●リプレイ本文
●掃討
「残る敵は小物だな‥‥組織化されていない、残存キメラのみだ」
『了解。すぐに始末するよ‥‥』
アルヴァイム(
ga5051)の言葉に、月森 花(
ga0053)が応じる。
即座にコンソールを開き、戦闘準備を整える。武器のロックが解かれ、と同時にレーダー上に微かに写るキメラを捉えはじめた。
「宗太郎クンは降下準備に入って大丈夫だよ‥‥敵は殆どいないから‥‥」
「あぁ、俺の上は任せるからな」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)が、クノスペの速度と高度を急速に落とす。
「女の子に向かって俺を守ってって‥‥普通は逆だよね‥‥」
確かに『女の子』なんてガラじゃないけど――その言葉を飲み込み、正面、翼を広げる翼竜型のキメラを睨み据えた。小物だ。組織だった攻撃を仕掛けてくるならば多少厄介であろうが、一対一であればただの的に近い。
「Schwertleite‥‥ボクの白き剣‥‥行くよ」
レーザーガン「オメガレイ」の砲口が煌く。空を切る輝きがキメラを蒸発させた。
それを合図に、傭兵たちは一斉に襲い掛かる。
どんと土煙を上げて、キメラが地に倒れ伏したその隣。
「さて、お宝発掘と行くか?」
リック・オルコット(
gc4548)のグロームだ。搭載された8連装ロケットランチャーの砲口からは、微かに煙が立ち上っている。眼下に見えるゼダ・アーシュ。彼は機の速度をぐっと落とす。
「降下地点についたぜ? 幸運を」
影が広がった。
パラシュートだ。
キアルクローががしゃんと音を立てる。
パラシュートを跳ね除けて、クラーク・エアハルト(
ga4961)が上空のリックへ手を振った。
リックのグロームに重なるようにして、ロシャーデ・ルーク(
gc1391)のサイファーがゆっくりと旋回していた。リック機の動きをカバーする為だ。クラークの降下を確認して、両者は並んで上空警戒へと移行する。
「こちらクラーク」
『感度良好。聞こえるぞ』
インカムから聞こえる、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)の声。
工具箱を持ち上げてゼダへと駆け寄るユーリに、銃を構え、周囲を警戒するクラーク。続いて、彼のジャケットを巻き上げるほどの風と共に、クノスペが着陸する。いかなる地形においても降下、上昇できることこそ、VTOL機最大の長所だ。
地殻変化計測器を手早く打ち込み、菱美 雫(
ga7479)がキャノピーを開いた。
「お待たせしました、解体を急ぎましょう」
ゼダの残骸を前にすると、かつての脅威を思い出す。彼女と縁のある小隊が中野の撃墜には関わっている。今は故あって隊を離れた身で何か大きな貢献をした訳ではないのだが、少し、鼻が高い。
「さてと。どこから手を着ける?」
クノスペのコックピットを見上げ、ユーリが問いかけた。
「コックピット周辺から‥‥ですね。とにかく、パーツごとに分解してしまいましょう」
「そうだな、まずは胴体辺りから行くか」
地堂球基(
ga1094)が頭をかきながら、クノスペの補助席から立ち上がる。
本来は陸路で来る予定だったが、それでは足が遅い。出撃寸前の滑り込みで彼女のクノスペに便乗したのだ。
あとは、損傷の激しい部分を後回しにして、KVで動かせる部分はKVを使えば手っ取り早いはず――クノスペから飛び降りた球基の言葉を受けて、雫がクノスペを人型形態へ変形させた。
「‥‥急ぎましょう」
ここからは時間との勝負。
時が経てば経っただけ、リスクは増す。
『掃除屋』
奴らが現れるであろうことは傭兵たちにとって暗黙の了解だった。
これまでの事例からも。
おそらく、自分たちの動きは既にバグアに捕捉されている。これまではバグア・人類双方手を出しあぐねていたが、片方が動けば、その均衡は崩される。バグアは多少の損害を覚悟してでもゼダの破壊を試みるであろうし、たとえ掃除屋が現れずとも、それ相応の敵が差し向けられるであろうことは容易に想像がついた。
(ここまでは予定通りだが‥‥)
般若面の男が、腰の明鏡止水に手を掛ける。
バイクのエンジンはまだ熱い。
終夜・無月(
