タイトル:自転車とオスの魚マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/16 13:41

●オープニング本文


 勤務地であるUPC本部に向かい、岡本は、自転車を漕いでいた。
 順調に道のりを進んでいたのだけれど、そしたら何かいろいろ面倒臭い偶然が重なって、気がつけば、自転車は横倒しになり、岡本は地面に倒れ込んでいた。すぐには起き上がれず寝そべっていると、背後から自動車のエンジン音が近付いて来て、やがて、止まった。運転席のドアが開く音に、焦る。じんじんする腕をさすりながら、上半身を起こした。すると、背後から突然肩を支えられ、「大丈夫ですか」と、若い男の声が言った。
「あ、はい大丈夫です」
 照れくささと焦りでしどろもどろになりながら、答え、顔を上げた。
 そこにある端整な顔を認識した瞬間、ぞわーと体中が泡立った。
 未来科学研究所研究員の大森が、興味深い生物を観察するかのような目で、岡本を見下ろしている。
「何で、敬語なんですか、大森さん」
「岡本君をびっくりさせようと思って。あれでしょ。顔上げた瞬間に俺の顔とかあったら、運命とか、感じちゃうでしょ」
「いや大森さん」
「うん、何だろう、あ、キ」
「違います」
 顔を背ける。立ち上がって自転車を押しだすと、隣に続いて大森が歩き出すので、「いや車ですよね、何一緒に出勤しようとしてるんですか」と指摘した。
「うん」不貞腐れるように俯き、それから顔を上げる。「じゃあ、乗ってくれる?」
「じゃあの意味が分からないんで、断っていいですか」
「ちょっと話したいことがあるんだよ」
「すいません残念なことに、出勤途中で、急いでいます」
「だからさ、車に乗って。送って行ってあげながら、話してあげるし。その自転車も後ろに載せて、いいよ」
「いいよ、って、どうしても僕が話を聞きたがってるみたいな前提で進めてるの、おかしいですよね」
「まあね」
「あ、認めるんですね」
「でもどうしても話聞いて欲しいから、とりあえず自転車、後ろに載せちゃって、いいよね」
「いいよねって、駄目ですよ」
 大森が近付いて来てハンドルに手を載せるので、奪われまいとハンドルを握る手に力を込める。研究所に籠って研究ばっかしてる人と、事務仕事をしてる人とは、そんなに力の差はないのではないか、何だったらぎりぎり勝つのではないか、という自信があった。けれど大森は、力比べをするような気配は見せず、「ふうん」みたいに頷いたかと思うと、ゆっくりと顔を近づけて来た。近づいてくる端整な顔に、防衛心のような本能が作動し、仰け反る。
「何ですか」
 無言で薄く笑った大森は、岡本が手放した自転車をさっさと奪い、車の後ろにひょい、と持ち上げ、載せた。
 途方に暮れた。何より、力では勝てるのではないか、と思っていただけに、軽々と苦もなく自転車を持ち上げられた事が軽く衝撃で、もう佇むしかない、みたいな状態だった。あれはそんなに軽い自転車ではなかったはずなのに、とか思い、奴は意外に力があるのかも知れない、と、もはや、敵を警戒する草食動物の気分だった。
「今日は残念ながら忙しいからさ、岡本君に会いに行けないと思うんだよ。この辺で会えるといいな、とは思ってたけど、本当に会えるなんて、運命だよね」
 忙しい大森、というのは珍しく、「この人は本当に評判通り優秀なのか?」と疑問を抱くくらい、いつもは大抵が、暇そうにしている。研究してる大森の姿を見たことはないけれど、見るつもりも、興味もないので、同僚や他の本部職員、はたまた研究所の面々が口を揃えて言う「大森は変人だけど優秀」の評判が正しいかどうかは、未だ、謎だった。認めたくないというのも、ある。
「この辺で会えるといいな、って」
 大森が、助手席のドアを開け、岡本を押しこむ。本気で抵抗して勝てなかったら恐怖なので、諦めることにした。
「大森さん、毎日この道使ってるんですか?」
 だとしたら明日からは違う出勤コースにするべきだ、と思い、聞いた。
「使ってないよ。岡本君の出勤コースだから通っただけだよ」
「え」
「だから、岡本君の出勤コースだから通」
「いやもういいです、二回も聞きたくないです、薄気味悪いです」
「ごめんね。いろいろ、調べて。ほら、生態を調べて観察したくなるのは、研究者の性っていうか」
「はい」と、岡本は仕切り直すように両手を叩いた。「それでまた、能力者への依頼のことですかね、話って」
「ずばり。察しがいいね」
「いやもうそれしかないっていうか、それ以外とかむしろ怖いんで、いいです」
 運転席に入るなり車を発進させた大森は、ファイルのようなものをどさ、と岡本の膝へと乗せて来た。表紙が開かれると、地図が見える。
「今回はさ、川に行って欲しいんだよ。地図に記しがあるだろ。そこに生息してる魚を取って来て欲しい。川の地図はこれ。下流の方からしか入れないから、生息地と思われる上流まで、何とかして行って貰わないと駄目なんだけど。下流の方は結構流れも速いから、気をつけてね。上流になると流れも落ち着くからさ。で、魚の写真はこれだから」
 運転席から伸びて来た手がまたページをめくる。深い灰色のような銀色と緑色が混じった、薄気味悪い形の魚だった。腹の辺りからにょろにょろと水草のような物が伸びているのが、見える。それがこの写真の魚だけなのか、種全体の特徴なのかは分からない。光の加減か、数枚のうろこが銀色に光り、更に不気味だった。でっぷりとした腹の辺りを見ていると、とても速く泳げそうには、見えなかった。
「最近その魚のメスについて書かれた論文が発表されたんだけど、知ってる?」
「知りません」
「なるほど」新しい生物を発見したかのような、興味津々な目が岡本を見る。「やっぱりね」
「いや、危ないですから前見て運転して下さいよ」
「あ、うん」
「え、それ、僕が知ってないとまずいですか」
「いや」
 大森は愉快げな表情になり首を振る。「とにかくその論文には、この魚のメスの血液から、人体の治癒能力を促進する作用が発見された、というような事が書かれてあって」
「はー」
「実はこの魚、普段、オスとメスは離れて暮らしてるんだけど、交尾の時期になると集まってくるんだよ。交尾の時期はまだなんだけどね。ただ残念なことに、オスが普段生息している川には、キメラが居てさ。巨大なカニみたいなやつ。硬くて、泡とか吐いて攻撃してくるんだよね。そんなわけで、メスの生態は調べられたけど、オスのことはまだ、調べられてないんだ。だからさ」
「はー」
 とか何か、いい加減な相槌を打ちながら、勝手にバインダーのページを繰っていく。最後の方のページに問題の論文が挟まれているのを、発見した。発表者の名前に大森を見つけ、え、と驚く。え、論文なんて書けるんですか? 論文を発表するくらい、研究してるんですか? と、運転席を盗み見る。
「オスの捕獲。二匹ね。お願いしてくれる? 能力者の人に」




