タイトル:【夢の国】潜入マスター:三嶋 聡一郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/07 00:48

●オープニング本文


●悪夢再び
「これで総計、二十五件目っと」
 シートを被せられた変死体を前にした若い刑事が事件についての記録を取っていく。既に三月の事件から数えて二十件以上の変死体を見ているとさすがに慣れた。
「今回も同一犯だろうな‥‥」
 中年の刑事がこれまでの事件を思い起こしながら言う。
 夢の中からの殺人事件、それが今回の事件の内容だ。もっとも、夢の中から来る相手に警察なんぞ藁一本程の役にも立たないが。
「そういえばUPC軍の方でも被害は出てるって話しですね」
 しかも、ピエトロ中将をはじめ多くの将校を失った欧州軍での話しだ。
「まったく、このくそ忙しい時期に‥‥」
 世間的にはアフリカ大陸の一部開放が大きく喧伝されているが実質の軍を指導する者のトップを失い少なからぬ動揺も広がっているこの時期に図ったようなタイミングで一度は鳴りを潜めた事件も活発化している。
「結局、被害が出なかったのは傭兵達が巻き込まれた事件だけだな」
 あれは春の頃、10人以上の人間が悪夢の世界へと誘われた日の事だった。しかし、奇跡的に被害はなく終わり、また、事件の原因が明らかになった時でもあった。
「まっ、UPCもこれ以上黙っちゃいないだろう」
「そうなると、俺達の出番はなさそうですね」
 そうだなと呟きながら中年の刑事は未だに雲の晴れない空を見上げた。

●とある佐官の命令
 質素だがどこか気品すら感じさせる風格を持つ部屋で二人の人間が執務机を挟んで相対していた。
「被害の方は?」
 先に口を開いたのは椅子に腰掛けた黒い軍服に実を包んだ白人女性だった。ウェーブのかかった長い金髪に碧眼という美しい女性だがその眼の奥には冷徹な光が宿っている。
「はっ、今月に入って五件、うち二件は能力者の犠牲が出ております」
 もう一方の直立した尉官の男性は自分よりも年下であろう女性に対し姿勢を正しながら事件の被害を報告していた。
「そうか」
 女性が付けている階級章は彼女が中佐である事を示している。もっとも、長い戦いで多くの人材が失われている昨今ではそれなりに女性が指揮官の座についている事も珍しくはないが。
「やはり、能力者といえど敵の庭では一対一では分が悪いかと‥‥」
「分かっている」
 中佐は男性尉官の言葉を最後まで聞かずにさえぎる。
「まったく、厄介な時期に厄介な敵が動いてくれる‥‥ULTに連絡を取れ」
「はっ、しかし、正規軍の問題に傭兵を関らせるのは‥‥」
「構わん、傭兵の方がこういった変わった事件には向いているし、ピエトロ中将亡き今、アフリカや他の方面への警戒も数は必要だ。ここで貴重な能力者を無駄に奪われるわけにはいかん」
「はっ!」
 男性は敬礼してその命令を受領した。こうして、傭兵達にも正式な依頼として事件解決が要請された。

●精神分析
「ん? あっ、いらっしゃ〜い☆」
 本部からの指示で向かった研究室のドアを潜ると赤い髪をポニーテールにした少女が傭兵達を出迎える。
「ULTの方から話しは聞いてるよ。えっ、ここの責任者の人? それなら、ちょっと出張ってるけど、って何そのいかにも驚きましたって顔は!」
 さすがに誰でも名指しされた責任者の人間がいなければ呆れるか驚くかはするだろうがそこはあえて言葉を飲み込んだ。
「まっ、心配しなさんなって私に任せなさい! で、さっそく、用件について聞かせてくれるかな?」

