●リプレイ本文
「そろそろ金持ちの息子とやらの道楽も佳境に入ってきたね」
蒼がかった銀色のAU−KVアスタロトを装着した壱条 鳳華(
gc6521)の言葉に、隣を歩く幡多野 克(
ga0444)が「うん‥」とか、どちらかと言えば控えめに、頷いた。石段を登る振動に、黒色の髪を微かに揺らしながら、微かに鳳華を見やり、また目を逸らす。
「確かにもうすぐ‥グラスが揃いそう‥だよね‥。何が起こるのか‥何も起こらないのか‥。なんとなくだけど‥期待しちゃうな‥」
それから、キメラを警戒するように辺りを見回し、丁度自分の斜め後ろくらいに立っていたそれに、気付いた。
「成る程‥そう言う主旨の依頼か‥成る程成る程‥」
今日もすっかりガスマスク姿の紅月・焔(
gb1386)が、仄暗い目元のガラス部分を光らせながら、ぶつぶつと何か呟いている。
とかもう、ちょっと関わりたくない感じだったので、とりあえず、気付いた瞬間に目を逸らした。
けれどガスマスクは、人様から視線を背けられようが、罵られようが、今日もすっかり我が道を行く。「しかし。民家といい、刑務所といい。何故このような所に隠されておるんじゃろうのう」とか何か、のんびりとした口調で言ったティム=シルフィリア(
gc6971)の横顔を、マイルドかつフリーダムに凝視する。確かにガスマスクで表情こそ見えないけれど、その距離だと明らかにもう、彼女を見ているしかなく、その距離で彼女を見ているとしたらそれはもう、マイルドかつフリーダムに変態でしかないが、気にしない。
けれど、そこでわりと衝撃的な事が起きた。
「のう」とか何か言ったティムが、横を歩く焔を結構普通に見つめ返し、同意を求めたりし出したのだ。
うら若き女子が、というかそれを通り越してもう幼子といっていいくらいの彼女の無垢な瞳がガスマスクを見つめ返しているとか、それはもう、あってはならない放送事故とかに近い現象だった。
「なるほど。さすが不思議女子ですね。あってはならないタブーを軽々と飛び越えてきます」
自分もすっかりガスマスク姿の毒島 風海(
gc4644)が、ガスマスクですっかり無表情に、つまり、本気で驚いているのかいないのかは、全く、判然としない声で、言う。「紅月さんの変態視線ビームが効かないなんて。末恐ろしい子です」
「こ、こんな女子にガン見されるなんて‥ぶ、毒島嬢。俺は心が折れてしまいそうです」
「紅月さん‥」とか何か風海がその肩をそっと叩こう、と思ったその瞬間、「ってえー!」と、自分の横に追いついてきた御巫 雫(
ga8942)の姿に気づき、声を上げた。
「雫さん、何持ってんですか」
「何がだ」
「いやその、えええー。いやいや明らかにおかしいですよね。思いっきり門松じゃないすか」
「ああ、これか」
雫はその、何処からどう見ても門松な、使い勝手の悪いただの小銃を、思いっきり平然とした顔で見つめた。「今朝、ちょっと寝坊してしまってな。出先で慌ててしまって、愛銃と間違えてしまった」
「さすが、びっくりどじっこ装備の名手ですね。全然成立しないところを、強引にねじ込んで成立させてきます」
「毒島嬢。俺は、こんなハードなボケを平然と繰り出されて、変質者である前に、心が折れてしまいそうです」
「馬鹿な! 変質者ではない紅月さんは、紅月さんではない! とか、私の怒濤のツッコミが有頂天!」
「でも慌てて来た割には何だな、ちゃんとした格好をしているな」
わざわざ背後を振り返った鳳華が、雫の格好をじろじろと見て、言った。「うん‥俺も思っ」とか同意しかけた克が、ハッとしたように口を噤む。
