タイトル:廃墟の病院で救出作業マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/12 17:37

●オープニング本文



 薄暗く照明の落ちた館内で、佐藤は、単館上映の古い映画を見ていた。
 真新しい細工があるわけでも、派手な演出があるわけでもない、静かで恬淡な趣すらある映像がスクリーンに映し出されている。
 座席数の少ないミニシアターには、他の観客の姿が殆どないので、大きなスクリーンのある自宅かしら、とでもいった気分で、くつろいでいた。森の中で、延々と独り言を喋りながら俳諧するだけの男の話を、楽しむ。売店で購入したジュースをホルダーから取り、一口、飲んだ。それをまた元の場所に戻し、手をひっこめようとした時、その手を突然掴まれ、驚いた。
 え、と横を見る。
 その時になって初めて、隣に人が座っていた事を知った。隣に座っていたのは若い男の人で、見たこともない男の人だった。
 これが何か、明らか好みじゃない中年の嫌らしさ溢れる男の人とかだったら、いやもうそんなんじゃないんですって、とか何か、今すぐ手を振り払うところだったのだけれど、それがまさしく物凄い美男子の若い青年だった為、声を出すのを躊躇した。
 咄嗟に考えたのは、これはもしかしたら、暗い照明のせいで、女装の自分をぎりぎり女子と間違えているんじゃないか、というようなことで、こんな美男子の子に「え、俺、女と女装間違えた?」とか、恥ずかしい思いをさせてあげたら可哀想なんじゃないか、とか思った。次に、彼は実はここで待ち合わせをしていて、誰かと自分を間違えているんじゃないか、と考え、それから、実は間違いでも何でもなくて本気でナンパされてるんだったらどうしよう、とか思った。
 掴まれた手が、肘掛けに戻され、撫でるように指を絡められるのを、見る。
 最終的には、最悪もう何でもいいけど、美男子の手はやっぱりきれいだからまあいいか、いいよね、と、自分を説得しておくことにした。
 スクリーンに目を向けながら、絡んでくる指の感触を楽しむ。いやあそんな参るな、僕ってそんなに美人かしら、とか喜んでたら、暫くして、ぷん、と嗅いだ事のある、香水の匂いが鼻についた。
「楽しい?」
 背後から聞き覚えのある声が聞こえ、とりあえず何か、ぞっとした。それから、がっかりした。振り返りたくないけど、振り返る。飯田が、背もたれに頬杖をつきながら、こちらを見下ろしていた。相変わらず、そうです私が有能な商業デザイナーの飯田です、もしくは、そうです私が美貌で尚且つ有能な商業デザイナーの飯田です、とか、そんな挨拶をしそうな風貌をしている。
「ねえ佐藤君、楽しい?」
「飯田君は何だろう、僕のあれかな、悪夢か何かかな」
「はい、これ、次の依頼」
 飯田は黒い機能的なバッグから、クリアファイルを取り出し、座席の間から差し出してくる。それから、佐藤の隣に座ってる男子に目を向け、「もういいよ」とか、言った。
「もういいよ?」
 瞬間、手がばっと、放される。佐藤はとりあえず唖然とした。立ち上がる美男子を見上げる。目が合ったので「え、あれ、映画、まだ終わってないけど」と、とりあえずスクリーンを指さしてみた。
「佐藤君」
「だってまだ、映画終わってないのに」
 物凄いしれーとした顔で、はい仕事終わりましたみたいに、通路を昇って行く美男子の背中を見つめる。
「佐藤君。そんなに美男子の手がいいなら、俺のがあるよ。俺の手ならいつでも握ってくれて、いいよ」
「飯田君」
「何だろう、佐藤君」
「今更だけど気付いたことがあるから、言っていいかな」