ga3084)は、草原の向こう、遠く地平線をじっと眺めた。
●接近
機械がみしみしと軋む。
油くさい。関節からどろりと垂れる、機械油の臭いだ。ゼダ・アーシュでも油を射すんだろうか。いや、それともあれは違うものなんだろうか――球基の脳裏に、そんな取り留めの無いことが思い浮かぶ。
ゼダ・アーシュの再生機能は未だに「生きて」いた。
それでも稼動状態まで修復されていないのは、一度徹底的に破壊されたからなのか、動力が落ちている為かは判らない。
「よおし、やってくれ!」
頭を振るって、インカムに向かって声を張る。
直後、金切り音が響いてゼダ・アーシュの膝関節に機剣が突き立てられる。
「どうぞ‥‥引っ張ってください」
「こんな乱暴にやっちゃって良いのかなぁ」
機剣を突き立てる雫の声に、宗太郎は思わず苦笑いを浮かべた。
『良いんだ、足は二本ある。そっちは壊れてるし、時間も惜しい』
球基が手を振る。
「よぉし‥‥それじゃ一思いに行くからな‥‥っ!」
エンジンが唸る。クノスペがゼダ・アーシュの足を引くと、機剣の突き立てられた部分からばりばりと引き裂かれる。関節部のパイプが、不気味にうごめいた。
『あまり揺らさないでください』
かと思えば、通信機からはユーリの苦情が漏れる。
彼は、ゼダ・アーシュのコックピットから下半身を投げ出したまま、インカムを握り締めていた。探査の目で詳細に調べる限り、自爆装置が作動する様子は無い。いやむしろ、作動しないようにされてしまっていた。
(あいつの性格だと、やはり自爆するって選択肢は無かったんだろうな‥‥)
‥‥と、ごうと空気を揺らす轟音が響いた。
今度は解体音ではない。
上空に飛ぶ新たな機影は、後続隊のそれだった。
『敵は?』
「今のところ手応えなし」
『そうか』
UNKNOWN(
ga4276)とアルヴァイムの間で交わされる短いやりとり。間隔を一定に保って円を描くように警戒してはどうかと提案するが、UNKNOWNは、そこそこ高度を保ったまま、半ば我関せずといった風に飛ぶ。
「そうだな‥‥」
アルヴァイムは通信回線を開いて、他の傭兵とも連絡を取り始めた。
敵は来る。必ず。
余裕のある今のうちに、警戒網を構築して即応性の高い迎撃体制を築いておかねばならぬ。その要となるのが、篠崎 公司(
ga2413)のウーフーをはじめとする電子戦機だ。彼のウーフーはゼダ・アーシュの上空に留まり、速度を落として旋回を始める。
位置は申し分無い。
「これも夫婦での共同作業なのかしら?」
「さて、どうかな?」
地上、スカイスクレイパーを停車させた篠崎 美影(
ga2512)は、ヘルメットの中でくすりと笑った。モニタ上には、公司機から送られてきた情報が次々と表示されていく。索敵情報の共有化だ。彼女が設置した地殻変化計測器の情報もまた、公司の元へと送られていく。
もちろん、他にも数機の電子戦機が通信を開放し、情報の共有を開始した。
立体的な格子状の構造が組み上げられ、個々の前衛がこれへ接続するに従って情報の精度が増し、傭兵たちの警戒網が密なものとなっていく。
「ゼダ・アーシュか‥‥無事回収できれば、何か解るかもしれませんね」
井出 一真(
ga6977)が、感慨深げに呟く。
KV好きが嵩じて整備士資格まで取得した身としては、敵の機といえど思うところもある。彼は上空から、じっとかの残骸を見つめた。
『虎は死して皮を残す‥‥か』
「中野ですか?」
リン=アスターナ(
ga4615)の言葉に、半ば無意識に返事をした。
『あいつは名ばかりの虎だったけどね』
「ま、それでも、随分豪気な置き土産を残してくれたものだ」
榊 兵衛(
ga0388)の雷電が、リン機の脇を通り過ぎる。
「えぇ‥‥残した皮は紛れも無い虎のもの。余さず剥ぎ取って役立たせてもらうわ」
「随分と手厳しい」
リンの言葉は、皮肉と呼ぶには痛烈だろう。
しかし、それも彼女が、中野の最期を目の前で見ていたからだ。彼女に言わせれば『後始末』の責任を負わなければ、ということらしかった。
「キメラは残っておらぬのか。おもしろくないのう‥‥」
レーダーサイトを一瞥して、正木・らいむ(
gb6252)がぷうと頬を膨らます。
「気ぃ抜くな」
