タイトル:【BAR ナハト】第九夜マスター:三嶋 聡一郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/08 05:31

●オープニング本文


●思い出の瓶
 その日の開店前にマスターは店頭の棚に並ぶ酒瓶を整理していた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 誰もいないカウンターに棚からおろした酒の瓶を並べ布で薄くつもった埃を拭いさる。しばらくの間、瓶とカウンターがぶつかる際に立つ小さな音だけが店内に響く。
(‥‥もう三年以上過ぎてるんですね)
 最初は塗りたてのニスでキラキラしていたカウンターも金具がキィキィと音を立てていた扉もこの数年でだいぶ、ぎこちなさがなくなりカウンターは少し色が濃くなり、扉はベルの音だけを立てるようになった。
 それと同じく来る人々の顔ぶれも時と共に変わる。
 ある者は時を重ね成長や老いという変化をその身に刻み、ある者は新しくこの店の扉を潜りひと時を楽しみ、そしてまたある者は‥‥何も告げずに姿を消す。
 そんな事を考えながら作業をしているとふと一つの瓶を前にして手が止まる。
 その瓶はいつも作戦の前には店に来て瓶の中身を半分ずつ残していく客の物だった。飲む分量は前に残しておいた瓶と新しく開けた瓶のを合わせた一本分、そして、新しく開けた瓶の中身を半分だけ残して出て行く。残った瓶の中身をまた飲みに来ると、日に焼けて濃い髯を蓄えた顔で笑顔を作りいつも同じように言っていた。
「‥‥また一人、ですね」
 一人の人間が店に来なくなった。理由は言うまでもない。
「そういえば‥‥」
 確かその男に以前、今度息子が酒が飲める年齢になるので息子が生まれた年の故郷の酒を見つけて欲しいと頼まれていたのをマスターは思い出す。
「あとで探してみるとしましょうか」
 それが何になるかは分らないが、そしてそれを彼の息子に送ろうと考えた。
 それが何か意味あることになるのでないかとは思うから。
 それだけ決めるとマスターは瓶を磨く作業を再開した。今日も来る夜の訪れのために‥‥。

●参加者一覧

ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
過月 夕菜(gc1671
16歳・♀・SN
ノエル・クエミレート(gc3573
15歳・♀・SF

●リプレイ本文

●黄昏時
 今日も日が沈み多くの人が家路を歩いていく。時々、なかなか人が来ない時がある。そんな日はちょっと変った人達が来る日なのだ。そう、今にも‥‥。

 店を開けて間もなく。
「にゃ〜、マスター‥‥また来たよ〜」
 と勢いよく入ってきたのはノエル・クエミレート(gc3573)だった。完全に常連になり店では普段より滑らかに彼女の口も動く。
「ボク、未成年ちが‥‥」
 いつも告げているセリフも笑顔で分ってますと言われて早くお酒がのみたくてノエルは入り口に一番近いカウンター席に陣取った。

「頼もう!」
 黒のシックなゴシックロリータ調の服に身を包んだ美具・ザム・ツバイ(gc0857)が堂々とした態度と店に入って来た。
「食事を所望するのだが」
「では、こちらにどうぞ」
 美具は入り口近くのテーブル席に案内されるとマスターのオススメで食事を頼んで料理が来るまでの時間を物思いにふける事にした。

「あっ、ここが良いかな?」
 ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)が知り合いに会いそうにない店を探していたら、その足を止めたのはナハトの前だった。
「‥‥うん、構わない」
 ヴァレスが振り返った視線の先には伴侶である流叶・デュノフガリオ(gb6275)がいた。しかし、今の流叶は小さな体をさらに縮めており美しい銀髪も輝きを鈍らせて見えた。
 ヴァレスも心配にはなるが今は言える事がなく、ただ店のドアを開くだけだった。

●研磨
「うにゃにゃ♪ 今日も沢山の情報集められたにゃ〜♪」
 過月 夕菜(gc1671)は趣味である噂や情報の蒐集の成果が良く上機嫌で街を歩いていた。
 だが、その足取りを鈍らせるものがあった。
『ぐぅ〜〜っ』
 それは空腹だった。
「にゅ〜、おなか減ったにゃぁ‥‥そうだ!」
 唐突に友人のノエルがよく足を運ぶ店が近くにあるのを思い出す。
「確かバーなのにケーキもあるらしいし、何か新しい情報があるかも♪」
 今日の最後はそこで情報収集しようと足取り軽く夕菜は陽の沈んだ道を駆けて行った。