 美男子の背中はとうとう、劇場の出入り口の外へと消えた。
「凄い今更でも、気付いたことがあるなら言っていいよ」
「これは、言うところの、嫌がらせとかいうやつだったのかな」
「でも、楽しかったでしょ、ちょっと」
「楽しかったけど、今は凄い何だろう、残念な気分だよ、飯田君」
 とか俯く佐藤のことを、何喋ってんですか、くらいの顔で眺めていた飯田は、「じゃあ、依頼の話するけど、いいかな」と、早速もう話を変えた。
「涙で書面が見えないけど、いいよ」
「書面は後で見てくれたらいいよ、どうせ、暗いし」
「飯田君って、冷たいよね」
「そんなことないよ」
 背後から伸びてきた飯田の手が、ふわりと、佐藤の首元を抱きしめる。「こうやって抱きしめたりもしてあげられるし」
「何でもいいけどこのまま気絶させたりしないよね」
「気絶させても面倒臭いだけだから、やらない」
「あ、そ」
「それより、俺の凄い霊能力の成果を、見てよ」
「出た」
「何が出た」
「霊能力なんて嘘なんだからさ、もうやめれば。何でそういう霊能力とか何とか胡散臭い言葉を平気で言えるのか、全然わかんないもの」
「俺が信用できないなら、別に、探しに行かなくてもいいんだよ」
「それはそうしたいけど」
 と、負け惜しみを言ってから、「でも、出来ない」と、本音を述べる。
「どうして?」
「腹立たしいことに、君が民間人を見つけているのは、事実だからだよ。これまでに君の指示が間違っていたことは、ない」
 飯田が、含み笑いをこぼす。耳元に、息が吹きかかる。「佐藤君は正直でいいね。そう言うところ、好きだよ」
「だから、君は霊能力ではない何らかの方法で民間人を見つけている。僕はそう、思ってる」
「それでね、今回俺が見つけた民間人は、二人。現在行方不明となってる二人だよ。彼らは廃墟の病院の地下に居る。地下には、地図にもある通り、霊安室とか、病理解剖室とか、病理研究室とか、倉庫とか、あったよ」
「廃墟だから、また、エレベーターは動かないよね。階段を使って降りて、民間人を探す、ってことか。面倒臭い話だね」
「国家は民間人を助ける義務があるよ、それが国家の為になるからさ」
「キメラは? 居るの?」
「いるね。腐った人に寄生した、アンデッド型のキメラだ。追いかけられたりするらしいよ」
「こんな危ないところに、何なのこの人達は」
「佐藤君の仕事がなくならなくて、いいじゃないか」
「君が女装趣味をULTにばらしたら、その途端、仕事を首になるかもしれないけど」
「大丈夫、まだ、告げ口したりしない」
「まだって」
「だって」
 かつらは被らない主義の佐藤の髪に、飯田は頬をすりよせる。「こうして佐藤君と依頼の話、出来なくなるもの」






●参加者一覧

聖・綾乃(ga7770
16歳・♀・EL
櫻庭 亮(gb6863
18歳・♂・FT
レイード・ブラウニング(gb8965
21歳・♂・DG
守部 結衣(gb9490
14歳・♀・SF
毒島 風海(gc4644
13歳・♀・ER
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN
熾火(gc4748
24歳・♀・DF
リズレット・B・九道(gc4816
16歳・♀・JG

●リプレイ本文



 T字路で、A班の四人と別れ、左側に進んだ、聖・綾乃(ga7770)、毒島 風海(gc4644)、緋本 かざね(gc4670)、リズレット・ベイヤール(gc4816)の四人は、それぞれのランタンから漏れる頼りない灯りの中、湿気と黴の匂いに包まれた廊下を歩いていた。
