タイトル:【AP】大森VS岡本?マスター:みろる

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 21 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/12 17:04

●オープニング本文






 尻の辺りに、嫌な感触があった。
 それはちょっと生温かくて、遠慮のない、人の手の感触だった。
 え、これはまさか、であるとか、いやいやまさか、であるとか、何か、とりあえず浮かない顔で吊革につかまり続けることしか出来ない岡本の内心は、物凄く忙しい。
 それで何か、体を捻ってみたり、ずらしてみたりして逃げにかかるのだけれど、臀部を撫でてくる手は全然離れていかない。ただ、ありがちシュチュエーションの満員電車の中とはいえ、男子がここで声を上げるわけにもいかず、人がどっと減るはずの次の駅で降りてくれる事を祈り待とう、と諦める事にした。
 と、思った矢先、いでで、と背後で声が上がり、え、とまず岡本は戸惑った。それで出遅れている内に、臀部を撫でまわしていた手は離れていき、あれこれは助かったんですか、とまた遅れて、認識する。
 いやあ何か良くわかんないけど良かったなあ、とか何か、ちょっとホッとしたのもつかの間、その直後に「やめれば、そういうの」とか何か、物凄く聞き覚えのある声が聞こえ、相当、驚いた。というか、困った。むしろ、背中が粟立った。
 毎回思うのだけれど、今はその声、わりと聞きたくないんですよ、みたいなタイミングで彼は現れてくるこれは、何かの呪いとかですか、と思った。でも良く考えたら、彼の声を今聞きたいです、って瞬間がないので、いつでもわりと聞きたくないのは仕方ないんだな、とか納得したとか、この状況とは全然関係なかった。
 とにかく見たくないけど、でも、やっぱり見ておくべきですよ、くらいの強迫概念に近い気分で、辛うじて顔だけでそちらの方を見やるとそこに、何時からいたのか、やっぱりあの未来科学研究所の優秀だけど変人な大森の姿があり、頬が引き攣る。
 状況から見れば彼は、痴漢から助けてくれた恩人に違いなかったけれど全然有難くなく、むしろ、何か周りからはじろじろ凄い見られてる気がするし、どちらかと言えば迷惑っていうか逃げたい気分だった。
 ここはもう他人のふりをするべきだ、とか何か思って知らん顔してたら、背後で別の男の声が「何だよ!」とか何か文句を言いだして、益々、いや僕は関係ないですよ、あははとか、そんな顔をしたくなる。そしたら常に人を馬鹿にしてるような大森の声が思い切り「いや今痴漢してたでしょ、この人のこと」とかマイルドに言って、明日は雨だって言ってたでしょ、であるとか、その仮説は今は成立しないでしょ、くらいの感じで何でそんな落ち着いてるのか、もう全然分からない。
 吊革につかまりながら、顔を伏せるしかない岡本の背後で、なんだよやってねえよ、とか何かとりあえず食い下がっている男の声は、声こそ激怒だったけれど、無駄に美形で無駄に常に従容としている大森の姿は、この状況できっと恐ろしいに違いなく、彼は声こそ激怒しているけれど、困惑し恐怖し、そういう恐怖とか困惑が、とりあえず激怒として出ちゃってるんじゃないかしら、とか思うともう何か、痴漢の人だけどちょっと同情したくなった。
 とか何かやってたら、いつの間にか体感速度が落ちていた。
 次の駅を知らせる車内アナウンスが何時の間に鳴っていたのか全然気づいてなかったけれど、とにかくどうやら、停車するらしい。と思った時にはもう、電車が止まっていた。がたん、と車内が揺れ、その直後にプシューとドアが開く。
「全く、良い迷惑だよ」と痴漢の人が捨て台詞を吐き、降りて行った。じろじろと傍観を決め込んでいた人達も降りていった。車内に、空間が戻ってくる。
 岡本はとりあえずはーとかため息を吐きだして、空いた目の前の席に腰掛けることにした。すると隣に当然のように大森が座って来て、「ねえねえ岡本くん」とか、もう話しかけてきた。
「はー何ですか」
「痴漢されるなんて、凄いね」
「はい何か」
 岡本は拗ねたように顔を伏せ、呟く。「ちょっと何かびっくりしました」
「だろうとも」
「ありがとうございました。でも、こんなこと言うのあれなんですけど、ちょっと、迷惑でした」
 とか言ったのにもう全然聞いてない大森は、「もっと感謝してくれても、いいよ」とか何かすっかり図に乗っている。
「いや、あれおかしいな。迷惑だったって言ったはずなんですけど」
「感謝してくれるのは嬉しいけど、どうせするなら、何かくれたら、いいよ」
「すいません、人の話、聞いてないですよね?」
「あ、じゃあこうする?」
「いや、しません」
「痴漢から助けてくれた恩人の俺に、岡本君をプレゼントとかしてみるのはどうだろう」
 とか言ったその無駄に美形な顔を、っていうかこんなに危うくて変な人にこんなにも美しい顔を与えることはないのではないか? むしろそれならばもっと、与えるべき人間がいたのではないか! とか何か、見る度にだんだん腹が立ってくるくらい無駄な美形を、何かちょっと見つめた。
「いや、あの、何ていうか。しません」
「ほらこういうのも何ていうか、ある程度勢いでいくとこあるでしょ」
「あるでしょ、ってないですよ。言ってること全然成立してないですよ、大丈夫ですか」
「助けてあげたんだから、いいよね」
「いいよねって良くないですよね?」
「うん、大丈夫大丈夫」
「どうしよう、大森さんが喋ってることが全然分からない。大丈夫の意味が全然わからない」
「岡本君たらやだなぁ。分かってるくせにー」
「いや、分かりませんっていうか、分かりたくないです」
「でも、逃げられないからね。ほら、電車の中だし」
 とか何か言った無駄な美形が、もう顔を近づけてくる。え、この状況ですか! 今ですか! っていうかそれより何より、こんなん成立しないですよ! とかすっかり慌てて、「ちょ」とその肩を思い切り押し出す。そこで、また、ちょうどタイミング良く電車が停止したので、掴もうとしてくる手から辛うじてすり抜けた。
「ふううん。あ、そ。逃げるんだ」
 まだ悠然と座ったままの大森は、さっと開いてくれないドアの前でじりじりしている岡本を、新しい新種を観察する研究者のように、無表情に、見る。「じゃあ、追いかけたらいいんだよね」
「追いかけないで下さい」
「じゃあ俺は仕方がないから、隣の車両から降りてあげる事にするよ。今から移動して、君が見えないところまで行ってあげる。ま、すぐ捕まっても面白くないしね」
 とか何か言ってるその間にも、扉がバッと開く。
「はいじゃあ、よーい、どん」