「へ〜、夢の中での出来事が現実にね‥‥。えっ、そんな事が、夢の中で負った怪我で死ぬなんてありえるのかって?」
 まあ、その疑問ももっともだろう。普通は殺される夢を見てもせいぜい汗をかくぐらいで死ぬなんてありえるないのだから。
「こういう話しって知ってるかな? 焼けた火箸で火傷した事のある赤ん坊に焼けてない火箸を押し付けて脅かすとその部分が火傷した様なる話し、催眠状態についての話なんだけど」
 その話なら聞いた覚えはあるが本当に起こるのかは疑問に感じる者もいるだろう。
「うん、なら胃潰瘍とか神経症なら聞いた事はあるでしょ? そっ、精神に強い負荷が掛かると体にも異常が起こる事はあるってこと、たぶん、今回の事件はそれを人為的に起こしてるんだと思う。即効で効果が出るほど強くね」
 それに少女は人類の力ではそんな事は出来ないと断言する。
「それで襲って来たのが巨人ね‥‥ん〜、むしろ、現実の犯人像は逆じゃないかな?」
 そういう少女に傭兵達は何故かと問う。
「夢って言うのは案外、周囲の状況が影響する事もあるけど本人の願望や欲望が形を変えて出てくる事があるんだよ。悪夢なんかはむしろ、ストレスや不安の解消だしね」
 それで今回の犯人については本人の願望が影響しているのではないかと予想した。その強靭な身体を使い他者を圧倒し世界に君臨するのは当人が身体的なコンプレックスを抱えているからではないかと考えてだ。
「むしろ、障害者や病人、あるいは老人といった体の自由が利かない人とかね。それに風景の方も誰もが遊びに行きたい場所に考えそうな所だから外で思いっきり身体を動かしたいとか普段思ってるのかも」
 そんな考え方もあるらしい。もっとも、それにたどり着いたからといって事件がすぐに解決するわけではないのだが。
「まっ、御託はこれぐらいでさっそく夢に入る方法試してみようか」
 と奥の部屋へ全員で移動すると底にはリクライニングシートとヘルメットを組み合わせた装置が置かれていた。
「本来は違う人間で同じ夢を見る為の実験装置なんだけどそれをイジってみたの。あっ、言い忘れたてたけど長時間使うと悪影響出るかも知れないから気をつけてね☆」
 その言葉に傭兵達がいっせいにツッコミを入れたが取り合われる事はなかった。

●黒幕達の白黒机盤上遊戯
 暗い部屋の中でテーブルを挟み一組の男女がチェスに興じていた。
「また、回りくどい方法で仕掛けたな」
 長い髪の女性の方が白のポーンをつまみ上げて一歩前進させる。
「前回のアフリカ戦でこちらの領土を取られたとは言え人類側も頭の一つを失い混乱しているからな。仕込んで置いた仕掛けを使うには良い頃合だ」
 男の方は黒のビショップを手に取り白の陣形の奥深くまで切り込ませる。
「私としては人類側にあまり勝利して欲しくはないのだがな」
 次はどの駒を動かすか思案しつつ女性が溜息をつく。
「それも必要な事さ我々が本気で動き出すためにもな」
「暢気なものだな」
 女性が白のルークを切り込ませると男の方がすかさず黒のクイーンを動かす。一進一退だが互いの駒も徐々に数を減らす。
「さえ、今回の一手に彼らはどう対処してくるかな?」
 男がポーンをさらに一歩際最奥のマスへと近づける。
「そうだな‥‥ここはやはり」
 そう言いながら女性は白のナイトを動かして黒の陣形を切り崩す。
「なるほど、人類の守護者たる騎士達を動かすか」
「そういうことだ」
 今回の仕掛けも盤上遊戯のように上手く行くのか二人は楽しむ事にした。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
マヘル・ハシバス(gb3207
26歳・♀・ER
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
佐治 容(gc1456
25歳・♂・FC

