タイトル:【Gr】死守命令マスター:御神楽
シナリオ形態: イベント |
難易度: 難しい |
参加人数: 75 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2008/12/31 03:07 |
●オープニング本文
イベリア半島西端の国、ポルトガル。
この国は、同半島における主戦場がスペイン寄りに展開された事もあり、辛うじて国土の安全を確保していた。とはいえ、それはバグアの戦略方針によって生かされているだけにも等しい、極めて脆弱な保障だったのである。
「ご苦労‥‥」
リスボンの基地に降り立ったピエトロ・バリウス中将は軍楽隊によって迎えられた。
敬礼をしてタラップを降りる中将は、軍楽隊に顔を向けながらも急ぎ足にその場を歩み去った。
彼は合理的な人間だ。
こうした儀礼的な歓迎は不要と考えるが、その事を一々指摘して言い争うのはもっと非生産的だ。彼は軍用ジープの車内で秘書から戦況報告書を受け取り、指揮所へと急いだ。カッシングの演説後、ポルトガルへの攻勢を展開したバグアは破竹の勢いに乗り、人類はポルトガル各地で劣勢に立たされている。
だが、黙々と報告書を確認するピエトロの頭の中には、ある種の冷たい確信があった。
●戦線
人間の下半身が、ごろりと転がった。
爆発だ。榴弾と思しき何かが炸裂し、機関銃座を吹き飛ばしたのだ。
「ちくしょう! 何だあのキメラは!?」
頭を抱え、兵士達が逃げ惑う。塹壕の中を走り回る彼等は、迫り来るキメラの大群を前に、絶望的な戦いを繰り広げていた。彼等は劣勢ではあったが、それでも今までは、何とか戦線を維持できていた。
ところが、ダメだしも同然に、新たな敵が彼等に襲い掛かった。
そして奴等の身体には、従来の生体兵器たるキメラとは明らかな違いがあった。キメラは身体の一部が機械化されており、背部にカノン砲を背負い、その高い火力を生かして次々と塹壕を突破した。
「化け物が、くたばれッ!」
幾人かの兵士が対戦車ミサイルを抱え、果敢にも機械化キメラを狙う。
直撃だった。
だが、キメラは爆炎の中、四本足で踏ん張ってこちらを睨んでいた。
「なっ‥‥」
反撃とばかり火を吹く背のカノン砲。
塹壕の中へと榴弾が飛び込み、数名の歩兵が吹き飛ばされ、空へ舞い上げられた。
「くそっ、もうダメだ‥‥!」
ジープへと駆け込んでいく兵士が、一人。
そんな彼の前に、士官が立ちはだかった。
その手には拳銃が握られており、彼は、兵士に拳銃を突きつける。
「敵前逃亡は銃殺だ。配置に戻れ!」
「ふざけるな! 俺はこんな所で死ぬ気は‥‥あ、あぁ‥‥」
士官に食って掛かった兵士が、わなわなと震え、後ずさる。
自分を影が包み、士官は何事かと眉を持ち上げた。その背後で、ドシンと大きな音がする。その音に、わっと叫んで兵士が逃げ出したが、それを負う事も忘れ、彼はゆっくりと振り返る。
ゴーレムが一機、彼を見下ろしていた。
「ハハハ‥‥」
思わず、乾いた笑いがこみ上げた。
直後、ゴーレムがショットガンを掲げた。
●陣地
「退却しましょう。でなければ全滅します」
野戦テントに駆け込んだ尉官が、わき目も憚らず絶叫した。
無精ひげの男がぎろりと彼を睨み据え、突き飛ばす。
「うるさいな、黙れよ! 死守しろ、死守しろ、上から降りてくる命令はそれだけだ」
上官らしいその無精ひげの男は苛立たしげに椅子を蹴りあげる。
偵察隊がキメラを中心とした侵攻部隊を確認したのは数十分前。予測される敵到達時刻は一時間後。
しかも、敵部隊は機械化されたキメラに、ゴーレムまで擁する強力な編成だが、彼等の装備は極めて脆弱だった。陣地は多少の土嚢に鉄条網、幾つかのテントが並ぶだけの粗末なもの。前線の部隊が命令に従って次々と退却してしまった為に、最前線に突き出た格好となってしまったのだ。
しかも、駐留する部隊は敗残兵と負傷兵の寄せ集めで、まともに戦う事すら可能かどうか。
「あのぴーたんのヘビ野郎! 先に死んだら地獄に引きずり落としてやる!」
指揮官は再び椅子を蹴り、包帯で吊った片腕を振り回した。
テントの中では指揮官が八つ当たり気味に荒れる一方、テントの外では、兵士達が不安そうにテントを覗き込んでいた。志願兵や徴用兵、兵士になった経緯は様々であったが、皆、一様に若かった。
彼等は、自分達の指揮官がヤケクソになっているのを見て唖然とし、かといって戦争のやり方も解らず、互いに顔を見合わせるしかない。
「――ここの指揮官はどこか!?」
「誰だっ!」
突然の声に、振り返る。
「モーリス・シュピルマン准尉、傭兵監査官です」
「傭兵だと? 監査官風情が今更何の用だ?」
その質疑を受けて、モーリスは小さく笑みを見せた。冷汗混じりの、乾いた笑みだった。
「選手交代をしに、ね」
●命令は死守
テントの外に数台の軍用トラックが止まる。
荷台に腰掛けていた傭兵達は、それぞれの得物を手に次々と飛び降りた。
改めて、彼等は陣地を見渡した。
周囲は鬱蒼とした森林が続き、幅200m程度の平坦な谷あいに四車線の幹線道路が伸びている。もちろん、谷あいと言うだけあって両脇には山が走っており、周辺で大きな道路といえば、ここだけのようだ。
陣地はその途中の森林を切り開いた場所に陣取っており、道路を両側から挟んで交通を制限していた。とはいえ、この陣地が脆弱なのは先に述べた通りで、周囲を鉄条網で囲い、二車線を残して道路を土嚢封鎖しただけの簡素なものだ。
だが、UPCがここを死守できれば、敵に山越え、もしくは大幅な迂回を強いる事ができる。と同時に、ここを突破されれば、緩やかな幹線道路を通って機動戦力がどっと雪崩れ込んで来る事となる。
文字通り死兵となって敵の攻撃を防がねばならないのだ。
