タイトル:【DR】或いは戦場の犬マスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/22 04:50

●オープニング本文


●パルチザン
『起て 飢えたる民よ 起て 我が同胞
 蜂起の時は来ぬ いざ武器を手に――』
「おい、ニュースが始まるぞ」
 男の言葉に、ぞろぞろと集まる者達の影があった。殆どは男性だが、ちらほらと女性の姿もある。皆、酷く汚い。それもその筈で、彼等の殆どは、一ヶ月や二ヶ月近く、シャワーの一度も浴びていなければ、髭だってろくに剃っていない。
 とにかく臭い集団がラジオの前に集まり、やがてインターナショナルの合唱が終了すると共に、ニュースからは各地の戦況が流され始めた。
『極東軍はバグアと一進一退の激戦を繰り広げており――』
『ヤクーツク、未だ健在。周辺の鉱山地帯へ対する偵察作戦を――』
『――同志は西部戦線における徹底抗戦を指示し――』
『我が軍はモスクワ前面におけるバグアの前進を粉砕。第八機甲師団は最新鋭T−09戦車を擁し――』
 威勢の良いニュースにはワッと場が盛り上がり、
『バグアはヴォルゴグラードに対する包囲網を狭めており、ヴォルゴグラードでは市民、軍、党が一丸となって――』
 景気の悪いニュースを前には、場が静まり返る。
「おい。やったぜ!」
 そんな中、家の中へ一人の男が飛び込んできた。手には、しわくちゃになったメモ帳を握り締め、興奮気味に頬を上気させている。
 髭にはうっすらと霜が乗り、寒そうに手足を震わせている。
 家の中は暖房が焚かれてはいるが、迎える者達の息もまた、彼と同様に白かった。
「情報は確かなんだろうな?」
 頷く男が、地図を広げる。
「確かだ。この街道を通って、ヴォルゴグラード方面へ向かう筈だ。物資は、現地の親バグア派部隊に供給される」
「敵の数は」
「全部で30人前後。物資を満載したトラックが10台、装甲車2台」
 解っている範囲では、装甲車には重機関銃が搭載されている。おそらくは、元々バグアに対抗するための大口径砲だったのであろうが、そんな重機関銃ともなると、たとえ能力者といえどただではすまない。
 他の者達はおそらく、突撃銃や使い捨てロケットランチャー、対物狙撃銃等で武装している事だろう。これらも、当たり所次第ではかなりのダメージになる。
 もちろん、これらの戦力は確認されている範囲のものなのだが‥‥。
「裏切り者め‥‥同志達が死に物狂いで戦っているっていうのに!」
「‥‥ヴォルゴグラード、か」
 エミールが腕を組んで言う。
「そうさ! 敵の度重なる突撃を跳ね返して、未だ健在だ! それなのに奴等は――」
 細身の男が拳を打ち付け、唸る。
 男の言う通り。ヴォルゴグラードは未だ健在だ。バグアが何を考えているのかは解らない。西部戦線における攻勢の一環としてヴォルゴグラードを狙ったのか。あるいは交通や補給の集積地として、その価値を認めたのか‥‥。
 ただひとつ確かな事。
 それは、奇しくも、あの戦いがヴォルゴグラードで再現されつつあるという事だった。
「まぁ、そう言ってやんなや。人間、命や家族は惜しいやろ」
 マフラーから、溜息交じりの声が漏れる。
「えらい優しいじゃねーか、エミールくん?」
「あ? ンだと!?」
「やめろ、やめないか!」
 赤い腕章を付けた男が、二人の間に割って入る。
「とにかく、こっちの人数が不足してる。全員を攻撃に振り向ける訳にもいかないし、俺達だけで始末できる数じゃない」
 その言葉に反論は無かった。
「傭兵の参加を募って、一気に片付ける。投降したいって奴は捕虜にしてやるが、他は殺す。物資は丸ごと戴く。良いな?」
 おうと頷く面々。
「子供扱いしよってからに‥‥」
 エミールは毒づき、窓から空を見上げた。
 戦場に身を置いてから、何年目経ったろう。
 もう、よく解らなくなってしまって、思い出せない。戦場に身を置いてから、たかだか10年やそこらでしかないのに。
 部屋の中を見渡す。
 ここにいる者達と、エミールとの間に本質的な差異は無い。正規軍に入隊するだけの訓練も受けていないが、青春を戦場の中で浪費し尽くして、今更取り戻せる訳も無い。だいたい、銃を捨てたら生きていく糧が無い。違いといえば、能力者かどうか、くらいなものだ。
「くそっ、今日はえらい冷え込むな」
 腰からウォッカのビンを取り上げると、エミールはグッと呷った。