●リプレイ本文

●現実から
「夢の世界で冒険‥‥この事件なかったら笑い話だよねぇ」
 とエイミ・シーン(gb9420)が言った。
「大丈夫‥‥ですよね? 初めての事でしょうが」
 終夜・無月(ga3084)が正規の筋からの依頼とはいえ不安がないか問うと。
「あ〜、ダイジョブジョブ♪ ‥‥使い過ぎなければ」
 装置の準備をしていたリア・クーニッツ(gz0358)の発言に。
「「えっ?」」
 と暴れるかも知れないからと既に拘束して瞑想に入っている月城 紗夜(gb6417)以外が思わず聞き返す。
「じゃいくよ〜」
「ちょっ、まっ‥‥」
 てと言おうとしたホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)の言葉が終わる前にスイッチが入れられ能力者達の意識は闇へと落ちた。

●夢の路
 能力者達が目を覚ますとそこは湖のほとり。
「これは本当に現実と区別がつきませんね」
 佐治 容(gc1456)が服についた草の感触に感心する。
「これが夢ですか、ここは小夜子さんが来た場所で間違いはないですか?」
 マヘル・ハシバス(gb3207)が以前の事件に関わった石動 小夜子(ga0121)に訪ねた。
「ええ、確かにここには見覚えがあります」
 辺りを見回し小夜子はそれを確認する。前と違うのは入った人間が同じ場所に集まっているのと風景がハッキリ感じられる事だった。
「現実と区別がつきませんがこういう事がタネも仕掛けもなく出来るみたいですよ」
 そう言ったのは何もない所から8つの腕輪を創り出して皆に配ったソウマ(gc0505)だった。
「しかし、敵は何故このような世界を作ったのだろうな?」
 敵を警戒しつつ周囲を観察していた紗夜が誰にともなく訊ねた。
「力を誇示するなら現実世界で既に十分のはず‥‥」
「確かに夢を利用した殺人なんて証拠は残らないですけど」
 無月とマヘルの言うとおり今の世界ではバグアの脅威は世界中に浸透して彼らを裁く法は存在しない。
 わざわざ回りくどい方法を取る事はないのだ。
「そういえば、リアさんが夢の主は強いコンプレックスを持った人だと言ってましたね」
 小夜子が夢に入る前にリアの言っていた事を思い出す。
「理由なんてどうでも良い。陰湿ですよ犯人もそれを操ってる黒幕も!」
 今回の事件のやり口に容が隠し切れない怒りをあらわにする。
「とりあえず、状況の確認をして探索に移ろう」
 とホアキンが促す。どの道、事件を解決するにはこの世界を歩き回るしかないのだ。
 全員で持ち物や通信機器の動作を確認して湖から二手に分かれ出発した。

 案内板を頼りに街へ到着したソウマと容を待っていたのは。
「ぐおおおーーーーっ!!」
 斧を振り回す巨人の歓迎だった。
「いきなりこれですか!?」
 容の上に巨人が吹き飛ばした建物や露店の瓦礫が降注ぎその体を打ち据える。
「今日の運はどうも『凶』の方だったみたいですね」
 そう言いながらソウマがミルトスから電磁波を放ちながら気軽に言う。だが、口調に反して状況は楽観を許さない。
 容もブルーエルフィンで切りつけたが巨人に通じた様子がない。
「ここは逃げに徹した方が良さそうですね」
「ええ、じゃあ、同時に反対に逃げて」
 容の意見にソウマもどちらを追って来るかは運次第でと同意する。
「「‥‥1‥‥2‥‥3!」」
 一瞬だけ巨人の動きが止まったがすぐに走り出す。
「って、こっちですか!?」
 巨人が狙ったのはソウマの方だった。良くも悪くもソウマはツキがあるようだった。

