●リプレイ本文
●ドライブ
道路を走る一台のジーザリオ。道路にできた小さな水溜りを走る度、そのタイヤは泥水を跳ね上げる。幌は広く開け放たれ、スピーカーからは大音量の音楽が辺りへ撒き散らされていた。
「‥‥狼狩り、ね。益神様を手に掛ける‥‥罰が当たらなきゃ良いけどな」
小野塚 勇(
gb6414)がポツリと言葉を漏らす。
「‥‥相手はキメラよ」
そんな彼の言葉に、紅 アリカ(
ga8708)が口を開いた。
「‥‥深く気にする事は無いわ‥‥」
「解っては居るよ。ただ、やっぱり狼を思い出すから」
「車両を襲うキメラか‥‥」
辺りをきょろと見回す遊馬 琉生(
ga8257)。
「単純に人間を襲うっていうのなら話が早いんだけど、もしかすると、通商破壊が狙いかな」
「まぁ‥‥狩りゃ〜良いンだろ? 俺は目一杯暴れさせて貰うぜ♪」
ピアース・空木(
gb6362)の言葉に面喰らったのか、きょとんとした表情で、遊馬は頷いた。今、ジーザリオに乗る能力者は六人。先の四人に、ルクシーレ(
ga2830)と駿斗(
gb5544)の二名だ。
ジーザリオの定員はややオーバーしているが、運転手の空木の言葉によれば『レースをする訳じゃねぇンだ』との事で、事実、大した問題は無い。
ただ。
「っと、すまない」
無線機を取り出そうとした駿斗の肘が遊馬の肩を打つ。
「定員オーバーだから狭いな‥‥」
やれやれと言った様子で、彼は無線機に口を近づけた。無線機の向こう側からは、直ちに番 朝(
ga7743)の応答が返される。
「何か変わった様子はあるか?」
『いえ、何も‥‥その様子だと、そちらも無いみたいですね』
「あぁ。何かあればすぐに頼む」
手短に用件を済ませ、無線機から顔を離す双方。
番はバイクを運転する九浪 吉影(
gb6516)へと顔を近づけ、なるべく聞こえやすい大声で、今のやり取りを伝える。
「そうっすか‥‥けど、嫌な事件っすね。早急に解決しないと、村が干上がっちまいますよ」
キメラからの危険に晒されたただ一本の街道を走るバイクと車両。
彼らの作戦は、至ってシンプルだった。襲撃された車らは、この一本しかない道を行き来する中で狼型のキメラに襲われた。つまり、この道を車両で行き来すれば、向こうから襲い掛かってくるだろうと考えたのだ。
だからこそ、こうして音楽を掛け、わざわざその存在をアピールして走っている。
「良い天気だな〜♪ これで女とドライブ――ってンならサイコーなンだけどよ」
おどけた様子で頬を持ち上げる空木。
「‥‥私も女ですが‥‥?」
「おっと、いけねっ」
紅の言葉に、ハッとして口を押さえた。呆れたように肩をすくめて、再び森の方へと目をやる紅。彼女を含め、空木以外のメンバーは、各方面へ惜しみなく警戒を割いている。
ルクシーレも同じだ。彼は、ゴーグルで目を守りつつ、双眼鏡を覗いて草原側を遠く眺めていた。
「ん?」
視界の隅で影が走る。
「来たぞ、敵さんだ!」
ルクシーレの声に、皆がハッと顔をあげた。
彼の声に草原を見てみれば、草原の只中に現れた数点の影が、一直線にこちらへ向かってくる。
「こちらでも確認した。逃げれますか?」
双眼鏡から眼を離し、小野塚が振り返る。
「あぁ、向こうの平野まで一気に行くぜ。準備は良いかい?」
アクセルを踏み込む空木。その動きはキメラに、一目散に逃げ出す獲物のように見えたのだろう。双眼鏡の中に写るキメラは、地を踏みしめ、車を逃がすまいと加速する。
「さぁ、こっちだ。着いて来い!」