「そんな小さな所にこだわってくる鳳華さんや幡多野さんは、嫌いじゃないですよ。そして、こんな世界を狙えるレベルの突っ込みを披露した私のことを、さらっと無視してくれた所もね」
「毒島嬢‥」
「まあ大和撫子たるもの、身嗜みには常に気を配らねばならんしな。うむ」
「とにもかくにも、階段登る最中にキメラの奇襲に合わぬ様に気をつけて‥むしろグラス探しにキメラはつき物なので予想はついておるがの」
とか何かもう、誰が誰に何を言っているのかすら分からないような、明らかに混沌とし出した前方を、それまで黙々と石段を登りながら見つめていたらしい香月透子(
gc7078)が、そこでやっと「ねえ、もう良いかしら」と、窘めた。「その一連の、何、コント? みたいなの。終わった?」
克はそこで、自分も含めてひとくくりにされていることに、衝撃を受ける。あんまり衝撃的過ぎて、思わずちょっと、覚醒しかけた。「いや、俺は‥関係‥ないから」
とかいうそれをかき消す勢いで、焔が、答える。「あ、はいだいたい終わりました、ぐへへへ」
しかもそれを全く見てない透子は、むしろ、若干、苛立ったように、隣の鈴木庚一(
gc7077)を見る。
「庚一も何か言ったらどうなの」
あー? とか何か、ゆらーと隣を見やった庚一は、「あー、透子も居たんだ‥別にいいけど。いや、良くないか。まあ、どっちでもいいか‥」とか何かそれだけ言って顔を背け、「何でもいいけど、階段、長ぇね」とか何か言って欠伸をした。
こ、の、や、ろー、と言わんばかりの目で、その、元婚約者の油断し切った横っ面を女性特有の攻撃的な視線で見つめた透子は、けれど怒るのが負けだ、とばかりにフンと、そっぽを向く。「庚一の弟クンに聞いて来ただけよ。こっちだって貴方まで参加してるとは、誤算だったわ」
そして長い髪をさら、とかきあげ、歩いて行こうとしたまさにその瞬間。勇み過ぎたせいか、思いっきり階段を踏み外し、がく、と体制を崩す。
「おっと。はいはい、危ないねー‥」
もー何か別にどうでも良かったですけど、何か近くにあったんで助けますわ、くらいの緩さでさらっと庚一が手を差し出す。しかもその腕がまた、意外と細マッチョで逞しく、意外と骨っぽく男らしい手で。
ああーッ! もうっ!
透子は内心で唇を噛み締め、けれどそれをおくびにも出さず、小さく息を吐き出すと、つんと、顔を上げた。
「‥‥ありがと。って言っておくわ、これに関しては」
「さて。そんな大人なドラマが繰り広げられていますが、今回の漠然とキメラは寄生型です。そしてなんでまた、常緑樹を選んでしまったのか。もっと強そうなものに寄生しろよって話ですよね、どうですか、紅月さん」
「いやさ‥俺思うんだけどさ‥ランドリーよりランジェリー。グラスよりグラマラスの方が好きなんだよね‥個人的に」
「しかし、それにしても足場が悪いな。ここで襲われたら、不利だ。いいか貴様ら、足元に気をつけろよ、絶対足元に気をつけろよ!」
「なんて、一番危うい雫さんが言ったところで、吉田だー! 野性の吉田が飛び出してきたー!」
覚醒状態で、どうやら先見の目を発動していたらしい風海が、声を上げる。頭上を指さした。
「え?」
しかし克は吉田が一体何なのか、まるで分からない。
「漠然キメラは吉田で固定ってことになってるんです。中村では駄目ですよ。吉田です」
もう何を喋ってるか全然分からないけれど、エミタに流れ込んで来た情報で、漠然と何かキメラの事を言っているらしいぞ、と気付く。愛刀「月詠」に手を伸ばし、鞘に手をかけた格好で、他にも、風がないのに不自然に動いてる枝などがないか、暫し、見定めた。そうしながら、ふと思いついて、言った。
