タイトル:蒼穹の下に馳せる思いマスター:三嶋 聡一郎

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/10 16:01

●オープニング本文


●発見
――アフリカUPC軍拠点付近――

「こちらゼーエン6、キメラらしき生物を発見。本隊、応答願います‥‥」
 UPCの偵察班の一つが一匹の大型のキメラを発見した。
 一匹と言うがその姿は四足歩行の獣の体にライオンと水牛と人間の女性の頭を持ち、尻尾に当る部分が蛇というおよそ正気の沙汰で創造されたとは思えない姿をしていた。
 だが、奇妙な事にそのキメラは獲物を探すでもなく空を見上げ続けるという行動をとっていた。
 差し迫って拠点に襲撃を仕掛けてくる様子もないがUPCとしては放置するわけにもいかなかった。
 後日、そのキメラの討伐任務は傭兵への依頼という形で処理される事となった。

 その間、キメラはただ空を見上げ続けるのだった。

●青空の下のキメラ
 人類にキメラと呼ばれるソレに『意識』というものが芽生えたのはいつだったか分らない。ソレ自身も今、己が抱いているものが『意識』と呼ばれるモノだという事は知らなかった。
 だが、確かに『意識』というものを持っていた。それも、ただ本能に従うのではなく知性と呼べるようなものを有していた。
 そのせいかソレはいつしかただ食らい、眠り、排泄するという行動から離れ『空』を見上げていた。
 だが、ソレは。
己が見上げるものが『空』というものがなんと呼ばれているかは知らない。
己が身を横たえている『大地』がなんと呼ばれているかも知らない。
己が生きるのに必要な『空気』と呼ばれるものがあるということも知らない。
己が『キメラ』という生き物として呼ばれている事も知らない。
 それでもソレは『空』を見上げ続けていた。何があるわけでもない。何かが得られるわけでもなくとも。
 ただ『空』を見上げ続けていた。

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
キムム君(gb0512
23歳・♂・FC
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
不破 炬烏介(gc4206
18歳・♂・AA
守谷 士(gc4281
14歳・♂・DG

●リプレイ本文

●空を仰ぐモノ
 アフリカのとある場所、そこには今、空を見上げる一つの異形と八つの人影があった。
「文字通りのキメラ‥‥って感じだね。悪趣味な外見しちゃってまぁ」
 新条 拓那(ga1294)が言う通り空を見上げる異形、地球を侵略しようとする異星生命体バグアの尖兵として作り出されたキメラだ。
 その外見はギリシャ神話の複数の生物を掛け合わせた怪獣を髣髴とさせる。通常の生物を越える大きさの体躯に水牛、ライオン、人間の女性、そして尻尾は蛇という姿をしていた。
「情報通りなんとも奇妙な外見だな」
 犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)が天槍ガブリエルで肩を叩きながら作った奴は相当の変人だろうと感想をもらした。
「神なる獣‥‥キマイラ。だが魂は穢れている。‥‥穢れは例外なく‥‥殺す」
 犬彦の隣では不破 炬烏介(gc4206)が陰鬱な殺意を溢れさせてキメラへと吶喊しそうだった。不破とは反対にセシリア・D・篠畑(ga0475)は静かに戸惑いとも共感ともつかない感情と共にキメラを眺めていた。
(‥‥空を見ている? 如何して? 何が見えているの? それとも何もみてなどいないの?)
 様々な疑問がセシリアの心の中で湧いては幻のように消えていく。
「何が見える?」
 終夜・無月(ga3084)の問いに無意識にセシリアの身体が反応するがその問いは届く事はないと分っているキメラへ向けられたものだった。
 雲が流れていく青空と丈の短い草が覆う大地に身を伏し空を見上げる異形という図は傭兵達に名も無き画家が完成させた平穏と哀愁に満ちた一枚の絵画のように感じさせる。
 その光景に美しさではないモノを感じる者も居る。
「あれ‥‥女性の顔があるけど、人間が素体じゃないよな?」
 過去に人間を素体にしたキメラと戦った事のあるキムム君(gb0512)としては例えキメラであっても元人間とは戦いたくないという気持ちが強かった。
「‥‥いつまでも眺めていても気味は良くないし行きませんか?」
 守谷 士(gc4281)は不気味さを感じたのか情動を押さえ淡々とした口調で告げた。
「しかし、空を見上げてるのは自由にでもなりたいのかしら?」
 ミリハナク(gc4008)はキメラがそんな事を考えるか疑問に思う。解放するにしても殺すしか手段は知らないのだが。

