いているのは賞賛に値する。
「やれやれ、無理しすぎだ。もういい年なんだからもう少し体を労われ」
詩音とイレーヌが処置した過程を聞いてみたが特に問題は無さそうだ。止血もできている。
「大丈夫みたいね〜」
かたや八雲達は地図をコピーしていた。
互いに無線機で連絡を取り合い、素早くキメラに対処してゆくために。
「その重傷のお医者様はダムにいらっしゃるのですね。では、キメラの目撃情報は」
「芋畑は川ぞいにあるんだ。あなたがたが通って来た道の、川を挟んで反対側に‥‥」
あそこか。
そちらはもう3人向かっているからいいとして。
「あと牧場は向こうに見える滝の上、発電所の脇を過ぎてしばらく行った所に。それと梨園はここの裏の保育所の向こうだよ」
みんなで窓の外を見る。
役場より一段低いところに建てられた保育園から、さらに下に50mほどずっと斜面が続いている。
果樹園とおぼしき場所には、今は動く生き物はいなさそうだが‥‥
「リスのような頭を持った変な狼だった。私も鋭い前歯でザックリやられたんだ」
村長が保育園前の大通りを指差す。
「え、手首!?」
アスファルトの道路のド真ん中に落ちている手首。
キメラは、村長の手首を食べなかったというのか?
腹を空かせていたにもかかわらず手首は食べず、果樹園にこもっている‥‥草食?
「‥‥この寒さなら、まだくっつくかも知れないな」
詩音の言葉。
超機械を用いた練成治療は、切り離された部位が新鮮なら元通りくっつけられる。
「あ、じゃ、じゃあ、ボクが取ってきますよ」
「わたくし達もお供致しましょう」
耀がドアから飛び出すように駆けて行き、ヒバリ達3人の班もその後に続く。
「それじゃ、私達はこのままお医者さんの治療に向かうわね」
「ん。こっちは任せろ」
イレーヌが元気よく駆けてゆき、詩音が口にくわえていたアメを離して応えた。
そして‥‥段々畑では、戦闘が始まっていた。
「これ以上村を荒らさせはしないよ!」
打ち合わせ通り、最初に動いた由梨香。
首をこちらに向けて威嚇してくるキメラ‥‥ガードビースト?
その顔は馬に似ている。
奇妙なキメラだったが、由梨香は気にせず回し蹴りを加えた。
刹那の爪。足技でキメラにダメージを与えられる数少ない武器。
「ふっ‥‥と!」
一撃目はフェイント。素早く足を引き、一瞬で逆側にステップしての蹴り上げ。一種の流し斬りである。
そして憲太がキメラの背面に回るように動いた。
が‥‥キメラは、馬の後足キックのように、勢いよく憲太の顔面めがけて泥を跳ね飛ばしてくる。
「っ!」
泥は目にこそ入らなかったが‥‥素早く逃げるような知能はあるのか。
しかし今の、前足だけで体重を支え、全身をピンと伸ばした体勢‥‥この隙を二度は見逃すまい。
由梨香は改めて気を引き締める。
「‥‥余裕ね。畑を荒らした分お仕置きをしてさし上げるわぁ♪」
るなは覚醒して性格が豹変し、しょっぱなから強弾撃によるアサルトライフルの連射を見舞う。
さすがにこの連射はかわせない。
銃弾を何発もその身に受けるキメラ‥‥それに合わせ、由梨香と憲太はるなと三角形を描くように動く。
アサルトライフルの連射力であれば、前衛が盾にならずとも。
「来ましたね‥‥!」
銃弾から逃れようと憲太に噛み付いてくるキメラ。
「ぐっ」
腕に走る激痛。
なるほど、これは一般人であれば骨を噛み折られるだろう。
だが憲太に致命傷を与えるには至らない。
カウンター気味に大鎌を脇腹に食い込ませてやった。
「狙いは絞らせないよ!」
反対側から由梨香が、後足を狙って全力攻撃。
皮膚は硬いが、ダメージは与えられている。
その由梨香をわずらわしく感じたか、キメラが再び全身に力を込めた。
後足キック。
「うっ!」
由梨香が数メートル跳ね飛ばされるほどの威力‥‥だが。
この瞬間は逃さない。
るなは、由梨香が背面から攻撃を仕掛けようとした時、既に武器を持ち替えていた。
憲太は伸びきった前脚とともに首を刈り取るように、両断剣で刃をさしこむ。
るなのショットガン20が、強靭なキメラの筋組織を破り、キメラの腰部に致命傷を与える。
