●リプレイ本文
●凍れる地で
「‥‥ここか」
そう言って緑川 安則(
ga0157)は冷たい風の下にそびえ立つ基地を見上げる。
「やっぱ、外には誰もいねぇか」
カーディナル(
gc1569)が辺りを見回すが帰還を拒んだ部隊の隊員らしき人間は見える範囲には居なかった。
「寒いですからね。中でストーブにあたってるのかも」
とエクリプス・アルフ(
gc2636)がマイペースに言う。
「まっ、会ってみれば分かるか」
火神楽 恭也(
gc3561)はそう言うが早いか重く閉された格納庫の扉を叩いた。
そして、しばらく待つと扉が少し開き隙間からグスタフの姿が見えた。
「‥‥何だ?」
「初めまして、クルメタルの方から来た者です。少しお話を聞かせて‥‥」
「帰れ」
安則がクルメタルからの依頼できた事を言い終わる前に一言で切って捨てられ全員が言葉をなくした。
「「‥‥‥‥」」
「よし‥‥帰るか」
「帰ってどうするんのよ!?」
場を和ませようとしてレインウォーカー(
gc2524)が言い放った一言に冴城 アスカ(
gb4188)思わず突っ込んむ。
「‥‥あの爺さんで間違いないんだよな?」
クアッド・封(
gc0779)が来る前に熱心に資料を調べていた星月 歩(
gb9056)に訊ねる。
「えっ、ええ、間違いないです。何度も写真を見ましたから」
戸惑いはしたが自分達も子供の使いではないので引下るわけにはいかなかった。
「そう言わずにさおじいちゃん、悪いようにはしないから入れてくれないかなぁ?」
そう言ったレインをグスタフは目を細めて睨みながら言った。
「‥‥向うの格納庫が空いとる」
それだけ言うとグスタフは奥に引っ込んでしまう。後には規則正しい機械の動作音と冷たい風の音だけが傭兵達の耳に届いた。
●帰らぬ理由
「本当に頑固爺さんて感じね。説得は難しそうだわ」
ようやく、自分達が乗って来たKVを格納庫に駐機して一息入れながらアスカがそう口にする。
「確かに頑固親父と聞いてたがここまで前時代的だとはな」
恭也も溜息と共にそんな事を言う。
「しかし、部隊ぐるみで帰還拒否ねぇ。何の得があるんだか?」
カーディナルの言う通り普通なら社命を拒否して社員の印象が良くなる事はありえない。となれば何か理由はあるはずだとは全員が思った。
「しかし、部隊で撤退しないのに連絡に出るのビットナーだけというのは気になるな‥‥」
封はそう言ったがむしろ、別な違和感が彼の中では鎌首をもたげていた。
「まっ、何にせよ動いてみない事にはなぁ」
レインが言う通りここで自分達だけで考えても埒があかない。
「じゃあ、私は食堂に行ってみます。寒い場所ですからきっと温かい物がほしいでしょうし」
「なら、私も手伝うわよ」
食堂でボルシチでも作ろうと考えていた歩に実家が料理店だったアスカが手伝いを申し出る。
「それなら私はトールについてグスタフ氏と話してこよう。愛機の名前と同じで気になるのでね」
安則はトールについて会話する事でグスタフとの距離を詰める事にした。そして、それにアルフも同調する。
「じゃっ、俺も安則さんと一緒についていかせてもらうよ」
こうして、大体のやる事が決まると早速行動に移る事にした。
「ごめんください」
歩とアスカは小さな食堂を見つけると持参した生鮮食品を持って厨房の方に足を踏み入れてみる。
「‥‥誰も居ないわね」
誰か居ないかと思ったのだが人の気配がなかった。しかも、暖房が入っていないのかやけに肌寒い。
「やれやれ、これじゃお肌がカサカサになっちゃうじゃない」
アスカが冗談めかして言いながらコンロの状態や戸棚の中身を調べていく。
「今、暖房入れますね‥‥あった、けど」
