●リプレイ本文
●今年最後の夜
「う〜、寒む!」
夜になり増した寒さに身を震わせながら相賀翡翠(
gb6789)は想い人の沢渡 深鈴(
gb8044)と一緒にナハトの扉をくぐる。
「本当に昼間はお日様が当って暖かいんですけどね」
二人は最近、同棲を開始していた。家具の方は既に手配も済んで設置も終わり、今日は年内最後の買出しに来たのだが、ついつい余計な物まで見てしまった。
「とりあえず、座ろうか未成年もいるけど大丈夫だよな?」
「ええ、構いませんよ」
まだ、客はカウンターの奥に軍用コートの男性が居るぐらいで自由に座れる。
「せっかく、素敵なお店なのにお客様がいませんね?」
「年末ですからね」
と苦笑交じりの深鈴にマスターが答える。
「とりあえず、俺はエル・ディアブロ‥‥で深鈴には温かい物をノンアルでな」
と上着を脱ぎながら翡翠が注文をしているとカウンターの奥から一人の少女が出てくる。
「‥‥お客様‥‥えと‥‥脱いだ上着を預けるのである!」
そう言ったのはフリル付きのエプロンを着た美紅・ラング(
gb9880)だった。本当は一生懸命、愛想を出そうとしたのだが、どうしてもいつものぶっきらぼうな調子になってしまうのだった。
「ええ、よろしくお願いします」
「任せるのである」
逡巡する事もなく深鈴が上着を預けるのを見て迷っていた翡翠も美紅に脱いだ上着を預けカウンター席に座る。
「そのご様子だと、夕食もまだでしょう何か作りましょうか?」
「おっ、マスターの飯が食えるはラッキーだな」
「あれ? ここってお酒を飲む場所では?」
「趣味みたいなものですよ。では、少々お待ち下さい」
その間に温かいお茶とオツマミを用意するとマスターは裏へと消えた。
「どうぞ、今日のお茶はタージ‥‥なんたらだったかな?」
お茶を出した美紅だったがメニューは覚えきっていないらしかった。
「マスター、今日もおじゃま、あれ?」
入って来たのは麻宮 光(
ga9696)だった。その後にはナハトを気にいった星月 歩(
gb9056)と光の恋人の武御門 火姫(
gb5963)が続いて入ってくる。
「いらっしゃいませなのだ。三名だな、じゃなく、ですなであります」
「あっ、ああ」
どうも、言葉遣いが上手く行かない美紅に微妙にどうするべきか迷う光だった。
「ほうほう、ここがバーか、初めて入るが良い店なのじゃ」
「あれ、マスターさんいないの?」
「料理中なので案内や注文を聞くのは美紅の仕事なのだ」
と胸を張って宣言する美紅だった。
「では景気づけに酒を一杯‥‥」
『それはダメ』
語尾は微妙に違ったが光、歩、美紅が間髪入れず止めた。
「何故なのじゃぁ、汝らだけずるいのじゃ、妾も飲むのじゃ」
「未成年はダメだからな。ほら、騒いでないで席ついて」
「むぅ、光は妾を子供扱いしすぎなのじゃ!」
わがままを言う火姫の背中を光が押してテーブル席に座る。その様子を眺める歩と美紅だった。
「しょうがないな、お兄ちゃんは」
「兄という人種はまったく」
「あなたもお兄さんが?」
「正確には姉の義兄なのです」
「どんな人なの」
「それはですな」
美紅がその姉の義兄である日野・竜彦について語る。なんでも、今をときめく『オトコのコ』らしい。それが何なのか良く分からないが歩はアイドルの様なものと理解した。
「というわけで美紅がたっ君のデート相手を買って出たのでありますよ」
「えと、それってお兄さんとデートするってこと?」
「ん? たっ君はたっ君なのでありますよ」
「え〜と」
ちょっと、微妙に会話が噛合わない事に歩も少し困り始めた。さっきまで火姫と話していた光が声を掛ける。
「お〜い、歩も立ってないで座れよ」
