タイトル:【BAR ナハト】第二夜マスター:三嶋 聡一郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/16 22:43

●オープニング本文


 今日もまた夜が来る。
 海に浮かぶラスト・ホープというとても大きな船の上に星と月が昇ってくる。
 今日もまた一時の安らぎを求めてか、自らを落ち着かせるためか、ただただ楽しさの余韻を長引かせるためか、さまざまな理由で人が夜の街へと繰り出す時間がやってきた。

 今日も夕暮と共に店を開くため『ナハト』のマスターは用意をしていた。
 倉庫の酒瓶を確かめそろそろ飲み頃の物を丁寧に取り出していく。この頃はこの店にも人が増えてきた。最初の頃は一日に一人か二人が店に入れば多い方という時期もあった。
 だが、今は世界のどこかへ向う前に訪れてくれるいろいろな人が増えた。とても、嬉しい事だ。
 だが逆にこの店に訪れて二度と戻らない人も同時に増えていった。
 ついこの間も大きな戦いがあったらしい。また、多くの兵士が死んだのだろう。昨日も一緒にここで飲んだ部下が死んだと嘆いていた厳つい男性がいた。
 別れ、というものは辛い形でもたらされる事が多い。それが、親しい者、大切な人であればなおさらだ。
 だが、太陽は沈み、静かな夜がやってくる。また、傷を癒すための穏やかな静寂と共に。そして、その夜の中に溶け込む人々も。
「おや、いらっしゃいませ。今日は何になさいますか?」
 今日もまた扉が開いて誰かがやってくる。初めてやってくる人、再びやってくる人、または別れをつげに来る人、さて、今日はどんな人が訪れるのだろうのだう。
 その人にマスターはいつもと同じ穏やかな笑顔を向ける。まるで全てを優しく包む夜のようなその笑顔を。

 今日も夜が来た。静かに穏やかに。

●参加者一覧

クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
劉・黒風(ga5247
10歳・♂・SN
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
美空(gb1906
13歳・♀・HD
水無月 湧輝(gb4056
23歳・♂・HA
楽(gb8064
31歳・♂・EP
星月 歩(gb9056
20歳・♀・DF
ローゼ・E・如月(gb9973
24歳・♀・ST

●リプレイ本文

●夜の地下
「ん〜、今日はこの辺だしてくかね〜」
 ナハトの地下にある酒蔵で楽(gb8064)は今日のオススメにする酒を探していた。
「おっ、この30年もの良いかねぇ」
「スイマセン、それはお客様に頼まれた物なので」
「おや、そいつは残念だね」
 この店のマスターに言われて楽も苦笑まじりに手にしていた酒瓶を棚に戻す。
「私は少し上で準備して来るのでこちらをお願いしますね」
「りょうかいだよ〜」
 そう言って楽は手を振って見送るともう少しいくつかの酒を探しにかかった。

●嵐の後
「おや?」
 マスターが扉を開けて見ると外には傷と煤でボロボロになったメットを抱えた美空(gb1906)がいた。この間、来た時は好奇心旺盛に店の中を見回すほど元気だったのに今日はその顔が何処か陰っているように見える。
 そんな、美空の横にマスターは看板を置きながら。
「お入りになりますか?」
「え?」
 そう言ったマスターに今初めて気付いたと言わんばかりに美空が顔を上げる。
「でも、まだ開店の時間では‥‥」
「構いませんよ。こんな寒空の下にお嬢さんを放り出したままにするわけにいきません」
 そう言ってマスターがいつもの優しい笑顔を美空に向ける。それに背中を押されるように。
「それでは、お言葉に甘えさせて貰うのであります」
 まだ、日の沈みきらない夕焼けに見守られながら美空は店へ入っていった。

 ドアに付けられたベルを軽快に鳴らしスーツ姿の女性が入ってくる。
「お久しぶりですね。マスター」
「おや、これはお久しぶりですね」
 ラスト・ホープで開店したての頃から来ているクラリッサ・メディスン(ga0853)を笑顔でマスターが出迎える。
「あら、今日は一番乗りかと思ったのですけど」
「それは少々、残念でしたね」
 二人して悪戯っぽく笑う。まるで晴れた日の緩やかな陽射しのような言葉と笑顔にクラリッサも二年前に戻ったような気分になる。
「今日は?」
「ええ、夫が仕事から帰って来るので二人でお祝いを」
「なるほど」
「夫が来るまで何か軽いものでも頂けます」
「かしこまりました」
 マスターがそう言ってしばらくするとホットグラスに入った赤いホット・カンパリとチーズとナッツの入ったサラダがクラリッサの前に出された。
「ふふっ、頼まないのに食べ物を出すのも変ってませんね」
「性分なもので」
 そんな話をしていると次の客がドアのベルを鳴らして入ってくる。

