タイトル:郷愁を蹂躙する者達マスター:水無瀬 要

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/03 07:39

●オープニング本文


<北米・競合地域某所>
 UPC北中央軍が総力をあげて行った『シェイド討伐戦』も、傷は負わせたものの結果としては逃亡を許してしまった。
 この大規模作戦によって『囮』として投じられ、無残にも散っていった名も無き兵士達の数は計り知れない‥‥。
 そして、激戦の中を生き延びた兵士達は、疲れ切って鉛の様に重くなった体に鞭打ち、待っているであろう家族の元に帰る事だけを胸に、撤退を開始していた。

「後少しで家族に会えるな。お前さんも女房をもらったばかりで出撃とは、何と運の悪い奴だと思っていたが、無事に帰れて良かったじゃないか」
 30代の少し年長の同僚が声を掛けて来る。
「まあな。もう生きて会えないと思っていたが、どうにか生き延びた」
 20代前半の若い兵士がそれに応える。軍は階級が全てなので、年の差があってもタメ口である事が多い。
「俺も早く女房と子供に会いたいぜ」
「そう言えば娘さんは今年で幾つだったっけ?」
「今年で5つになったな」
「早いもんだ。よーし、もう一頑張りするか」

 兵士達はそれぞれ家族や友人に想いを寄せ、一人暮らしの者は家に帰ってからあれをしよう、これをしようと思案していた頃――
「おい! あれは何だ!?」
 先頭を歩く兵士が、前方の異常に気付く。
「うん? どうした?」
 もう一人が兵士の指差した前方を凝視する‥‥。
「――! おい、あれってまさか――!?」

 その時! 空気が鳴った――。
「ぐふっ!」
 一人の兵士が鋭利な槍で串刺しになる。
「――! おい、しっ‥‥がはっ!」
 更にもう一人。
「敵襲! 前方にキメラ発見!」
 ようやく前方の異常に全員が気付いたが、時既に遅し。

「上にもいるぞ! 迎え撃て!」
 兵士達は上空で翼を広げているキメラをも発見するが、そこに17〜8歳くらいの少女が抱き抱えられている事に、狼狽を隠せなかった。
「おい、何であんな所に女の子がいるんだよ」
「知るかよ! 俺に聞くな」
「来るぞ!」
 前方のキメラが動く!

 正面から向かって来たキメラはケルベロスだった。
「怯むな! 撃て!」
 部隊長が慌てて指揮を執るが、恐慌状態に陥った兵士達は統制が取れず、銃を放り出して逃亡を図る者もいた。
 そこへ狙い澄ましたように、上空から槍が投げ込まれ人型のオブジェが又増える‥‥。
「くそっ! こいつの神経どうなってんだよ!」
「至近で銃弾食らっても平気な顔してやがるぜ!」
 兵士達は勇敢にも至近距離まで近寄って攻撃を加えるが、ケルベロスは全く動じない。
 側にいた兵士を睨み付けると、ケルベロスは鋭利な爪で兵士を八つ裂きにする。
「ひーっ!」
 隣にいた兵士は、同僚の無残な死に様に驚き、奇声をあげてその場にへたり込む。
 そこに無慈悲にもケルベロスの牙が喉元に食い込み、そのまま宙に持ち上げられた。
「だ‥‥ず‥げ‥‥」
 鈍い嫌な音が響いた――首の骨が噛み砕かれたのだ。
「ちくしょう!」
 勇猛果敢に同僚の仇を討とうとする者もいたが、ケルベロスの前足で踏み付けられ、誰からもその勇気を賞賛される事無く無残に散った。

「槍が尽きたわね。天使さん、降ろして頂戴」
 天使と呼ばれたキメラ『バフォメット』は、ゆっくりと少女を降ろす。
「貴様もバグアの仲間か! うおりゃぁぁぁ!」
 少女が着地したと同時に、すっかり狂気に駆られた兵士達が彼女に襲い掛かる!
「何!?」
 少女はそこにはいなかった。しかし彼らが次に少女の姿を見る事は永久に無かったのだ。なぜなら――
「な‥‥ぶは!」
 側にいた者達全員が、一瞬で首と胴が切り離されていたからだ。

「ふーっ。やはり物足りないわね。そろそろ終わったかしら」
 少女は死屍累々と横たわる兵士達の遺体を見て、満足げに口元を緩ませた。
 そこには生ける者は一人もいない‥‥筈だった。

