タイトル:【夢の国】始りの風景マスター:三嶋 聡一郎

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/10 00:14

●オープニング本文


●変死体
 欧州のとある場所、そこに建つアパートの前には複数のパトカーがワーニングライトを灯けながら停まっていた。
「これで、今月に入って五件目か‥‥」
 中年の刑事が被害者の遺体を眺めながら呟いた。今は周囲で鑑識官達が犯行の証拠を探す為に動いているがそれも意味があるかどうか。
「またですか、この密室殺人‥‥」
 相方の若い刑事もウンザリした顔になる。そうだろうこんな不可解な事件にあい続ければ。
 そう、今回の事件は密室での連続殺人事件だった。
 とは言っても建物は警備が厳しいわけでも鋼鉄の壁に覆われてるわけでも無い一般的な家屋なので浸入は難しいわけではない。
 だが、それでもまったく証拠が出ていない。五件ともなれば共通した証拠が出ていても良いはずなのにだ。血痕や指紋、遺留品はもちろん、靴跡、破壊の痕跡、汗に衣服の繊維、果てには犯人の住まいの近くに存在するであろう植物の花粉などといった様々な方向から調べたが何一つとして犯人に関わると思われるものが無いのだ。
 そして、極めつけは‥‥。
「今回は首か」
「ええ、鑑識の報告だと首の骨が折れていたらしいんですが‥‥」
「また、何も残ってないんだろ?」
「その通りです」
 そう、被害者は全て致命的な傷を負っていた。今回の首の骨折の他にも、手足の骨と血管が潰れ四肢が青黒く変色していたモノ、肺や肝臓といった臓器が凄まじい力で割られていたモノ、袈裟懸けに大きな内出血の跡が残っていた死体もあった。
 だが、そのどれもが外側から力を加えた様子が無い。まるで体の組織が自ら壊れたようだった。
「まったく、世界は宇宙人との戦争だってのに事件てやつはまるで無くなりやがらねぇ」
「本当ですね」
「まっ、それでもこっちはマシな方だろうよ。別の国じゃ事件の捜査をする人手すら居ないんだからな」
「嫌な世の中ですいね」
 そんな会話を交わしながら現場を後にする。
「証拠の無い惨殺死体なんて悪夢みたいな話しですね」
「ああ、オカルトかホラーの世界に迷い込んだ気分だ」
 だが、彼らは知らない。これと同様の事件が自分達の国以外でも起きていた事を。

●幻想の国
「‥‥はっ‥‥はっ‥‥‥‥」
 一人の男性が息を切らしながら鬱蒼と茂る森を走っていた。彼は時々、後ろを振り向き追っ手がないかを確認する。
 周囲を照らすのは木々の隙間から見える月明りだけで、光の届かない場所には幾つもの暗がりができておりそこから今にも何かが這い出してくるような気さえする。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 男性は足を止め周囲を見回す。
 ここはどこなのだろうか、どこかで見た気もするし、まったく見た事のないような気もする不思議な場所だった。そういえば、先程まで自分がどこに居たのかも思い出せない。
 確か電車を降りて駅から‥‥。
「それから‥‥」
 そこから先が思いだせない。いや、そもそも、どこの駅で降りたかが思い出せない。
「いったい、ここは」
 どこなのか。
 もちろん、その問いに対する答えはどこからも無い。ただ、森に漂う静寂の中に自分の息遣いだけがやけに大きく聞えた。
「―――――――――――――――」
 考え事に没頭していた所にいきなり獣の様な咆哮が響いてくる。それはまるですぐ近くで聞えたようにも遙か遠くから届いたような思える。
「そうだ‥‥」
 何故忘れていたのか、自分は怪物に追われて逃げていたんだ。
 そう、早く。早く逃げなければ。

