●リプレイ本文
春も中頃のラスト・ホープ。
逃げるエミールを、魔神・瑛(
ga8407)が追っていた。
「傭兵ならそれに付いてくる義務から逃げんな!」
放り投げられた煙玉。辺りを包む煙を強行突破した魔神が辺りを見回すが、エミールの姿は見当たらない。
「どこに行きやがった! チェシャ猫か、テメエは?」
まったくと腕を組み、じろりと辺りを見回す魔神。
続けて、桃ノ宮 遊(
gb5984)と朧 幸乃(
ga3078)が顔を出す。
「すばしっこいなー」
「‥‥」
朧は黙って、辺りを見回した。
彼女としては、服装を強制するのも、されるのも好きではない。本来は、知っている人間に『気をつけて』の一言くらいは伝えておくつもりだったのだが。
「‥‥」
まだ残っている、大規模作戦での傷に、そっと指を触れる。
傷が無くなるまでは、もう暫く、女の子らしい服は着れないかもしれない。ふと、そんな事を考えた。
「朧さん、危ないですわっ!」
「‥‥?」
銀髪の少女が、一閃に飛ぶ。
向かってくるのは、ソフィリア・エクセル(
gb4220)だった。何事かとぼんやりする朧の手を引いてそのまま駆け抜ける。
「朧さん、私が守りますわ!」
少し、というより完全に勘違いだ。
彼女はそのまま廊下の脇道へと駆け込み、ゴミ箱の前に立ち止まるや、迷わず蓋を放り捨てる。
「エミールさん、早く逃げましょう!」
「わっ、馬鹿!」
ゴミ箱の中で口に指を当てるエミール。
にこにこ笑顔のエクセル。
「ご安心下さい、あなたも絶対に守り抜きますわ!」
「シャーラーッ!」
ゴミ箱の中から立ち上がるエミール。
と、同時に。
「逃がさへんで!」
魔神と桃ノ宮が廊下裏へと駆け込んだ。
「ちくしょ〜! 一体何なんや!?」
「解りました、今こそ全てをお話ししましょう!」
ぐっと拳を握り締め、頷くエクセル。
「けれどその前に‥‥」
「?」
ゴソゴソとかばんをさぐり、取り出したるは一台のカメラ。
「鬼ごっこの記念撮影ですわね♪」
光るフラッシュ。
ぎょっとしたエミールと朧が、フィルムに残る。
「それから私の写真もお願いしますわ」
「ん‥‥解りました」
受け取ってゆっくりとファインダーを覗き込む朧。
彼女にカメラを頼んで、エクセルは清らかな笑顔を――そう、誰が見ても純真無垢に思えるであろう笑顔も、彼女はフィルムに残しておいた。10秒しか持たないから。
●少佐の野望
「マガミ・エイだ。宜しく頼むぜ、少佐殿」
身長2mにも達しようかという魔神が、少佐の前で腕を組む。
「うむ。諸君、今日は変態共に正義の鉄槌を下そうではないかっ」
対する少佐は、恨みがましそうな眼を燃やし、ぐっと拳を握り締める。
どうも腑に落ちない様子で首を傾げる桃ノ宮。
「何か変な依頼やなぁ」
「まぁな。けど、報酬出るみたいだし、俺は思いっきり楽しむぜ♪」
にやりと笑みを浮かべる霧島 亜夜(
ga3511)。
「なあ、変な趣味に目覚めるんじゃねぇぞ?」
「あ! 勘違いしちゃダメだぜ。これはあくまで『コスプレ』! 女装じゃないんだしさ」
「そ、それは何か違う気もしますけど‥‥」
眼鏡を揺らし、Observer(
gb5401)が苦笑を浮かべる。
「まぁええわ。とりあえず、ターゲット何人か、手分けして探そか」
桃ノ宮の言葉に頷く面々。だがクリス・フレイシア(
gb2547)一人だけは、近くのオフィスへと足を向け、少佐がそれを見咎めた。
「どうする気だね?」
「ベースを作って指示を出します。気が散りますので、入って来ないようにして下さい」
コンクリートを蹴って前へ前へと突っ込んでいく桃ノ宮。
思い切りの良さ故か、あるいは普段の大風呂掃除の賜物か。大股に駆ける彼女は、じわりじわりとエミール達との距離を詰めていた。
