●リプレイ本文
●ガズィアンテプ郊外
今まで、戦車や自走砲のみが並んでいたこの場所には、新たに八機のKVが肩を並べていた。
「トーチカ用の建材‥‥ですか?」
「そうです」
静かに頷いたのは、銀髪を風に揺らした、終夜・無月(
ga3084)だ。
夜。周囲野営地の照明は、彼を背後から照らし、表情に影を作りだしている。
軍から受け取った紙製の地図を広げ、何箇所かを指で指し示す。第一に、爆撃による塹壕を作成する箇所。続いて、防衛の最終線となる、トーチカの建造地。予測される敵の行動等を踏まえた、今回の迎撃戦の骨子だ。
「それから、燃料や弾薬の補給は大丈夫?」
ヴィス・Y・エーン(
ga0087)が顔を出し、現地指揮官に問い掛ける。
指揮官は静かに首を振った。燃料ぐらいは準備できるのだが、弾薬の補充については難しい。元々KVを擁しない部隊だ。不必要な補給物資を伴ってはいなかった。ただ、近隣の友軍から運んでもらう事を、彼は約束した。
「こちらは準備完了です。先に行きます!」
資材等を受け取った比良坂 和泉(
ga6549)は、KVのコックピットから顔を出し、外部スピーカーで声を飛ばした。イヤホンマイクから手を離してシートにもたれこみ、風防を閉じる。爆撃班は既に飛び立っている。トーチカの設営を、急がねばならなかった。
「我々としては、出来る限りの支援は約束する。現地に工兵も派遣する」
「有難う御座います。皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
指揮官の敬礼に、終夜が応じた。
●混乱
中東の空を、四機のKVが舞う。
風の流れと交じり合い、先頭を切るのは月神陽子(
ga5549)が駆る真紅に染まるKV、F−104型だ。バディ――つまりタッグを組んだ真神 夏葵(
ga7063)が直下に飛び、月神機の後方、少し離れて緋沼 京夜(
ga6138)、ラシード・アル・ラハル(
ga6190)の二機が並ぶ。
――アラビア半島は‥‥?
ヘルメットのバイザー越しに眺めた先は、砂塵に霞み、遥か遠くに微かな明かりが見えるだけ。その明かりさえも、どこの国、どの都市のものかも解らなかった。同じに見える空も、南下すればバグアの勢力圏内に入ってしまう。彼の祖国は、アラブ首長国連邦は、未だバグアの制圧下にあるのだ。青色のR−01・ジブリールが機中、アル・ラハルは心に嘆いた。
「ラス、大丈夫だ」
弟分を心配し、緋沼が通信を送る。
主翼を小さく揺らして、軽くおどけて見せた。
「ふん、無駄口を叩いておる暇はないぞ?」
通信画面に割り込んだのは。年端もいかぬ少女にしか見えぬ、夜柴 歩(
ga6172)だ。
「そーそ、予想どんぴしゃ。眼下にキメラの寝床がある筈よ。それに、私だって久し振りの里帰りだからねー。ちょっとばかり張り切っちゃうよー」
「おぬしもじゃ。言ったそばから無駄口とはの」
飄々と告げるエーンに、夜柴が更なる叱責を加える。
叱責されてぺろりと舌を出す。その画面を上書きして、バイザーを上げた真神が顔を見せた。
「ともかく、そろそろ速度を落そう」
緋沼と月神の二機。その腹で、何かが鈍い光を見せた。月の明かりを反射する、フレア弾だ。
急降下を併用しなければ十分な命中率を発揮できない以上、彼等は速度を落し、するすると機首を下げていった。一度は速度を落としたものの、急降下に従い、KVはぐっと加速しはじめた。雲も無い空を一直線に突進む。
――ぴくり。
寝息をたてていたキメラの一匹が。眼を開き、耳をぴんと立てる。
その動き、いや、気配につられてか、一匹、また一匹とキメラは眼を覚ました。眠りを妨害する何物かが現れた。敵だ。何物かが、我々を狙っている。
一匹が唸るように吠え、直上へと視線を転じる――遅い!
