タイトル:国境線都市の攻防マスター:水無瀬 要

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/06 21:31

●オープニング本文


<メキシコ合衆国チワワ州・バグア占領地域前線基地>
「放しやがれ! この野朗!」
「あら、天使さんご苦労様。早かったわね」
 エステル・カートライト(gz0198)は、『天使さん』と呼ばれるキメラ『バフォメット』に、ある人物を拉致して来る様命じていた。
「天使さん、放してもいいわ」
 エステルの一言で、今まで殴られても噛み付かれても、罵声を浴びせられても放さなかった手をするりと放す。
 そしてドスン! という派手な音を立てて、男は床に落とされた。
「痛ぇな! 気を付けろって!」
 そう息巻いた後で、エステルの方に向いてこう言う。
「おい、こいつのボスはあんたなのか?」
「オラ・ケ・オンダ? (こんにちは、ごきげんいかが?)エステル・カートライトよ」
「俺様は――」
「知ってるわ。だからここに来て貰ったのよ」
「だったら普通に呼びやがれよ!」
 エステルはコツコツとヒールを鳴らして男に歩み寄り‥‥左手で首を掴んで乱暴に持ち上げた。
「ぐっ!」
 男は苦しさから足をバタバタとさせ、両手でエステルの手を振り解こうとするが、びくりともしない。
「がはっ‥‥は‥‥な‥‥せ」
 エステルはまだ放さない。男の意識が朦朧とし、両手の力を失いかけた頃にようやく手を放した。
「ごほ、ごほっ‥‥おぇ‥‥ごほっ」
 男は呼吸困難ぎみに激しく咳き込み、首を掴まれた時以上に苦しそうである。
「本当は今すぐ殺してあげたかったのだけど‥‥利用価値がまだありそうだから生かしてあげるわ」
「ごほっ‥‥そりゃ‥‥どうも」
「貴方、今の自分の立場がよく分かってないようだから教えてあげるわ」
「――?」
「バグアでの『人間』の立場は、使い捨てのゴミ程度なのよ。貴方は幸運にも『キメラマスター』というキメラ製造スキルを有しているから尉官待遇で指揮権も与えられている。ここまでは分かるわよね?」
「でも、最近の貴方の作戦は失敗続き‥‥傭兵達に妨害されて逃亡ばかりが目立つの。だからね‥‥本当はここで死んでもらう事になってたの。クスクス♪」
「何だそりゃ? 俺様は聞いてないぜ」
「だって殺す相手に知らせる必要はないわ。逃亡されると面倒だし」
「‥‥」
「私の作戦には強いキメラがぜひとも必要なの。だから私の下僕になりなさいな『黒き炎』!」
「‥‥嫌だと言ったら殺すんだろうな」
「勿論よ。貴方に選択肢はもうないわ。従うか死の二つよ」
「分かった。ただし、俺様も独自で行動する時があるから、そいつを了承してくれねえか?」
「そうね‥‥いいわ。ただし、居場所は私にちゃんと報告してね」
「ああ、分かってるさ」
「じゃあ改めてよろしく、黒き炎さん。貴方の今後の待遇については、私から上官に報告しておくわ」
「‥‥ああ、よろしく頼まぁ」
(「さっきまで殺しそうだった相手に、今度は『黒き炎さん』かよ‥‥くそ! なんで俺様がこんな女に‥‥」)
 黒き炎も落ちる所まで落ちたのか、はたまた自分の能力を生かせる主人と巡り会えたのかは、今後の展開に委ねられる事となる。
「さあ、早速仕事よ。貴方のキメラを使わせて頂くわ」
「オーケー。で、オーダーはどんなのが良いんだ? ご主人様よ」
「そうねえ‥‥昔日本には『神風』という爆弾を抱えて特攻する風習があったそうよ」
「風習かどうか知らねえが‥‥そんなのはあったな。で?」
「キメラに爆弾積める?」
「へ?」
「呆けないで答えてくれる? キメラに爆弾積んで特攻させる事は出来るの?」
「キメラは下手な人間より従順だから可能だぜ。しかし‥‥勿体ねえな」
「聞いてるわよ。貴方、爆弾に関してもプロらしいわね。ついでに爆弾作りもお願いするわ。うんと派手なのをね」
「いいぜ。キメラと爆弾の製造請け負った」
「よろしくね」