敵戦力――不明。
命令――死守。
この依頼にサインした時点で、一切の撤退は許可されない。
戦力の再編に必要な貴重な時間を獲得する――そう言えば聞こえは良いが、つまり、捨石だ。時間を稼ぐ為に死んで来いと言う事だ。
傭兵達は到着と同時にありったけの火器を集めたが、武器は乏しかった。傭兵達の手元にあるのは、幾許かの重火器と突撃砲が一台だけ。あとは自分達が持ち寄った武器だけで、再編が完了するまでの数時間を稼がねばならない。
「‥‥これで全部か?」
だが、依頼を受諾してしまった以上、今更愚痴ったとて仕方が無い。
彼等は互いに頷きあい、迎撃準備に取り掛かった。
●リプレイ本文
●失われた小隊
傭兵達で一杯になった野戦テント。
その顔ぶれは千差万別だった。無月のような、大規模な小隊の隊長を務める者がいる一方、傭兵としての活動を始めたばかりの者もいる。
この場において、彼等の立場等は何の意味もなさないだろう。
皆、一兵士として、それぞれの全力を発揮するまでだ。
全員が集まったのを確認すると、モーリスは地図を皆に提示し、小さく頭をさげる。
「基本的な作戦目的は、先程お話した通りです。皆さんのご協力に、感謝致します」
集まった傭兵は、総勢73名。おおよそ二個小隊に匹敵する規模だ。集まった傭兵達を見回して、赤崎は腕を組む。
「しかし、よくもまぁ、こんな死地にこれだけの傭兵が集まったもんだ」
「見事なまでに戦場なのに、ね。しかも負け戦の香り」
「けど、ここで抑えないと、また沢山の人達が不幸になるんだろ?」
思わず苦笑を浮かべる水流。そんな一言に、ファルロスが口を差し挟む。
雑談もそこそこに、彼等はおおまかな任務の分担を確認すると、早速作業に取り掛かった。敵が到着するまで、さほど時間が無い。今は何より、準備の為の時間が惜しかった。
●事前準備
沈み行く太陽を眺めるさらら。
「この一時間が勝負ね‥‥」
そう呟き、構築を始めた塹壕へと眼を向ける。
KVが無い以上、傭兵達の生命を守る最も重要な存在、塹壕。
幾ら能力者とはいえ、ゴーレムや大型キメラの一撃をくらえばただでは済まない。半数近くの傭兵達は、この塹壕掘りに時間を費やす事となった。
「発破をかけるよ‥‥皆、少し下がって」
アル・ラハルの声が聞こえる。
慌しく動く傭兵達が塹壕予定地から離れると同時に、連続して破裂音が響いた。路面のコンクリートを吹き飛ばして穿たれる穴。蛸壺を開けると、土竜爪を装備した緋沼が取り付き、それらを塹壕状に広げていく。
腰よりも深く掘り下げられる塹壕。
「杭はもう少しそっち、深く突き立ててちょうだい!」
手を振るい、他の傭兵へ声を掛けるラウラ。
近隣の森林から伐採してきた木材を杭状にして突き立て、その前面には、エアハルトらによって残骸や瓦礫、或いは土嚢等が積み上げられた。
「この『戦場の匂い』‥‥懐かしいなぁ」
くつくつと喉を鳴らすアッシュ。
「リーゲン君、土嚢、積みましたよ」
「突撃砲はこれで良し、と」
突撃砲の背に昇る覚羅と九郎が、最後の土嚢を積み上げた。九郎はそのままレオパルドを飛び降りると、ジーザリオへと取り掛かる。周囲には撃ち捨てられた装甲車の残骸。
これらを可能な限りジーザリオへと貼り付け、少しでも防御性能を強化する事にしていた。一時間では完璧に仕上げる事は叶わないだろうが、何事にせよ、やらないよりはマシだった。
「一般兵の退却は完了しました。動けない方も含め、全員です」
AU−KVの中から、隼瀬が顔を見せた。
ちょうど最近、壊れやすいものを、AU−KVに身を包んだまま丁寧に運ぶ訓練を受けてきたばかりだ。重傷を負った一般兵も、傷口が開くような事は無かったろう。
「ご苦労様です。それから、無線のチャンネルですが‥‥」
依神を出迎え、無線機を片手に歩み寄り、アルヴァイムが無線をあわせる。戦闘開始に向けた準備は、何も物理的なものだけではない。
先程は全員の時計を合わせたし、今は、数名の傭兵が周辺地勢の把握に動いている。
「よし、これで一通り捉えたかな」
「こんなところでしょうね」
地図を前にしていたアランとフェイスが、顔を上げて一息吐いた。そのまま休む暇も無く、前線の築陣へと向かい、仮設本部を後にする。
『アー、アー、無線テスト。皆さん、地図を区分けしましたので、大まかな内容をお知らせします。東から順に‥‥』
アランが無線で皆へ連絡を入れる傍ら、終夜はじっと地図を睨む。
敵がどのように現れて、どういった攻撃を仕掛けてくるかは、実際に接敵してみなければ判らない。だが、敵はこの一本道を前進せねばならない。おおよその見当をつける事は可能だ。
額を突き合わせるアルヴァイムとファファル。
「――そして突撃砲がここですね。解りました」
アルヴァイムは軽い会釈と共に車へ戻り、対戦車砲を牽引して配置箇所へと向かう。既に対空砲を設置し終わっているファファルは、土嚢へと腰掛け、懐から煙草を一本取り出した。
「もうすぐ一時間、ですね‥‥」
腕を組み、じっと黙っていた神無がふいに口を開いた。
「あぁ。忙しい一日になりそうだな」
ふっと煙を吐き出す。
皆それぞれに千差万別の心構え、精神統一の手段がある。誰もが厳しい戦いになる事を予測していた。とはいえ、ファファルにとっては制空権を敵にとられていないだけマシ、とも思えてしまうのだが。
●接触
雑草へ埋もれるように流れる銀髪の中、木々の隙間を抜ける羽音に、アイロンが顔を上げた。彼女が潜んでいるのは、幹線道路両脇の山腹。敵の奇襲や迂回攻撃を警戒してのものだった。
その特徴的な羽音から、おそらく昆虫型であろうとの想像はつく。問題は、数だ。彼女はじっと息を殺し、キメラの様子を窺う。視界の中にちらつくキメラの影。
(数は‥‥2‥‥いや、3匹?)