振り返り、駿斗は後ろ目にキメラを見やる。
彼は、吹き付ける風からカウボーイハットを押さえつつ、ニヤリと笑みを浮かべる。
空木がアクセルとブレーキを交互に踏む。
ハンドルをさばきつつ、開けた道路へと走り出したジーザリオの速度を急激に落として、彼は路上に泥を巻き上げた。
「よし! 数は、1,2,3‥‥4匹か!」
剣を手に、一足飛びに飛び降りるルクシーレ。
続けて車を降りた小野塚が、その良く通る声で叫ぶ。
「狼を模してるなら、群れ全体で20匹くらいは居る筈だ。気をつけろ、こいつらは本隊じゃねえ!」
「あぁ、誘き寄せるんだろ? 頭の良い人って違うねぇ」
「ム‥‥」
その言葉に、心無しか頬を膨らませる小野塚。
もっとも、小野塚がそうと気付かなかっただけで、ルクシーレはルクシーレなりに、本当に尊敬している。ただ、普段と何ら変わらぬ彼の態度が、ちょっとした皮肉と誤解させただけだ。
「‥‥来るぞ」
紅の瞳が、赤く染まる。
デヴァステイターを掲げるや否や、迫るキメラの先頭に数発の銃弾を叩き込む。胴を撃ち抜かれ、走る勢いそのままにもんどりうつキメラを、すれ違い様、ルクシーレのバスタードソードが切り伏せる。
「まずは一匹!」
「ド頭ぶち抜いてやるぜ‥‥犬ッコロが」
ドアの後ろから動かず、スコーピオンから次々と弾丸を放つ小野塚。その攻撃は散漫で、敵を一撃で仕留められるような威力でも無かった。だが、それで良いのだ。攻撃の狙いは、あくまで敵の勢いを殺ぐ事。
事実、キメラは身を翻した事で速度が落ち、その速度にばらつきが出て一匹だけが突出する。
「これが俺の切り札だ‥‥!」
その一匹を逃すまいと、髪と瞳を双方赤く染めた駿斗が、イアリスと刀を手に地を蹴った。
草原を駆けてこちらへと向かって来る敵目掛け、刀を振るう。横薙ぎに振るわれた彼の刀を、キメラは、一瞬に飛び上がってかわす。
がその直後、彼のイリアスが上段よりキメラを捉えていた。
血しぶきのようなものと共に跳ね飛ぶ、キメラの前脚。
どんと地に打ち付けられ、立ち上がってじりと後ずさる。
傭兵達6人に対し、敵は二匹に、片足を欠いた一匹。傭兵達の優位は崩れまい。とはいえ、それも――
「まだ来るぞ! 気をつけろ!」
大きな声。
声を上げたのは番だ。
AUKVから飛び降り、覚醒と同時に大剣を掲げる。新緑色に伸びた髪が、勢いに揺れた。
「これ以上はやらせない! 装着!」
隣では九浪がAUKVを装着し、道路を挟んだ森林を指差す。
本隊が別にあるとすれば、反対側から現れるのでは――傭兵達の予感は大よそ的中したのだ。彼らの警戒は無駄にならなかった。
「作戦はあたりっす、ぞろぞろ来ますよ!」
「数は!?」
「八匹っす!」
遊馬の声に、即座に答えを返す。
「そうと決まればっ」
援軍を得て強気になったのだろう、先の三匹が、傭兵達に向かって果敢に攻め寄せる。だが、大きく飛び上がるその動きには隙も多く、その隙を、遊馬の眼はしっかりと捉えていた。
唸り声と共に迫る牙を紙一重で避け、ロエティシアの鋭い爪が走る。
流し斬りとスマッシュを併用したカウンターの一撃は、キメラの脇腹を深々と捉えていた。
彼の頬が血に染まる。
「シッ」
小さき息を吐いて、返す刃でもう一撃を加えた。
ごろりと転がり、起き上がって体勢を立て直そうとするキメラ。だがそのキメラの喉元を、三発の銃弾が撃ち抜いた。
紅の足元で、弾倉がどさりと草原に落ちる。
「‥‥急ぎましょう、勝負どころよ‥‥」
