●リプレイ本文
●開店前後
「んしょっ、これでよいであります」
今日はバレンタインのチョコ代を手に入れる為にアルバイトに来ていた美紅・ラング(
gb9880)が酒瓶の詰った箱を店内に続くドアの近くに下ろした。
「ご苦労様です」
「なんのこれくらいお安い御用なのであります」
と胸を張って応える美紅だった。
「そういえば今日はもう一人来るという話でありますが」
そんな事を口にした時、外から力強いエンジン音が聞えて店の近くで甲高いブレーキ音が響いた。
「すいませ〜ん、遅くなりました〜」
そう言って入って来たのは、今日バイトする事になっていたルナティ(
gc0685)。
「ふぃ、遅刻ギリギリだった〜」
「こら! 弛んでいるのであります!」
美紅とルナ、どちらも外見は少し厳ついが口調など性格面では対極の場所にいるようだった。
そんな傷だらけの外見に反し面倒見の良いルナが美紅の頭を撫で、美紅の方は自分が先輩であると手足をバタバタさせて抗議する。メイド服のおかげか妙に可愛らしいが。そんな様子を見ていると今日はなんとなく賑やかになりそうな気がした。
そして、しばしの時間が経ち全ての準備を終えた美紅とルナは。
「よし、はじめるのであります」
「それじゃ、いきますか〜」
二人は身だしなみを整えてドアが開くのを待つ。
『いらっしゃいませナハトへようこそ』
そして、美紅とルナは声を揃えて客を迎えたのだった。
●夜はくる
「あけましておめでとう、マスター、今年も良いお酒のましてね」
そう言いながら入って来たのは常連の冴城 アスカ(
gb4188)だった。いつもは日付が変わる頃に来る事が多いが今日は早い来店だった。
「今日は一番乗りだと思ったんだけど‥‥あら」
テーブル席にいる先客の姿がアスカの目に止まった。
「章彦さんじゃない」
テーブル席で何かデータをまとめていた日野 章彦も声を掛けたアスカの方を向き直る。
「奇遇ね、相席良いかしら?」
「ああ、構わんよ」
そう返事をもらうとアスカはテーブル席に着き世間話に興じる。
「章彦さんもここにはよく来るの?」
聞かれると章彦もラスト・ホープに来て時間があればと答えた。そうこうしているとメイドの美紅がオーダーを取りに来た。
「御注文を承るのであります」
実の所は名前が義兄と似ていて親近感が湧いているから足を運んでいたりするのだが、今来たばかりのアスカには知る由もない。
「あら、美紅ちゃんも居たのね。この前の新型機の開発会議、おつかれさま」
「うむ、貴公も御苦労なのである」
「注文ね。いつものヤツと、そうね何か甘いモ‥‥」
アスカが甘い物でも頼もうとした直前にシャツとロングパンツにエプロンという美紅とは反対にラフな格好のルナがテーブルの前にやってきていた。
「は〜い、こちら、サービスのチョコレートになります」
もうすぐバレンタインという事もあり今日の肴にチョコはどうかとルナが提案したものだった。
「あら、ちょうど良いわね」
「はい、マスターもお勧めの一皿です。で、新型機ってどこのやつの話しで〜?」
「あっ、それはね‥‥」
とアスカが切り出そうとした所で来客を知らせるベルが店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませなの‥‥おっ?」
「あっ、ここです。情報誌で見て素敵だなっておも‥‥あら?」
入って来たのは美紅と同じ兵舎の仲間の有栖 真宵(
gc0162)だった。
「どうかしましたか、真宵さん?」
動きを止めた真宵の後ろから長門修也(
gb5202)が姿を現した。
「あっ、同じ兵舎の人が居たので少し驚いてしまって」
「おや、それは奇遇な事ですね」