※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません



●参加者一覧

/ セシリア・D・篠畑(ga0475) / ロジー・ビィ(ga1031) / UNKNOWN(ga4276) / アルヴァイム(ga5051) / 鐘依 透(ga6282) / Letia Bar(ga6313) / 百地・悠季(ga8270) / マルセル・ライスター(gb4909) / ヤナギ・エリューナク(gb5107) / エリノア・ライスター(gb8926) / 未名月 璃々(gb9751) / ソウマ(gc0505) / 鈴木悠司(gc1251) / エクリプス・アルフ(gc2636) / 國盛(gc4513) / 毒島 風海(gc4644) / 緋本 かざね(gc4670) / 緋本 せりな(gc5344) / 壱条 鳳華(gc6521) / クリスティン・ノール(gc6632) / 毒島 葵陸(gc6840

●リプレイ本文





 わりと全然興味とかないのだけれど、岡本とかいう人を捕獲して、行き止まりに連れて行き軟禁する、という自らの妹である毒島 風海(gc4644)の作戦を成功させるべき、駅ビル内をうろついていた毒島 葵陸(gc6840)は、「情報伝達」を発動する彼女の指示通りに動いているわりに、全然岡本とかいう男の人に遭遇出来ないんですけど、どうすれば、とか何か、結構真面目に途方に暮れ始めていた。
 それでも、暫く合わない間に、こんな風に皆を巻きこむくらいにはワイルドに逞しく成長した風海さんの為にも、ちょっと頑張ってあげようとか何か、意外と身内を一生懸命庇う健気さを胸に秘めながら、何事にも臨機応変に対応しそうな美貌の裏で、エミタへと伝達されてくる風海からの情報を読み取る。「東、百メートル、岡本」
 それで「百メートルか。あっちですね」とか何か言って周りを見渡したら、すっごいやる気のない顔でぼーっと突っ立っている壱条 鳳華(gc6521)とまず、目が合った。
「あのー。壱条先輩。あっちです」
「言っとくが、アシュパープルよ。私はだな。正直、大森と岡本の対決とか、どうでもいいから、この休日を楽しみたいだけなんだよ。風海の気持ちも分からんでもないけどだな、どっちかっていうとこの作戦はぐだぐだになりつつあるんじゃないかと」
 ばしっと言われ、葵陸は「はー」とか無表情に、とりあえず頷いた。それから、同じ表情のまま鳳華の腰元についてた無線機を奪い取り、ぴ、と通話ボタンを押しこんだ。こちら、葵陸です、と言うと、向こう側から、緋本 かざね(gc4670)の結構テンション高めの声が聞こえてくる。
「はいー。こちらかざねー。岡本さんは居ましたかー」
「いえ。それはまだ。ところで壱条先輩なんですが、かざねさんがわりと頑張って協力してらっしゃるこの作戦に対して異議を」
 そこでそっと、鳳華の手が、葵陸の手に乗ってくる。
「アシュパープル」
「はい」と、通話ボタンから手を離し、顔を上げる。
「回りくどい嫌がらせは、やめることにしないか、お互いの為に」とか何か見詰め合ってる二人の間で、無線機から残念なくらい元気なかざねの声が、「もしもし〜? 葵陸様〜? もしもーし。異議がどうとか、何か、言ってなかったですか〜? おーい、もしもし? 鳳華ちゃんがどうかしたんですか〜」とか何か、響いている。
 そんな無線機を無表情に鳳華に向かい掲げた。「じゃあどうぞ。壱条先輩も、この作戦が楽しいなら楽しいって素直に言って貰っていいですよ」
「やるな‥アシュパープル」
 悔しげに言った鳳華が、無線機をひっつかみ、「かざ姉様がやるって言うのに、嫌なんてことは絶対ないに決まってるじゃないか、何を言うんだ」と、述べる。
「との、ことです。では引き続き、状況が変わり次第、連絡を致します」
 わりと涼しいどや顔で無線機を戻した葵陸は、残りの一人は、と当たりを見回す。するとこちらもわりとふわふわ何かとりあえず居るだけ居ときますね、みたいに自らのバイクを改造したりするのに使えそうな部品を物色していたエクリプス・アルフ(gc2636)が、それにもちょっと飽きたのか、それともそこでやっと「作戦の方はどうなってんだ」と微かな使命感のような物を思い出したのか、さらーっとこちらの方へ歩み寄って来た。
「東に移動です、行きますよ」
「うんいやちょっと待って」
「え、はい、何ですか」
「あそこに知り合いが、居るんだけど」
 アルフが指で示した先には、國盛(gc4513)とLetia Bar(ga6313)の姿があり、何処からどう見ても二人は楽しそうで、むしろ何処からどう見ても、二人はデート中の様子だった。
 完全に裏街道を生きているとしか思えないいっかつい顔の國盛が、愛しい彼女の前だからか、完全に優しい笑顔とかいう子供が見たら泣きだすんじゃないかしら、みたいな表情を浮かべており、あれはもう、いろんな意味で声をかけたり邪魔をしたらいけないんじゃないかな、という光景に、思えた。
「はー何か、楽しそうですね」
「じゃあ、とりあえずこのまま、見ましょうか」