「あっ、は〜い。ごめん、呼ばれたから」
「っと、美紅もウェイトレスの仕事をしなければならないのであります」
そして歩と美紅も真中のテーブルに向かい歩が席に着くと注文を取る。
「ふっ、妾も立派な、れでぃ、というヤツなのじゃ。ここは一つ‥‥」
「火姫はジュースな」
「こ〜ら〜」
火姫は意見を却下する光に抗議するが聞き入れられない。その様子を見て歩も小さく笑う。
「まっ、日付変わったら甘酒ぐらいならな」
「妾を子ども扱いするでない!」
「じゃあ、お兄ちゃんにはいつものと、ジュース二つで」
「受けたまわったのである」
歩が注文をすると美紅は奥に居るマスターへ注文を伝えに行った。そして、店内にはしばらく、だだをこねる火姫とそれに笑顔で対応する光の微笑ましいやり取りが響いた。
「いらっしゃいませ」
「やあ、マスターお邪魔するよ。今日は歌はお休みだけどね」
そう挨拶して店に入って来たのは水無月 湧輝(
gb4056)だった。今日はいつもの赤い吟遊詩人という姿ではなく黒いスーツだった。
「‥‥‥初めてのお客さまですか?」
「って、俺だ! 水無月 湧輝!」
「ああ、申し訳ありません」
いつもの格好の印象が強すぎたのか誰か分らなかったらしい。そして、彼の後ろにはソリス(
gb6908)が珍しいのか店内を見回しながら立っていた。
「ここが‥‥湧輝さんのお勧めのお店なの?」
実際は物珍しいのではなく、湧輝とのデートと初めて入ったバーに色々と考えてしまっているだけだった。
(「ま、まぁ、デートは恋人として当然なんですけど‥‥服良かったのかな? こんなお店来るならもうちょっとお洒落すれば‥‥)
「‥‥ソリス」
「ひゃっ、ひゃい」
唐突に聞えた湧輝の声に思わず飛び上がりそうになったソリスだった。はっとなって、マスターの方を見ると今のを聞かれたはずだが相変わらず笑顔で見守っていた。
(「う〜‥‥変な声出しちゃったよ〜」)
「どうかしたか?」
「い、いえなんでもないです」
「なら、良いが‥‥ソリスは何にする? この店は色々と揃ってるが」
「えと、湧輝さんと同じものを」
先程の変な返事の事も合せてソリスは赤面しそうになりながらそう告げた。
「そうか、なら、いつもの黒猫を頼む」
「あい分ったのである」
注文を受けると美紅がオーダー票に注文を書き込みマスターの方へと持って行く。
「黒猫?」
「ああ、お気に入りのドイツの白ワインでラベルに黒猫が描いてあるんだ」
「へぇ、可愛いですね」
そんな風に他愛ない話に興じる二人の声が聞こえたのか。
「のう光。あの少女も酒が飲めるのに何故、妾は飲めぬのじゃ?」
「えっ? いっ、いや、それは‥‥えと‥‥」
その会話を聞いてソリスは大事な事を忘れていたのに気付き美紅に身分証を見せる。
「あっ、私、これでも成人してますからね。ほら」
「ああ、ソリスは未成年じゃないからな」
「うむ、了解なのだ」
その様子を見ていたのか別の席で会話が聞える。
「ほら、ちゃんと二十歳越えてるって」
「むぅ‥‥」
どうやら、別の席での話も決着がついたらしい。ソリスも胸をなでおろす。
「やっぱり、大人に見えないんでしょうか?」
「ははっ、そう気にすることはなさ」
「でも、やっぱり、子供じゃなくて湧輝さんと釣り合う大人に見られたいです」
「今のままでも十分素敵さ」
からかわれてると思えたがそれは贅沢な悩みではないかとソリスには思えた。
「黒猫さんのお酒ですか、どんなのでしょうね?」
黒猫がワインを抱えながら小首をかしげて鳴く姿を思い浮かべると何だか微笑ましいなと深鈴は感じた。
「本当に深鈴は猫が好きなんだな」
「はい、ネコさんは大好きですよ。あっ、このグラタン美味しい」
