●リプレイ本文
「作戦を確認します」
見た目はがっつりガスマスクとか、あれ、それって新手の諧謔とかですか、みたいな毒島 風海(
gc4644)が、物凄く、真面目な声で、言った。「今回はキメラに山頂を抑えられているので、ヘリからの降下が困難な状況です。そこで」
ガスマスク姿の毒島が真剣に喋ると、一気に場面が、軍事的で重大で危険な任務のようだった。とか、嘘だった。銀狐の耳のついたフードがもう完全に、軍事的ではなかった。
エクリプス・アルフ(
gc2636)は暫く向かいに座る彼女の事をぼんやり見つめ、それから手を伸ばすと、ずり、とそれを剥ぐ。ばさ、と青い髪が現れる。ガスマスクが、無言で凄い見つめて来た。
「ん何だろう」
やがて、無表情のガスマスクが、言った。「何がしたいんですかアルフさん」
「えいや何かちょっと、それが、邪魔かなあと思ったので」
「いえ、アルフさん。凄い普通の顔してますが、邪魔かどうかを決めるのは、私ですよね」
「はい」
「いや、はいって」
とか何か詰め合ってたら、最終的に凄い変な空気になったので、二人して全然聞いてない緋本 かざね(
gc4670)を、何となく、見る。「ヘリヘリ」とか何か呟きながら、嬉しそうに内部を見回している彼女はきっと、作戦を確認します、のくだりから、きっともう、聞いてない。
「それにしても皆さん元気ですね。私は身体も弱いですし、眼も見えませんから、羨ましいです」
あれ、本当に羨ましがってますか、みたいな抑揚のない声で、シエラ(
ga3258)が言う。無表情に、揺れることのない視線が一点をぼんやりと見つめていた。視力がないのだ、ということはすぐに、分かる。けれどその傍らには、どう見てもそれ貴方の物ですよね、みたいな大剣が寄り掛かっていたりして、そんな細身の体で、どうやってこの大剣を振り回すのか、っていうか、それは間違いなく貴方の物なんですか、何か間違えて持って来ちゃったってことはないんですよね、とかもう、いろいろ凄い気になった。すると「なにか?」と、彼女が振り向くので、驚いた。
「俺が見てるの、ばれましたか」
「何となく、は」
「しかし、辺鄙な所でひっそり暮らしているキメラ。ちょっと不憫ですね」
風海が言うと、シエラが頷いた。「確かに、登攀して登頂するような場所に、キメラが暮らしているというのも変な話ですね。回収する水が余程特殊なんでしょうか」
「それにしたってバグアも、もうちょっとマシなところに配置してあげればいいのに」
そこで風海は、何事かを考えるように、ぷつり、と押し黙った。やがて、小池のほとりで仲睦まじく暮らす鬼たち的な、とか呟いたかと思うとガスマスクの上から目元をぬぐう。「何だか、不憫で泣けてきました」
「確かに、どんな生活を送っているのか、少々気になりますね」
絶対気になってないですよね、びっくりするくらい感情移入してる風海の欠片も感情移入してないですよね、みたいな声で、シエラが、頷く。
「ところでちょっと今、思ったんですが」
風海はそろ、とそのシエラの胸元を見た。「シエラさんって、年下で細身なのに結構胸が」大きくないですか、とか何か、話を振るつもりで隣のかざねを見たら、今さっきまですっごいはしゃいでたかざねが、凄い素の顔でめちゃくちゃじっとこっちを見ていた。目が合う。ガスマスクの下で、そろ、っと彼女の胸元を見て、無言のまま顔を逸らせた。
バタバタバタバタバタ、と沈黙したヘリ内にプロペラの音が、響く。
「あ、あれが問題の高台ではないですか」
首から提げていた双眼鏡を覗き、かざねが声を上げる。「そうですね」と風海が頷いた。
