●リプレイ本文
●黒き炎の戸惑い
エステル・カートライト(gz0198)の遺体を運ぶ輸送隊は、順調に沿岸沿いを疾走していた。
民間協力者も含めた編成で構成された観測班からの報告によると、ジープを先頭にして中央に輸送車、後方に兵員輸送車の3台である事が確認されている。
「どうだ?」
「はっ、予想通り暗号通信が引っ切り無しに飛び交っています」
黒き炎の乗車する先頭車両では、彼の指示によって周辺のUPC軍の発する電波が傍受されていた。
「ま、暗号解読まではしなくてもいいさ。とりあえず奴らが俺様達の動きに呼応して動いている事だけ分かりゃあ良いしな」
「はっ」
(「さて‥‥どうしたもんかな‥‥命令に従うか‥‥それともいっその事、墓でも立てて弔っちまうか‥‥」)
黒き炎も内心では迷っていた。強化人間で綺麗に死ねた者は殆どいない。
ヨリシロになってしまったエステルは、死亡してからの時間経過の関係上、記憶の大部分を失った『全く別の存在』として生まれ変わる。
もう彼の知っている『嬢ちゃん』はいなくなったのだ――永遠に。
「少尉! 前方より車両接近!」
黒き炎も指揮系統の便宜上、バグア軍より少尉の階級を与えられていた。
「おっと、来やがったか!」
●強襲!
「前方に目標と思われる車両を視認した。これより強襲攻撃に移る!」
先頭をバイク形態で疾走するアレックス(
gb3735)が目標を発見。直ちに襲撃態勢に移る。
傭兵側は3台のAU‐KVを先頭に、須佐 武流(
ga1461)の乗るインデースが中央に位置し、残りのメンバーの乗った兵員輸送車が最後尾という編成である。
兵員輸送車の運転はリュドレイク(
ga8720)が行っていた。彼は重症を押しての参戦であった為、自ら進んで運転を買って出たのだ。
「了解です。では作戦通り敵の足が止まったら、俺達は包囲陣を敷きます」
そう言ってリュドレイクの兵員輸送車は減速に入る。擦れ違ってしまっては包囲陣を敷けない為だ。
「向こうも数が少ねぇ! 脇に逸れて強行突破だ!」
黒き炎は前方のAU‐KVを見て、相手が能力者である事を確認した。
しかし向こうも少数である為、このまま強行突破で逃げ切る作戦に出る。
舗装路を走行していたバグア輸送車両は、道を外して荒野へと進路を取り、ジープの助手席に座っていた黒き炎が小銃を撃って牽制を行う。
「逃がさん」
須佐も同じくインデースを転進させて、ジープ目指して突っ込む!
激しい銃弾によって割れるフロントガラス。車内を暴れまわる銃弾を避けるように須佐は体を横にしながらステアリングを握り、接近した所でサイドブレーキを引きながらステアリングを回転! ――インデースを横にスライドしてジープの鼻っ面に当てた。
激しい衝撃音――!
インデースと先頭を走るジープとの接触に、後続の輸送車両が慌ててブレーキを踏んだが、荒地の砂でタイヤがロックして止まらない!
