タイトル:鬼みたいと高台の水マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/19 03:13

●オープニング本文


 ぱん、と結構凄い音が鳴った。
 未来科学研究所の美しく磨かれた、静まり返った廊下でそんな音が聞こえてくると思ってなかったため、岡本は思わず、引き返そうと思っていた足を止めてしまっていた。全然見ることないんだけど、絶対関わらない方がいいんだけど、残念ながら見たい、という気分で、恐る恐る、振り返る。物陰に隠れるようにして、見る。
 未来科学研究所、研究員の大森が頬を押さえた格好で立っていた。
 向かいには、長身の彼よりは低い背の、それでも岡本とはそう変わらない背丈の、女性が立っている。遠目に見ても、スタイルの整った美しい人であることは分かった。大森の日頃の言動を思い出せば、絶対に認めたくないのだけれど、認めるのは本当に腹立たしいのだけれど、率直に言ってしまえば美男美女の二人だった。
 しかし今大森はその彼女に頬を平手で打たれた。しかも、恐らく、かなり思い切りだ。つい今しがた二人を見つけた時も、険悪なムードのようには見えなかったから、その行動には驚いた。もしかしたら自分が知らないだけで、研究所内ではあれが求愛の行為として流行っているのではないか、と思ったくらいだった。
 女性は大森を、薄っすらとほほ笑んでいるとさえ見える表情で見つめている。顎にかかるくらいの長さの髪にかくれ、大森の表情は分からない。しかし、次に顔を挙げた瞬間、彼は、にこにこと笑っていた。
 ああこれはもうそういう新しい遊びなんですね、そうなんですね、凡人には分からない、エンジニア特有の何かなのですね、とか思って、でも黙って見ていたら、「じゃあ別れてくれていいよ」と、一際はっきりとした声で大森が言った。
 またパン、と平手が飛んだ。
 何だか良く分からないけれど、何かちょっと嬉しい。知らぬ間に口元が緩んでいた。いいですね、もっと殴ればいいですよ、何なら蹴ったらいいですよ、と全然関係ないはずの女性に、自分の日頃の鬱憤を重ね合わせる。
「言われなくても別れるし、これで終わりだから。大森君が殴られて終わり、っていい終わり方でしょ」
「うんそうだね」
 という返事のむしろ「だ」辺りに被るくらいの速さで女性が踵を返す。パスカードを翳すと、研究室の中に消えて行った。
 ああ今日は面白い物が見れたな、良かったな、くらいの気分で岡本も帰ろうとしたところで、背後から突然「岡本君」と、呼ばれ凍りついた。
「え」
 見られてないはずなのにどうして分かったんだ、と息をひそめていたら、いつの間にか歩いて来ていたらしい大森が真横に立っていて、ハッとした。
「岡本君さ、隠れても分かるんだって。俺の能力舐めて貰っては困るよ、もうあれだよ、匂いとかで分かるもの」
「に、匂い」
「なんて嘘だけど」
「そういう嘘を発想する自体がもう無理ですよ」
「いやあちょうど良かったなあ。ねえ、君、どうしてこんなところに居るの」
 言った大森が、あからさまにハッとした顔をした。「まさか」と呟く。嫌な予感がした。「違いますよ」と先に否定する。
「何、どうしたの、もしかして、俺に会いに来たの。え、もしかして惚れたの」
「あのー。会議に使うプロジェクター、返して貰いに来たんですけど、会議室って、何処ですか」
「なにプロジェクターって」
「UPC本部の会議室にあるやつ、未来研究所の人達が持ってったって上司がぼやいてたんです。何か、壊れたから貸してくれって、エンジニアばっかり居るのに、プロジェクター壊れたままってどういうことなんですか」
