タイトル:【DR】極寒の炎熱地獄マスター:水無瀬 要

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/28 02:04

●オープニング本文


<レナ川流域>
 ここレナ川流域周辺では、ヘルメットワームによる隠密作戦が水面下で進められていた。
「中尉! 加熱装置の設置を完了致しました」
 曹長より報告を受けた若い女性士官は、この区域の担当指揮官であるエステル・カートライト(gz0198)中尉であった。
 親バグア派も軍隊として機能している為、便宜上エステルも階級で呼ばれているのだ。
「ご苦労さま。ヘルメットワームには、次の区域に移動するように指示して頂戴」
「はっ!」
 曹長は敬礼し、駆け足で去って行く。
「黒き炎さん、キメラの方は大丈夫かしら?」
「ああ、バッチリだぜ! 炎系キメラというオーダーだったけどな‥‥それだけだと面白くねえから、俺様流のアレンジを付けさせてもらったぜ」
 突然話を振られた黒き炎であったが、特に慌てる様子も無く即答する。
「それがあのキメラなのね‥‥」
 エステルが向き直った先に見えたのは、5つの首を持つ大型キメラ『ヒドラ』であった。
「爬虫類系のキメラなんで、寒さに耐えられるように『体毛』を植毛したりと、色々手を加えているぜ」
「私の天使さんとどっちが強いのかしら?」
「難しい事を訊いて来るじゃねえか‥‥力のバフォメット、技のヒドラって所かな」
「‥‥‥?」
 そんな漫才めいた会話がやり取りされていた最中、次の区域で加熱装置設置を行っていたヘルメットワームがUPC軍の哨戒機に捕捉され、交戦状態に突入していた――

<ヤクーツク作戦司令部>
「レナ川上流に敵だと?」
 ヤクーツクの作戦司令本部に座するヴェレッタ・オリム(gz0162)中将は、その奇妙な報告に目を細めた。
「はい。比較的少数の戦力のようですが、哨戒中の部隊が発見、ヘルメットワームと交戦したとのことです。その時は大した戦闘もなく、撤退したとのことですが‥‥レナ川流域で、少しずつ位置をずらしながら何度となく同じような報告が来ています」
「つまり追い払われても懲りずに何事かをしているのか」
「はい。また、ヘルメットワームと遭遇したポイントに再度の偵察を行ったところ、そのポイントにキメラが配置されていたとのことです」
 報告にきた本部付参謀の言葉にオリムは考えをめぐらす。
 バグアが何かをレナ川に仕込み、その守りとしてキメラを配置したのは間違いない。
 だが、具体的に何をしているのかがわからない。
 ウダーチヌイへの進軍ルートからも外れるから待ち伏せの線は薄い。交戦してもすぐに逃げるのであれば、拠点を構築しているとも思えない。
 だが、この一大決戦の最中に小規模とはいえ、部隊を遊ばせておく余裕はさすがのバグアとてないはずだ。
「他に分かっていることは?」
 考えのまとまらないオリムは参謀に次の言葉を促す。
「配置されたキメラはいずれも炎をまとうタイプだったと‥‥」
「炎だと? こんな極寒の地では‥‥っ!」
 この極寒の極東ロシアで炎のキメラの話を聞くとは思いもしなかった。河川が凍りついて幹線道路になるような土地柄である。そのことに思いをはせた時、オリムの脳裏にひとつの可能性が浮かんだ。
「水攻めか?」
 凍りついた河川は天然の堰となる。
 この地域の地勢として緯度が低い上流から氷が融け始めるので,下流の融解が遅れると洪水が起きると出発前に読んだ資料にあったはずだ。本来は、それは5月中旬頃からの話であり、勝っても負けてもそこまで作戦が長引くこともあるまいと思っていた。
 しかし、バグアが4月の今の段階で凍りついた河川を融かす手段を持っているとしたら?
「なんであるにせよ、放置はできないか」
 オリムは傭兵を呼び寄せると、当該のヘルメットワーム、並びに炎キメラの撃退を命じるのであった。

●参加者一覧

ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
天龍寺・修羅(ga8894
20歳・♂・DF
秋月 九蔵(gb1711
19歳・♂・JG
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
ヴィンセント・ライザス(gb2625
20歳・♂・ER
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA

