●リプレイ本文
●雨の春夜
暗くなり始めた頃に窓を叩く音にテーブルを拭いていたサキエル・ヴァンハイム(
gc1082)は顔を上げて外を見た。
「ンあ、外は雨かィ。多いね最近」
そろそろ春だというのにいまだ身体に染みるような寒さに溜息が出そうになる。
「ウ〜ン、こんな日は熱いので一杯と行きたいねィ」
サキはカウンター向うに並ぶ酒瓶に目を向けると冷たいのもいいかと思った。
「こら、商売モンに手つけたらいけへんやんか」
と裏から出てきた白藤(
gb7879)がサキを嗜める。
「でも、こう良いモノ揃ってるとなァ」
サキが冗談交じりで未練がましい目をして見せ、白藤が苦笑まじりでダメだと返す。
「しかし、姫サンのその格好も似合ってんねェ」
「おおきに」
ちなみに二人揃ってバーテンの服で白藤はスカート、サキはスラックスという出で立ちだ。ちなみに長身に短い髪と十字架の入った眼帯やアクセサリーを着けて全体的にワイルドな雰囲気だが女の子である。
そう、女の子である。大事な事だから二回言った。
「ン?」
「どないしたん?」
「いや、今バカにされた気がしてねィ」
「へんなサキちゃん」
クスリと笑いながら白藤に「ちゃん」づけされて少しサキは顔を赤くした。
このまま二人の時間を過ごすのも良いかと思っていたが雨に誘われたのかポツリポツリと人が入ってくる。
「ふっ、失礼するよ!」
ベルを盛大に鳴らしつつ格好つけてるようでついてない錦織・長郎(
ga8268)が入ってくる。
「イラッシャイ」
「おいでやす」
「ここが噂のナハトか、さてどのような酒と出会わせてくれるんだねマスター」
「あたしはマスターないぜェ」
「マスターは奥で仕込み中やよ〜」
長郎がサキを指差した状態のまま時間も止まる。
「ふっ、分っていたさ」
何が、という質問はしないでおく事にした。
「で、ご注文は何にしまんねん?」
「まずは黒ビールを肴はチョリソーセージとフライドポテトで」
「は〜い、かしこまりました」
と白藤が注文を受けて裏へと消えていった。
●雨が止むまで
「なんだか‥‥雨が強くなってきましたね」
ハミル・ジャウザール(
gb4773)は少し遅かったら濡鼠になってたなと思いながら窓の外を眺めた。
最初はバーだと聞いたので入ろうか迷ったが激しくなる雨に背中を押されるように店に入ったのは失敗だったかとも思ったのだが。
「はいヨォ、マスターお勧めのシチューセットだぜィ」
眼帯のバーテンがハミルの前にシチューとサラダと黒パンを置いていく。パンにのせる為のだろうかバターやチーズも一緒におく。
「美味しそうですね」
酒がメインで料理はツマミ程度かと思っていたので酒に強くないハミルとしては嬉しい事だった。店の雰囲気や料理からも店主の性格が感じられるような気がした。
だからか寒い雨の日でも誰かが集ってくるようだった。
「う〜、サッぶ! ツイてへんな」
次に扉を潜ったのはいくつものアクセサリーを飾った久遠 櫻(
gc0467)だった。軽い印象がある櫻のその姿は人懐こい犬を思わせる。
「あっ、オッちゃん、ナンカさみしー気分忘れさせてくれるカクテルと腹にガッツリ来るモン‥‥そう、肉! 肉頼むわァ」
そんな風に捲し立てる様に言いながら一番手前のカウンター席に着く櫻にもいつもの調子で返事をして調理に取り掛かる。
「なんや、寒うなってきたな」
白藤がそんな事を呟いているとベルが鳴り寒気と共に新しい客の来訪を告げる。
「‥‥失礼、すまないがコートを干す場所はあるかな?」
入って来た久我 源三郎(
gc0557)はそう言って自分の着ているコートを指差しす。源三郎の背後ではさらに強まった雨が音を立てて自らの存在を主張していた。