「うどん屋が自分の家庭の献立でうどんを作ると思う?」
「はー作るんじゃないですかね」
 とか答えたら、何か暫く、しんとした。大森が何か言いそうだな、という気配がしたので、「大森さんが殴られてたことについての説明は別に必要ないですよ」と前もって言っておくことにした。
「あ、聞きたい? 気になる?」
「あのー、じゃあ、僕は明日の会議の用意しなきゃいけないんで、これで」
「いやびっくりしたよね。他の女の子と遊んでたら、何か、平手されちゃって。怒られて面倒臭くなっちゃって、だからそんなに怒るなら別れてくれていいよって言ったらまた殴られちゃったよね」
「それは恐らく浮気と言って、世の大半の女性が憎む三大悪の一つだと思います」
「そうなんだ、勉強になったよ」
「どうでもいいですけど、女性にしばかれておいて平然としてる大森さんは多分、女性とかと付き合わない方がいいと思います」
「何で、岡本君が居るから?」
 そもそも彼女はどうしてこんな変人と付き合ったのか、結構高めの確立でこんな変人と付き合いたい女の子なんて居るまい、と思っていただけにショックだった。気がつけば、何でこんな人に女が寄ってくるんだ、不公平じゃないか、みたいな目になっていた。
「それってなに、僕のことを弄んでおいて、って嫉妬の目?」
「いや違います」
「だってさ、彼女は居ないと困るじゃない。肉体衛生上良くないし。人間はさ、ほら、動物みたいに発情期が決まってるわけじゃないからさ。いろいろ面倒臭いよね。それとも岡本君が、僕の精神だけじゃなくて肉体の方も面倒見てくれるっていうなら、考えないでもないけど」
「大森さん」
「うん、何だろう」
「精神の面倒を見たつもりもないですし、今実は凄いことを言っちゃってるんだって、自覚して貰っていいですか」
「うん頑張ってみるね。それでね今回能力者の人達にお願いしたいのは、水の採取なんだよ」
「全然聞いてないですよね」
「生息してるバクテリアを調べたいから。水を採取して持ち帰って欲しい。地図は後でメールするけど、ある地方の高台なんだ。上空から降りて貰うか、何とかして昇って貰うか、行き方は任せるよ。重要なのは、その高台の上にある小さな池だよ」
「そんな場所に池があるんですか」
「あったら何だかロマンだよね」
「いや、あるんですか」
「あるはずだよ。専門分野の違う知り合いの研究者から教えて貰ったから。そこに居るバクテリアが分かるといろいろと、って、興味ないよね」
「はい、ないですね」
「でもそこには、でっかい鬼みたいなキメラが居る、と言われている」
「いや鬼て」
「俺、鬼なんてやだもの。怖いもの。岡本君だって怖いでしょ、実際に居たら、ヤでしょ」
「それは、まあ」
「ほら、鬼に比べたら俺なんかさ、全然可愛いじゃない。実際目の前にどっちが居たら面倒臭いかっていったら絶対お」
「大森さんですね」
「早いね、反射神経選手権とか出たらいいのに」
「ないですよ」
「え?」
「ないですよ、反射神経選手権なんて」
「うん、知ってるよ」




●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
シエラ(ga3258
10歳・♀・PN
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
エクリプス・アルフ(gc2636
22歳・♂・GD
鳳 勇(gc4096
24歳・♂・GD
毒島 風海(gc4644
13歳・♀・ER
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN
神羽 魅雪(gc5041