 杠葉 凛生(gb6638)は苛立ちという消えぬ悪友と共に街を歩いていた。
 早い時間帯から数軒の店をハシゴして酒を入れたが心にこびりつく黒いモノが消えず酔い潰れて思考を止める事も出来ない。
 そんな時に風に吹かれて足を止めると視界の端に気になる店が見えた。
「ナハト‥‥ふむ」
 既に他の店でケンカしている。それが一軒増えても大差はないかと思いながら店に入る。
 客は5人ほどおり、凛生は6つあるカウンター席の真ん中の辺りに腰を下ろしてバーボンのストレートを注文した。

 美具は食事を終えてコーヒーを嗜みながら物思いにふける行為を続けていた。
 思いを馳せるのは同じ孤児院で育った銀の髪と瞳を持っていた少女との過去だった。
「なにもかもが懐かしいのじゃ」
 品行方正と自由奔放、淑女と野生児、性格性質は逆なのに彼女とはウマが合いよく一緒に遊んだ。時には施設中の扉や窓を全て開け放ったりして担当者から大目玉を食らったのも両手では数えられないほどだ。
 だがその楽しい時も美具が今の家の養子になる事で終わりを告げた。欧州の名家でそれに相応しい生活をと命じられ孤児院との関係も切る事になったのだ。
 しばらく徐々に摩耗するように日々を過ごしたが彼女が能力者になった事を知り人生に光がさした気がした。
(‥‥あの時は我が事の様に喜んだのじゃったな)
 だがその喜びも長くは続かなかった。
 己丑北伐‥‥かの大規模作戦で悲劇は起った。全て終った後の報道での戦死者報告を聞いた時は七日七晩も寝込む事になった。
 その後の診察の時に美具にも能力者の適性が有る事が判明した。
 今度は自ら戦場に赴く事に迷いはなかった。周囲の反対も跳ね除け今の自分はこの場所にいた。
 コーヒーが尽きるとマスターがお代わりと一緒にデザートを置いていく。
「ありがとう」
 礼を言うと先程の一杯の苦味の残滓が残る口にデザートを入れる。
 彼女の義兄とも会ったが良い印象が持てた。彼女は彼と兄妹になれて幸せだったのではないかと思う。
 美具が口にしている菓子のように甘くも儚くなくなったような幸せではあっただろうが。なんとなく、美具にはそう思えた。

 ヴァレスと流叶の間には霧のように微妙で冷たい空気が流れていた。
 それは、流叶が最近依頼に参加してない事に起因しているのは二人とも察しており、ヴァレスもそれを心配していた。
 差し向かいに腰掛けると空気はより濃くなって二人の上にのしかかる。
(やっぱり、最近戦闘に参加してないのを知られた? でも、最近は覚醒してもアレがでて来なくなって戦うのが怖いなんてどう言えば)
 流叶の頭の中では戦いに狂喜するもう一人の自分が居なくなりつつある事で埋め尽され今の状態を解決する糸口すら見つけられずにいた。
「流叶、何かあったの?」
 唐突に耳の奥に届いたヴァレスの声に流叶は思わず体を堅くしてしまう。責めている訳ではないと分っていても心臓を鷲掴みにされたような気分になる。
「‥‥流叶?」
 俯いたまま小さく震える流叶に何と言うべきかヴァレスも言葉を見つけられずにいた。
「ヴァレス、私‥‥っ!?」
 どうすれば良いかも分らないまま嫌われたくないという思いに突き動かされて何かを言おうとするが考えがまとまらず言葉が出て来ない流叶の手をヴァレスが握った。
「大丈夫、俺がついてるから」
 ヴァレスの一言に後押しされて流叶は話し始めた。
「‥‥私は卑怯者だ」
 流叶が能力者を志したのは養父の仇を討つ為なのに戦う勇気もなく怯え、心を守る為に‥‥いや、自分の弱さから逃げる為に戦闘狂というもう一人の自分を生み出し生贄にした。
 そして、犠牲にするモノが消えたら逃げ出した。
「滑稽だ‥‥嘘で全てを塗り固めてた己こそ赦されるべきでないのに大切な人が出来たら‥‥死にたくないと思って」
 話が終わるまでヴァレスは黙って目を逸らさずに話を聞いた。流叶はこんな浅ましい自分は嫌われるなと思った。
「俺も、同じようなものだよ」
「え?」
「俺も本当の生まれや家族の事は知らなくて‥‥」
 拾われて、戦う術だけ覚えていった。でも、その拾ってくれた人も帰って来なくなって生きないといけないという思いを知らずに過ごしていた。
 そんな俺の命を落としても皆が生きててくれるならそれで良いと思って‥‥いや、押付けていた。
 でも、流叶と出会って初めて生きたいと思った。独りになりたくない、させたくない、悲しませたくないと。
「流叶は卑怯者なんかじゃないよ」
「‥‥そうか?」
「そうだよ。ただ、今まで気付かなかった事に気付いて戸惑ってるだけだよ」
 ヴァレスの言葉に流叶の心がスッと軽くなる。
「うん、ありが‥‥」
 流叶が礼を言おうとすると安心したせいか腹の虫が盛大に鳴き流叶は顔を赤くした。
「ははっ、そういえば夕食がまだ何か食べようか」
 ヴァレスがそう言うのを待っていたかのようにマスターが席にやってきたのだった。