 のんびりと、爽やかな笑顔すら浮かべてアルフが、言う。え、と思わずその横顔を見やった。「え、何ですか」
「いや、見ておきませんか。誰か、写真機とか、持ってないのかな」
「何をするんですか」
 とかいうのを聞いてるのか聞いてないのか、アルフはのほほん、と通路を歩いていく二人の姿を眺めている。
「レティア‥今日はまた一段と可愛らしい恰好だな」
 とか歯の浮くような台詞を言った國盛が、「駅ビルか」とか何か、年若い彼女にデートだと言って引っ張って来られたはいいけれど、こんな場所なんて殆どこないのにな、とでも言いたげに、続ける。
 そこで、半ばレティアが引っ張るような形で歩みを進めていた二人は、明らかにファンシーな店の雑貨店で、立ち止まった。「ねえ、ここ見たい! 入ってもいいよね」
 え、みたいな明らかに動揺した顔で途方に暮れた國盛を知ってか知らずが、レティアはどんどん中へと入って行く。
「そうか‥レティアはこう言うのが趣味なのか‥」
「わぁ、このちっちゃいクマの置物可愛い。こっちはオルゴールかなぁ。ねえ、見て見てマスター」
「楽しそうだな」
「うん、楽しいよ」
 とか何か言って棚の物をとっかえひっかえ眺める彼女を、あーいいなあ、と思ってる柔らかな微笑で見つめていた國盛だったが、ふとその視線に気づいたのか、レティアが顔を上げ、恥ずかしそうにする。
「え、なに? 子供っぽいって‥思ってる?」
「いいや‥可愛いモノを可愛いと言っているレティアが可愛いと思って、な」
 ま、マスター‥ったら‥、みたいな若干頬を赤らめたレティアを知ってか知らずか、國盛は、「ふむ‥これなんか俺の珈琲店でも使えなくはない‥か」とか何か、棚にある商品を大人な目線で捌いていく。
 とかいう、もうやってる当人以外は、どうしようもないんでとりあえず笑っておきます! みたいな状態にしかならない光景を一部始終見て、「ね?」とアルフが、葵陸を振り帰った。
「え?」何が、ね、なのだ、とむしろ、慌てた。
「いやほら。あーゆーマスターの顔をこっそり撮影しといて。あとで奢って貰おうかと思って」
「いや、若干性悪が過ぎますよ、アルフさん」
「おい、それで東はどうするのだ」
 そこで、またかざねに報告されても面倒だと思ったのか、鳳華がもう全然空気読む気ないです、みたいに声を張り上げた。その声はわりと通路内に響き、当然、國盛とレティアの二人には、こちらの存在が、ばれた。
「ハッ、お前ら」
 と國盛に見つかったアルフは、「いやあ、奇遇ですねえ」とか何か、嘘丸出しの事を言い、言いながら後退り、さっき思い切り、ここには風海さんの仕掛けた岡本捕獲トラップの菜種油が塗られていますからね、ここ滑りますからね、ツルツルですからね、と確認し合っていた場所を完全に踏み、ズコーーンと、こけた。
 爽やかかつ、スマートなアルフさんにはあってはならないような、滑りっぷりだった。
 え、と全員が一瞬固まった中、ふつーにゆらーと起き上がったアルフは、「あははは」とか何か、全然普通に、笑っていた。
「全く風海さんは、お茶目だなあ。滑っちゃいましたよー。あははは」
「どうしよう、笑っている‥」
 とか何か、呆れ顔で言った瞬間、だーっと何かが通路の向こうから走って来て、全然それを見てない風だった腕組姿の國盛は、凄い素早いさすが元プロのムエタイ選手! みたいな動きで、しゅぱ、と足を出した。
 走って来た物が、盛大にずべーーんと地面に転がる。ゆっくりとそれを見下ろし、「つい足が出たが‥何かこけた音が‥ってお前は‥」とか言って、ひょい、と眉を上げた。
「大森だか岡本だかじゃないか‥。何してるんだ、こんなトコロで」



「プヒヒ」
 一方、そこから少し離れた場所で、リモコンを手に、ガスマスクもとい風海が、マスクの目元を光らせながら微笑んでいる背後では、駅ビル内をどちらかといえばとぼとぼと、肩を落として歩くソウマ(gc0505)の姿があった。「こんなにも良い天気なのに」と、言っては、端整な顔を曇らせため息をつき、「ドタキャンだなんて、ツイてないですね」と、またいつもは勝ち気につん、と釣り上がった大きな瞳を、憂鬱げに細める。
 でもそこで、ん、とか、何かソウマセンサーに反応しました! みたいに顔を上げた彼は、プヒヒ、とか笑うガスマスクの姿を見つける。「ん? あの人達はひょっとして‥」とか何か、顎を摘みながら呟いて、そっと身を隠し、観察を続ける。
「かざねちゃーん。こちら、風海です。岡本を捕獲しました。とりあえずこの感じで大森さんとこに上手い事誘導してくんで、宜しく」
「はいはいー。こちらかざね。了解しましたー」
「捕獲‥大森‥」
 相変わらず、名推理炸裂の名探偵みたいなポーズで、ふむふむ、と頷いたソウマは、やがて「なるほど」と唇をつりあげた。「これは、面白いことが起こりそうな予感ですね」
 咄嗟に素早く思いつくと、ささ、と、劣悪な環境でも長時間使用可能に設計された特殊デジタルビデオカメラ【OR】特殊DVCを取りだした。レンズを彼らに向けつつ、ぶわ、と覚醒状態に入る。隠密潜行を発動した。「さて少し、追ってみることにしましょうか」