「よくも‥‥仲間を‥‥」
 一人の兵士が最後の力を振り絞って銃口を少女に向け、引き金を引く――
 狙いは違わず少女の背中を直撃するが、無情にも弾丸は『見えない壁』に弾かれた。
「――! あら、貴方凄いわね」
 少女は息も絶え絶えの兵士の下に歩み寄り、無防備にもその場に座り込んだ。
「貴方がどれだけラッキーか分かるかしら? この状況下で生き残って、更に私に一矢報いてまだ生きてるのよ」
「‥‥はぁ‥‥はぁ」
 兵士は少女を気力だけで直視し、目に焼き付ける。
「‥‥いいわ。貴方の強運に免じて命だけは助けてあげるわ。生きてメッセンジャーを務めて貰えるかしら?」
「‥‥コニー‥‥」
 兵士は妻の名を呟いた後、意識はやがて薄れ暗闇に包まれた‥‥。

 ――それから数日後

 UPC特殊作戦軍本部であるラスト・ホープに北中央軍より正式な依頼が提示された。
 内容は単純明快で――
 競合地域で撤退兵達を無残にも殺害している『狂人』に正義の名の下に鉄槌を下せ! という内容である。

 依頼の内容から、この非道な行為に対して軍は相当憤慨している事が察せられた。
 なお、生き残った兵士の証言により、少女の名前が判明した事も付け加えておこう。
 エステル・カートライト(gz0198)――それが依頼にあった『狂人』の名であった。

●参加者一覧

聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
秋月 九蔵(gb1711
19歳・♂・JG
鮫島 流(gb1867
21歳・♂・HA
美環 響(gb2863
16歳・♂・ST
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA

●リプレイ本文

●血の池に佇む少女
 能力者達が現場に到着するまでの間、戦車隊を含む付近の部隊も援軍として駆け付け、戦闘は激化の一途を辿っていた。
 しかし戦車と言えども、エステル・カートライト(gz0198)とキメラ達の機動性を抑止する事は叶わなかった。

「助けて! 母さん」
 母親の名を呼んだ若い兵士は、その直後ケルベロスに頭ごと食われ――
「降参だ。命だけは助けてくれ!」
 運悪く迎撃を指揮した将校は、武器を捨てて両手をあげたが容赦無く首を刎ねられた。
「弱い人は嫌い‥‥進化の妨げにしかならないもの」

 ――全てが終わった時、一面は血の海と死体の山を築いていた。
 炎上する戦車群と焼け焦げた乗員達の放つ異臭――阿鼻叫喚の地獄とは、正にこのような光景を言うのであろう。
 その中でエステルは全身を返り血で赤く染め、2体のキメラを従え佇んでいた。
 周りに話し相手がいない時に様々な思考を巡らせるのは、病院のベッドで過ごした彼女の癖である。
(「昔の私は毎日が怖かった‥‥眠ってしまったら、もう二度と目覚めないとさえ思っていた。でも‥‥今は生きる喜びを知ってしまったわ‥‥」)
 エステルは強化人間になった事を心から喜んでいた。嬉しくて嬉しくて仕方が無い。
(「そして、私が最も生きている事を感じられる相手――それがまだ来ない」)
「いつまで待てば良いのかしら?」
 キメラ相手に質問してみるが、答えが返ってくるはずも無い――。

 更に待つ事数分――。数台の軍用ジープとAU‐KVが、こちらに向って来るのが見えた。
「ようやく来たわね。彼らはいつも私を待たせるわ」

 到着した能力者達の目に入ってきたのは、凄惨な現場の風景であった。
「ひどい‥‥」
 サンディ(gb4343)は、あまりの惨状に目を背けそうになる。
「許せない‥‥いや、許すわけには行かない」
 柿原ミズキ(ga9347)は、拳を握り締め怒りを露にする。
「エステル・カートライト! ここでケリを付けるぞ!」
 アレックス(gb3735)の怒りは頂点に達し、憤怒の炎を纏ってエステルに挑みかかる!
 エステルはアレックスの勇み足を軽くステップで交わして後方に退き、キメラ達に指示を出す。
「貴方達の本当の実力を見せてあげなさい!」

「作戦通りキメラは僕達で抑えるよ。二人とも気を付けて」
 レインボーローズを手に余裕の笑みを見せながら美環 響(gb2863)は、アレックスとサンディに月桂樹の花を得意の奇術で出して見せる。
 花言葉は『勝利』――。
「さあ、派手にそして優雅に行きましょう!」

「いけっ!」
 エステルの指示でキメラ達が一斉に跳躍! 能力者達に襲い掛かった!