「わあっ!」
輸送車両は前方のジープに玉突き衝突。
「そこだ!」
AU‐KVを装着したアレックスが竜の翼で急接近。更に竜の咆哮を使った攻撃で輸送車の横転を狙う。
「くそ、フォースフィールドの無い車両だと、武器が貫通しちまって上手く弾き飛ばせねぇか」
アレックスは仕方無くタイヤに穴を開けて回った。
好機とばかりにナンナ・オンスロート(
gb5838)のAU‐KVも突入を開始。装着モードに切り替えて後、大口径ガトリング砲で車輪を吹き飛ばしに掛かる。
愛車がいきなりボロボロになってしまった須佐も、開かなくなったドアを蹴破って外に飛び出し、持っていた得物で次々と車両を攻撃していく。
バグア兵士達も次々と降車して応戦。豆鉄砲ではあるが、やはり当たればデコピン程度の衝撃が加わるので痛い。
包囲班で唯一バイク形態で先行していた霧島 和哉(
gb1893)が、盾を構えながらバハムートの重装甲を活かして襲撃班を守る。
「リュドレイクさん‥‥包囲網の展開を‥‥お願い」
敵の輸送車が止まった事を確認したリュドレイクは、兵員輸送車をバリケード代わりに割り込ませて停車。能力者達も次々に降りて来る。
勢い良く飛び出したロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)が、ライフルを持って車両の陰から援護射撃を開始。続いててリュドレイクも助手席側から降車し、ドローム製SMGで応戦を始めた。
「今更キメラを使っても、ちょっと分が悪いな‥‥」
黒き炎の迷いは確実に彼の判断を鈍らせていた。もし、初手でキメラを全て投入して車両を散開させていれば、もう少し逃げ延びた可能性もあった。
「ま、考えてもしゃあねぇな。おい、俺様が妙案を考え付くまで時間を稼いでくれ」
後部荷台の檻から放たれたキメラは、アタックビーストと呼ばれる大型の肉食獣のような姿をしたキメラであった。
そして黒き炎は後部荷台側から左側面に回り込むと、無線機をむしり取る様にして掴み後続の車両に連絡を入れた。
「そこにいるキメラも全部投入しろ! 足は遅ぇし弱っちぃが何とかなるだろう」
連絡を受けたバグア軍兵員輸送車から、3体の半漁人キメラが降りて来る。エステル捜索の為に投入された水中キメラだ。
「お前も行くか?」
更に黒き炎の護衛として足元にいたナイフプチャットも投入。
このキメラは小型のサーベルタイガーのような姿をしていた。肉食獣の赤ちゃんサイズと小さな体ではあったが、その分機敏な運動能力と鋭い牙を持った侮れない相手である。
「それにしても‥‥俺様もそろそろ年貢の納め時かも知れねぇな」
未だかつて『黒き炎』として衆目に姿を晒した事が無かった彼であったが、今回は全く精彩を欠き、逃げられない状態にあった。
「‥‥生き残るさ」
彼はそう呟くと、キメラ達が戦闘に突入した隙を見て後退し、兵士達と合流した。
●対キメラ戦
最初に飛び出したアタックビーストが能力者達に向って来る。
「キメラは銃撃の中で戦うよりも、バリケードの内側に誘い出してから倒した方が良さそうですね」
「そうだね。死なないけど当たると多少でも痛いから、戦闘に集中出来ないかも」
間断無い射撃で兵士達を釘付けにしているロゼアの提案に、柿原ミズキ(
ga9347)も同意した。
「ではそうしましょう。ロゼアとリュドレイクは引き続き兵士達を抑えておいて。半漁人キメラも暫く近づけないようにしてくれると助かるわ」
ハミングバードをすらりと抜刀したサンディ(
gb4343)は、二人に支援を頼むとリュドレイク側に立って剣を構えた。万一リュドレイクがキメラに襲われた場合のフォローに入る為だ。
アタックビーストは勢いを付けてバリケードの兵員輸送車を飛び超え、能力者達の眼前に姿を現した。
接近戦の得物を持った5人がキメラの迎撃に当たり、射撃武器を持ったナンナは、ガトリングで動きの速いキメラの牽制に回る。
アタックビーストは、上手く弾丸を避けながら果敢に挑む――、しかし能力者の練度は高く、容易に牙や爪で引き裂かれてくれない。
(「黒き炎がいたって事は‥‥やはり輸送品はエステルの遺体かも知れねぇな」)
アレックスは、単調になりつつあった戦闘に気が緩んだのか少し考えに耽ってしまった。
「――アレックス上!」
ナンナの叫びに上を見るアレックス。
「何!?」
小柄なサーベルタイガーを思わせるナイフプチャットが、バリケードの幌の上から襲い掛かって来た!