 これまた一方、それより少し離れた場所では、「何かー」とか何か言って無線機を切ったかざねは、背後を振り返りながら、「岡本さんが捕獲されたみたいですよー」とか何か、その場に居る皆に、進捗状況を報告しているところだった。
 そしたら、「何で俺、電車乗る度に痴漢に遭うんだろ‥」とか、半ズボン姿のくるんと愛らしい大きな瞳の、童顔ボーイマルセル・ライスター(gb4909)がここに来る前の電車の中での出来事をふと思い出したのか言いだして、思い切り今回に限っては犯人だったっていうか、太股とか臀部とかまさぐりまくっていましたよね、みたいなエリノア・ライスター(gb8926)が話を変える為にか、「しかし兄貴は動物に好かれる体質だよな。ペットショップのワンコが一斉に襲い掛かってきた時には、流石に引いたぜ‥。私にゃ、一匹も懐かねぇのにさー」とか先程通りかかりにちょこっと入ってみたペットショップでの話を持ち出したりして、でも、そこで未名月 璃々(gb9751)に思いっきり「ヤるか、ヤられるかですよねー。あの電車、よく痴漢だか痴女だか出るのでー」とかデジカメを操作しながら完全に話を戻されて、「痴漢証拠写真とか、後で強請るのに、便利なんですよー。平和的に口止め料を貰う事にして」とか、いやもう平和的に口止め料ってその前に思い切り強請る言うてもうてますやん、みたいな、何でもいいけどもうとりあえず、全然誰も聞いていなかった。
「あのー、岡本さんが捕獲‥」
 まで言って、誰一人振り返らないのを見ると、かざねは若干、別にいいけどね、私の話なんて誰も聞いてくれなくていいけどね、みたいにちょっといじけた。
 無線機のボタンとかを、無意味にポチポチ押したりしてみる。それで顔を上げてみたら、マルセルが、きょろん、とした瞳でこっちを見ていた。きょとんとしたすっごい可愛い、何処からどう見ても無害な童顔だったけれど中身は意外と男子なので、油断ならない、とかざねは身構える。けれど、やさぐれてはいるけれど意外と素直かつ純粋な突風ガールエリノアは、そんな兄の性癖に気付いているのか居ないのか、「まー、なんつーかよ! 兄貴もそんな狙われやすい半ズボン履いているからいけねーんだよ。まー。それ以外履くことは、私が許さねーけどよ!」とか何か無邪気に言ったかと思うと、くすん、と肩を落とす兄を見て、母性すら感じられる瞳で「へへっ」と笑い、「じゃあよ、帰りはどうするよ。電車が空く時間まで待つか?」とか何か、続ける。
 またそれにマルセルはクソ可愛い顔で、「うん‥また痴漢されたりしたら、怖いしね‥」とか何か、いやもう全部ホントは分かってんですよね? 知らんぷりしてるだけなんですよね? ぶりっ子ですよね! みたいな顔で頷いたりするのだけれど、またわりと軽い感じで、未名月に「いや、時間ずらした所で無駄なんじゃないんですか、だってその痴漢はエリノ」
「あー? あんだオメー、黙れこらー」
 とかいうこれは、あれ? 何のコントですか? と思った。
 とか何かやってたら、そこへ「姉さん!」と、背後から声が聞こえて、振り返ると、わりと息を上げた緋本 せりな(gc5344)が立っていて、「探したじゃないか、どっか行くなら、どっか行くって言ってくれないと私だって焦」とか何か、冷静な彼女にしては結構珍しくしどろもどろになって言っていて、とりあえず姉としては、まあまあ、落ち着いてと、宥めてあげることにした。
「落ち着いてって落ち着かないよ! 起きたら姉さん急に居ないし、依頼のスケジュールも聞いてなかったし、今日は休日だから、一緒に買い物でも行こうと思って」
「あれ? 私、出かけるって言ってなかったっけ?」
「言ってないよ!」
 とかそこまで言ったところで、腕を組んでニヤニヤと成り行きを見守っていたエリノアが、「おー、威勢がいいじゃねえかー。せりなー」とか何か、口を挟んだ。
 そこでやっと周りの状況が見えたらしいせりなは、一瞬無表情になって固まり、それから、す、とええ私わりと冷静なんです、みたいないつもの表情へと、顔を変えた。
「あ、なんだ‥みんな、居たんだ」
「ん、何だこのやろーあれだな! 土偶だな!」
「うん、エリノアさん、そこは奇遇ね」
「せっかくかざね無視して苛めるのちょっと楽しかったのに‥せりな来ちゃったか‥残念」
「あれ、マルセルさん、何ですか」
「あれかざね、聞いてた? んーん。エヘ、何でもないよ?☆」
「いや、可愛くないですよ、しかも完全に何でもなくないですしね」
「それで、皆さんおそろいで何をやってるんだ、これは」
「いやだからよ、えーと、野本だっけ?」
「うん、エリノアさん、岡本さんですよ」
「そいつがよー。なんやかんやでよー。要するによー。大森とかいう奴を倒せばいいんだってよ!」
「いや、サムズアップしてるけど、完全になんにも説明出来てないしね、エリノア」
「おう! 分かってねえからな!」
「どうしよう、この人、我が妹ながらちょっと可愛い」
「めちゃくちゃ可愛い、な。めちゃくちゃだよ。ちょっとじゃねえよ」
「要するに、大森が岡本を追いかけてるんだな」
「すごーい、何で分かるの、せりなちゃんー」
「まあ、付き合い、長いから」
 それだけが残念で仕方ないんだ、と言わんばかりの表情でせりなは言った。