「は〜い、おあずかりします」
乾いたタオルを手渡しながら白藤が手際良くコートをハンガーにかけ軽く水を拭き取って行く。
「バーに来たなら酒を飲むのが流儀かな? オールド・パーをロックで‥‥」
「かしこまりました」
そう言ってマスターは櫻には熱々のソーセージとカリカリのベーコンとスクリュドライバー、源三郎にはウィスキーの入ったグラスと大盛りのナッツの入った皿が運ばれしばらくはそれぞれ自由にグラスを傾ける時間が続いた。
「寒いな‥‥」
蒼河 拓人(
gb2873)はそう呟きながら雨に打たれていた。自分でもどうしてここに居るのか分らない。
が、一つだけ分る事があった。
「どこか、雨宿りできる場所は‥‥」
このままでは風邪を引くか寒さに倒れるという未来を迎える事だ。
「ん?」
そんな時に夜の闇の中に白熱灯で照らされた木製のドアが目に入った。誘われるままにドアを開くと中の暖かい空気が流れ出て拓人の頬をなでる。
「いらは〜い、あら大変」
ドアを開けると白藤がタオルを拓人に渡してくれた。
「あっ、どうも‥‥」
濡れた髪や身体を拭きながら適当にカウンター席に座るとミルクに蜂蜜とショウガをとかしたものを出してくれる。
それでほっと一息ついた所でドアが再び派手に開けられる。
「たのもーなのですよ!」
そこに立っていたのは美海(
ga7630)だった。みんながキョトンしている所をズカズカと残り二つのカウンター席の片方に座った。
「マスターいつもの」
「オレンジジュースでよろしいですか?」
実際には美海が来たのは去年なのだがいつもと変らぬマスターがサラッとそう答える。
「ちがーう! ソフトな飲み物ではなくてあれな感じのです!」
「いや、確かにバーだけど、あんたどぅ見ても未成年だろォ」
言外にアルコールを要求する美海にサックスの入ったケースを持つサキが思わずツッコミを入れた。
「心配御無用! 通教でこれを手に入れてあるのですよ!」
と美海がかざした見せたのは『未成年飲酒許可証』と記されているカードで、明らかにインチキだと思えそうな代物だった。
「そ、そんなものが‥‥ある、なんて」
ハミルはシッカリ騙されているようだったが。
「なんちゅーか客層広くて見てて飽きへんな」
と櫻はベーコンを咥えながらやり取りを楽しそうに眺めていた。逆に源三郎などは。
「なぜ飲みたいのかは聞く気はない。君はまだ酒に逃げるような年齢ではないだ‥‥」
「今の美海は飲みたい心境なのですよ!」
「‥‥分りました」
「ほら、マスターもああ言って‥‥ええっ?」
マスターも止めるものだと思っていた拓人は驚きを隠せなかった。
「では、少々お待ち下さい」
そう言うが早いかマスターはカウンターに背を向けて材料を入れたシェイカーを振り始める。
『‥‥‥‥』
未成年にアルコールを出すのはどう考えてもアウトのはずだが何を考えてるのかと首を捻りたくなるものの誰も口を挟めないでいた。
「‥‥どうぞ」
その間にも完成したカクテルをロングタンブラーのグラスにオレンジ色が鮮やかな不透明な液体が注がれていく。
「うむ‥‥‥‥ふぅ、辛口なのですよ」
一息にグラスの半分ほどを飲み干して美海は哀愁漂うタメ息をついた。そして、まるであの日(去年の聖夜)から何十年も過ぎたような気がすると言い始めた。
「マスター、気になったので僕にも一杯もらえるかな?」
とそれまでホントーンという酒を嗜んでいた長郎が申し出た。実際にどんな酒なのかはこの場の誰もが気にしていた。
「はい、ただいま‥‥」
そう言うとマスターは全員に同じ物を出してくれた。
「えと、自分も飲んじゃって良いのかな?」
と拓人も困惑するも好奇心が勝ったのかグラスを手に取った。
