●リプレイ本文
戌亥 ユキ(
ga3014)が、ドンと置かれたビンを前に、恐縮していた。
「ウォッ‥‥カ? あ、ありがとう御座います」
とりあえず笑顔を浮かべる戌亥。素直に貰うのが良いとは思うのだが、自分は飲まないのでどうしたものかと逡巡する。
「後に取っとくよ。一本だけ余らんよう祈っててくれ」
「私は、後でカクテルにでもしますよ」
そう告げる崔 南斗(
ga4407)や綾野 断真(
ga6621)に倣って、彼女もまた、とりあえず後にまわす事とした。
●突入
ビル正面の玄関に、リュドレイク(
ga8720)が顔を出す。
幸い、全面ガラス張り等ではなく、ビルはコンクリートの壁で覆われていた。窓を避け、彼は静かに、そっと中を覗きこんだ。
「‥‥タランチュラ1、カミキリが3」
受付の前でカサカサと動き回る彼らを見据えて、リュドレイクは呟く。
彼らは互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。姿勢を低く保ち、ぎゅっと得物を握り締める。突然、跳ねるように地を蹴った。
「全ては神の御心のままに‥‥」
先陣を切ったのは天宮(
gb4665)だった。
ミカエルの装甲を前面に押し出し、正面玄関のガラスを砕いて内部へと侵入する。
響き渡ったガラスの破砕音にタランチュラが振り返る。
だがその動きは遅く、タランチュラが能動的な行動に移るより早く、天宮はタランチュラへ肉薄した。すれ違い様、彼の鎌が横薙ぎに走る。タランチュラの真っ黒な体液が、ミカエルの表面を舐めた。
ぐらりと揺れるタランチュラ。
その隙を逃さず、遠石 一千風(
ga3970)の鎌切が頭部を切り裂く。彼女の動きは鋭く、タランチュラにこれを避ける術は無かった。
二閃。
立て続けに刃が走り、更にタランチュラが地に伏すより早く、残るカミキリを一匹切り裂く。
「さすが、素早いですね」
銃声とともに、カミキリが撃ち抜かれる。
リュドレイクの握るアイリーンから薄っすらと上る熱気。残された一匹のカミキリは、さっと地を這い、机の裏へ回り込もうとする。その動きを見咎めたストローヘッド(
gb4968)の銃口が二発、立て続けに銃弾を放った。
「‥‥ここには、コレだけかな」
槍を腰に、カイ・ニシキギ(
gb4809)が部屋を見回す。
「ふむ。仕事が無かったな‥‥次の部屋へ行こう」
ストローヘッドがライフルから眼を離し、レインコートのフードを下ろした。彼の言葉に頷いて、傭兵達は受付と併設されたドアへ歩み寄った。
微かな銃声に、崔の銀髪が揺れた。
「始まったらしいな」
彼らはビル裏側に回りこみ、その裏口に達していた。
公園周辺にはキメラがうろついている。事実上、そこはバグアの勢力下だ。その姿を見咎められる可能性もあったが、彼ら三人は隠密潜行によって気配を消し去って、無線もスイッチを切り、ここまで安全に移動を続けてきた。
列の順番から、長身な綾野と崔の二人に挟まれ、小柄な戌亥が余計に小さく見えている。
「‥‥ドア、壊れてますね」
「キメラでしょうか」
蝶番ごと破壊されたドアは内側に向かって倒れており、ガラス片等が飛び散っている。先頭を進む綾野は、慎重にガラスを踏みしめて中へと進む。
「敵影は――」
ハッとして、彼はライフルを掲げる。
数発の銃声が立て続けに響く。
一匹、仕留めた。奇襲により、確実に仕留めはしたのだが、しかし、手応えに違和感が残る。
「まだいます!」
矢と共に背後から飛ぶ、戌亥の声。
空気を切る音が廊下を駆け抜ける。壁を飛んだカミキリの柔らかな腹に、矢が深々と突き刺さった。
コンクリートの壁をこすり、突き進むカミキリが三匹。