 そんな中、UNKNOWN(ga4276)は、駅ビル内にある立ち食い蕎麦屋さんで優雅に昼食を取っていた。
 立ち食い蕎麦屋で優雅もクソもないのだけれど、ロイヤルブラックの艶無しのフロックコート姿の彼が立つだけで、むしろぼそ、と「かけ蕎麦、葱抜き」とか何か、何のプロかは分からないけれど凄いプロフェッショナルに注文しちゃうだけで、その場所はもう、すっかり、緩やかなジャズの流れるムーディなバーくらいの雰囲気に早変わりする。
 えーこの、明らかに立ち食い蕎麦屋の客層として処理できなさそうなお客さんはどうしたら、みたいな、途方に暮れた表情で佇む店員を尻目に、彼は、ハイボールをぐいっと煽り、摘みに頼んだかき揚げをぱり、と齧る。
 【OR】黒革手帳を胸元からそっと取りだすと、挟んだ愛用の万年筆を手に取り、さらさら、と日記を認め始めた。
 駅ビルにて、昼食をとる。
 それにしても、今日は、外が何だか騒がしい。
 振り返った私は、年若い男子二人の姿を目撃する。デート、デート、と楽しそうに笑う茶色い髪の青年と、それに続いて歩く赤毛の青年だ。
 なるほど、そういう、あれか。
 私は、何も言わず、黙って視線を逸らすことにした。

「いやちょっと待てって」
 そこで物凄いジャストなタイミングで、表を歩いていたヤナギ・エリューナク(gb5107)が、声を上げた。「デートデート、言うんじゃねえよ、何が嬉しくってヤロー同士でショッピングなんだよ」
 隣に居る鈴木悠司(gc1251)を、涼しげな金色の瞳でねめつける。
「だって、デートじゃーん。二人でショッピング楽しんでー、るんるん歩いてー」
 柔かそうな茶色い髪の毛をふわふわと揺らしながら、悠司が指を折る。
「るんるん歩いてんのは、お前だけだっつの。ここはやっぱ綺麗なオンナノコとデートだろ、デート! それがよりにもよって、悠司とショッピングデートとか‥あーもうっ! 何でこんなに女っ気が無ェんだ」
「あ、デートって認めた!」
「認めてねえ」

 なるほど。デートというには二人の関係はまだ、少々複雑なようだ。
 私は、何も言わず、黙って差し出されたいっぱいの蕎麦を、啜ることにした。

「いやだからもう、ちょっと待てって」
「なになに」
「何でアクセサリー屋とか入ってんだよ、楽器屋見に行くんだろぉが」
「いいじゃーん。ほらほら、目的地迄ぶらぶら色々見て歩こーよ。こっちこっち、あ、これカッコいい」
「お。シルバーアクセか‥そろそろ俺も買い替え時かねェ‥。このゴツいのとか超好みなんですケド! やっぱアクセはジャラジャラ付けたいしな。ハードに、そしてクールに! ってお前、全然聞いてねえだろ」
「ねえねえ、見て見て、店員さんに出して貰っちゃった! 似合う似合う?」
「はい似合う似合う」
「うわ、何それすっごい棒読み。あ、じゃあこっちはねえねえ、似合う? ねえ、似合う?」
「いやさ、っていちいち似合う? 似合う?ってウザ」
「ねー、この指輪良いな。買って買ってー! あ、どうせならお揃いで買っちゃう? ペアリングにしちゃう?」
「しねーし、買って欲しけりゃ俺の好みのヤツも買ってくれって話だしー」
「ムム。俺のより高いの指さしてる。やだ、意外と強欲」
「強欲言うな」
「でもさ、彼女さんとだったら揃いで買うんでしょー。彼女さんだよね? ほらあれクリスマスとかバレンタインとか一緒に過ごしてたあの子」
「いやまあ、つか、その話はいいんだって」
「あ、なにそれなにそれ、俺にもチャンスありって事?」