「早い方‥‥ですね‥‥」
「逃がさへんで〜!」
より前屈みに加速する桃ノ宮。
その足首を、何かが払った。
勢いを殺せず、桃ノ宮が床へと突っ込んでいく。だが、しかし、彼女も即座に床目掛けて肩を流すと、前転の要領でそのまま一回転して立ち上がる。
「何するんや!」
突然の事に、逃げる三人の足も止まった。
「すまんな、見ての通り足が長いんで」
そこに立っていたのは、かなり長身な赤毛の女性。それこそ、端から見れば魔神並みの長身だった。
「私は空間 明衣(
ga0220)だ」
名乗り、三人の方へと顔を向け、ピッと指を立てて挨拶する。
「服装の自由を守る為、貴方達に協力する」
「そっちに協力すんのか?」
「あぁ。だいたい傭兵ってのは束縛されないのが良い所なのに、理不尽な要求など軍の横暴だ」
くっと自分の襟を持ち上げ、言い放つ。
「既製品が着れない人の事も考えろって言うんだ」
「ふ、言うやないか」
己の胸元、着込んだ女性用軍服を親指で差すようにして、桃ノ宮は胸を張る。
「あたしとしては、逃げる側の気持ちも解らんでもないんや」
皆までは言わなかったが、彼女自身、普段は胸をさらし巻きにし、女性らしさを隠して過ごしている。今日、軍服を着ているのは、あくまで捕り物側に廻ったからであるに過ぎない。
「けどな、健康診断は受けなあかんで」
「交渉決裂か」
飛びのき、じり、と芝生を踏みしめる両者。何処から来たやら吹きすさぶ風。
先に動いたのは、桃ノ宮だった。
側面に回りこむようにして、壁の反対側へと芝生を駆け抜ける。
しかし、空間もまた負けじと、腰に挿した刀を振るった。鞘のまま放たれたソニックブームが地に当たって弾け散る。
「くっ!」
「今だ、逃げるぞ!」
その衝撃に巻き上げられる土埃。
即座に踵を返して、空間は駆け出した。ただ、小脇にエミールを抱えて。
「へ?」
「ちっ、そう簡単に逃が――」
土埃を払い、再び追撃に入ろうとする桃ノ宮。しかしその寸前、彼女のトランシーバーが電子音で彼女を呼び出した。素早くトランシーバーを取り上げて耳を傾け、彼女は素早く別のルート目指して走りだした。
「‥‥」
その様子をモニターするクリス。
「さて、そろそろか‥‥」
トランシーバーを手にしたまま、窓の方へと歩いて行く。ドアの鍵は掛けっぱなし。もう暫くは大丈夫だろう、頭の中で一人頷くと、彼女は窓の外へ、ひらりと身を投げ出した。
その頃――
「見つけたぞ!」
「ふぇ?」
突然現れた魔神に、金城 エンタ(
ga4154)が首を傾げた。
彼の服装は、細かい表現を抜きにすると、その、なんと言うか、ドレスだ。
「何でそんなに女装が似合ってるんだよ! 修正してやる!」
「え、えぇ〜っ!?」
だが魔神にとっては、相手が何であれ関係無い。寸を置かずに飛び掛り、金城との距離を詰めんとする。
追い掛ける魔神に、逃げる金城。
二人の身長差、遥かなるかな半メートル。
その上、魔神は肩幅が広く、顔もやや強面。
本人がどういうつもりであろうと、傍目にはイタイケナ美少女を追う悪者そのものだった。
「一体何が‥‥ま、まさか僕に『追っかけ』さんが!?」
「待ちやがれ!」
「ふぇ〜!?」
半ば涙目で、全速力で走り始める金城。
「わーっ!? 馬鹿、避けろ避けろ!」
「えっ?」
衝撃。
曲がり角から現れた何かと正面からぶつかって、彼はしりもちをついた。お尻をさすりつつ、もう一度顔を上げる。そこには、先ほど桃ノ宮から逃げた四人。
「皆さん、一体どうし――」
「ラスト・ホープ全住人を欺いた罪、償ってもらうぜ!」
「ひゃあ!?」
迫る魔神。
「説明は後ですわ!」