これならば勝てる。そう判断した彼女は、気配を殺したままアルファルの弦を引き絞った。
「アイロンさんから報告。E−1、山林の中で敵小型キメラ3と接触し、これを撃破したとの事です」
アランの言葉に、テントの中で緊張が走る。
そしてその緊張も解けぬ中、新たな報告が舞い込む。
『こちら抹竹。キメラと接触。同じく小型で、少数です』
連続して舞い込む接敵、及び撃破の報告。少数の小型キメラが、全域に渡って姿を見せた。その目的はおそらく、偵察。キメラを中心とした軍勢と言えど、ある程度統率された行動を取ってくるらしかった。
『こっちでも確認しました。道路の上を一直線に駆けて来ます』
小高い岡の上、周囲をクレイモアで固め、九蔵は双眼鏡を手にしていた。
正面から突っ込んでくる少数の敵等、塹壕に沿って引かれた防衛戦で簡単に始末できる。だが、偵察であれば、敵キメラは射程外からこちらの様子を窺い、さっさと引き上げてしまうだろう。
である以上、当然――
「‥‥来たわね」
「よっしゃ、飛ばすぞ!」
アンジェリナの言葉に、九郎はアクセルを踏み込む。
砂利を巻き上げるジーザリオが敵の現れたという方角へ向かう。彼等遊撃隊C班に続き、D班がジーザリオを走らせた。彼我の距離は所詮数百メートルたらず。陣地へと向かうキメラの正面を、彼等は素早く捉える。
急ブレーキを掛けるジーザリオから飛び降りる絶斗。
現れた傭兵を前に、狼型のキメラは唸り声をあげて威嚇する。
「よおし、一気に始末をつけるとしよう」
鴉がハンドルを切って車が動きを止める。先行するC班を援護する為、クライブとユーリの二人が大口径ガトリング砲を構えた。KV用に開発されたような化け物から、一斉に銃弾が吐き出される。
圧倒的な弾丸の嵐に煽られて、数匹のキメラはのた打ち回り、背を向けて退却に転じる。
「逃がさん‥‥」
その背を追い、アンジェリナが駆けた。
夏落と氷雨の二本を手に、彼女は地を蹴り、キメラを追い抜く。直後、手負いのキメラは呆気なく血を吹き上げ、どうと倒れた。
●襲撃
遊撃班が敵の偵察を迎撃した後、戦場は異常なまでに静かだった。
彼等が作業を開始してからの一時間に加え、十分、二十分と時が過ぎて行く。
「‥‥不気味ですね」
ふと、天が漏らした。
塹壕の中から顔を出す渡鴉班の面々。
「もしかすると、こちらの戦力を測りかねてるのかもね」
感じたまま口にする昼寝。隣の起太はそんなものかな、と空を見上げたが、朔夜は、あながち間違っていないのではないか、とそれに応じた。先の偵察キメラを撃ち漏らしていないとすれば、可能性が無い訳ではない。
「このまま来ないでくれると良いんですけどねー」
苦笑いをして、ゴーグルの位置を直すウォンサマー。
彼等の任務は、あくまで求められた時間を稼ぐ事にある。敵が攻撃を躊躇すれば躊躇しただけ、任務達成に近付くというものだ。だが――
「そうも言ってられないみたいですよ」
「やァ、やっと来ましたか」
暗視ゴーグルで前方を眺めていたエアハルト。彼の言葉に、翠の肥満は溜息を吐き、頭を出して敵の様子を窺う。比留間もまた、同様に顔を出して敵を眺める。
その数を正確に数える事は出来なかった。
秋月ら、高所に陣取った偵察班からも連絡は入るが、正確な数は尚も不明だ。
「何とも素敵な地獄です‥‥」
「逃げ出すなら、今のうちですぜ?」
「まさか‥‥と言っても、覚醒状態でなければ、逃げ出したかったですね」
翠の肥満の一言に微笑んで応じる。
「いいかお前ら、まだ撃つなよ?」
ニッと口元を釣り上げ、フェブが銃を構える。
彼等ガンアンツ小隊を初め、塹壕内の傭兵達は、頭を下げて肩をすくめ、キメラの接近をじっと待ち構えた。榴弾から身を守る為、塹壕は深く掘られている。前面には障害物も詰まれており、あると無いでは安心感が段違いだ。
「あと少し‥‥あと少し‥‥」
こちらの存在を知ってか知らずか、キメラは遮蔽物に身を隠す事も無く、勢いを殺さぬままに突き進む。
「――撃てえッ!」
響く号令。
比留間の構えるパンツァーファウストが小さな破裂音と共に先頭集団へと飛ぶ。
号令を合図として、第一次防衛ラインの各所から、一斉に火線が走った。弾幕に歓迎されても尚進もうとするキメラだが、その先頭集団は、塹壕へと踏み込む前に力尽き、膝を折って路面に転がった。
肉を裂かれ、血を吹き上げ、転がるキメラはそのまま障害物と化す。
それは、こちらの弾丸を防ぐと同時に、突進するキメラ群にとっても障害となった。
「甘いわ」
仲間の屍を飛び越えたその柔らかな腹目掛け、さららは躊躇無く引き金に力を込める。
キメラは中空で腹を撃ち抜かれ、飛び上がった勢いそのままに地へと叩き付けられる。
当初は遠距離射撃を中心に迎撃していた彼等だが、何分キメラの数が多い。ごり押しを続けるキメラを前にして、弾薬補給等の隙を突かれ、一匹、また一匹と接近を許してしまう。
「昼寝!」
起太が声をあげた。
「オーケー!」
その声に若干のタイムラグを続けさせ、シエルクラインの引き金を引く。昼寝がすっと下げた右肩を掠め、サーベルタイガーのようなキメラへと数発の弾丸が吸い込まれる。昼寝はその弾丸の後を追ってキメラへと接近し、手にした爪で以ってその胴へと深い傷を刻んだ。