「飲んで‥‥みれば分る‥‥のでしょうか?」
ハミルのように他の面々も躊躇いがちにグラスを口元に運ぶ。躊躇いは、酒を未成年に出したなら如何するべきか危惧したからかも知れない。
「まっ、飲んでみればわかるやろ」
と櫻が飲むと他の者も飲んだ。
『!?』
「なるほど、これは一本取られたかな」
思わず源三郎は苦笑した。
ちなみにカクテルの正体はショウガやハーブで味を調えたミックスジュースだった。美海はそれに気付かず酒の席でのグチをはじめているが。
「あ〜、なんか気が抜けたねェ」
「まっ、仕事一段落した事やしサキのサックス聴きたいわ」
「むゥ、姫の頼みと合っちゃ仕方ないねィ」
「何か雨の日に合うのがえぇな〜♪」
「姫が歌ってくれるならねェ」
サキはケースからサックスを取り出すと白藤は普段より落ち着いた声で歌いだす。
サキと白藤のデュエットを聞きながら客達は話しを交わしたりもの思いにふける。店の奥の方で演奏する二人を気遣ってか櫻もハミルのテーブルに相席していた。
「ハァ、やることあらへんなぁ」
「そういう‥‥時も、ありますよ」
「まっ、かっこえーねーちゃんと、かわええねーちゃんの演奏聴けるのはありがたいけどな」
「あ‥‥ハーブティー‥‥」
ポットの中身がなくなったので新しい物を頼もうかと思ったのだがサキと白藤は演奏中でマスターもカウンターの客の相手に忙しいようだったのでハミルはしばらく待つ事にした。次は何かカクテルを頼もうかと考えながら。
「美海が‥‥美海が一番小隊を上手く率いれるのですよ!」
美海が語るには、先の大規模まで率いていた海戦専門小隊を整理し偵察小隊に変る時、次の隊長も自分だと思っていたのに隊長になったのが妹の美虎(gb4284)で美海は平になり、それが納得いかず諍いを起してしまったらしい。
「美海は姉なのですよ!」
自分は美虎の姉だと呟きながらカウンターに突っ伏して穏かに寝息を立て始めていた。
「なくしたくないよね‥‥でも、どこかにいって‥‥探しても見付らなくて」
拓人も眠りに誘われながらこの島に来た事を思い出していた。輝かしい出会いに幸せを感じ、だが、それはいつの間にか色褪せて大切なモノだった事を忘れてしまう。だが、気付いた時には全ては手遅れだった。
「みんな、どこ行ったの‥‥寂しい、よ」
そのか細くなる声と共に拓人もいつの間にかまどろみの海へと沈んでいった。
「出会った時から別れは始まる。我々はこの世に生を受けた時から死への旅路につくか‥‥」
諸行無常、長く生きれば生きただけ、源三郎はその言葉の意味を感じずにはいられない。積み重ねた年月だけ何かを失い二度と取り戻せない。
「最初に死ぬと思った私が生き残り‥‥前途ある者が逝くとは因果なモノだね」
「‥‥やはり、自分よりも若い人が亡くなるのは歯痒いモノですね」
「貴公も誰かを?」
「家族を‥‥それにここで商売をしていますと避けられない別れというのもありますので」
「なるほど‥‥」
それだけ聞けばどういう事があるかは分った。憩いの場であるが故に今の時勢では唐突に顔ぶれが変る時もあるのだろう。
「マスター、もう一杯もらえるかな。そうだな、次はスコッチを貰おう」
グラスが空になった長郎が酒と肴の追加を頼むと櫻とハミルもそれぞれイチゴとアルコール度の低いカクテルを注文して白藤とサキの演奏に耳を傾ける。
「そういえば、今度は北アフリカへの進攻があるという噂だね」
と長郎がポツリと巷で噂になっている事を呟く。
「オーストラリアと並ぶバグアの完全支配下の地域へですか‥‥今一つピンと来ませんね」
「アフリカぁ、うちらが子供の頃にはバグアのモンになっとったからな」
