●リプレイ本文
●秋の香り
「‥‥甘い匂い」
夜の帳が降り始めた帰り道でルノア・アラバスター(
gb5133)が急に足を止めた。
「どうしたノア?」
サヴィーネ=シュルツ(
ga7445)が急に足を止めた恋人に声をかける。当のルノアは香りの元を探すのに夢中で返答がない。
「果物、クリーム、チョコ‥‥これはケーキ!」
「ちょっ、ノア!?」
腕を組んでいたサヴィはルノアに引きずられて一軒の店の前に着く。
「ここから」
「‥‥ナハト?」
どうしようかと考えていたがフラフラ店に入りそうなルノアを見てたまには良いかとドアを開けた。
「大漁だったであります。食用に適さないモノばかりだったのが超残念でありますが」
と美空・桃2(
gb9509)はエシック・ランカスター(
gc4778)が運転するファミラーゼの助手席に座り膝の上に乗せたクーラーボックスをイジっていた。
「そういうのも楽しみの一つですよ」
と言ってエシックは小さく笑った。
「お店の方向はこちらで?」
「姉達に聞いた所によるとこの辺の‥‥おっ、あれではないかと」
と桃が差す方向にエシックも木製の扉を見つけ路肩へ車を止め店へと向かった。
●甘い夜
ノエル・クエミレート(
gc3573)がナハトに入ると一番乗りの心算で来たのに先客もいた。
「ボクが‥‥一番‥‥だと、思ったのに」
などと言っているとマスターがノエルをカウンター席に案内してくれた。
「にゃー♪ ケーキもあるんだ♪」
まずは駆けつけ三杯ならぬ三皿でケーキを頼むノエルだった。
サヴィとルノアの座る入り口に近いテーブル席にはクリームたっぷりのショートケーキ、狐色のアップルパイ、果物が宝石の様に輝くタルトなど様々なケーキが置かれていた。
「ほわぁ」
「さすがにケーキだけというのも寂しいね」
と嬉しそうな溜息をつくルノアをサヴィは微笑ましく感じながらマッカランを頼む。
「ねぇ、サヴィ♪」
マスターが離れると同時にルノアがサヴィを呼ぶ。
「どうした?」
「あーん♪」
と嬉しそうにルノアがサヴィの前にクリームのついた指を差し出してくる。
「‥‥これは?」
「マンガで勉強したの♪」
何か間違っている気がしたが、ルノアの笑顔を見ると指摘できず‥‥。
「‥‥っん」
「美味しい?」
「あっ、ああ、美味しいよルノア」
サヴィが頬を赤らめながらクリームをなめるとルノアはよりいっそう笑顔を輝かせた。
そうしているうちに飲み物が運ばれてくる。
人が来るとサヴィは笑顔になっているルノアと反対に顔を赤くし口数を減らした。
「釣って来た魚の調理を頼めますか?」
エシックは席に着くとそう言って今日の釣果をマスターに渡す。
「では、少しお時間を‥‥」
と魚を裏の厨房へ持って行こうとするマスターの服を桃が小さく引っ張る。
「あっ、あの!」
エシック達が顔を向けると桃が緊張した面持ちで。
「で、出来れば桃にやらせて欲しいのであります!」
桃は自分で緊張するのを自覚しながらもそう言いきる。
「構いませんよ」
マスターが笑顔と共に言う。
「美空さんがですか?」
「これでも姉同様、家事には超長けているのであります!!」
「それは楽しみですね」
早口になっている桃とは逆にエシックはゆったりした笑顔を桃に向ける。桃は落ち着かない気分を誤魔化すように。
「ち、超楽しみに待っているのであります!」
と店の裏に行ってしまった。その様子にやれやれといった感じの笑顔を浮かべる。
「では、何か紅茶を‥‥そろそろファーストフラッシュが飲める頃ですし」
マスターが一礼して席から離れるとちょうどドアのベルが新たな来客を知らせた。
「あっ、ノエル君おまたせ〜」
笑顔で入って来たハーモニー(
gc3384)はノエルの隣のカウンター席に腰を下ろす。
「誘ってもらったのに遅れてごめんなさいね」
「気にして、ない‥‥大丈夫」