『君の影が歌う 故郷のその歌
 幻か愛しき君 我が元に囁く
 幻か愛しき君 我が元に囁く』

 いつの間にかニュースも終わり、ラジオからはカチューシャが流れていた。
 数組みの男女が、そのリズムに合わせてくるくると踊っていた。

●参加者一覧

オリガ(ga4562
22歳・♀・SN
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
蛇穴・シュウ(ga8426
20歳・♀・DF
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
鴉(gb0616
22歳・♂・PN
黒桐白夜(gb1936
26歳・♂・ST
ヴィンセント・ライザス(gb2625
20歳・♂・ER
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN

●リプレイ本文

●犬共の休息
「良く来てくれた。助かる」
 リーダーらしき無精髭の民兵が、すっと右手を差し出す。
「こういった戦いは久しぶりでな。腕が鈍ってなければ良いが」
 苦笑交じりに、握手を交わすヴィンセント・ライザス(gb2625)。
「あぁ、お久しぶりです同志エミール」
 小さく手を掲げた蛇穴・シュウ(ga8426)が煙草をかじり、ポケットをまさぐっていると、エミールがマッチを一本、擦って寄越す。
「よっす。元気しとった?」
「まあまあですね。けど‥‥よくこんなん飲んでからチャンバラなんて出来ますねえ」
 ウォトカのビンをコンと叩いて溜息をつく。
 特に、余計な添加物が無いのがウォトカやコスケンコルヴァのウリなのだから、味といえばストレートなアルコールそのもの。
「‥‥そんなにキツイでしょうか」
 が、一方のオリガ(ga4562)はコップ一杯を呷ったってケロリとしている。出身も出身なら、彼女自身、酒が好き。このぐらいどうという事も無い。
「それで‥‥応じてくれたって事は、何か作戦が?」
「うむ。作戦は検討してあるのだが」
「現地での協力と、爆薬が欲しいんだ」
 ライザスの言葉に続けて、ツァディ・クラモト(ga6649)が皆の荷物を指差す。
 その荷物へ歩み寄り、中身を覗き見る民兵達。
「俺達も武器弾薬に余裕がある訳じゃない。あまり多くは使いたくないな」
 奥からダイナマイトの入った木箱が出てくる。
 と同時に、傭兵達は荷物の中から交換用の物資を取り出した。荷物には菓子や酒の類が目立つ。
「どうも、嗜好品の類が多過ぎやしないか」
「医薬品や弾丸‥‥それから燃料は全部貰おう。他はこんなものだな」
 煙草を口にくわえつつ、民兵達が荷物を仕分けていく。
「後は依頼中の食料や飲み水もくれないか」
「解った。それは何とかしよう」
 トリシア・トールズソン(gb4346)の差し出した酒瓶等を受け取って、民兵は頷く。そうして何点かの物資を交換していくが、嗜好品の何割かは受け取らずに返されてしまった。要らないからと押し付けようともしたものの、彼らとしては、必要以上の物を持ち歩きたくは無いとの事だった。
「で。襲撃の場所だけど」
 鈍名 レイジ(ga8428)の言葉に、民兵は腕を組む。
「どこでやる?」
「橋で仕掛ける」
「橋か‥‥」
「ひと気が無くて検問から遠い場所‥‥どこか無いか?」
 紙のこすれる音。
「それならココだな」
 机に広げられた地図の一点を、民兵が指し示す。彼らの話によれば、その地点は集落からも遠く、検問の類も無かったと言う。
「移動手段は?」
「ん、大丈夫。俺のジーザリオで行けるよ」
 鴉(gb0616)がニッと笑みを浮かべる。他に2、3打ち合わせをし、出撃の準備を整え始めた。黙々と、得物の状態を確かめる傭兵達。
「その、できれば、白ペンキが欲しいんだが」
 恐る恐る聞くトールズソンの言葉に、民兵が振り向く。
 だが、彼が答えるよりも早くオリガが割って入った。
「スプレーですけど、良ければ使う?」
「あ‥‥ありがとう」
 カバンから取り出したスプレー缶が、カランと音を立てる。
 オリガは、スナイパーライフルを取り出すと、その銃身へテープを巻き、ジャケットにはスプレーを吹き付けた。同様にトールズソンもまた、自らの外套にスプレーを吹き付けていく。
 そんな中、窓際でぼうっと外を眺める輩が一人。
「‥‥大丈夫ですか」
「へっ?」
 鴉の一言に、素っ頓狂な声で振り返るエミール。
「何かぼんやりしていたけど?」
「何てーか、ロクでもねぇ、灰色の青春やなぁって」
 苦笑を浮かべて、カラシニコフを掲げる。
「それしか無いからね。俺も、今ははこれしかないから、傭兵やってるもんで」
 スパークマシンを抜いて、黒桐白夜(gb1936)はひょいと肩をすくめた。飄々としていて、どことなく掴みどころの無いその態度。
「確かにクソッたれみたいな戦場だよ」
 彼と比べると、トールズソンの表情は、何かを思い詰めるかのように真面目だ。
「だけど私は、それでも彼らの力になりたい」
 ぶっきらぼうに、呟いた。