 森でキビ団子ではなくお饅頭をあげたらお供になってくれた妖精を連れながら小夜子、無月、エイミの三人は‥‥戦争していた。
 戦場に存在する勢力の関係や財宝を探ろうとしたが彼女達の前にあったのは古今東西の兵士達が繰り広げる狂宴だった。
 それでも意を決して無月が戦いを止めようとしたら全員で標的にされてしまった。
「これでは旗頭を見付ける所ではありませんね」
 津波の如く押し寄せる兵士達を小夜子が蝉時雨で次々に切り伏せる。
「善も悪もなく、戦うだけが目的ですか! 人としての理性などないのか!?」
 最初は気絶させて拘束しようとしていた無月だが人形のように迫り来る姿をみて諦めざるをえなかった。
「ったく、悪夢なんて寝てる時だけで十分だっての!!」
 エイミがシャドウオーブから放った黒いエネルギー弾で敵を吹き飛ばす。
 その様は三対数百のまさに戦争だった。
「お、終わった‥‥」
 ほぼ一方的だったとはいえエイミも息を切らし自分達の周囲に立つ者がいない事を確認する。
「‥‥闘争本能の象徴なのか?」
 感情の伴わない破壊衝動というのは無月にも不気味さと己の見識の甘さを感じさせた。
「でもこれで‥‥あ、あら?」
 ゆっくり探しモノが出来ると言おうとした小夜子が遠くを見ながら言葉を切ったのに気付き二人も同じ方向を見やる。
 そこには地平の彼方まで埋め尽くす兵の群が目に入る。
「嫌な事思い出したんだけど戦争で兵隊って少年誌とかに載せられない様な行為するよね?」
 エイミが引きつった笑顔で歴史の事実を思い出す。
「ははっ、俺は男だから殺されるだけかな?」
 さすがに冷静さがウリの無月も軍隊蟻のような敵の群を見ては生理的嫌悪感を覚える。まだ本物の軍隊蟻に迫られた方がマシかも知れない。
「そういえば日本には昔、衆道という風習がありましたよね?」
 小夜子も雰囲気を変えようと頑張ってみたが目前の光景は余計な事しか思い出させてくれないらしい。
「‥‥逃げましょう」
 無月の提案にエイミと小夜子も無言で頷き全員でジリジリと後ずさる。それに合わせる様に敵も距離を詰めてくる。
「今です!!」
 小夜子の声で両者が走り出して足音が大地を鳴らす。
「やっぱり夢は寝てる時だけで十分だ〜〜!!」
 最後にエイミが上げた叫びは地鳴りによりかき消されたのだった。

「遊園地ですね」
「ああ、間違いなく遊園地だな」
 マヘルと紗夜の前に広がっているのはジェットコースターが風を切って通り過ぎたり軽快な音楽と共にメリーゴーランドやコーヒーカップが回っている風景であった。
「アトラクションも普通の遊園地にありそうな‥‥紗夜さん?」
 マヘルに呼ばれて紗夜は首輪をなぞっていた手を止める。
「んっ、いや、なんでもない‥‥」
 本当は家族を失う前の事を少し思い出していたが言って意味のある事でもない。
「‥‥夢の主は何故、こんな場所を用意したのだろうな?」
「童心、でしょうか?」
 返答を期待したわけではない紗夜の独り言にマヘルが推測を述べる。
「これだけ見れば、平和なのにな」
「人は‥‥綺麗事ばかりではないですからね」
 本能と理性、融和と孤立、善意と悪意、相反するモノが混ざり合うそれが夢という世界なのかも知れない。と、マヘルの答えに紗夜はそう感じた。
 何にせよ探索しなければとパンフレットを片手に歩き出すマヘルの後に紗夜も夢の世界の中にある夢の国を歩く事にした。

「まるで怪盗だな」
 一足先に城の宝物庫などを探索していたホアキンは妙な気分を味わっていた。
「こうアッサリと入れるとな‥‥」
 拍子抜けで入れてた気合の行き場がなかった。代りに心の中に湧くのは奇妙な疎外感。
「何か‥‥まるで夜の学校にでも居る気分とでも言うかな」
 人が多く生活するはずの場所に人影が一つも見つからないというのはそれだけで不気味さを増すものだ。
「むしろ、それがこの夢の主の限界、というか歪みかね?」
 最後の箱を開けて中身を確めながらホアキンは呟く。そこにもカギらしきモノは見つからない。
「空振りか‥‥」
 結局、一つ使えそうな防具を持ってホアキンは次の場所へ向かう事にした。

