●リプレイ本文
●人質
「森がフラッシュしたら‥‥奴等が近くにいる‥‥」
一行は山小屋付近に到着し、楓姫(
gb0349)よりバグア軍との遭遇時は、照明弾で合図する旨が全員に説明された。
「分かりました。緊急時は無線機も使用しますので、各自電源は入れておいて下さい」
今回のメンバーでは最もベテラン能力者である鳴神 伊織(
ga0421)が連絡網確保を願い出る。
「ではこれより、銀髪鬼の捕縛作戦を開始します」
「相手は手練だそうだ。気をつけろよ、皆‥‥」
カララク(
gb1394)も、今回の依頼がいつものキメラ退治で無い事に些か緊張していた。
<山小屋前>
前衛班は付近の木立に隠れ、いつでも躍り出せる準備に入り、後衛班も所定の射撃位置に着いた。
まずセレスタ・レネンティア(
gb1731)がアサルトライフルを山小屋に撃ち込んで様子を見る。
「‥‥この位で蜂の巣になったりしないで下さいね‥‥」
激しい銃声と着弾音が森に木霊し、マガジン内の銃弾全てを射ち込んだ。
「出て来ませんね」
セレスタは、もう1マガジン分斉射したが、やはり動きが無い。
死亡確認を行う為に前衛班が先行して山小屋に近づいて見た。
鬼非鬼 つー(
gb0847)が警戒しながら山小屋の扉をそっと開ける‥‥。
内部を覗いて見たが人影は無く、銃撃を受けた際の木々の破片が散乱しているのみであった。
「ここには居ないな」
山小屋に居ない以上、その場にいる全員が本能として周囲を警戒する‥‥。
木々のざわめきに耳を傾け、気配、足音、人の吐息‥‥ありとあらゆる情報を収集しようと全身をアンテナと化した。
―――― 一瞬、日差しが遮られた!
「!」
能力者達は反射的に臨戦態勢を取ったが遅かった。
屋根の上から飛び降りてきた銀髪鬼が、鬼非鬼の胸座を掴んで体勢を崩し、そのまま後背に回り込んだのだ。
「ちっ」
「全員動くな!」
銀髪鬼はアーミーナイフを首筋に近づけて叫ぶ。
銃撃による奇襲を仕掛けたつもりが逆に人質を取られ、奇襲を受ける形になってしまった。
作戦上の打ち合わせでは鬼非鬼ごと銀髪鬼を撃つ手筈になっていたが、やはり友人を撃つのは躊躇われた。
この場合撃たれた本人よりも、撃った人間の精神的ダメージが大きく、自責の念に苛まれる。
『任務とはいえ友を傷つけた』事は後々トラウマとなるケースも多く、彼らもその事に薄々と気が付いていたからだ。
銀髪鬼は鬼非鬼を人質に取りつつ徐々に後退し、大き目の木立を背にして立ち止まる。そうする事で背後を取られる危険性と背面への射撃を防ぐ為である。
しかし手を抜く道理は全く無い為、後衛班の一部は射撃の隙を窺うべく迂回して、銀髪鬼の側面に回りこむ。
「前に来た奴等にもこの手を使ったのか?」
鬼非鬼が尋ねる。
「ああ‥‥1対8だったからな、綺麗事は言っていられない」
「なあ、今猛烈にお前の肉を食い千切りたい気分だ」
鬼非鬼は本心からそう言っている。
「真性の鬼と戯れる趣味はないな。身が持たん」
銀髪鬼は軽く受け流した。
良くも悪くも膠着状態となった為、鳴神は一歩前に出て裏切った理由について問い質してみた。
「東さん、あなた程の能力者がなぜバグアに寝返ったのですか?」
「ふっ‥‥バグアに寝返ったつもりは無いのだがな。結果的にお前達の敵になっただけだ」
「では、大人しく縛について下さい」
「無理だな‥‥」
「‥‥では理由だけお聞かせ下さい」
「‥‥」
「なんでこんな真似をしたんですか?」
セレスタも又、疑問をぶつけてみる。
「‥‥」
しばらくの間沈黙が続いたが、ようやく口を開いた。
「いいだろう‥‥伊織は名古屋防衛戦を覚えているだろう? 俺の家族はお前達傭兵の手で殺されたんだ!」
「‥‥」
「俺達家族は避難を終えていたが、歳の離れた妹が忘れ物を取りにシェルターを抜け出した」
「当然俺達家族は妹を捜索する為に、銃弾飛び交う戦場の中を走り回った末に、ようやく見つけ出して戻る最中だった‥‥」
「一機のKVが放ったガトリング砲の流れ弾が、両親と妹を‥‥」
アーミーナイフを持つ手が一瞬震える。