夕食にとマスターが用意してくれたをグラタンを口に入れると温かいホワイトソースの甘味が口の中に広がる。寒い日にはたまらない一品だった。
「美味しいです」
「マスターは料理も上手いからな」
翡翠も自分が頼んだ赤いエル・ディアブロを口にしながら言う。
「私も作ってみたいですね」
「よければ、レシピを教えましょうか?」
「本当ですか!?」
嬉しそうな声を上げる深鈴だった。やはり、好きな人には自分の作った美味しい物を食べてもらいたいという気持ちは誰にでもあるのだろう。
「おっ、今度は深鈴が作ってくれるのか」
「はい! 頑張ります!」
そんなこんなで帰りにレシピを教えてもらう約束をした深鈴だった。
「しかし、この一ヶ月半で色々と変わったな」
「本当に私もお慕いする人と出会えるなんて考えもしませんでしたよ」
本当に人の縁とは思いもしない場所にあるものだ。そして、繋がりあるいは離れ常に目まぐるしく変わる。
二人で付き合いだして、一緒の時間も増え、共に暮す事も決めた。翡翠はそんな愛おしい相手の髪を指先でなぞる様に触れる。
「前はちょっと触っただけで固まってたのにな」
そんな付き合い初めの頃の深鈴の事を思い出し少しおかしくなる。
「ぅ、意地悪をおっしゃらないで下さい」
本当は嬉しいのだが緊張して逃げ出したくなる。いつになったら慣れるのかとため息をつく深鈴だった。
「なら、俺が自信のない女の子をお姫様にする魔法をかけてあげよう」
「魔法ですか?」
「マスター、ちょっとカウンターの中借りて良いか?」
マスターの許可が出るとシェイカーに材料を入れ振る。その翡翠の姿が深鈴にはいつもより格好よく見えた。
「どんなカクテルを作ってるんですか?」
「シンデレラ、それがこのカクテルの名前さ」
「素敵な名前ですね」
翡翠はマスターからチェリーブロッサムのグラスを受け取りながら思う。
(「この魔法が‥‥」)
(「‥‥永遠に続けば良いのに」)
そして、互いのグラスを鳴らす時に深鈴も同じ事を思った。
「むう、やはり、ろまんちぃくな雰囲気になるには酒は飲む必要が」
「ないからな」
「いや、妾が光のコップを間違える事も‥‥」
「ないからな」
火姫が酒の入った光のグラスを手にする前にひょいっと光はグラスを頭上に掲げてしまう。
「あっ、こら、そんな殺生な!?」
グラスを取ろうと精一杯手を伸ばしバタバタする火姫の姿がなんとも微笑ましかった。それを見ていて歩も楽しくなるが同時になんだかモヤモヤした気持ちにもなる。
(「なんだろ、この気持ち?」)
良く分からないその気持ちを振り払うように歩は話題を変える。
「そういえば、二人は今年にあった良い事は?」
「ん? 今年にあった良い事?」
「ふむ、妾は再び光と会えたことかの」
さっきまでのじゃれ合いをやめると即答する火姫だった。
「俺は、ゆっくりできる時間ができた事かな」
本当は妹ができた事も火姫と再会できた事もあったが口にするには少し気恥ずかしかった。
「歩はどうなのじゃ?」
「私? 私は‥‥」
嫌いな戦場へ出る事になり、名前以外を知らない自分には規準とするものもない。世界は辛い事だらけな気がする。
「私の良かった事は‥‥お兄ちゃんていう家族ができた事かな♪」
「俺?」
「うん、お兄ちゃんが元気になるから」
そう言って満面の笑みを光に向ける歩だった。
「ほっほぅ」
「っ!?」
「随分と仲が宜しいようじゃのぅ」
「ひ、火姫?」
こちらも満面の笑みだった。ただし、何か恐ろしいものを感じたが。慌ててフォローする光と頬を膨らませて取り合わない火姫のやり取りが始まる。
その光景を眺めながら、歩は兄と一緒に頑張っていけたら良いなと思った。いつか、口にする事のできない願いが叶う事を信じて。
