●リプレイ本文
●小さな町
それは、何処にでもある事件だった。
今回の依頼を受けた傭兵の幡多野 克(
ga0444)、アズメリア・カンス(
ga8233)、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)は町長とキメラを目撃した住民から話を聞いていた。
「キメラは‥‥大型の肉食獣‥‥みたいな姿か」
「被害に遭った人数から見て数は多くないみたいね」
克とアズメリアは町長達の話から敵の姿を割り出していくが、素人の目撃情報ではこの辺が限界らしい。
「こんな事件が何処にでもあるか‥‥ちっ、嫌な世の中になったもんだ」
黙っていたヤナギの口調にも抑えがたい怒りが見てとれた。普段は飄々としている彼にしては珍しい態度だった。
「他の皆が戻ったら出発しましょう」
「それで‥‥いい」
「右に同じ」
アズメリアの言葉に克もヤナギも今の状況ならさっさと片付けた方が良いと同意する。
その時だった。
「みなさん、お待たせしました。ちょっと高かったけど肉の用意できました」
ドアを開けて入って来たのは人懐っこい笑顔の新居・やすかず(
ga1891)だ。
「よっし、きっちりと素早く片付けてやるぜ!」
ヤナギが気合を入れるようにタバコを揉消したのが彼らの出発の合図になった。
●世界の日常
ロシアは二十度を越えるのが稀な地域が多い、夏とはいえ木に遮られた森は日の当る外より寒く、針葉樹林の落とす影がその寒さをなお強めていた。
「まったく、北米で戦ってるのは正規軍もあたし達も同じなのになんで、こんな事に借り出されなきゃならないんだ!?」
寒い空気にイラついたのかレベッカ・マーエン(
gb4204)が単純な仕事への不満を口にする。
「明日のご飯のためです‥‥」
それに答えたのは水無月・翠(
gb0838)だった。淡々としている割には台詞の端々に切実さが滲み出ていた。
「前のロシア戦線では勝利しましたがバグアを一掃できては居ませんからこういう事が起きるのでしょう」
と真面目に答えたのは遠倉 雨音(
gb0338)で、
「確かにボク達にとってはつまらない事だけど‥‥一般人とってはどうしようもない脅威なんだよ」
雨音の友人であるリヒト・ロメリア(
gb3852)も静かだが強い口調で後を継いだ。
さすがに自尊心の高いレベッカも気圧されてしまう。
「そっ、そんな事はわかってる。困ってる者を放っておいて軍は何をしてるのかと思っただけだ!」
口では文句を言ってもこうして助けに来ているのがレベッカの純粋さの現われかもしれない。
「ここですね‥‥」
翠の声に騒いでいた少女達も我に返って足を止める。そこが、場所の分っている唯一の現場だった。
「西の方に向かったみたいですね」
やすかずが方位磁石と地図を使い血の痕が続く方向を確かめて言う。
「‥‥では、ここからは二班に別れて行動しよう」
覚醒して話し方が変った克が言うと、みな武器を取り出し戦闘の準備を整える。その間にリヒトはしゃがみこむとシンプルな指輪をした手の残骸を見つけてビニールの袋にしまう。
「遺体、これだけしか回収できなかったけど‥‥せめて、これだけでも届けてあげないと」
「ところでよ。これ、誰が持つんだ?」
ヤナギが血を染み込ませた布で包まれた鶏肉の塊を掲げてみせる。出発前に用意したもので当然、ものすごく血生臭い。
『‥‥‥‥』
一時的な沈黙、結局は男性陣が持つことになった。
「視界はよくないから注意しておいてね」
アズメリアの言うように木の葉で陽光が遮られた森は暗く見通しが悪い。いつ襲撃が来るか分らない状態では常に気を引き締めておかなければならない。
「しかし、こんな囮で寄って来るのか? 獣型とはいえキメラだぞ」
「さっき、キメラのフンらしき物もありました。お腹が空いてれば飛びついてくると思いますよ」
キメラがどこまで動物を模しているのかレベッカは懸念していたが、排泄はしているようだった。
「A班の方もまだ、キメラを見つけられてないようですね」
翠が無線機を戻して周囲の警戒に戻る。周囲の木には時おり爪を研いだ跡やこの森の動物と思われるモノの血痕を見つけていたが、いまだにその姿を見つける事が出来ていなかった。
「まったく、出てくるならさっさと出てきて欲しいものだな」
レベッカがそう口にした瞬間、傭兵達の耳にガサリと草木が揺れる音が届いた。
「どうやら、来たみたいですね」
翠が自分の得物であるハルスヴァルドを手にする。他の三人も音のした方向を正面に迎え撃つための陣形を整えた。
「やっとおでましか、あたしをこんな寒い所で待たせて」
一瞬、葉鳴りの音が全てなくなった。次の瞬間!