力強い笑顔を浮かべるエクセル。
「このままじゃ挟み撃ちか‥‥仕方ない。二手に分かれよう」
空間の言葉に頷き、路地を二手に分かれて走り出す。
空間はエミールを抱えたまま右手に、エクセルと朧、それから新たに金城を加えた三人は左手に、彼らは一目散に駆け出して、当然、魔神は金城を追いかける。
道中、朧からの、追われつつの状況説明。
金城はその内容に驚き、焦り、そして呆れててうな垂れる。
「好きな服を着て、それが似合っているのなら、それで良いじゃないですか‥‥」
「うん」
こくりと頷く朧。
続けてエクセルが、にっこりと笑みを浮かべる。
「えぇ、私もそう思いますわ。ですから――」
その説明に、金城は黒い表情を覘かせるや、ぴたりと立ち止まり、迫る魔神へと振り返った。
「何だ? やっと観念したか?」
「魔神さん、その服着ますから‥‥もっと稼げる写真、撮りに行きませんか?」
●コスプレ
桃ノ宮から逃げ続ける空間達の前には、一人、霧島が立ちはだかっていた。
「エミール――それは古よりの生贄の名」
大鎌を背負い、身長ほどもあろうかという巨大注射器を手に、ゆらりと現れた霧島の、魔法少女モノのコスチュームに身を包んだその姿。毛の処理からポージングまで完璧だ。
「健康診断はちゃんと受けないとな♪」
「ここは私が食い止める、あとは頑張れ!」
エミールを離した空間が、連続でソニックブームを放つ。
「へへーん、緋色の閃光が動き、見せてやるぜ!」
「早いっ!?」
連続して空を切る衝撃波。
その合間をすり抜けて、霧島は一足飛びに彼女の懐へと入り込んだ。打撃がごつんと、おでこに決まる。ぐらりと揺れる空間。
「‥‥すまん! アンタの犠牲は無駄にっておうわ!?」
空間の犠牲を背に飛ぶエミールだが、その服の裾を、誰かがぐいとひっ掴まえた。勢い余って転び、後頭部を強打する。見上げればそこには、芹架・セロリ(
ga8801)が純真そうな笑顔で立っている。
「ねぇ、どうしてにげるの‥‥? たしかにじょそうがいやなのはわかるけど‥‥」
小首を傾げられ、エミールが怯む。
「でも、にげるのは、おとこらしくないとおもうんだ‥‥」
「うぐっ」
深く言葉が突き刺さる。
うんうんと頷き、カバンから服を取り出す霧島。
「観念したか? 観念したならこの服を――」
「待てっ!」
「うん?」
だが、そうしてエミールに服を突きつけたその瞬間、どこからともなく声が響き渡った。
声の主が、砂利を踏みしめて現れる。
表れた黒い長髪の女性は、すらりと伸びた足にハイヒールを突っかけて、ワンピースを風にはためかせていた。
「誰だ?」
首を傾げ、じっと彼女を見る霧島。
「そうだな‥‥謎の女Cとでも名乗らせてもらおう」
「謎の女C?」
「私が何者かなんて、どうでも良い事だ。だが、そこで引っくり返っている者を‥‥」
サングラスの裏に薄いアイラインを覘かせて、謎の女はエミールを指差した。が。指差された先にいた芹架が、にこりと微笑んだまま歩み寄るや、突如として般若の如き形相で謎の女に掴みかかる。
「てめぇ、何そんな中途半端な女装してるんだヨ!」
後ずさる謎の女。
「女装といったらメイド服だろうが! あ!?」
迫る芹架に、謎の女はひたすら後ずさり、顔を背ける。
(‥‥あのまま隠れていれば良かったな)
心の中で、謎の女は呟く。
そもそもエミールが孤立してから顔を出す予定だったのに。エミールがまんまと捕まってしまうものだから、こうやって助けに来て、これだ。ちらりと視線を落とすと、芹架は相変わらず喰らい付くような勢いで迫ってきている。
「キミはいつもそうだ! 何故そんなコソコソする!? 自分に嘘をつく!?」
「何だ、知り合いか?」