 なるほど。あの茶髪の青年が、赤毛の青年を。
「片想い‥春か」
 私は思わず呟き、新たに運ばれてきたハイボールを一口、飲む事にした。

「いや、ちょっと待って、それだけはないからね!」
「なんでよ、似合ってっだろ」
「いやないない。それだけは、絶ッ対にない!」

 春だ。周りが、騒がしい。
 私は、粛々と昼食を嗜む事にする。




 その頃、ソウマの構えるカメラのレンズは、アルヴァイム(ga5051)と、その妻、百地・悠季(ga8270)の様子を捉えていた。
 本来の目的は、大森と岡本の鬼ごっこの様子を全て映像に収める事だったけれど、あんまりにも何か幸せそうな二人が買い物とかしてるもんで、思わず、カメラを向けていた。
 んーこのアングルは、中々素敵ですね、とか何か、すっかり自画自賛で、気分は最早映画監督に近い。どうやら、ソウマの推理によれば、今、妻である彼女のお腹の中には新たな生命が宿っており、しかも彼女はそのおめでたによる不調で、少しばかり食欲が落ちているようだった。しかも夫である彼は、そんな彼女の食欲を心配しているようでもあり、けれど何処か生真面目過ぎる雰囲気の為か、それを上手く表現できずにいるようにも、見えた。
 なるほどこれは、仕事ならスマートかつ、マイルドに決められますが、こと恋愛となると男子たるものそんな女みたいにピーピーキャーキャー言うてられませんわー、というあれですね、とか何か、勝手な診断をつけておく。
「やはり発散するとなれば買い物巡りよねー」
「そうだな。外に出て、気分を変えるのは、悪くない。体調を気に病み過ぎるのも、良くないんだろう。今はお互い楽しむとしよう、その後が本番だからな」
「ふふー、お互いに楽しみましょうね♪」
「ん。大事業は事前の資本調達が肝要、と言うのはビジネスでも鉄則だからな」
 なるほど。これは、生真面目な夫と、その夫を可愛いと思っている妻の典型的な会話というあれですね。子供が出来てもまだこの会話が成立しているなら、お二人はきっと相性が良いんでしょうね。男の蘊蓄とか、仕事ベースな会話とか、無言とか、言わないでも分かるよね、とかを女がやたら鬱陶しがりだしたら、危険信号ですしね。そうなってくるとこれはもう破局ですよ、女の目が「うわこいつ面倒臭ッ、いや何かっこつけちゃってんの」って、そんな冷たさを帯びて‥ああ、いや、今はそのことは思い出さないでおこう。
「あそこの店見たいんだけど、いい?」
「ああ、いいよ」
 とか何か言った悠季が、雑貨店に入って行き、アルヴァイムはその隙に、と隣の書店を、ちら、と覗く。料理コーナーの棚を見つけると、ささと近づいて行き、彼女の動向を窺いながらも、妊婦が食べやすい、絶品メニュー! であるとか、体に美味しいバランスレシピ、であるとか、明らかな感じの雑誌を手に取っては、ぱらぱらとページを繰っている。その近くにあった、妊娠や妊婦、マタニティについて書かれた雑誌も手に取り、ページを繰ると、三冊程を手に持って、レジで会計を済ませた。
 とかいうのはもうがっつりソウマのカメラは捉えているのだけれど、しかもそれを後から二人に送り付ける気満開なのだけれど、アルヴァイムは誰にも気づかれていないと思っていて、けれど、そんな彼に彼女はしっかりと気付いていて、優しい微笑を浮かべながらも見ない振りをしてあげる、とかいう高度な技を繰り出していた。
「アル、行きましょ。あら、何か買ったの?」
「ん。まあ」
 なるほど、いいですね。ああいう男のさりげない優しさに気付くかどうかも、女のポイントなんですよね。しかも、気付いていても知らない振りをするかどうかもポイントなんですよね。いやあ、どちらかと言えば、色気むんむんの遊んだ感じの女性なのに、意外と大和撫子とか、心憎いですねー。参りますねー。
 とか何か言ってる間にも、二人は次の店へと入って行く。女物のアパレルショップで、彼女のお気に入りのブランドなのか、あれよあれよと、「発散」という言葉を忠実に表現するかのごとく、彼女は店員さんと夫の意見を聞きながら、むしろ、店員よりも良く分かってなさそうな夫にあえて、ねえどう似合う? とか聞いて、「うん、少しそれだと、足が短く見える」とか全然短い返事しか帰ってこないのに、わりと彼女は満足そうで、店員より貴方を信頼してます、とでも言わんばかりに、さっさと他の服を漁ったりする。
 レジには大量の服が、それは、オンブレーチェックミニジャンパードレスであったり、センタータックツイード素材ジャンパースカートであったり、チェックロングワンピースであったりするのだけれど、とにかく、どれも、桃色中心に暖色系のものが、大量に積まれていた。
「この量なら配送しかないわね」
「ん。手続き、してくる」
「あーあ。また体型が合う様になったらもっと素敵な気分になれるだろうし、指折り数えて待つしかないわね」
 ソウマの構えるカメラの前で、苦笑のような微笑を浮かべ、そっと彼女がお腹を押さえる。彼もそれを同じような微笑を浮かべ見下ろしながら、「‥その頃にはのんびり出来ると良いな」とそっとお腹を撫でた。