連続した攻撃に煽られ、ふらふらとその場を逃れるキメラ。
「随分と数を揃えたものだね‥‥!」
不用意なその動きを捉えて、ヒューイが十字剣を振るった。横薙ぎに力の限り斬りかかり、相手の頭部を、その巨大な牙ごと叩き切る。
「かなり高評価されてるらしいな‥‥だが、やらせん!」
塹壕の射手へと迫る敵の前に、天は立ちはだかった。
そんな中、突然に。
「皆! 伏せろっ!」
誰かの声に、第一陣の傭兵達はサッと塹壕へと隠れた。
直後、大規模な爆発が巻き起こり、地面に沿って衝撃と爆炎が走る。逃げ遅れた傭兵は爆炎をもらい、ズタズタになって塹壕の中へと転がりこんでくる。
ウォンサマーの警告が無ければ、更に怪我人が出ていたろう。
「‥‥危なかった」
ぬめりとした液体を額に感じて、フェイスは溜息混じりに手をやった。
額を切ったせいで、軽く血が流れている。
「今の敵は、どこから?」
暗視スコープを降ろし、周囲を見回すクラーク。
遠方に、背中から火球を吐き出す大型キメラがあった。情報にあった、砲戦に特化した機械化キメラだろう。
塹壕からの連絡を、ローランドが受け取ると共に、ガリガリと音を立てて回転するキャタピラ。
「徹甲弾を」
「了解だ!」
周防の要請に従って弾薬を詰めた直後、シュツルム・レオパルドは正面に敵を捕捉する。四足で立つキメラの放った砲弾が、レオパルドの正面装甲に炸裂する中、周防は躊躇無く引き金を引いた。
(先手を取られたね。けど‥‥)
その弾丸は最前線の傭兵達を飛び越え、機械化キメラを貫く。
盛大な爆風に煽られてか、あるいはその大型キメラを失したからか、一時的に敵の攻勢が弱まる。そして、その隙を逃す訳にはいかない班があった。
「敵ん動きが弱かなったとね!」
「ちと揺れるが‥‥飛ばすぞ」
無線を手にした北柴を背後に乗せて、直人のAU−KVが走った。
その後を追うように、トラックのアクセルを踏む兵衛。荷台には、数名のサイエンティストが救護班として乗り込んでいる。先程の砲撃だけではない。戦闘が続けば負傷者が出る。それを、そのままにしておく訳にはいかないのだ。
前線に到着したトラックから、クラリッサやヴァイオンらが次々と降り立った。直人らが武器を手に救護班を護衛する中、重傷者の出た塹壕へと滑り込み、キャンプシートを広げるクラリッサ。
(‥‥再び戦わせる為の治療‥‥矛盾していますわね)
だが、能力者になった時から、既に覚悟していた事だ。
救護班は愚痴も零さず、黙々と治療にあたる。
「やり方が解らないなら教える。軽傷者は自分で治療してくれ」
リヴィエラがエマージェンシーキットを置き、フェイスへと道具を投げる。無視はできないが、されど重傷でもない――そういう怪我の場合は、傭兵各自が自力で治療する事で負担を軽減した。
「誰か、担架をお願い!」
護衛にあたっていたラブラードは、シールドを背にぶら下げたまま、クラリッサの求めに応じて担架を担いだ。砲弾の飛び交う中、素早くトラックへと向かうラブラード。担架をトラックへと担ぎこむと、そのまま盾を手に敵の攻撃を防ぐ事に専念する。
「こちら救護班。本部へ。これから重傷者を運び込みます! ‥‥グッドラック」
「‥‥なんて数だろ」
トラックへ迫るキメラを追い払いながら、ヴァイオンは思わず呟く。
自分が死ぬのは良い。諦めもつく。だが、それではあの人が悲しむだろうかと、ふとそんな事も考えた。
迫るキメラに次々と弾丸を浴びせ、ヴィーグリーズは素早く動く。
般若面の奥から敵を見据え、次々と対処していく彼だが、完全に押し留めるのは不可能だった。
「‥‥抜かれたっ」
横振るいにサブマシンガンを向けるが、その弾丸を避けて、キメラが塹壕を乗り越える。
しかし、背後に難民キャンプでも広がっているならともかく、背後に構えるのは第二防衛線だ。
「あはは♪ ここを通るには通行料が要るのよ?」
「通行料、ですか?」
神無月から銃の扱いを指南されていた美環。彼が、神無月の一言に首を傾げた。
「そうよ‥‥通行料は命かしらぁ♪」
「あはは、それは良いですね!」
蒼河が苦笑いで応じ、ガトリングガンを構えた。
突破した敵を片付ける以上、前線には味方が居る。めくら撃ちをやる訳にはいかないが、一匹一匹へ攻撃を集中させる事は可能だ。
るなと拓人の二人がキメラの機動を阻害すると、その脳天を一発の弾丸が貫いた。
「狙い撃つ‥‥狙い撃つ‥‥狙い撃つっ!」
イスルのライフルが正確に敵を狙う。五発撃ち、リロード。その隙を補い、響がアサルトライフルを構える。
「響くん、バッチリです♪ その調子で防衛完遂しましょう!」
るなの一言が、『星の見える家』各員に笑みを浮かべさせた。
前線を突破する敵は、その多くが撃破されていくが、しかし、突破可能な防衛線をそのままにしておく理由は無い。
ファイナの運転するジーザリオの車中、楓姫が無線を手にする。
「母さん、聞こえる?」
『解ってるわ。それより、そっちこそ解ってる? 死んだら、負けだ。良いか、死ぬなよ‥‥』
無線機からの声に、無言で頷く楓姫。
その向こう側では、まひるが自分のチェーンソーを担ぎ上げ、じっと身構えていた。
