●リプレイ本文
●英国工廠へ
ロンドン本社にほど近い第三工廠。
「アンジェリカ・ヤン、空戦部隊で管制を担当しているわ。宜しく」
涼しくも鋭い瞳のアンジェリカ 楊(
ga7681)が、右手を差し出す。
彼女の挨拶をきっかけに、傭兵達は互いに名を名乗り、一通りの挨拶を済ませ、施設へと脚を踏み入れる一同。
「警察用KVですか‥‥こんな依頼は初めてですね」
「う〜‥‥私は考え過ぎで頭がオーバーヒートしそうです‥‥」
風雪 時雨(
gb3678)の呟きに、猫屋敷 猫(
gb4526)が答える。何だか知恵熱でも出ているかのような表情で、ややふらふらと歩いている。
「うーっす、そいじゃあ、コレ、制服。んで、こっちはIDカード」
ルーシーが段ボール箱の中から取り出す制服。
パリッとしたビニールに包まれた第三工廠の制服が八着。それとIDカードに、ストラップ型のフォルダーを配った。
「失くすと部署のゲート潜れなくなるから。一生外に出られなくなるから、そこんとこヨロシク」
「えっ!?」
無意味な冗談を真に受け、眼を丸くする潮彩 ろまん(
ga3425)。
笑って意に介さぬルーシーは放っておこう。大丈夫だからとアンジェリカに諭されつつ、ろまんも更衣室へ向かった。
「わーっ、この制服、凄く格好いい♪」
薄色を基調としたツナギ風の制服に大騒ぎのろまん。
男性用は水色を、女性用は赤色に染められており、背中には英国王立兵器工廠のロゴが刺繍されている。
「あっ、そうそう。それから、コレも」
ルーシーが思い出したように配る、一枚のカード。
そのカードには、各傭兵の写真と共に、有効期限、そして社員食堂云々の文字。労働組合発行のようだ。
「こいつは良いな」
意外な儲けモノだと、ツァディ・クラモト(
ga6649)はカードをポケットへしまいこんだ。
●古今東西
「んで、こちら警察署のゴートンさん。そいでこっちは、英国工廠の社員さん」
会議室。ホワイトボードを前にしたルーシーがそれぞれを紹介する。
「さて、んじゃ、そろそろ会議を始め‥‥」
「はいはいっ!」
言い終わらぬうちに、ばっと手を挙げるろまん。
何事だろうと促されるや、手荷物の中から一枚の画用紙を取り出す。
「はーい、ボク、完成予想図描いてきましたーっ!」
警察の担当者がぽかんと口を開けている。
それもそうだろう。彼女が掲げた画用紙には、まるで風雨にさらされて潰れてしまった案山子のようなイラストが、しかもクレヨンで描いてあるのだから。
「おおーう! 子供は夢があって良いなぁ。そーいうの好きよ」
一方では腕を組んでうんうんと頷くルーシー。
だがとにかく、デザインの話はまた後ほどという事で、彼女の画用紙は一旦下げられた。
「少し確認させてもらって良いかねェー?」
眼鏡をかちゃりと揺らし、獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が手を挙げる。
年嵩で言えばろまんと大差ないが、まとう雰囲気はかなり違う。
「一応、警察がKVを欲する理由を再確認しておきたいのだよ」
具体像を把握する為、多少繰り返しになるものの、獄門は改めて質問した。
彼女の想定する範囲では、組織的行動の外にあるはぐれキメラ、バグアによって強化された犯罪者ではないかとした。
「そうですね‥‥後はそれだけではなく、警察でKVを運用できれば、軍の戦力に余裕を持たせる事も可能です。あとは市街地における――」
「少し、良いですか?」
発言を求めた時雨に対し、頷く。
「今回の警察用KVですが、つまり、その市街戦が重要なのですよね?」
「えぇ、まぁ」