「しかし、こんな場所に民間人が二人。全く以て不可解ですね」
 暗視ゴーグルを装着した、ガスマスク姿の風海が言う。
 薄暗い廃墟病院の中で見ると、その姿は、あれ、不審者? あ、違う、風海ちゃんだわ、みたいな、かざねは意外と、忙しい。
「本当ですよね」
 院内の地図を、北はどっちだ、南はどっち? くらいの勢いで、右へ左へ、上へ下へと傾けていた綾乃が間延びした返事を返す。相槌は打ったけれど、彼女は多分、話を聞いてない、っていうかもう地図に夢中で、場所を把握するための地図なのか、地図を見たいが為の地図なのか、みたいな、本末転倒してそうな気配もあった。
「何かしらの事件に巻き込まれたとみるのが妥当なのではないでしょうか。似たようなケースが報告されていますが、何かしら関連があるのかもしれません」
「似たような、ケース、ですか」
 風海が言うと、リズレットが、肺活量の乏しそうな、儚い声で、呟く。
「それにしても雰囲気ありますね。私、こういうの嫌いではないです」
 病院の設備に興味深々の様子で、辺りを見回す。風海の言葉にリズレットが、「リゼも意外と、好きかも知れない」と呟いた。
 とか何か喋ってる横で、かざねが何かごそごそやってんな、とか思って見てみたら、風海が付けているのに良く似たガスマスクを装着していた彼女と、目が、合った。
「ま」
「え」
「マスク・ド・かざね参上!」
 とか何か、勢い良く、言う。むしろ、勢いさえあれば何とかなるんじゃないか、勢いだけで全部無かったことに出来るのではないか、みたいに思っている気配があった。ちょっと、満足げでも、ある。
 全員が、え、みたいに、かざねを見た。地図にがっつり気を取られていた綾乃ですら、見た。全員の足が、止まる。
「か、かざねさん。ど、どうし」
 何故か物凄い赤面したリズレットが、悲鳴に似た声を漏らす。綾乃に居たってはもう、許容量を超えてしまったのか、あらーみたいにぼんやり見ている。
「か」
 戸惑いにも似た沈黙の中に、風海の声が響いた。「かざねちゃん、危ない!」
 風海は、どん、とかざねの背中を押した。うぐ、と彼女が壁に激突する。
「危なかったですね。もう少しで、マスク・ド・かざねに、やられるところでした」
「だ、だって何か、怖いから、盛り上げようかと、思って」
 また余計なことを、とか何かぶつぶつ言いながら風海が歩き出し、皆も何となく、じゃあいいんですよね、みたいに、後に続く。暫く、誰も何も喋らなかった。院内は静まり返り、足音だけが、ひそひそ、と響く。
 そこに突然、がゃいいん、と、ありえないくらいの大音量の音が響いた。
 きゃ、とリズレットが隣を歩いていた綾乃にしがみつき、綾乃は、ばさ、と地図を落とした。かざねに至っては、ガスマスクを外す最中だったのか、物凄い中途半端な状態で慌てて辺りを見回している。
 風海は、自分の足先が、金で出来たベコベコにへこんだバケツを蹴った事に気づいていたけれど、え、何でこんなところにバケツ? っていうか、何で蹴ったの、自分、みたいな暫く、何かちょっと、放心した。それから、無言でそろーっと皆を振り返る。バケツを蹴ったことはとっくにばれていて、何か凄い、じーっとみられたので、「あのー、あれです」とか何か、言った。「通路、クリアです」
「誤魔化せてないですよ、風海ちゃん」
「何ですか、かざねちゃん」
「いや今、誤魔化そうとしましたよね」
「何ですか、通路クリアですつってんですよ」
「聞こえてますよ」



「それにしても民間人は何処に居るんだろう」
