●リプレイ本文
「しかし、複雑な気分ね。仮想敵だった国の機体を使う側、作る側に廻るとは」
ポートに置かれた試作ヘリを眺めて、井筒 珠美(
ga0090)が言葉を漏らす。
陸自出身の彼女としては、言葉通り複雑な気分だ。
「‥‥タンデムローターじゃ無いのか。少し残念だな」
ぽつりと呟く祠堂 晃弥(
gb3631)。今から基礎設計を変更するのは、少し難しそうで、これは流石にやむをえない。
「さぁて、それじゃあさっそくテストと行こうか」
「うむ。細かい事は後回しじゃ。まず触ってみない事には何とも言えんのう?」
ルーシーの言葉に応じて、刃金 仁(
ga3052)が機を見上げる。
彼の目的は意見による貢献。そしてまた、貢献に加えて自分自身の興味から参加した者も居る。
「こちらナンナ。ロジーナの準備OKです」
「私も準備終わりました‥‥」
ナンナ・オンスロート(
gb5838)と瑞浪 時雨(
ga5130)の乗機はロジーナ。二人の役割はアグレッサー、つまり敵役だ。
「よし、じゃ、まずはテストと行こうか」
ヘルメットを頭に、アッシュ・リーゲン(
ga3804)がマネキンを担ぎ上げる。どうするのかとの問い掛けに、彼は後部ハッチを開き、マネキンを座席に寝かせた。そのまま、シートベルトでやや無理に固定する。
「‥‥どうかの?」
「うーん」
覗きこむ刃金の言葉に、唸るアッシュ。
「固定が甘いのもあるけど、意外と狭いなココ‥‥医療用のポッドを積むってのは無理があんな」
「そうじゃな。無理をすると兵員の座るスペースが減ってしまいそうじゃ」
唸っていたアッシュは頭を掻きつつ、近くのルーシーへと振り返る。
「なぁルーシー、こいつって揺れるか?」
「ん? まぁ、とりあえず飛ばしてみたらどうだい?」
「それもそうだな」
B機のコックピットへ向かうアッシュ。
同時に、A機のエンジンも回転を始めた。
「とにかく、乗ってみますか」
そう言って、暁・N・リトヴァク(
ga6931)はヘルメットをかぶり、コックピットに座る。
(今度は、こいつで守れるのか‥‥?)
仲間を失ってから、ヘリコプターのローターを廻すことなんてついぞ無かった。
あの時、守ろうとした仲間に手が届かなかった。それが今度は、能力者としてヘリコプターに触れる事になろうとは。
「よおし、回せーっ!」
整備士がメガホンを手に、大声を張り上げた。
ヘリの二重反転ローターがゆっくりと回転を始める。巻き上げられる砂埃。周辺の者はゴーグルを眼に、慌ててその場を離れた。
バリバリと爆音を響かせるローター。
ミサイルデコイをぶら下げたヘリは、重厚な爆音と共にふわりと浮き上がり、その場でゆらゆらとホバリングし始めた。
「ふうむ、静音性はこんなものかのう」
「サイレントキラーと比べますと、ローター音は大きいですわね」
浮き上がったヘリを眺める刃金。クラリッサ・メディスン(
ga0853)が言葉を繋げた。
MSIの実験機、サイレントキラーの場合は非常に静かな機体だった。それに比べると、こちらは一般的な戦闘ヘリコプターと大差無い。
「まァ、こいつはパワー重視だから、特別静かって事は無いよ。特別うるさいって事も、無いけどな〜」
『よし、それじゃテストを始めようか』
アッシュの言葉に、二機のロジーナもまた、そのVTOL機能を生かして浮上を開始した。
●テスト
「うーん」
着陸の後、アッシュは再び唸っていた。
テストを終えて着陸してみたが、怪我人を乗せて飛ぶにはかなり揺れた。戦闘以外では何の問題も無かったのだが、いざ戦闘ともなれば、揺れは避けられない。その辺りは、あくまで一般的なヘリの範疇を越えるものではなかった。