●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
鳳 勇(gc4096
24歳・♂・GD
毒島 風海(gc4644
13歳・♀・ER
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN

●リプレイ本文



 足場が悪く流れも早い下流を意外と四苦八苦しながら歩いているところで、幡多野 克(ga0444)が、不意に、漏らした。
「こんな、足場の悪い場所とか、急な所、なんか」
 川の流れの音に流されそうなくらい、小さな声で、ぼそぼそ、と話す。誰の方も見ていなかったので、独り言のようにも、聞こえた。「覚醒すれば、早いのに」
 するとその言葉を聞き取ったその場の全員が、それは例えば隣を歩いていた秋月 愁矢(gc1971)だったり、むしろちょっと流されてますよね、みたいな状態でも私全然気にしないから! みたいに元気に闊歩していたセラ(gc2672)だったり、そのセラを何処かそわそわと心配する父親みたいな目で見つめていた鳳 勇(gc4096)だったり、ガスマスクの収まりが悪いのか、顎とか頭の位置を何か物凄い気にして直しては小首を傾げる毒島 風海(gc4644)だったり、その風海を興味津々に眺めている緋本かざね(gc4670)だったりしたのだけれど、とにかく全員が、ハッとした。
 その手があったのか、何でそんな事に気付かなかったんだ、何でそれもっと早く言ってくれないんですか、いやむしろ良く言ったよ! とか例え思っていたとしても、何か今更気付いてなかったなんて言えないんでとりあえず見ます、みたいに一同は、克をじっと見つめる。
 水が石にぶつかり地面を削り、流れて行く音が、快晴の空の下、騒がしい程、響いた。
 五人の二つの目に、合計で言うところの、十個の目に見つめられた克は、はー何ですか、俺は何で見つめられてるんですか、みたいな無表情で皆のことを見つめ返していたが、彼の中で何がどうなったのかは定かではなかったのだけれど、とにかく突然、覚醒した。一瞬にして、彼の黒く柔かそうな髪の毛が銀色に、黒い瞳が金色に変化する。
「あ」と彼は自分でもちょっと驚いた感じだったが、見ているこっちが何より「え」だった。
「え?」
「えあれ何どうしたんだよいきなり」
 愁矢の呟きに、見ようによっては何処か気まずそうに、顔を背けた克は、「何でもない、行くよ」と、そのまま川を上流に向かい走りだして行った。
「いやいや、ちょっと何だよ、今の覚醒!」