バグアが来襲してから二十年という月日は長い。ハミルや櫻、それに今は演奏している白藤やサキは物心つくかつかない年齢であっただろうし、今は寝息を立てている美海や拓人は生まれてすらいない頃の話だ。
「僕もようやく善悪がどういうものか解りはじめた頃の話だね」
長郎やマスターぐらいでようやく世の中が分り始めたぐらいで。
「二度に亘る世界大戦が終わり、曲りなりにも世界中が平和だと言えた時代が‥‥ああなるとは誰も予想しはしなかったな」
そして、世界中を巻き込んだ戦争に自身も参加して世界が迎えた平和を見続けて来たのが源三郎達の世代だ。
「知らないからの強サ、つゥやつかねェ」
いつの間にか一つ曲を終えていたサキや白藤も話に混ざる。
「そうやねぇ、十代の子らには今のが当り前やもんね」
「まっ、その分、絶望感がねェから挑めるのさこのクソッタレな世界にもな」
「ならば老兵はこの絶望に満ちた世界に挑む子供達を守る為に生かされてるのかもしれないな」
サキの言葉にいまだ消え往けない老兵にも生きる意味があるのではないかと源三郎も感じた。
「生かされてる、何にかなァ?」
「きっと、神様とか運命というものでしょうね」
櫻の問いにハミルは少し酔ったかも知れないと感じながら笑顔で答える。
「ならば最後の歌はこの雨が上がるような歌が良いのではないかな?」
「ならちょうど良いのがあるさァ」
長郎のリクエストに応えてサキが最後の曲の演奏を始める。『雨上がり』という名の歌を。
●雨が上がって
サキと白藤が歌い終ると聞いていた全員が拍手を送る。
「なんや恥かしいな」
「いやァ、最高だったぜ姫」
などと二人が熱い抱擁とキスを交わしそうな雰囲気の所に誰かの来訪を告げるベルが鳴る。
「お邪魔するのですよ」
そこに居たのはどこか美海に良く似た少女、美虎だった。飛び出して行った美海を探しに来た所だった。
「ふにゃ?」
拓人も美虎の鳴らしたベルで目を覚し寝ぼけまなこのまま周囲を見回していた。
「あれ? なんでこんな所に‥‥あっ!? そろそろ行かないと時間に遅れちゃう!」
そう言うと慌てて席を立ち外に飛び出して行き、また戻ってきた。
「お代忘れてた。今日はありがとうございました♪」
そう言って代金を置くと再び拓人は外へ飛び出して行った。その様子を見て店に居た者達が可笑しそうに笑う。
「さて、いずれ上がる雨と明ける夜の為に私も今日は失礼しよう。今度来る時は噂の妙な吟遊詩人に会ってみたいものだね」
「またのご来店を御待ちしてしております」
源三郎も自分の外套と帽子を取り雨が上がった夜の街へと消えていった。
「さて、この氷雨が消えた頃はまた戦争か、では諸君、また戦場で会おう」
そう言い残して長郎も店を後にする。
「あ〜、野良犬気分の一日も終わりかァ。んじゃ、ごちそーサン。ええ夜をアリガトさんや」
そう言うと気まま野良の様に櫻も店を出て行く。
「本日は姉様がご迷惑おかけしてごめんなさいなのであります」
「おっと、危ないですよ」
美虎はそう言う美海を背負って帰ろうとしたが無理そうなのでハミルがタクシーを拾うまで付き合う事になった。
「‥‥どうしたら、仲間から信頼される隊長になれるのでしょう?」
美虎がポツリそう漏らした。美虎もまた、美海と違う形で悩んでいたのだろう。
「そうですね‥‥」
自分の行動に責任を持ち前を見続ける。そんな事ぐらいしか言えなかった。それをどう受取るかは彼女達次第だろう。
客が居なくなった店は急に寂しさを増す。それが今日も一つの夜が終った合図のようだった。
雨の上がった四月末、噂通りアフリカ進攻が開始される。後は皆が無事で戻って来てくれる事だけを願うしかなかった。
了