銃声の響いた後で、由梨香が華麗に着地。
憲太の鎌もキメラの動脈を傷つける事ができたのであろう、大地に倒れ伏したキメラの首から血が溢れた。
ヒューヒューと口から風のような音を漏らすキメラ。
もう動く事もできまい。
「それでは御機嫌よう。また逢う日まで‥‥」
るなのショットガンがキメラの頭部を撃ち抜き、とどめをさした。
「大丈夫ですか由梨香さん?」
「いや〜狼の後足であんな事やられるとね‥‥ちょっと見た目が痛いかな」
キメラのキックを受けた袖をまくってみる。
見事な爪痕が残ってしまっていた。
「‥‥練成治療してもらいましょうね」
役場に向かった班に連絡を取り、他にキメラがいないかも探しながら歩いてゆく。
とりあえずキック対決は、由梨香側の勝利。
保育所裏の梨園に向かった班は、頭上にキメラを見つけていた。
「‥‥どう見ても狼なのに‥‥」
イレーヌが呆れたように呟いた。
頭から尻尾まで3mはあるかという巨体で、こんな細い梨の木に登るなと言いたい。
聞いた通りリスのような顔をしており、アンバランスなのが滑稽に見える。
しかもこのキメラ、たらふく果実を食べておなかいっぱいになったのか、寝てやがるのだ。
げっぷ、と口から下品な音まで立てて。
だが口元から喉、腹にかけて付着した血が凶暴性を物語る。
村長の手首を切断した犯人であるという動かぬ証拠であり、許すわけにはいかない。
向こうでは、耀が村長の手首を布に包み、斜面を最短距離で駆け上がった所だ。
役場や公民館に避難している村民達の不安を取り除くためにも、ここで倒しておく。
重傷の医師は単純な骨折だというから少し待っていてもらおう。
ヒバリがヴェールを脱ぎ捨て、1枚のタロットカードにキスをする。
「本日のカードは正義。わたくしが正義の味方だなどと言う気は毛頭ありませんが、バグアどもに借りを返して頂かなくてはなりませんものね」
ディガイアのSESが呼応して光を放ち始める。
八雲も二刀小太刀を構え‥‥
「何!?」
キメラが、動いた。
寝ていたと思わせて?
落ちるよりも速く地面に降り、木を盾にするかのように回り込む‥‥標的はイレーヌ!?
「ハアッ!」
させじと八雲のソニックブームが飛ぶ。
バシッと毛皮が弾けて、わずかに血が飛んだ。
やはりガードビーストをもとにしているのか硬いようだ。
「それに、速い」
だが今のはリスの動き。予想さえしていれば、かわせないわけではない。
「キュヴィエ様には近付かせません‥‥」
ヒバリも瞬天速を使う用意はできている。
しかし、この梨園での戦いは分が悪そうだ。
イレーヌがスパークマシンで牽制をしつつ、3人まとまって梨園の外にジリジリと後退する。
それを察知したか、キメラはスルスルと木に登り‥‥
頭上で飛びまわって撹乱しつつ、飛びかかってきた。
「ふっ!」
気合一閃。疾風脚で、キメラの攻撃を知覚したと同時に素早く避けるヒバリ。
「今のわたくしには獣の理など通用いたしませんよ」
正義‥‥ジャスティス。『人の世界』の法の執行者。
「ここで報いを受けていただきます」
ヒバリはさらに回避を続け、素早さを活かして幾筋も傷を付ける。
それから逃れるため、木に登ろうとするキメラ‥‥を、八雲が自らの腕で掴みとどめた。
二刀小太刀の片方を納めて。
「実りの秋。それを邪魔する無粋者には、早々にご退場願いましょう」
どこから来るかわかりづらいキメラからイレーヌを守るのは難しい。
ならば噛み付かせてやればよい。
鋭利な前歯‥‥覚悟は必要だったが、メタルガントレットを貫くほどではなかったようだ。
そして、ここでイレーヌが木々の間から抜け出つつ、キメラに練成弱体をかける事に成功した。
「代償を払って頂きます」
ヒバリのディガイアが、やわらかくなった腹部に食い込む。
動きの鈍ったところにイレーヌのスパークマシンの追撃も入り‥‥
八雲が二刀小太刀を抜き放ちざまに、2連続の剣閃を浴びせた。
キメラの巨躯は力なく大地に落ちる。
素早さ対決、ヒバリ側の勝利。