「でしたらやはり、変形機構のオミットを生かして小型化しましょう。そうすれば小回りもききますし、幅も取りませんから」
彼の言葉はもっともだった。
「私も賛成よ。AU−KVと既存KVの中間、それぐらいのサイズにできれば良いわね」
「うむ。従来機より小型にまとめた上で、格闘戦に的を絞ったらどうかの?」
アンジェリカや七海 鉄斎(
ga5260)の口から、次々と賛成意見が出される。
従来機並みのサイズを維持するとした意見は無く、小型化の流れは確定だろう。であれば、機体を小型化させた上で、どういった性能を保持すべきかだ。
七海老人の提案は続く。
「街中でドンパチをやるには、制限が多過ぎるからの。それに、英国警察は警棒以外の武器はあまり持たんと聞く。なら、先ずは使う者の流儀に――」
「いや、ちょっと待ってくれないかねェ」
ずずいと身を乗り出させる獄門。
「デザインにも関係する事なんだが、世界各地の警察に対応できる方が応用が利くと思うのだよ」
「ふむ‥‥」
獄門の言葉ももっともだ。
着物姿の七海は、落ち着いた所作で顎に手をやり、眼を閉じて考えを巡らせる。その様子に、言葉を繋ぐ猫。
「まずは攻撃出力より、命中精度を優先したらどうかな?」
「そうね。ただ‥‥」
猫の席へ振り向こうと、アンジェリカが身体を捻る。どうでも良い事だが、何をしようと変化の無い胸元が、傍目に少し虚しかった。
「確かに命中精度は重要よ。ただ、元々生身では対抗しきれない敵へ対処する為のモノだもの。パワーを落とし過ぎては目的を見失ってしまうのではなくて?」
「うな〜、なら、リミッターを搭載するのはどうかなぁ。対ワーム、対キメラ、みたいに、目的に応じて何段階か搭載するの」
可能なのかな、と問いかけて、ルーシーへと顔を向ける猫。できない事は無い筈だと、ルーシーは大きく頷いた。
「ね。それに、周辺への被害を抑える為にも、回避性能より装甲や耐久性が重要だと思う。あとは錬力の容量を大きめにして、長時間の活動が可能だといいかな」
「いえ、待って下さい」
先程まで静かだった春風霧亥(
ga3077)が、ふいに口を開く。
「組織的な運用が前提になる以上、援護や補給面では十分な支援を受けられるでしょうから、燃料タンクはさほど大型である必要は無いでしょう」
確かに道理だ。
猫としては十分な容量が欲しいと考えていたが、その論拠となるものが不足しているので、霧亥の主張の方が説得力がある。それに、そのように組織的運用を前提とすれば、他にも幾つかの要点が浮かび上がってくる。
「集団で戦う以上、劣っている部分があると弱みになります」
同じ機体を同時に運用する以上、それは歴然たる事実だった。
このKVが苦手とするタイプの敵が現れれば、数機のKVが互いに援護しあったところで苦戦は免れない。また彼は、コスト面の問題もあげた。弱点を作らない事は重要ではあるが、あまり高価格にすれば組織的に運用する為の『数』が絶対的に不足してしまうのだ。
「ですから、平均的でありながら、突出したひとつの性能を獲得した機体、というのが俺の意見です」
それが、今回の場合は『器用さ』という事になる。
ツァディやアンジェリカ達にとっては命中精度の事が器用さの指針と見做せたが、彼としては、地形への適応力が高く、小回りの利く事も一種の器用さと考えられ、相談は足回りの事へと移っていった。
足回りの提案では、時雨がイニシアティブを得た。
「脚部は、KVのスカイスクレイパーのような構造にする事を提案します。これはタイヤを利用した急速反転や、ある程度のスピードに対応する為です」
立ち上がり、説明を続ける時雨。
「走るなどのモーションは、タイヤをロックすることで解決ができます」