18歳・♂・FC

●リプレイ本文


「作戦を確認します」
 見た目はがっつりガスマスクとか、あれ、それって新手の諧謔とかですか、みたいな毒島 風海(gc4644)が、物凄く、真面目な声で、言った。「今回はキメラに山頂を抑えられているので、ヘリからの降下が困難な状況です。そこで」
 ガスマスク姿の毒島が真剣に喋ると、一気に場面が、軍事的で重大で危険な任務のようだった。とか、嘘だった。銀狐の耳のついたフードがもう完全に、軍事的ではなかった。
 エクリプス・アルフ(gc2636)は暫く向かいに座る彼女の事をぼんやり見つめ、それから手を伸ばすと、ずり、とそれを剥ぐ。ばさ、と青い髪が現れる。ガスマスクが、無言で凄い見つめて来た。
「ん何だろう」
 やがて、無表情のガスマスクが、言った。「何がしたいんですかアルフさん」
「えいや何かちょっと、それが、邪魔かなあと思ったので」
「いえ、アルフさん。凄い普通の顔してますが、邪魔かどうかを決めるのは、私ですよね」
「はい」
「いや、はいって」
 とか何か詰め合ってたら、最終的に凄い変な空気になったので、二人して全然聞いてない緋本 かざね(gc4670)を、何となく、見る。「ヘリヘリ」とか何か呟きながら、嬉しそうに内部を見回している彼女はきっと、作戦を確認します、のくだりから、きっともう、聞いてない。
「それにしても皆さん元気ですね。私は身体も弱いですし、眼も見えませんから、羨ましいです」
 あれ、本当に羨ましがってますか、みたいな抑揚のない声で、シエラ(ga3258)が言う。無表情に、揺れることのない視線が一点をぼんやりと見つめていた。視力がないのだ、ということはすぐに、分かる。けれどその傍らには、どう見てもそれ貴方の物ですよね、みたいな大剣が寄り掛かっていたりして、そんな細身の体で、どうやってこの大剣を振り回すのか、っていうか、それは間違いなく貴方の物なんですか、何か間違えて持って来ちゃったってことはないんですよね、とかもう、いろいろ凄い気になった。すると「なにか?」と、彼女が振り向くので、驚いた。
「俺が見てるの、ばれましたか」
「何となく、は」
「しかし、辺鄙な所でひっそり暮らしているキメラ。ちょっと不憫ですね」
 風海が言うと、シエラが頷いた。「確かに、登攀して登頂するような場所に、キメラが暮らしているというのも変な話ですね。回収する水が余程特殊なんでしょうか」
「それにしたってバグアも、もうちょっとマシなところに配置してあげればいいのに」
 そこで風海は、何事かを考えるように、ぷつり、と押し黙った。やがて、小池のほとりで仲睦まじく暮らす鬼たち的な、とか呟いたかと思うとガスマスクの上から目元をぬぐう。「何だか、不憫で泣けてきました」
「確かに、どんな生活を送っているのか、少々気になりますね」
 絶対気になってないですよね、びっくりするくらい感情移入してる風海の欠片も感情移入してないですよね、みたいな声で、シエラが、頷く。
「ところでちょっと今、思ったんですが」
 風海はそろ、とそのシエラの胸元を見た。「シエラさんって、年下で細身なのに結構胸が」大きくないですか、とか何か、話を振るつもりで隣のかざねを見たら、今さっきまですっごいはしゃいでたかざねが、凄い素の顔でめちゃくちゃじっとこっちを見ていた。目が合う。ガスマスクの下で、そろ、っと彼女の胸元を見て、無言のまま顔を逸らせた。
 バタバタバタバタバタ、と沈黙したヘリ内にプロペラの音が、響く。
「あ、あれが問題の高台ではないですか」
 首から提げていた双眼鏡を覗き、かざねが声を上げる。「そうですね」と風海が頷いた。