「あー、人のせいにしてるー」
 と悠司が、ヤナギを指さした。
「いや、待って。それは待って。いやこれはどう考えてもお前のせいだから。お前が完全にこっちだよ、こっちだよ、つってたんじゃん。何でゲーセンなんだよ。楽器屋は何処なんだっつの。だからお前のアナウンスは信用できねえんだよ、つか、基本お前の喋ることはさー」
 とかいう感じが、ちゃっかり文句の始まりのような予感がしたので、面倒臭いなと、悠司はすかさず話を変えることにした。
「あ、じゃあこっちだよきっと! ほら見て扉があ」
「いやもう思い切り立ち入り禁止とか書かれてんじゃんもうさー」
 とか何か言い合っていたら、背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「‥‥ロジーさん、大切な報告があります」
 え、と振り返るとそこには、方位磁石を手にしたセシリア・D・篠畑(ga0475)と、ロジー・ビィ(ga1031)の姿があり、良く良く見てみると、セシリアの手の方位磁石が、ありえないくらいぐるんぐるん、回転していた。何事だ、と思わず二人は、二人の姿を見守る。
「あら、何ですのセシリア、大切な報告というのは」
「はい‥‥我々、迷子のようです」
 物凄い生真面目な声で、とても重要な会議の情報を冷静に伝える機械じみた秘書、みたいな口調の割に、言っていることがあんまりだった。思わず、悠司とヤナギは、かく、と肩を落とす。またそれに「まあ」とかわりと、明るいというよりライトに答えたロジーは、「何故でしょう‥でもそれもまた楽しいですわよね!」とか早すぎる立ち直り方をした。は、いいけれど、だいたい、その前に迷ってる臭い所くらいには気付けよ、とヤナギは思わず、内心で突っ込みを入れる。
「そうですね‥。それに迷子というか、駅ビルの構造が悪いです」
「駅ビルのせいにし出したよ、おい」
「駅ビルのせいにしだしたね、ヤナギさん」
「ええそうですわ。構造のせいですわ! あ」
 そこで妙案を思いつきましたあたし! とばかりに、ロジーが手に持っていた殺傷能力の一切なさげな、プラスチック製ハンマーをピコピコ! と叩いた。「こうなったら構内探検を決行すべきですわー!」とまたそこで、ピコピコピコピコピコ! とかピコハンを連打する。「セシリア、黄金のぴこハン探検隊出動なのですわーーっ☆」
「いやもうどうしよう。何を喋ってんのかどんどん分かんなくなってくよ、ヤナギさん」
「止めた方がいいんじゃねえか、あれ」
「そしてセシリア、あれをご覧になって! 立ち入り禁止と書かれた扉ですわ!」
 どーん、と言わんばかりにロジーが扉を指さした。
 セシリアは無表情に、指で示された方角を、青い瞳でじっと、見つめる。
「興味を惹かれませんこと? 何かお宝が‥きっと黄金のぴこハンが眠っているに違いありませんわっ! ねっ、セシリアもそう思いませんこと?!」
「‥行きましょう」セシリアは、意を決するように、微かに、頷く。「ロジーさん」
「い、行くみたいだよ、どうするの、ヤナギさん」
「いやもう何のコントだよ、これ」
「ど。どうしよう、ヤナギさん。セシリアさん、あ、暗視スコープ被りだした! 本気だ!」
「しっ、ちょ、声が大きいって」
「あら、中は倉庫のようになってるんですわね。益々、怪しいですわね、セシリア!」
「ええきっと何か‥秘密があるはずです‥此処にあの、黄金の‥」
「いや、どんなけ壮大な冒険の話なんだって」
「セシリアさんが言うと、何であんなにくだらない言葉が凄いことに聞こえちゃうんだ」
「お前と真逆に凄いよ」
「あ、何それ! って、あ、キメラだ!」
「やはり出ましたわね、キメラ‥。こいつらがボスですわ、きっと。こいつらさえ倒せばきっとお宝が目の前に‥っ! 行きますわよ、セシリア‥っ」
 こく、と頷いたセシリアが、素早く、覚醒状態に入る。「全力で排除します‥」
 超機械ブラックホールを構え、練成超強化を発動する。同じように覚醒し、走りだしていくロジーの体を、虹色の光が包んだ。そのまま、二刀小太刀「花鳥風月」を抜いて、ぶよぶよ、と辺りを彷徨う、ねばねばキメラに強刃を発動し、斬りかかった。
 どろ、と中身のコア部分が露出したところで、セシリアのブラックホールから電波増強された黒色のエネルギー弾が情け容赦もなく、飛んで行く。ばああん、とキメラのコアが弾け飛んだ、と思ったらもう、ロジーは次のキメラに切りかかっている。
「うわー。スライムなのに吃驚するほどマジでガチだよ、どうしよう、ヤナギさん」
「完全かつ華麗なる連携プレイだな。全力って言ってたしな、確かに」
 とか何かやってたら、そこへ、一人の青年が、ふらふら、と入って来た。
 入口をこわごわ、と覗き、「あれ、セシリアさんとロジーさんの声が聞こえたような」とか何か言ってる彼は、明らかに、ほらほら駄目駄目、危ないから下がって、下がって! と言いたくなるような、繊細な雰囲気を纏っていたけれど、確実に能力者で、しかも意外と一途なところが逆にあれ、危なくない? みたいな時もある、鐘依 透(ga6282)だった。ふわふわとした黒いドレスを身にまとった、愛くるしいとしか表現できないような小柄で細身の女性、クリスティン・ノール(gc6632)の手を引いている。面倒見の良いお兄ちゃんと、幼い妹、という微笑ましい光景を見つけ、「お」と、ヤナギは思わず、手を上げた。「透じゃねえか。隣はクリスの嬢ちゃんか」
「あー、ほんとだー。透さんだー」
「あ、ヤナギさん。鈴木さんも。えっと、こんにちは」とか何は軽い会釈をしながら、近づいてきた透は、「これは、一体何を」とか何か、言った。
「いや、何か、黄金のピ」まで言って、ヤナギは、「ごめん、俺の口からは言えねえ‥」と、顔を伏せる。
「クリスも挨拶するですの、こんにちわですの!」
「やーん。可愛いー。えー何ーこんな可愛い子と手ぇなんか繋いじゃってー。さては透さんもデート? このこのー」
「いや、若干ウザい感じだからね、悠司」
「ヤナギさんは一言多いんだって」
「はー、いやさっき、何かそこで、見かけたんですよね。一人でショッピングに来たはいいものの、クリスさん、迷子になっちゃったみたいで」
 と、そこまで言ったところで、ノールが泡を食ったように、ぶんぶんと手を振りだした。「ま、迷子になんかなってないですの! なってないですの!!」
 それをわりと冷静な感じで見て、「うん、はい、迷子にはなってなかったんですけど、見かけたんです」とさらっと透は訂正をする。
「あ、そうだ。透さん、折角会ったからついでにもふってく?」
 そこでぶわ、と覚醒状態に入った鈴木が、犬のような耳と尻尾を出し、ふりふり、と振った。「え」と、途端に透は、嬉しいけど、戸惑っているような、微妙な表情を浮かべる。「あ‥い、いいんですか、ちょ、超もふっても」
 どういうわけか、その表情を見る度ヤナギはいつも、超、好青年の、見てはいけない性癖を見たような、切ない気分になった。
「うん透、前から言おうと思ってたんだけどさ、その何か微妙にマジな顔、怖えよ」
「それよりこれは、何をやってるんですの?」
「いやだから、黄金のピ‥だから、俺の口からは言えねえ!」
 とかいう間にも、キメラの討伐を終えた二人は、そこら中を、黄金のピコハンだか、お宝だかを探して、うろうろとしている。
「セシリア、そちらには見付かりまして?」
 ロジーが若干、切なげに言い、その後で若干慌てたように、付け加えた。「ま、まさか黄金のぴこハンが無いと言うことは無いですわよね、ねっ?」
 そこで屈んで棚を見ていたセシリアが、無表情かつ無言で、す、と立ち上がった。凛、とした佇まい、とすら感じられるほど、毅然とした立ち姿だった。
 美しい銀髪を微かに揺らしながら、胸元で手を合わせるロジーと、振り向きざまに彼女を見つめるセシリアの二人は、何故かそのまま暫く無音で見詰め合った。
「‥‥では戻りましょうか」
 やがて、そっと、言う。
「うん、終わったみたいだぜ」
「また、終わり方も上手いですね。バシッと切ってきますね、セシリアさんは」
「あ、こっち向かって歩いてくる」
「本当ですの!」
 そこでぴょこん、と飛び出したノールは、ぱっと笑顔を浮かべ、二人を見比べる。「こんにちはですの!」
 とかいう妹の奇行を慌てて窘める兄、みたいに飛び出した透は、「あ、どうもこんにちは」と、二人に向かい会釈をした。
「何かを、探してらしたんですか?」
 セシリアは、抑揚のない瞳で透を暫くじっと見つめ、やがて、言った。
「黄金のピコハンを‥必ずやいつか‥手にいれるのです」
 あ、はい、と生真面目に透は頷いてから、いやそんな生真面目に頷かれても、とか思ってるかどうかは分からないけれど、凄い無表情なまま停止しているセシリアを見て、若干不安になったのか、「あれ、何ですか」と思わず、口に出した。
「いやその前に、あれ‥黄金のピコハン?」
「いや、今更かよ」