●リプレイ本文

●開戦準備
「中尉! どうやらUPC軍に嗅ぎ付けられたようです」
 曹長が、駆け足で来て報告する。
「あら、部隊の展開が早いわね」
 エステル・カートライト(gz0198)は暫く思案した後、曹長に撤収するように命じた。こちらに向かって来ているのが能力者であった場合、親バグア兵では相手にならないからだ。
「黒き炎さんも一緒に撤収して頂戴」
「じゃあこいつを残していくから、適当に使ってくれ」
 そう言って黒き炎は、肩に乗せていた1匹のファイヤーマウスを手渡す。
「‥‥1匹だけなの?」
「ああ、1匹だけだぜ」
「‥‥」
「‥‥」
 お互いよく分からない沈黙の後、黒き炎はこう付け加える。
「こいつは特別製だからな、調整コストが量産型よりも掛かってるから何匹も作れねえのさ」
「数で押した方が強いわよ」
 エステルは、数を揃えた方が効果的であると反論する。
「普通に使うならそうだな。ま、こいつの使い道は手品のような奇襲が目的だからな。不用意に近づいてきた奴に、突然ポケットから出て来て、炎弾を顔に向けて撃たれたら流石に痛ぇだろ?」
「‥‥。問答の時間も無さそうだから、もう行って頂戴」
「そうさせてもうらうぜ!」
 黒き炎は輸送ヘリに乗り込み、上官に対して形式的な敬礼をして撤収していった。
「さて、歓迎の準備を整えましょうか‥‥ふふ」
 恍惚とした薄ら笑いを浮かべ血に飢えた少女は、今回特別に誂えた『大鎌』を手にし、キメラ『バフォメット』を連れて加熱装置の前に陣取った。

 一方、ヘリで目的地に到着した能力者達は、偵察機からの報告と資料により、この区域にエステル・カートライトが来ている事を既に掴んでいた。
「レナ川による水攻めか‥‥こんな極寒の地でそのような事が出来る技術を持っている事は驚嘆に値するが、やられるこっちはたまったものではないな」
 到着早々、天龍寺・修羅(ga8894)が、今回のバグア軍の作戦について素直な感想を述べた。
「まさか情報が漏れた訳ではないとは思うが‥‥策を出してしまった責任は取らなければなるまい」
 ヴィンセント・ライザス(gb2625)は、そう言って自分を追い詰める。
 彼はダイアモンドリング作戦に於いて、河川の氷を溶かしてウダーチナヤパイプ内に流し込む『水攻め』の提案者であったのだが、それをバグア陣営で行われてしまったので、軽い自責の念を抱いていたのだ。
「まあ偶然だろうな。気にしない方がいいぜ」
 アレックス(gb3735)がヴィンセントを励ます。
「そう言って貰えると助かる」

「確認された強化人間を倒せなくても、装置だけは破壊してしまわないとね」
 アズメリア・カンス(ga8233)が、再度目的を確認し直す。キメラを倒すだけでは成功にならないと、本部から特に念を押されていたからだ。
「最初が‥‥肝心‥‥だから」
 霧島 和哉(gb1893)が静かに話した頃、ようやく目的地が見えてきた。