「上流と言えば、この辺りのはずだよ」
 覚醒状態に入り、探査の眼を使用していたセラが辺りを見回しながら言った。覚醒状態に入った彼女は、先程までの、「セラってばお魚つかまえる依頼を受けたのです!」と、生き生きとした笑顔を浮かべ、魚を歌詞に即席の鼻歌を歌っていた彼女とは、全く別人のようだった。
 この変化はどういうわけだ、と訝しげに見やる勇の視線に気づいたのか、抑揚のない表情を浮かべるセラが、振り返る。「私はアイリスだ」と、言った。
「アイリス?」いや、セラさんですよね?
「セラは今、眠っている」
「人格変化する能力者か」覚醒時に人格が変わってしまう、そういう能力者が居るという噂なら、聞いたことがある。セラはそれには答えず、また辺りに鋭い視線を走らせた。
「私の事より、まずはキメラさ。キメラを放っておけば自然環境にもダメージがいくだろう。捕獲対象がその地域特有の種であった場合は研究自体が駄目になりかねない。キメラはさっさと討伐しておくに、限る」
「まあ、それはそうだが」
 それにしても、この変わりようは本当に凄い、と勇はまだ、そんなところにこだわっている。
 一方、そのすぐ後ろを歩く風海は、キメラが見つからないかしら、と覗いていた双眼鏡を下ろし、「中々良い場所ですね」とか、誰に言うでもなく、呟いた。
「釣りのポイントとしても良さそうですし」
 愁矢は、自分も釣りが好きであるし、確かに良い隠れポイントだ、などと考えていたので、前半の言い出しに同意したくなって顔を上げ、それから、彼女が続けた「時期がもうちょっと早ければ、川遊びなども面白そうですよ」という言葉に、えと驚いた。
 え、そんながっつりフル装備のガスマスクで水遊びなんて、と若干不審げに、油断すれば不審者を見るような目で、思わず、見る。そしたら何か、ゆっくりと振り返った風海が、それはもう明らかにじーっとこっちを見ている雰囲気だった。
「ガスマスクの女は」
 くぐもった声が、奇妙な迫力を持って、言う。「水遊びをしてはいけないというのですか」
「いやガスマ」
「勿論その時は水着に防水ガスマスクですけど何か!」
「えー! ごめん」
 愁矢は勢いに気圧されて、とりあえず何か謝った。「いやそんな、えー、怒るんだ」
「いやそんな」と、途端に何故かもじもじとした風海は、「ごめんなんて言われたら、じゃあ、ごめんね」と、すっかり良く分からない空気になった。
 なので二人して、むしろ、競い合うようにして、最終的に斜め後ろから聞こえて来た「これ実は新しく手に入れた武器なんです〜」とかいう、かざねの声に反応したふりをして逃げた。
 かざねはカラフルな色味の、筒のような棒を空の下に翳し、隣の克に見せている。
「はー」と呟き、ちら、とそれを見て「そうなんだ」と明らかにめちゃくちゃ薄い克の反応にも、彼女は凄い楽しそうだった。
「かわいい武器だね、似合ってるよ。ってほめられたんですよー」とかもう、全然めげない。実はあの武器に夢中で、相手の反応の薄さとか最悪どうでも良くなっているのではないか、と愁矢は勘繰る。
「いいじゃん、可愛いと思うぜ」
 話を合わせるくらいの気分で、口を挟んだ。すると克が無表情に愁矢を振り返る。
「え、なに」
 実のところ、物凄い話をするタイミングとか狙っていて、でも凄い軽快に彼女が喋るもんで何処で口を挟んだらいいかも分からないしとか思ってたら、君がさらっと「可愛いんじゃないの」とか言うもんで、何それ凄いね、とか、思っていたとしても、克は、言えない。「あの、何でも、ない」薄く、首を振る。
 でももしかしたら今なら口を挟めるかも知れなくて、さりげなく可愛いねとか同意出来るかも知れなくて、なんて勇気を持って口を開きかけたら、風海に「はい、中々可愛いと思います、私の趣味ではないですけど」と先を越され、さあ、便乗だ! と思ったら思ったで、「キメラだ」と、セラの鋭い声に、遮られた。
 途端に全員の顔が、ぎゅっと引き締まる。
 当然もう可愛いね、なんて、言えない。