一方、上空ではA案とロジーナの戦闘が続いている。
『やっぱり‥‥運用には制空権が必須っぽい‥‥』
陸上から見上げる瑞浪。
彼女は陸上の、ナンナは空中の敵を担当していた。今は、空中からの攻撃テスト中だ。
「他の陸上機と同じく、千日手ですね」
降下させたヘリのコックピット。暁が空を見上げる。
空中の敵機をヘリで狙うのは難しい。だがその一方、航空機もまた、地上スレスレで遮蔽物を利用するヘリは狙い辛いのだ。無論、上昇すればあっという間に蜂の巣にされてしまうのはヘリだが、遮蔽物の陰で動き回っている限り、一方的に撃たれっぱなしという事もない。
「よし、一度交代しましょう」
テストモードを解除し、ふわりと着陸させる暁。
この辺りの垂直上昇や降下といった面では、一般的な航空機はもちろん、一部VTOL機以上の安定性があるとも言える。
「それでは、次は私が‥‥」
一通りの整備を終えた機に、今度は白岩 椛(
gb3059)がコックピットへと乗り込む。彼女がテストしたいのは、どちらかと言えばもう少し興味本位なものだ。
「お願いします」
『了解〜』
ルーシーの応答と共に、市街地の路上でダミーバルーンが膨らむ。
「‥‥ディフェンダー展開」
ダミーを確認して白岩がパネルを操作するや、六本足で立つクラカヂールがぐっとふんばり、胴体側面にディフェンダーの刀身が展開される。
加速した機体ごと、ダミーに叩きつけるようにして切り裂く。
直後、空気が溢れ、バルーンが弾け飛ぶ。
「固定式、なんですね」
『そうなるかなぁ。あるいはβパターン試してみんさい』
「えっと、これですか‥‥?」
新たな操作に対応し、前足の一本が浮かび上がる。その脚部の裏側、言わば掌と呼ぶべき部分から折りたたみ式の刃がすらりと伸びた。
「なるほど‥‥有難う御座います、お陰で疑問が氷解しました」
彼らはAB案共に、その他細かな挙動や一般的な機動を確認する等して、まずは一通りのテストを終えたのだった。
●A案
「それでは、順番に意見をお願いします」
ホワイトボードを前にして、技術者の一人がファイルを机の上に置く。
「A案では、開発の方向性は対地攻撃に特化させて頂きたいですわ」
手を上げるメディスン。機体特殊能力についても、これを補強する形が望ましい、と彼女は付け加える。
「例えば、武器の射程を減らしてでも攻撃力や命中精度を向上させるとか‥‥」
小さく頷き、緑川 めぐみ(
ga8223)が言葉を続ける。
「私も賛成です。射程を抑えて命中を上げれば、それでも必中の一撃となりますから」
続けて、刃金や白岩からも賛成の言葉があがる。
そうして、瑞浪が最後に口を開いた。
「あとは‥‥マルチロックのようなものは可能‥‥?」
「うーん、すんごく割高になると思うけど」
「いえ、無理は言わないわ‥‥まずは実現が大事だから、不可能そうな提案は切り捨ててしまって‥‥」
であれば、推す特殊機構は、やはり命中精度の向上であった。彼らの意見は早々に一致して、議論は直ちに次へと移る。
「コンセプトはどうなるのでしょうか?」
小首を傾げる白岩。
白岩の言葉に、緑川が声をあげる。
「やはり、ミサイルキャリアー的な運用が効果的でしょう。陸上の敵に対して長距離からミサイルを撃ち込む事が可能になれば、運用次第では、安物のミサイルでもエース級ゴーレムを足止めできます」
それこそ、岩龍並みの耐久性能だとしても、ロングボウに勝る支援機となる筈だ、と彼女は付け加えた。
「んー‥‥俺は少し違うかな。支援要請を受けて、直ちに駆け付ける運用が良いと思うよ」
それはいわば、ヘリ部隊が『騎兵隊』と呼ばれる所以だろう。