 そんな、気持ちに押し出されるように走り続けるといつの間にか森が終わり目の前には湖が広がる。その中心に美しい満月が映しこんでいた。
「ここまで来れば‥‥‥‥」
 怪物の気配はしない。どうやら逃げ切る事ができたようだ。
 長い緊張のせいで喉が渇ききっていた。男性は湖の前にかがみ込み水を手ですくった。
「しかし、ここは本当に何所なんだ?」
 辺りを見回せば夜だというのにハッキリと丘の上に建つ白亜の城が見える。他にも巨大な観覧車、周囲の草原や森とは不釣合いな高速道路、そのどれもが遠くに見えるはずなのに手を伸ばせば届きそうな気さえする。
「いったい、何が起こっているんだ」
 あやふやな不快感に負けて男性は足元に視線を落とす。湖は相変わらず鏡のように澄んだ水を湛えていた。
 そして、その表面に男性と『いつの間にかその後ろに立つ異形の巨大な人影』を映しこんでいた。
(「!?」)
 男性が振り向くのと異形の巨人の両手がその頭を鷲掴みにするのは同時だった。
「あがっ!?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 軽々と持ち上げられた男性は空中で足をバタつかせるがそれは何の抵抗にもならず巨人はその手にこめる力を徐々に強くしていった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
 やがて男性の頭蓋骨が限界を向えグシャリと湿った音と同時に身体が力を失いダラリとする。巨人は力を失った男性から手を離し男性の身体は再び湿った音と共に地面に横たわった。
 そして、異形の巨人は今宵の狩りを終えた事に喜びの不気味な哄笑をあげた。
「―――――――――――――――」
 その途切れる事のない不気味な声はこの不思議な世界の隅々まで響き渡った。ただひたすらに。

●続報
 翌朝、6件目の事件が起きた。
 今度の死体は脳と頭蓋骨が砕け頭部が青黒く鬱血した状態で発見された。
 今回も犯人に繋がりそうな証拠は何も存在しないのだった。

 そして今夜も幻想の国へと何も知らない子羊が誘われるのだった。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
水無月 魔諭邏(ga4928
20歳・♀・AA
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
グロウランス(gb6145
34歳・♂・GP
星月 歩(gb9056
20歳・♀・DF

●リプレイ本文

●夢幻の世界
 その夜、星月 歩(gb9056)は何処とも知れぬ森の中を歩いていた。いや、正確には夜かも分らない。生い茂った木々が空を隠しているからだ。
(「声、こっちから‥‥」)
 森から聞えるか細い声を頼りに歩は進んでいた。やがてその声の主の姿が暗い森の中に浮き上がる。
「ねえ、あなた大丈夫?」
 歩の声に反応して顔を上げたのはパジャマ姿の子供だった。子供は不安に染まった顔を歩に向けていた。
「お姉ちゃん、誰?」
「私? 私は星月 歩っていうの、よろしくね。あなたはどうしてここに?」
 しゃがみ込んで視線を合せた歩の問いに、子供はただ分らないと首を振る。
 そういえば自分も何故この場所に居るのか分らない事に歩も思い当たった。だが‥‥。
「う〜ん、ここに居ても分らないし一緒に行こう」
 差し出された手に子供は体を竦ませたが、歩の手を取って一つ頷くと立ち上がり一緒に森を歩きはじめた。

「‥‥ここは一体どこなんだ?」
 という須佐 武流(ga1461)の呟きは、目の前の入り組んだ煉瓦の壁に挟まれた通路の先に消えていく。
 武流も何故、いつからこの迷路らしき場所に来たのかが思いあたらなかった。その疑問も歩いていくうちに分るだろうと思っていたがそれも達成出来ていない。
 成果と呼べそうなものは一般人らしき者と接触、同行している事ぐらいだ。
「ふむ、休憩するか」
 後ろを向けば自分と同じくらいの男性が息を切らしながら着いて来ていた。
(「‥‥無理もない」)
 太陽も時計もなく時間の流れも分らず入り組んだ迷路の中で出口も見えずここに居る目的すら分らないという不安定な状況が想像以上に肉体よりも先に精神を疲弊させるのだろう。
「このまま、闇雲に動いてもただ疲れるだけだろうが‥‥さて、どうしたもの!?」
 今後の方針に考えを巡らそうとした瞬間、背後から得体の知れない重圧が武流達に迫る。
 とっさに武流は身体を反転させると同時に得意の蹴りを放った。

