タイトル:【Gem】TwinsCoppeliaマスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2008/12/01 21:09

●オープニング本文


●棺
 一人の男を前にして、彼女は極めて不愉快そうな表情を見せていた。
 女性の名はハンナ・ハロネン。そして、彼女の前に立っているのは、離婚した元夫、ヴィリオ・ユーティライネンだった。ゾディアックの背後関係に多少詳しい者であれば、誰でも知っている。二人は、ジェミニの父母だった。
 二人が顔を合わせた場所は、UPCフィンランド軍本部。
 その事が、この再開がプライベートなものではない事実を物語っていた。
「‥‥お話を窺いましょうか、ユーティライネン中佐」
「それでは、単刀直入に申し上げます」
 二人は極めて事務的に挨拶を交わす。そこに夫婦の温かみは欠片も存在していない。
 椅子をひくヴィリオ。部屋にはハーフミラーが設置されており、その向こうには数名の軍高官や秘書、そして、傭兵監査官であるユーリの姿もあった。
「既にご存知の事かと思いますが、貴女はバグア――正確に言えばゾディアック・ジェミニに命を狙われています」
 ヴィリオは、軍人として模範的な態度でハンナに接した。
 高圧的にならず、あくまで組織として、市民に協力を求める時の態度だ。特に発言するでもなく、二人のやり取りを横目に聞くユーリ。他の軍人達も特に発言せず、ただ録音機器とエアコンの稼動音のみが鳴り響いていた。
「えぇ、存じていますわ」
 表情ひとつ変えず、彼女は元夫から眼をそらす。
「軍、及び政府は、元フィンランド国籍の人物が、ヨリシロとはいえゾディアックの一員として人類に敵対している事実を、極めて遺憾に考えております」
 数枚の書類を差し出し、一旦言葉を途切れさせるヴィリオ。
「しかし今回、我々軍は、ジェミニ殲滅のチャンスを得ました」
 黙って聞いていたハンナが、神経質な眼を中佐へ向け、怪訝そうな表情をみせる。
 それが何故、私に関係あるのか、とでも言いたげだった。
 その疑念を知ってか知らずか、ヴィリオは事務的に言葉を続ける。
「詳細はお教えできませんが、我々は極めて高い確率でジェミニの行動を把握する手段を得ています。従って、貴女を護衛するだけでなく、貴女の協力を得られるのであれば、これを待ち伏せ、殲滅する事が可能となります」
 ただただ驚くばかりのハンナだが、彼女は顎に手をやり、耳を傾ける。
「それで、私を呼び立てたという訳ですか?」
「ご協力頂けますね?」
「‥‥」
 黙りこくったハンナが、暫しの後、ぴくりと頬を持ち上げた。
「父親が、息子を罠に嵌めて殺すの? それも、元妻にその片棒を担がせようだなんて、どうい了見かしら?」
 そんな棘のある態度に反応して、ヴィリオは一瞬、じろりと彼女を睨んだ。
「‥‥君の息子だ」
「いいえ、貴方の息子よ」
 短いやり取りを経て、ハンナはそっと眼鏡を直す。
 そして、そのまま黙りこくった。
 今の彼女に、今更こんな不毛な会話を続けるつもりは無かった。でなければ、何のためにこの男と離婚したのだ。この男にしろ、ジェミニにしろ、私は折角この過去を切り捨てて新しい生活を手に入れようとしているのに、何故、今更私の人生を乱そうとするのだ。
「‥‥解りました」
 小さな溜息をついて、彼女はにっこりと笑顔を繕った。
「協力致しましょう」
「感謝します。では、こちらの誓約書にサインを」
 差し出された書類へ眼を通すハンナ。
 対するヴィリオは、元妻の様子を冷めた眼で眺めていた。
 馬鹿な女だ。冷静を装っているが、その実感情的で、自分の事しか考えていない。なまじ弁護士としての実績と自信があるだけに、ひたすら不遇な現実を僻む。どこまで行っても隣の芝生が青いのだ。美しく、頭は良かった。だが、彼にとってはそれだけの女だった。
「これで宜しいかしら?」
「‥‥結構です」
 頷くヴィリオ。
「まぁ、チーズケーキでも準備しておきますわ」
 背を向け、ハンナは歩き始めた。
 彼は部屋から退席するハンナを黙って見送る――本当に馬鹿な女だ。俺も貴様も、ジェミニの親となった時点で、とうに末来など無いというのに。