「ロイヤルストレートフラッシュ」
 ソウマが台の上に手札を見せると周囲に喝采があがる。ソウマはそれに応えながら妙なゲームはないか探していた容と合流した。
「どうでした?」
「カード系も全て制覇しましたけどコインだけですね」
 普通のカジノにありそうなゲームを全て勝って山のようにコインを手に入れていたが現実に持ち帰れるわけでもない無用の長物だ。
「となると後はボードゲーム系になりますね」
「何がありました」
「将棋やチェスから何故かカ○ン島の開拓者のようのまで」
 容の説明を聞いてソウマは節操のなさに肩をすくめて苦笑いするしかなかった。
「ソウマ君は自信の程は?」
 容に聞かれるとソウマは運が決め手にならない物はイマイチと答えた。逆に容に問い返すと容も手先の感覚なら自信はあると答える。
「‥‥まあ、やるしかないのでしょうけど」
「ここが夢なら成せばなるはず!」
 協力してボードゲームを制覇した二人が手にしたのは。
「チェスの駒?」
 ソウマが入手したのはチェスで使う白いキングの駒だった。今までとは違う賞品なのでカギである可能性は高い。
「皆さんに連絡を取りましょう」
 カギらしきモノを入手した事を皆に伝え二人はカジノを後にした。
 ちなみにこの後、再び街を通った時に巨人と鉢合せソウマだけが執拗に追い回れる事になるのだった。

 容達からの連絡を受けたマヘルと紗夜は駅で馬を調達して路を駆け抜けていた。
「チェスの白のキングでしたか、鏡の国のアリスみたいに赤の王様を探す事になるかと思っていたのですけどね」
「プロモーション出来るポーンではなくキングである事に意味があるという事か?」
「取られれば負ける駒にある意味は対戦する資格を得た‥‥という意味かも」
「そして、後は勝負の場へと続くドアを探すか」
 カギが駒ならそれを差し込む場所も存在するはず。
「鍵穴役を果たすのは盤かな?」
「そして、それがありそうな場所は‥‥」
 そんな会話を紗夜とマヘルがしていると再び通信が入る。それが何を伝えるものか予感せずにはいられなかった。

●心の扉
 場所は城、そこには今回の作戦に参加した全員が集まっていた。
「みんな揃ったね‥‥ところでソウマさんだけやたらボロいけど何かあったの?」
「いや、気にしないで下さい」
 エイミに聞かれて目を逸らすソウマは、カジノから街に戻ると再び巨人に追い掛け回され、城に来る途中の高速道路では暴走族とのカーチェイスする羽目になって既にボロボロだった。
「で、そのチェス盤は?」
「あそこです」
 ホアキンの問いに答えたのはカギがチェスの駒と聞いてから城を探索して見つけた小夜子だった。
 到着したのは中庭に面したテラスで穏やかな雰囲気の中で光が差し込んでいた。
「確かに‥‥白のキングだけありませんね」
 マヘルの言うとおりテラスの真ん中にあるテーブルの上に置かれたチェスボード上には勝負の時に盤上に無くてはならないキングの片方が存在しなかった。
「これをここに置けばいいんですね」
 容が預かっていたキングの駒を定位置へと置く。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか‥‥」
 紗夜がそう言うと同時に盤上の駒達が目の前で勝手に動き出しやがてそれが止まると周囲の風景が徐々に薄らいでいく。
 その途中で誰かから通信が入る。
『お〜い、みんなだいじょうぶ〜?』
 聞こえたのはリアの声だった。敵の干渉波のパターンが掴めたのと装置を安全に使用するタイムリミットが近付いた事を告げる。
「分りました。では、一度戻りま‥‥」
 小夜子が答え終わる直前に足元が揺れた。いや、揺れたような気がした。それと同時にリアとの通信が途切れる。
「やっぱ、ただじゃ返すつもりは無いか」
 ホアキンが呟く。
 周囲は穏やかな雰囲気は消えうせ赤い月が天に昇り、草木は枯れて石の壁もボロボロになっていた。
 そして、能力者達がいる反対側には巨人とその足元から湧き出すように紅い眼のヘドロのような影達が立っていた。
「後ろも塞がれてますね」
 マヘルの言う通り入って来た扉は天井ごと崩れて退路が絶たれている。
「やるしかないようだな」
 紗夜がそう言いながら虚空から現れたミカエルを纏う。他の者もそれぞれの武器を構えてテラスから中庭へと飛び降りた。
 同時に巨人達が突撃して来て戦いが始った。