●雪原の死闘(前哨戦)
「待ちくたびれたわ。危うく氷付けになる所だったわ」
 能力者達が現場に到着したのは、時間にしてほんの十数分であったが、外は氷点下である――よく見ると、エステルの眉が白く凍り付いていた。
「あら、もう少しゆっくり来るべきだったかしら」
 ナレイン・フェルド(ga0506)が微笑を交えて応える。
「お喋りは好きじゃないの‥‥それに加熱装置は既に作動しているわ。話している余裕はあるのかしら?」
 そう言ったエステルは、銃を抜こうと身構えた秋月 九蔵(gb1711)の動きに注視しながら、『大鎌』を構える。抜いた瞬間腕ごと切り落とすつもりだ。
「ならば通らせてもらう!」
 ヴィンセントが持っていた携行型ロケット砲「HellBreath」を、エステルの足下に向けて発射!
 エステルには当たらなかったが、爆炎と立ち上った水蒸気を利用して、能力者達は素早く2班に分散した。
「天使さん!」
 エステルはバフォメットに加熱装置に向かった能力者達の追撃を命じる。
「おっと、ここから先は通さん!」
 アレックスがランス「エクスプロード」を構えて進路を塞ぎ、その後ろにサンディ(gb4343)がサポートに入る。
『この技を見切れるか! インテーク開放!』
 二人同時に叫び、サンディが飛び出す!
「スパイラルレイピア イグニッション! 螺旋の極炎!」
 二連撃とスマッシュのコンボ技が華麗に決まる!
『ギギッ!』
 頑丈に鍛えられたバフォメットの胸元から鮮血が迸る。
「まだ終わりじゃねえぜ! 食らえッ螺旋の極炎ッ!」
 サンディの攻撃に上手く呼吸を合わせ、竜の翼で加速した渾身の一撃がバフォメットを弾き飛ばす。
 流石のバフォメットも冷たい雪原に背中を擦り付ける事となった。

 又、エステルと対峙したナレインと九蔵の二人も、序盤から激しい攻防戦を展開していた。
 ナレインは素早い動きで、エステルの攻撃を紙一重で避け続け、九蔵もエステルの足を止めようと、遠巻きに援護射撃で牽制していた。
 それはあたかも、ステップダンスを踊っているようにさえ見える華麗な戦闘であった。
「あなた‥‥KV戦じゃ勝てないから、生身で私達に挑みに来たんでしょ?」
 ナレインは鎌の一閃を掠りながらも心理戦に持っていく。
「‥‥」
 エステルは答えない代わりに、手首のスナップを使って刃先を180度反転させて斬り返す。
「でも‥‥残念ね、今回もあなたは私達に勝てないわ!」
 余裕の微笑みで攻撃を避け、更に精神的にプレッシャーを掛けようと言葉を続けるナレイン。
「‥‥くっ」
 少し頭に血が昇ったエステルは、鎌の先端を地面に突き立て、遠心力を利用してナレインを思いっ切り蹴り飛ばそうとする。
「あら、怒ったの? ふふ、可愛いわね」
 ナレインは、ひらりと避けながらくすりと笑う。

●雪原の死闘(対ヒドラ戦)
 緒戦でエステルを突破して加熱装置破壊に向かった4人は、装置の前に立つキメラ『ヒドラ』と対峙。
 既に戦闘の火蓋は切って落とされていたが、ヒドラの精度の高い攻撃に一進一退を余儀なくされ、未だ装置に辿り着けていない。
 霧島も強引に竜の咆哮で弾き飛ばそうとしたが、後続が遅れて連携が崩れ、最初のアタックは空振りに終わっていた。
 隠密潜行も、遮蔽物の無いこの雪原では姿が丸見えなので意味を失い、ヒドラの属性攻撃による痺れと凍傷、火傷などで、想像以上に困窮していた。
 ヒドラは寒冷地向けの改良を受けていたせいで『もふもふ感』が漂っており、見た目と能力に大きなギャップのあるキメラであった。
「もう一度行くわよ」
 アズメリアはそう言うと重心を低くし、愛刀『月詠』を脇構えにする。
 キメラの5つの首は、鋭い眼光で個別に能力者達を捉えており、別々に動いて撹乱させる事は不可能であった。
「首を落としに行くから、霧島さんが盾で突破口を開いてくれると助かるわ。そして怯んだ隙に、残った二人で装置に向かってくれるかしら」
「了解‥‥だよ」
 と霧島。
「ヴィンセントさん、さっき強化人間に使った『アレ』は可能かしら?」
 アズメリアが問う。
「装置の破壊に最低2発は残しておきたいが‥‥可能だ」
 元々トラップの為に考えた戦法ではあったが‥‥状況的に見て、結果オーライだと納得させるしか無かった。
「では、頼めるかしら。今度は時間差を仕掛けるわ。霧島さん、連携行くわよ!」
「了解‥‥行くよ‥‥擁霧」
 擁霧とはAU‐KVに付けた名前である。
 そしてタイミングを計り、再び突破を試みる!
 ヴィンセントはロケット弾でヒドラの足下を狙い撃つ! 大きな爆発音に反射的にヒドラが怯んだ。
 音に敏感に反応するのは生物の本能である為、隙を作るには非常に有効な手段であった。
 竜の翼で加速力を得た霧島の『擁霧』は、竜の咆哮を発動させてヒドラに体当たり!
『ギギッ!』
 ヒドラの巨体は見事に弾き飛ばされる。
「よし!」
 ヴィンセントと天龍寺が装置に向かい駆け出す。
 しかしヒドラも後退はしたものの、目は常に標的を捉えていたので、すかさず攻撃を加えて来る。
「遅い!」
 アズメリアがヒドラの懐に入り込み、気合一閃でヒドラの首を切り落とす!
『ギギーッ』
 激しい痛みに苦しむヒドラ。
 痛みに逆上したヒドラは、全弾をアズメリアに向けて放つ!
 そこに素早く霧島が割って入り、盾で防ぐ。
「ありがとう」
 アズメリアは礼を述べると、再びヒドラの首を斬りに行く。
 斬ってみて分かったのだ――このキメラは『柔らかい』と。