歩が見つけたのはコークスを使うストーブでそれはここが如何に僻地なのかという事を無言で物語っていた。
なんとか、ストーブに火を入れて歩が戻るとアスカが流し台に並べた缶詰や調理道具を前に難しい顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「いや、これをがね‥‥」
そう言ってアスカが缶詰の蓋の辺りを指でなぞって見せると薄らと積った埃が取れる。
「それが?」
「他にも食料とか量はあるんだけど残ってる物に偏りがね」
レトルトのようなすぐに食べられる物に比べてある程度の調理が必要な物の数が多いのだ。
「そういえば、お爺さんにはすぐ会えたのに他の人にはお会いしてませんね」
しかも、二人が今いる場所は食堂という生活するには欠かせない空間だが来るまでに誰とも会えていない。
「「‥‥‥‥」」
二人の間に重い沈黙が落ちてくる。
「と、とりあえず、気を取り直してお料理しましょう!」
「そうね」
そうして、二人はボルシチ等の調理に取り掛かる。しかし、仲間が来るまで他の人間がこの場を訪れる事はなかった。
「ふぇ〜、でかいねぇ」
「ゼカリアよりも一回りか二回りほど大きいな」
格納庫に来たアルフ、安則、カーディナルは一体だけ鉄柱とコンクリートで出来た空間に佇む雷神の名を冠したKVを見上げていた。そして、その足元でグスタフが作業をしていた。
「おっ、いたいた。おっさん、この基地にトールっていう実験機があるって聞いた時から興味あったんで見せてくれねえか?」
「‥‥好きにしろ、ただし、作業の邪魔だけはするな」
そう言うと後は三人が居ないかのようにグスタフは作業を再開する。
「大口径知覚武装の装備とホバー機能の両方をKVサイズに織り込むとはまさに技術者魂ここにありという威風堂々たる姿ですね」
安則がトールを見上げながら整備を続けるグスタフに語りかけると少しだけその手が止まる。
「さすが火砲の技術なら物理、非物理を問わず最高って言われるクルメタル製だね〜。これ、どれくらい威力あるの?」
アルフも安則達に協力するようにグスタフにトールについて質問する。
「なあ、おっさん、コーヒーでも飲んで一息ついてちょっと教えてくれねえか?」
カーディナルがそう言って水筒を掲げてみせる。やがてグスタフは完全に手を止めて立ち上がりアゴでトールを指しながら三人に問う。
「で、貴様らはコイツの事をどう思う?」
一瞬、言葉を失う三人だったが。
「万能兵器のはずのKVとしてはちょい問題あるけど俺はこういうの嫌いじゃないな」
「固定武装でこれだけの非物理の火砲持ってるのはスゴイかな」
カーディナルとアルフがそう言うのをグスタフは黙って見つめている。
「‥‥申し訳ない。正直に言ってこの機体は欠陥品でしょう」
「おい!?」
安則の歯に衣着せぬ言葉をカーディナルが慌てて止めようとするが。
「どうしてそう思う?」
「一つは複座式だという事、これは実際に戦場で投入できるKVの数を減らしてしまう。二つ目はこの巨大な火砲、おそらく観測機器か冷却能力に問題があるのでは?」
最後まで聞いたグスタフがいきなりカーディナルの水筒を引ったくり止める間もなく熱いコーヒーを直接飲み干して一息つく。
「良い読みだ。お前さんの言う通りの欠点をトールは持ってる」
「なら、一度帰還してください」
「そいつは‥‥出来ない相談だ」
やはりというべきかグスタフはその提案を断る。
「なあ、何でそこまで帰還を拒むんだ?」
「‥‥‥‥」
そのカーディナルの問いには沈黙で答える。
「よっぼど戻れない、いや、戻りたくない理由があるのか?」
「お前達には関係ないことだ‥‥」
