●リプレイ本文
●罰
ナハトに手伝いに来ていたのは前に迷った挙句店に入り損ねた美空・希(
gc3713)だった。
「ううっ、本当に希に出来るでありましょうか?」
と小刻みに体を震わせていた。そして、その原因は‥‥。
「良く似合っているのであるよ。メイド服が」
そう、希は姉である美紅・ラング(gb9880)が言う通りメイド服姿であった。しかも超ミニスカートの。
「くっ、姉妹一エロイと噂の美紅が監視として来る‥‥」
ちなみにエロイは『エげつない、ロクでもない、イやらしい』の略らしい。そして美紅の手には高画質な感じのカメラがあった。
「店内で撮影して良いのでありますか!?」
「そうですね、御身内の事ですから‥‥」
それまで一人黙々とグラスを磨いていたマスターに希が聞いてみるがギリギリセーフらしい。
「ううっ、この世には神も仏もないでありますか」
などと店の中で見えない天に向い希が叫んでいるとドアが開き来客を告げるベルが鳴り響いた。
「マスター、お久しぶりです。近くに来たからまた寄らせてもら‥‥いまし‥‥た‥‥」
店に来たのは淡いピンクのワンピースに白いジャケットを羽織った夏の装いの乾 幸香(
ga8460)だった。彼女が最初に目にしたのはメイド服を着た人形の様な希だった。
「わぁ、カワイイ〜」
「の、希が可愛いですと!?」
「この娘、マスターのお子さん?」
「見える! 見えてしまうのですよ!」
抱きつかれたせいでスカートが捲れそうなり希が騒ぐ。
そんな様子を見ると楽しい夜になりそうだという気がした。
●曇天の夜
「‥‥ぶらつくには、ちょうど良いか」
雲に覆われ星の光の届かぬ空の下をホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はスケッチブックを小脇に抱え歩いていた。
「さて、どこへ行こうか」
次の仕事までの空きを利用して息抜きでも、と思ったのだが行き先を考えていなかった。
どうするかと考えていると木製の重厚な扉がホアキンの目に留まる。
「‥‥バー、か」
見知らぬ場所で酒を嗜むのもたまには良いかと扉を開く。
「フニャー‥‥だから、ボク‥‥未成年じゃ、ない!」
「なら、ちゃんと証明書を提示して欲しいのであります」
「ちゃんと‥‥見せてるよぉ」
「年齢の部分を隠していては意味がないのであります!」
扉を開くと、希と日が暮れてすぐに来たノエル・クエミレート(
gc3573)がカウンターで押し問答の最中だった。
「あ〜‥‥‥‥」
ホアキンがどうしようかと思っていると後ろから声がした。
「おい、入らないか?」
ホアキンが振り返ると後ろにはロベルト・李(
ga8898)が立っていたので、どくとロベルトは奥のカウンターへと座る。
「マスター、ギムレットと‥‥コーヒーをバーボン入りで」
「かしこまりました」
「マスター‥‥お酒‥‥全部。あっ、ビール以外で」
ロベルトの注文を聞いているとようやく開放されたノエルがとんでもない事を言い出す。
「全部は一晩では無理でしょう」
「むぅ、残念」
「こちらへどうぞなのです」
「おっと、スマンな」
希がホアキンを奥のテーブル席へと案内していると次の客が店に入ってくる。
「ナハトってのはここで良いんだよな?」
次に来たのは楊江(
gb6949)だった。すかさず希が恥ずかしさを忘れたい為全力で対応する。
「いらっしゃいませなのです!」
「えっと、どこ座れば良いのかな?」