前線へと到着した彼等二班は、突破を試みるキメラを発見するや否や、一斉に襲い掛かった。
(カッシング‥‥また‥‥こんな変なモノ‥‥)
前面の強化されたキメラが、弾丸を弾きながら突進する。
リュスがアルファルの弦を引き絞り、急所突きを以って敵を狙い定め、肩の力を緩めた。指先を離れた矢が空を切り、装甲と装甲の隙間を貫いた。
「アルヴァイム! こちらFノ4。キメラの群れ、見えるわね!?」
『把握した。顔を引っ込めてくれ』
数秒の後、榴弾の爆発がバラバラとキメラの群れを巻き上げる。
数発の支援と共に傭兵達が攻勢を仕掛けると、突破寸前にあったキメラの群れは、たまらず引き下がっていった。
●夜戦へと‥‥
戦闘開始からおよそ1時間。日は既に沈み、辺りは既に闇夜に包まれつつあった。
「とうとう来た、ね」
RPG−7を肩に担ぎ上げ、水流はニヤリと笑みを浮かべる。
塹壕最左翼に、現れた。
ゴーレムだ。
「こちら水流。ゴーレム一機確認、と!」
RPG−7の弾頭が飛ぶと共に、盛大なバックブラストが暗闇の中で輝く。スーサイド・ウェポンと呼ばれる所以だ。
大地を踏みしめ、駆け足に迫るゴーレム。
遠目に見ても過分に威圧的なその巨体が、シールドを構えた。爆発をシールドで弾き返しつつ、その動きを止める様子は無い。流石と言うべきか、真正面からどうにかできるものでは無いらしい。
『危険だ、一度後退しろ』
無線から聞こえた漸の言葉に、退却する水流。
その後姿を狙って、ゴーレムの手にするマシンガンが火を吹く。
「させん――」
味方の弾幕が飛び交う最中、闇夜に紛れて、人影が駆け抜ける。
ゴーレムは、迫る人影へと攻撃対象を変更するが、一手遅い。マシンガンが再び火を吹いた頃には、その姿は無く、人影は宙高く跳びあがっていた。
「――鬼哭」
一閃。
鳴神と、彼女の鬼蛍が発射炎の光に浮かび上がる。
一寸遅れてゴーレムのシールドが、保持する腕ごと落下して大地を鳴らす。
「今だッ!」
漸の言葉と共に、四方から一斉に攻撃が浴びせられる。傭兵達は、ゴーレムが水流や鳴神を相手にしていた間に、ゴーレムを半包囲下に引き込んでいた。
「面倒、だが‥‥」
西島のグラファイドソードから、ソニックブームが放たれる。
ゴーレムは、鳴神の一撃で既にシールドを失している。元来保持している装甲のみで半包囲攻撃に晒され、ぐらりと揺れる。その隙を狙って、アキラが塹壕から乗り出した。
彼女の放ったS−01の攻撃を弾きつつも、ゴーレムは尚も活動を止めない。
瞬天速による素早い機動で足元へと潜り込むアキラ。狙いは、ゴーレムの脚部のみ。彼女は脚部関節を狙って間断なくレーザーブレードを振るった。
だが――
「何っ!」
ゴーレムはその攻撃をものともせず、彼女目掛けてマシンガンを放った。
この様子では、先程のS−01の方がまだダメージを与えていた。しくじった――そう判断すると同時に瞬天速での退却をはかるアキラであったが、一瞬の驚きが、彼女に隙を生んでいた。
退却途上、近隣の着弾に煽られて、身体を裂く苦痛に顔を歪める。
「塹壕へ。早く」
ゴーレムの後に続けと殺到するキメラ群もまた、彼等にとっては強敵だった。ユーリの放った弾頭矢がキメラの群れで爆発するが、止まる様子も無い。
「さぁ、さっさとゴーレムを黙らせるとしよう!」
遊撃隊D班に所属するクライブが、車上でパンツァーファウストを構えた。鴉共々、動きの鈍ったゴーレムの側面へと叩き込む。アンジェリナら遊撃班C班もまた、彼等D班の前面に展開し、次々と攻撃を仕掛けた。
四方八方から攻撃を受けたゴーレムは数回の小爆発を起こし、遂にその動きを止めた。
ゴーレム撃破の報が傭兵達を駆け巡る。
だが、それに喜んでいる暇も無かった。
反対側の右翼にもまた、ゴーレムは現れていた。シールドを前面に押し出して無理矢理前進するゴーレム。傭兵達は左翼と同様、これに四方八方から攻撃を加えたが、いまひとつ決定打に欠けていた。
対するゴーレムは隙を見てショットガンを放ち、傭兵達は負傷によって一人また一人と退却を余儀なくされてしまう。
それでも、そのまま押し切られてしまうかと思われたまさにその時、レオパルドや対戦車砲からの援護射撃が、ゴーレムを打った。ゴーレムは盾によってこれを受けるが、流石に大口径砲を防ぎきれるものではない。
砲撃をまともにくらって、ゴーレムは一歩二歩、ぐらりとよろめく。
その隙を逃すまいと、銀髪がなびいた。
「生身だからと侮るなよ‥‥!」
「朔、迂闊だ!」
天が、朔夜を押し留めんとして手を伸ばすも、彼の素早い動きに追随しきれない。天の声を背に走る朔夜は、その途上で貫通弾を装填しつつ、ゴーレムとの距離を一気に詰めた。
狙うはただ、ゴーレムの撃破。
ゴーレムが気付き、ショットガンを構えた頃にはもう遅い。彼はゴーレムの下部に回り込み、関節部へと銃口を向けた。二丁のデヴァステイターが連続して銃声を響かせる。
貫通弾だけではない。様々なスキルを用いての、拳銃とも思えぬ大火力。死角を狙われたという点もあろうが、砲撃で生じた隙を突く事により、ゴーレムが瞬く間に煙を噴き上げた。