 灰色に染まった寒空の下、傭兵達が橋の足に取り付いていた。
「‥‥ちょっと不安だなぁ」
 セットした爆薬を見つめ、黒桐が呟く。機械油で少し汚れた手元を、雪を団子にして洗う。後ろで腕を組んでいたライザスが、口を開いた。地図を胸ポケットにしまい、橋を見上げる。
「ふむ。少ないか」
「どうする?」
「弾頭矢の集中砲火も併用するとしよう」
 彼の提案に、頷き、立ち上がるクラモト。
 その白い外套の上に、パラパラと雪が積もっている。彼を含め、火薬を調達できなかった時に備え、数名の傭兵は代用品を持ち寄っていた。両方を同時に使用すれば、崩落させるのは確実だろう。
「なるほど‥‥橋を崩して足を止めるのか」
 川砂利を踏みしめて、民兵が橋を見上げる。橋の高さは2,3メートル。特別高いものではないが、車輌の足を止めるには十分な高さがある。
「んでは!」
 立ち上がり、パンと手袋をはたく蛇穴。
「哀しきプロレタリア諸君と共に、必殺の蟹光線を浴びせてやりましょうかね」
「‥‥ん? 蟹?」
 不思議に感じて、片手をハサミに、わきわきと動かす黒桐。
「細かい事は気にしなぁい気にしない」
 首を傾げる彼女の背を押して、蛇穴は火の無い煙草を口元に揺らした。


●橋
「娘さん、今度幾つになる」
「メアリーは、今年で14歳さ」
「誕生日プレゼント、何にするんだ?」
 先頭を進む装甲車、運転席と助手席で、二人が雑談を交わす。
「どうも、嫌われちまってな」
「何でだ?」
「妻がある事ない事吹き込んでる。裏切り者とか、悪人とか‥‥」
「‥‥」
 ぼやく男達の表情は、どこか疲れ切っていた。
「しかし、アイツだって子供じゃない。いつか、仕方なかったんだって事を解っ――」
 橋へ差し掛かる装甲車が、不意に浮いた。
 ぐわんと揺れ、一瞬の無重力。
 何事だと眼を丸くする運転手達。直後、衝撃が車体を襲い、川底へ向かって傾き、倒れる。機関銃座では、隙間に川水が流れ込む。
「先、行くよ」
 木々の裏側に陰が踊った。
 トールズソンだ。
 車列の兵士達は、まだ、応戦体制が整っていない。急に爆発した橋を前に急ブレーキを踏み、何事だと顔を出す。こんな後方地点で敵襲があるとは、思わなかったのだろう。
「耳と眼ぇ気いつけろお!」
 鈍名が、フィルムケース大の何かを投擲する。
 素早く駆け抜けていくトールズソンは、己の視界を腕で覆ながらも、速度を落とさず地を蹴る。中空で閃光手榴弾が、光と音を撒き散らす。
 兵士達の誰もがまた、敵襲に気が付いた。
「さぁて!」
 トールズソンとほぼ同時、その閃光手榴弾を待って、蛇穴が飛び出した。
 川の浅瀬に水を蹴り、ホルスターからS−01を引き抜く。
「敵襲! 敵襲ー!」
 先頭装甲車、擱坐したその車体部分から、兵士が顔を出し、叫んだ。
 小脇には使い捨てロケットランチャーを抱えていたが、撃てなければ、無用の長物だ。彼はその威力を生かす事なく、銃弾に喉元を撃ち抜かれ、血を吹いた。
「‥‥」
 水を蹴って飛び上がり、装甲車へ飛びつく蛇穴。
 飛び掛ると共に機関銃手へと蛍火を振り下ろす彼女の、その左目が、情感と共に揺らいでいた。がしかし、蛍火の切っ先は、額に触れて動きを止める。
「嫌だ‥‥死にたく‥‥メア‥‥」
 もう虫の息だった。
「バグアシンパったって人間か‥‥ちぇ」
 震える手で向けられた銃を、ついと蹴り飛ばす蛇穴。
「‥‥余計な事考えない。余計な事‥‥」
 今度こそ、彼女は蛍火を振り下ろした。