とりあえず、楊江は一番手前のカウンターに腰を落着ける事になった。
「こういう所だと何頼めば良いのかな? 焼酎? ない‥‥か?」
「ございますよ」
「あるの!?」
西洋系の店で東洋系の酒が出てくると思っていなかった楊江は驚く。
「前から思いますけどどんなお酒でも出てきますよね」
「流石に百年前のお酒とかはありませんが」
幸香の言葉にマスターが冗談で返すとみな愉快そうに笑顔になる。そして、夜が深まって行くと誰かがまたやってくる。
「ほら、お兄ちゃんはやく!」
「おい、歩、慌てるなって!?」
来たのは星月 歩(
gb9056)と麻宮 光(
ga9696)の二人だった。
「マスターお久しぶりです」
「騒がせてスミマセン。お久しぶりです」
「ふふ、前にも同じ様な事がありましたね」
とマスターが二人を笑顔で迎えると希が二人を真ん中のテーブルに案内する。今日も少ない席が埋りLHの片隅での小さな晩餐がはじまった。
皆、酒や肴が行き渡るとそれぞれが好きな様に飲んで過すのが誰が決めたわけでもないこの店での飲み方だった。
(‥‥むぅ、困ったのです)
真面目であるがゆえ今のミニスカメイドの衣装が気になって仕方ない希だったが、今の店内ではホアキンが動かす鉛筆の微かな音が響くだけだった。
「はぁ、やっぱり、ここに来るとなんだか落着きますね」
今は食事を終えビールからカクテル系に切り替えた幸香がマスターと話していた。
「最近はお見えになってませんでしたね」
「ええ、ちょっと、バンドの方が忙しくて‥‥順調なのは良いんですけど、好きな事がしたくなっちゃうんですよ」
その後に幸香は贅沢な悩みですけど、と付け加える。
「でも、少し寂しいですね」
「何がですか?」
「昔は二、三人しか入ってなかったのに‥‥今はここを知ってる人が増えて妬けちゃいます」
そこには寂しいような誇らしいようなそんな気持ちがあった。
「学校の卒業式みたいな気分ですよ」
「そうですね。今はお酒飲める年齢ですし」
「あっ、ヒドイですよぅ」
そういえば、初めて来た時に飲んだのはオレンジジュースだったなと思い出す。そして、今は同じ色のオレンジ・ブロッサムを口にしながら他の人達が話す声に幸香は耳を傾ける事にした。
「ふむ‥‥」
ホアキンは描いては消し描いては消しを繰り返し店内の風景をスケッチブックに収めていくが納得出来る形へと到達できないでいた。
(やれやれ、心が乱れているな‥‥)
自分はもうちょっと冷静なタイプだと思っていたのだがこうして一人でいると、戦火の広がる故郷の事、帰りを待つ恋人の事、色々な事が心の底から浮き上がってくる。
(思うようには行かない、か‥‥)
戦いの中、友の多くは鬼籍に入り、大地は荒れる。人間とでも異星人とでも戦争で起こる事は変わりない。
「おまたせなのであります」
ドライマティーニを飲み終わった後に頼んでおいたマルガリータを希が持って来た。
「ありがとう」
ホアキンはカクテルを受け取ると半分ほど飲み干してグラス越しに店の中を見渡してみる。映るのは少し歪んだいつもと違う世界。色は変わらないまったく別の風景がそこにある。
「なら、白と黒しか色がなくなった世界はどんなモノかな?」
そう呟きながら出来るなら今抱く思いも‥‥となって欲しいと自分の心の中だけで願った。
焼酎と魚の揚げ物を食べながら楊江は飛び出して来た故郷の事を思い出していた。
(‥‥あれから何年経ったかな?)