対ワーム用兵器である‥‥それが人に当たればどうなるかは容易に想像が付いた。
「見るも無残に手足が吹き飛んだ家族の姿を見た事があるか!? あれを見れば憎悪に身を焦がしても罰は当たらないはずだ!」
「復讐を誓った俺は運よくエミタの適正があり傭兵となった」
「能力者としての経験を積み、仲間も出来ていつしか復讐を忘れかけていた‥‥」
「しかし思い出してしまった。名古屋という地名が俺に復讐を思い出させてくれた!」
「‥‥」
鳴神は黙って聞いている。彼女は名古屋防衛戦に参加したメンバーの一人であったからだ。
だが、銀髪鬼の言い分に反論する者もいた‥‥パディ(
ga9639)である。
「‥‥ならバグアに家族を不幸にされている者はどうする? やつらに家族を殺された者はどうする?」
「‥‥自分も家族を殺された」
パディも昔を思い出したのか、そこまで言って俯いてしまった。
銀髪鬼が何かを言おうとした瞬間、哨戒班より照明弾が打ち上げられた。
●バグア軍襲来
哨戒を行っていた風代 律子(
ga7966)と楓姫の二人は、森の中が急に静まり返った事に気が付く。
「何か来る!」
それは黒い巨体と三つ首を持ったキメラ‥‥ケルベロスであった。
ケルベロスを先頭にして20人近くの武装した兵士達が山小屋を目指している。
楓姫は、すぐさま照明弾を打ち上げ、そのまま戦闘態勢に移行した。
一方照明弾を確認した銀髪鬼捕縛班は、部隊を分散させる事にした。
当初の作戦案と大きく変わってしまうが、ここが膠着状態である以上、臨機応変に対応する必要が生じたからだ。
「ここは前衛班とサヴィーネさんで引き受けます。残りの方は哨戒班の援護に回って下さい」
「了解」
後衛班のカララクとセレスタの二人は照明弾の上がった方に向かって行った。
サヴィーネ=シュルツ(
ga7445)はライフルの銃口を、鬼非鬼越しに銀髪鬼を捉えて微動だにしなかった。
傭兵に育てられた彼女は常に冷静沈着であり、仲間が人質に取られても平静を保っていられたのだ。
「今回の件‥‥バグアに奪われるようなら、奴をやるぞ」
作戦相談の段階で、彼女は仲間達にそう宣言していた。
<山小屋手前の森林>
周囲は山火事を起こす程の炎に包まれていた‥‥。ケルベロスの吐く火炎攻撃のよるものだ。
楓姫と合流を果たした風代は、木立を縫う様に瞬天足で移動しつつハンドガンを撃ちまくる。
楓姫もブラッディローズで果敢に応戦するが、21対2ではどうにも分が悪かった。
情勢が変わってきたのは、丁度カララク達が援護に駆けつけて来てからである。
「かえで、大丈夫か?」
「兄さん」
義理ではあるが、兄が駆けつけて来た事で楓姫は内心ほっとする。
「他の皆は?」
「つーさんが人質に取られて膠着状態だ」
「つーさんが!?」
「鳴神さんが対応してるから、今は任せておこう‥‥本当は助けに行きたい所だが」
「‥‥了解」
カララクも両手にS‐01とフォルトゥナ・マヨールーを構えて交互に斉射する。
その後無線機を取り出して風代に連絡を取った。
「火力を集中して、先にキメラを倒しませんか?」
「広い場所なら脅威ですが、幸い森の中は障害物が多いので、銃撃による火力集中で倒せそうです」
「分かったわ。では、一気に決めてましょう」
連絡を終えた4人は二手に分かれて左右から波状攻撃を仕掛けた。
バグア兵士達も呼応して散開したが、覚醒状態にあり、超人的な力を有する能力者達を一般兵器で殺傷する事は難しい。
その為のケルベロス投入であったが、バグア軍はキメラ選択を誤ったのだ。
広い場所でこそ猛威を振るえる攻撃力も、木々に邪魔されて思う様に身動きが取れず、更に遠距離からの射撃により、能力者達は殆どダメージを受けずに攻撃が出来た。
「上手く事が進むと思うな‥‥。どこまでも‥‥反逆してやる‥‥」
楓姫はそう毒づき、更に銃撃を加える。
邪魔な木々をなぎ倒し、己の力を鼓舞するかのような動きを見せるケルベロスであったが、無数の銃弾を浴びて全身血だらけになっていた。
「これで終わりですよ」
セレスタは木立にライフルを押し付けて固定し、ケルベロスの頭部に銃弾を撃ち込む!