「お詫びに今日は奢るよ」
とノエルとハーモニーは歓談を始めた。
「おっ、ケーキ? バーにしては珍しいね」
甘い物も塩辛い物も酒のツマミにするハーモニーがノエルの前にある皿を見る。
「お姉さんも食べる? ‥‥とても、美味しい‥‥よ」
「じゃっ、私はチョコのヤツを‥‥そして、はじめの一杯はやっぱり麦酒よね♪」
ハーモニーが楽しそうにケーキが来るのを待ちながらビールの銘柄を選んでいた。
「‥‥ビール‥‥なんて、良く‥‥飲める、ね」
その一言にビールや発泡酒が嫌いなノエルが反応する。
「ん? どうかしたかな?」
カウンターでは少し暗雲が広がりそうな気配がした。
●コタエ
厨房ではバターと魚の焼ける芳ばしい香りが広がるが料理をする桃の顔はどこか暗かった。
マスターがどうしたのか聞いても何でもないと最初は答えた桃だが意を決して質問する事にした。
「ある人といると楽しいのでありますが‥‥そ、その桃達としては、ラヴは御法度でライクな関係が望ましいのですが‥‥」
相手が誰かは言わなくてもエシックなのは明らかだ。
「‥‥何か、釈然としないモノがあって‥‥なんと言えば良いのやら?」
「そうですね‥‥」
芽生えたばかりの想いに桃も戸惑っているのだろう。
「時間をかけて付き合うのが一番でしょうね」
とアドバイスする。
桃が『付き合う』の部分に過剰反応したが、友人としてだと伝えると。
「お、驚いてしまったであります」
と落ち着きを取り戻す。その桃にどういう結末になるかは分らないとマスターは言った。
分らないのは不安だが、桃は少し心が軽くなった気がした。
その頃、店のカウンターでは。
「お酒はやっぱり素朴ならがらもその酒本来の力強さが肝心なの!」
「カクテルは‥‥混ぜ方や、配分‥‥変えるだけで、まったく‥‥違う味、楽しめる‥‥し、色も綺麗、で色々‥‥楽しめる、の」
ハーモニーとノエルが酒についての口論をしていた。
ハーモニーはロックで飲む焼酎やスコッチを好み、ノエルはアルコールが強めのカクテルが好きで発泡酒やビールが苦手だった。
間が悪い事に両者の性格や口調もけんかを助長してしまっていた。
「ふ〜〜〜っ」
「う〜〜〜っ」
他の者達も下手に口出しできず店内に少なからず緊張が走る。
「この際、マスターに聞いてみましょう」
「望む‥‥とこ、ろ!」
二人も決着がつかないと感じたのかマスターに聞き始めた。
「‥‥ふむ」
「そう、やっぱりシンプルイズベストよね!」
「色々、作れる‥‥カクテル‥‥だよね?」
ノエルとハーモニーが言いながらカウンターに身を乗り出してくる。
「そうですね‥‥」
だが、どこ吹く風とばかりにマスターはいつもの調子で考えるそぶりを見せる。
「では、その一杯を作りましょう」
「「え〜〜っ」」
とノエルとハーモニーは何故か仲良く残念そうな表情になる。
「‥‥おっと、氷が切れてますね」
裏に取りに行く前にマスターはノエルとハーモニーに向かって退屈しのぎに『バーテンはバーのモノに例えると何か?』という問いを投じる。
「「う〜ん?」」
ケンカはドコへやら、二人は唸りながら仲良く答えを出そうとしていた。
マスターが戻り答えを聞かれると二人と‥‥。
「ん〜、肴?」
「‥‥お酒‥‥かな?」
二人ともバーで誰もが頼みそうな物を上げるが。
「どちらも違いますね‥‥」
そう言ってマスターが口にしたモノは‥‥。
「「シェイカー?」」
それはカクテル等を作るシェイカーだった。
「‥‥なんで?」
ノエルの単純な疑問にマスターは笑顔で答える。
「お客様をお店にあるもので例えるなら、それはバーでの主役であるお酒でしょう」
マスターは一人のお客様はストレートやロックのお酒、二人以上ならカクテルの様なものだと例え、混ざり難いモノを程好く合せるのが役割だからと言う。