隣のハヤブサから注意が飛んだ。
「生身でもKVとやり合おうとしてくる様な頭のイカれた連中だ。油断したらあっと言う間にのされるぞ」
ヒューイ・焔(
ga8434)が、ため息交じりに言う。
これに頷くのは、如月・由梨(
ga1805)だ。
「こんな機体をバグアが放っておく訳ありませんからね」
「掃除屋か」
「出てくるでしょう」
如月の瞳が、凶暴な色を帯びる。
「よくわからぬが、とにかく荷をまもればいいのじゃろう?」
えへんと胸をはるらいむ。
「何だ。随分と余裕だな」
ヘミシンク・ローゼ(
gc6469)が思わず苦笑を浮かべた。誰か緊張している奴がいればそれを和ませるぐらいのつもりでいたが‥‥どうやら必要無さそうだ。傭兵たちの態度ときたら、むしろ、もう少し真面目に仕事をしたほうが良いだろうと、思わず喉まで出掛かってきたほどで。
だが――
『お喋りは終わりよ』
美影の落ち着いた声が、彼らの軽口を遮った。
山の峰を越えて現れた機影が、太陽に照らされていた。
「来た‥‥!」
操縦桿を握りなおす新居・やすかず(
ga1891)。
ヘルメットワームが4‥‥いや、5機。落ち着いて、冷静に公司へと情報を送信する。おそらく、戦闘距離まで残り30秒前後。周辺の友軍が到着するまで同じく30秒ほどのタイムラグがある。
「あら。遅いおでましですわね」
「ミリハナクさん。相手は――」
「油断するなとおっしゃるのでしょう? 相手は『掃除屋』ですものね」
ミリハナク(
gc4008)がふいに洩らした言葉に、新居が注意を向ける。
「けれど――掃除屋さんは戦争屋が喰らいますわ」
しかし彼女は、新居からの心配なぞどこ吹く風といったふうで、敵編隊の中に『本星型』を認めて、薄っすらと笑みを浮かべた。己の腕に纏わりつく「闇」をにより一層の狂気を押し込め、凶暴にざわつかせる。
「開幕の花火をあげますわね」
「了解っ」
新居にしても、敵の前進を抑え込むことを目的に据えながらも、可能であれば早期撃破を狙いたいところだったのだ。
空気の篭ったような、連続した破裂音。
ミリハナクの『ぎゃおちゃん』からK−02小型ホーミングミサイルが放たれた。
250発に上る大量の小型ミサイルが空を埋め尽くし、各々目標を定めて走る。敵編隊から放たれるデコイがミサイルの動きを撹乱するが、完全な誘導は不可能だ。「正解」を探り当てたミサイルに煽られ、編隊に隙が生ずる。
「‥‥流石は掃除屋です、が」
続けざま、新居機のミサイルが横合いから放たれた。
K−02とプロセスこそ違うが、放たれた2発の大型ミサイルもまた、一種の多弾頭ミサイルだ。それぞれ、その途上で炸裂、多数のミサイルに別れて一斉に襲い掛かる。
再度のデコイ。
騙されなかったミサイルも、慣性制御機動によって避けられてしまう。
だが、それで良い。
『棋譜』は着実に進んでいるのだ。
「いただきですわっ」
辺りをつんざくような轟音と共に、荷電粒子の帯が敵ヘルメットワームを「喰らった」。
「九頭竜」を用いた一撃は敵機のフォースフィールドをものともせず、一撃の下にこれを撃破する。帯電した空気の中、ばちばちと火花を散らした直後、ヘルメットワームは火球と化していた。
空に、KVが雲を引いた。
「やってるな‥‥」
他数機のKVが接敵現場へと急行する。
空を飛び交うミサイル。
新居やミリハナクの放ったミサイルによる爆煙や弾頭の合間を縫うようにして、ヘルメットワームの慣性制御機動が見えた。再び、ミサイルの爆炎があがる。炸裂する破片と白煙を突っ切り、炎を引きずりながらヘルメットワームが飛び出す。
「敵」を目視して、須佐 武流(
ga1461)がスロットルを踏み込む。
「あれか!」
エンジンが唸り声をあげ、シラヌイが空気を押しのける。
ガトリング砲が高速で回った。ばらまかれる弾丸が、先のヘルメットワーム表層で砕け、弾ける。何とかして体勢を立て直さんとしているがままならぬまま、あっという間に距離が縮まった。
「守る為に攻めてはいけないルールはないっ」
火花が散った。
装甲を引き裂く音。ソードウィングの刃がこぼれ、敵機はぐらりと揺れる。
ジャック・ジェリア(
gc0672)の瞳が、瞬時に鋭くなった。
(しとめた‥‥!)