さすがに巨体を誇るキメラも、一方的とも言える4人掛かりの集中砲火を受け続け、成す術も無く敗れ去った。
バグア兵士達も動揺は隠せず、徐々にではあるが後退を始める。
カララクの強弾撃を乗せた銃弾によって、木立の1本がへし折れた事が引き金となり、バグア軍は蜘蛛の子を散らすように撤退していった。
「前衛班と合流しましょう」
●剣に生き‥‥
「銃声が止んだわ」
「やつらの事は俺も知らなかったし、元々あてにはしていない」
銀髪鬼はそう言い放つ。
「やつらは俺の体が目当てなんだろうな。ヨリシロにでもするつもりだろう」
「残りの奴等が来ると面倒だからな‥‥ここらで決めさせてもらう」
そう言った銀髪鬼はアーミーナイフを鬼非鬼の脇腹に突き刺した。
「ぐっ!」
「!」
「!」
それが合図であるかの如く、サヴィーネは躊躇無くライフルの引き金を引いた。
だが、それ以上に早く銀髪鬼は動き、銃弾は木立を貫く。
「チッ」
サヴィーネは舌打ちしつつ2撃目を撃つ。
刺された鬼非鬼は、咄嗟に急所を外した為一命は取り留めているが、出血が酷く重症であった。
側にいたパディが素早く鬼非鬼を引きずって移動させたが、止血する物が無い‥‥。
鳴神は持っていた無線機をパディに投げて、風代からエマージェンシーキットを借りるように指示を出した。
そしてすぐさま愛刀の月詠を構えて銀髪鬼を追う。
銀髪鬼は木々の間をすり抜けながら、サヴィーネを目指して進んでいた。
接近戦で戦う為には、まず遠距離攻撃を封じるのは定石であるからだ。
「さあ‥‥狩りの時間(ヤクト・ツァイト)だ」
サヴィーネも又、銀髪鬼を兎か鹿でもあるかのように狙い定めて銃弾を撃ち込んでいく。
既に彼女の頭の中には、銀髪鬼を生かして捕らえる気は完全に消失していたのだ。
銀髪鬼がいかに屈強な戦士であっても無傷とはいかない。致命傷こそ無いが肩や腕に無数のかすり傷を作る。
獲物を追い詰めていたはずのサヴィーネであったが、距離は瞬く間に縮まっていき‥‥目と鼻の先まで迫っていく。
「くる!」
逆にプレッシャーを受ける形になったサヴィーネは、射撃地点の移動を行う。
しかし一気に間合いを詰められ、今正に蛍火の切っ先がサヴィーネに向けられたその時!
「な‥‥に!?」
銀髪鬼の腹部よりナイフが生えてきた‥‥いや正確には誰かの投げつけたナイフが銀髪鬼の背中に突き刺さり貫通したのだ。
後ろを振り返った先に仁王立ちした鬼非鬼 つーの姿があった。
「借りは作らない主義だ‥‥特にひよっ子の借りはな」
そう言うと鬼非鬼は再び倒れ込み、パディが慌てて支える。
チャンスとみたサヴィーネもライフルをS‐01小銃に持ち替えて至近距離から乱射したが、これはさすがに避けられた。
これだけ距離が近ければアクションが分かり易く、銃口の先がどこに向いているかも容易に推察出来るからだ。
銀髪鬼は小銃を掴み取り、サヴィーネに斬り付ける。
危険を感じたサヴィーネは武器を放して後方に飛ぶ!