「私もタイヤの搭載に賛成かな」
顎に手をやり、首を傾げる猫。
「それに、タイヤでの走行が可能なら、道路を傷付けずに済むしね」
●街のおまわりさん
落ち着いた様子で、七海が口を開く。
「提案じゃが、複腕、複座というのはどうかの?」
「複座式?」
「そうじゃ」
ルーシーの言葉に、鷹揚に頷く七海。
「戦闘に特化した主腕と、器用な副腕という感じじゃよ。制御できるなら単座でも構わんがの」
「作業用の腕に戦闘用の腕を被せるのはどーかな?」
更にろまんが手を挙げる。
「作業用の腕にはパワーグローブを使うの。ボク、この前機械をバラして回収しなくちゃいけないお仕事したんだ。でも、普通のKVじゃそんな器用な事出来なくて、敵地の真ん中で降りて分解したんだよ」
だからこそ、そういった機能があれば、搭乗員の危険を減らせるのではないか。もっと言えば、傭兵だってそんな機体を欲している筈だ。実体験に裏づけされたろまんの言葉は、強い説得力をもってスタッフ達に響く。
「それに、悪い宇宙人が、普通の人では作業困難な場所に爆弾を仕掛けるかもしれないしね!」
彼女の言う悪い宇宙人とは、もちろんバグアの事だろう。
うんと頷き、スタッフの方へと眼を転じるツァディ。
「まぁ、それに‥‥駐車違反の移動とか、逃げ出した家畜の回収なんかみたいな、『皆の町の便利屋さん』を目指して欲しいんだ」
「け、警察は便利屋では‥‥」
「だが一番市民と接する職業でもある。違うか?」
「ム‥‥それはまぁ、確かに」
反論しかけた警察の担当者が、ツァディの言葉に口を閉じる。
「私としても、皆さんの提案に賛成です。副腕にせよ、マスタ・スレーブを組み込めば、単座でも複座でも扱えると思いますが」
続けて時雨が眼鏡を掛けなおす。再び、七海が口を開いた。
「ハード面で複座小型化に挑むか、ソフト面で単座制御するか。どう解決するかは技術屋の腕の見せどころじゃろ?」
「そうだなぁ‥‥グローブとっつけりゃ、単座制御でいけるかもしれねえなぁ」
スタッフ達と顔を見合わせ、ルーシーは小さく頷いた。
「武装なぁ‥‥ありきたりなモノしか思い浮かばないな」
ぼんやりと天井を見上げるツァディ。
「そっちの方が詳しいんじゃないの?」
「そうですねぇ」
警察の担当者も腕を組んだ。
傭兵達から出た意見にも、別段目新しいものはない。堅実に電磁警棒とシールドを基本装備、ハンドガン等の銃器はオプションとするもので、他に、ネットやワイヤーといったものも提案された。
弾丸については減装弾やゴム弾、ホローポイント弾。他、トンファーは既存品を改良すれば良いし、シールドは固定式とするか閉開式とするか等、その辺りは多少検討の余地があるだろう。
この辺り、傭兵達に大きな意見の相違は無く、一通りの検討を行った後、話題はデザイン面へと移っていった。
「さて、んじゃ改めて‥‥」
先程受け取った画用紙を机の上に置くルーシー。
潰れ案山子の隣には、『レストレードくん』の文字。レストレードのデザインは元気一杯で微笑ましいのだが、いかんせん、これをそのまま採用する訳にはいかない。
「そうですね‥‥防御性能については、曲線を中心とした装甲が良いんじゃないでしょうか?」
時雨が口を開く。
彼の言う曲線を中心とする、とは、いわゆる避弾経始の事だ。相手の攻撃にもよるが、重量に比べて強力な装甲を施せる。逆を言えば、同じ強度ならその分軽量化、小型化も可能だ。
「そうさねぇ‥‥まぁ、変形機構をオミットする分、デザイン面では制約少ないし。曲面装甲も十分に活用できるかなぁ。多分」
「曲面にするなら‥‥」
覇気無く首を捻るツァディ。