 傭兵達が近付いて行くとキメラの方もやがてそれに気付き目を向ける。
 蒼穹の下で静かにゆっくりと戦いが始まった。

●イキル
「図体がでかくなり過ぎ! 何でも混ぜりゃ良いってもんじゃないよ!!」
 最初に拓那が加速をつけキメラへ接近して行く。
「最近は怪我ばかりでしたから腕が鈍ってないと良いのですが」
 ミリハクナは獲物を輝弓「シェキナー」へと持ち替え拓那の行動を援護する為に矢を放った。狙い通りライオンの頭へと矢が突き刺さりキメラの動きが一瞬だけ鈍る。
「てやあああぁ!!」
 それに合せ拓那が空中へ跳び両手剣をキメラの背中へと叩きつけた。手応えはあったがその体格に見合うだけの生命力も兼備えているのかキメラの動きが鈍る様子はない。
 それどころか、拓那を振り落とそうするよりも他の傭兵達の方へ突撃していった。
「その場で暴れててくれた方が楽なのに」
 士はジャッジメントを撃ちつつ近付いていた。的が大きいので外す事はないが多少の事では勢いは止まらない。
「案外、頭良いね」
 後方に付いていた犬彦の方も蛇の方にキャンサーを撃ち込む。だが、蛇も攻撃された犬彦よりもすぐに攻撃の届く拓那の方を目標としている。
「このスピードならやれ‥‥なっ!?」
 キムムは突進を回避しカウンターを入れようとして横に小さく跳ぼうとしたがキメラの方も直前に少しだけ進路をずらして来た。
 水牛の角がもろにキムムの脇腹を捉える。
「くっ、腕は鈍っているだろうが‥‥まだ!」
 雲隠とイリアスを振るうが動きの鈍ったキムムを嘲うかのようにキメラは距離を取る。
「生きる事とは死なぬ事‥‥抗う事、闘う事、即ち喰らう事‥‥死ね!」
 キムムの反対側から不破が豪破斬撃を使用し急所を狙う『虐鬼王拳』を蛇に叩き込む。そのスキにセシリアは攻撃から練成治療に切り替えキムムの傷を癒す。
「うおっ! っと!? のわっ!!」
 激しく揺れるキメラの胴体の上では拓那が蛇の攻撃を体を反らし巧みに躱していた。
「心臓は難しいか‥‥ならば」
 無月はライオンの頭めがけてデュランダルを振り下ろす。無月の強力な攻撃を受けつつもキメラも正面に立つ無月に鉤爪とライオンの牙を当ててくる。
「くっ、重い攻撃だ」
 その攻撃に無月も僅かによろけた。
「この生命力でもし、再生されたらやっかいですね」
 セシリアがブラックホールから漆黒のエネルギー弾を撃つと当るがキメラの動きは止まらない。
 それに反撃するように女性の頭が火炎や雷撃のエネルギー弾を撃ち返してくる。
「遠距離攻撃もあるのか、‥‥これは骨が折れそうだね」
 士はAU−KVのバハムートに身を包まれながらも背に冷たい汗が流れるのを感じた。

 キメラは己の命に危機が迫る状況でありながら満たされて、人間で言えば心が喜びで溢れていた。
 血液が全身を激しく流れる感覚、重さすら感じる敵意、焼ける様な己の吐息‥‥。
 その全てが初めて感じるモノばかりであった。
 キメラの後ろ足に長い金糸のような気を持つ敵が牙でも爪でもない武器を突き立ててくる。それに合せ牙でも爪でもない武器を持つ敵がそれぞれの得物を振るいキメラの体に傷をつけていく。
 そのたびに身体から熱が失われて行く。同時に言葉という物を持たぬ人造の生物であったが‥‥『生きている』‥‥その感覚だけはハッキリと感じていた。
 その事がさらなる喜びをもたらし、生を謳歌する事を求めキメラの身体は生命を燃やす。
 なおも敵の攻撃は続く。背に乗る黒い敵が幾度も背を叩き、遠く離れた敵の放つ棘が確実に体に突き刺さる。
 銀の毛と金色に輝く眼の敵が獅子の頭に巨大な武器を叩きつける。いつしか、獅子の頭から力が抜けていく。
 一つの頭部が活動してキメラは生きていながら同時に死というモノを感じていた。だが、その先にあったのは恐怖ではなく未知の感覚を知る興奮だった。敵の表情や鳴声ですらキメラの心を満たす。
 そんな思いに浸るヒマもなく目に透明で硬質な膜を持つ赤毛の敵と硬い外皮と巨体を持つ敵が水牛の頭に各々の武器を振りかざして新たな傷を刻む。だが、獅子の頭が負った傷ほど深くはなく反撃の為に力を込める。
 だがその一瞬の隙を突き離れていた敵が放つ棘が獅子の眉間に突き刺さる。
 そして、一つの意識が完全に消えた。