「投下!」
見上げたキメラが見たものは、黒い塊を放り捨て、今まさに機首を持ち上げんとしているKVの姿だったのだ。
慌てたように、幾体かのキメラが、口を開き、火炎弾を放つ。だが、その攻撃はまばらな対空砲火といった程度で、とてもではないが、傭兵達のKVが撃墜されるような代物ではなかった。
捻りこむようにして機体を水平に起し、飛び過ぎ、続くアル・ラハルと真神の二機が、それぞれの僚機の後に付き、ロケット弾をばら撒いた。
突如、山腹が閃光に包まれる。
狙いは、キメラそのものではない。キメラの周辺を取り囲んでいた山岳だ。動物なりの防御手段と考えて陣取ったつもりであったのだろうが、三次元的な戦闘の展開にまでは、知恵は回らなかったのだろう。一際大きな一匹が吠え立てる声に従ってキメラが動き始めるが、今更無傷で済もう筈が無い。
それでも、ロケット弾による土砂崩れは、比較的小規模だ。
自然と、キメラの群れはそこへ向う。
「いきますわよ!」
キメラの群れを、新たな熱源が襲った。
月神の放った二発目のフレア弾だ。全てを焼き尽くす熱源が広がり、範囲外をうろつくキメラ目掛け、緋沼のK−01、カプロイア社製の芸術的な小型ホーミングミサイルの弾幕――まさしく弾幕が降り注いだ。
これみよがしに旋回、そして離脱する四機のKV。初撃を生き残ったキメラの群れから、獰猛な唸り声が響き渡った。
●地よりの伏兵
「一撃めは成功‥‥っと!」
爆撃点から離れて、エーンは、LM−01の中でひとりごちた。
「三月兎よりAbyssへ。爆撃は成功じゃ」
二人の居る位置は、防衛班とキメラの寝床、その等距離だ。それぞれをアンチジャミングの範囲内に収めた上で、情報を逐一交換している。
「Silver Starより爆撃班へ。誘導を頼むわ」
それぞれへ連絡を入れて、二機はゆっくりと動き始める。
後は‥‥防衛班が準備を完了させ、キメラが誘導されるのを待つばかりだ。
トーチカの前方300m地点‥‥一機のKVがライト・ディフェンダーを振るっていた。
山と詰まれた土砂を叩き、眼前の穴に何かを埋めている。それは先ほど山腹に投下されたのと同じ物だった。
「連絡がありました。爆撃は成功、キメラはこちらへ向っているそうです」
「了解した。こちらももう少しで完了する」
最後に荒々しく地を踏み固め、元の荒地へと近づける。
ライト・ディフェンダーを振るっていたのは、終夜のKVだった。
「間に合ったみたいだね」
夜柴とエーンが合流し、トーチカへと向う。向った先にあったトーチカは、緩やかな丘陵地の谷部分に塹壕を掘り、バリケードを中心とした防御機能を持たせたもの。確かに、急造品であるが故に、絶対の信頼が置けるものではない。だが、設営に要した時間と手間を考えれば、十分に堅められている。
もっとも、KVのサイズを完全に収納する事は出来ない。当然、トーチカとは言っても天井は無く、腰を屈めて潜り込ませる事で、正面に対してその身を隠せるよう考えられている。
準備できるだけの武器弾薬が備蓄されている点を含め、ここが最終防衛線である事に違いはない。
「来ましたね‥‥」
望遠状態のモニターを覗き込み、比良坂が呟く。
時々爆炎が上がるのは、キメラを引きつけている爆撃班が、残弾で攻撃を仕掛けているからなのだろう。
500、400、350――300m、爆撃班のKVが急加速を掛け、上空を離脱した。
追うキメラの群れ。先頭集団は火炎弾を吐き出しながらも地を駆け、急造トーチカを、ひいては後方に広がるガズィアンテプを目指しているのだろう。
しかし――その足も止まる。
いや、止める。
三度目の、閃光。
地を割り吹き上げるフレアに、手足をもがれ、吹き飛ぶ犬型のキメラ。
先頭集団を行っていた十数匹は完全にこれに巻き込まれ、辛うじて生き残ったキメラにしても、もはや虫の息となりながら炎を抜け出すのが精一杯だ。そしてもちろん、そんなキメラを見逃しはしない。
比良坂のスナイパーライフルRがキメラの頭を撃ち砕いたかと思えば、終夜の放つD−02型のライフルも、フレアを突破せんとしたキメラを貫いていく。
夜柴やエーンも武器を準備はしたが、まだ遠い。
それにまだだ。近距離戦に持ち込むには、塹壕を――。
轟音を立てて降下する、月神の夜叉姫に、真神のガーゴイル。二人とも、自ら防御役を買って出るだけの重装甲でKVを固められており、人型に変形した二機は、さしずめ重装歩兵といったところだろうか。
そして上空に留まる、緋沼と、アル・ラハルのタッグ。
(厳しい状況‥‥なのに。なんでかな‥‥すごく、落ち着いてる)
並んで飛ぶ緋沼機をちらりと見て、彼は眼下の戦闘へ眼を転じた。
(京夜と、一緒だから‥‥?)