湧輝がトントンとテーブルを指で叩くのを見てソリスは何をしているのかと思った。
「どうしたんですか?」
「あっ、スマン。ここに来た時はいつもギターを弾いててな」
ピアノなら多少たしなんでいた湧輝だが、テーブル3つとカウンター席6つでいっぱいの店内にピアノを入れるスペースはなかった。
「湧輝さんは、いろいろとできるんですね」
「少しずつやる趣味みたいなものさ」
と苦笑しながらソリスに応える。
「私は不器用ですから、それに‥‥」
こんな手ですし、と続けそうになってやめる。義手となった今の腕とは幼少の頃からの付き合いだ。今さら気にする事はないのだが。
(「後は握ると冷たい事かな」)
それでも、心のどこかに残る物があるのかもしれない。そんなソリスを見かねたのか。
「おっと、そうだソリスに渡す物があったんだ」
「なんですか?」
「俺には必要ない物なんで、気が向いたら、着けてくれると嬉しいかな」
そう言って湧輝は一つのキャンディボックスをソリスに差し出した。それをきょとんとした表情でソリスは受け取る。
「これを私に?」
「ああ、迷惑じゃなければ」
そう言う湧輝は少しだけ赤くなってように見えた。それがソリスにとってたまらなく楽しかった。
「ありがとうございます。湧輝さん」
ソリスは本当に自分は幸せな悩みをしていると思った。
「ふぅ、ウェイトレスも楽ではないであるな」
仕事が一段落して美紅はマスターに入れてもらったココアをすすっていた。
今日、美紅がウェイトレスをしているのには訳があった。それは欲しい洋服があるからだった。
「‥‥やはり、この服では」
贔屓目に見ても女の子らしくないと美紅自身も思っていた。ただでさえ、ぶっきらぼうな口調に意志の強そうな目などのせいで男勝りな印象が強い。
だから、今度の竜彦とのデートに行くのに今の旧日本陸軍を模した無骨な服ではなく。女の子らしい服が欲しかった。
「男らしくか‥‥女らしくも難しいものであるな」
店に来た人達は女性らしくそれぞれの美しさを持っているように美紅には思えた。
「やっぱり、女の子らしい方が良いかな?」
いつも見る夢のせいで眠れず上手く動かない頭の中に一人の少年とその横に並ぶゴシックロリータ調の服装の自分の姿を思い浮かべた。
ドーンッ!!
「何であるか!?」
もの思いにふけっていた美紅は雷の様な音で唐突に覚醒させられる。
「おや、はじまりましたか」
「何がであるか?」
「外に出てみれば分りますよ」
マスターに勧められ美紅が外に出ると。
「わぁ」
外では空に向って花火が打上げられてた。濃紺の夜空に一瞬だけ咲いて消える華、ただの火薬の爆発がとても美しかった。
「ターまやーなのじゃ〜♪」
「こら、暴れるなよ」
「うわ、綺麗」
光に肩車をしてもらって高い場所から花火を眺める火姫とそれに寄り添う歩が美紅の後ろに居た。
「カーギヤー」
「あの、湧輝さん、それは?」
「まっ、日本で花火を見る時の決まり文句さ」
顔が赤いのは花火かソリスの手を握ってるせいなのか判然としない湧輝が言う。
「年の暮れに花火を見るのも良いものですね」
「そうだな、でも‥‥」
「でも?」
「いや、なんでもない」
何かを言いかけてやめる翡翠とその胸に体を預ける深鈴もやってきていた。
そして、軍服の客と一緒に傭兵達を見守るマスター達がいた。
「来年も良い年になって欲しいであるな」
その言葉にそこにいた誰もが同じ気持ちだった。絶望だらけの今の世界、でも、それでも新しい日々は希望に満ちていると信じて。
戦いに満ちた一年が終わり、次の戦いに満ちた一年の幕開けでもあった。
だが、この美しい光景を見ている一瞬だけは戦いの事を忘れ誰もが世界の美しさを感じていた。