「ここだよ。ほら、早く早く」
「分かったから、引張るなって」
 この前、店を訪れてスッカリ気に入った星月 歩(gb9056)に引張られるように麻宮 光(ga9696)がやって来た。
「マスター! また、飲みに来ました」
「えと、はじめまして」
 楽しそうな歩に対して少し戸惑っている光がぎこちない笑みで挨拶する。それにマスターはいつもの様に笑顔で応えてテーブル席を勧める。
 その席に着く前に光が注文と一緒にマスターに尋ねた。
「まずは軽めのカクテルを二つ‥‥えと、誘われたは良いんだけど女の子が喜ぶ様な話題を知らないんだけどどうすれば良いかな?」
 一瞬、きょとんとしたマスターだが少しクスッと笑みを深めながら応える。
「そう、肩肘を張らずに気を楽にして話すのがよろしいですよ。それに嫌いな人をお気に入りの場所に誘う女性はいませんよ」
「そっ、そいうもんですかね?」
「ええ、後は‥‥経験ですね」
 イマイチ釈然としない感じの光もテーブル席で待つ歩の対面に座る。
「この前はいつの間にか眠っちゃったけど、今日は‥‥うん、大丈夫‥‥なはず」
「ははっ、そういえば北伐終っても休む暇なかったし今日は思いっきり羽を伸ばすか」
「うん!」
 明るい笑顔の歩を見ていると光もこれで良いのかなと思った。
「はいよ〜、チャイナブルー二つとクラッカーの盛合せだオマチ〜」
 そうしている間に楽が淡いブルーのカクテルとクラッカーとその上に乗せるジャムやチーズ等の盛合せをテーブルに置く。
「それじゃ、乾杯といくか」
「何に?」
 歩が小首をかしげて聞くと光が少し考える。
「なんでも、良いさ」
「そうもそうだね。じゃあ、今日も無事に過ごせた事と」
「輝かしい明日に」
『乾杯!』
 コンッ、と軽い音を立てて歩と光は互いのグラスを鳴らした。

(「ん〜っ、いやはや、長距離移動はなかなか疲れる。さて、今日の寝床はどうするか?」)
 今日、ラスト・ホープに降立ったばかりのローゼ・E・如月(gb9973)は夜空の下で大きく体を伸ばす。あまりこれからどうするか考えておらず従姉妹でも探そうかと思いつつ歩を進めていると一つの雑居ビルの前に差掛る。
「ん?」
 そのビルの前に立て看板が置いてある。
「【ナハト】‥‥バーか?」
 この島に来て最初に目に止まったのが片親の故郷で夜を表す名のバーだった。
「ふむ‥‥折角だ寄って行くか」
 一人で乾杯というのも空しいだろうが、これも何かの縁とローゼは一杯引っ掛ける事にした。
 重厚な質感の扉をくぐると鈴の音がローゼを出迎える。
「いらっしゃ〜い」
「いらっしゃいませ」
 店の人間だろうか二人の三十代の男性が挨拶をしてくる。店内を見回してみればカウンター席の二つとテーブル席の二つが客で埋まっている。その中の何人かは自分と同じ能力者のように感じた。
「初めてのお客様ですね」
「ああ、ついさっきここに着いてね」
 この店の主だろうか穏かな笑顔のマスターと話しながらコートとマフラーと手袋を脱いで席に着く。
「煙草は‥‥やめた方が良いかな?」
 カウンター席の真中に座る小さな娘を見ながら聞くとマスターも困った様に眉根を少し寄せた笑顔で頷く。
「じゃあ、何か適当に頼む。マスターのオススメで」
「かしこまりました」
 しばらく待つとローゼの前にビールと炙られたヴルスト(ドイツ語でソーセージ)が乗った皿が出される。
「んっ? 酒しか頼んでないはずだが‥‥」
「サービスですよ。それに空腹にお酒だけは堪えます」
「そうか、せっかくだありがたく頂こう」
 まずは香ばしく香るヴルトを口に運んだ。パキュッ、と軽快な音と共に口の中に熱い脂の旨味が広がる。その旨味がしつこくならない内にビールを口に含んだ。
(「これは‥‥」)
 熱く強い旨味を常温に置かれていたドイツビールが力強い麦の美味さと力強さで包み込む。
「ふぅ‥‥良い酒だな。一杯だけのつもりだったんだが、何か別のを頼む」
「ありがとうございます。では、次はワインでもでも?」
「ああ、それじゃあ、それを」
 予想だにしなかったよい夜との出会いに自然とローゼの顔もほころんでいく。次第に杯を重ねていきながらこう思った。
(「今日は良い夜になりそうだ」)