「次っ」
続けての一射が、再びカミキリを射抜く。
戌亥が矢を抜く狭間、崔は番天印を掲げる。数発の連続する銃弾が、次々とカミキリを撃ちぬいた。キメラは硬い表皮に覆われていたものの、二、三発も弾丸を叩き込めば、ひっくり返って手足をばたつかせる。
残った一匹に止めを刺し、顔を上げる崔。
「慎重に行った方が良いな」
彼は最後尾として、今くぐった裏口方面への警戒も怠らなかった。一階の制圧中に攻撃を受けるような事態には、陥りたくなかったからだ。
それでも、一階は、中央に位置する事務室等を除けばトイレや小さめの倉庫が並ぶばかりであり、ドアを開いてさえしまえば、内部をじっくりと観察する必要は無かった。三人は裏口に近い側から小部屋を巡回して行き、数匹のカミキリを始末する。
キメラは正面玄関と裏口付近の廊下に重点配置されていたらしく、局長室と事務室に敵影は無かった。突入した二班は、数分と時を置かずに合流した。
●地下
キィと音を立てて、ドアが開く。
先程と同様、先頭はリュドレイクが勤めた。探査の眼による警戒能力は、やはり侮り難い。
「蜘蛛の巣‥‥ではあるけど」
金属製の棚に沿って歩くリュドレイクが、その蜘蛛の巣を見やり、腰から鬼蛍を引き抜く。地下には例のケーブルがある筈で、ウォッカをまいて火を点けるという訳には行かなかった。
「‥‥暗いですね」
「電気、点けます」
綾野の言葉に、電源スイッチへ触れる戌亥。
通電と共に、古めかしい電球に明かりが灯った。その瞬間。
「来るか!」
部屋の隅に丸まっていたらしいカミキリが宙に舞った。口を広げ、リュドレイクに襲い掛かる。だが、先程蜘蛛の巣を前にして、彼はここぞとばかりに待ち構えていた。
「甘いですよ!」
奇襲的なその攻撃を軽々とかわすと、すれ違い様に胴を切り裂く。勢い余って、壁へ激突するカミキリ。続けて、3匹程のカミキリが次々と飛び掛ってくる。
「何もしないでっ!」
つがえられていた矢が、戌亥の手を離れる。
細い階段を掻い潜って、矢がカミキリの脳天に突き立てられた。びくりと大きく痙攣し、その動きを止める。
「そう、そこで静かに終わって」
溜息混じりに、戌亥はゆっくりと弓を下ろした。
ミカエルのバイザーをあげ、眼を伏せる天宮。彼は大鎌を担ぎ、警戒の為、階段付近を後にする。彼ら傭兵は合流後に班を再編し、崔、天宮、ニシキギ、ストローヘッドの四人は一階の確保、維持に残っていた。
残りの四人が、地下、及び上階の制圧担当だ。
警戒に当たる崔達の後ろから、足音が上ってくる。小さく駆けるその足音が、上へと上っていく。
「一階は頼んだわよ」
「任せてくれ」
途中、顔を向けた遠石の言葉に、ストローヘッドが応える。
「よし。俺達は俺達の仕事をしよう」
番天印を肩から提げて、彼は倉庫の中へと向かう。
積みあがっている雑多な物の中から机等、バリケードになりそうなものを運び出し、裏口や窓へと押し込んで次々とこれを塞いで行く。限られた人数で新たな進入を防ぐ為には、進入路を限らせる事に限った。
しかし、そうして裏口を防ぐ一方で――
「早速お出ましか」
ニシキギのカンデンサが走る。
同時に、天宮の振るう死神の鎌が大上段から放たれた。
「意外と頑丈なようですね」
「だけど、通す訳にはいかないさ」
カンデンサがカミキリを貫き、引き裂く。カサカサと近寄るそれらを、ニシキギ達は侵入寸前の水際で食い止めていた。正面玄関を閉鎖する訳に行かない以上、キメラの侵入は実力阻止するしか無い。しかし彼等が何よりも警戒したのは例のタランチュラだった。
「ニシキギさん、そちらに例のキメラが‥‥」