「やりましたわね」
 矢を中てた獅子の頭が力なく項垂れるのを見てミリハナクは艶かしく唇をなめた。
「再生などしないと助かるのですが」
 拓那に練成超強化をかけながらセシリアが言う。
「なら、一気に叩いて終わりにするまで!」
「決める! 受けてみろ‥‥高速変幻の斬撃! 霊夢斬・双撃!!」
「滅びろ‥‥魂が穢れしモノ!」
 士、キムム、不破もその隙に一気に仕掛ける。相手の詳しい能力が分らない以上は戦闘を長引かせるのは不利だという判断は妥当なものだった。
 狙い通りに動きを鈍らせたキメラに傭兵達の攻撃が命中する。
 だが同時に見落としもあった。傭兵達はキメラの頭がどれも単体への攻撃手段しか持たないと無意識に思い込んでしまっていた。
 女性の頭が大きく眼を見開くと口を開き絶対零度の息を吐きつけてきた。その攻撃にセシリア、キムム、不破が巻き込まれる。
「しまっ‥‥っ!?」
 常人なら即座に氷の彫像になっていただろう冷気に悲鳴を上げかけたセシリアの口が動かなくなる。
「まだこれほどの力を隠していたか‥‥だが、この程度で俺は倒せん」
 半身を霜に覆われながらも不破はその意気をいささかも失わずに全力で反撃を行った。
「大丈夫かい?」
「スミマセン、助かりました!」
 そして、傷を負っていたキムムは犬彦がカバーに入った。
 だが、そこに女性の頭がエネルギー弾を撃ち込んで犬彦を足止めする。
「ちっ、厄介だ‥‥っ!?」
 足を止めた所に蛇がその長い体をくねらせ犬彦や拓那へ襲い掛かり僅かながらも傷を負わせる。蛇から手傷を負わされた二人の視界が揺れる。体の内側から焼ける様な痛みが広がっていく。
「この感覚、毒か!?」
 さらにキメラは足の一つを貫かれながらも力任せにその体を振り回し接近していた傭兵達へ水牛の角を叩き込もうとした。
「させるか!」
 キムムが果敢にもキメラに刃を突き立てるが、キメラはその行為をものともせずに逆にキムムの胸に太い角が打ちつけ吹き飛ばす。
「ぐあっ!?」
 地面を二度、三度とバウンドしてようやく止まった時には鈍い痛みに息が出来なくなっていた。
「この‥‥調子に乗るな!」
 士がキムムに気を取られていると見えた水牛の頭へ刹那を振りかざし斬りかかる。
 本来なら適切であった行動も一つ誤算があった。今回の敵は1つの体に4つの頭部を持ちながらも普通に動ける程に思考などを共有出来ているキメラであった事だ。
 振り降ろされる士の直刀をキメラは片目を斬り潰されながら全体重を乗せた頭突きで反撃してくる。
 あまりの膂力に士と装備を合わせて700キロを越えるバハムートの足が大地から離れる。一瞬の滞空と静止、回避の使用がないタイミングで二撃目が士の胸を捉えバハムートの胸部装甲が大きくへこんだ。
「!?‥‥‥‥」
 そして次に地面に足が着いた時には士もそのまま地面に倒れ伏す。そして、キメラは三度敵を倒す為に次は不破を狙った。
「ちっ!!」
 水牛の頭の片目が潰れていたおかげか攻撃は僅かな差で不破を捉えることなく空を切った。
 多くの傷を負いつつもいまだ闘志を衰えさせないキメラは燃え盛る炎のように見えた。