「あれ? お酒の香り?」
 帰り道で迷っていた劉・黒風(ga5247)は母の事を思い出す懐かしい香りに誘われた。
「お酒やさん‥‥じゃ、ないの? ‥‥バー? ‥‥お酒飲む‥‥所?」
 まるで蝶が花の蜜を求める様に懐かしい香りの群に誘われて黒風は店のドアをくぐった。
「‥‥‥‥‥‥」
 店員らしき人達に声をかけられた後にきょろきょろと店内を見回す。店に入ったは良いがその後を考えてなかった。
「どうぞ、好きな場所に座って頂いて結構ですよ」
「‥‥んっ」
 なんとなくカウンター席に座る黒風にマスターは暑いだろうからとコートを脱ぐ事を勧めてオレンジジュースを出してくれた。
 それをちびちびと飲みながら他の客に出されるカクテルを注視していた。
(「不思議‥‥色、キレイ」)
 淡い照明に照らされて輝く色とりどりのカクテルを眺めながらあまり変化しない黒風の表情が少しだけ緩んだ。

 店を長い事開いてるとたまには一風変った客も来る。
 その日は何故か奇妙な羽飾りつき赤い帽子と同じ色の外套、時代がかっているようでどこか外れた感じの服装をした水無月 湧輝(gb4056)がカウンター席につく。
「いらっしゃいませ」
「バーテンの鑑だねい」
 そんな奇妙な格好の相手にも変らない笑顔で応対するマスターに感心する楽だった。
「シュヴァルツカッツェを一杯頼む」
「かしこまりました」
 黒猫のラベルがついた青色の瓶に入った白ワインを樫製のコップに注ぎ、干し肉や炒った豆の入った皿と一緒に湧輝の前に滑る様に出される。
「ありがとう」
 白ワインで喉を潤すと湧輝は言う。
「最近、吟遊詩人の真似事を初めてね‥‥ここで、少し詠わしてもらって構わないかな?」
 マスターは肩を竦めながら迷惑にならない程度ならと答える。その意を湧輝も汲み取って緩やかに一つの詩を紡ぐ。
「では‥‥」

 永遠の安息を彼らに与え
 絶えざる光でお照らしください
 シオンではあなたに賛歌が捧げられ
 エルサレムでは誓いが果たされます
 私の祈りをお聞き届けください

 古の鎮魂歌が流れる中、極度に薄めてアルコールが1度にも満たない飲物を美空は何杯か飲み干していた。
「前にナハトに来たのが何十年も昔のような気がするでありますね」
 美空の前にある傷だらけのメット、それは北伐大規模作戦で散った彼女の姉妹の物だった。
「マスター、少し聞いてもらえるでありますか?」
 そう聞く美空にマスターは黙ってグラスに中身を追加して静かに先を促す。
「美空には兄上達以外にも家族が居るでありますよ‥‥」
 同じ孤児院で一緒に暮していた仲間、誰が呼んだかは定かではないがシスターズと呼ばれていた。美空の家族。
「将来どうなろうとも強く生きよう‥‥みんなでそう約束したのであります」
 その四番目の妹、名を美黒・改、グレプカを破壊に向った彼女が逝った。
「美空は大槻家に、美黒も日野家に養女として入ったのです」
 いつもお互いに忘れた事はなく、たまに送られて来た手紙には色々と言いながらも竜彦という兄とは仲良くやっているとよく報告をくれた。
「この店の事を手紙に書いたら美黒も来たがってたであるますな‥‥こんな形になってしまいましたが連れて来る約束は果したで‥‥ありますよ」
 彼女達の死は沢山の人と場所に波紋を呼んだ。美黒の兄竜彦の心にも影響は大きかったのは想像に難くない。そんな彼を自分達縁の小隊に招き共に戦いもした。その後の作戦で仲間達の尽力により美黒の遺体は無事回収された。
 あの激しい戦いで遺体が戻って来ただけでも奇跡的な事だった。
 そして、全ての別れを告げた後に残ったのは僅かな遺品だけだった。ボロボロの特徴的なヘルメットもその一つで美黒が愛用していた物だ。
「‥‥さい‥‥ご、に‥‥ヒック‥‥‥‥会うっ‥‥のが‥‥こん、な、か‥‥たち‥‥なんて‥‥ふぇ‥‥‥‥」
 作戦中も流す事のなかった涙が溢れてきた。大丈夫な筈だった。泣く事無く戦い抜けたのだから。
「オカシイでありますよ。今になって‥‥」
「人は本当に悲しい時は泣いても良いんですよ」
「うっ‥‥ううっ‥‥」
 マスターの手が美空の頭に優しくおかれる。そして、カウンターのテーブルに突っ伏して美空は静かに泣いた。