 戦いが始った直後、能力者達の武器が異様に重くなる。
「ちょっ、何これ!?」
「まさかリアさんが言っていた限界の反動!?」
 エイミやマヘルが驚きの声を上げる。
 それも気にせず巨人達は本能の赴くまま襲い掛かる。
 能力者側でいち早く動いたのは小夜子とホアキンだった。小夜子がソウマに殺到する怪物の一匹を七連続で斬りつけるが異様に重い刀は思う様に敵に傷を負わせる事はできない。
「ちっ、これならどうだ」
 ホアキンは自分に向かって来る怪物の一体に紅炎と雷光鞭を流れる様に叩き込み屠るが同時に錬力を使い過ぎた時同様の倦怠感に包まれる。
 その二人の次に動いた巨人が紗夜へと襲い掛かる。ミカエルと鞘盾で受け流す事に集中して耐えていたがそれでも着実に紗夜の力を奪っていく。
「ぐっ、一対一だったら負けていたな」
「油断は禁物ですよ」
 自分に襲い掛かってきた怪物を倒した無月はソニックブームで紗夜へと迫っていた怪物を撃破した。
「援護します」
 マヘルは弱体化した自分の力では効果的な攻撃は出来ないのと自身クラスの事を考慮して練成治療で傷付いた仲間を援護する。その間に紗夜は巨人から距離を取りソウマに迫る怪物を竜の爪で屠る。
 容も疾風で自身の動きを早め乱戦に参加するが非力なその攻撃が敵の防御力を貫けず逆に的にされ地面に倒れ伏す事になった。
「ぐあっ!?」
「っ、力が出ないって厄介ね!」
 エイミもエネルギー弾を撃つが戦場に居た時に比べ明らかに威力が減衰していた。
「むう、これはまずいですね」
 ソウマもミルトスを撃つが効果は現実に居た時以上に薄い気がして障壁を張りエイミの前に立ち自身を壁として耐えていた。
 大幅な攻撃能力の減衰に最初は戸惑ったが全員差はあれ歴戦の傭兵なのだ。各々の役割を見つけ的確に影の怪物を削り、仲間を守りといった連携を取り戦いを次第に有利に進めていく。
「まだ落ちませんか!?」
 小夜子が目の前の怪物を倒し銃で巨人を撃つが巨人は武器を振り上げ目の前の敵をなぎ払おうとしていた。
「まっ、でもここらで寝ておいて貰おうかね!」
 だがそれよりも早くホアキンががら空きになった胴体に全力で十二の連撃を叩き込み巨人が動きを止める。
「やったか?」
 いまだに立ったまま武器を振り上げる巨人を眺めながら紗夜が呟く。一瞬、ピクリと巨人が体を震わし全員が身を固くする。
 だが、その手の武器は振り下ろされる事なく巨人は背中から倒れ虚空へとその姿を消していく。
 それと同時に周囲も純粋な黒へと変っていく。
「これで戻れるのでしょうか?」
 無月が呟く。敵の妨害が終わったようだし装置の使用も限界と言っていたから今が戻っている途中なのかも知れない。
「は〜、なんか夢で溺れてるって感じだったわね」
 エイミの言葉に他の者も同じ気分だった。
 やがて視ているという感覚もなくなり眠りに落ちようとしている気分になる。夢の中で眠りに落ちるのが安心するとはなんだか皮肉な気分だった。

 了