「トーチカからの距離、凡そ200m‥‥ラス、そろそろ行くぜ」
「解った!」
上空に留まっていた二機は、しかし、突如として降下し、銃撃戦の展開されるその地目掛け、攻撃を開始する。だが、最大の目的は、キメラへの打撃ではない。先ほどのような意味でもない。攻撃は、前線に無理矢理塹壕を掘るための爆撃だ。
上空の降下を見てとり、月神と真神が飛び出し、耐久性を生かして突貫。終夜と比良坂の援護射撃が続く中、エーンと夜柴が散会し、キメラ側面へと展開していく。
250発に及ぶ小型ミサイルの弾幕が踊り、合間には、直線的なロケット弾が挟み込まれる。
「さあ‥‥イカれた茶会の始まりじゃ、踊るぞ相棒!」
夜柴が叫ぶ。
眼前に弾ける爆炎へと飛び込み、掘りかえされた穴の中に機体を滑り込ませつつ、ビームアックスを振り回した。横合いから殴りつけられ、キメラの前足が弾けるような勢いで寸断された。
●防戦、転戦
「自前の練力が切れて作戦に支障をきたす訳にはいかないからねー」
コックピットから足を放り出し、大きな溜息を吐いて、エーンは固形レーションを飲み込んだ。
爆撃から、1時間。
彼等の作戦は、概ね計画通り実行され、戦闘は優勢で推移していた。だが、誤算もあった。彼等は爆撃後を塹壕代わりにも利用していたが、それは、キメラにも可能な事であり、特に、フレア弾の跡地を、バグアは利用する事が出来たのだ。
距離にして100m前後。人間にスケールダウンして例えれば、およそ10m前後というところだろうか。
戦闘は、近距離での塹壕戦とでも呼ぶべき様相を呈し、自然、長期化した。
「出来るも出来ないもなく‥‥やるしかない。そうですよね」
「んー? 指揮官以下、軍の人達の期待を裏切らない為にも、ね」
比良坂が問い、ボルトアクション式のライフルを掲げた。
応じる、エーン。レーションの空き袋を足元に放り込み、機を起す。
補給は完了。順番から補給が遅れるであろう味方の分を積載できるだけ積載して、彼女はLM−01を走らせる。
「犬は好きですけど‥‥大きすぎるのはお断りですよ!」
「あぁ、俺も同感だな‥‥」
終夜と比良坂の二人は、互いに顔を見るでもなく頷き、再び狙撃を開始した。
最前線でハンマーを振るう緋沼を援護し、アル・ラハルはD−02型のライフルで攻撃を加える。しかし、塹壕から頭を出し、火炎弾を放っていたキメラは、咄嗟に頭を下げてしまい、ライフルの弾丸は虚しく上空を掠める。
かと思えば、別の場所から火炎弾が放たれ、アル・ラハル目掛けて飛び交った。
バッ、と、火炎が散った。
ライト・ディフェンダーの刃で受け止めたのは、真神だった。
「くそ、大丈夫か!」
「あ、ありがとう‥‥」
ガーゴイル――彼は文字通り味方の盾となりながら、戦い続けている。
彼の機体は、弾ききれずに受けたダメージであちこちにガタが来ている。それでも、だからこそ解っている事だってある。戦闘が始まってからこっち、キメラの攻撃は、少しずつではあるが、だが確実に、弱まってきている。
あともう一押し――そう感じた彼の隣を抜けて、舞い上がる砂塵の只中、赤いKVが突出した。
「行くのかっ?」
「えぇ!」
盾役の真神が、キメラ側の攻撃を押し込み、月神が駆ける。
殲滅できる。
彼女は確信していた。
これだけの戦力が揃っていれば、敵の殲滅を目指せると。
「この、赤き鉄球を恐れぬのならば、かかって来なさい。背後に守るべき者があるかぎり」
F−104の手から投げられた、巨大な、鉄球。
鉄球は真っ直ぐに伸び、飛び掛ったキメラの頭部を一撃で粉砕する。脳しょうの飛び散る凄惨な現場に、彼女は仁王立ちに構える。
「この夜叉姫は――無敵です!」
その攻撃が、流れを決した。
事実上塹壕に殴りこまれたキメラ側は、地の利を生かす事も出来なくなって統制も乱れ、蜘蛛の子を散らすように離脱を開始する。
――が、それも、後方から加えられる狙撃で仕留められ、散開した夜柴とエーンには行く手を阻まれ、やがて、全て沈黙した。
●中東の風
夜柴が、思いっきり大きく、溜息を吐く。
「‥‥さ、流石に疲れたのう」
朝――昨夜八時に現地入りして以降、不眠での準備、戦闘が続いた。
地平線を昇り始めた太陽を見て、疲れが、思わず口をついた。夜柴はどっと寝転がり、辟易したような表情をしている。
彼女の隣に座るアル・ラハルは、南東の方角をじっと見詰め、ただただ黙っている。
ふわりと、乾燥気味の風が、そっと頬を撫でた。