直後、ヘルメットワームの装甲が爆ぜる。
漏れる吐息が、心なしか熱い。
視界の中で、ヘルメットワームがくるくると回転しながら墜ちていった。
ファルコンスナイプを用いた200mm四連キャノン砲による、必殺の一撃。弾数は多くない。無駄遣いはできない。あるいは戦力も。
「敵機は残り3。こちらの迎撃戦力は十分と思うが、どうだ」
『こちら篠崎。了解だ、他は警戒に残ってもらう。迎撃は頼んだ」
通信機から聞こえる、公司の声。
今敵の対応に当たっているのは、自分を含め5機。おそらくは十分だろう。
●迎撃
草原が揺れている。
一般型に比べても鋭いデザインの、本星型ヘルメットワームだった。稜線に身を隠しながら飛んでいたのだろう。彼らは、丘の稜線を越えて姿を現した。
映像を静止画にして美影へと転送する。
『来ます、2時方向! タロスも確認しました!』
美影からの応答は素早かった。
「お客さんのお出ましね‥‥」
分割されたモニタの一部に、管制機から指令が出たことが知らされる。鷹代 由稀(
ga1601)は、ガンスリンガーにアハト・アハトを構えさせた。右目の眼前にホロスクリーンのように紋章が展開する。
友軍が敵目掛けて加速する中、彼女のガンスリンガーは動かない。
「高度誤差、速度補正‥‥」
デュアルフェイス・スナイピングシュートが起動し、ガンカメラが敵へ向けられた。アハト・アハトの銃口が静かに揺れる。
「ジュナイス、目標を狙い撃つ!」
砲口が煌く。
空を焼き、地表を焼くアハト・アハトの光。
タロスの肩が弾かれる。散開し、着地するタロスの足元で土くれがえぐれかえる。鷹代は、一歩、二歩とガンスリンガーを後退させつつ、二発、三発とタロスを狙うが。
(流石ね)
敵の動きは素早い。命中したとて、巧妙に直撃を避け、致命傷を防いでいる。
アハト・アハトの底から巨大な薬莢が排出される。
リロードできるとはいえ、アハト・アハトは連射が効かない。この敵を相手どって戦うには、一発ごとのリロードがまだるっこしい。
「次‥‥くッ」
スコープサイトの中で、タロスが、手にした銃を構えた。
動きに迷いが少ない。こちらの動きを読んで躊躇わずに銃弾をばら撒く。パルスレーザーの連射。光がガンスリンガーの足元に弾ける。
今の攻撃で照準を修正する筈だ。
連続して仕掛けてくる。
だが、今はスナイピングシュートを起動中。距離は稼げない。
避けられるか?
来る。
光が弾けた。ガンスリンガーの手前で。
「やらせるか!」
雷電だ。シールドに獅子のマーク。砕牙 九郎(
ga7366)機。
間一髪だった。パルスレーザーは、彼の掲げたシールド表面に遮られて拡散していた。彼は更に、レーザーの弾けた衝撃も収まらぬうちにトリガーを引く。肩のキャノン砲と同機軸上に設置されたバルカンが、無数の弾丸を吐く。
「助かったわ!」
それらに混じり、鷹代のアハト・アハトは四たび空を焼いた。
直撃弾を食らって地を踏み締めるタロス、炎を吹き上げる。
だが、タロスの動きが鈍ろうとも、ヘルメットワームたちは動きを止めなかった。
「くそおッ!」
反撃のミサイルが周囲で爆発し、砕牙が大声を上げた。
他に集まっていた機も次々と攻撃を開始するが、敵の攻撃は激しい。
(初手は牽制、やはりこちらが本命か‥‥?)
草原の中を進むタロスを一機見咎めて、柳凪 蓮夢(
gb8883)の駆るシラヌイが動いた。その肩に乗る二門の銃口が火を吹く。マルコキアスの圧倒的な制圧力が、タロスの動きを押し留める。
「先行する‥‥私の背中は任せたよ、ハーモニー」
彼のシラヌイの後ろにつき、ハーモニー(
gc3384)機ゼカリアの履帯が地に沈む。
タロスはシールドを掲げ、地を蹴る。慣性制御を用いた無茶な動きに、チェーンガンが追随しきれない。
正面、突っ込んできた。
更に一連射を加えるが、掲げた盾に弾かれる。
接触しかねない距離まで持ち込んだ時点で、タロスは盾を捨てた。盾の裏から、実体剣が姿を現す。鞘から抜く勢いそのままに、横薙ぎに振るわれる剣。
柳凪もまた、刀を抜いた。
機刀「獅子王」が鞘から抜かれ、敵の剣と打ち合わされる。
飛び散る火花。両者の得物はお互いを弾き、刃の軌道を逸らした。切っ先が、装甲表面を掠める。
タロスの方が、一歩、踏み込みが深かった。
柳凪の機刀は大きく弾かれたままである。タロスは、即座に手首を捻り、勢いを殺さぬまま、上段より袈裟懸けに振り下ろそうとする――が、その動きが、彼らの明暗を分けた。
「今だ! 撃て、ハーモニー!」
柳凪は先手を取れぬことを悟るや、刃を返すこともなくサイドステップでその場を飛びのく。
シラヌイが飛び退いたそこに覗くのは、何者かの銃口だった。
「これは必中の一撃!」
轟音。
タロスの装甲が辺り一面に撒き散らされた。