と立ったまま長話が始まりそうな所でルナが割って入った。
「いつまでも立たせてたらダメですよ〜、席はどうしますか〜?」
「空いてるようならカウンターで」
「はい〜、ではこちらにどうぞ〜」
修也のリクエストに応えたルナが奥のカウンター席へと二人を案内する。席についた修也と真宵にマスターが笑顔で挨拶をする。
「なんだか、こうしてると恋人同士ぽいですね」
「何をおっしゃいますか、僕達どこからどう見ても恋人同士ですよ」
お互いに微笑みながらゆっくりと流れる時間に二人は身を任せる事にした。
初めて店を訪れる者が居る一方で何度も店のドアをくぐる者達もいた。麻宮 光(
ga9696)もそんな常連になり始めた一人だった。
「いらっしゃいませ、おや、今日はお一人で?」
「んっ、ああ、妹に誘われたんだが‥‥先に行っててくれって」
いつもと違う状況に光自身も戸惑っている様だ。
「とりあえず、何か頼むよマスター」
「かしこまりました」
そう言うとマスターは透明な軽めのカクテルを用意して光の前に置く。
「‥‥そういえば、親友が傭兵を引退するらしいんだ」
光はポツリポツリと語りだした。共に仕事をした事は少ないが、苦楽を共にした。そいつが妻子持ちになった事、親友が引退する事に対する寂しさといろいろ話した。
(「引退か、傭兵を辞めたら俺は‥‥」)
その先の未来を光は想像出来ずにいた。今は目的があるがそれが消えたらどうなるのか、その先にあるのは‥‥。
「お悩みのようですね」
「へ?」
マスターから掛けられた言葉に光は一瞬、キョトンとしてしまう。
「あっ、ああ、やっぱり思う所あってね」
「どうです。一杯?」
マスターがワインの瓶を掲げて見せる。光がお勧めかと聞けばそうだとマスターは答える。
「貰おうかな。マスターの飲ませてくれる酒は美味いし」
その答えにマスターが軽い音を立ててコルクを抜いた。それを見ていたルナが慌てて言う。
「あっ、そのワインは!?」
マスターはその言葉が聞こえない様な流れる動作でグラスに入ったワインを光の前に置いた。
「ああ、これはどんな‥‥っ!?」
光の舌に広がったのは風味も素っ気も無い纏わりつくような雑味で、つい眉をひそめてしまった。
「‥‥これ」
こんな不味い酒を出してきたのはどういう事かと密かに聞く光にマスターはいつもと変わらない笑顔で答える。
「今の光さんの気持ちはそのワインの味の様なモノではないでしょうか?」
何が言いたいのかと思う光の頭の上に疑問符が飛び交う。
「御友人と自分を比べて将来の事に不安や恐怖を抱いているように見えましたもので」
「そんな事は‥‥」
無い。とは言えない。自分と少し違う方向へ進む親友に憧憬や嫉妬等も抱いているかも知れない。
「マスター、俺もいつかは‥‥」
親友みたいになれるのかと続けようとしてやめた。答えを聞いても意味のないことだから。
「私も酒しか取り得がありませんでしたから」
それでも、何とかやっていけているというマスターに光も釣られて苦笑いになる。
「不安になってもしかたない、か」
そう言って気持ちに区切りをつける為に残りのワインを飲んでみると。
「おっ」
空気にふれたワインは雑だった味がいつの間にか風味豊かな物へと変化していた。
「‥‥そういう事か」
今ある不安も時を経てはじめて大切な何かを形作るモノだと伝えたかったのだろう。
「はは、回りくどいな」
そう言ってワインを飲み終えた頃にベルが鳴った。ドアの方を見れば光の待っていた星月 歩(
gb9056)が来た所だった。
「あっ、いたいた」
手前のカウンター席に座っている光の所に手を背中に回したまま近付く歩だった。
「おまたせ、お兄ちゃん」
無理はしていないのにこれからの事を考えると僅かに胸の鼓動が強くなる。