新たな弾倉をデヴァステイターに装填して、彼女は残るキメラを見据えた。
●戦闘
「‥‥来たっ」
ハルバード「インサージェント」を抱え、九浪が地を踏みしめる。
「くらえぇぇ!」
迫るキメラは八匹。彼は、その先頭を走るキメラ目掛け、力いっぱい斧刃を振り下ろした。ごうと風を巻き上げて、重い一撃がキメラの脳天を叩き割る。だが、大上段から振り下ろしたとはいえ、一撃で仕留めるにはややパワー不足だったらしい。
体勢を崩しながらも、そのキメラは大口を開け、彼の足元目掛けて喰らいつく。
その攻撃に動きが鈍ったと見るや、キメラ達は見事な連携を見せつけて、次々と九浪へと襲い掛かった。
「くっ、こいつら!」
だが、九浪とて仮にもドラグーン。彼の身体を覆うAU−KVの装甲は、それらの攻撃を辛うじて防ぎきる。
直後、鈍い音と共にキメラの胴が弾け飛ぶ。
番の大剣、2.5mもの全長をもつ「樹」が繰り出した、捻り込むような一撃だ。
隙と見て一気に襲い掛かったキメラだったが、装甲を活かす九浪相手に無駄な攻撃を仕掛けた事で、むしろ逆に、長所たる機動性を殺していた。
「‥‥」
大剣と共にキメラの群れを切り抜けた番が、ちらりと九浪を見やる。
九浪は九浪で、インサージェントを大振りに振るい、群れ寄せるキメラを追い払っている。九浪が危険と思えて強引に割って入った番だったが、自分が心配した程に苦戦していた訳では無い事を知って、彼女は、内心小さく安堵した。
そうして表情を変えぬまま、残るキメラを狙って引き続き大剣を振るう。
「群がるな、散れ!」
突き出すようにして、インサージェントによる竜の咆哮を仕掛ける九浪。
身を伏せて避けたキメラが、慌てて距離を取った。
唸り声を上げ、身構える。今まさに飛び掛らんとしたその時、キメラの後ろ足が一撃の元に叩き切られる。
「へっ、二人相手によってたかって‥‥俺等の事忘れてたか!?」
空木だ。
両手に備え付けられたルベウスから次々と繰り出される斬撃が、キメラを細切れに切り刻む。
「ココはお前ぇらの好きに出来るトコじゃねぇ!」
喉をすくい上げるようにして、刃が走る。
「とっとと『上』に帰ンな!」
二撃、三撃と続いたその攻撃に、キメラがその身を横たえる。
続けてルクシーレや駿斗らが次々とキメラへ攻撃を加える中、小野塚の鋭い声が響く。
「こっちは始末がついた、後はそいつらだけだっ!」
足元には、樹に頭部を貫かれたキメラの残骸と、靴の中まで入り込んでくる泥水。彼等は道路上で戦うように心掛けていたが、道路自体が決して広いとは言えない。
避けるキメラを追ったりしているだけでも、気が付けば路面から踏み出している。
紅もまた、「旋風」に纏わり着く泥を疎ましく思いながら道路へと戻る。
「‥‥やはり、地の利はそっちにあるようね‥‥」
ちらりと靴へ目をやる。
「くっ、抜けられた!」
駿斗の声に、素早く視線を戻す。
彼の刀を掻い潜ったキメラが、紅目掛け地を駆ける。銃で狙うには近過ぎたが、彼女は冷静な表情を崩さず、腰の柄に手を伸ばすや、即座にガラディーンを抜き打った。
「‥‥地の利程度で、遅れを取る訳にはいかないわ‥‥」
横っ面を薙ぎ払われ、悲鳴と共にキメラが宙を舞う。
「悪ぃな!」
「‥‥まだ来る‥‥」
「解ってるってよ!」
大きく構える駿斗。
「斬刑に処す‥‥!」
掲げられたイアリスが、上段から素早く走った。
肩を薙ぐ切っ先は、地に着くか着かぬかというスレスレで急激に向きを変え、振り上げられる。二連撃によるV字を描くような軌跡に切り裂かれ、キメラが勢いを失って弾き飛ばされた。