 ガギッ

 金属と金属が擦れ合う音が辺りに響く。速度を重視した一撃とはいえ防がれるとは思っていなかった。
「くっ!?」
 それどころか相手は赤い髪を振り乱し反対の手に持っていた光の刃を振るい反撃すらしてくる。
 が、数多の戦いを生き抜いてきた武流も僅かに上体を反らし回避し反撃にでる。相手も間を空けるつもりは無いのか、先程蹴りを防いだ棒状の何かを突き出してきた。
『‥‥‥‥』
 互いに届く寸前で刃が止まる。そこでやっと互いの姿を冷静に確認できた。
「いきなりご挨拶だな」
 ぶっきらぼうな調子で言って来たのは鹿島 綾(gb4549)だった。しばし視線を交わした後で敵でないと感じどちらともなく武器を引く。
「スマン、妙な気配を感じてな」
「だからっていきなり攻撃するなよ。で、武流はなんでここに?」
 別の依頼でも顔を合せた事もあり綾は気軽に話しかける。武流達が気付けばと言うと。
「あ〜、そっちもか」
 何の収穫も無い事に綾がため息をつく。一般人も含め4人の人間がいつの間にか見知らぬ場所にいる。
「ちょっとしたホラーだな」
「違いな‥‥ん?」
 綾の意見に同意しようとした武流は妙な音を捉えた。綾もついで近付いてくる音に気付く。
『‥‥?』
 4人揃って怪訝そうな顔をしていると近くの壁が吹き飛び水無月 魔諭邏(ga4928)が姿を現し。
「確たる意志を込めれば、この様な物は襖や障子と同じ! わたくしの進む道を阻めはしませんわ!!」
 と高らかに宣言する。
「て、あら?」
 そこでようやく4人の白い視線に気付いた魔諭邏。
「皆様、ごきげんよう」
 そのインパクトある登場と裏腹のおっとりした挨拶に、武流や綾は内心で『言う事がそれか!』と思ったりする。
 そして、また一人奇妙な場所に人が居るのが知れたのだった。

「次から次へと一体何が起こってるんだ」
 新条 拓那(ga1294)はいつの間にか変っていた周囲の風景に奇妙な気分を味わっていた。先程までは怒号と剣戟に銃弾や弓矢の飛び交う戦場に居たのに今は普通の街中を歩いている。
「そういえば連絡取れたみんなや彼女は無事かな?」
 先程の無線で自分達以外にも一般人を保護しつつ戦う仲間が居るのが分った。そして、その中には自分の大切な人も居るらしい。
(「‥‥さっきは湖にいるって言ってたけど、何とかして会えないかな?」)
 などとほろ酔いの酩酊感に似た感覚に包まれながら考えてみた。
「きゃっ」
「ん?」
 唐突に目の前から聞えた声に目を向けると、そこには拓那がつい今しがた考えていた石動 小夜子(ga0121)がいた。
「拓那さん!?」
「小夜子? まさか、本当に会えるなんてこれは運め‥‥」
 運命だね。と言おうとした拓那の言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
「それよりも今は逃げませんと!」
「は? 一体何が‥‥」
 拓那達が来た方向へと向おうとする小夜子を見て彼女達が来た方向を見れば。
 そちらからは警官の群が波となって自分達に迫っていた。その数、ざっと数えても数百は居るのではないかと思えた。
「後ろに向って全速前進! って、ちょっと!」
 と拓那が変な事を言っている間に戦場で保護した一般人も小夜子の誘導に従いながら逃げていた。それを拓那も続く。
「一体何が?」
「この街を色々と調べてたのですが警察署に行ったらいきなり‥‥湧き出て来たと言いましょうか」
「まるで悪い夢だね」
 小夜子の説明を聞くと自分達を追ってる人数と警察署の建物の大きさに違和感を覚えずにはいられない。
「いきなり変る風景といい現実離れしすぎだね」
「とりあえずあの建物へ。流石にあの数を広い場所で相手にするのは」
「そうだね。考えるのは後で今はこの状況を何とかしよう」
 それに普通の人に今の状況は辛い。小夜子が先導し拓那が殿を務め役所らしき建物に入っていく。途中で掃除用具入れから小夜子がデッキブラシを拝借して廊下で一般人達を挟んで陣取る。
「まったく、夢なら小夜子とデートする夢が良かったな」
「拓那さん!」
 抗議するように小夜子が拓那に声を掛けると拓那はただ肩をすくめて応えた。
 そんな彼らに建物の中まで浸入してきた警官の波は冷や汗が流れるほどシュールな光景だった。