<北米テキサス州・某市>
 この地域は、メキシコバグア占領地域と北アメリカ競合地域とを隔てる国境線とも言える都市である。
 人口約56万人の、比較的大きな都市である。
 国籍はアメリカ人であっても、ここに暮らす人々の多くはヒスパニックであり、彼らは自分達の事を『メキシカン・アメリカン』、又は『チカノ(女性はチカナ)』と呼んでいる。
「本当はもっと沢山のキメラ軍団が欲しかったのだけど‥‥私の権限ではこれが限界のようね」
「さあ、行きなさい」

 ――約30分後

<ラスト・ホープ内UPC特殊作戦軍本部ロビー>
 急遽オペレーターより緊急依頼の告知が入る。
「北米テキサス州南端にあります都市の一部が、テロとキメラによる襲撃を受けています」
「テロについては現在沈静化下した模様ですが、現場にニューメキシコ州の事件で目撃されたキメラ『バフォメット』と強化人間の少女の存在が確認されております」
「現在UPC北中央軍がキメラに対して応戦、住民の避難などを行っております」
「能力者の皆さんは直ちに現地に赴き、キメラの殲滅に向かって下さい」

●参加者一覧

西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
戌亥 ユキ(ga3014
17歳・♀・JG
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
Fortune(gb1380
17歳・♀・SN
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA

●リプレイ本文

●状況
 能力者達が急行した時には、既にテロ行為は沈静化しており、崩れ落ちた廃墟と燃え盛る住居から出る黒煙により、現場は今なお酷い状況にあった。
 あちこちで生き埋めになった人々の手や足が瓦礫の隙間から垣間見え、炎に焼かれてぶすぶすと燻る遺体さえあった。
「‥‥酷い有様だな」
 カララク(gb1394)は現場の惨状を見てこう呟いた。
「血の臭いと‥‥人の焼ける臭い‥‥」
「‥‥ちっ」
 西島 百白(ga2123)も、この酷い有様に舌打ちして怒りを露にする。

 一行は情報収集の為、UPC北中央軍避難キャンプを目指していた。
 テロ行為が沈静化しても、未だにキメラが上空を飛来し続けている為、安全性も含めて救助活動が難航していたからだ。
 更に歩を進めると――アレックス(gb3735)が、まず最初にその光景を目に留めた。
「‥‥酷え事するぜ‥‥」
「ああ主よ‥‥」
 サンディ(gb4343)もそれに気づき、胸元で十字をきって神に祈る。
 彼らの目に留まった光景‥‥それは『銀の槍』で串刺しになった母親と、まだ幼い少女の遺体であった。
 母親は必死になって少女をかばうように抱いていたが、その甲斐も無く二人共刺し貫かれていた。
「ついてなかったわね‥‥」
 Fortune(gb1380)は目の前の親娘に自分の過去を投影し、そう呟く。
「‥‥バグア‥‥本当‥‥許せないね‥‥」
 リュス・リクス・リニク(ga6209)も拳を握りしめ、そう答えた。
 その後、依神 隼瀬(gb2747)と カララクの2人で刺さった槍を引き抜き、遺体をそっと廃墟の側に横たえ、戌亥 ユキ(ga3014)が遺体の側に摘んできた一輪の花を手向け、全員で冥福を祈った。
「本当はちゃんと埋葬してあげたいけど、今はこれが精一杯なの‥‥ごめんね」

 しばらくして一行は、ようやく避難キャンプに到着した。
「‥‥なるほど、キメラが特攻して来て自爆した訳ね。ふぅ、厄介な事になってるね」
 戌亥とカララクの二人が中心となって情報収集を行い、その後全員に得られた情報をフィードバックする。
「さて、被害を最小限に押さえる為にも迅速に動かなきゃ」
「主よ、どうか皆を護りたまえ」
 サンディの祈りを合図に、全員が配置に付く。

<某市内・廃墟ビルの屋上>
「ようやくお出ましのようね。今回の作戦の目的は街の破壊ではないの‥‥。能力者を皆殺しにするのが本当の目的よ」
「さあ天使さん、貴方の出番よ。私をあそこに下ろして頂戴」
 キメラ『バフォメット』は主人の命じるままに実行し、その後キメラ軍団指揮の為に飛び立って行く。
「ふふ、爆弾キメラによる雨あられの自爆攻撃に、見事耐え切る事が出来るのかしらね。見物だわ」
 そう言ってエステル・カートライト(gz0198)は、廃墟と化したビルの一つに入り込むと、双眼鏡を覗き込む。物見遊山を決め込んだようだ。
 エステルの準備が整った頃合いを見計らったかのように、激しい銃撃と爆発音が市街に木霊し始める。