顔を見合わせる、桃ノ宮と霧島。
(やはり危険だな)
「自分が漢だと思うなら、漢を貫き通せ! 自分の身体に自信を持て! 無い胸を張れ! それが嫌ならこのメイド服を着やがれ! クリリn――」
「あっ、エミールさんが逃げるぞ」
「えぇっ!?」
びしりと指差す謎の女に、芹架は慌てて振り返る。
が、そこに居たのは、桃ノ宮に取り押さえられた空間に、霧島に押し倒されたままのエミール。その様子に、芹架はぷうと頬を膨らませた。
「てめぇ騙し――ぎにゃぁあ!?」
そんな彼女の視界に、お星様が飛び交った。ぐわんぐわんと頭を揺らす衝撃。たんこぶをつくって仰向けに倒れる彼女を見下ろして、謎の女はやれやれと溜息を吐く。
「まったく‥‥」
「何か見た事ある気がすんな、アイツ」
「俺も。ついさっき会ったような」
エミールの呟きに頷く霧島
「‥‥」
黙る謎の女。
しばし、静寂がその場を支配した。やれやれと溜息をつき、女は首を振る。その様子をじっと眺める、他の四人。女のリアクションを待っていた彼女らの前で、女はスカートをはためかせる。
そして。
「さらばだ」
一直線に駆け出した。
「あぁっ、逃げやがった!」
「何しに来たんだ一体‥‥」
●罠
暗闇の中に、眼鏡が輝いた。
「ふっふっふっふ‥‥」
Observerだ。彼は暗い部屋の中、ベンチの上に並んだ様々な服を眺めつつ、息を殺してロッカーの中に潜んでいた。そこには、ナース服やらバニースーツ、ネコミミだ何だとありとあらゆる種類の服が並べられていた。
そう、彼は己が欲ぼ‥‥学術的好奇心を満たすため、こうして罠を張って覗‥‥観察の準備を整えていたのである。
「だ、誰も入ってきませんねぇ」
やはり誰も来ないのだろうか。
そう諦めかけたまさにその時、更衣室のドアが力の限り開け放たれた。
(おぉっ、遂に誰かが入っ――)
「い、いけません少佐! イヤぁっ、ダメですよぉっ!」
転がり込んできたのは、一人の小柄な‥‥というか金城だ。男性用の軍服を着た金城が、転がり込むようにして床にへたりこんでいた。
「うるさぁ〜い! ちゃんとサイズの合う服を着ろォ!」
後から入ってきたのは、涙をだばだばと流す少佐だった。彼は、Sサイズの軍服を手に金城へとにじり寄る。
「そ、そんな‥‥」
そんな二人を他所に、ロッカーの中ではObserverが震えていた。
女体の神秘を期待していたというのに、これは何だ。目の前で繰り広げられているのは、小柄な男の子とトチ狂った軍人の追いかけっこだ。
「しょ、小生の青春を返して下さい〜!」
何とも居た堪れない気分になって、思わず彼は飛び出す。
「小生の青春が‥‥夢が‥‥!」
「ハイ、チーズ♪」
同時に、フラッシュが光った。
更衣室の入り口で、エクセルが金ダライを手に微笑んでいた。隣では、魔神がやれやれと言った表情でカメラを手にしている。
「綺麗に写りましたわね♪」
「男性向けの服の方が似合わないなんて事、あるもんなんだな」
エクセルにカメラを手渡し、魔神は金城を見やって呻いた。
「「‥‥」」
一方で一言も喋れぬ二人。あんまりな状況に、顔を引きつらせて呆然自室。だが、廊下ではまた桃ノ宮が金城をとっ捕まえ、ワンピースをはためかせてもいて。
「さぁ、ちゃんとした服を着てもらうで!」
「ち、違いますよう〜!」
廊下に響き渡る二人の声。
騒動の様子を眺めていた芹架は、たんこぶに絆創膏を張りつつ眼を伏せる。
「本当に大切なのはその心‥‥何もかもデータ化される世界で、俺達は‥‥何か大切なものを忘れてるのかもしれないね‥‥」
感慨深そうに頷く芹架。
「‥‥えらく強引に纏めたね」
謎のお――クリスは呟き、呆れた様子で溜息をついた。