「にゃー♪ ‥‥しあわせ」
 とノエルは強めのカクテルを既に十杯以上は飲んでいるのにいつもと変らぬ顔で幸せそうなため息をついた。
 その隣には‥‥。
「にゃ〜♪ モンブラン、お味は‥‥ん〜、甘さ控えめで大人の味って感じにゃ〜♪」
 と目的のケーキを食べて幸せそうに蕩けてる夕菜がいた。
 二人の様子は夜なのにどこか陽だまりで昼寝している猫達を見ている気分になる。
「飲物は何になさいますか?」
 目を輝かせてケーキに夢中だった夕菜にマスターが聞くとしばし考えてから。
「せっかくのバーだし、前にノエルちゃんにオススメしてもらったプッシー・キャットっていうのお願い〜♪」
 マスターがかしこまりましたと応えると夕菜はいろいろと話しはじめる。
 店のメニューについて、客には傭兵が多いのかという事を猫も顔負けの好奇心と矢つぎ早な調子で捲し立てるように聞いては猫の手帳に書き込んでいく。
 次第に夕菜の質問はノエルの方にも酒の事や店であった事を聞いていく。
「にゃ〜、ノエルちゃんがお店でケンカね」
「うん‥‥お酒の、こと‥‥で‥‥」
「にゃ〜、珍しいね」
「‥‥うん」
「ふむふむ、これぞ人生の墓場かにゃ〜♪」
「それは‥‥結婚」
 聞き役に徹していたノエルのツッコミに夕菜は「わかってるよ〜♪」と笑う。
「他の人にも何かはなしを〜」
 と夕菜が他の席に行こうとしたらそれはマスターに一人で物思いに耽りたい方や大事な話しをしてる方も居ますからとやんわりと止められた。
「む〜、そっか‥‥」
「気になっても触れないのがルールですよ」
 マスターは口の前に指を立てて言い、もう一杯どうかとたずねると夕菜は。
「じゃ、次はマスターにお任せで♪」
 とすぐに元気を取り戻して答えた。今この場所にある自分の知らない事を求めて。

 何もかもが無くなって欲しいと思うような時に限って凛生の精神を司る器官は数多くのモノを拾い上げる。それに引かれて周りに目を向ければその幸せそうな風景に幼稚に苛立ち酒をあおる。
 分っていても同じ事を繰り返す。しかも、酔えずに頭奥は冴わたるのが更なる苛立ちをつのらせる。
「荒れておいでですね」
「まあな‥‥なあ‥‥」
 マスターに何で聞こうと思ったか分らないが、もしかすると自分と同じ臭いを嗅ぎ取ったかも知れない。
 いつから、そして、どうしてLHに来たのかと。マスターはバーボンのお代わりを用意しながら動き出してすぐの頃と‥‥家族を亡くして彷徨って、と答えた。
「ありのまま全てを受け入れるか‥‥スゲェな」
 マスターのその姿勢は凛生には眩しく映る。
「それは間違いですよ」
 マスターの一言に凛生はバーボンを持った手を止めた。
「何?」
「その考えは間違っていると申し上げました」
 ダンッ!!
 と腹の奥に響く木を叩いた音が店内に響き渡る。
 その様子を見かねたヴァレスや美具、常連のノエルが腰を上げそうになるが泰然としたマスターの姿を見て踏み出すまでには至らない。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 凛生の目からは自分が少し本気を出して殴れば死ぬであろう壮年の男性が店と一体となった巨大な一枚岩に映った。
「くっ‥‥」
 吐き捨てる言葉も見つからず荒々しく凛生が席に着くと他の者も息をついた。
「受け入れたのではありませんよ‥‥」
 カウンターの向こうで酒瓶を探すマスターは『受け入れるしかなかった』と静かに、だが確かに口にし、それは店内の傭兵全員の耳に届いた。
「私達一般の人間にはこの厄災は抗う事など不可能なのですから」
 千人に一人、その数字が何を意味するのか忘れていた自分を、凛生は何を見失っていたかを思い出す。
 選択肢を持ち選ぶ事がどういう事かを忘れていた。
「‥‥‥‥」
 その事実に凛生は呆然と黙るしかなかった。
「どうぞ‥‥」
 マスターが凛生の前にショットグラスという小さなグラスに入った酒を置く。
「こいつは‥‥」
 口元に近付けてみると強いアルコールと薬草の匂いがするリキュールだった。出して来たマスターは何も言わない。
 凛生はそれを飲んでみろとい事だと思いグラスを呷る。そうすると凛生の手で簡単に隠せてしまうグラスに入った酒が喉を胃を焼いていく。だが、それが自分は今、生きていると実感させてくれた。
「かっは‥‥キツイな。だが、なんだか生き返った気分だ」
 凛生のその一言にマスターはただ笑顔で応える。