「ねえ‥ふと、思ったんだけど‥。このまま‥だーとか階段登って行って‥キメラと戦わないって‥有りかな‥?」
そしたら全員が、何かハッとしたように、克を見た。基本男子なんか見ない主義の焔ですら、皆が見ているので、何か、見た。
「え?」
七人の瞳っていうか、その内、二人はガスマスクの瞳に見つめられるとか、得体が知れなさ過ぎてもうすっかり追いつめられた。
「‥なんて‥こんな装備して‥戦闘しない訳ないよね‥あの。ん。がんばる‥から」
呟いた瞬間、覚醒状態に入る。むしろ、追いつめられて覚醒したかもしれないぎりぎりのラインで、覚醒状態に入る。
何かから逃れるかのように、銀色に変化した髪を揺らしながらキメラへと接近し、豪破斬撃を発動したかと思うと、一瞬、淡い赤色に輝いた月詠を振りかぶった。枝を、ざば、と切り落とす。一旦退避する間にも、キメラが寄生しているらしい部分を見定め、次の攻撃の態勢を整える。
「それにしても樹木のキメラとは珍しい感じだよね。まぁ、物語なんかでは動いたり喋ったりする木も結構見かける気がするけど、そんなファンシーな感じでもないし、なんだろうね」
反対側の通路に生えた木に向き直った鳳華は、天剣「セレスタイン」を構え、竜の角を発動する。腕と頭部にスパークが走った。
「今日の私の援護は、キメラに嫌がらせ程度に練成弱体コースです」
エネルギーガンを構えた風海が、宣言通り今しもその枝の葉を揺らし飛ばして来ようとするキメラへ向け、練成弱体を発動した。その間にもキメラは鳳華へ向け、葉っぱを飛ばしてくる。「っと、結構鋭いな」
竜の鱗を発動した彼女は、五角盾スキュータムでその攻撃を受け流すと、すぐさまセレスタインを振りかぶった。
「今度は同じ植物でも薔薇とか私の好きな感じの物でよろしく頼むよ。Une rose supreme!」
至高の薔薇だとか何か彼女が叫びキメラを斬り付ける頃、瞬天速を発動したティムは、一対の折畳み刃付トンファー旋刃棍「蛟」を構え、必殺技の「風刃乱舞」による攻撃を繰りだしていた。展開された刃から、カマイタチを射出させまくり、ざくざくと枝を斬り落として行く。
「これは‥イケる!」
「そうだ、イクんだ! 任せろ‥援護はする。おはようからお休みまでしっかりとな!」
とか何か、鋭い眼光で剣を構え、やる気は漲っている。行動は伴っていない。眼光の先には女性陣。とかいう焔の言葉は全然聞いてないティムが、寄生したキメラの肉へと、刃を突き刺し、持ち手のトリガー引いて追加兵装『裂振破砕』を展開する。
「うん、誰も聞いてないな!」
「よし、吉田は私が始末してやる。何、心配は要らん。火力不足を補う為、この貫通弾を使用してだな」
その後方では、また別のキメラを相手に、明らかに使い勝手の悪そうな門松ブラスターの装弾を鮮やかな手つきで交換した雫が、すぐさまそのまま、弾丸を放った。キメラを撃ち抜き、反撃に備え一歩、退避する。
と。
「ひはああああ」
何故かそこだけピンポイントで欠け落ちていた階段を踏み外し、そのまま漫画みたいに転がり落ちて行った。
更にその後方で、鋭覚狙撃を発動し、弓でちまちまと、むしろ効率良い動き方しかしないから、俺、面倒臭いから、俺、みたいに攻撃を繰りだしていた庚一の前を通り過ぎ、庚一は庚一で、面倒臭そうな冷めた表情はわりと変わらないけれど、足踏み外す奴なんてまあ、居ないだろうが‥え、居るのか? みたいに、えとか思わず二度見しちゃいました、みたいになって、光り輝く美しい刀身のクラウ・ソラスを両手に、ソニックブームを発動し、葉の攻撃を相殺している透子もまた、前を転がっていったそれが、仲間であることに気づき、えってなって、「ちょ、庚一!」とか声を上げたものの、「いやまあ、こける程度なら手は貸せるけどさ、落ちていったら‥まあ、見物しかないよな」とかさっくり言われ、ああもう! みたいに、とりあえず両断剣を発動し、キメラを根元からバッサリと行く。