「私達を下ろしたら、念のため一旦引き上げてください。キメラを倒し、目的を果たしたら、無線機で知らせますので」
シエラが、操縦士に向かい、言う。「すみません、我侭を言って」
「さてと、閃光手榴弾の出番ですかね。鬼は外って、ちょーっと、強烈な豆ですけどねー」
「画期的な八つ当たりをしますね、かざねさん」
「アルフさん、笑いごとではない気がします」
●
「思ったんだけどさ」
鳳 勇(
gc4096)から貰ったロープを自分の体に巻きつけながら、神羽 魅雪(
gc5041)が言った。「バクテリアって何なんだ?」
同じロープを、未名月 璃々(
gb9751)の体に巻きつける。結び終えると、それをまた、隣に立つ幡多野 克(
ga0444)に渡した。
「犬ですよ」
答えたのは、未名月だ。自らの髪に触れながら、「テリア犬の一種です。ヨークシャー・テリアとか、あるでしょう? 同じですよ。バク・テリアという犬の品種なんです」蝋で固められた人形のように、薄っすらとした笑みを浮かべたまま、変わらない表情で飄々と嘘を吐く。
「おお」
とかめちゃくちゃ嬉しげに、神羽が頷いた。「そうだったんだ! でも、え、じゃあ水筒じゃ入らないんじゃあ」
「あの、さ」
今度は、克が、ぼそぼそ、と言う。ナイーブで繊細な少年がそのまま歳をとって青年になってしまいました、とでもいうような、雰囲気があった。「じゃあ‥俺も、ちょっと何か、疑問に思ってたこと‥‥聞いていい?」
ん、あれ、何時の間に疑問大会になってたんだ、っていうか、テリア犬の件は、訂正なしなのか、というより、その克のリュックサックは何なんだ、何の荷物なんだ、と脈絡なく、勇は戸惑う。
「なぜ赤や青なんだろうね」
「何がだ、というよりその荷物は何なのだ?」
「ぴ」
「ぴ?」
ピクニック、とか呟いてちょっと俯いた克は、すぐに顔を上げ、「キメラなんだから‥‥虹とかラメとか、色は好きにできそう‥だけど。鬼っていうと‥何で赤や青ばっかりなの、かな‥? 昔見たことのある、本の中でも‥青とか、赤‥とか」とか、ピクニックのくだりはもうなかったことにしようとしている。
「それは」
勇はゆっくりと克の方を振り返った。「バグアに聞いてみないと」
「ん」短く頷いた克が、「登ろう、か」と言う。
「こちら、登攀班。現在、中腹辺りに位置」
勇は無線機に向かい、報告する。勇と克の間に三角形の頂点を取るような形で、肉体労働は苦手だという未名月を背負った神羽が、断崖絶壁をもろともせず、見ているこちらが心配になるような無防備さで登っている。しかも、裸足だ。
覚醒状態で登攀するのは、勇一人で、残りの三人は皆、通常の状態で登攀に挑んでいた。
勇は無線機を懐に仕舞いこむと、漆黒に染まった髪を揺らしながら、緑の中に虹色の混じったオーラに包まれた手で壁を、撫でる。また、次のとっかかりを、足場を探して、視線を彷徨わせる。僅かな窪みやとっかかりを頼りに、掴む。力を込める。腕の筋肉が盛り上がる。登る。足場を確かめる。足を、置く。右の方で、全く同じように真剣な表情を浮かべ壁を登る克の姿が目に入る。次に自分は何処を登るべきか、誰かと被りはしないか、と、目を走らせている。目が合った。
「手足をかける箇所は、慎重に‥選びながら。このまま登頂したら達成感が‥ある、から‥」
「とか言って、落ちそうになったら覚醒すればいいとか思ってないよな?」
無言でこっちを見ていた克が、「ん、とりあえず、登ろう」と若干恥ずかしげに視線を逸らせた。
と、その時、がしゃ、と頭上で、石が崩れるような、嫌な音がした。と思った時にはもう、わーとか呻き声と共に神羽の体が落ちてくる。あーそんな気がしてたんですよねー、みたいに全然慌ててないどころかまだ薄っすらとほほ笑んでいる未名月の顔が、視界を横切った。