「あっ、あのね‥‥」
「どうした、歩?」
いざ、決めたはずが本当に渡して良いのか迷いが出て来た。
(「‥‥だけど」)
それでも、今、持っているモノを渡したいという想いに偽りは無いと感じた。だから、歩は勇気を出してそれを光に差し出した。
「もうすぐバレンタインだから、お兄ちゃんに‥‥」
歩が包帯や絆創膏で彩られた手の上に乗せていたのはリボンがかけられた赤と白の格子模様の包みだった。
「俺に‥‥?」
緊張している歩が真剣な表情で頷き返す。そして光は恐る恐る包みを受け取った。
「喜んで貰えると‥‥嬉しい、かな」
「ありがとう」
その一言に笑顔になる歩だった。が、次の光の一言でそのまま凍りついた。
「義理でも嬉しいよ」
次の瞬間、歩だけでなく店内の空気がピシリと音を立てて固まった気がした。
「あっ、あれ?」
困惑する光をよそに『あ〜』と言いたくなるような空気が店内を満たす。
「‥‥お兄ちゃん」
歩のどこか底冷えした感じの呼び声に反射的に誰かに助けを求めようとしたが。
「マスター、僕の可愛い恋人のためにオリジナルのカクテルを作って頂けませんか?」
「オリジナルカクテルなんて作って貰えるのですか?」
せっかくなのでクランベリーを使ったカクテルを頼む修也と真宵に得意ではありませんがとマスターが返して準備に入る。
「自分も作るの手伝います〜」
とルナも二人に一緒にカクテルを出せるようにと手伝いを申し出た。一方、テーブル席では。
「こちら、追加の酒とオツマミなのである」
と美紅がアスカと章彦の所に給仕をしに行く。
「そういえば、クルメタルユーザー待望の第三弾はどうなったのかしら?」
「再設計とバランス調整に手間取っているらしいな」
その二人も酒を飲みつつKV談義に花を咲かせていた。
要は誰一人として光を助ける気はないようだった。だが、希望は潰えてはいなかった。
凝固した空気を打破るかのように勢い良く扉が開かれる。
「やあ、マスター! 今日は、どなた様とは言わせないから、な‥‥どうした?」
入って来たのは赤い羽帽子と外套といういつもの姿の水無月 湧輝(
gb4056)だった。
『‥‥‥‥』
「‥‥‥‥」
一瞬の空白を感じながら湧輝は少しだけ首を動かして店内の様子を確認すると平然としている者、視線を向けずに気にする者、そして、助けを求める様な光が視界に映る。
「ふむ‥‥」
湧輝は一つ息をもらすと店の『奥へ』と足を進めた。
「やあ、修也。今日はデートかね?」
光の事はそのままにして若い恋人達をからかう事にしたらしい。
「ええ、真宵さんが見つけてくれたんですよ」
と言う修也の横では『あの衣装、あれでしょうか、でも‥‥』とか真宵が何かを考え込んでいた。
「君達は酒は飲めないだろうが、雰囲気でも楽しんでいってくれ。そうだ、何か一曲弾いてあげよう。リクエストはあるかな?」
「それじゃあ‥‥」
「はい! ――で!」
湧輝の申し出に修也が答えるより早く真宵が某有名RPGゲームのBGMをねだる。
「何故、その曲なのかな?」
湧輝の疑問は当たり前であろう、いきなりゲームのBGMを奏でなければならないのだから。
それに真宵は何の躊躇いも無く即答した。
「その格好がそのゲームの職業みたいだからです!」
『‥‥‥‥』
その答えに言葉を失う男二人。ちなみにマスターとルナは完成した青とピンクのカクテルをいつの間にか静かに修也と真宵の前に置いていた。
「なんだか、済みません」
と謝る修也に対し湧輝は何かを吹っ切った笑顔だった。
「いいだろう! 男に二言があってはいかんな」
湧輝はそう宣言すると赤い外套をひるがえしギターを構え直す。なんとなく観客達がからパラパラと拍手が起こる。