吹き飛ばされるタロス。ゼガリアの420mm大口径滑腔砲が煙を上げていた。この距離での奇襲だ。外しようが無い。
続けざまの二発目。
装甲の砕け散った胸部に突き刺さり、左肩から先が宙に舞った。
「柳凪君、今です!」
ふらつくばかり、離脱もままならぬタロスの懐、シラヌイが潜り込んだ。
遠く爆音が響く。
傭兵たちの元へ届く通信は、個々の戦闘における優勢と、敵突破の報だった。
「やっぱり、敵はゼダ・アーシュの破壊を最優先にするようね」
愛機のコックピットで、赤崎羽矢子(
gb2140)が呟いた。
「一刻を争う、って感じでしょうか」
直衛にあたっていた夕凪 春花(
ga3152)のマリアンデール。
急いでくれと叫ぶ誰かの声が聞こえる。
マリアンデールが、ゼダ・アーシュの残骸を持ち上げる。敵接近の報はこちらへも届いている。が、今ならまだ余裕もある。だからこそ急がねばならない。
「コンテナハッチ閉めるぞ、離れてくれ」
インカムに手をあてるハンフリー(
gc3092)。
ゼダ・アーシュの一部が積み込まれたクノスペのコンテナハッチが、ゆっくりと閉じられる。予定では草刈りをやるつもりがあったが、草むらは1mも2mも高さがある訳ではないし、何より、KVでやるには効率が悪過ぎた。早々に残骸を運び出してしまわねばならぬことを考えると、優先すべきはこちらだろう。
(ま、ゼダ・アーシュを近くで見れればそれで構わんのだがな‥‥)
地殻変動計測器を地中から引き抜く。
同時に、エンジンが土ぼこりを巻き上げた。VTOL機能によって垂直に離陸を始めるクノスペ。
まずは第一便――傭兵たちは、離陸し始めたクノスペを見上げた。
その時だ。
「敵襲ッ!」
功刀 元(
gc2818)の声が、通信機から響いた。
「見えないぞ、どこからだっ!?」
僚機である仮染 勇輝(
gb1239)が、スナイパーライフルをKVに構えさせ、周囲へと目を走らせる。
『違います、地中から! アースクエイクですー!』
傭兵たちがざわつく。
大勢が地殻変化計測器を設置し、備えはしていた。位置は正確に割り出せる筈だ。
「やはり来たか‥‥!」
「ハンフリー機は離脱を!」
「あぁ」
管制機からの通信に、ハンフリーは短く返した。既に離陸は始まっている。再び地上へ戻ることは無い。二基のコンテナを腹に抱えたクノスペが、徐々に加速する。
『先に行く。幸運を』
「了解だ、無事に帰れたら一杯やろう」
軽口を叩くヘミシンク。
その間にも、地中を進む敵影はどんどん接近してくる。一撃目は、おそらくゼダ・アーシュを狙ってくる筈だ。正確性に欠ける地中からの丸呑み攻撃であれば、それが最も手堅いのだから。
「固まるな、散れっ」
終夜がバイクのエンジンをふかす。特に危険なのは、生身で行動している傭兵たちだ。各々、移動するKVに捕まるなどして移動するしかない。そして解体作業に従事していた陸上のKVは、咄嗟にゼダ・アーシュの残骸を掴んで離脱を開始するが‥‥このままでは間に合わない。
「破壊させないよ」
赤崎が、ペダルを踏み込む。
シュテルンが一足飛びに踏み込んで、手首からスパークワイヤーが走った。
ゼダ・アーシュの首根っこを締め上げるようにして、ワイヤーが絡みつく。直後、エンジンが全力で回転する。ゼダ・アーシュの残骸が、一瞬宙に浮いた。
「こいつは、あの星に至るためにこれは必要なんだ!」
そのまま地を転がるようにして、元いた場所から離れる。
土中から、アースクエイクが姿を現した。
巨大な口を開き、先ほどまでゼダ・アーシュがあった空間を抉るように飲み込む。
「くぅっ!」
土ぼこりを浴び、煽られて、シュテルンが転がるようにして倒れた。
ヘミシンクが、ワイバーンをバックステップさせる。
アースクエイクへ向けて90mm連装機関砲を連続して放つが、アースクエイクは標的のものを飲み込めなかったことに気付いてか、寸での所で離脱した赤崎へと口を向けた。注意を引こうとしつこく弾丸を叩き込んでも、損害に構う様子すら無い。
赤崎機を前に口を開くアースクエイク。
「ちっ、早く離脱を――」
「悪いが、指一本触れさせねぇよ!」
だが、アースクエイクが赤崎に襲い掛かるよりも早く、ドッグ・ラブラード(
gb2486)のS−01HSCが突っ込んでいた。
低空で切り離された螺旋弾頭ミサイルが、アースクエイクの口の中へ飛び込んだ。炎を吹き上げ、のたうちまわるように身体をひねる。アースクエイクの身体に取り付けられていた小口径の対空砲が、めくらうちに弾丸をばら撒いていた。
『赤崎さん!』
近接信管の炸裂する中を離脱しつつも、ラブラードは思わず叫んでいた。
私情を挟まぬよう、己に言い聞かしていたにも関わらず。
(あの子、やっぱり無茶をして‥‥!)