そう言ってグスタフはカーディナルに水筒を投げ返すと奥へと消えていく。その後姿はどこか最果ての地に埋もれた雷神の姿に似ていた。
「よう、何が見えるんだい?」
他の仲間と離れて一人でグスタフを追って屋根に上がって来た恭也が訪ねるがグスタフはいちべつしただけで無視したまま懐から取り出した煙草を咥える。
「一杯どうだい? 肴はレーションだが冷めても旨いヤツだ」
そう言いながらウォッカの瓶を振ってみるが。
「‥‥いらん」
グスタフはそう言うと再び雪原を眺める作業に戻った。恭也も取り付く島がないと感じながら用意した双眼鏡で雪原の彼方へ視線を飛ばす。
恭也はたまにグスタフにも視線を向けると何かの端末を持ったまま真剣な眼差しを雪原に向けている。
(‥‥いや、あそこに居る何かにか)
確かに頑なな人物ではあるが悪意というモノは感じられない。
「なあ、なんでアンタはここを動かないんだ?」
そう言いつつも恭也にはなんとなく理由の当りはついていた。むしろ、義理や情には厚そうな感じさえする。
「雪原に倒すべき相手でもいるのか?」
恭也のその一言にグスタフが少しだけ表情を硬くするがその問いに対する答えは返ってこない。
しばしの沈黙の後、グスタフは黙って立ち上がり背を向けて基地へと戻ろうとする。
「ここにいても碌な事にならんぞ。さっさと帰った方が良い」
それだけ言うと今度こそ建物の中に消えていった。
「‥‥やはりか」
恭也の呟きは凪いだ海のような雪原に消えていった。
「ここも誰もいないか‥‥」
無断でドアを開けて部屋に侵入するが部屋には誰もいない。
「うへぇ、なんか埃っぽいね」
レインと封は二人で基地の中を探索するが未だにグスタフ以外の人間と会えずじまいだった。
「まるで心霊スポットの探検でもしてる気分だなぁ」
今の状況ではレインの言う事もあながち冗談には聞こえない。誰一人いない建物で暮らす独りの老人などいい噂話のネタになりそうだ。
「‥‥本当にそうかもな」
「はぁ?」
「最初は誰か他の奴に話しを聞ければと思ったが‥‥」
誰とも会わない事、その状況が撤退しない理由であり証拠であるように思えた。
「人がいた形跡があったのは医務室だがあれは爺さんの物だろうな」
「何でそう思うのかなぁ?」
「爺さんが能力者である以上、エミタの影響からは逃れられん。整備なしに何ヶ月も居るわけにもいかんさ」
「あ〜、なるほどねぇ」
封は医者としての経験から現在の状況を分析していった。
「だけど、流れに逆らってまで何してるんだろうねぇ?」
「‥‥忘れられない事が、あるのかも知れん」
「忘れられないことねぇ‥‥おっ、写真発見!」
机の上に倒れていた写真立てを手にとって見るとそこに写っていたのは相変らず厳つい顔付きのグスタフや数十名の人々が鉄の巨人に群がっている写真だった。
「端の白衣を着ているのが本当の医務室の主だろうな」
「操縦服着てるのも居るな」
その一枚の写真が今の状況の全てを物語っているようだった。
「‥‥一度、食堂戻ってみんなと合流するか」
「そうだな‥‥」
レインの言葉に封も同じくグスタフに聞くのが早道だと思い部屋を後にする。
(‥‥捨て切れんものがあっても状況がそれを許さんか、難儀なものだ)
封は自身の喪失感をグスタフの持つモノと重ね合わせる。まるで闇から伸びる鎖に縛られる姿まで見えるような気分で。
●揺るがす者
全員で歩とアスカの作った料理を囲みながら能力者達は互いに得た情報を交換していた。
「なるほど、複座型なのに彼しかいないのは変だと思ったが‥‥」
安則がポツリともらす。思えば整備の時も一人きりだという事を考えれば多分、他の者は居ないという推測は正しいだろう。
「じゃあ、戻ってもらうよう言っても‥‥」
「戻らないだろうな」