何故家を出たのか、あの頃から何が変わったのか思いを馳せるが答えが出ない。
だからか楊江はマスターに話しかけた。
「‥‥ふぅ、話し聞いてもらっても、良いかな?」
「かまいませんよ」
「ん〜、何から話せば良いかな‥‥」
考えると楊江の喉元で言葉は詰まる。
それでも、少しずつ語り始める。何かから抜出したかった過去、戦い尽くしの現在、見えない未来と。
「‥‥、自分でも何が言いたいか良く分からないんですよ」
「先が見えないのが不安ですか?」
「そんな事‥‥は‥‥いや、そうなのかも知れません」
認め難い不思議な感情が湧き上がる。
「あ〜、答えが欲しいですね」
もしくは『逃げ出したい』、そんな思いが言葉には出さずとも湧き上がって来る。
「誰でも思うことですね」
「マスターも?」
あまり想像できない姿だと楊江には思えた。
「ええ、いい歳になってもそういう時はありますよ」
だが、予想とは裏腹に返って来たのは肯定の言葉だった。
「どうすれば良いですかね?」
「それは自分で探すしかないかと」
そんなに簡単に答えが分るほど甘くないかと思いながら今を楽しむ為に楊江は他の酔客に話し掛けるため席を立った。
タバコから立ち昇る一筋の紫煙をロベルトは眺めていた。
こうするのは今年で何度目だったか、よくこんな面倒な事を続けると思いながら周りの喧騒に耳を傾ける。
(いつもと違う店で少し騒がしいが、たまにはいい、よな?)
今日はロベルトにとって特別な日だった。ある小説が好きだった奴との約束の日。
今日という日には必ずと言って良いほど思い出す。出撃の前日にバカ騒ぎするパイロット達、そして出撃してく戦闘機の群れ。彼らが飛立てば整備兵だった自分達には無事に戻る事を祈るぐらいしか出来ない。
「それが何の因果か今は俺が同じ立場だがな」
ロベルトはなんとなく自嘲的な気分になる。あの時、一緒にいける力があれば‥‥。
(‥‥いや、やめておこう)
過去である歴史に『もし』という別の道は存在しないのだから。
「‥‥昔は感傷しか浮ばなかったのにな、人間変わるもんだな」
ロベルトはそう言うとカップの横で短くなったタバコを新しいモノと交換して自分もタバコを咥えて紫煙を燻らせる。
少し辺りを見回せば忙しなく動くウェイトレスや賑やかな声、その光景に昔、背伸びして入った店を思い出しながらロベルトは酒を飲んだ。
真ん中のテーブルでは光と歩が酒と談笑を楽しんでいた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「は? あれ、何がだ?」
物思いに耽っていた所に歩から唐突に言われたお礼の言葉に光が少し慌てた。
「この前の誕生日の事だよ」
「ああ、体験結婚式の時のか」
店に来た時にマスターにも見てもらった白いドレスとタキシード姿の歩と光の写真を思い出す。
「うん、私が忘れてた誕生日祝ってくれて嬉しかったから」
「ははっ、大した事じゃないって」
「でも、本当に嬉しかったから、ね」
と満面の笑みを浮かべる歩を見ていると光は少しだけ気恥ずかしくなって顔をそらしてしまう。
「なら良かったよ。‥‥本当に」
「でも、ペンダント本当に貰っちゃって良かったの? 大切なモノなんでしょ?」
古ぼけた月と星をあしらったペンダントが歩の胸元に揺れていた。それは、光が亡くなった本当の妹に贈るはずだったモノで本当に貰ってしまって良かったのかいう想いが歩の心の中にもあった。
「‥‥良いんだ。俺が持っててもしょうがないし」
しょうがない、というより本当は何故ペンダントを歩に贈ったかは光自身にも今ひとつ分らない。
(‥‥もしかすると)
心の中で過去を乗り越えようという気持ちがあったからかも知れない。それは‥‥。
「歩のおかげかもな」
「ほえ? 何が?」
「そのペンダントを誰かに贈れたのが」
光がつい考えが口に出てしまったのを誤魔化す。
「うん、私の一生の宝物にだよ」
「それだけってのも‥‥そうだ、何かしたい事に付き合うとか?」
「なんでも?」
「ああ、俺にできる範囲でな」