 一方、慌てつつもある程度の判断力が残されたのは、最後尾の装甲車だ。
 混乱の中心から遠い地点にあって、彼らにはまだ判断を下すだけの余力が残されていた。
「トラックは来た道を引き返せ!」
 指揮官が声を大にして叫び、と同時に、後部ハッチを開いて兵士達が飛び出してくる。その動きに合わせ、敵襲の方角を正面に捉えようとクラッチを切る運転手。
「‥‥?」
 彼は、視界の隅で何かが光ったように思った。
 そしてそれっきり、意識が途絶えて二度と眼を覚ます事は無かった。
「悪く思うなよ‥‥」
 雪の中へ沈む空薬莢。
 狙いは最後尾。貫通弾まで用いた銃弾が、正確無比な弾道を描き、操縦席の強化ガラスを撃ち砕いていた。
 ツァディがは両目を開いて周囲の様子を一眺めすると、どこかから放たれた銃弾が、トラックの運転席へと吸い込まれていった。
 正確にこめかみを撃ち抜かれ、フロントガラスに脳漿が飛び散る。
 オリガの狙撃だ。
 SES搭載スナイパーライフルが本来の攻撃力を発揮できる射程を逸脱し、それよりも遠方から、彼女は引き金へそっと触れる。
 相手がキメラやバグアならばともかく、生身の人間、それも、身動きの取れぬ運転席に座っているとなれば、この距離から彼らを狙うぐらい、能力者にとっては造作も無い事だ。
「‥‥」
 右眼が、青白く、雪の光に反射する。
 ただ静かに、一人、二人と、彼らの命をそっと刈り取って行く。
「まるで生来の狩人だな‥‥」
「さしずめ雪上の狼って所か」
 微かな戦慄と共に、息を飲む民兵達。敵に廻したらどうなるものかと思うと、少しぞっとしない。
「くそお! どこだ!?」
 装甲車の銃撃手が、半ば錯乱気味に重機関銃を振り回し、豪快な音と共に弾丸を吐き出させる。辛うじて視界に捉えたトールズソンへ容赦なく銃弾を浴びせ掛ける彼だが、対するトールズソンは、雪を散らしながら、雪原の中にステップを踏む。
「甘く見ないで‥‥!」
 小柄な身体をますます屈め、前のめりに、銃弾の一発を見極めて、身体を左右に揺らすと、機関銃の重苦しい弾丸は、雪原へ突き刺さるばかりだ。
「であああっ!」
 銃弾の嵐が、ふいに止む。
 銃撃手が肩口に深々と突き刺さった、プラーミャの一撃。鈍名が飛び掛り、フルスキルで剣を振るっていた。切り裂くどころか、木っ端微塵に粉砕しかねぬ勢いで、胴が寸断される。
「向かってくるなら容赦しねェぞッ! 覚悟決めやがれッ!」
 この一撃で、他の奴等が戦意を喪失してくれれば、それで良い――そうも思っていた。だが、現実はえてして、彼らに冷たい。
「うわあああっ!」
 動きを止めた彼の胴体目掛け、近距離から、誰かが対物狙撃銃をぶっ放した。あまりの反動に、撃った兵士自身が銃に振り回されて吹っ飛ぶ。
 流石に距離が近い。
 避ける間もなく、鈍名の胴体へと弾丸が突き刺さる。銃弾を受けた鈍名が、ぐらりと身体を揺らした。
「痛ぇじゃねえか‥‥!」
 ぐっと、両の脚で立つ。
 がらんと落下する銃弾。カールセルが破け、痛々しく血が流れる。おそらく骨にひびぐらいは入ったろうが、逆を言えば、それだけのダメージしか受けていない。
「ば、化け物め!」
 次々と銃を構える兵士達。
 その只中を、トールズソンが駆け抜けた。両手のダガーが光る。円閃。彼女はくるくると舞い、辺りに血飛沫を振りまくや、白く染めた軍用外套が、返り血に染まる。
「容赦しちゃ‥‥いけない」
「‥‥解らずや共!」
 既に動かなくなった兵士達へと、一瞬だけ視線を転じて、彼は小さな声で呻いた。