「まったく、しつこいわね」
 最初に気が付いた場所である城の中を探索していた狐月 銀子(gb2552)は今、奇怪な巨人に追いかけられていた。
 明らかに中世然とした感じの城に違和感を覚えて調べていたのだが人気はないのに衛兵に囲まれたり、果てには巨人が唐突に現れていたりする。
「先程の戦場もこの城も現実味はないが既視感と芒洋感は夢の中に居るようだな」
 それは予想だがそれが答えだと確信しているかのように言うのは銀子の隣を走るグロウランス(gb6145)だった。
「まっ、確かに考えただけでバハムート着込めるのは夢だろうけど、リアルよね」
 自分達を追う巨人にチラと目を向けるがあれが幻だとは思えなかった。
 グロウも先程最新の戦車を中世風の騎士が剣で切り裂いていたり、ミサイルと弓矢が同時に飛び交う戦場を見て既に夢であると思ったがそこで感じた熱や爆風は現実に等しいモノに思えた。
「ただの夢ではないな。十数人の人間が夢を共有する時点で何かがおかしい」
「でも、何がオカシイのかが分らないのよね」
「だが、夢ならこういう事も出来る!」
 そういうと同時にグロウの周囲に幾つもの刀剣が出現して銃を撃つと同時に巨人に殺到する。
「ガアアアアアッ!!」
 突き刺さった刀剣による痛みのせいか地獄の底から響く様な咆哮を上げて仰け反った。
「これで!」
 グロウはさらにミサイルを想造して巨人の足元に撃ち込みエントランスホールへと叩き落す。
「やったの?」
 銀子が階下を覗き込むと‥‥。
「いない?」
 この短時間に巨人が消えていた。この騒ぎの中で人が出てこないのも変だが消えた巨人が異様に気になる。
(「あれだけ追って来てたのにあの程度の攻撃で消えうせる?」)
 何かが引っかかる。ここは夢の中、そして、敵は何処からか音もなく現れる。なら‥‥。
「音もなく消えることも出来る?」
 なら、敵の視界から一度、消えたならどうするか、自分なら。
「そっちか!?」
 銀子がグロウの方を向いた瞬間、通路の壁を突き破り出現した巨人の攻撃がグロウを捉え吹き飛ばす。
「グオッ!」
 一瞬、グロウを助けに向かおうとするが同行する一般人を放って置くわけにもいかず迷いが生じる。だが、その間にも巨人がグロウに止めを刺そうと斧を持つ腕を振り上げていた。
「くっ!」
 だが、助けは来た。窓を突き破り飛込んで来た武流が巨人の頭にそのまま飛び蹴りを叩き込み吹き飛ばす。
「ふむ、本当に出来たな」
 実の所、迷路で出口が見つからずに悩んでいたら、魔諭邏が無ければ作れば良いと天井を破壊して脱出したのだが、他の者とはぐれ城の地下牢に出てしまった武流だった。
「ちょうど良いわ! こっちも手が離せないからそいつを足止めして」
「分った」
 グロウもその隙に距離を取り体勢を立て直す。銀子も一般人を庇いながらエネルギーガンを構えた。
「さっ、お楽しみはこれからよ」

 長いようで短い戦いが終り倒れ伏した巨人が徐々にその姿を崩していく。
「何とかなったわね」
「確かに身体能力は凄いが動きが素人クサかったな」
 それが巨人を引き付けた武流の感想だった。事実、自分達がイメージして放つ攻撃に巨人はまったく着いて来ていない。
「しかし、いまだに誰かに視られている感じがするな」
 グロウは酩酊感の他にも何か腐った泥のように纏わりつく気配を常に感じていた。
「とりあえず、移動しましょう。また、兵士とか巨人が来たらやっかいだし‥‥あら?」
 他にも色々と探さなければと思った銀子の足元に緑色の宝石のような物があったので拾い上げる。
「何かしら?」
「さっきの巨人が落とした物か?」
「まっ、何かの手掛りなるかも知れないから貰っておきましょう」
 そういうと銀子は宝石をしまうと城を後にした。