 能力者達は、各々2名ずつ4つの班を形成し、出来るだけ固まって行動するような作戦を取っていた。得られた情報から『爆弾キメラ』の存在が判明した為、密集隊形からの『弾頭矢』による弾幕で、一気に撃ち落とす事にしたからだ。
 しかし密集する事によるリスクは、逆に自分達にとっても非常に不利な状況であった事から、自然と班ごとに分散した戦闘へと移行していった。

●対キメラ戦(A班)
 西島はキメラをグラファイトソードで斬り付け、足で遠くに蹴り飛ばしながら首謀者とおぼしきエステル・カートライトの存在を探していた。
「奴はどこだ‥‥?」
 能力者としてよりも、得物を狙う獣のような嗅覚を以ってエステルの気配を探す。
 パートナーであるFortuneは、この単身で強敵に挑もうとする無謀なパートナーを諌める事も無く、比較的協力的であった。
「運が良ければ見つけられるわ。ついてればね」
 そう言いながら放った弾頭矢の一矢が、見事にキメラの一団に命中する。
「うまく行ったわね。今日はついてるわ」
 弾頭矢を所持する弓使い達は、全員が適時これを使用していた。複数のキメラが群れる場所もさる事ながら、弾幕によって誘爆させる事を主眼に置いている以上出し惜しみは一切しない。
 一方接近戦武器で戦う者達は、キメラを斬り付けた後で爆発の直撃を避ける為に、蹴り飛ばしたり武器で弾き飛ばすなど、何らかの工夫が必要であった。
 とは言え、エミタの働きと覚醒による防御能力の上昇の為、直撃を受けなければ大したダメージには至らない事が幸いしている。一般人であれば、蹴り飛ばした程度の距離では、爆発の余波を防ぎ切れないからだ。

 ――その時、何かがキラッと光った。

「いた‥‥奴だ‥‥」
 西島は研ぎ澄まされた感覚により、あれがエステルの居場所を示す『光』であると直感した。
「行くのね‥‥気をつけて。私は他の班と合流するから大丈夫だから」
 Fortuneがそう言い終える前に、西島は走り出す。
 孤立すると危険な為、彼女も後ろを振り返る事無く移動を開始した。

●対キメラ戦(B班)
「あいつら血相変えて俺達を狙って来ますねっ!」
 と依神がカララクに向かって叫ぶ。
 彼女はカララクの前衛として、盾になるような立ち回りで巧みに薙刀「昇龍」を振るいキメラ達をはじき飛ばす。
 カララクの方は二連射を使い、貫通弾を混ぜながら、依神が弾き飛ばしたキメラを撃ち抜く!
 元々自爆専用の消耗品扱いなので、量産コストの面からキメラの強さは単体以下の能力であったのだ。
 次々と弾き飛ばされ撃ち抜かれるキメラ達であったが、そんな機械的に単調な行動が長続きする筈は無い。
 キメラの波状攻撃がぴたりと止まる‥‥。
 付近にいたキメラの姿がどこかに移動したようだ。