「マスターも案外、熱い所があるのね」
 覚醒して人格が切り替わったノエルが小さく笑いながらマスターに語りかけてきた。
「私もまだまだ、修行が足りませんね」
 マスターのその一言に二人して苦笑をもらしていると『う〜ん、つぎはふる〜つたると〜』、などという寝言を夕菜が口にして余計に可笑しくなる。
「はぁ、平和ね‥‥」
「平和な夜ですね」
 静かで穏やかで安らぐ夜。今の時代には最高の贅沢かも知れない。
「本当にこんな平和が続けば良いのに‥‥」
 ついポロリとノエルがもらす。
「あ、あのマスター」
「なんでしょう」
「いつか平和になると思う?」
 ノエルの問いにマスターはただ微笑を返す。
「そう‥‥こんな事を聞くなんて」
 普段はそう酔わないはずなのに少し酔ったかなとノエルは呟く。そして、少し気分を変えようと思い、
「マスター、ホット・バター・ド・ラム・カウを頼めます」
 かしこまりまりました。と言うとマスターはノエルが頼んだカクテルを作りはじめた。

●夜は全てを包む
「では、そろそろ失礼するかの」
 最初に席を立ったのは最初に来た美具だった。
「では、マスター殿、また縁があればお邪魔させてもらう」
 そう言って美具はベルを鳴らしながらドアを潜って店を後にした。
 心の中で姉妹達が気に入るわけだと思いながら。

「‥‥‥‥」
 バーボンの最後の一口を飲むと凛生は黙って席を立ち出口へ向かう。代金を払うそ振りがなかった。
「マスター‥‥アンタが出してくれた一杯の代金払うにゃ、今日の俺のサイフの中身じゃ少なすぎる‥‥だからよ。今度、来させてもらった時に払わせてもらうぜ」
「またのご来店をお待ちしています」
 そう言われると凛生は不敵な笑顔と共に堂々と店を出て行った。

「ボク達もそろそろ、失礼させてもらいますね。ほら、起きて」
「うにゃ〜ん」
 揺り起こされてフラフラと席を立つ夕菜をノエルは背中を押して出口に誘導していった。
「またの御来店を」
 と送り出されて二人は星達が見守る夜空の下に出る。
「うにゃ‥‥にゃにゃ‥‥」
 あっちにこっちに揺れながら歩く夕菜の後ろでノエルは酒をラッパ飲みしながら時々、転ばないように夕菜の服の襟首を引いてやる。
「本当に‥‥こんな平和が続いてくれたらいいのにって思うな。この子の姉として」
 ノエルは心の中で覚醒前の自分のために祈りを奉げる。その願いが星達に届いたかはノエルにも分らないが。

 店を後にしたヴァレスと流叶は星空の下ゆっくりと歩いて自分達の家へ向かっていた。
 心が落ち着くと世界が変って、いや、広く見えるものだと流叶は思った。今までは怖がって目をつぶって隣にいるヴァレスの顔すらまともに見えていなかった。
「ねぇ、ヴァレス‥‥」
「なんだい?」
「私、これからもヴァレスの隣にいて良いのかな?」
「もちろんだよ」
 いつもの優しい笑顔、だけど自分には必要な笑顔、絶対にない笑顔がそこにはあった。
 そして、その笑顔には壊れて欲しくないと流叶は思う。
「でも、今の私じゃ足手まといに‥‥」
「‥‥流叶、んっ」
「ふぅ!?」
 弱音を吐こうとしていた流叶の唇をヴァレスが自分の唇で塞ぐ。優しくも力強い口づけを交わし抱き合う二人。
 その口づけと抱擁は百万の言葉を交し合うよりも雄弁にヴァレスにも流叶が必要で離れる事なんて考えられない事を流叶に伝えていた。
 幸も不幸もただ自らの傍にあるだけだった。

 静かな夢のような夜。そんな夜がまた一夜ふけていった。

 了

(2011/2/18 リプレイについて本人のリプレイと差し替えをおこなわせていただきました)