「まどろっこしいのは好きじゃないの」
とか言っている間にも、雫はやがて、飛び出し注意の子供の形した看板に直撃して停止した。
「いやあ、御苦労さまでした」
雫を労うように、風海が言う。「今日はもうこれで良いんじゃないんですかね。帰りましょうよ」
「確かに階段とさっきの木で大分疲れてきたけど、これからが本題なんだ。今回は紫だったな」
「えーと、何を探すんでしたっけ。紫の‥‥鏡?」
「うん、グラスだけどね」
そこで本堂を何かごそごそしてた雫が、「私は孤児でな。雨の日に、寺で外国人のジジイに拾われた。だから『御巫』で、『雫』なんだ。私の名前」とか何か徐に昔話を始めたかと思うと、「あー。紫といえば、お寿司屋さんで醤油をむらさきって言いますよね」とか何か風海が、答えてないけど、答え、「うむ。日本好きなジジイで、よくアキバというところに出向いていた。もしかしたら本当は、なんかの漫画から取ったのかもしれんが‥どうせなら、浪漫を信じたいからな」とか何か雫が、やっぱり答えてないけど、答え、「いえ、あがりは最後のお茶だという人もいますが、元々の由来は遊郭で、茶化すとか、お茶を挽く、つまり、暇を持て余すという意味に繋がることから、茶という言葉を嫌い、お上がりなすってと出す習慣が」とか何か、混沌としてきた所へ、やっぱりティムが、「もう普通に寺院の用具に使われてるんじゃないかの」とか何か、本堂をごそごそしながら言い、「ところで、探しているのは紫キャベツでしたっけ?」 と風海がふれば、「透子の爪も紫だったか?」とかゆらーと庚一が透子を見て、「寺院ってことは鐘楼なんかもある?」とか、最終的に透子が良いこと言った。
「鐘楼!」
「あーでもなんか、本堂以外は民家とか変んねぇなら、棚の中とかにあるんじゃ」
「面倒臭いだけでしょ、庚一は。真面目に探してないんでしょ、どうせ」
「いや、探しているとも。真面目に」
「じゃあ、ちょっとだけ付いて来てくれない?」
「お前さ、そんなこと言って、本当は怖いんじゃないの」
別にどっちでもいいけど、と言わんばかりの覇気のなさで、庚一が言う。
「そ、そんなことは」
「って何でもいいんですけど、紅月さんは何処に行ったんでしょうね」
「あと、幡多野さんも居ないよ」
とか何か言ってたら、まさしく噂の克がひょこ、と紫のグラスを片手に現れた。
「え」
「何してるんすか」
「いや何か‥一人で探してたら‥見つけちゃった」
「ええええ」
とか皆にがっつかれ、克はちょっと、え、どうしよう、みたいな表情を浮かべる。「でも‥見つけちゃったから‥ごめん‥ええと」
そして、何なら今からもう一回隠して来ましょうか、くらいの戸惑いを見せる。
「いやだってそんなんもう完全に雫嬢、階段落ちに来ただけじゃないすか!」
「いや、紅月さん。何処行ってたんですか」
「いえ持ち帰りの鞄をですね」
「ああ、そうでしたね。鞄は紅月さんの担当でした。はい、下さい」
「いやあ‥鞄ってさ‥何でもない時に限って傍にあって必要だと思った時に無いんだよね。ほら多分夫婦とか‥通じる物があると僕ぁ思うんだ」
と、取り敢えずドヤ顔。したところで、ガスマスクで、もう見えない。
「忘れた、とは言わせないですよ」
「言わせて下さい、それは、毒島嬢」
すいませんでした、と焔が頭を下げる。
「じゃあ‥仕事も終わったし」
克が、さりげなくグラスを触りながら、締めくくった。
「そろそろ‥帰ろうか‥」