 櫻庭 亮(gb6863)はがらんとした霊安室として使用されていたらしい部屋を眺める。
 同じように銀色の瞳で部屋を見渡した覚醒状態の守部 結衣(gb9490)は、抑揚のない声で「チェック」と呟いた。
 亮はその、どちらかと言えば小柄な背中を見つめる。パニエでふわり、と膨らんだ、水色のワンピースが愛らしく、まるで、不思議の国に迷い込んだアリスのようだった。他の女性がやっていたら、何かえーあーそうなんですかー、くらいの感じで微妙な顔とかしてしまいそうな予感があったけれど、結衣ならば、似合ってるからいいですよね、むしろ可愛いから積極的にいいですよね、とかもう、評価が甘い。
「確認完了」
 日頃は、頼りなげで、幼い感じのする彼女も、覚醒状態に入れば、凛とした冷たさのようなものを纏う。「問題、ありません」
「キメラも見当たらない」
 熾火(gc4748)が、合コンの席とかで、もー何かつまんないんで帰っていいですかー、とか、言わないけど言ってる以上に強烈な雰囲気で、一人でがんがん相手の男達を怖がらせてる人みたいな顔して、言った。「大暴れするつもりだったのに」イケメンだって聞いてたから、来たのに、みたいに、ボソ、と呟く。
「まさか、ULTの指示が間違っていた、なんてことはないよな」
 レイード・ブラウニング(gb8965)がAU−KV「バハムート」のフェイスを開き、答えた。
 そこでぴぴ、と亮の無線機に信号が入った。
「こちら、毒島」
 雑音の混じった、線の細い女性の声が、言う。「B班探索ポイントにて、民間人二人を発見」
 耳を澄ませていた一同は、ハッとし、それから、ホッと肩の力を落とした。
「なんだ、民間人か」
 相変わらず冷たい声で、熾火が、呟く。
「了解」
 亮は無線機に向かい返事を返した。「ちなみに彼らはどのような状態ですか」
「意識が朦朧としています。薬物投与の疑いあり」
「了解。こちらもすぐに向かいます」
 無線機を懐に仕舞った亮は視線を感じて、隣を、見る。物言いたげな結衣の視線が自分を見ていた。
「亮さん」
 亮は、前方に目を向ける。今まさに、扉を開こうとしている熾火の背中を見る。嫌な予感がした。
「実は、日本には、こういう言葉があるんだ。行きは良い良い」
「帰りは怖い」
 結衣の続けた言葉の、「い」の辺りと被るくらいで、熾火が扉を開く。あ、と皆が一瞬、呆気にとられ、それから、ぎゅっと表情を引き締めた。
 そこに、腐敗した「人だった物」の姿が、あった。キメラだ。しかも、ぞろぞろと、居る。
 眼前に、腐敗した人の顔が差し迫っていても、熾火は顔色一つ変えない。
「私達が袋の鼠になるのを待っていたというわけか。腐った脳みそで健気だな」
「だが所詮、お前達では俺達には勝てない。無駄な努力だ」
 とか何か、レイードがまだ喋っているにも関わらず、大包丁「黒鷹」を構え、切るというよりはもう頭上から叩きつける感じで、振りおろした。ぐちゃあ、と頭が割れ、顔面が割れ、呆気なく、キメラは潰れる。びちゃ、と頬に、髪に、腐敗した肉が、飛び散った。腕に、背中に、ぞくぞくとした快感にも似た感触が、伝わる。
 抑揚のない瞳で敵を見つめながらも、唇が、微かに、釣りあがる。意外とこれは、たまらない。「かちわり、なう」
「まて、まだ俺が喋ってる」
「悪い、つい」
 二人は顔を見合わせる。瞬時に、覚醒状態に入った。
「遊びはほどほどに、行くぞレイード」
「お前が真っ先に遊んだんだがな」
 とかはもう全然聞いてない熾火はすぐさま、動いた。黒鷹をまた、振りかぶる。
「敵影確認A班、エンゲージ」