「っと、その前に一杯貰おう」
「そこで、落としますか!?」
マイペースに酒を頼む湧輝に修也が思わずツッコミを入れてしまう。
「盛大に無駄でありますな」
メイド服姿でコスプレ度では良い勝負の美紅もジト目になり、近くのテーブルいるアスカも大激怒だった。
「そうよ、最初は駆けつけ三杯でしょう!!」
『そっちかよ!』
怒り所の違いについ湧輝も含めた全員が声を揃えてしまったのだった。
(「おい〜、誰か助けてくれよ!?」)
数メートル先の喧騒の中にいる者達に向けた光の無言の悲鳴が虚空へと吸い込まれていった。
「‥‥聞いてるお兄ちゃん?」
「ちゃんと聞いてます!!」
といつの間にか酒で顔が真っ赤になってしまった歩に説教を受けている光だった。これについては自身の無神経体質もあるので同情の余地は無いのだが。
「男の子って幾つになっても飛行機とか好きだったり、女の子には弱いんでしょうね?」
「その辺は男の‥‥純情というモノとか、その色々と複雑なのが」
その光景に首を傾げるルナの呟きに『シャトリューズ・グリーン』で喉を潤した湧輝が言い訳みたいに答える。それにオジさんズも神妙に頷いていた。
「惚れた弱みとでも言いますか」
苦笑しながら修也も同意する。その修也の彼女である真宵はというと‥‥。
「やはり、コスプレで男心を攻めるならナース服(ピンク&ミニスカ)でしょうか?」
「いやいや、日本の伝統『ミコサン』という手も‥‥」
何故か美紅のメイド服がどうのから始りいつの間にコスプレの話へと移っていた。
「‥‥耐えろ僕の理性」
修也の気持ちに同情した者達が思わず苦笑いを浮かべる。
「でも、ダメな子ほど可愛いものなのよね。シュテルンだって‥‥」
とアスカはとつとつとPBMが改造できない事‥‥だけど、高い次元で纏った性能もスタイリッシュなデザインもと酔った勢いも手伝い物凄い勢いで愛機への愛を語っていた。
「章彦さんも分るわよね!!」
「私は一般人だから」
「もちろん、シュヴァルベのコンセプトも好きだけどね♪」
「ダメな所が作れと?」
「名前が『平手打ち』な時点で問題ないかと〜」
ルナが言うように確かにそういう意味もあるが‥‥。
「バグアにお見舞いしてやるという意味なら間違ってないですね」
修也の言葉通りの場面を想像すると悲惨なはずの戦争が妙にシュールな絵になるだろう。
「ひっぱたければの話しでありますな」
「それもそうよね〜」
美紅の指摘に酔ったアスカがカラカラ笑う。
「ところで向うに助け舟出さないで良いんですか?」
さすがに見かねたのか真宵が歩達の方にチラチラと視線を送っていた。
「だが、なあ‥‥」
若い人達の営みにオジさんが口を出すのもと男達、だがそれは心配よりも面白がってる感じが強い。
「お兄ちゃんはホンメイとはギリとか気にしてないみたいだけど‥‥おんなのこにはとてもタイセツな事なのわかる?」
あと、ほんの少しで唇が触れ合う距離まで歩が顔を寄せていた。そのせいで少し赤くなった顔の艶やかさがハッキリと分る。
「だから、わたしの‥‥は‥‥ね‥‥」
「お、おい、歩?」
「‥‥すぅ」
だが、それも長く続かず酔い潰れた歩はコテンと糸が切れた人形のように光にもたれて寝息を立てていた。
「‥‥えと、寝てる?」
「ここまでですか〜」
「ふむ、もう少しだったのにな」
(「何がだよ!?」)
「残念ね。まっ、それはさておき飲みなおしますか」
「では、追加を持ってくるのであります」
「ん〜、お兄ちゃん」
「マスターさん、もう一回オリジナルカクテル頼んで良いですか?」
「次はオレンジ系でいってみましょうか?」
こうして、今日も夜は賑やかにふけていく。朝が来るその時まで。
それは心を休めるために夢を見るようだった。
了