●リプレイ本文
●奇襲
現場に急行する能力者達は、まともに追撃しても相対速度の関係上距離は縮まらないとの結論に達し、少々危険ではあったが、輸送機による強行軍で先回りする事にした。
当然ながら占領地域が目と鼻の先にある以上、時間との勝負となる事は明らかである。
<北米・バグア占領地域境界付近>
強行軍によって僅かの時間を稼ぎ出した彼らは、速やかに2台の車に乗り込み、気配を殺して銀髪鬼を待ち伏せた。
(「‥‥今回の標的は名古屋の大規模作戦で家族を失った男、か」)
ファルロス(
ga3559)も又、名古屋防衛戦を戦った能力者であり、その胸中は複雑な心境であった。
(「しかし、バグアに寝返ろうとする者を見過ごす程、俺は愚かになった覚えはない」)
どのような事情があっても、戦友達を殺した罪は償われなければならない。
―― そう意を決したその時!
「来たわ!」
双眼鏡で偵察を行っていた優(
ga8480)が、猛スピードで疾走して来る1台のジープを視認した。
「周辺空域は異常無しです」
一方、美環 響(
gb2863)も双眼鏡で上空警戒を行っていた。
UPC軍の追跡ヘリが撃墜されたとの報告を受けていたので、飛行キメラの動向を警戒する必要もあったからだ。
「ジープは1台だけかい?」
運転席のヴァン・ソード(
gb2542)が戦力を確認する。
「ええ、1台だけよ」
報告を聞いたファルロスは無線機を取り出して、もう一方の追撃班に連絡を入れた。
「目標は1台だけのようです。2台で前後に挟みますか?」
少し間が空き――
「相手の武器が剣だけとは限りません。不用意に前に出るのは危険だと思います」
鳴神 伊織(
ga0421)が応答してきた。
飛行キメラを確認出来ない以上、ロケットランチャーのような重火器の所持も考慮すべきであると判断したのだ。
実際、銀髪鬼は刀剣の扱いに長けているが、適材適所で銃器も扱えるベテラン傭兵でもあった。
「話し込んでる暇は無さそうだ。出すよ」
鬼非鬼 つー(
gb0847)の運転するジーザリオが加速を始める。ランデブーコースに乗るには、今から加速しないと無理であったからだ。
鬼非鬼のジーザリオに合わせて、ヴァンの運転するインデースも発進する。
「!」
前方から2台の車両が並走しようとしている事に気付いた銀髪鬼は、急遽舗装路を外れて荒野へと進路を変更した。
連携追撃して来る1台が、オフロード走行に向かない車両だと判断したからだ。
銀髪鬼の予想通り、インデースが少しずつ遅れ始める‥‥。
高回転型エンジン搭載のインデースは、舗装路では抜群の加速力を発揮するが、悪路ではトルク不足となる。
加えてスポーツ走行前提のローダウン車である為、時折ガリガリと異音を発していた。
「ヴァンさん、下から変な音がしていますが‥‥大丈夫ですか!?」
パディ(
ga9639)が心配そうに尋ねる。
「気、気にしないでくれ‥‥」
ヴァンは自分にも言い聞かせるように話すと、愛車のアクセルを更に踏み込んだ。
「皆、飛ばす‥‥しっかり掴まってろ!」
一方黒き炎は、独自ルートを使って一足早く帰還しており、最寄のバグア駐屯基地で待機していた。
銀髪鬼からの無線連絡で傭兵出現の報告を聞いた彼は、すぐさま動きだした。
「例のモンは積み込んでるか!?」
「はっ! 準備完了しております」
兵士が敬礼して答えた。
「OK! じゃあ頼むぜ」
黒き炎と『例のモン』を乗せた2機のUH−60改は、銀髪鬼を支援すべく飛翔して行った。
●8対2の死闘
「すまんが、ちょっと無理してもらうぞ!」
鬼非鬼は愛車に一言断り、銀髪鬼のジープ左側面への体当たりを敢行する。
銀髪鬼は巧みにステアリングを右に切って避けるが、時速100km/h以上で荒地を走行中の為、急ハンドルは横転の危険性があった。
クレイジーな戦法を取って来る相手を一目見てやろうと、銀髪鬼はジーザリオに近寄って運転者を見て驚いた。
「いつぞやの鬼ではないか。生きていたのか!」
言われた鬼非鬼の方も覚醒状態で銀髪鬼に顔を向けて不敵な笑みを漏らす。前回お預けされた分、再び相見える事に狂喜していたのだ。
2台はガリガリと車体をぶつけ合いながら荒野を爆走して行く。
そして体当たりを繰り返す内に序々にではあるが、進路をバグア占領地域から逸らす事に成功していた。
それが意図された作戦であったかどうかは不明であるが、勝利の流れは能力者達に傾きつつあった。
「頃合を見て弾頭矢で足を止めます!」
真白(
gb1648)は洋弓シルフスに弾頭矢を番えて、弦を引き絞ってタイミングを見計らう‥‥。
距離が近すぎると共倒れの危険性もあったので、鬼非鬼はアクセルを気持ち緩め距離を取った。
(「今!」)
真白の放った弾頭矢は、銀髪鬼のジープ左前方に着弾し、体当たりでへこんでいたフェンダーが吹き飛び、左前輪のタイヤがバーストした!