そして手首を持ち帰った耀は、詩音に手首を渡した。
村長のキラキラした視線を受けながら。
「あの‥‥どうかしました?」
「いや失礼。さっき、そこの斜面を駆け上がってくる姿を見て、つい‥‥ね」
キメラの攻撃対象になってはまずいと、覚醒し瞬天速を使って駆け上がってきたのだが。
うん、この村長の耀を見る目は、まんまTVヒーローに憧れる子供のものだ。
髪や瞳の色が変わるという、わかりやすい変調だったのが好評らしい。
「さて、そんちょ。私のすごさを見せてやろう」
手首の状態が良い事を確認した詩音。
さっそく村長の包帯を取り、切断された手首をくっつけて超機械を起動する。
‥‥なお、詩音は外見にまったく変調が見られない。村長残念。
「おお‥‥あたたかい」
「それは一部の細胞が活性化しているからかな」
慎重に神経や血管を繋げるように練成治療を重ねる。
時間にして数十秒。
「‥‥おお! う、動く!」
「念のために半月くらいは安静にしておいてくれ。私も人の手首をくっつけるのは初めてだから」
「いやいや、本当にありがとう!」
喪失を覚悟していた肉体の一部が帰って来たのだ。
涙が出るほど嬉しい、というのはこういう事を言うのだろうと、村長は思う。
その様子を見ていた耀も嬉しそうである。
「じゃあ‥‥公民館の方に行って、皆さんを安心させてあげましょう」
「そうだね。うん」
と、繋がった手を固定した詩音が。
「そんちょ、煎餅食うか?」
「え? あ、ああうん。折角だし頂こうか」
唐突にポッケから煎餅の袋を出してきた。
気を張るのに疲れたらしい。やれやれ。
「えー、こちらB班。キメラ1体倒しました」
無線機から憲太の声が。
「了解。こちらA班、現在ダムに向かっています。滝の上の牧場での目撃情報もあるらしいですが、医師の治療を優先したいので、できればそちらもお願いします」
八雲は坂道を登りながら通信している。
「B班、了解。役場で地図を受け取りしだい向かいます」
最低でもあと1匹、いるという事だ。
馬と合成したビースト、リスと合成したビースト‥‥次は何が出るのか。
練成治療というのは偉大だ。
「ん、良かった良かった♪さあ、村のみんなに元気な姿を見せてあげてよ」
というわけで、イレーヌが医師の骨折を見事に治した時。
ジジ、と、また無線機に連絡が入ってきた。
「‥‥もしもし。こちらB班」
「あ、はい。倒しましたか?」
ヒバリが無線に出たが、どうも向こうの歯切れが悪い。
「いや、まあ‥‥」
「?」
「とにかく、一度来てみてください」
謎の通信を残して切れる無線。
危機的状況というわけではないらしいので、とりあえず行ってみよう。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥ナニコレ」
体長3m、高さ1m以上。キメラとおぼしき生物が、苦しそうに転がっていた。
その顔はヘビ。
「‥‥なんか、不自然にでっかいんですけど」
おそらく、こういう事だ。
ヘビとの合いの子であるキメラは、腹を減らして‥‥牛を食べようとしたのだろう。
しかしヘビの牙ゆえ『噛み千切る』という行為ができなかった。
ヘビというのは飲み込み出したら止まらない生き物。
ほぼ丸呑みしたキメラは、間抜けな事に動けなくなったと。
「‥‥あほですな」
村長の言葉は実に的を得ていた。
午前中の早い時間に来た傭兵達だが、村じゅうを見回っていたら夕方になってしまった。
だがキメラは見つからなかった。
これからさらにULT職員達も動員して、安全が確認され次第、村人も元の生活に戻れるだろう。
「皆様には感謝の言葉もない。本当に、ありがとうございました」
「いや‥‥村人の被害が最低限で済んでいるのは貴方の指示のおかげです、本当のヒーローというのは貴方の様な人の事を言うのでしょう」
憲太がにっこり笑って言う。
「そ、そんな事は‥‥」
照れる村長。
憧れのヒーローに褒められた子供のようである。
こうして、今回もまた傭兵達は仕事を達成した。
49歳の大きな子供の心に希望の火を灯しつつ‥‥