●夢からの脱出
 集めた情報の確認などをする為に全員で湖に集っていた。
「あう〜、恥しい所をおみせしてしまいました」
「もう、過ぎた事だし気にしないでも」
 遊園地でマスコットを追いかけて入ったゲームセンターでゲームに熱中してしまい我を忘れていた事を恥入る小夜子を拓那がなだめたりしている所だった。もっとも拓那も小夜子程ではないが熱中した上にゲームには負けていたりするのだが。
「こう手掛りがないと出口の場所の見当がつかないですね」
 と言うのは湖で一般人達の護衛をしていた歩だった。
「この世界を維持する為の何かが脱出手段に繋がるだろうが」
「普通に置いてあるんじゃなくて何か条件があるって事かしらね?」
 無事脱出する方法は必ずあると諦めずに探すグロウや銀子も流石に思考が詰る。
「空飛べれば見つけられないかね?」
 と拓那が言うが、念話ができない時点で空を飛ぶのも無理そうだった。
「わたくし達の常にある物というと地面とか?」
 と魔諭邏は地面を刺し貫いてみるが特に何の変化もない。そんな手詰り感が漂う中ポツリと小夜子が呟くように口にした。
「後は森の妖精さん達が巨人に宝を盗まれたと言っていた事ぐらいでしょうか?」
「宝ね‥‥んっ、ちょっと待って」
 と銀子が最初に巨人を倒した時に見つけた宝石を取り出しみんなに見せる。
「もしかして、これが鍵とか?」
「確かに他に手掛りになりそうな物もないし」
「まっ、ダメ元でもやってみれば」
「いや、そうでもないかも知れないぜ」
 綾の言葉に意見を交わしていた面々も顔を上げる。その先には斧を手にした巨人が猟犬の如く怪物を数体連れて立っていた。
 それで他の者も悟る。奴は自分達をここから出さない為に現れたのだと。

「繰り返す悪夢って性質悪いわね。倒してお終いなら楽なのに」
 銀子の意見に誰もが賛成だった。一般人を連れての敵との戦闘は能力者達の神経を削る。
「まったくだ。この世界を考えた奴の顔を拝んでみたいもんだ」
「だが、これが正解だったようだな」
 綾とグロウがそう続く。宝石を受け取った妖精達は喜んで輪になって踊っていた。
『さあ、どうぞ輪の中へ入れば好きな場所に行けますよ』
 と妖精の一体が言ってくる。一行に安心感が広がるが敵も執拗だった。
「――――」
 形容し難い咆哮と共に巨人が姿を現す。表情は読み取り難いが憤怒を湛えている様にその場の誰もが感じていた。
「早く輪の中へ、そうすれば敵も手は出せませんわ!」
 魔諭邏の言う通りだろうが敵もいざという時の事は見通していたらしい。一般人に紛れ込ませていた怪物が本性を現し能力者だけでなく一般人にも牙を向く。
「させん!」
 咄嗟に一般人と怪物の間に割って入りグロウが盾になる。武流や小夜子も不意打ちで怪我はしなかったが足を止められる。
「ちっ、やるしかないか!」
 武流は巨人の前に立ちながら距離を取った時の為に雷遁を手に持つ。
「みなさんは早く輪の中へ、こっちは私達がなんとかします!」
 歩も一般人と怪物の間に入り壁となって退避を助けた。
「ここが正念場なら出し惜しみなしないぜ!」
 そういうが早いか綾はガブリエルとウリエルで二段撃を駆使して全力で振るう。同時に武流も肉体の限界を解き放ち巨人に襲い掛かる。
 小夜子と拓那は瞬天速と疾風脚を駆使して怪物達の行く手を阻む。盾になったグロウは一度引いて傷を癒しつつ刀剣を生製して火力を増して怪物達に銃弾を一緒に放つ。
 歩も両の手にあらん限りの力を込め剣を振るう。
 巨人や怪物の動きは確かに素人臭い動きだが現実の獣すら越える速さがあり経験の少ない者達を捉えるには十分で、魔諭邏等はその攻撃で徐々に傷を重ねていた。

 だが、既に一度目の邂逅でも分っていたが経験の差が物を言った。どれほど打たれ強くとも獲物を捕らえられなければいずれその牙城も崩れるのが現実だった。
「相手が悪かったな」
 血も着いていない刃を綾が払う。
「さて、次が来ないうちにさっさと戻るとしますか」
「ええ、戻りましょう」
 と拓那と小夜子が言う。
「でも、この世界はどうなるんでしょう?」
「このまま去ってしまってもこの脅威が消えるわけではないのですよね」
 そう懸念するのは歩と魔諭邏だった。だが、何の用意もなくここに来た自分達には‥‥。
「どうする事もできん。俺達に出来るのは目を覚ましてこの事件の顛末を伝える事だ」
 グロウが現実的に自分達に出来る事を淡々と言う。
「悔しいけどここに居ても疲弊して負けるだけよ。今は悔しくても引くの」
 そう言う銀子が一番やしそうだった。
「行くぞ。終ってないなら再戦の機会もあるだろう」
 そう武流は言いながら妖精の輪に入っていく。そして、他の者もそれに続いた。

●夢からの侵食
 誰も居なくなった世界のどこかで再びソレは目を覚ます。自らの形作る世界に再び獲物が迷い込んで来るまで独り世界を彷徨うのだった。

 了