歩の問いに戦場でこの手の人間を見て来た封が言い切る。
「ボクには理解できないなぁ」
嫌いではないが理解もし難い理由に天井を見上げながらレインが言う。
「そもそも、帰還する奴が居なかったて事か‥‥」
カーディナルも余程の理由はあるのだろうと思っていたがこの事実が表す事は重いと感じた。
「仲間と一緒に手塩に掛けて来た機体だけに思い入れも強いだろうしね」
アルフもグスタフの心情を察するがあの性格と合わせると説得出来る気がしない。
「だからと言って強引な手には出たくないな」
恭也の発言には誰もが同意した。それに強硬な手段に出た所でグスタフが納得出来ない事も容易に予測できる。
そんな風に皆で頭を悩ましていると。
「まだおったのか」
「あっ、おじいちゃん」
「ふん、どいつもコイツも帰れと言うとるのに」
そう言いながら厨房の方へ行こうとするグスタフの前にアスカが立ちはだかる。
「何じゃ?」
「ねぇ、ちょっと一杯付き合ってくれないかしら♪」
「断る」
にべもなく断られるが他の者も引き下がらない。
「そう言わずにちょっとだけ付き合ってよぉ」
とレインがグスタフへ強引に席を勧める。
「えっと、ボルシチやピロシキ作ってみたんです。よければ」
と歩が料理を目の前に並べて行くとグスタフも黙った。
「‥‥‥‥」
「まっ、少し付き合ってやってくれ気持ちは察するが」
封も直接手は出さないが援護を飛ばす。
「ウォッカ以外にもスブロフとかもあるぜ。何する?」
カーディナルがアスカの用意していた酒とグラスを持って対面に座ると逃げるのを諦めたのかグスタフは力を抜いた。
「一つ良いか?」
これでちゃんと話が出来ると期待した傭兵達にグスタフが最初に言ったのは。
「ワシはドイツ人だぞ」
「「あ」」
それまで何故かロシアの料理や酒を用意してた全員が固まる。少しだけ食堂に冷たい風が吹いたような気がした。
「‥‥これがアンタの戻らない理由じゃないか?」
カーディナルが自分達の推測を伝えると観念したようにグスタフが口を開く。
「そこまで分かったか‥‥」
「ですから、一度帰還して下さい。お願いします」
安則が皆を代表して願い出るがそれでもグスタフは首を横に振って言う。
「まずは食え、後で案内したい所がある」
全員が無言の中でボルシチの入った皿とスプーンの打ち合う音だけが食堂に響いた。
夕日に照らされた雪の丘を能力者達が越えて行く。オレンジ色に染まる雪景色は美しいはずなのにどこか哀愁を誘う。
「着いたぞ」
丘を越えて辿り着いたのは冷たい風が吹き込まない丘陵の蔭だった。そして、そこには数十という数の廃材を組んだ十字架の列があった。
「これは‥‥」
「お墓‥‥」
アルフと歩の呟きに答えはないがグスタフの哀しみと悔しさの混ざった表情が仲間の墓だという事を認めていた。
「この中にあんたの家族が?」
「いや、だが、どいつも息子みたいなもんだった‥‥」
封は先程の誰もが嬉しそうに笑顔でいた写真を思い出しその喪失感の大きさを思う。
「やはり、トールを直そうとするのはそれで倒したい敵がいるからですか?」
「そうだ、そいつは‥‥!?」
安則が聞いた事にグスタフが答えようとすると彼の懐からけたたましい電子音が鳴り響く。それを聞きグスタフが基地の方向へ走り出す。
「ちょっ、おじいちゃん!?」
レインが呼びかけても止まらない。他の者も慌てて丘を登り始める。
「一体、何なのよ!?」
「さあ、でも良くない事が起きてそうだね!」
アスカとアルフが走りながら怒鳴る。
「なに‥‥あれ?」
「巨大な‥‥蛇か?」
先に丘を登りきった歩と恭也の目の入ったのは夕日に照らされた雪原に巻き起こる巨大な雪の波とその中に踊る途轍もなく巨大な怪物の姿だった。
続く