「私達を下ろしたら、念のため一旦引き上げてください。キメラを倒し、目的を果たしたら、無線機で知らせますので」
 シエラが、操縦士に向かい、言う。「すみません、我侭を言って」
「さてと、閃光手榴弾の出番ですかね。鬼は外って、ちょーっと、強烈な豆ですけどねー」
「画期的な八つ当たりをしますね、かざねさん」
「アルフさん、笑いごとではない気がします」



「思ったんだけどさ」
 鳳 勇(gc4096)から貰ったロープを自分の体に巻きつけながら、神羽 魅雪(gc5041)が言った。「バクテリアって何なんだ?」
 同じロープを、未名月 璃々(gb9751)の体に巻きつける。結び終えると、それをまた、隣に立つ幡多野 克(ga0444)に渡した。
「犬ですよ」
 答えたのは、未名月だ。自らの髪に触れながら、「テリア犬の一種です。ヨークシャー・テリアとか、あるでしょう? 同じですよ。バク・テリアという犬の品種なんです」蝋で固められた人形のように、薄っすらとした笑みを浮かべたまま、変わらない表情で飄々と嘘を吐く。
「おお」
 とかめちゃくちゃ嬉しげに、神羽が頷いた。「そうだったんだ! でも、え、じゃあ水筒じゃ入らないんじゃあ」
「あの、さ」
 今度は、克が、ぼそぼそ、と言う。ナイーブで繊細な少年がそのまま歳をとって青年になってしまいました、とでもいうような、雰囲気があった。「じゃあ‥俺も、ちょっと何か、疑問に思ってたこと‥‥聞いていい?」
 ん、あれ、何時の間に疑問大会になってたんだ、っていうか、テリア犬の件は、訂正なしなのか、というより、その克のリュックサックは何なんだ、何の荷物なんだ、と脈絡なく、勇は戸惑う。
「なぜ赤や青なんだろうね」
「何がだ、というよりその荷物は何なのだ?」
「ぴ」
「ぴ?」
 ピクニック、とか呟いてちょっと俯いた克は、すぐに顔を上げ、「キメラなんだから‥‥虹とかラメとか、色は好きにできそう‥だけど。鬼っていうと‥何で赤や青ばっかりなの、かな‥? 昔見たことのある、本の中でも‥青とか、赤‥とか」とか、ピクニックのくだりはもうなかったことにしようとしている。
「それは」
 勇はゆっくりと克の方を振り返った。「バグアに聞いてみないと」
「ん」短く頷いた克が、「登ろう、か」と言う。


「こちら、登攀班。現在、中腹辺りに位置」
 勇は無線機に向かい、報告する。勇と克の間に三角形の頂点を取るような形で、肉体労働は苦手だという未名月を背負った神羽が、断崖絶壁をもろともせず、見ているこちらが心配になるような無防備さで登っている。しかも、裸足だ。
 覚醒状態で登攀するのは、勇一人で、残りの三人は皆、通常の状態で登攀に挑んでいた。
 勇は無線機を懐に仕舞いこむと、漆黒に染まった髪を揺らしながら、緑の中に虹色の混じったオーラに包まれた手で壁を、撫でる。また、次のとっかかりを、足場を探して、視線を彷徨わせる。僅かな窪みやとっかかりを頼りに、掴む。力を込める。腕の筋肉が盛り上がる。登る。足場を確かめる。足を、置く。右の方で、全く同じように真剣な表情を浮かべ壁を登る克の姿が目に入る。次に自分は何処を登るべきか、誰かと被りはしないか、と、目を走らせている。目が合った。
「手足をかける箇所は、慎重に‥選びながら。このまま登頂したら達成感が‥ある、から‥」
「とか言って、落ちそうになったら覚醒すればいいとか思ってないよな?」
 無言でこっちを見ていた克が、「ん、とりあえず、登ろう」と若干恥ずかしげに視線を逸らせた。
 と、その時、がしゃ、と頭上で、石が崩れるような、嫌な音がした。と思った時にはもう、わーとか呻き声と共に神羽の体が落ちてくる。あーそんな気がしてたんですよねー、みたいに全然慌ててないどころかまだ薄っすらとほほ笑んでいる未名月の顔が、視界を横切った。