 キムムと士が倒れ、キメラもライオンの頭が動かなくなり戦いは佳境に入っていった。
「二人は私なんとかします‥‥みなさんはキメラの方を」
「了解! 惜しみなしだ‥‥こいつは重くて痛いぞ、耐えられるか!!」
 倒れた二人の安否を確認にセシリアが走ると同時に拓那はエミタを全力で稼動させ蛇とキメラの背へ目にも止まらぬ速さで攻撃を叩き込む。蛇の頭蓋骨が砕ける感触が拓那の手に伝わると持ち上げられていた蛇の頭は光を失っていく眼で拓那を睨みながら地面へと崩れ落ちた。
「魂。彷徨う、獣‥‥もう、眠れ!」
 不破が水牛の首にある急所に渾身の一撃を叩き込む。
「ブオオオッ!」
 手応えはあったが倒すまでには少しだけ足りない。
「チッ! まだ、留まるか!!」
「しつこすぎるのは嫌われるわよ」
 不破を突き飛ばそうとキメラが体を前に進めようとするがそこにすかさずミリハクナが放った矢が眉間に突き刺さる。水牛の首は不破の目前で数度痙攣してから力なく項垂れた。
「星二つ目、頂きましたわ」
 そう言いながらミリハナクは妖しく唇を嘗めた。
 そして、残った女性の頭は火、冷気、雷のエネルギー弾を四方八方に乱射して最後の抵抗を試みるがロクに狙いも着けていないそれらは能力者達を捉える事はなかった。
「まったく、往生際が悪いね!」
 犬彦はいまだに残る毒にふらつきながらも自らを壁として攻撃が届かない空間を確保していた。
 その空間へ無月がデュランダルを振りかざしながら踊りこむ。
「悪いが‥‥これで決めさせてもらおう」
「キェアアアア!」
 無月は自分に向けられて放たれた火球を切り裂きキメラの懐を踏み込んでデュランダルを一閃させた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 しばしの空白の後、最後に動いていた女性の首が軽い音を立てて地面へと落ち勝負は決した。

●大地に残る幻影
 力尽きたキメラは死して尚その身体を地に伏せる事をよしとしていなかった。
「終ったみたいですわね」
 遠くから弓を射っていたミリハナクが皆の所へと来ていた。
「ああ、意外としぶとかったけど再生はしないみたいで助かった」
 拓那はとめどなく流れる汗を拭きながら大きく息を吐くと死力を尽くし戦って立往生した敵の姿を見上げながら言った。
「ええ、こちらもみな無事のようですしね」
 無月が顔を向けた先にはセシリアの肩を借りたキムムと士もキメラの亡骸の前へと集まった。
「イタタっ、まったくバハムートがボロボロだよ」
「くっ、夢見幻想がどうとかよりもまずは腕の錆を落とさないといけなさそうですね」
 士とキムムは辛そうではあったが意識はシッカリとしていた。
「‥‥強かったね。このキメラさん」
 犬彦はキメラから目を離さず命尽きるまで戦い続けたその姿勢にある種の強さを感じ敵だったとはいえ僅かながら敬意も抱いていた。
「あのキメラは力尽きるまで何を見ていたんでしょう?」
 あるいは何も見えてなかったのか‥‥それはセシリアにも他の者にも分らない。きっと、その答えを知っているのはキメラ自身かもしれない。
(‥‥あるいはキメラ自身も分らないのかも知れませんね)
「さて、どうするか‥‥埋めるか?」
 拓那がそう聞くが‥‥。誰も動こうとはしな。
 誰もがそのままにする意味もないのは分っていたが、もの言わなくなったキメラを見ているとなんとなく戦いが始まる前のじっと空を見上げていた姿が浮んでくる。
「空を見上げていたのは、あの女性の心だったんでしょうか?」
 とキムムが独り言のように呟く。
「どうでしょうね。キメラは普通の生物とは違うようですし生きた人間を材料としたという確証もありませんし」
 ミリハナクが言う通り、キメラはただここに居ただけで特に指揮していたバグアがいるでも研究施設があるわけでもない。バグアなり強化人間なりがただひたすら好奇心を満たす為だけに作ったのかも知れない。
 そんな予想ぐらいしか能力者達には出来る材料がなかった。
「何にせよ。終った‥‥という事ですね」
「脅威は取り除けた訳だし、こう言うのはなんだけど後は軍の方に任そう」
 無月や士の言う通り、傭兵である自分達がやるべき事は終っている。
「‥‥『裁き』の後‥‥は全てあるが‥‥まま‥‥肉は地へ‥‥魂は空へ‥‥次。生、受ける時‥‥穏やか、に穢れなき‥‥生、を受けること‥‥を、祈ろう」
 不破がその場を去る前に祈りのようなモノをささげる。
「行こう‥‥うちらに出来るのは空の下で眠らせてあげるくらいだしね」
 不破の祈りが終ると犬彦がそう言った。それは犬彦にとって、最後まで全力で戦った強敵への精一杯の敬意であった。
 帰路につく能力者達を青い空を流れる雲が見下ろす。やがて空に溶け込む雲はまるで皆がこの戦いで掴んだ想いそのものにも見える。
(‥‥空は遠すぎる。でも、それは‥‥)
 セシリアだけではなく、他の人間もそうだろうし、もしかするとバグアですら個では手も届かないのかも知れない。青い空を眺めているとそう思わずにいられなかった。
 空は誰かが馳せたそんな想いを受け止めその青さをたたえつづけているようだった。

 了