「っ!?」
やすかずの持っていた鶏の半身を茂みから飛び出してきた何かが奪い去っていく。即座に傭兵達も飛び出した影へと向き直る。
その視線の先に居たのは、黒い縞模様を備えた黄色い毛皮の虎だった。いや、先ほどの俊敏さと力は明らかに普通の生物の範疇を超えていた。
「これが、今回の事件の原因になったキメラみたいですね」
「ゴグアアアァッ」
バキゴギと骨ごと鶏を噛み砕いた虎型のキメラが咆哮を上げて威嚇する。一般人なら竦みあがっただろうが経験を積んでいる傭兵達にその光景は滑稽にすらみえた。
「さっさと片付けさせてもらうわ」
アズメリアが血桜を抜き放ちいっきに踏み込む。キメラがそれに対して鋭い鉤爪を振るうがどんなに早くとも単調すぎる攻撃がアズメリアを捉える事はできない。
「グガァ!?」
「おっと、逃がしませんよ」
逃げ出そうとするキメラの進路に翠が盾を構えながら立ちふさがる。アズメリアも立ち位置を変え、やすかずとレベッカもキメラが逃げられないように取り囲む。
「逃がしませんよ」
「観念するんだな、この虎公」
やすかずとレベッカもそれぞれ、SMG【猫乱舞】と電波増幅で強化したエネルギーガンで狙いを定めていた。既にこの時点でキメラの運命は決まった。
「グアアアアアッ!!」
最後の抵抗に傭兵達へ飛び掛るキメラだったが、次の瞬間には意識は闇へと消えた。
B班と繋げたままの通信機から銃声や唸るような声が聞えていた。
「‥‥向こうで、なにかあったか?」
いまだに敵を見つけられないA班の面々にも緊張が走る。敵はどれほどの数が居るのか正確には分らないのだ、囲まれれば厄介な事になる。
「ここは合流すべきでしょうか?」
B班から連絡がない事に雨音も少し、不安になる。
「‥‥まっ、大丈夫じゃないか?」
気楽な調子ではあったがヤナギの言う通りB班も経験を積んでいる者ばかりだし、何かあれば連絡があるだろう。
「そうだね。ボク達の方もちゃんと気をつけないと、どこに敵がいるかわからないし」
リヒトもあらためて周囲を警戒する。見回せば木の陰や丈の低い植物の茂みと隠れられそうな所は多く日の陰っている森はどこか不気味に思えてしまう。
「実は、もうすぐ近くに居たりしてな」
「ちょっと、不謹慎ですよヤナギさん」
軽口を叩くヤナギを雨音がたしなめる。そのたわいないやり取りが少しだけ緊張をほぐしてくれる。
「だけど、来るなら来て欲しいのも確かだね。このまま、緊張したままだとつらいよ」
「上から来たりしてな?」
ヤナギがなんとなく上を見上げるとそこには森の木以外のものが見えた。
「グゥ?」「へ?」
猫科の肉食獣特有の顔立ちに黄色と白の毛皮に黒い縞で形作られた獰猛な顔つき、その顔についている鮮やかな緑色の瞳とヤナギはバッチリと目が合ってしまった。
「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」
あまりにも唐突な邂逅だったせいか互いに何をすれば良いのかを一瞬忘れてしまった。
「グワアウッ!!」
「のわぁ!?」
キメラが木の上からヤナギ目掛けて飛び掛って来たのをヤナギは直前で転がるように避けた。キメラの方もなんなく着地して傭兵達の真ん中に踊り込んできた。不意の状況に対応がわずかに遅れた。
「グガアアッ!!」
「えっ!? きゃあ!!」