ヘリコプターもまた航空機の一種である以上、陸上で窮地に陥った味方の元へ、陸上戦力より遥かに素早く駆け付けられる。だが同時に、その他の航空機とは違い、低空を飛びつつその場に留まる事も可能なのだ。
つまり機体特性として、そのミサイルキャリアー的な性格を重視するか、あるいは伝統的なヘリコプターとしての性格を重視するかの違いだろう。
「‥‥この機体の特性は空対地攻撃」
瑞浪が、資料を手に立ち上がった。
「そこを第一に考えると‥‥ミサイルやロケットの性質を活かす命中精度と、火力‥‥この二つが重要‥‥」
この点については、暁も緑川も一致していた。
地上の敵を足止めするにせよ、駆逐するにせよ、どちらも必要な能力である。ひとまず、重視すべき点は現行試作機通り、という方向で調整される事となった。
●B案
「さてと、それじゃあB案の方だが、俺はこれを推させてもらうぜ」
煙草を灰皿に擦り付けて、アッシュがホワイトボードを指差した。
「うむ。私もB案が良いと思う」
小さく頷く井筒。
「戦争は所詮陣取りだ。どちらがより多く有利な陣地を確保できるかで勝敗が決する」
「それだけじゃない。戦争において必要不可欠な兵站、『補給』の性能にもこいつは優れてる。今までのKVはコンテナをぶら下げて荷を積んでいた。帰りは空荷だったが、こいつなら、帰りに負傷者を後送できる」
「そうだな‥‥それに僕は、機動力よりもその地形適応能力を活かすべきだと思う。傭兵やその運搬は重要な任務だ」
祠堂がぶっきらぼうに口を開き、フライトジャケットの襟を深く押さえる。これら輸送能力を生かす事については、B案を推す傭兵達の間で相違は無かった。ジャミングの代わりにラージフレア等を搭載してより安価に、なおかつ効果の重複を期待する点でも意見はおおよその一致を見た。
「貨物機として使えますし、補給や救助にも役立つのではないでしょうか」
ナンナの言葉。祠堂が机に腰掛ける。
「それに、代用レベルと言っても、兵員輸送室に荷物を放り込める分かなり使いやすい筈だ。そうだろ?」
祠堂の質問に、ルーシーが大きく頷く。
「なら、後はレーダー周りだな。広域を探査する為のレーダーが搭載されれば、救援者や要援護者の早期発見や危険回避に役立つと思うんだが」
「それだよ」
続けて、アッシュが口を開く。
「火力は低くて良い。周辺の小型キメラを掃討できればそれで十分だ。ただ、キメラ発見のためにIRST、せめて赤外線カメラぐらいは詰めないか?」
この点についての開発陣の回答は、要検討。却下でも無いし即決でも無いのは、コスト的な問題だった。赤外線カメラならともかく、IRSTは案外高価だ。現状のB案にIRSTを積む事になれば、その分だけ確実に価格も上がってしまうだろう。
●結論
「さてと。それで、最終的にどちらを生産すべきと思う?」
問い掛けるルーシー。
ナンナは、各案の賛成者を見渡した。A案五名に、B案は四名。暁は中立と言った所だ。数で決まる訳ではないが、大よその比較には役立つ。彼女と白岩は、互いのメモを覗き込んで内容に齟齬が無いかを見比べる。
そんな中、アッシュが議論の口火を切った。
「B案は結構レンタルされると思うぜ?」
アッシュの意見に、瑞浪が振り向く。
「何故‥‥?」
「需要だが、リッジが50台かそこらレンタルされてるが、人員輸送に加えて祠堂が言うような地形適応能力もある。リッジの倍近くはレンタルされるんじゃないか?」
「私は逆に見えた。需要がどのくらい増えるかは解らないけれど‥‥リッジウェイ自体はあまり売れてないように感じる‥‥」
データは不変であるが、その見方は真っ二つに分かれた。