●ケルベロス戦
「ほら来い駄犬! 悪い噛み付き癖を直してやる」
 秋月 九蔵(gb1711)が小銃でケルベロスを挑発して誘い出す。
 ケルベロスは眼前の敵に全力で挑めという主の命に従い疾走。時折跳躍を繰り返しては、鋭利な牙と爪で果敢に攻撃を加えに行く。
「がはっ!」
 挑発していた九蔵が体当たりで吹き飛んだ。
 それを見た響は銃撃を加えて注意を引き、柿原が肩を貸して救い出す。
 そしてエステルとの距離が十分離れた辺りで、3人は散開しつつ迎撃態勢を取った。
「行くよ二人とも」
 まずミズキが先陣を切る!
 月詠を構え一気に間合いを詰め寄り、ケルべロスの後ろ足に上段から切り下げ、更に片手で切り上げる!
「まだ!」
 再び上段に持ち上がった剣を突き立てる!
 ケルベロスは体を捩じって前足で反撃。
「くっ!」
 前足の爪は獲物を確実に捉え、ミズキは受ける事が出来ずに弾き飛ばされた。
「痛みを感じないのか!? ‥‥こいつ」

「あの爪は厄介だな」
 九蔵は小銃でケルベロスの前足に的を絞って攻撃を加える。
 響もガトリングシールドを構えて火線を集中させる。
 ケルベロスは、左右に跳んで回避するが、後ろ足のダメージで動きが鈍い。
 やがて前足に力が入らなくなり前方に突っ伏す。
 そこへ斬り付けようと近づいて来たミズキに火炎を吐いて牽制、周囲にも広げて炎の結界を張った。
 そしてケルベロスは、火炎で巧みに3人を牽制しながら、態勢を整えようと前足に力を加える。
「そうはさせない」
 九蔵は、更に前足に攻撃を集中させる。
「銃は使いたくはないけど、手段は選んじゃいられない‥‥番犬は地獄に帰れ」
 ミズキも炎で接近出来なくなった為、クルメタルP‐38で九蔵と呼応して前足に攻撃を集中。
「この熱さでは、僕のアリスが枯れてしまいそうだ」
 アリスとは響の持つレインボーローズの事である。

 3人の銃弾を一点に受けたケルベロスの前足は、左右とも完全に吹き飛んでしまった。
 巨体から止め処も無く流れ出る血は、3人を忽ち真っ赤に染め上げる。
「今回の戦いは、あまり優雅とは行かないようだね‥‥‥」
 激しい戦闘で返り血と土埃に塗れていた響は、奇術でハンカチを取り出すと顔を拭い、気持ちを入れ替える。
「これで決める!」
 ミズキの言葉に、響は再び奇術でハンカチを仕舞い銃撃を再開。九蔵もミズキに親指を立てて銃撃でサポートする。
 大量出血によってもはや立ち上がる力を失ったケルベロスに、ミズキは耳の穴から頭部に向って剣を突き入れ止めを刺す。
「安らかなる眠りを汝に与えん事を‥‥」
 息絶えたケルベロスに、響はレインボーローズの一輪を手向け、祈りを捧げた。

●バフォメット戦
 バフォメットを引き受けた聖・真琴(ga1622)、リュドレイク(ga8720)、鮫島 流(gb1867)の3人は、思わぬ苦戦を強いられていた。
 打たれ強いだけの『木偶の坊』であったバフォメットは、闇弾と光弾による知覚攻撃で能力者達を上空より翻弄していたからだ。
「剣では攻撃出来ないな‥‥」
 鮫島は、グラファイトソードを一旦仕舞い、小銃「ルナ」に持ち替えた。
 リュドレイクと鮫島の二人掛りで、上空のバフォメットに攻撃を加える。また、リュドレイクも弾幕を張る為に、武器をドローム製SMGに持ち替えていた。
「これでどうにか落として、聖さんに攻撃を繋げたい所です」
 敵が上空にいる為、聖は得意の接近戦を生かせず遊兵と化していた。

「閃光手榴弾を使って目を潰します。合図と同時に目を覆って下さい」
 そう言って鮫島は、携帯バッグから閃光手榴弾を取り出しピンを抜き、待つ事暫し――。
 閃光手榴弾は発火までに時間が掛かるので扱いが非常に難しい。
「今だ!」
 掛け声と共にバフォメット目掛け、閃光手榴弾を投擲!
 弧を描いて飛んで来た『謎の物体』にバフォメットは警戒したが、目は無防備であった。