だが、最後の一手が、足りなかったのか。
関節から火を吹き上げつつ転倒するゴーレムであったが、その手の掴むショットガンが朔夜目掛けて唸った。
「クク‥‥ハハッ、そうでなくては戦う価値がない!」
土埃の中、わき腹を押さえて笑い声をあげる。
どさりと倒れた彼の元に、天とヒューイが駆け寄った。
手負いと見て殺到するキメラ。負傷した朔夜を庇ってヒューイは戦うが、キメラの数が多過ぎた。多勢に無勢で、完全に防ぎきる事は不可能だ。
「下がるんだ、早く!」
迫るキメラを薙ぐが、群れに紛れて、唐突に何かが伸びた。
爬虫類の形をしたキメラの口から伸びた舌が剣のように鋭く尖り、ヒューイの脇をすり抜けて、朔夜へと襲い掛かる。やられた――心中で舌を打ったその直後、銃声と共に舌が勢いを失い、縮こまる。
「乗るんだ、早く!」
運転席でハンドルを握るレティが吼えた。
敵中にジーザリオが突っ込むと、荷台に待機する篠原が攻撃を加える。
「早よしい! こんなトコで死んだかて、かっこよくなんてない! 生き残るんや!」
篠原の構えた大口径ガトリング砲が敵を怯ませ、蹴散らす。
ガトリングがカラカラと音を立てれば、彼女はそのままショットガンを手にした。彼女の肩口に噛み付くキメラ。その顔面目掛け、ショットガンの引き金を引く。
「次から次へと‥‥キリが無い‥‥!」
「本当の地獄は、まだまだこれからだ‥‥行くぞ。掴まれ!」
彼等を収容するとほぼ同時に、レティは再びアクセルを踏み込む。
(もう少し頑張ってくれ、相棒)
土煙を上げて走り出すジーザリオ。心の中でジーザリオに語りかけながら、レティはハンドルをさばいた。
●第二防衛線
何とか第一次防衛線を保持していた傭兵達だが、敵の攻撃は激しさを増す一方だった。絶え間ない攻撃に負傷し、或いは疲弊して、戦いは徐々に劣勢となる。
そして、更なるゴーレムと、その背後に続く砲撃型キメラ登場の報せを受けて、彼等は遂に第一陣の放棄を決めた。既に、所々では乱戦になりつつある。このままなし崩し的に敵を突破させてしまえば、数に劣る彼等は不利になる一方だからだ。
「よっしゃ、そうと決まれば、派手にいくとするか!」
操縦桿を強く握り締め、アッシュがニヤリと笑みを浮かべる。
「一人で行かせる訳にもね。それに砲撃手も必要でしょうし」
誠もローランドも、最後まで付き合うつもりだ。徐々に離脱する味方達とは逆に、エンジンを唸らせ、レオパルドが前進する。榴弾を敵中へと放ちながら突貫する突撃砲。しかし、重装甲とは言え、突撃砲だ。
元々、突出して敵中に突っ込むには向いていない。
突貫したが為に側面や背面から攻撃を受けると、あっという間に動きを止めてしまった。
「‥‥ミスったな」
負傷した太ももを縛りながら、アッシュが苦笑した。
「だが時間は稼いだ。さっさと離脱しようぜ」
アッシュに肩を貸し、ローランドが獣の皮膚を発動し、自身の防御力を高める。ハッチを開けば周囲は敵だらけで、後方の対戦車砲が支援する中、彼等は急いで後退した。
「やってくれる‥‥!」
もぎ取られた右腕を眺め、絶斗が呻いた。
義手だから良かったが、生身であれば大事だ。
「もう充分だ、俺らも下がるぞ!」
翠の肥満が大声を上げる。まだだと反論しかけた絶斗だが、利き腕をやられたとあっては満足に戦うのも難しい。彼は已む無く、塹壕の中へと駆け込む。
パンツァーファウストの柄を捨て、フェブは溜息を吐いた。
「やれやれ、たまらないな」
もっとも、喰らわせれば満足なダメージを与えられるだけ、昔よりマシだとも思えるのだ。
撤退するにあたって殿に廻った者達が額をつき合わせ、今度は自分達の番だ、と頷きあう。
「そうと決まればさっさと逃げましょ。生き恥さらすんじゃないわよ、クソッタレども!」
塹壕から飛び出すと共に、キメラを切り捨てて突っ切るラウラ。
その後ろに続き、殿に当たっていた傭兵達が一斉に飛び出した。敵の攻撃を背に逃げる傭兵達。そんな中、翠の肥満は懐から怪しげなスイッチを取り出すと、にんまりと笑って力を込めた。
「勝負はこれから‥‥フッ飛べッ!」
直後、地が膨れ上がって轟音が唸る。
その正体は単なる爆薬。フォース・フィールドを突破する程の威力は無いものの、追撃する敵を混乱させるには充分だった。大型のキメラ等は、突然穿たれた穴に足をとられ、膝を突いて横転する。
「ハッハー! ざまァ見ろ!」
「やりましたね。大成功だ」
走りながら、手を掲げるクラーク。翠の肥満とクラークは、パンと手を打ち合わせた。
「遊んでないで早く逃げなさいって」
盾を構える霧香が、ぷうと頬を膨らませる。
直後、降り注いだ弾丸の嵐に、彼女は首をすくめた。眼前に構えた盾を鳴らす着弾。心配せずにはおられない。
「ひゃー、ホントにはよしてくれんと、うちの盾壊れてまうで?」
「こちらファルロス。支援砲撃を頼む」
彼女の背後ではファルロスが銃を構え、無線に要請を出しつつも、迫るキメラを一匹ずつ狙撃する。狙撃眼で多少なりとも射程を延ばし、キメラの先手を取ってその動きを阻害していた。
「やっぱり、少し厳しい‥‥かな?」