 キメラはまさしくカニのような形をしており、二匹、出現した。
「陸地に誘い出して討伐しましょう」
 風海の声に頷いた克が、すぐさま、動いた。覚醒状態に入り、キメラに接近していく。その後ろに蒼く目を輝かせた覚醒状態の愁矢が続いた。迅雷を使用し、克とは反対側の位置に向かい移動していく。克は、月の光を浴びて作りだされたという直刀「月詠」を構え、愁矢は真っ赤な刀身を持つ直刀「壱式」を持ち、キメラを挟みこんだ。
「援護します」
 風海が、練成強化を使用した。克と愁矢の構える武器が、強化され、淡く光を帯びる。

 かざねもまた、残った一匹に向かい、駆け出していた。全身が淡く光を帯び、目にもとまらぬ速さでキメラへと近づいて行く。新しく調達したという機械剣「フェアリーテール」の柄先についた大きめのぜんまいを巻き、薄桃色のレーザーを噴射させた。
「さぁ、仕掛けますよ! この子達の力、見せてあげます!」
「レイ」
 セラが冷たくも洗練された、ステンレスを想わせる声で呟いた。光殻「レイディアントシェル」を起動し練力を注ぐと、彼女の構えるプロテクトシールドに、赤黒いエネルギーが満ちて行く。「さて、行くとするか」と呟いたかと思うと、キメラに接近して行った。
 緑色の中に虹色が入り混じったオーラを纏った、覚醒状態の勇もまた、漆黒に変化した髪をなびかせながら、走りだしていた。かざね、セラと共に、三方からキメラを囲い込むと、黒色の刀身を持つ直刀「夜刀神」を構えた。

 今だ!
 克はキメラの口元から出る泡を回避し、急所突きを繰りだした。
「その甲羅、どれだけ堅いのか試してみようか」
 鋭い瞳で、甲羅の隙間に狙いを定めると、力の限り月詠を突き刺した。ぐちゅ、と湿り気を帯びた感触が腕に伝わり、背筋を走る。疾風を使用しキメラの攻撃攻撃を撹乱するかのように動いていた愁矢が、輝く瞳を細め克の動きを湛えるかのように笑みを浮かべる。「隙間ならダメージも与えやすい」
 側面に回り込み、流し斬りの構えを取る克を援護し、反転しようとするキメラの動きを、「壱式」で突き刺し押さえた。
「これで、終わるよ」
 月詠を流れるようになめらかに操ると、深く深く突き刺した。
「追撃、援護なし」
 辺りを警戒していた風海が、二人に、告げる。

 かざねのフェアリーテールで生命力を削り取られたキメラは、堅い殻で自らの身を守ろうとするかのような素振りを見せた。
「甲殻類に有効なのは斬撃ではなくやはり、打撃」
 それ自体が一つの攻撃であるかのように冷気すら帯びた声で呟いたセラは、プロテクトシールドを振りかぶると、思い切りそれを叩き付けた。「受けなど取らせるものか」
 小柄な彼女は、反動で跳ね返ることもなく、二度、三度と、凄まじいまでの勢いで叩きつけて行く。同じく勇もまた、振りかぶった夜刀神を叩きつけるように振りおろし、スマッシュで援護した。体を丸め込もうとするキメラの動きを封じる。続けて、シールドスラムを発動させ、「甲羅が堅いなら別方向より攻めるのみ!」装備したスキュータムを地面と顔面の間に滑り込ませた。
 脇から夜刀神を突き刺し裏返すと、フェアリーテールと直刀「蛍火」を両手に構えたかざねが走り込んで来た。
「硬い上に受けなんてたまったものじゃないです! 刹那!」



 輪を作るようにして立つ一同は、甲羅が割れ、手足の千切れたカニのようなキメラの死骸を、じっと見下ろしていた。
 そうして誰もが、誰かが発言するのを待っているようでもあった。これ、食えるのかな。食ってみたいよな。いや絶対美味しいでしょ、確実でしょ、明らかコイツ、カニでしょ、どう見ても。いやでも、キメラでしょ、やばいでしょ。
「た」
 と、誰かが口を開いた。
 ハッと皆が体を震わせる。
「食べ」
「食べてみる?」



 釣り糸を垂らした風海の隣に座ったかざねは、彼女が「魚心あれば水心。釣りといえば魚です。大袈裟にいえば、ええ、そう、これは自然との対話なのです」と、語るのを聞いた。
「はい」
 と頷き、チラチラ、横顔を盗み見る。いやこれ言っていいのかなあ、と、心持ち申し訳なさそうな表情を浮かべると、「あのでも、今」と恐る恐る切り出した。
「でも今、ちっちゃくグッドラックとか、呟きましたよね」
 ガスマスクがゆっくりと振り返る。
 水が石にぶつかる音が、二人の間に暫し、流れた。
「香水、良い匂いがしますね」
「はい、女性は身だしなみも大事だと思うんです」
 とか何か、当たり障りなくまた喋って、二人は水面を見つめる。