 背後から結衣の毅然とした声が飛んだ。「練成弱体」キメラに向かい特殊能力を発動し、味方に向け「練成強化」を発動すると、強化された武器が淡く、光を放った。
 装輪走行で脇を通り抜けたレイードは敵を誘導するように、攻撃をかいくぐり、前に躍り出た。ずいいいいん、と凄まじい勢いで廊下を走りぬけて行く。
「まずは切り崩す。後に続け!」
 後を猛烈な勢いでずさささささ、とキメラが、追いかけてきた。頃合いを見計らい、急ブレーキをかける。どおんと胴体部にぶつかったキメラが、その場に倒れ込む。すぐさま背後から迫っていた熾火の黒鷹が頭部を潰す。
 追従していたキメラを、腕を振り回し、撃退する。大きく口を開いたキメラの顎を打ち上げ、顔面にストレートを叩きこんだ。めり、と鼻が引っ込む。ぐしゃり、と腐敗した果実のように、潰れた。
「2かち割りなう。勢いで言ったはいいが、何のネタだ、これは」
 亮に護衛されるような形で、結衣も、薬瓶を拾い上げ、ゾンビの頭めがけ、投げつけた。赤い光がそれを弾く。
「3かちわりなう、であります。ノリは大事ですよね?」
 亮を見て、柔らかく、ほほ笑む。一瞬、ふわり、とほほ笑みかけた亮は、ハッと鋭い目を横へ向けた。すぐさま、覚醒状態に入る。瞬間、足元から紅蓮の炎のような幻が噴上げ、髪と瞳の色が鮮やかなルビーレッドに変化する。
「結衣、危ない!」
 炎剣「ゼフォン」を構え、向かってきたキメラを叩き斬った。びちゃ、と生臭い血肉が、辺りに飛び散る。「4かち割り、なう」縦に構え直し、振りおろす。
「何処から沸いてくるんだ、こいつら」
 まるで、正常に稼働している生命を憎悪しながらも、執着せずにはいられないかのように、腐敗した人の体だったものは、ぞろぞろと湧き出て、襲いかかってくる。きゃ、と短い悲鳴が背後で漏れた。飛び散ったキメラの唾液を受けてしまったらしい結衣が、顔についた粘々とした粘液を拭い去ろうと慌てていた。
 一瞬、え、と頭が真っ白になり、次の瞬間、ぶち、と来た。俺の可愛い結衣を汚す奴は許さなーい! とか、それはもう物凄い、物凄い思った。でも実際汚れてるし、くそ何だあの粘々したやつ! とか何かいろいろ一気に、カチンどころか、ドカンだった。貴様らー! とか絶叫しながら、亮はキメラに突進していく。
「消し炭になりたい奴から掛かって来い!」
 唾液だろうが、血肉だろうが、腐敗臭だろうが何でも振って来い、おめーら全部叩き斬ってやるー、とか、日頃はどちらかと言えばお上品な女顔の美形に見られがちな亮に、今、その影はない。
 そんな背後の一幕を横目に見ていた熾火もまた、カチンっていうかぷちん、ときていた。
「誰に、何をした貴様」
 ん、貴様か、貴様がやったのか、ん、答えてみろ、とか何か、ぶつぶつ呟きながら、容赦なく、キメラの頭を潰しまくる。
「結衣、怪我は、ないのか」
「熾火さん、はい、怪我は、ないですんですけど」
 あーあ、みたいに、暴走する亮を眺めるレイードはキメラの頭を叩き割りながらも、「若い奴の特権だな。少し羨ましいよ」とか呟く。
「レイードも十分若いがな。ああなった亮を止められるのは、結衣だけだ」
 辺り一面のキメラを成敗し、ぜえぜえ、と肩で息を吐く亮の肩に、ふわり、と結衣の手が回っていた。
「私は大丈夫でありますから、亮さん、大丈夫、大丈夫」
 まるで母親が息子をあやすかのように、よしよし、と大丈夫だよ、と背中や頭を、撫でた。



 民間人を抱え、部屋から出てみたら、何だか辺りが凄いことになっていた。
 え、何か、あそこで凄い暴れてる人がっていうか、凄い無表情にキメラを潰し続けてる人がっていうか、AU−KVが凄まじい勢いで走りまわってるんですが、どうしたら、とかざねは唖然とした。