「良い判断だ」
「誰が貴様などの相手をするか、百年後に出直して来い愚図!」
サヴィーネは悪態をついたが、内心では武器を取り上げられ焦っていた。
銀髪鬼は小銃を後ろに放り投げ、サヴィーネを瞬天足で一気に斬りに行く。
そこに、ようやく追いついた鳴神 伊織が割って入り剣を受け止めた!
鎬を削った末に両者は一度後退した。
鳴神は正眼に構え、銀髪鬼は八相に構える‥‥。
「伊織さん!」
ようやくカララク達が山小屋に帰ってきた。
「援護します」
「ここは大丈夫です。それよりも鬼非鬼さんが重症なので応急処置をお願いします」
「!」
それを聞いたカララクは、拳を震わせて銀髪鬼を睨み付けた。
だが、ここは人命を優先し、4人はひとまず鬼非鬼の容態を見に行った。
銀髪鬼が仕掛ける!
鬼非鬼の投じたナイフの傷跡から夥しい血が流れ出ており、このままでは出血多量で動けなくなるからだ。
鳴神は銀髪鬼の袈裟斬りを冷静に避け、蛍火の棟(みね)に月詠を軽く乗せてスライドさせながら間合いを詰めて胸元を斬り付けに行く。
蛍火を封じられた格好となった銀髪鬼は素早く左に飛んで避ける‥‥しかし右腕に深手の傷を負った。
「くっ! 良い太刀筋だ」
すぐに右に向きを変えて再び正眼に構える鳴神。
一方銀髪鬼は出血により足元がふらつき、立っているのがやっとであった。
「ふっ‥‥無様だ‥‥復讐の炎はここで燃え尽きるのか」
「伊織、これで最後だ」
「‥‥はい」
銀髪鬼は刀を鞘に戻し、低く構えて居合い抜きの構えを取った。
「参ります」
一気に間合いが詰まる!
銀髪鬼は抜いた刀を斬り付けずに喉元を突きにいく!
抜き手で斬り付けるよりも、より威力のある必殺の一撃なのだ。
鳴神は素早く避けて、銀髪鬼の肩口に棟打ちする!
「がっ!」
銀髪鬼は蛍火で必至に体を支えようとしたが、遂に力尽きて気絶した‥‥。
―― はらり‥‥
鳴神の着物の肩口が鋭利な刃物で切られたかのように割れた。銀髪鬼の突きを完全にかわしたつもりが紙一重であったのだ。
深手を負っていなければ、ここに倒れていたのは自分だったのでは? と自問せずにはいられなかった‥‥。
「‥‥東 雄二‥‥恐ろしい人‥‥」
その後、鬼非鬼の手当ても終わり、銀髪鬼の止血と応急処置を終えた一行は、装備を回収して本部に帰投した。
鬼非鬼は鬼として、ひよっ子である銀髪鬼の教育を行いたかったようだが、当てが外れて悔しがった。
しかし結果として深手を負わせて、仲間の危機を救った事に変わりはない。
そんな彼が命に別状が無かったのも、ひとえにパディの応急処置が上手くいったお陰とも言えた。
●新たなる暗雲
本部に連行された銀髪鬼は、求刑通り『死刑』の判決が下された。
見せしめという意味合いで生きたまま捕縛された為だ。刑の執行が能力者に告知されれば、十分、抑止力になるだろう。
UPCとしても苦渋の選択ではあったが、傭兵の不祥事を毅然とした態度で罰することで、これ以上増長させないという姿勢を見せたのだ。
刑の執行は1ヶ月後に行われる事が決まった。
―― 数日後 ――
<北米バグア支配地域>
軍司令部にある人物が呼び出された。
「よく来たな黒き炎」
「君にある人物の奪還して欲しいのだ」
「『上』もゾディアックに匹敵する予備戦力の増強を考えているようだ」
「報酬はいつもの倍は出そう‥‥やってくれるか?」
水面下で、再びバグア軍が銀髪鬼の身柄確保に動き出していた‥‥。