「あ」
 すぐさま、覚醒した克が、銀色の髪をなびかせながら、落ちて行く神羽の手を握った。勇は未名月の手をすかさず、握る。「危機、一発」
 冷気が神羽の周りを取り巻き、髪がじりじり、と凍てついて行く。覚醒状態に入った彼は、すぐさま、飛び上がるように石を掴み、「ふう、危なかったぜ」と、漏らす。
「油断してるからだ」
「ちげえよ」
 さっきまでの天真爛漫さが嘘のような口調で、神羽が、言う。「でも、まあ、助かったよ」
「じゃあ私がごそごそしたからかもしれないですね」
 まだまだ薄っすらとほほ笑みながら、未名月が言う。「洞窟に水が流れ込んでいるかもしれないので、ロッククライミング中に探そうと思ってたんですよね」
「洞窟か」なるほど、と克が呟く。
「こっから落ちたら兄さんのところに直行だったぜ。でも、ま、会えるのも、悪くないか。なぁ?」
 皮肉な笑みを浮かべ神羽が、虚ろな目で、言う。そんな顔してそんな事言われてもどうすれば、と勇は、思う。
 その時バタバタバタと、頭上からヘリの音が近付いてきた。「来たぞ」と、勇は表情を引き締める。
「さて、鬼退治と行こうか」と、克が呟いた。



 巨体とかいうのも、控えめ過ぎて申し訳ないです、みたいに、鬼二匹は巨大だった。小さな水たまりのような川のほとりで鋭い顔をし、辺りを警戒している。すぐに、頭上に浮かぶヘリの姿に気付いたようだった。
 その様子を見守る登攀班は、キメラ達がそちらに気を取られている間に、高台の地面へと降り立った。上空に浮くヘリのドアが開くのが、見えた。四人は身構え、目を閉じる。瞼の裏に、ぴか、と光が弾け、強烈な音が発生する。無線機で聞いていた通り、かざねが閃光手榴弾を投げたのだろう。
 頃合いを見計らい、克は、そっと目を開く。ヘリ班が着陸するまでの時間を稼ぐ必要があった。懐に差していた小銃「S−01」を抜き取ると、頭上に向け、二発、撃つ。目と耳を塞ぎ、方向感覚を失っているらしいキメラ二体が、それでも、よたよたとこちらを、向いた。銀色の銃が、太陽の光に輝く。
「あれが鬼か。戦いがいのありそうな敵だ」
 天鎧「ラファエル」を装着した勇が駆け出した。右手には十字架の描かれた五角盾スキュータムを持ち、左手には、黒色の刀身を持つ直刀「夜刀神」を構え、突進していく。
「皆さん、頑張って下さいねー」
 未名月の暢気な声が飛んだ。指揮棒型の超機械グロウを一振りする。「練成強化」
 勇の武器が、淡く、光を帯びる。「鳳隼流・斬翔刃!」背後から、キメラへ切りかかる。溜め込んだ力を振り上げた刃から放った。渾身の一撃で、赤いキメラの右腕を斬り落とす。
 ぐぎゃあああ、と怒りにも、絶望にも似た悲鳴が、のどかな高台に、響いた。
「鬼は昔から退治されるものと決まっているのです! えーい!」
 飛行機から降り立ったかざねは、覚醒状態に入った。二つに結ばれていた髪の毛がばさ、と解け、全身に淡い光が舞う。「疾風」と叫んだかと思うと、赤いキメラ向け一目散に走りだした。素早い動きで、腕を切られながらも片腕を振り回すキメラを撹乱する。
「鬼さんこちら、手のなるほうへ〜です! そんな攻撃、当たりませんよー!」
「ほらほら、もっと、泣けよ。赤鬼なんだからさ」
 ぞっとするほど酷薄に微笑んだ神羽が、何時の間にか、同じくキメラを撹乱するように動いていた。二人で交差するように、キメラの狙いを分散させる。
「ふふっ、桃太郎も刀で鬼を切ったのですよっ、刹那!」
 機械剣フェアリーテールがキメラの左腕に切り込む。