辛うじて着地し、体勢を立て直さんとするキメラ。
そのキメラの眼前に、一振りの剣が姿を現す。
「悪いな!」
直後、振り下ろされるバスタードソード。剣の持ち主はルクシーレだった。瞬天速によって、文字通り一瞬で距離を詰めたのだ。キメラが幾ら素早かろうとも、そう簡単に追随できる速度ではない。
悲鳴を上げる暇も無いまま、キメラはぐたりと道路に転がる。
「次のや――ぐ!?」
勢いに乗り、振り向き様にバスタードソードを掲げるルクシーレだが、その腕に鈍い痛みが走った。僅かに血が吹き上がる。
だが、そのキメラもまた、鋭い斬撃に切り裂かれて腕から引き剥がされる。
小野塚が、愛用の刀を手に地を踏みしめる。今の一撃で幾らかのダメージは与えた筈であったが、軽い。
「ならっ――」
気を吐いて、もう一歩を踏み込む。
円閃。
踏み込んだ足を軸に身体をぐるりと回転させ、一回転させた刀を斜め一閃に走らせる。鮮血に、彼の半身は真っ赤に染まった。
「侵略する事火の如し!」
刀に空を切らせると、切っ先から血雫が払われる。
各々が得物を手にキメラを見据える。
彼我の戦力差は八対三。それも、うち一匹は手酷く負傷している。大勢は、もはや決していた。
●始末
「オオカミ様に化けるなんざ、罰当たりな奴等だったな」
「次に生まれてくる時は、本物のウルフに生まれてくると良いね」
軽く祈りを捧げる小野塚の後ろで、遊馬が呟いた。
「とはいえ、本物の狼ならもっと厄介だったかもしれないね。彼等はとても賢いから」
彼の言葉に頷き、黙祷を切り上げ、番は静かに腰をあげる。
彼等は、キメラを追い詰めてから数分を粘った。だが結論から言えば、新たなキメラは現れなかった。
「これからどうする?」
「‥‥確実に殲滅すべき、ね‥‥」
エマージェンシーキットを取り出す紅。もたげられる首に、その髪が揺れる。数名が軽症を負ったが、全体的に見れば損害は軽微だ。多少の応急手当さえしておけば、傭兵にとっては大した負傷ではない。
「テントと車はある。茶なり何なりもあるしな、もう少し粘れるぜ」
紅に巻いてもらった包帯の様子を確認しながら、ルクシーレが目を上げた。
「狼に近いなら、20匹程度の群れが一般的だろう。今やったのは12匹だ。もう少し見回るべきだろうな」
「俺も賛成です。一度、森のや周辺も一回り確認してから終えよう」
無愛想な小野塚の言葉に、笑顔の番が続く。
殆どの傭兵達は引き続き警戒を続ける事に賛成だった。事前にもある程度相談していた。作戦の細部に多少の差異はあったが、基本方針はほぼ一致している。
「よぉし、んじゃ、暫くドライブって事だな」
運転席で掌を打ち付ける空木。彼の言葉に、九浪が頷き、AUKVのエンジンを始動させた。
モーリスへと差し出される報告書。
「暫く警戒を怠らない方が無難でしょうが‥‥ひとまず、と言った所です」
九浪が歯を見せる。
彼等はそれから、更に数時間をかけて周囲を偵察して廻った。結局新たなキメラを発見する事は無く、紅と番は森の中にまで足を踏み入れたが、やはり、それらしき気配は無かった。
敵の戦力が予想より過小であった事が重大な不利益である事は少ない。
彼等は、戦闘後の偵察にこそ時間を取られたが、安全を確認する為と思えば安いもの。
「最後に索敵行動まで取って安全を確認して頂きましたし、おそらく二、三日中には物流も回復すると思います。今回はお疲れ様でした」
報告に訪れた傭兵達と握手を交わし、彼は、小さく頭を下げた。