銀髪鬼はサイドブレーキを断続的に掛けながらジープを減速させていく。フットブレーキでは前輪に負担が掛かり、スピンして横転する危険性を考慮した為である。
停車して降りる際に、後部荷台に置いてあったケージの鍵を開ける。黒き炎より『保険』として預かったキメラであった。
『グルルル‥‥』
ケージの中には1体の紅き獅子、『ファイヤービースト』の姿があった。
ファイヤービーストは素早い動きでケージより飛び出し、臨戦態勢を取った。
鬼非鬼達も車を止めて降車する。
銀髪鬼は改めて降りて来た能力者達の顔ぶれを見て、何か因縁めいたものを感じた。
「ふむ‥‥奇遇と言うべきかな」
「まさか、また顔を合わせる事になるとは思いませんでしたね‥‥」
鳴神も銀髪鬼と同様の因縁を感じていたが、既に言葉で事を収める時は終わりを告げていたのだ‥‥。
「お互いに、最早語る事も無いでしょう。為したい事を為せるか為せないか、ただそれだけです」
「そうだな‥‥」
銀髪鬼は前回と違う鳴神達の徒ならぬ殺気に気が付き、低く構えて戦闘態勢を整えた。
張り詰めた緊張感の中、遅れていたインデースも到着し、銀髪鬼討伐作戦が開始された――
「雑魚は退いてろ!」
邪魔なキメラを銀髪鬼から引き離す為、ヴァンがソニックブームで戦端を開いてキメラを誘い出した。
<銀髪鬼班>
「‥‥もうどうでもいい。いくよ? 真っ向勝負だ」
キメラが上手く誘い出されたのを確認した後、覚醒状態となったパディが長刀「乱れ桜」を構えて銀髪鬼に斬りかかる!
言い分はあったが、今は言葉を押し殺して任務の遂行のみを考え行動した。
銀髪鬼は剣を抜かず、体をかわして抜刀の姿勢に入る。
「いけない!」
鳴神が銀髪鬼の意図を察知し、月詠を抜いて右側面に回り込む。
長い刀は大振りになり易く、熟練者でなければ扱いが難しく、抜刀術とは相性が悪かった。
銀髪鬼は最小限の動きで剣を抜くと、切っ先をパディの喉元に向けた。
パディを守るべく鳴神は、銀髪鬼の右腕を下段から斬り上げにいく!
「やる!」
銀髪鬼は構えた剣を下方にそのまま向けて振り抜き、鳴神の下段剣を弾き逸らす。
そして剣を振り切って前屈みの態勢となったパディを左足で蹴り、そのまま右足を軸に体を鳴神に向けて切っ先を突き付けて牽制する。
「くっ」
一度弾かれた剣は慣性の法則には逆らえない‥‥鳴神は素早く後方に飛んで正眼に構え直した。
「よそ見はいけないよ」
鬼非鬼が銀髪鬼の後方から瞬天足を使い、ゲイルナイフで刺し貫こうと接近して来る。
銀髪鬼は避けない。間に合わないからだ!