「あ」
すぐさま、覚醒した克が、銀色の髪をなびかせながら、落ちて行く神羽の手を握った。勇は未名月の手をすかさず、握る。「危機、一発」
冷気が神羽の周りを取り巻き、髪がじりじり、と凍てついて行く。覚醒状態に入った彼は、すぐさま、飛び上がるように石を掴み、「ふう、危なかったぜ」と、漏らす。
「油断してるからだ」
「ちげえよ」
さっきまでの天真爛漫さが嘘のような口調で、神羽が、言う。「でも、まあ、助かったよ」
「じゃあ私がごそごそしたからかもしれないですね」
まだまだ薄っすらとほほ笑みながら、未名月が言う。「洞窟に水が流れ込んでいるかもしれないので、ロッククライミング中に探そうと思ってたんですよね」
「洞窟か」なるほど、と克が呟く。
「こっから落ちたら兄さんのところに直行だったぜ。でも、ま、会えるのも、悪くないか。なぁ?」
皮肉な笑みを浮かべ神羽が、虚ろな目で、言う。そんな顔してそんな事言われてもどうすれば、と勇は、思う。
その時バタバタバタと、頭上からヘリの音が近付いてきた。「来たぞ」と、勇は表情を引き締める。
「さて、鬼退治と行こうか」と、克が呟いた。
●
巨体とかいうのも、控えめ過ぎて申し訳ないです、みたいに、鬼二匹は巨大だった。小さな水たまりのような川のほとりで鋭い顔をし、辺りを警戒している。すぐに、頭上に浮かぶヘリの姿に気付いたようだった。
その様子を見守る登攀班は、キメラ達がそちらに気を取られている間に、高台の地面へと降り立った。上空に浮くヘリのドアが開くのが、見えた。四人は身構え、目を閉じる。瞼の裏に、ぴか、と光が弾け、強烈な音が発生する。無線機で聞いていた通り、かざねが閃光手榴弾を投げたのだろう。
頃合いを見計らい、克は、そっと目を開く。ヘリ班が着陸するまでの時間を稼ぐ必要があった。懐に差していた小銃「S−01」を抜き取ると、頭上に向け、二発、撃つ。目と耳を塞ぎ、方向感覚を失っているらしいキメラ二体が、それでも、よたよたとこちらを、向いた。銀色の銃が、太陽の光に輝く。
「あれが鬼か。戦いがいのありそうな敵だ」
天鎧「ラファエル」を装着した勇が駆け出した。右手には十字架の描かれた五角盾スキュータムを持ち、左手には、黒色の刀身を持つ直刀「夜刀神」を構え、突進していく。
「皆さん、頑張って下さいねー」
未名月の暢気な声が飛んだ。指揮棒型の超機械グロウを一振りする。「練成強化」
勇の武器が、淡く、光を帯びる。「鳳隼流・斬翔刃!」背後から、キメラへ切りかかる。溜め込んだ力を振り上げた刃から放った。渾身の一撃で、赤いキメラの右腕を斬り落とす。
ぐぎゃあああ、と怒りにも、絶望にも似た悲鳴が、のどかな高台に、響いた。
「鬼は昔から退治されるものと決まっているのです! えーい!」
飛行機から降り立ったかざねは、覚醒状態に入った。二つに結ばれていた髪の毛がばさ、と解け、全身に淡い光が舞う。「疾風」と叫んだかと思うと、赤いキメラ向け一目散に走りだした。素早い動きで、腕を切られながらも片腕を振り回すキメラを撹乱する。
「鬼さんこちら、手のなるほうへ〜です! そんな攻撃、当たりませんよー!」
「ほらほら、もっと、泣けよ。赤鬼なんだからさ」
ぞっとするほど酷薄に微笑んだ神羽が、何時の間にか、同じくキメラを撹乱するように動いていた。二人で交差するように、キメラの狙いを分散させる。
「ふふっ、桃太郎も刀で鬼を切ったのですよっ、刹那!」
機械剣フェアリーテールがキメラの左腕に切り込む。