 ――数秒の静寂の後

「きゃあ!」
「――!」
「カララクさん!」
「近いな‥‥声の方に向かおう! 嫌な予感がする」
「りょ、了解っ!」

●対キメラ戦(C班)
 C班の二人のいる地域には特に多くのキメラが飛来していた。B班のキメラが増援に回った為だ。
 弓使いの弾頭矢の消耗が早かった事と、槍使いの方は、間合いを詰めて一気に畳み掛ければ倒せると判断したようである。
 勿論指示を出しているのは、双眼鏡を手に状況を見ているエステルである。バフォメットに通信機が取り付けてあるのだ。
「いくぜ! インパクトォォォー!」
 アレックスはランス「エクスプロード」に持ち替え、竜の咆哮と組み合わせた巧みな戦法により、キメラを次々と弾き飛ばしていた。
「エクスプロードにはこういう使い方もあるんだぜ?」
「アレックスって意外と凄い人だったんだね」
 戌亥は素直に感想を述べる。
「おいおい、『意外と』は余計だぜ」
 そう言いながらも照れ笑いで口元をにやりとしていたのだが、AU‐KVを身に纏っているので判別不能であった。
「色々と試したい事があるからな。もう少し付き合ってもらうぜ!」
 アレックスは槍を地面に刺し、武器を小銃「スカーレット」に持ち換え、タクティカルゴーグルを使った射撃も試して見る。
 1体のキメラが数発の弾丸を受け、忽ち蜂の巣となり爆発した。
「中々いい感じだな、これ。流石に距離が近いから、5倍望遠は使えないけどな」
「強化すればもっと良くなりそうだね」
 と戌亥。
「ああ、生きて帰る事が出来れば、な!」
 そう言いながら特攻してくるキメラを、再び槍で弾き飛ばす。
「そうだね」
 と、戌亥が弾き飛ばされたキメラを、長弓「フレイヤ」で射抜く。
 数が多かったが、二人の連携の前に、キメラは徐々に数を減らしつつあった。
 そこにA班のFortuneから無線が入る。
「百白がエステルを追っていったから、そっちに合流するわ」
「了解」
「こっちも大体片付きそうだから、Fortuneさんが合流したら、入れ替わりに私が西島さんの援護に向かおうかな」
「お願いするわ」

●対キメラ戦(D班)
 バフォメットは、主人より新たな指令を受ける。
「Cポイントにいる能力者達の攻撃が意外と手強いわね‥‥。もう殆どやられちゃったわ。貴方が直接行って倒してくれるかしら?」
『ギギッ』
 バフォメットは命じられるまま指示に従う。

 リニクとサンディのD班は、B班の近くで戦闘を行っていた。
「兄さま達大丈夫かな」
 無論、兄のカララクがキメラ如きに後れ取るとは考え難いが、今回の敵には自分達も相当苦労していた為、多少弱気になっていたのも確かである。
 とにかく考えても仕方ないので、強弾撃と急所突きを使い、キメラ達への弾頭矢による誘爆攻撃に専念する事にする。

 サンディはフェンシングを嗜んでいた事から突剣の扱いに長けていたのだが、今回は小銃「ブラッディローズ」を使った銃撃装備で敵と対峙している。
「あの親娘に安らかな眠りを与える為にも、ここは負ける訳にはまいりません」
 二人の攻撃は弾頭矢の数と威力、そして銃器による弾幕と、非常に効率的であり、キメラの数もあと僅かとなった。

 ――と、そこに漆黒の翼を持つキメラが舞い降りてきた。

「やっと出たのですね、偽天使さん」
 リニクは温存していた6本の弾頭矢を使うべく弓を構え直す。
 サンディが銃撃で牽制してリニクが弾頭矢で倒すというのが連携の基本であった為、今回もそれに倣う形となる。
「痛っ!」
 ありったけの銃弾と弾頭矢によって右腕が抉れるように肩口から吹き飛んだにもかかわらず、バフォメットは気にする事も無く左腕でリニクの頭を鷲掴みにして持ち上げたのだ。
「いや!」
「彼女を放しなさい!」
 サンディがバックラーで防御しつつ近寄り、至近から銃弾を浴びせた。
 バフォメットはリニクを放したものの、今度はサンディに強烈な体当たりで弾き飛ばす。
「きゃあ!」
「サンディ!」

●無謀なる挑戦者
「やっと見つけた‥‥」
「――! あら、よくここが分かったわね」
「‥‥俺はついてる」
 Fortuneの口癖がうつったのかは不明であるが、ラッキーである事に変わりは無い。
「一人なの?」
「‥‥俺一人で‥‥十分だ‥‥」
「いいわ。丁度暇だったの」
「‥‥倒す!」
 西島はエステルの足止めをするべく、左手で小銃「S−01」を持って果敢に牽制した。
 しかしエステルの回避能力は、西島の命中力を優に上回っており、余裕で避ける。
「ちっ‥‥」
 全弾撃ち尽くしたがリロードする隙が無いので、ハンドガンに持ち替えて後に、右手の剣で接近戦を挑む。
 エステルは余裕綽々といった感じであった為、リロードするくらいの猶予を与えてやっても良かったとばかりに、武器の持ち替え時にも何もしない。
「遊んでいるのか‥‥この俺を!」
 熟練したグラップラーでさえ苦戦するエステルの回避能力の前では、西島の剣は虚しく空を切るだけであった‥‥。
「クスクス♪ 貴方では私は殺せないわ」
「これなら‥‥どうだ!」
 エステルが壁際に避けた瞬間に、ハンドガンで更に牽制して追い込み、距離を一気に詰める事に成功する。
「ふふ、試してみれば?」
 エステルはわざと追い込まれたと言わんばかりである。
「‥‥射撃は‥‥苦手なんで‥‥な。‥‥至近から‥‥いかせてもらう」
 エステルの胸元に銃口をつき付けた西島は、トリガーに力を込める――