一瞬早く態勢を整えたキメラがリヒトに体当りを敢行した。リヒトが何倍も体重のあるキメラの体当りを受けて何メートルか吹き飛ばされる。
「リヒトさん!?」
「だ、だいじょうぶ」
地面が湿ってぬかるんでいたおかげか大した怪我はなかった。リヒトが吹き飛ばされている間にヤナギに噛み付こうとしたがそれは難なく避けられた。
「‥‥確かに‥‥大型の虎、報告書通りか」
克が月詠を抜いて構える。それにならって他の者もそれぞれ武器を構えた。
「被害者の方達の無念、ここで晴らさせて頂きます」
「逃がさないよ!」
リヒトが地面に転がったままキメラへ銃撃を放つ。SESで強化された弾丸が狙い通りに足を打ち抜きキメラの動きを止めた。
「貴様は‥‥ここで尽きろ」
その隙を逃さず克が流れるような動作で紅く輝く月詠をキメラに叩き込む。
「グオオオオオオッ!!」
「こっちもあるぜ!」
苦悶の叫びを上げるキメラにヤナギの連続して振うイリヤスが傷を増やしていく。
「これで、終わりです!!」
最後に雨音の放ったヴァステイターのバースト射撃が頭から肩にかけて弾痕を刻んだ。
「‥‥‥‥‥‥」
しばらく痙攣していたキメラもやがて動かなくなる。結局、戦っている間に他の敵は来なかったし、しばらく様子を見ても増援の気配はなかった。
『こちらB班、A班応答願います』
B班から通信が入ってようやく、一度、警戒を解いた。
「鬼さん、こちら! って、これじゃ鬼役は俺たちの方だな」
さらに発見されたもう一匹のキメラは傭兵達を見るや逃げ出していた。何かしらの生存本能でも働いたのかも知れない。
「こちらA班、今、キメラを追ってそちらに向かってる」
克が走りながら無線でB班に連絡を取っていた。
「雨音さん、そっちにいった!」
「任せてください」
リヒトと雨音が絶妙な連携でキメラの進路を限定していく、A班の面々も追いつけはしないが差も広がらないという状況だった。
「グゥゥゥ!」
キメラの心のうちは分らないが、人間なら焦っているだろう。だが、焦るだけでは大勢は覆らない。
キメラの前方で近くの木が弾ける。
「これまでですよ」
前方から現われたのはB班のやすかずだった。他の面々もキメラを囲むように姿を現す。
「グアアアアアア!!」
それを最後に町を脅かしたキメラの叫びは消えたのだった。
●それでも日々は
三匹目のキメラを倒した傭兵達は最後の確認に森の全体を探索した。そして、これ以上、キメラは存在しないという確証と被害者の遺体や遺留品も出来る限り回収して来た。
遺体はその日のうちに町の共同墓地へと埋葬され簡単な祈りを捧げられただけだった。
「みなさん、ありがとうございました」
傭兵達は一晩の宿として町長の家にやっかいになっていた。餌に使った鳥の半身は夕飯のスープの材料に使われた。使えるものは使うのが流儀らしい。
その食事はこの地域にしては豪華なものらしかった。ラストホープで生活していると忘れそうになるが、この町のような場所は世界中に沢山あるのだ。
「こちらが、今回の報酬になります」
そして、各人に封筒に入った報酬が直接手渡された。厚さも結構ある。その後は男女に分かれて部屋に戻る事になった。
「‥‥キメラが迷い込んでいたと‥‥もっと、早く分っていれば」
「犠牲を出さずに済んだかも知れないと?」
克の言葉を翠が継いだ。確かにその通りだが、気にしても仕方ないことでもある。
「しかたありません。僕らにだって、知りえない事というのはいくらでもありますし」