銀髪鬼は剣を素早く腋に挟み、突進して来る鬼非鬼を牽制する。
「おっと!」
鬼非鬼はぎりぎりで静止して退いた。
銀髪鬼は更に鬼非鬼に対して牽制を促す為に、振り向き様にソニックブームを放つ。
「あらよっと」
千鳥足ではあったが間一髪でかわして距離を取った鬼非鬼は、持っていた朱塗り盆に酒を酌んで一気に飲み干す‥‥よく見ると腕に傷が‥‥。
「もういいかい? 今宵の酒は格別に美味い」
昼間ではあったが、これからが本番と言わんばかりである。
その一方で、遠距離支援を行おうとしていた真白は、洋弓シルフスを構えて隙を窺うのだが、銀髪鬼がチラリと睨んで牽制してくる為、機を窺うだけで手一杯の状態であった。
「3人がかりでも無傷なんて‥‥」
<キメラ班>
一方、キメラの注意を引き付けていたヴァン、優、ファルロス、美環の4人も思わぬ苦戦を強いられていた。
ファイヤービーストの吐く炎弾の凄まじい破壊力に全員が火傷を負ていた。
直撃を食らえば即病院送り確定という破壊力を恐れ、彼らは遠巻きに銃撃とソニックブームで牽制と波状攻撃を加える。
しかし、相手は俊敏な身のこなしも兼ね備えており、あまり生命力を削れていないというのが現在の状況であった。
「少し危ない雰囲気だな‥‥」
ヴァンをはじめ、仲間達もそろそろ練力が心許無くなってきていたのだ。
美環は、残された練力を使って探査の眼とGooDLuckで注意深くキメラの動きを見つめる。
しかし、キメラの動きを予測する事も、不審な点も見出す事が出来ない‥‥。
どうすればこの状況を打開出切るだろう‥‥真剣に考えた彼はある行動に出た。
「皆さん、合図したら目を伏せて下さい!」
「1、2、3、はい!」
美環は携帯していた照明銃を、キメラの足元に向かって発射した。
放たれた照明弾はキメラの足元で閃光を発し、見事にキメラの目を潰した!
足元に落ちて来た物に対して、自然と目が行ってしまったのだ。
『グルルルッ‥‥グルルルッ』
キメラは目を押さえて地面を転がり回り、苦しがっている。
「今だ!」
ファルロスのフォルトゥナ・マヨールーと美環の小銃S‐01が火を噴き、ヴァンと優のソニックブームがキメラを切り裂く!
目をやられたキメラは、無茶苦茶に炎弾をばら撒く。
しかしそれらは当たるはずも無く、一方的な攻撃を受け続け、やがて力尽きて息絶えた。
●銀髪鬼の最後
一瞬の閃光に銀髪鬼担当班も驚いたが、幸いにも直視には至らなかった。
だが‥‥この僅かな一瞬を好機とした逸材がここにいた‥‥。『銀髪鬼』という異名を持った男。
彼は閃光で注意力が散漫になった一瞬を利用して、真白との距離を一気に詰めて来たのだ。
「えっ!」
真白は咄嗟の出来事で何が起きたのか理解出来なかった‥‥。
気が付けばもう目の前に銀髪鬼がいた。手に持った剣は既に上段に構えられており、後は一気に振り下ろすのみである。
―― 風が荒野を吹き抜ける
(『お兄ちゃん!』)
(「美由紀!」)
今まさに真白の命の炎を断ち切ろうとした刹那、妹『美由紀』の声が銀髪鬼の動きを静止させた。
真白とは勿論初対面である。年齢も妹とは離れており、彼の行動を阻害する要素は微塵も無かった‥‥筈である。
だが、目の前で最愛の妹を失った銀髪鬼の目には、真白の持つ雰囲気に『亡き妹の面影』を垣間見たのであろう‥‥。
「い‥‥いやぁぁぁ!」
真白はそんな銀髪鬼の思いなど知らず、目の前にある『確実なる死』に抗った!