 その少し離れた場所では、セラと克が網や手を使った捕獲に勤しんでいた。
 克は網を使い、発見した魚を根気強く、追い込んでいた。もう何だったら延々追ってしまいそうです、みたいな粘り強さを見せていた克だったが、途中で気付いたら、余りにも皆が遠い場所に居たので、ちょっと驚き、いつまででもこうしていたいけど、いつまでもこうしているわけにはいかない、と気付いた。
 何となく反則を使うような気分で、こそっと一瞬だけ覚醒すると、素早く魚を確保した。釣り用バケツに放り込みながら、満足げに、けれど何処か少し恥ずかしげに、はにかむ。バケツの中を泳ぐ魚に、目を細め、それから、顔を挙げた。
 ふと見ると、反則どころか、ガツガツ覚醒中です、みたいなセラが、川の中を歩いていた。抑揚のない表情から、別人格の方であると分かる。さほど素早い魚でもなかったが、確かにあんな小さな子が覚醒もせずに発見し、捕獲するのは難しいだろうな、とぼんやり納得していたのもつかの間、不意に動きを止めたセラは、何を思うのか突然、覚醒を解いた。
 すとん、と一度、表情を失くした彼女は、次の瞬間、くりんとした青色の目をぱちぱちとさせ、「あれ、セラ、何してたんだっけ?」と辺りを見回した。それから、目の前をそよそよと泳いでいく魚に気付き目を見開くと、「お魚さんだ! お魚さんだよ!」と笑顔で張りきり、腕を捲った。
「私、お魚さん捕まえるの楽しみにしてたんだよー」と歓声を上げ、もう濡れようが、こけようが、私、全然気にしないから! とでもいうような大ぶりな動作で水面を掻きまわす。最悪捕まらなかろうが、この動作が楽しくて仕方がなくて、ここで遊びたいのだ、それだけなのだ、とでも言いたげな少女の姿を、暫し、眺めた。

「皆、頑張ってんなー」
 川辺では勇と愁矢の二人が、キメラ試食会の準備を終え、くつろいでいた。
 勇の持ち込んだキャンプ用テントを組み立て、コーンポタージュを調理し、火を焚き、即席の囲いを作り、準備万端も万端、愁矢は水筒の水を飲んでるし、勇は、持ち込んだキリマンジャロコーヒーを楽しんでるし、何だったら、先にカニとか食ってしまうかもしれない、みたいな雰囲気だった。
 やがて「そろそろ」と、火を見つめていた愁矢が我慢し切れず呟いた。
 勇は愁矢を見る。新しいエロ本を発見した中学生の面持ちで、つまりは好奇心にあふれた瞳で、互いを見詰め合うと深く頷き合った。
「味見だよ、味見。味見してみようぜ、ほら、焦げちゃうし」
「そうだな、味見だな、焦げてしまうしな」
 火で炙った脚を一本取ると、殻を向き食べ始める。
「これは」
「意外と、いける!」


「これはもう高級品というやつですよ、悪くないですね」
 炙り焼かれたカニキメラを前に、風海がじゅるり、と涎を啜る音がする。でも、あのガスマスクはどうするんだろう、また外すのかしら、とかざねはそこに目が釘付けだった。が、今回は、彼女がまるで躊躇う様子も見せずマスクを外すので、驚いた。
 おお、と思わず呻きそうになり、何だ外せるんじゃないですかー、とか話しかけようとしたら、黒い面に髑髏の模様が描かれたマスクがまた顔を出し、何でこんなちょっと裏切られた気分なんだろう、とか、思った。それで隣の克とか何となく見ると、キメラ脚をキャッチする目が、確実に獲物を狙う目だったりして、何はなくても、カニ! みたいに、意外と必死に手を伸ばすと、豪快に割って被りついた。凄い無表情なのに、ガツガツ食べてて、美味しいのか美味しくないのか分からないけれど、必死さだけは伝わってくるので、多分、美味しいのかしら、とか、勇さんのコーンポタージュを片手に思っていたら、ちょっと食べたくなってきた。
 必死に食べている克をじろじろと、見る。克はかざねの視線に気づき、ちろ、と目を向けると、新しいカニを取って差し出して来た。
「ん。美味しい、よ。食べて、みる?」