 炸裂する閃光にバフォメットの目が潰される!
『ブフォッ!』
 目が見えず、出鱈目に光弾を撃ちまくるバフォメット。
「落ちろ!」
 再び弾幕を浴びせる二人――。
 バフォメットは重力の感覚と落下による風圧で天頂方向を掴み、五感の全てを使って態勢を立て直して高度を上げる。
 強力な眩惑はされたが失明にまでは至っていない為、バフォメットは上空で視力の回復を待った後、移動を開始。 
「あ、逃げンじゃないよ!」
 3人はすぐさま追跡に移った。恐らくバフォメットはエステルの所に向った筈‥‥。
(「エステル‥‥アンタに同情はするよ。けどな‥‥何やっても許されるなンて存在は、この世にゃ無ぇンだ」)
 聖は、対エステル戦へと気持ちを切り替えた。

●疾風迅雷!
 エステルと対峙したアレックスとサンディの二人は、『迅雷』を使ったコンビネーション攻撃を行ったが――、失敗に終わった。
 迅雷は『地を走り抜ける』スキルである為、空中に飛んでは効果が消える。
 しかし地上で使う分には有効である為、フォーメーションを切り替え対応していた。
「アレックス、もう一度いきます!」
「おう、何度でもやってやるぜ」
 サンディはアレックスの前に立って剣を構える。
「何度やっても同じだわ。生物の動体視力はね、自らの動く早さに比例するものよ」
「疾風!」
 エステルの言葉には耳を貸さず、サンディは疾風を発動させる。
「迅雷!」
 サンディはエステル目掛け一気に間合いを詰め寄る!
 そしてアレックスも同時に動く! ――走輪走行の利点を生かし、MAXの加速力で一気に迫る。
「はっ!」
 サンディは刹那で剣を突き立てるが、回避される。
「アレックス!」
 竜の瞳をも使ったアレックスのランスが、回避先のエステル目掛けて貫いた!
「ちっ!」
 アレックスは手応えで逃げられた事を知る。――次の瞬間、エステルの大鎌がアレックスの首に掛けられる。
「不用意に後ろに下がると、首が落ちるわよ」
「くっ‥‥」
 その時、少し離れた場所で閃光が光った――鮫島がバフォメットに投げた閃光手榴弾の光だ。
「何‥‥?」
 エステルの注意が逸れた瞬間、アレックスは体当たりで起死回生を狙う。
「きゃっ!」
 一瞬の虚を突かれ、転倒するエステル。
「サンディ!」
 呼ばれたサンディは、再び迅雷、刹那のコンボで即応!
 回避が間に合わないエステルは、急所を外すだけで精一杯だ。

「くっ、やるわね‥‥ふふ」
 エステルが突然笑い出したので、アレックス達は困惑する――。
「何がおかしいんだ?」
 アレックスは、時間稼ぎも含めて少し話をしてみる事にした。
「嬉しいのよ」
「嬉しい‥‥?」
 サンディも訊いて見る。
「私は貴方達と戦う事が楽しくて仕方ないわ。昔の私なら、こんなに動き回る事は出来なかったもの」
「‥‥気持ちは分からなくもないが、お前のやって来た事は正直赦せねぇ」
 エステルは話す間に少し距離を取った。受けたダメージは意外に大きく、足元がふらつく‥‥。
(「誤算だったわ‥‥この状況から自力で逃げ切る事は無理そうね」)
 彼女はジーンズのポケットの中にある発信機のボタンを押した。

●決着!
 アレックスとサンディ――二人の連携攻撃は、エステルの消耗を早めていった。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
「どうした? 息があがってるぜ」
「貴方もそろそろ終わりです。エステル」
 サンディが仕掛けようとした身構えた所に、黒い影が割って入った。
「――!」
 バフォメットは光弾を発射してアレックス達を牽制し、エステルを抱えると距離を取って後退する。
「助かったわ天使さん。撤退するわ」
 バフォメットが漆黒の翼を広げ、飛び立とうとした瞬間! 真紅のトライバルが眼前に現れ、それを阻止した。
「逃がさないよ!」
 瞬天速で逸早く到着した聖のキアルクローがバフォメットの胸を貫く!
『グォッ!』
「天使さん!」
 バフォメットから降りたエステルは、大鎌を振るい聖を牽制しようとした所を、銃撃のカウンターを受けて立ち止まる。
「天使さん、上空にいて頂戴」

「すまない、待たせた」
 バイク形態のAU‐KV『虎徹』の後部に、リュドレイクを乗せた鮫島らが追い付いて来た。
 そして別方向からケルベロス班も合流してきた。
「エステル‥‥これ以上罪を重ねる前に、貴方をここで倒します」
 8人の能力者に包囲されたエステルに、逃げ場は残されていない。
 リュドレイクと聖、サンディの3人は、閃光手榴弾の準備が出来た事を目で合図しあい、アレックスに頷いて知らせる。
「エステル!」
「何よ?」
 アレックスは照明銃を構えてエステルが振り向いた瞬間発射した。
「その手は食わないわ」
 エステルは避ける。そして立ち止まった足元から閃光が光った――!