「前後の道が塞がって‥‥」
「構わん、雪原を走れ! 逃げ切れ!」
 助手席から身を乗り出し、アサルトライフルを振るう兵士が、運転手に向かって叫んだ。
「早くしろ! 死にたいのか!」
「む、無理だ! どうしろってんだよ! おい、なあっ!」
 少年兵はパニックを起こし、助手席の先輩に泣きを飛ばす。
 返事が無く、ハッとして振り返る。
 ぐったりとした先任兵が、開いたドアからずるりと崩れ落ちていた。
 ライザスが、にいと笑みを浮かべている。残忍な色彩を帯びた笑みに、思わず悲鳴を上げかける。瞬間、喉元にナイフの切っ先が触れる。あまりの恐怖に引っ込む悲鳴。
「彼に恨みは無いが、バグアに協力した事を恨んでもらうしかないのでね」
 コクコクと頷く兵士。
 突如の敵襲。これの迎撃にてんやわんやの兵士達は、一々トラックの様子を気に掛けるだけの余裕を持ち合わせていなかった。ライザスに続いて現れた民兵が、震える運転手を引きずり出し、荷台へと突き飛ばす。
「騒がなければ、命までは取りません。大人しくしてて下さい」
 黒桐がロープを手に取り、さっと手足を縛り上げる。
(問題は――)
 超機械を手に、次のトラックへと迫る黒桐。
(――待ち伏せだ)
 自分たちが待ち伏せ攻撃を仕掛けたのと同様に、相手側も、車輌内に潜む等して、個人的な待ち伏せを試みている可能性がある。彼はトラックを奪取する際にも、必ず幌の中を確認して回った。
「ハッハー! こいつで五台め!」
 カラシニコフを手に、奇声をあげるエミール。
 正面部隊は、可能な限り派手な立ち回りで、彼ら兵士の眼を引き付けている。とはいえ、それが何時までも続くものでもない。
「奴等が回りこんでるぞ、こっちだ!」
 叫ぶ兵士。
 迫る銃弾を蝉時雨で弾きつつ、鴉は敵の動きを見やった。
「出来るなら全部奪取、か」
「そう行きたいものだ」
 並んだヴィンセントが小さく頷く。
 横へ飛びのき、片手で拳銃を構える鴉。
 正面対応の蛇穴が蛍火を手に地を駆けるや、その動きにつられて銃口の向きが変わった。その隙を突いて飛ぶ。
「無駄な抵抗を――!」
 拳銃で狙うに十分な間合いへと飛び込み、フォルトゥナ・マヨールーの一撃で胸を撃ち抜く。兵士達は能力者に打撃を与えうる武器を携行こそしていたが、基本は銃器で、一度乱戦に持ち込まれれば対処のしようが無かった。
 トールズソンや鈍名が切り込み、抵抗を止めない者を次々と沈黙させていく。
「くそ‥‥くそお!」
 最後の抵抗とばかり、民兵の運転するトラックを狙い、兵士たちがロケットランチャーを掲げる。だが、そのロケット弾が放たれるよりも早く、兵士の額に穿たれる穴。
「‥‥これで、最後」
 小さく溜息を吐いて、オリガは狙撃銃を捧げ持つ。
「もう良いだろ。大人しくしてろ」
 彼らの背後に回りこんで、ツァディがややきつく告げる。手にしたアサルトライフルの銃口を前にして、彼らの抵抗は止んだ。


「じゃあ何だ。人質を取られてるってのか?」
 ジーザリオの荷台、捕虜達を見張る鈍名の言葉に、兵士が頷く。
「上手い事やりよるよ、バグアも」
 エミールが、吐き捨てるように呟く。
 家族、恋人、住民、街丸ごと。人質は幾らでもとりようがある。責任感の高い者ほど、結局はバグアにより積極的に協力する事となってしまう。
「助かったのは結局、俺みたいに我が身可愛いヤツだけだ!」
 頭を抱えてわっと泣き出す兵士。
 戦闘中に情けを持ち合わせる程ではないが、鴉は、しかし完全に割り切る事もできない。
「無駄死にさせたかな‥‥」
「そんな事無いと思うよ」
 黒桐が発した突然の言葉に、皆の意識が集まる。
「互いに、そうするしかなかったんだ。諦めじゃなくて、ね」