その笑みは余裕の表れか。覚羅がガトリングで敵を牽制する。そうして動きを止めた敵目掛け、神浦の長弓、百花繚乱が矢を放つ。大型、中型のキメラを相手にする場合は弾頭矢を用いながら、彼は次々とキメラを撃った。
(守れずとも、支える事はできる筈‥‥)
彼は無口に、ただ黙々とキメラを迎撃する。
月狼の意に背くことはしない。個人で戦おうと、小隊の一員として、誰も死者を出すつもりは無かった。
「ちっとも数が減らない‥‥ですが、ここを通す訳にはいきませんッ!」
ブラッディローズに新しいカートリッジを装填して、文月は敵を見据えた。
塹壕から頭を出すと同時に散弾を打ち込み、顔を引っ込めたら移動する。これを繰り返して一箇所に留まらぬように動き、銃を向ける文月。
だが、引き金を引いた刹那。1,2発の弾丸を吐き出すと共に、銃は鈍い音を立てた。
「‥‥ジャムった!?」
「危ないっ!」
文月に気付いたキメラの反撃。その砲撃から彼女を庇いつつ、ラブラードは塹壕へと転がり込んだ。爆発に晒された背に、血が滲む。
「ごめん‥‥負傷者が出たわ、回収をお願い!」
『こちら遊撃班A、直ちに向かいます』
無線へと応答して車を走らせるファイナ。
助手席のカララクは、ライフルのカートリッジを交換しつつ彼に顔を向けた。
「‥‥最前衛だ。車で大丈夫か?」
「そんな事、言っていられません」
「そうだったな‥‥」
それ以上言及する事もなく、目に付く敵を片っ端から撃つ。
敵味方の弾丸が飛び交う中に車を走らせて、ファイナは歯をかみ締めた。誰一人として、死なせるつもりはない。
暗視ゴーグルを眼に、紫檀は追い縋るキメラを撃つ。
「行って下さい、早く!」
本部付近へと駆け込んだトラックには負傷者と回収班が乗っており、キメラはこのトラックを追ってここまで来たのだ。数は少数。スキルを発動すれば、裁ききれない数ではなかった。
そんな仮設の救護テントに、プエルタが駆け込む。
「重傷者でス、場所空けて下サイ!」
「これで全員だ。今は後退中だからな、少ししたらまた出る!」
彼女と共に負傷者を担ぎこみ、源次は大声を張り上げた。その手には担架が握られており、負傷した傭兵が唸っている。とにかく、次にここを出るまでは、可能な限り治療を手伝う考えだ。
「くそ、俺はまだ戦え‥‥」
「黙ってろ。今は治療に専念だ」
一方で、入れ違いに出口へと向かう傭兵。
「よし‥‥これで戻れる」
「おっと待った」
応急処置が済み、武器を手にする彼の目の前に、斑鳩が立ちはだかった。
「もう万全じゃないんだ。無茶をして、こんなところでくたばるなよっ」
力一杯背を叩く。
「眩さん、包帯を取ってきて下さい」
「よし来た」
貝依からの言葉に、駆け出した。貝依の隣にはヴィネが並び、重傷者の処置に当たっている。軽傷者の治療を一通り終え、麻酔を与えただけの重傷者にやっと取り掛かれた。
「案ずるな‥‥貴様は助かる。私が助けるからな」
患者はひっきりなしに運び込まれる訳ではないし、救護を担当する傭兵も多い。とはいえ、彼等に休む暇は無かった。
「ヴィネさん、止血剤を」
汗を拭えぬまま手を動かし続ける貝依。
眼には汗に混じって涙が浮かぶが、それでも手を止める事は無い。前線も敵に押し込まれてきている。負傷者は、これからまだまだ増えるだろう。
「ボフォースの残弾はまだ多い‥‥って事はや!」
迫るキメラをドローム製SMGで撃ちながら、烏谷は左右に眼を走らせる。
「ここは文字通り生命線。切らせる訳には行くかい!」
第一防衛線の放棄に伴う多少の混乱。これを突き、キメラが突破を図る。先程の罠や、あるいは第二防衛線からの必死の迎撃により、多くのキメラは突破前に力尽きたものの、それでも、少なくないキメラが現れる。
「自分は塹壕に向かいます。装填が遅れるだけならともかく、前線が崩壊したら何にもなりませんからね」
奇襲してきたキメラを大方始末した後、カルマは塹壕へと向かう。
塹壕の傭兵達は、途切れぬバグアの攻撃に晒され、苦戦を強いられていた。次々と現れるキメラにも苦戦させられたが、それ以上に、中央に位置するゴーレムと、その背後から砲撃を仕掛ける機械化キメラが難敵だった。
「敵キメラから砲撃! 来‥‥」
「オマエも伏せろ!」
アル・ラハルの頭をぐっと押さえ、緋沼もまた身を伏せた。
地を沿って走る爆炎。こうして傭兵達が身を伏せれば、その隙を狙って更にゴーレムが前進する。
何としても、ゴーレムの前進を阻止せねばならなかった。
「通さない‥‥絶対、通さない‥‥僕は、諦めない!」
RPG−7を手に上半身を乗り出すアル・ラハル。バックブラストを残して、弾頭が宙を飛んだ。ゴーレムの脚部を爆発が殴りつけ、追撃とばかり、その緋沼の振るった雷光鞭が脚部を捉える。
連続した攻撃に、ゴーレムが前のめりに転倒する。
背後に位置していた機械化キメラの胴体が露になった。
「逃すかっ!」
慌てて身を屈めようとするキメラ。その緩慢な動きを見逃さず、ファファルは対空砲を向けた。連続する爆音。マズルフラッシュの向こうに弾丸が吸い込まれて行き、キメラを真正面に捕捉する。
「落ちろよっ!」
同様に、ランディもまたその隙を見逃さない。