「ぐふっ!」
「残念だわ、貴方の『絶対的間合い』は私にとっても絶対的な間合いなの‥‥この距離なら私も外さないわ」
 見てみると、エステルの所持していた短剣が、西島の胸に深々と突き刺さっていた。
「な‥‥に‥‥」
 西島はゆっくりと崩れるように倒れる。
「まだ息があるようね」
 エステルは、ビルの上から地上に落そうと、西島の体を持ち上げて窓から顔を出した。

 ――ヒュン!

 1本の矢がエステルの肩口に命中する。
「痛いわ」
 投げ捨てようとした西島を床に落とし、エステルは刺さった矢を引き抜きへし折った。
「回避運動を取らなければ当たるのは道理だわね‥‥」
「天使さん、聞こえる? 今日は引き上げるわ。気分が乗らないの‥‥天使さん?」
 応答が無い。
「天使さん‥‥私より先に天に召されたのね‥‥」
 エステルはそう言い残すとその場から消えた。

 エステルとほぼ入れ違いに戌亥がやって来て、西島に救急セットで素早く応急処置を施す。
 西島を救った『1本の矢』は戌亥の放ったものであった。
 銃声を聞いて位置を特定出来た事が幸いした。
「西島さん! 意識をしっかり! 今応援を呼んだからね!」

●死闘の末に
「何て頑丈なのよ!」
 D班の二人は、バフォメットの攻撃に成す術も無く蹂躙されていた。
 残った左腕も弾頭矢で吹き飛ばされ、両肩から激しく血を噴出しているにも関わらず、バフォメットの勢いは止まらない。
 既にこの時には、全班でほぼ戦闘が終了しており、自爆キメラもこの空域しか残っておらず、後はこのバフォメットさえ倒せば、今回の依頼はコンプリート目前であった。
「兄さま‥‥助けて」
 リニクは未だかつて見た事もない強敵相手に、すっかり恐怖していた。
 相棒のサンディも気絶しており、弓も鷲掴みされた時に落としてしまい、今は丸腰であった。
 何もかも諦めそうになったその時!

「リニク!」
「兄さま!」
 カララクは状況を瞬時に把握し、すぐさまエネルギーガンのトリガー引いて、バフォメットの胸元を焦がす。
「俺が囮になりますので、カララクさんは妹さんの方をお願いします」
「頼む」

 依神は薙刀を上段から斬り降ろし、エネルギーガンで焼かれた胸元を更に斬り捨てた。
 新たな鮮血が、その場に居合わせた者達に降り注がれる。
 リニクやサンディも全身返り血で真っ赤であったが、更にカララクと依神をも赤く染め上げる。

「しつこいと女の子に嫌われるぜ!」
 依神はそう言うと薙刀を水平に一閃し、バフォメットの首を刎ねる。
 ボトリと首が落ちたが、バフォメットは仁王立ちしたまま絶命していた。

 その時、1体のハーピーが、気絶しているサンディ目がけて急降下して来た!
「危ない!」
 みんなを守る盾として自覚していた依神は、サンディを庇ってキメラの特攻攻撃の直撃を受けた!
 ズンッ! という激しい爆発音と白煙の後に、全身を傷だらけにした依神の姿を確認した。
「隼瀬!」
 カララクがすぐさま駆けつける。
 メタリックシルバーのAU‐KVは粉々に砕け、破片が周囲に散乱していた。
 竜の血による回復も、本人が気絶していれば全く意味は無く、カララクとリニク、気が付いたサンディの応急処置でどうにか一命だけは取り止めた。
 その後、西島の救護に向かったアレックス達と合流したD班とB班は負傷した二人を運んで無事帰還した。
 依神のAU‐KVは、多くのユニットを交換したが、ちゃんと修理された事をここに明記しておく。

<メキシコ合衆国・チワワ州バグア占領地域前線基地>
「黒き炎さん、新しい天使さんは?」
「ああ、バッチリだぜ。あいつよりも数段戦闘力が上だぜ」
「それは楽しみだわ」