心の中で叱りつける赤崎。だがそれでも、ラブラードが作った貴重な隙だ。彼女はゼダ・アーシュの残骸を引きずったまま更に距離を取り、叱責の言葉を心の中に飲み込んでおくしかなかった。
入れ違いに地を蹴る如月機。
「そんな乱雑な射撃、掃除屋の名が泣きますよ!」
それと意識せぬまま、口端に笑みが浮かぶ。得物は「シヴァ」。あまりにも巨大な暴力の塊。パニッシュメント・フォースの起動と同時、高出力ブースターが轟く。
一閃。
シヴァがアースクエイクを引き潰す。殆ど、ひき肉同然に。
●離脱
敵の先行部隊に対して、あるいは外周の防衛線に赴いた人数は、約十名。
各個の戦いは傭兵が優勢とは言え、敵は、まるで水が土手を突き崩すようにして流れ込んできた。それぞれの場所において少数の戦力で傭兵たちを釘付けにし、主力はその余力を温存したまま回収地点へと向かいつつある。
もちろん、それを黙って通す訳にはいかぬ。
「やはり搦め手で来ました、ね‥‥」
近付くのは、本星型ヘルメットワームが3機。
彼らが掃除屋の本命――ゼダ・アーシュ破壊を狙う部隊なのであれば、実力は折り紙つきであろう。
本星型ヘルメットワームが輝く。
プロトン砲は空を焼き、彼等傭兵たちへと伸びた。
「くっ」
辛うじて、機を翻す。
狙いは正確だった。直撃はしなかったが、今の一撃で編隊が崩れた。
崩れた編隊目掛けて加速する敵機。この隙を狙って態勢を立て直す時間が必要だった。ラナ・ヴェクサー(
gc1748)のサイファーが翼に吊り下げていたD−03ミサイルポッドのハッチを開く。細い煙を尾のように引いて、20発、40発とミサイルが吐き出された。
稼げる時間は僅かだ。
直撃弾は少し。稼いだ時間は数秒。
それでも、崩れた編隊の、お互いの位置関係だけは再確認できる。
「ハァ‥‥相棒誘うべきだったな」
瑞姫・イェーガー(
ga9347)は、思わず小さくぼやいた。
信頼できる相手と組めるかどうかで、効率は段違いだ。今だって、機の姿勢を立て直すまでの一瞬、彼女には隙があったのだから。狙われなかったのは、相手もプロトン砲の一斉射直後でその余裕が無かっただけ。少しでも気を抜けば、やられていた。
「何弱気になってるんだボクは、すべき事をしろ」
「えぇ、ここが踏ん張りどころですよ」
井出は、ぐっと歯を噛み締めた。次の瞬間、どんと身体に荷重が掛かる。ブーストを用いて位置取りをし、コンテナハッチを開く。250発に及ぶ小型ミサイルが一斉に空へ舞った。
先ほどヴェクサーが放ったミサイルを避けたばかりだった敵機のうち、一機がミサイルに捉えられた。
二、三発のミサイルが命中したのを皮切りに、数十発のミサイルが次々と爆発する。
更には、爆炎の中から飛び出してきたヘルメットワームを、ソードウィングの刃が薙いだ。
「よしっ!」
火を噴くヘルメットワームを脇目に見やり。思わず拳を握り締める。
――だが。
その直後、彼の阿修羅は主翼をもがれた。敵機からのプロトン砲だった。十分なダメージを与えた筈だ。機は火さえ吹きあげている。それでもなお、こうして喰らい付いてくるのか。
「敵も本気だな」
「寄生虫の割には‥‥」
入れ違いに、スラスターライフルを放つヴェクサー。
サイファーに設置されたスラスターライフルが、数十発の徹甲弾を連続して叩き込む。すれ違いざまの機関砲による攻撃に装甲を引き剥がされながらも、制御スラスターによってその背後を取るが、ならばと、敵は慣性制御によって射線から身を翻す。
やはり簡単に抑えられる相手ではない。
「‥‥離脱を!」
ヴェクサーはインカムに向かって告げる。
「くっ、すまないが離脱する」
長期戦を覚悟していたが、やむをえない。
井出は友軍支援の為にもう一度K−02ミサイルを展開すると、高度を落としつつ戦域を離脱していった。
「‥‥第三波か」
ヘイル(
gc4085)が、悔しそうに顔を歪める。
彼の読みは正しかった。
敵の攻撃は幾重にも奇襲を重ねるものだった。第一波、第二波によって生じた警戒網の穴を狙うようにして、ゴーレムが接近しつつあった。出現位置からしても、戦場を大幅に迂回している筈だ。
これ以上の隠し駒は無いと、そう祈るしかない。
「敵襲! ゴーレム3、本星型1!」
告げ、機にガトリングガンと機盾を構えさせた。
大型のブースターを背負ったゴーレムは、その足で大地を踏み締めることなく、まるでホバリングのように地表スレスレを突進してきた。肩に担いでいるものは、おそらく大口径砲だ。
ゼダ・アーシュの回収地点へ射程内まで進入されてしまえば、作戦が失敗しかねない。
ここで撃破するしかない。
並んだ榊の雷電から、通信が入る。
「先頭を最初に潰す。援護を頼めるか」
「了解した」
左右の動きを牽制してくれ、そう告げるが早いか、榊の雷電は草原を駆けた。
彼が接近するのを見て、一丸となって進んでいたゴーレムが三手に別れた。榊が機槍「千鳥十文字」を構えるのに呼応するように、ゴーレムは剣の柄を握り締める。