ここぞとばかり、対空砲の水平射撃をキメラに浴びせ掛ける。先ほどまで砲撃を妨害していたゴーレムが体勢復帰する前に、可能な限りキメラをし止める為だ。
「どうだ! ゴーレムさえいなけりゃ、お前らなんて粉々だぁっ!」
準備中には別の依頼と間違ってこちらに来てしまった、などとボヤいていたのだが、中々楽しそうだった。
次々と攻撃を浴びせられ、数を減らすキメラ。だがキメラとて、ただ黙ってやられるばかりではない。身を寄せ合って背を屈めると、対空砲へ反撃の榴弾を撃ち放った。
「くそ!」
ハッとして、伏せるランディ。
対空砲の眼前で炸裂した榴弾が、対空砲の砲身をぐにゃりとひん曲げてしまった。
「砲をやられた! そっちは!?」
『こちらもだ。これ以上は生身でやるしかないな』
どうやら、ファファルも同じらしい。
彼等はそれぞれの得物を手に、破壊された対空砲を後にした。
既に無人と化した対空砲座目掛け、更なる攻撃が加えられる。ただ盛大に響くだけの爆音。一度は転倒したゴーレムが片膝を付き、シールドを杖代わりに上体を起こす。怪しく輝くツインアイ。
ゴーレムの姿が爆炎の中に浮かび上がる。
手にしたショットガンが火を吹き、傭兵達を塹壕の中へと追いやっていく。
不意に、ゴーレムが駆け出した。手にしたショットガンからは次々と散弾が吐き出される。
「‥‥一気に突破する気か!?」
塹壕の中、槍を構える宗太郎。
「らしい‥‥ですけどね!」
迫るキメラを長刀で切り伏せつつ、隼瀬が応じる。
突撃を始めたゴーレムにつられてか、あちこちでキメラが遮二無二攻めかかって来ていた。こちらの防衛線を突破しようとしているのは、明白だった。
この突撃を押し留める事が出来なければ、事実上防衛線は崩壊だ。後は、乱戦の最中、ろくに塹壕も無い本陣で何分稼げるか、というレベルの話で、敵の戦力にすり潰されてしまうのは眼に見えている。何としても、敵の攻勢を粉砕せねばならないのだ。
「‥‥痺れを切らしたか?」
塹壕から半身を乗り出し、漸は、ショットガンを連続して放ち、周囲のキメラを次々と薙ぎ払っていく。
「んなろっ!」
車を走らせて側面へと回り込む九郎が、片手で車を運転しつつ、パンツァーファウストを担ぐ。肩へと直撃する弾頭。それでも、ゴーレムの突進はとまらない。しかしそれでも、ウォンサマー等が、これを最後と次々に重火器を放ち、ゴーレムの前進を押し留めんと試みる。
うち数発は敵の薄い装甲を衝いたのか、ゴーレムを揺らし、或いは装甲を吹き飛ばす。
「誰も死なせるか‥‥誰一人として死なせるかよ!」
敵味方の弾丸だけが煌く戦場の中に、シルエイトが紛れ込む。
その動きを捉えて、ゴーレムがショットガンを振るう。
「こっから先にお前らの居場所は無い!」
赤崎は瞬速縮地を発動し、そうはさせじとゴーレムへ肉薄する。接近に気付いたゴーレムの放つ散弾が彼女を襲うが、一枚上手なのは彼女の側だ。散弾が降り注ぐよりも一寸早く、彼女はパンツァーファウストを放っていた。
血にむせ返りながらも、弾頭が股関節を吹き飛ばすのをしかと見て、彼女は小さく笑みを浮かべた。
ゴーレムの周囲を照らす、パンツァーファウストの爆炎。その明かりに照らされる宗太郎の腕、長さ3メートルを越えるエクスプロードが一直線に走った。その切っ先に括り付けられたありったけの弾頭矢共々、穂先はゴーレムの腹部に喰らい付き、深々と突き刺さる。
「見せてやるよ‥‥全身全霊の大花火だ!」
直後、ゴーレムの内部で爆炎が蠢いた。
●ロストプラトーン
上空を戦闘機が飛んで行ったかと思うと、後方から戦車がキャタピラを鳴らしてやってくる。
「重役出勤も良いところね、ホント」
「ふん、まぁ、彼等には彼等の都合があるんだろうさ」
ラウラの溜息に、トゥルビナが応じて、葉巻の煙をぷかりと浮かべた。
「こ、これは一体‥‥?」
現地に到着した戦車兵は、その状況に思わず息を飲む。
「敵はどこへ‥‥」
『逃げましたよ』
「何だって!?」
無線から響いた声に、戦車長が唖然とした。視線を走らせると、弾痕の開いた大型無線機の上に腰掛け、無月がトランシーバーを手にしていた。
『それから、衛生部隊をお願いします。負傷者も出ましたから』
クラリッサ達が血まみれのまま、無月から無線機を借りる。
「あ、あぁ‥‥」
だが、そんな言葉にも、戦車長は曖昧な返事しか返せない。
援軍として現地に入り、そのまま反撃に転じる予定だった彼等の前にあったのは、ただ累々と積み上げられたキメラの遺体、ゴーレムの残骸ばかり。疲れた顔をして寝る重傷者も居るが、祝杯を呷って大騒ぎしている者達まで居るのだ。
最後のゴーレムを撃破されたバグアは、それでも尚攻撃を続けていたが、戦力の支柱を失い、やがて攻勢限界に達した。おそらく、当初の偵察で正確な戦力を把握できなかった為、最初から全力で攻撃を仕掛けていたのだろう。攻勢が弱まったと思うと、それ以上の増援も無く、戦況は数分で覆った。
となれば、統率者も居ないキメラの群れに負ける訳が無い。
一匹、また一匹と背を向けて退却に転じ、あっという間に全軍逃走へと移っていった。
彼等は勝ったのだ。
「ま、まったくクレイジーだぜ‥‥」
到着した正規兵達は、ただひたすらに乾いた笑を浮かべるしかなかった。