「うわあ」と隣から素っ頓狂な声が漏れる。見ると、綾乃が目に涙を浮かべ「気持ち悪いよおお」と叫んでいた。
 私も、泣きたいんです、一緒に泣きましょうとか思って、同士を見つけた気持ちでよし泣いてやるとか思ってたら、彼女の表情が突然、激変した。覚醒状態に入ったらしい。すとん、と顔から抑揚がなくなかったかと思うと、「死して尚、安息を奪われたか」それはもう冷たい声で、呟く。
 あ、これって置いてけぼりってやつですか、この裏切られた感って、何なんですか、とか思ってたら、
「俺達が道を開く、急げ」
 スパークを放つAU−KVがぶわん、と獣の鳴き声のような唸り声を上げ、キメラを吹き飛ばした。
「頼んだぞ! キメラは俺達で食い止めておく」
「民間人にこれを与えてやってくれ。飲むのが無理なら、ぶっかけても、いい」
 熾火が、薄っすらとほほ笑みながら、ミネラルウォーターを投げてくる。
 風海がそれをぱ、と受け取った。
「それでは、これも」
 結衣がまた、何かを投げてくる。それをリズレットは辛うじて、受け取る。「ビーフカレー」とか、デカデカと書かれていた。
「私はまだ、こちらを離れられません。彼を、助けなければならないので」
「あの、び、ビーフシチュー」
 リズレットは呟いて、辺りを見回す。
「栄養は大事なのであります、どうされましたか?」
 いやどうされましたかって、え、とか思って腐った血肉が飛び散り、腐敗臭が漂う辺りを、見回す。「この状況でび、ビーフってあ、ありなんです、か」
「細かい事はこの際良いでしょう」
 風海がびっくりするくらい冷静に、言った。そ、そうですね、と答えたリズレットは、覚醒状態に入る。銀髪に、紅いメッシュのようなラインが入った。
「探査の眼、使用します。罠などは、ないようです。さあ、安全な場所へ、急ぎましょう」
 走りだした四人を、しんがりを務める四人から逃れて来たキメラが追ってくる。
「その骸。戒めより解放する。安心して眠れ」
 静かな炎のように薄く紅い美しい刀身の直刀「朱鳳」を一振りした。衝撃波がキメラに向かい、飛んで行く。ぐちゃあ、と潰れたキメラを、踏みつけるようにして、まだまだキメラは追ってくる。だ、と走りだした綾乃は、追ってくる来るキメラを引きつけると、壁を背にしゃがみ込み、朱鳳を横に振る。両足を切断した。
「ヤレヤレ。相変わらず、バグアは悪趣味ですね。どこまで死を穢せば気が済むのか。食べられないキメラなど、不愉快極まる!」
 超機械「ビスクドール」を構えると、風海は電波増幅を発動した。強大な電磁波が起こり、キメラを破裂させる。
「師曰く。ゾンビは頭部を狙うべし、です」
「ぎゃああ」
 と背後でかざねの悲鳴が上がった。見れば飛び散った血肉が彼女の体を汚している。
「あ、かざねちゃん、めんご」
「め、めんごじゃないですよー! うーこのキメラ、汚くて気持ち悪いよー! 最低ーっ!」
 彼女は疾風を使用し、涙目で辺りを走り回った。よっぽど混乱しているに、見えた。抜刀・瞬、と叫んだかと思うと、機械剣「フェアリーテール」を瑠璃色の銃身をした拳銃「瑠璃瓶」に持ち替え、「このやろー」と狙いを定めた。
「え、か、かざねちゃん、わ、私ではなく、キメラを」
「さて、これでおしまいです! 私に出会ったのが運の尽きです! いっけええ!」
「わー!」
 かざねの放った弾は、風海、を通り越し、その背後に近付いていたキメラにブチ当たる。「ふう、良かった。危なかったですよー、風海ちゃん」
「貴方が危ないです、かざねちゃん」