そして、ハーモニーには氷の入ったグラスにカクテルを、ノエルには先のすぼまったグラスに入った琥珀の液体と水をそれぞれの前に置く。
「「‥‥これは?」」
ノエルのはストレートのスコッチ、ハーモニーのはジョン・コリンズというカクテルだと説明してくれた。
「飲んでみて下さい」
ハーモニーがグラスに口をつけると普段の素朴な力強さとは違う爽やかな味がどこか晴れた空の下の草原をイメージさせる。
ノエルの方はスコッチに少し水を加えると豊かな香りが鼻をくすぐりカクテルの軽やかさとは違うどこか懐かしい味が舌の上に広がっていく。
「「‥‥‥‥」」
グラスを空けるまでの短く長い時間が過ぎるとどちらともなく口を開く。
「えと‥‥ゴメン、なさい」
「あ〜、うん、私も大人気なかったよ」
その言葉を口にしてしまえば水が流れるように雰囲気が和らいでいく。
「楽しく‥‥飲もう、と‥‥思って‥‥たのに、ね」
「じゃあ、あらためて」
今度は自分の好きな酒の入ったグラスで乾杯した。
「このままだと嫌ですから、お店のお酒全部飲んじゃいましょう」
「いいね♪」
そう言ってノエルとハーモニーは一緒に悪戯っぽい笑みを浮かべて再び飲み始めた
「サヴィ‥‥それ、お酒?」
カウンターに意識を向けていたサヴィにルノアが尋ねてくる。
「え? あっ、いや、これはだな‥‥」
「‥‥‥‥」
しどろもどろになって弁解するサヴィをルノアは黙ってみつめた。
「ほら、私の身体はアレだから‥‥その、酔わない‥‥し‥‥な」
ルノアに見つめられサヴィの声は少しずつ小さくなっていった。
「‥‥サヴィ」
「っ! なっ、なんだ!?」
「私はどんな事があっても、サヴィの事を嫌いになったりしないよ」
ルノアの言葉には自然と純粋で強い想いが籠められていた。
「時々、感じるんだ‥‥いや、感じないのがオカシイと感じるというのかな」
自分の身体は機械とのツギハギでどこまでが生身か分らなくて、時が経つにつれ違和感が薄らぐのが怖いとサヴィは語った。
「そんな私は、不自然な存在じゃないかと不安になるんだ」
今のサヴィは普段の皮肉屋でも、成人した女性でもない、独りぼっちの迷子のように見えた。
「大丈夫! ‥‥上手く、言えないけど」
目に見えない重い何かに二人して押し潰されそうになる。焦燥感が言いたいはずの何かをさらに見失わせる。
「失礼します」
「「っ!?」」
お茶のお代りを持って来てくれたマスターに驚いたサヴィとルノアは揃って体を震わせた。
「い、頂くの」
ルノアは声を上擦らせてしまい顔を赤くした。
「お嬢様も一杯いかがですか?」
「え? わ、私か!? ‥‥その私は少し飲みす、ぎ」
と断ろうとしたがやんわりと押し切られてサヴィも席で小さくなった。
何か赤い液体と同量のビールを合わせると深い真紅のカクテルになった。
「どうぞ」
「じゃ、じゃあ‥‥」
真紅のカクテルを口にしてみると見た目とは裏腹に‥‥。
「やわらかい味‥‥」
ビールは故郷を代表するお酒ですからとマスターが言う。
「なるほど、だから店名も『ナハト』か‥‥だが、どうしてこれを?」
サヴィの問いに、何となくそう思ったと答えてマスターはテーブルから離れて行った。
「‥‥私に合ってる、か」
「サヴィ‥‥」
「おっと、済まなかったな」
向き直ったサヴィは穏やかさを取り戻したようにルノアには感じられた。
「何んだったの?」
「ん、秘密だ」
「ヒドイよ〜」
「ルノアがお酒飲めるようになったら教えてあげよう」
ルノアはそんなイジワルを言うならとクリームを指につけてサヴィに差し出したのだった。
「お、お待たせしたのであります!」
桃の声にエシックは本から顔を上げた。
「そんな事はありませんよ」
「そ、そうでありますか」
桃は料理の乗った皿を置くとカクカクした動きで自分も席に着いた。そして、何を話せば良いか分らなくなり緊張してしまう。
(さて、どうしますか?)