「ちっ!」
アレックスは槍を回転させてキメラを薙ぎ払おうとした。しかし素早い動きで体を入れ替えたナイフプチャットは、自慢の牙でランスに噛み付き攻撃手段を封じ込めにいく。
「アレックス!」
ナンナが竜の翼で一気に近付くと、至近距離からガトリングでナイフプチャットの頭に弾丸を撃ち込んだ。
『ギャン!』
数発の弾丸を浴びたものの、体をくるりと捻って素早く離れる事で、どうにか致命傷は避けた。
しかし、頭部から夥しい出血をしており、右目も潰れていた。
そこへ背後から忍び寄る気配に慌てて振り向くナイフプチャット――!
「遅い」
迅雷で背後に回り込んだサンディは、細身の剣を構えてキメラに突き入れる。
『ブギャッ!』
ナイフプチャットは断末魔を上げて息絶えた。
一方、牙を立てようと接近して襲い掛かっていたアタックビーストも、至近からの反撃にあって無数の傷を負っており、こちらもそろそろ決着が尽きそうであった。
「さあ、かかってきなよ地獄に墜としてやる」
キメラの爪で少しだけ負傷した柿原が、狂気に歪んだ顔でアタックビーストを挑発する。どうやら彼女の内なる何かが壊れたようだ‥‥。
大鎌を構えた柿原は、更にソニックブームで追い討ちを掛ける。
『グルルルッ!』
低い態勢で威嚇の声を上げるアタックビースト。
「来ないなら、こっちから行くよ」
そう言って大鎌を下段に構えて斬り上げる!
アタックビーストは宙に舞い上がると180度体を捻ってかわした。
着地と同時に須佐が瞬天速で近づき、バトルアートで足蹴りの一撃を加える!
『ギャン!』
態勢が崩れた所を、まるでサッカーボールのドリブルの様に蹴り捲られるアタックビースト。
「柿原、止めだ!」
須佐が刹那の爪で蹴り上げ、落下するキメラを柿原が下から袈裟斬りにする。
胴を真っ二つに斬られたアタックビーストは舌を出してヒクヒクと痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった。
●投降
少しだけ時間を巻き戻すが、こちらは3体の半漁人と対峙したロゼアとリュドレイクの二人組――。
他のメンバーが心おきなく戦えたのは、彼らが上手く半漁人キメラと兵士達を抑えてくれたお陰である。
リュドレイクは直接攻撃で仕留める事が出来ない分、足元を狙って半漁人を足止めし、ロゼアが頭を狙っていく作戦だ。
狙いは正確無比。元々地上では鈍足なキメラであった為、スナイパーのロゼアにとっては余裕で当てられる標的であった。
「これで終わりね」
頭部に合計3発の銃弾を受けた半漁人キメラは、前方に突っ伏すように倒れる。
強弾撃は留めの一撃として使い、乱発はしない。
「どうやら向こうも戦闘が終わったようですね」
「こちらも、もう直ぐ終わります」
更にもう1体の半漁人が銃弾に沈む。
残り1体も頭部からダラダラと血を流し、フラフラの足取りであった為、数秒後には決着が付くと予想された。
「ちっ、頼りのキメラがやられちまったようだな」
「‥‥‥」
軍曹の顔が蒼褪める。彼は生粋の軍人ではあるのだが、まだ20代前半の青年でもあった。
若さ故に時として感情が顔に出る。
「なあに心配すんなって。奴らは捕虜を弄り殺しにするような連中じゃないさ」
「はぁ‥‥‥」
戦闘は能力者側の完全勝利で終結した。
SES機構を持たないバグア兵士の武器で能力者達の行動を阻害する事は困難である為、キメラを失った彼らが完全に包囲されるまで時間を然程要さなかった。
「大人しく武器を捨てて投降しなさい」
能力者達が投降を勧める。メンバーの中には全員抹殺しようという動きもあったが、やはり人殺しは生理的にも嫌なものである為、素直に投降するのであれば殺す必要も無いという結論に達した。