●加熱装置破壊
 ヒドラの守備範囲を抜けて来たヴィンセントと天龍寺の二人は、加熱装置の前に到着する。
 アズメリアと霧島のコンビで、ヒドラを装置から大きく引き離す事に成功していた。
「軍から正式にプラスチック爆弾を申請しておくべきだったかも知れん‥‥いや‥‥無い物強請りはよそう」
「俺は黒猫で接合部分や電装品を打ち抜くので、ヴィンセントさんは動力部を頼む」
「了解だ」
 ヴィンセントは、残弾2発のロケット弾を止め用として温存し、まず小銃「S−01」を使ってある程度のダメージを与える事にした。

 二人は銃器で要所に弾丸を撃ち込んで行く――そして

「これで終わりだ」
 ヴィンセントは、所々火花を散らして穴だらけになった加熱装置に向かって、鋭覚狙撃と強弾撃を使いロケット弾を2発撃ち込んだ。

●雪原の死闘(対エステル戦)
 アズメリアがヒドラの最後の首を切り落とした時に、加熱装置は爆発音と共に黒煙を上げて炎上した。
「後は強化人間だけね」
 ヒドラは首を全て斬られてしまい、血を大量に噴出しながらヒクヒクと痙攣していた。放っておいても、じきに死亡するだろう。
 霧島が竜の咆哮を出し惜しみせずに使ったお陰で、アズメリアは容易にヒドラの懐に飛び込む事が出来たのだ。
 やがて装置の破壊を確認したヴィンセント達も合流する。
「ナレインさん達の‥‥所に‥‥行こう」
 4人はエステルを撃退すべく走り出した。

 ――ヒュン!
 エステルの鎌が空を切る!
「どうやら装置は破壊されたみたいよ」
「‥‥残念だわ」
 ナレインもエステルも、お互い掠り傷を全身に受けて衣服を朱に染め上げていた。
 ファイヤーマウスによる奇襲もあっさりと避けられ、既に手の内は晒していた。
「命を弄んだり、たくさんの人を傷つけて‥‥これ以上、みんなの笑顔を奪う事は許さない!」
 ナレインもここに来て流石に息もあがってきており、余裕を失いつつあった。
 代わりにエステルのこれまでの行為に対する怒りを気力へと転化させながら戦っていたのだ。
「それは人の道理ね‥‥でも、それがバグアの道理だとは限らないわよ」
 エステルは鎌を腹部で固定して、自身を回転させながら斬り込み、着地と同時に柄の先端を持って大きく振り回す。
「くっ」
 ナレインは、大きく間合いを取って後退。
「私は今の体になって、本当に幸せよ。だって‥‥疲労を知らないのだから!」
 ナレインが離れた瞬間、九蔵との連携に時間差が生じる。その一瞬をエステルは見逃さなかった。
「そうきますか」
 九蔵はクルメタルP−38を連射して、近付けさせない。
 弾丸はエステルの肩口に2発、左脇腹に1発当たったが致命傷では無い。心臓部分を鎌の幅広い刃先で防ぎながら尚も接近する。
「痛いわよ!」
 エステルは九蔵を射程に捉えて鎌を一閃!
「ぐはっ!」
 袈裟斬り倒される九蔵!
「九蔵ちゃん!」
 ナレインはクルメタルP−38を秋月同様に乱射し、止めを刺そうと鎌を振り上げるエステル目指して接近した!