そして洋弓シルフスの矢を、至近距離から銀髪鬼目掛けて放った。
「ぐふっ!」
矢は狙い違わず、胸元に深々と突き刺さる。
肩膝をついて、真白の肩を掴む銀髪鬼。
「美由紀‥‥そうか‥‥お前は望んで無かったのだな」
銀髪鬼は『彼にしか見えない者』に対して呟く。
やがて正気を取り戻した銀髪鬼は、剣を左手に持ち替えて右腋に挟み込み、右肩を一気に切断した。
斬った右腕にはエミタが埋め込まれており、それを切り離すと言う事は死を覚悟した行為である。
「‥‥」
やがて銀髪鬼は正座した格好のままうな垂れ、動かなくなった‥‥。
彼が最後に何を言おうとしたのかは、永遠の謎となった。
真白は鳴神の腕の中で泣いていた。
彼女は出来る事なら銀髪鬼を説得しようと考えていたのに、結果的に自らの手で死なせてしまった。
やがてキメラを片付けたヴァン達も合流し、遺体を回収して早々に帰還の準備に入る。
「やはり、当初の予定通り頭は潰した方が良いですね」
鳴神も死者に対して酷い仕打ちはしたく無かったが、ここは私情を捨てる必要があった。
「処置が終わったら体は貰ってもいいかな? 私は生食もするが、どちらかといえば料理派だ。筋肉は干し肉か燻製、皮は唐揚げ、消化系と脳は煮物、心臓はソテーに、睾丸は刺身にすると美味い。そして肝臓はもちろん酒蒸しで頂く」
鬼非鬼は大真面目にそう言ってのけるが、UPC軍に身柄を引き渡す必要から、これは即却下された。
●黒き炎の意地
結局銀髪鬼の頭部は、ファルロスがシエルクラインで撃ち抜いて処理を行った。
元米軍兵士出身であった彼は、仲間に気を遣って立候補したのである。
死体処理袋に銀髪鬼の遺体を入れ、正に車に積み込もうとしていた時である。
2機のUH−60改がバグア占領区域より飛来して来た。
「ちっ! 奴さんやられちまったのかよ」
双眼鏡を手に事態を把握した黒き炎は、すぐさま作戦の変更を指示した。
「止めだ止めだ! 援護作戦は意味が無くなった。これより遺体回収作戦に変更する!」
「例のモンを降下させるぞ!」
1機のヘリが降下して来る‥‥。
ヴァンとファルロス、美環が銃で応戦するが、やがてヘリの中から黒い巨体が降りて来た。
「ケルベロス!」
些か疲れてはいたが先手必勝とばかりに、近くにいた鬼非鬼が先制攻撃と瞬即撃を使って右頭部の目を刺し貫き、パディ、優、鳴神の三人がケルベロスの足を斬り付ける!
だが、ケルベロスは微動だにしない‥‥。おそらく創造される際、痛覚を意図的に殺されたのだろう。
ギロリと能力者達を睨むと炎を吐き出し反撃に転じる。
「散れ!」
もはや誰がそう言ったのかは分からなかった。
気が付けば遺体の周囲は炎で焼かれて近寄る事も出来ず、遺体を銜え込んだケルベロスが、斬られた足を引き摺りながらもバグア占領区域に走り去って行く。
「こっちも引き上げだ!」
(「こっちも引き受けた以上意地があるからな。回収出来なかったという不名誉は俺様の辞書にはねえよ」)
黒き炎は眼下の能力者達を見下ろし、そう心の中で呟いた。
●銀髪鬼‥‥死してなおバグアに仇なす男
帰還した能力者達が持ち帰ったエミタの認識番号から、これが東 雄二本人の物である確認が取れた事により、任務の成功を告げられた。
一方、遺体を持ち帰ったバグア軍では――
「黒き炎よ、これが件の能力者だと言うのか?」
「ああ、間違いないぜ」
ボンバーマウスを肩に乗せた黒き炎は、自信ありげに言った。
「‥‥」
頭部が見事にぐしゃぐしゃになっていた銀髪鬼の遺体は、以後ヨリシロにされる事は無かった。
そして、そのバグア軍司令官の食欲を一気に落させた事は言うまでも無い‥‥。