「冥土の土産に良いモン見せてやらぁ。我奥義、流追憐華!」
 飛び跳ねた神羽が、右手に持ったヴァジュラをキメラの頭部に打ち込み、それを軸にもう一度跳び上がると、左手に構えた雲隠の刃で斬撃を放つ。

 一方、しなやかな猫のように俊敏な動きで、飛行機から降り立ったシエラは、「Einschalten」と呟いた。瞳が赫く変化する。青白い光を帯びた体が、みるみる間に成長した。青い色をしたキメラに向かい目にもとまらぬ速さでしゅたたたたた、と走り込んでいく。「私は体が弱いので」は軽い冗談だったのではないか、と思うほどの軽快な動きで、重心深く踏み込むと、赤い刀身をした大剣カマエルで、キメラの腿の辺りを斬撃した。ぶうん、と風を斬る重い音がし、丸太のように太い腿の肉を斬り、骨を砕く。堅い感触がして、剣が止まった。シエラは迷わず、引き抜く。
 よろよろ、とよろめいたキメラは、背後で丁度、水の採取にいそしんでいた未名月に、激突しかけた。
「おっと、危ないですね」
 赤い瞳を細めた覚醒状態のエクリプスは、自身障壁を使用し、白銀の盾エンジェルシールドを構えた。ずしん、と体にキメラの重みが寄り掛かってくる。腕と足に力を込める。筋肉の筋が、隆起する。大柄とも言えない体で、巨体のキメラを跳ね返すと、振り上げた盾で鳩尾を打った。
「Schwalbe wiederkehren!」
 間合いを詰めていたシエラが、必殺の一撃を繰りだす。翼の紋章が武器を持つ腕の周囲を舞った。フォースフィールドを貫通したカマエルが、更に素早く、キメラの背へ二撃目を繰りだす。「Schachmatt」
 克は、目にもとまらない速度で、相手の側面へと回り込んだかと思うと、直刀「月詠」を振り抜いた。その首筋を、鞭のようにしなやかな動きをする刃が、斬り裂く。ごぼごぼ、と大量の血が、キメラから漏れた。
 風海はどしん、と地面へ倒れたキメラへ、いそいそと近づいて行くと、「おうじょうせいやー!」と電波増幅を行った超機械シリンジをその尻に突き刺した。
「これがホントの尻ン痔。なんちて」
 びくびく、とキメラが痙攣する。
「それでこのキメラも終わったね、いろんな意味で」
 克が、ぼそ、と呟いた。



 シエラは池の水を水筒に入れ、蓋を閉めた。未名月が、「水温を変化させないように持ち帰りましょう。持って帰るにも死滅していれば意味ないですし、ま、私が聞いたところによると、通常のバクテリアなので大丈夫だとは思いますが」と、横やりを入れる。
「しかし毎回思うのだが、何の研究の為にこういった場所の情報を仕入れているのだ?」
「なーんか想像してたより地味な作業だったな」
 傍らでつまらなそうに神羽は、小石を蹴っている。
「バクテリアですかー。私には良く分かりません」
「いや何かバク・テリアっていう、犬の一種らしいけど」
「またまたー、私を騙そうとしても、駄目ですよーもう」
 とか何か、ぷんとかしたかざねが、神羽の腕をどん、と押した。戦闘の疲れがたたったのか、不意を突かれたからなのか、驚いたことにそのまま彼は、ドボンと池に落ちる。すぐ出てくるだろう、と思っていたら、意外と、泳げないようだった。落ち着け、まず落ち着け、と言いたくなるくらい、手足をばたばたとさせている。
「おぶっ、だ、誰かっ、誰かヘルプ! 俺泳げながぼごへっ」
「あ、ああ、どうしよう、風海ちゃん」
「いやえーとりあえずちょっと一回、見ときましょうか」
「み、見てないで助けてぐげえぶ」
 とか何か、そんな一同をよそに、克は、拾ってきた甘そうな木の実とかを食べ、ピクニック気分を満喫する。
「食べる?」
 と隣のアルフに差し出した。「お、いただきますー」と彼が、のんびり頷いた。