やすかずの言葉は正しいが、彼自身も含めどこか納得はいかないのも確かだった。
「あ〜、暗くなってても仕方ないし、せっかく、こんなに給料貰ったんだから、数えてみないか?」
ヤナギが暗くなってきた空気を払拭するために冗談混じりにそんな事を言ってみた。
「それも、そうですね」
それに苦笑と共に翠が乗って、もらった封筒を取り出す。克とやすかずもそれに付き合うことにする。
「‥‥これは?」
取り出した物を見て克達も目を見開いた。
「まったく、あの本部の奴ったら頭かったいんだから!」
町に帰ったあと正規軍の方に防衛網の見直しをレベッカが申請してみたが、返って来た答えは、現在、防衛網の再建は全力を尽くしているのと競合地域近くの小さな町一つのために戦力を回す余裕はないという素気ない返事だった。
無駄だとは思っていても腹は立つものだ。
「どこも、人手不足なんだろうけどね。もうちょっと、返答の仕方も考えて欲しいもんだね」
アズメリアも表面上は変わりないが、対応した軍人の反応が気に入らなかったのは同じらしい。
「悲しい現実ですか‥‥この街に住む人達に、いえ、こういう場所に住む人達にも一日も早く平穏な日常が過ごせるように‥‥頑張らなくてはいけませんね」
雨音も悲惨な事件が当たり前の現状に悲しみを覚えると同時に平和を取り戻すための決意をあらたにした。
「そうだね。これが、今の世界のありふれた‥‥どこにでもある事件。だけど、忘れちゃダメなんだ。悲劇が起こるのが当りまえだなんて思っちゃ」
リヒトの大切な人達もバグアとの戦争でなくなっている。その記憶が頭の片隅に浮かんでくる。だから、顔にまで出そうな感情を押し殺した。それが、痛みに耐えるような表情を作らせる。
「ちょっとした打ち身だけど傷が痛んだ?」
それを怪我のせいかと勘違いしたレベッカが声をかけてきてリヒトもはじめて自分が浮かべていた表情に気付く。
「あっ、大丈夫、もう平気だか、あっ!?」
とっさに腕を振って見せようとしてテーブルにぶつけてしまいさらに上に載ってた報酬の入った封筒を落としてしまう。
「ご、ごめん」
「大丈夫ですよ。あら、これって‥‥」
雨音は落ちた封筒を拾おうとして気付く。
「どうかした?」
アズメリアが肩越しに覗き込むと封筒からは報酬の中身が少しはみ出していた。
厚めの封筒に入っていたのは古びた貨幣だった。手垢に汚れて黒ずんだ数種類のコインに端が擦り切れ黄ばんだ紙幣。
『‥‥‥‥‥‥‥‥』
しばらく全員でそのお金を無言でながめる。その報酬に充てられた資金は町全体で出されたものだ。
多分、今日みたいな日のために皆で厳しい生活の中で少しずつ貯めて来たのだろう。配給も滞りがちな厳しい中で必死に貯められた報酬。
自分達には当たり前の額の報酬がこの町の住人にとってはいかに重いものかを知った。
「‥‥この戦争、絶対に勝たないとね」
リヒトの言葉に他の者も同意する。そして、その日はそのままベッドにもぐった。
今回手に入れた報酬は、傭兵達にとっていつもより少しだけ重い気がした。
●報告官一言
――これは今の世界で当たり前に起こっている。だが、力を持たない者にはどうすることも出来ない事件、多分、この報告書も書類棚の片隅に埋もれるつまらないものなのだろう。
だが、私は彼らのした事が無駄ではなかったということをここに記す。
END