 それで一同が外に出ると、ゲームセンターの向こう側は、何だかとっても酷いことになっていた。
 拡声器を持った未名月が、「はいー岡本さーん。信じても信じなくてもいいですがー、そこは右、行き止まりですー」とか何か叫んでいる、まではいいけれど、何故か構内に赤ランプガンガンつけたパトカーが走り出してるとか、未名月はそのパトカーの中から拡声器で叫んでるとか、これはもう、異常事態だった。
 でも全然そんなことは眼中になかったらしいクリスは、とことことこ、とUFOキャッチャーに近づいて行き、「さっき‥‥とれなかった‥ですの‥ウサギさん‥‥」としょんぼりと硝子に額を預け、中のぬいぐるみを凝視する。
「UFOキャッチャーか‥懐かしいなぁ。やってみるかな?」
 そこでさらーと透が歩み出た。お兄ちゃんだしなー、面倒見良いよなーとか何か思ってたら、機械に近づいていく透の唇がぶつぶつと何かを言っていて、ヤナギが良く良く耳を澄ませてみると、「この手の器用さには自信がある。狙い通りに進める集中力と、アームがぬいぐるみをゲットする為の位置感覚と、狙う位置でぴったり止める為の動体視力を駆使。僕はやれる。僕ならやれる。クリスさんを喜ばせる為、何が何でも取る」とか何かもう、実のところ意外と必死で、あ、聞いてごめん、とちょっと切なくなった。
 その間にもコインを入れた透が、「透さまファイトですのー!」とかいう無邪気なノールの声援を受けながら、必死に、むしろ得体の知れない健気さすら漂わせながら、アームを操作する。
 やがて、がっちゃん。コトン。とぬいぐるみを掴んだアームが、取り出し口に、兎のぬいぐるみを落とした。
「まあ、久しぶりにやったけど‥上手く行くもんだな‥」
 照れくさそうに、さらっと笑う彼だけれど、俺達は知っている。君がとっても頑張っていたことを!
「お兄ちゃん頑張った、頑張ったよ、お兄ちゃん!」
「良かった。良かったよね、ヤナギさん!」
「でも。ゲームはやりたかったけど‥僕がぬいぐるみを貰っても仕方ないし‥そうだ。クリスさん、いる?」
「え、下さるですの? やったーですのー!」
「ああ、お兄ちゃん‥わざとらしい。切ない。何だこの切なさ!」
「わざとらしいけど、いいよ。いいよね、お兄ちゃん!」
「透さまありがとうございますですの! 大好きですのー!」
「俺達も、何か、わかんないけど、好きだぜ、透ー!」




「難儀な星の下に生まれたみたいですね、岡本さん。同情しますよ」
 パトカーやら、得体の知れないカメラマンやら、大森の声を発する三輪車のピエロやらに追いかけ回され、へとへとと座りこんだ岡本を見下ろし、葵陸は、とりあえずそんな言葉を掛けた。その蹲る背中に、本人は全然気づいてないけれど、「ズット ミテイル オオモリ」とか何か書かれた得体の知れない貼り紙が貼られていたりして、残念極まりない。
「でもまー面倒臭いんで、とりあえず今回は、キスくらいはしたらいいんじゃないかな」
「え? せりなさん、面倒臭いって」
「そうそう岡本さん。助けてもらったなら、お礼はちゃんとしないと駄目だよ。もうぶっちゃけ、こういう余計なことはそろそろ面倒臭いし」
「え、マルセルさん?」
「オメーも男なら正面からブツかっていけよ、だらしねぇな! ガツーンといってやりゃぁいいんだよ! ガツンとよ!」
「いやエリノアさん、ワイルドが過ぎますよ」
「だいたい岡本の味方なんて、いるわけないですし」
「あれ? 風海さん?」
「じゃあ、写真撮影でもしときますか、記念に」
「いや、写真撮影の意味が分からないんですが、未名月さん」
「気持ちには、応えてあげなくちゃ‥それがどんな返事でも、向き合って伝えなくちゃダメだよ!」
「レティアさん、そんな真面目に言われても」
「まー、とりあえずこれでも飲んで落ち着いて下さいよ」
「あ、はいすいません」
 差し出されたペットボトルを素直に受け取り、口をつけた岡本は、一口飲んで、うえ、と呻き声を漏らす。「あんだこれ、酒じゃないですかアルフさん!」
「誰も水とは言ってないです、吟醸酒「月見兎」ですよ。あははは」
「どうしよう、笑ってるよ」
「とりあえずさっさとやって下さいよー。私丁度、春物が欲しかったところなんですよねー! ショッピングショッピング〜」
「いやもう、ほんと完全に僕のことなんてどうでもいいんですよね、かざねさん」
「と、言うわけでだ。大森だか、岡本だか」
「はい、岡本ですマスター」
「この扉の向こうに大森だか岡本が待っている。行ってこい」
 國盛が無理矢理岡本を立たせると、がば、と扉を開き、どーん、その向こうへ突き出して、それからバーンと、扉を、閉めた。