エシックも桃の緊張を解きほぐしたいのは山々だったが言葉をかけても余計に混乱するように思えた。
「お待たせしました」
マスターがパンの入った小さな籠と太陽のような黄色いカクテルを二人の前に置く。
「あの、これは?」
桃が聞くとマスターは笑顔でサービスですとだけ言って置いて行った。
「‥‥綺麗ですね」
「へ?」
「このカクテル、太陽みたいで今日の海を思い出しますね」
「あっ、そ、そうでありますね」
始まれば流れる川のように会話は進み、話が弾めば食事も美味しくなった。
だけど、少しだけ桃の心にはしこりが残っていた。だから、その一言を口にしたのかも知れない。
「良かったのでしょうか?」
「何がですか?」
「桃みたいな子供がこんな所にいて良いのかなって‥‥」
桃はテーブルの上に死線を落す。
「世の中には‥‥福も禍もない」
エシックが口にしたのは遥か昔の詩人の言葉だった。
「え?」
「世の中は考え方一つです。俺は美空さんとここに来れたのが楽しいですよ」
「そ、そうでありますか」
エシックの言葉に桃が少し顔を赤らめる。
「シンデレラ」
「シンデレラ?」
「マスターが出してくれたこのカクテルです」
「これの名前が‥‥」
『灰かぶり』という意味がある名の美しいカクテルに桃の顔が映る。
「魔法を掛けてくれたのかも知れませんね」
「え?」
「少しだけ、勇気の出る」
「‥‥なら、刻限は夜の十二時でありますね」
そう言うと桃の中で何か氷解したような気がした。その様子を見てエシックは料理が冷めては大変だと言って食事を再開する。
二人の間には今日見た海のように穏やかな雰囲気があった。
●帰り道
夜も更け日を跨ぐといつの間にか店内の空気も穏やかで静かな物へと変わっていた。
寝てしまったノエルを背負いハーモニーは騒がせた事を謝ってから店を出た。
「トラブルはあったけど楽しかったかな」
残念なのはノエルともっと飲み明かせない事だった。
「なら、ボクと一緒に飲む?」
覚醒して性格の変ったノエルが目を覚ましハーモニーに家に泊めろとせがんだ。
「ふふっ、良いですよ」
ハーモニーも笑顔で言うとノエルは自分で歩き始める。
「良い月だね」
友と美味い酒に美しい夜空、それがあるだけで夜は最高だった。
マスターに紅茶を分けてもらうため遅くなったルノアが息を弾ませながらドアから出てくる。
「おまたせ!」
「うん、じゃあ行こうか」
帰路でルノアが明日は自分が紅茶入れてあげるから貰ったケーキ一緒に食べようと嬉しそうに話し、サヴィも楽しみだと笑顔で応える。
「良い夜だな」
「そうだね♪」
いつしか並んで手を繋ぎ笑顔で語り合うこの瞬間がとても幸せに感じられた。
店を出た桃とエシックは海沿いに出て夜の海を眺めつつ語らいっていた。
「青い海と空綺麗でしたけど、星空と共にあるのも良い物なのです」
だが、空には赤い月が浮かび桃のような子が本当の月を見る事が出来ない事にエシックは複雑な気持ちだった。
「桃さん、また来ましょうね」
「ん、良いですが」
「今度は本当の月を見に」
いつか、偽りの月に支配された今ではなく、本当の月に照らされた平和な時が来る事を願った。
そんな人々の想いを抱き夜は朝へと向うのだった。
了