「ん〜、じゃあさ‥‥キスしてくれる?」
「はぃ!?」
慌てる光を見る歩の表情は幸せそうに見えた。
「な〜んて、冗談だよ」
「あ、歩?」
「本当はねぇ、一緒にいてくれるだけで良いよ。ずっと、いっ‥‥しょ、に‥‥」
「おっ、おい?」
「‥‥Zzz」
そして、いつも通り寝てしまった歩を見て溜息一つ光は席に座り込んだ。
「はぁ、参ったねこれは‥‥」
光のその呟きも静かに店の空気へと溶け込んでいった。
「ん〜、美味しいお酒♪」
と上機嫌のノエルはいくつも酒瓶を空けていた。
「飲み比べもできて楽しいな〜♪」
ノエルの横には誰かと楽しもうと飲み比べする事になり轟沈した楊江がいたが何事も無いようにノエルは酒を飲み続けていた。
「おかわり‥‥おねがい♪」
「承知したのであります」
希にお酒のお代りを頼むがノエルも酔いが回って来たのか世界が揺れるような感覚に包まれる。
「ほわ〜♪ なんだか良い気持ち〜♪」
どこか、ハンモックで風に揺られるような感覚だった。
(カラダもぽかぽかしてるな〜)
今日も美味しいご飯が食べられて美味しいお酒が飲めた。
「ふにゃ〜‥‥それは幸せだよね〜♪」
そうしているうちに希がノエルの前にチェリーと一切れのレモンが添えられた鮮やかな青いカクテルを置いていく。
「まずは〜♪」
チェリーをパクッと口に含んでゆっくりと味わう。少し強めのお酒の後にはその甘さがたまらない。
(ん〜、本当にしあわせだよ〜♪)
その甘い味わいに幸せを感じながら次は何を頼もうかと考えるノエルだった。
●雨の幕
注文も完全に落ち着いたので希は倉庫の整理をする事にした。
「では裏の片付けに行って来るのであります」
「裏に行かれてはドジ娘な希の姿が記録出来ないのであります」
「そ、そんな事にはならないのであります!!」
と美紅に言われて少し怒りながら希は店の奥へと消えて行った‥‥すぐ後に何かが崩れる音と『にょわ〜!?』という悲鳴が聞こえる。
「「‥‥‥‥」」
二人は希のプライドの為にもそっとしておく事にした。
「ほえ? あっ、いけないもうこんな時間!?」
少し寝てしまったらしい幸香が時計を見て慌てて席を立ち出口へ向かう。と、ドアに手を掛けた所で振り返る。
「そうそう、近いうちに今度は親友も誘って来ますからまた美味しいお酒飲ませて下さいね」
言い終ると12時を迎えたシンデレラのように幸香は走り去った。
「俺も今日はこの辺にしておくか」
ロベルトも席を立つ。
(今度は一年後かそっちで再会してからだな。忘れてくれとは言わなかったから‥‥良いよな)
「じゃ、また来るぜ。今度は義妹達とな」
そして、義妹達には今日来たのは苦笑交じりに秘密にしてくれと言ってロベルトは店を出た。
「‥‥うっ、ここは?」
飲み過ぎで気絶していた楊江も意識と記憶を取り戻す。
楊江は千鳥足で立ち上がり外に出る。
「曇り空か‥‥気分が沈む色、とでも言うかな?」
ドアが閉まると次に席を立ったのは光だった。
「やれやれ、今回もこうなったか」
嘆息しながらも光は酔い潰れた歩をおんぶする。
「‥‥お兄ちゃん‥‥なら、いいよ‥‥」
歩むの寝言に何が『いい』のかともう一度嘆息する。
「まったく、無防備すぎだ」
そう言って光達は店を出た。
眠っていたノエルが目を覚ます。
「ふぅ、この子ようやく寝たわ、もう少し早く出てきたかったのだけれど」
覚醒して性格が大人の女性へと変わったノエルは少し残念そうだった。
「夜が明けるまで居るのも問題だし、私の方が飲むのは今度にしますね」
そう言ってノエルが出口を開くと。
「あら、雨ね」
外は雨が降っていた。
「雨が降ってるのか‥‥」
ホアキンが絵も描き終ったスケッチブックをどうするかしばし迷っていた。
「‥‥しょうがない、マスター預かってくれ」
サインを入れると欲しい人が居れば渡して構わないと言ってホアキンも店を出た。
遠ざかる人達の足音を聞いてマスターは最後に言った。
「またのお越しをお待ちしております」
この一言で今日の幕も下りたのだった。
了