「ちょうど良い。市街地での運用が多そうだし、出っ張りの少ないスマートなデザインが良さそうだ」
ひょいと机を覗き込み、ろまんの画用紙を手に取る。
「市民にとっての正義の象徴、敵にとっての畏怖の象徴、そういう心理的影響も考えるなら、多少趣味の世界に走っても良いかもねぇ」
小さく口端を持ち上げる。
その不敵な笑みに触発されたか、獄門も両手を組み、机に身を乗り出す。
「あとは、世界各地の警察のイメージカラーに対応して、細かい塗装や意匠を施せる様な余地があると良いかもしれないねェ?」
この塗装パターン等々はデザイナーの腕の見せ所だろう。
スコットランドヤードは白黒を基調とした制服だが、他では青や緑を基調とした国も多い。一定のパターンに沿ってペイントを変更する事で各国の治安維持組織で活用できれば、識別も容易になる。
そして――
「あとは、これも良いよなぁ」
「どしたの?」
煙草に火をつけたルーシーは、ろまん作の画用紙に指を向ける。彼女の指は、レストレードくんの胸元を指差していた。
そこには虎の意匠。
例えば、イングランドではライオンを国章としており、警察にもこれら徽章というものがある。これら徽章を、胸やシールドにデザインする事で各国、各部署のカラーが出せるというものだ。
デザイン面はこんな所かと、皆が顔をあげた時、猫が、まさしく猫のようににんまりと笑みを浮かべる。
「それから忘れちゃいけないのが‥‥パトランプ!」
そう、何よりも優先されるべきデザインだ。
どこへ搭載するかは別として、これを搭載せずに警察用とは名乗れない。断じてだ。
●ポリス
「――という訳で、これら二重の意味を持たせてネーミングできるのだよ」
機体名を提案する獄門の説明が終わった。
出された案は全部で。『ライトスタッフ』『ク・シー』『レストレード』『ピースメーカー』『ガラハッド』『ドーベルマン』の六種類。機体の愛称については、傭兵達自身の意見を交換しつつ、警察側で選択する事となった。
「うーん‥‥」
相当に悩みはしたが、ピースメーカーは、さるやんごとなき理由から除外され、ガラハッド、レストレードについては、それぞれ人名という事で除外された。
「ライトスタッフは、むしろこれを扱う警察官達の呼称として相応しいでしょう。後は‥‥」
この選択は難しい。
過去にリリースされた英国工廠製KVは実在する鳥と怪物から命名されており、ドーベルマンとク・シーは、それぞれの系統に合致する。
「ク・シーも面白いのですが、やはり、堅実にドーベルマンですかね」
凡その仕様は決定した。
まず、機体サイズは従来機より一回り小型化。装甲も、変形機能のオミットを利用して曲面を多用する事で避弾経始を重視し、デザインはシンプルに、突起部分を極力減らす。
脚部にはローラーダッシュ、腕部には副腕を搭載。武装は電磁警棒と盾、ワイヤー等を標準装備させ、重火器はオプション。KV本体へのリミッターを搭載も検討する。
肝心の機体性能は命中を筆頭に、柔軟な運動性と装甲によって、敵機を撃破する攻撃能力より、市民生活へのダメージ軽減が最優先される事となった。
「最後にもうひとつだけ」
一通りの会議が終わって紅茶の出された頃、アンジェリカが切り出した。
「AU−KVも、もうひとつの案として推しておくわ」
器用さや、威圧感の少なさといった面では、AU−KVはKVの比ではない。既存機が非力なら、これを強化すれば良いのだ。警察にはじっくり教育時間をとれるという利点もある。カンパネラの思想とも共通する面があり、将来は提携してドラグーンを育ててはどうか、と付け加える。
「‥‥私は、ちゃんと学校には行けなかったしね」
彼女は呟き、少しばかり寂しそうな表情でプイと横を向いた。