「‥‥大切、な人‥‥いなく、なたのかな?」
「‥‥そうみたいだねい」
 同じくカウンターに座っていた黒風が呟いた独り言に聴いていた楽が返す。
「‥‥おれ、にもいる‥‥大切な、人」
「‥‥‥‥」
「いつ、も‥‥お出‥‥掛けして‥‥いな、いけど‥‥‥‥クライ、サムイばしょ‥‥つれだ、してくれた‥‥媽媽」
 黒風の切れ切れの言葉を楽は黙って、だが、真剣に聴く。
「あえる、かな‥‥また‥‥」
「会えるさ、生きてればいつでもね」
 楽の答えに黒風は変わらぬ表情で一言だけ。
「‥‥うん」
 と言った。だが、その一言は今日のどの言葉よりも暖かい響きがあった様に感じた楽だった。

「やはり傭兵に死という物は近しいのだろうね」
 もし、それが自分の親類に及んだら自分はどうするのか問うが、気持ちは対岸の火事でも眺める様に実感が湧かない。
「やはり、能力者になったの適正があったからという理由だけの自分には分からないものなのかな?」
 ふと時計を見ればかなり長居してしまった。寝床を見つけないとそろそろ本当に危ない。
「少し飲みすぎたかな?」
 そう言うとテーブルに代金を置きローゼは店を後にした。明日の事は明日分かると思いながら。

 酔客をあしらいつつ待ち人を待っていたクラリッサの元に一通のメールが届いた。
 それは夫である榊兵衛からで依頼が長引き今日は帰れないという内容だった。
「‥‥待ち人、来たらずですね」
 そう言うとそっと席を立つ。カウンターの方に目を向ければ美空が泣き疲れたのか静かに肩を上下させていた。
『今晩はこれで失礼させて頂きますわね。今度はあの人と一緒に来ますから、よろしくお願いしますね。マスター』
 声を出さずに口だけを動かし微笑むとマスターも頷き返して来た。
(「会える私達はまだ幸せなのかも知れませんね」)
 カウンターに少し多めの代金を置くと重厚な木製の扉から店を出る。空を見れば月と星が煌き二年前から変らず自分達を見守っていた。

「俺も今日は退散するべきかな?」
 美空が眠った辺りから演奏をやめていた湧輝も静かに席を立つ。
「また、演奏させに来てもらっても良いかな?」
「他のお客様がお望みなら」
「そうか、それでは失礼するよ」
 赤い外套の吟遊詩人は来た時と同じく風の様に去った。

(「そういえば、今回は大規模で美空の身内が亡くなって‥‥」)
 光は亡骸の見付らない自分の妹の事を思い出す。生きている望みは限り無く薄い。
 妹に渡せなかった星と月のペンダントを手に取り眺めていた。
「そのぺんだんとは?」
 酔いが回って半分眠っていた歩が尋ねて来て光は一瞬、どう答えるべきかと思案する。
「妹の‥‥形見、かな。多分」
「‥‥妹さんの形見?」
 そのペンダントを見ていると歩は何か忘れたものを思い出せそうな気がしたが頭が回らない。
(「えと‥‥たしか、ウォッカ何とかの凄く綺麗なお酒飲んで‥‥」)
 光が飲んでいたモノに少し興味が出て分けてもらった。それが失敗だった。歩は立ち上るが、次の瞬間にはヘナヘナと腰砕けになる。
「大丈夫か?」
 飲み過ぎたのかも知れない歩を背負い光も自分達の兵舎へと戻る事にした。店を出ると冬を迎えつつある夜気が少し冷たい。
「これで、後はうちのお姫様が帰って来てくれたらな‥‥元気にしてるかな?」
 そう呟きながら歩を背負っていると昔、遊んだ帰りに転んで泣いた妹をおぶって帰ったのを思い出す光だった。
 出来る限り歩の力になりたいと思う光、自らの願いが我侭だと分っている歩。
 噛合わない歯車だと知りつつも少しでもこの時間が続く事を願い歩はしがみつく力を強めた。

●嵐過ぎ
「マスターも家族を亡くしたのかな?」
「何故、そう思います?」
「ん〜、なんとなくかな」
 美空へのマスターの態度を見ていた楽は少し尋ねてみた。
「妻と娘を‥‥よくある話です」
「世知辛いね」

 過ぎぬ嵐は無いと言うが今もまだ、嵐がいつやむかを知る者は居ない。朝と共に新しい嵐が来る。夜がいつも来るのと同じように。