値段の割りに売れてないとも、特殊用途な割に売れているとも見えるし、また逆に、後から参入するB案クラカヂールにとっては、競合相手ともなり得る。この辺りの見極めは困難だった。
となれば後は、重要なのはその有用性。すかさず、井筒が続ける。
「先程も述べた通り、戦争とは陣取り合戦だ」
空路を活かした兵力の投入、展開が可能になれば、機動力は格段に上がる。大規模な戦闘専門となろうが、そうした戦いに勝てねば陣取りが進まない、と彼女自身は考えていた。
ただ、賛意があれば反対意見も、当然ある。
「待って下さい」
先程までメモを取っていた白岩がおずおずと手を挙げる。
「けれど、井筒さんが言うように、傭兵の依頼で何らかの人員展開を必要とする依頼はあまり見かけません。むしろキメラの群を相手にする可能性を考えれば、攻撃ヘリの方が使い勝手が良いと思います」
それでも井筒は、彼女の意見にしかしと反論を張ってみせた。
「先のラインホールドに対するヘリボーンでは、橋頭堡確保の遅延により、ヘリ部隊の降下に支障が生じるという事態が発生している。従来機での強襲降下は難しくなっていると見るべきではないだろうか?」
その意見には一定の説得力があった。
だが、彼女の反論に応じて、メディスンが眼を向ける。
「私も同じ意見よ。けれど、必ずしもKVである必要は無いんじゃないからしら。現行の装甲ヘリを改造するだけでも十分だと思うわ」
「‥‥ふむ」
彼女の再反論もまた、確かだった。
変形機構を備えたKVである必要があるかと問われれば、やや薄い。SESを利用可能といった点はあるものの、これの要素はKVであるか否かに依存するものではない。
再び白岩はB案の資料を手に訴える。
「そもそも、迅速な展開を必要とするのは、傭兵よりも軍の側になるでしょう」
「ふむ‥‥要は、傭兵と軍の違いじゃな」
茶をすすりつつ、刃金が眼を上げて会議室の面々を見回す。
ヘルメットの上で光る、ゴーグル。
「Bに需要が無い訳ではないだろうが、Aよりは少数だ。まず売って、使えるのを示さねばな」
大よその議論は決した。
祠堂から、ヘリの機動性で敵の攻撃を回避し続けるのが厳しいとの指摘や、暁からは脆弱性を補うために数を揃え易いようにして欲しいとの意見、また、大勢の参加者から対潜装備の充実といった提案がなされたものの、これらはABどちらの案にとっても貴重な意見だった。いずれにせよ、検討されるだろう。
重要となるのは、どちらにより需要が――つまりどちらがより必要性の高いプランかという事だった。
「確かに、B案の代用や、傭兵より軍向けってのは、失念してたなァ」
ルーシーがぼやく。
「あれば便利な機体である事は間違い無いけどね‥‥」
静かに呟く瑞浪。
彼女の呟き通り、B案が不要という訳ではない。
ただ、変形機であるKVでなければならないかどうかといった点を含め、B案に、A案よりも必要性があるのを示す事は出来なかった。その点、A案は空対地攻撃に特化しつつも、KVの基礎的な運用思想に合致していた。
議論がほぼ終わってから、ふと、暁が口にする。
「あとは、名前なんだけど、高山に棲む鳥の名前が良いな。ライチョウとか、細かく動く鳥の」
「鳥ねえ‥‥」
顎に手をやるルーシー。
「あ。そういや、君のエンブレムに描かれてた鳥は?」
「アホウドリですよ」
「ふむ‥‥よし、決めた! Альбатрос! ロシア語でアホウ――」
「ダメです」
意気揚々のルーシーに、開発員が水を差す。
「メルス・メスで、アルバトロスが開発中です」
「‥‥」
んで結局、会議を重ねた結果Филин(フィーリン)、ワシミミズクに決まった。ついでにライチョウは、さる大人の事情でダメだった。