●炎纏いし守護竜
 バフォメットを、エステルとの分断に成功したアレックスとサンディも又、疲労によって両者殴り合いの状態にあった。
 特にアレックスは、サンディの盾となって戦闘を行っていた為、特に消耗が激しかった。
「アレックス、無理しないで!」
 サンディも能力者としては決して弱くは無いが、バフォメットの能力の一部は、それを凌駕しているのも確かである――勿論、アレックスの能力さえも‥‥。
「無理は承知の上だ! 俺は皆を守れる炎竜になりたいと思っている。あの親娘の為にもな。――来るぞ!」
 バフォメットが体当たりをして来る。
「イグニッション!」
 アレックスは竜の咆哮でカウンターを狙う!
 両者は激しくぶつかり合い、弾かれる。
 アレックスは立ち上がれない‥‥体力の限界点に達したようだ。
「よくも! イグニッション! スパイラル・フレイム!」
 サンディもコンボ技でバフォメットに挑む。
『ギギッ』
 ダメージを与えたが、見切られていた。
 間合いが詰まった所をバフォメットに殴られ、吹き飛ぶサンディ。
「くっ!」
 その時! バフォメットの意識が別の何かに向く!
 そして、サンディ達には興味を失ったように飛び立って行った。

●死闘の結末
「げほ‥‥背中にも何発か貰ったわね」
 口元から一筋の血を滴らせたエステルは、九蔵とナレインから離れる。
 装置も破壊されたので、引き際と判断したのだ。
「引き際のようだわね‥‥」
 そこに――装置の破壊を終えた4人が駆け付けて来た。
「ナレインさん! 援護します!」
 エステルは包囲網を突破しようと試みる。
 ヴィンセント、天龍寺、霧島の攻撃を軽くすり抜け、アズメリアの攻撃も回避した‥‥!

 ズシャッ!

「――!?」
 エステルは避けた筈であったが、左腕を肩口から綺麗に斬り落されていた。
 迸る鮮血!
「うぐぅ! 痛い! 痛いわ!」
 エステルは痛みに我を忘れて転げ回る。
「お前の痛みなど、殺された人達に比べれば些細な事だ。もっと、世界を見ろ‥‥お前は、病院‥‥の小窓から、世界を判断して‥‥いる‥‥に、過ぎん」
 包帯を巻かれた九蔵が、苦しそうであったがエステルに話しかける。
 当の本人に聞こえているかは不明であったが‥‥。
「サンディちゃんを呼んで来て! 救急セットでないと危ないわ」
 ナレインの持参したエマージェンシーキットでは、生命力まで回復出来ない。

 ――その時、黒い影が一同を横切る!
 アレックスとサンディの連携攻撃で、全身傷だらけのバフォメットが、主人の危機に飛んで来たのだ。
 バフォメットは着地後、能力者達に向き直って戦闘態勢を取ったが、エステルがそれを制した。
「目的は果たした。素直に引き下がるのなら特別に慈悲をかけてやろう‥‥そう言えば伝言を預かっていたな。前回お前さんを倒したとある者からの伝言だ。『またいじめてやる』との事だ。‥‥全く、甘いな‥‥」
「機体が直ったら‥‥お礼に行くわ‥‥」
 エステルは動揺した声で敗者の『お約束』を言った後、バフォメットに撤退を命じた。
 主人を抱えたバフォメットは、漆黒の翼を広げて飛び立って行く‥‥そして少女は、黒き天使の胸元で大粒の悔し涙を流して泣いた。

 その後、秋月九蔵は、サンディ持参の救急セットで応急処置を済ませ、病院に運ばれ療養中である。
 依頼は加熱装置の破壊に成功したので、本部より報酬が支払われた事を最後に報告しておく。