「冥土の土産に良いモン見せてやらぁ。我奥義、流追憐華!」
飛び跳ねた神羽が、右手に持ったヴァジュラをキメラの頭部に打ち込み、それを軸にもう一度跳び上がると、左手に構えた雲隠の刃で斬撃を放つ。
一方、しなやかな猫のように俊敏な動きで、飛行機から降り立ったシエラは、「Einschalten」と呟いた。瞳が赫く変化する。青白い光を帯びた体が、みるみる間に成長した。青い色をしたキメラに向かい目にもとまらぬ速さでしゅたたたたた、と走り込んでいく。「私は体が弱いので」は軽い冗談だったのではないか、と思うほどの軽快な動きで、重心深く踏み込むと、赤い刀身をした大剣カマエルで、キメラの腿の辺りを斬撃した。ぶうん、と風を斬る重い音がし、丸太のように太い腿の肉を斬り、骨を砕く。堅い感触がして、剣が止まった。シエラは迷わず、引き抜く。
よろよろ、とよろめいたキメラは、背後で丁度、水の採取にいそしんでいた未名月に、激突しかけた。
「おっと、危ないですね」
赤い瞳を細めた覚醒状態のエクリプスは、自身障壁を使用し、白銀の盾エンジェルシールドを構えた。ずしん、と体にキメラの重みが寄り掛かってくる。腕と足に力を込める。筋肉の筋が、隆起する。大柄とも言えない体で、巨体のキメラを跳ね返すと、振り上げた盾で鳩尾を打った。
「Schwalbe wiederkehren!」
間合いを詰めていたシエラが、必殺の一撃を繰りだす。翼の紋章が武器を持つ腕の周囲を舞った。フォースフィールドを貫通したカマエルが、更に素早く、キメラの背へ二撃目を繰りだす。「Schachmatt」
克は、目にもとまらない速度で、相手の側面へと回り込んだかと思うと、直刀「月詠」を振り抜いた。その首筋を、鞭のようにしなやかな動きをする刃が、斬り裂く。ごぼごぼ、と大量の血が、キメラから漏れた。
風海はどしん、と地面へ倒れたキメラへ、いそいそと近づいて行くと、「おうじょうせいやー!」と電波増幅を行った超機械シリンジをその尻に突き刺した。
「これがホントの尻ン痔。なんちて」
びくびく、とキメラが痙攣する。
「それでこのキメラも終わったね、いろんな意味で」
克が、ぼそ、と呟いた。
●
シエラは池の水を水筒に入れ、蓋を閉めた。未名月が、「水温を変化させないように持ち帰りましょう。持って帰るにも死滅していれば意味ないですし、ま、私が聞いたところによると、通常のバクテリアなので大丈夫だとは思いますが」と、横やりを入れる。
「しかし毎回思うのだが、何の研究の為にこういった場所の情報を仕入れているのだ?」
「なーんか想像してたより地味な作業だったな」
傍らでつまらなそうに神羽は、小石を蹴っている。
「バクテリアですかー。私には良く分かりません」
「いや何かバク・テリアっていう、犬の一種らしいけど」
「またまたー、私を騙そうとしても、駄目ですよーもう」
とか何か、ぷんとかしたかざねが、神羽の腕をどん、と押した。戦闘の疲れがたたったのか、不意を突かれたからなのか、驚いたことにそのまま彼は、ドボンと池に落ちる。すぐ出てくるだろう、と思っていたら、意外と、泳げないようだった。落ち着け、まず落ち着け、と言いたくなるくらい、手足をばたばたとさせている。
「おぶっ、だ、誰かっ、誰かヘルプ! 俺泳げながぼごへっ」
「あ、ああ、どうしよう、風海ちゃん」
「いやえーとりあえずちょっと一回、見ときましょうか」
「み、見てないで助けてぐげえぶ」
とか何か、そんな一同をよそに、克は、拾ってきた甘そうな木の実とかを食べ、ピクニック気分を満喫する。
「食べる?」
と隣のアルフに差し出した。「お、いただきますー」と彼が、のんびり頷いた。