「分かった。撃たないでくれ」
「はじめましてで良かったのかしら。あなた黒き炎ですよね?」
サンディは警戒しつつもゆっくりとした口調で若い女性将校に誰何する。
「‥‥あぁ」
黒き炎はぶっきら棒に答える。
「確か資料では男だったと記憶してるのですが‥‥上手く化けましたね」
「バグアの整形外科技術は人類以上だからな。外見だけじゃねぇんだぜ」
「えっ‥‥中身も‥‥なんだ!?」
霧島が顔を赤く染めて驚く。
「ばかっ、変な想像は止めてよね!」
ナンナも顔を耳たぶまで真っ赤に染めながら霧島を肘で突いた。
「へっ、ガキには刺激が強い発言だったかな」
黒き炎は、そう言ってにやりと笑う。――そしてさりげなくポケットに手を入れて『ある物』を取り出した。
「――!」
「おっと、迂闊に動くと積荷がどうなっても知らねぇぜ。お前らはあの荷物が目当てなんだろ?」
「‥‥‥」
全員に緊張が走る。リュドレイクが探査の眼を駆使していたが、事前の発見には至らなかった。
能力者側は、あの荷物の中身に心当たりはあった‥‥。しかしそれが仮に『そうであった』として、このまま逃げられるか失った場合、依頼は失敗と言う事になる。
とは言え今回の依頼に対して、UPC軍に懐疑的な感情を持っていたのも確かであった。
「ここは私に任せてくれませんか?」
サンディが交渉を試みたいと申し出る。
「俺は良いぜ」
「任せるわ」
「僕も‥‥」
アレックス、ナンナ、霧島が即答で了承する。
「中身には全く興味ないけど、皆がそれでいいなら従うわ」
とロゼア。
「ボクは賛成もしないけど、反対もしたくないな。中途半端だけど‥‥これがボクの考えだから」
柿原は黙して語らずを選択。
「俺は今回こんな様ですからね。何も言えませんよ」
リュドレイクも柿原と同意見だ。
「‥‥俺は軍に引き渡したかったが‥‥ここで全てを終わらせるのなら、それに従おう」
須佐も形はどうであれ、ここで決着を付ける事が出来るのであれば、反対しない姿勢を取った。
サンディは頷き、黒き炎に向き直して話し始めた。
「見当違いだったらごめんなさい。‥‥あなたは、エステルの事が好きだったのではないですか?」
「なっ‥‥」
黒き炎は口を大きく開けて呆けた。明らかに動揺しているのが、その場にいる全員にも伝わった。
確信を持ったサンディは更に続ける。
「このままヨリシロにされて、あなたはそれでも良いのですか?」
「‥‥‥」
黙してはいるが、黒き炎の持つリモコンは小刻みに震えている‥‥。
「私の友人は、彼女を人のまま弔いたいと言っていました。あなたに出来ないのなら私達がします。この場は任せて頂けませんか?」
「‥‥‥信用しても良いんだろうな? 頭だけ潰すとか、これ以上死者への冒涜は許さねぇからな」
「約束します。ですからそれを渡して下さい」
時間にしてほんの数秒であったが体感的に長く感じられる間をおいて、黒き炎はリモコンをサンディに渡した。
――それから数時間後。
結果として輸送品は車両炎上によって全焼し、依頼は失敗に終わったと言う能力者達のレポートが正式に受理された。
当初はぺナルティも考えられていたが、黒き炎を逮捕した功に報いる為、今回の依頼は失敗ではあったものの些少の報酬が支払われた。
観測班によると、依頼区域で『何かを燃やす黒い煙』が数時間亘って立ち昇るのが観測された。しかしこれは、戦闘による銃撃で須佐 武流の乗るインデースが炎上した際の煙と考えられ、該当の傭兵には同等の車両が再支給された。
そして――
能力者達に拘束されUPC軍に引き渡された黒き炎と兵士達は、その後軍刑務所への護送中に何物かの手引きで脱走した事だけが報じられた‥‥。
(END)