装備からして鈍重であろうに、それでも榊を相手取ろうというのだろう。残り二機を突破させる為に。
「その心意気は買うが‥‥!」
手心を加える気は無い。
「俺たち『回収屋』を見事打ち破れるか、『掃除屋』?」
バルカンから弾丸を一通りばら撒いて、機槍を振るう。超伝導アクチュエータの起動により、彼のKVはますます鋭く動く。お互いの距離は、逡巡する時間も無いほどに、一瞬に、素早く詰まった。
考えるより早く、操縦桿が跳ねる。
「うおぉぉッ!」
擦れ違いざま、ゴーレムの胴を機槍で抉る。
ゴーレムも辛うじて姿勢を保ち、振り向きざまに大剣を掲げるが、二手も三手も遅い。その大検が振り下ろされるよりも早く、彼の機槍の穂先は頭部を確実に捉え、一撃の下に刎ねていた。
残る二機は、仲間に見向きもせず、前進を続ける。
これを抑えに廻るのは、ヘイルのディアブロに、功刀と仮染のペア。
「これより砲撃を開始しますー」
「任せる」
功刀のガンスリンガーが、腰を落とした。折り畳まれていた肩の砲身が展開し、徹甲榴弾が放たれる。地面を掘り返し、ゴーレムの左足から吹き上がる爆炎。
仮染のフェニックスが、敵機を正面に捉える。
「全ブースター起動。オーバードライブ!」
敵の胴に突き立てられるライト・ディフェンダー。
同時に、ブースターが全開となった。
殆ど体当たりのようにゴーレムを押し返し、引き抜きがてら胴を切り裂く。押し返された勢いのまま背から倒れ、ゴーレムはそのまま動かなくなった。トドメとばかり胴に一撃を叩き込む。
そんな彼のフェニックスに本星型が影を落とす。
高度を上げ、ヘルメットワームは一直線にゼダ・アーシュへと向かう。
「くっ‥‥本星型、一機抜けられた!」
思わず、大声を張り上げていた。
呼応するようにして、遥か上空、雲の中から急降下する機体。
「そう簡単には抜かせない‥‥」
アリスを起動し、マイクロブースターで加速する。
ソーニャ(
gb5824)の耳には、ロビンの機体がみしりと軋んだ音が聞こえたような気がした。ロビンから切り離されたG放電弾頭が敵機を捉える。鋭い閃光の放電。装甲表層を焼く電撃の中を飛び出すヘルメットワームへ、続けざまAAEMを放った。
「しばらくダンスに付き合ってもらうよ」
直撃弾によって剥離する敵の装甲。
その残骸を紙一重でかわしつつ、ロビンはヘルメットワームを追う。
しかし、彼女の狙いとは裏腹に『掃除屋』は、あくまで離陸を試みる回収班を狙い、損害を省みなかった。
背後を取ってレーザーを浴びせるが、敵の機動が急に鋭さを増した。
直後、強化型ヘルメットワームの上部に獣耳のようなものが現れる。
「猫? いや、それよりこれは‥‥」
おそらくは機体融合だ。
強化型フォースフィールドが赤く、怪しく輝いていた。振り切られはしないが、幾度となく弾丸を叩き込んでも直撃弾を与えられない。
「菱美機、急いで!」
最後の一機が、今まさに離陸しようとしていた。コンテナには敵プロトン砲の残骸が積み込まれている。
「援護を頼みます」
菱美は、緊張の為か、自分の喉が渇いていることに気がついた。
旋回しながらも遠くヘルメットワームを見やって、彼女は辺り一面に煙幕をばら撒く。弾けた弾頭から吹き上がる煙。辺り一面を覆う煙の中、クノスペが滑るように加速を開始した。
迫るヘルメットワーム。
抱えられた大型のプロトン砲の砲口が、にわかに光を集積しはじめる。
アルヴァイムのノーヴィ・ロジーナとジュリアのスピリットゴーストが同時にライフルを放った。ファルコン・スナイプなどを活かした必中の一撃が、次々と機を穿つ。
それでもなお止まらぬヘルメットワームに、ヒューイ機がソードウィングを叩き付けんとせまるが、慣性制御を活かした機動がこれをかわす。地上での格闘戦とは訳が違う。返す刃でもう一撃という訳にもいかない。
ヒューイは負けじと急旋回するが、やはり無理だった。バルカンによる牽制が精一杯。
「ちいっ」
直後にきらめいたプロトン砲が煙幕を貫く。
「‥‥っ」
視界が閃光に輝いた。
思わず目を閉じる菱美。
プロトン砲の一閃は、虚しく煙幕を払うだけだった。
煙幕を突っ切って飛び出す。
あと一歩間違えば直撃を受けていた。高速で飛び交う空中戦では、本当に刹那の差だった。
「必ず‥‥持ち帰ります‥‥!」
後は戦域を離脱するだけだ。
菱美は明るい表情を浮かべて、ブーストを起動させる。プロトン砲は連発の効く代物ではない。燃料はまだ十分にある。大丈夫、このまま逃げ切れる――加速による荷重の中、されど、機体が激しい振動に包まれた。
速度が急激に低下する。
「そんな!?」
愕然とした。
体当たり。
本星型ヘルメットワームは、己の機を一種の質量弾に見立てたかの如く、一直線にクノスペへと突っ込んできていた。コンテナが引き裂かれ、機体のフレームがひしゃげる。
がくんと、機の高度が落ちる。
クノスペのエンジンが止まるよりも早く、彼女はイジェクションレバーを引いていた。
キャノピーが吹き飛び、座席が空中に打ち上げられる。
(‥‥ここまできてっ!)