 やがて閃光が収まり、目を開けたがエステルの姿が見えない‥‥。
「上!」
 影が差した事でエステルの位置が判明! 彼女は閃光が終わって目を開ける瞬間に高くジャンプしていた。
 上段から大鎌を振りかぶり! アレックスに斬り付ける!
「ぐっ!」
 アレックスは槍で受け止めたが、鎌の切っ先が肩口を貫かれ片膝をつく。
 ミズキがソニックブームで牽制し、離れた所をリュドレイク、響、鮫島らの射撃で、エステルは後方に退いた。
「失敗か‥‥?」
「いや、片目は潰せたみたいだ」
 響はエステルが右目を瞑っている事に気が付く。
「この機会を逃す訳にはいかないです」
 リュドレイクが仕掛け――、銃で牽制しながら、鬼蛍で接近戦を挑む。
 エステルはそれを回避して反撃。続いて聖が瞬天速で割って入る。
「ンなろ!」
 限界突破と疾風脚を使った聖は、エステルにスピードで挑む!
 接近戦が展開されている間、銃を持った能力者達は散開して牽制と援護に回る。
 エステルが負傷していなければ、聖のスピードにも十分に対応出来た筈だが、既に彼女の動きは陰りを見せ始めていた‥‥。
「遅いよ、アンタ手ぇ抜いてンじゃない?」
 聖の爪が肩口を貫き、回し蹴りで吹き飛ぶエステル。
「アレックス!」
「おう! リミッター解除‥‥ランス「エクスプロード」、オーバー・イグニッション!」
 エステルはよろよろと立ち上がる‥‥。
「貫け!」
 執念と怒りの炎の槍がエステルの急所を貫いた!
「ぐふっ!」
 突き刺さった槍が抜かれると同時に、大量の血が噴出す‥‥。それは誰が見ても致命傷であり、まず助からない事を確信させるものだった。
 アレックスが止めを刺そうとした矢先に、黒い弾丸の雨が能力者達に降り注ぐ。――上空にいたバフォメットだ。
「くそっ!」
 アレックスは後方に跳び、他の能力者達も下がる
「天使‥‥さん」
 バフォメットは、素早く主人を抱え上げると、上空へと飛翔を開始。
「逃がすか」
 リュドレイクは貫通弾を装填したカートリッジに交換し、バフォメットに照準を合わせ発射した。
 弾丸は首筋を貫通したが、構わずバフォメットは飛び立つ。
 もう一度狙おうとしたが、九蔵がそれを制した。
「彼女は‥‥恐らく助かりませんよ‥‥」

●エステル
 ――バフォメットは胸と首筋から血を流しながらも、懸命に基地を目指して飛行していた。
「ねえ‥‥天使さん、海が‥‥みたいわ」
 エステルの願いを叶えるべく、バフォメットは海岸に向けて進路を変更した。

 暫くして海が見えて来たので、エステルは沖を目指すように指示を出す。
 途中、海鳥達が彼女達を出迎えたが、すぐに逃げていった。
「天使さん‥‥の‥‥顔が‥‥怖いから‥‥ょ‥‥」
 エステルは虫の息だ。 
 彼女を抱えていたバフォメットも、限界に達し高度が落ちていく。
 そして、ついには力尽きて海中に落ちていった。

(「きれい‥‥」)
 エステルが最後に見た光景――それは陽光に照らされてきらきらと輝く水面であった。
 それを掴もうと、そっと手を伸ばすエステル‥‥そして全ては闇に包まれていく――。

●鎮魂
 数日後、本部でエステル・カートライトの死亡が正式に報告された。
 依頼に参加した能力者には、懸賞金が山分けされ、さらに戦果に応じた額の追加報酬が上乗せされた。

 ――その日、L・Hの小さな丘の上でトランペットの音色が響き渡った。
 それはどこか物悲しさを感じさせる、悲哀に満ちたレクイエムであった‥‥。

(END)