言い終えぬうちカミキリが飛び掛り、上体を逸らす天宮。鎌の背に走る刃が、カミキリの胴を寸断する。
「こう数が多いと!」
ニシキギはホルスターから拳銃を抜こうとするが、それよりも一手、キメラが素早かった。タランチュラの口元が開かれる。唾液が糸を引くその奥から、黒い塊が吐き出された。
彼は伸ばす手に、拳銃ではなくウォトカを掴ませた。
「玄関をこれ以上――」
勢いに任せ、腕を振るう。程よいサイズのビンが宙を舞い、くるくると飛ぶ。
ボール状の体液とぶつかるや、アルコールが周囲へ広がると共に、ボールは勢いを失って落下する。
「――広くしなくても、イイと思うんだよね‥‥」
タランチュラの口から吐き出された直後のボールは、カミキリ達の中央で爆ぜた。広がる炎の中央を走る。追いすがるカミキリの牙を自身障壁で軽減しつつ、炎の只中を突破した彼の口元に微かな笑みが浮かぶ。カンデンサの穂先が、タランチュラの脳天を貫いていた。
玄関の二人がキメラを迎撃していた頃、崔が窓等へバリケードを貼り付ける。片や、ストローヘッドは隠密潜行で裏口をくぐり、窓の構える公園に面した壁を見上げた。
「やはり居たな‥‥」
ライフルの引き金に指を掛け、丁寧に掲げる。
銃声と共に、壁に張り付いていたカミキリが落下する。不意打ちに驚き、他のカミキリが慌てて動き始めた。触覚やその眼をキョロキョロと動かし、銃撃の主を探す。
彼等が、次々と弾丸を放つストローヘッドを見つけるのに、さほどの時間は掛からなかった。壁を離れ、羽音を響かせて反撃に転じる。
「‥‥」
マガジンをライフルから引き抜いてから、残った銃弾をリロードして弾き出す。彼は素早く裏口へと駆け戻ると、懐から取り出したウォトカを地面に叩きつけ、カミキリが接近するよりも早くライフルの引き金をひいた。
空撃ちの起こす火花が引火して、ごうと炎を巻き上げる。
「こういうのを、まさに飛んで火に居る夏の虫っていうんだ」
勢いを落とさず迫るカミキリを睨み、呟く。
「虫型キメラなら、明るいところに近づく習性が――クッ!」
予期せぬキメラの動きに、思わず声をあげた。
わき腹の肉を削ぐ、カミキリの強力な顎。鋭い痛みと共に、迷彩服の中から、血がじっとりと滲む。
確かにキメラは火に寄ったかもしれなかったが、キメラは元々、多少の火炎等であればものともせず、火や電灯といった光に虫が寄るというものも、虫の平衡感覚を維持するシステムを逆手にとったものに過ぎない。多少の欺瞞効果はあっても、何ら状況に寄与するものではなかった。しかも尚悪い事に、空撃ちに使ったライフルにはつまり弾丸が込められていない。
「失敗だったか!?」
マガジンの無いライフルに変わり、腰からメイスを引き抜いてカミキリの頭部を殴りつける。振るった勢いに、足元をふらつかせるストローヘッド。
その様子に、カミキリは彼の首元目掛け飛び上がった。
瞬間、その胴体が粉々に吹き飛ぶ。
「大丈夫か!?」
「すまん、助かった」
ただならぬ様子に倉庫から飛び出した崔が、ラグエルを手に立っていた。
タランチュラ用に準備していた拳銃だったのだが、仲間を危険に晒す訳にはいかない。一撃でこれを仕留めたのも、その判断あってこそだった。
「‥‥少し、油断だったな」
わき腹を押さえつつ、歯をかみ締めるストローヘッド。
携帯品から救急セットを取り出すと、治療の為に自分の脇腹をまさぐり始めた。
●制圧
リュドレイクを先頭に三階へと足を踏み入れる傭兵達。
前を行くのはリュドレイクと、グラップラーである遠石。戌亥が続き、綾野が最後尾を固めていた。
二階でも数匹のキメラを始末した彼らは、リュドレイクの提案によって窓等へ椅子や机を立てかけ、一層警戒を強めながら三階へと上がった。ゆっくりと廊下の奥を窺う一行。