眼下のクノスペはヘルメットワームと縺れるようにして落下し、それはやがて、地表に激突する寸前に火球と化した。
●猫
「コックピットの分解は!?」
「まだだ、もう少し待ってくれ!」
覚醒の影響だろうか。ユーリが、声を荒げた。
あちこちに未知のシステムが使われているバグアのシステムを、手際良く解体できる者などそういない。それも、危険や罠に備えて探査の目を用いつつ進めざるをえないのだから、なおのこと。
「これでOKだ、積み込んでくれ!」
「くそっ、間に合うか!?」
回収地点付近に着弾する、無誘導ロケット弾。
宗太郎のクノスペは、巻き上がる土くれの中を垂直に離陸する。
「離れろ‥‥相手はボクがしてあげるよ‥‥」
舞い戻る月森のアンジェリカが、G放電でヘルメットワームを引き剥がす。続けてUNKNOWNのK−111がエニセイを連射し、これを叩き落した。
「すまねぇ、恩に着る! ブースト全開、一気に突っ切るぜ!」
「護衛に付きます。一気に離脱を」
夕凪のマリアンデールは既に離陸し、クノスペと擦れ違うように飛んで、追い縋るヘルメットワームへと機首を向けていた。
インテークが大量の空気を取り込んだ。
DR−M高出力荷電粒子砲が光る。
強化型ヘルメットワームのフォースフィールドが赤く輝く。ヘルメットワームは荷電粒子の帯に対して真正面からぶつかるが、その粒子はフォースフィールドを貫き、敵機を焼く。あまりに強引過ぎたが為か、これまでの戦闘によって練力が底を尽いていたのかもしれない。
勢いも機動も阻害されたその隙に、回収班の第二陣は、そのコンテナに胴体周辺部分を載せたまま、無事、戦場を離脱していた。
レーダーから消える友軍を確認して、アスターナは満足げに頷く。
「火事場泥棒はお互い様だけど‥‥」
リッジウェイが四脚状態に移行する。
らいむは、その背後に廻ってフェニックスに盾を掲げさせた。飛来するミサイルを盾で防ぎ、マシンガンで弾丸をばら撒かせる。
「むう〜! 遠くからひきょうなのじゃー!」
本来彼女の本分は格闘戦だが、敵は大型の砲やミサイルを放つヘルメットワームとあっては活かしようも無い。輸送機への被弾を盾で防ぎつつ、牽制の弾丸を放つくらいしかできない。
何度目かのリロードを行い、マシンガンに弾倉を挿入させる。
と、その時、フェニックスの足元を小さな影が駆けていった。
「なんじゃ‥‥? 猫!?」
駆ける二匹の猫。
「なんで猫がこんなところに‥‥わわっ!」
再度ミサイルの爆炎が盾を覆った。
「にゃっ」
片方の猫が炎に包まれて消える。
残るもう一匹の猫は爆炎を潜り抜けなお足を止めぬ。ゼダ・アーシュ目掛けて一直線に走り、そして――首を砕かれ、血を撒き散らして転がった。
「‥‥猫、か?」
リッジウェイのコンテナ。クラークの拳銃から、煙が細い筋となって立ち上っていた。
キメラやヨリシロにしては、あまりに手応えが無さ過ぎる気もしたが、KVやワームの激しい攻防が繰り広げられているこのような場所に、ただの動物が近付いてくる訳も無い。近付くものは容赦せず始末する――乱戦の中では今の猫が何であったかを知る由も無いが、最初から決めていたことだ。
「こちら回収班。これより離脱する」
インカムを手に告げる。
彼は猫の死骸を一瞥するや、黙って背を向けた。
「敵が退いていく‥‥?」
オルコットのグロームが展開する弾幕の中、敵ヘルメットワームが踵を返した。
残存する輸送機が戦域を離脱した時点で、破壊作戦は失敗したということだ。敵には、これ以上強引な突撃を繰り返す必要が無くなったのだろう。
「キングは逃げ切ったようね」
「コゼット、無事か?」
「何とかね‥‥」
ルークが、機を並べる。
彼女は冷めた表情で敵を見送った。
追撃はしない。その余力も無い。
やがて、誰からともなく機首を返して戦場を離脱しはじめた。辺りには、撃破されたワームと猫の死骸だけが散らばっていた。