ひょっこりと、戌亥が顔を出す。
「怖いなぁ‥‥虫型っていうのが更に嫌だよ」
弓は、その構造上連射が難しい。
彼女にとっては、敵の先制攻撃こそが最も警戒されたのだ。全方位へ気を配りつつ、耳をすませながらじりじりと歩を進めている。一方で、最後尾に続く綾野の意識は、主として廊下の窓へ注がれていた。
タランチュラにせよ、カミキリにせよ、窓の外から襲撃する可能性も、十分に考えられた。
「‥‥窓からは来ませんね」
「次はこの部屋だ。突入するよ」
三階宿直室を前に身構える遠石。
互いが互いをフォローできる位置取りを心がけ、ドアを開く。黒い影が飛んだ。
「――あっ!」
驚き、思わず矢を放つ戌亥。
小柄な全長を生かした素早い動きで、カミキリが壁を這う。あまりに近すぎた為か、彼女の矢はコンクリートの壁を打ち抜くだけに終わった。直後、リュドレイクのアイリーンが炎を吹く。
飛び出してきたカミキリが、その首根っこを打ち砕かれる。
「気をつけて下さい、待ち伏せのようですよ」
綾野の声と共に、銃弾が飛んだ。
宿直室の中、倒れた机や椅子の裏やら、廊下の窓やらから次々とカミキリが這い出してくる。その数が多く、連続して引き金を引くうち、ライフルから乾いた撃鉄音が漏れた。
隙と見做し、綾野へ飛び掛るカミキリ。
「厄介な‥‥!」
直ちに、遠石が割って入った。
手にした鎌切が唸り、飛び掛ったカミキリをバラバラに刻む。
「ビビズ」
「蜘蛛よ。来る!」
窓から聞こえた特徴的なその音に、彼女は素早く反応した。注意を促されたリュドレイクが鬼蛍を握り締める。彼は一足に飛び掛って、鬼蛍の剣筋を引いた。
小気味良い音と共に、タランチュラの足が飛ぶ。
だが、その華麗な動きとは裏腹に、彼の意識には不満が残った。
「踏み込みが甘かったか!?」
その長身から繰り出される斬撃ではあったが、いま少し胴へ届かなかった。確実なダメージは与えたが、致命打にはなりえない。いまだ敵意を挫けさせぬタランチュラは、飛びのくや否や、新たな矢を抜く戌亥目掛けて黒い体液を吐く。
「きゃっ」
危険を察知して、横転する戌亥。
前門のカミキリ、後門のタランチュラ。本来であれば遮蔽物を利用したいところだったが、良い位置取りが見つからず、そうして避けるしかなかった。
新たなマガジンを銃身へ叩き込んだ綾野が、軸足を床に打ち付け、銃口を持ち上げる。一発、二発。次々と突き刺さる弾丸に体液をしぶかせる。
「ズビ、ジ、ジジ‥‥」
キメラの攻勢もここまでだった。
どさりとタランチュラが伏せると共に、傭兵達の攻撃が次々とカミキリを仕留めていく。未だ痙攣するタランチュラの前に立つリュドレイク。遠石が、隣で呟く。
「‥‥不快な鳴き声だ」
鬼蛍を手にするリュドレイクが、黙ってその首を弾いた。
●戦い終わって
ビルの制圧後、崔達の援護射撃を受けつつ、軍が公園方面の制圧に乗り出した。ほぼ公園を確保すると同時、ビルへ突入した工作隊が次々と有線ケーブルを運び出して行く。
「終わりましたか‥‥」
身体から浮かぶ燐光が、うっすらと消え去る。
天宮は鎌を肩に降ろして、並ぶ遺体を眺める。
「彼らの魂に安息あれ‥‥」
「士官も兵士も無いもんだな、こうなると」
事務室、ケーブル運搬の為に蹴散らされた机の隣に、数体の遺体を並べ、ウォトカを置いて十字をきる崔。遺体の中には、年端も行かぬ少年兵もまた混じっている。隣に立った戌亥が、思わず涙交じりの溜息を漏らした。
「私と同じくらいの子かな‥‥」
そんな中、遠石だけは、最近のキメラの戦い方に、少なからず違和感を覚えていた。