●双子のコッペリア
 画面でぶち上げられるカッシングの演説。
 全てが終わらぬうちに、双子は立ち上がった。
 二人はぶつぶつと何かを呟きながら、ドアへとフラフラ歩いて行く。その不可解な様子に、ジャックはひょいと首をもたげた。
「今日の運動は、もう良いのかい?」
 その言葉に、少し足を止める二人。ジャックのほうへふいに振り向いた二人は、切傷から打撲まで、あちこちが生傷だらけだった。対するジャックが傷一つ負ってないにも関わらず、だ。
「やらなきゃいけない事があるんだ」
 ポツリと呟くユカ。
「どうせリーブラのじーちゃに呼ばれる。だから――」
「――その前にやらなきゃ」
 演説を睨んでいた時と同じく、二人は真剣そのものだった。
「へぇ?」
「あの女が、話をしようって‥‥」
 それ以上、ジャックが何も問い掛けない事を知ると、ジェミニはぴくりとも表情を変えず、そのまま部屋を出て行く。ただ、廊下を歩くジェミニの目元だけは、酷く虚ろだった‥‥話す? 今更、何を。何を話す気なんだろう。あの女は、悪い女だ。だから絶対に――二人は視線を絡ませ、無言のまま頷いた。
 ジェミニを見送ったジャックは、興味無さそうにテレビのチャンネルを切り替え、そのまま古い西部劇を眺めた。
 無法者の主人公が、悪徳保安官を撃ち殺している。
 つまらなさそうな映画だった。


●傭われ者
「ご苦労様です」
 ユーリが敬礼を崩し、傭兵達へ書類を配る。
「皆様への依頼は、ハンナ・ハロネン氏の護衛となります。少なくとも、表向きは‥‥」
 不可解な物言いのユーリ。配られた書類には、今回の作戦概要が記されていた。簡単な経緯を見ると、UPCは、バグアに二重スパイをもぐりこませる事に成功したというのだ。
 そのスパイにより、ジェミニがハンナ・ハロネンの命を狙っているらしい、という情報を得たUPCは、逆に護衛依頼とその解除日時をバグアへ流し、ジェミニを誘い込む事にした。リスクのある作戦だが、リターンは大きい。何より囮となるハンナ自信がこれを承諾している。
「前回と同じ護衛体勢と思わせる為‥‥当作戦はヴィリオ・ユーティライネン中佐、及び傭兵の皆様だけで行って頂く事になっています」
 静かに告げるユーリは、しかし、何とも言えぬ違和感に口をつぐみ、そのまま暫し、説明を途絶えさせてしまう。どうしたのかと問い掛けられて、彼は説明を再開した。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
エミール・ゲイジ(ga0181
20歳・♂・SN
ノビル・ラグ(ga3704
18歳・♂・JG
百瀬 香澄(ga4089
20歳・♀・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG

●リプレイ本文

●協力
 その日、ハンナ・ハロネンの自宅には六名の傭兵が集まった。
 ハンナは特に嫌そうな顔も見せずに彼等を招き入れ、傭兵達が上がりこむ。ロッテ・ヴァステル(ga0066)とクリス・フレイシア(gb2547)の二人は巨大なダンボール箱を抱えていた。
「万全の態勢で臨まないとね‥‥」
 ゆっくりとボール箱を下ろし、部屋を見回すロッテ。
「それじゃ、僕は前回のジェミニに関する報告を纏めてくるから」
 クリスが立ち上がり、机に向かった。
 床に下ろされたボール箱ががさごそと動いたかと思うと、西村・千佳(ga4714)がぴょこんと顔を出す。そうして一息ついた彼女は、やっと喋れると、筆談道具を胸にしまいこむ。
「にゃ〜、何だか、ダンボールに入ると捨て猫気分にゃあ」
 彼女の隣で、ラシード・アル・ラハル(ga6190)が一歩進み出て、小さく会釈する。
「‥‥また、よろしく、おねがいします」
「えぇ、よろしくお願いするわね」
 礼儀正しく微笑んでみせるハンナを見て、彼はふと、表情を曇らせた。彼にとっての母親は、血の滲んだ黒いヴェールの事だった。そんなヴェールを握り締めたまま、彼は助け出された。何があったかは解らない。だが、想像はできる。
(‥‥だけど、彼等は、敵、だ)
 それでも、彼は既に覚悟を決めている。
 胸の中で一人、改めて決意を呟いた。
 そんな様子を横目に眺めながら、千佳に向かって背を屈める百瀬 香澄(ga4089)。
「じゃ、私達も始めよう」
 千佳が小さく頷くと、彼女は懐からワイヤーを取り出し、その片端を引っ張るよう頼む。
「これは何をするにゃ?」
「小細工はチープなくらいが丁度いい‥‥なんてね」
 千佳に問い掛けられて、彼女は柱と柱の間にワイヤーをピンと張ってみせた。罠としては極めてオーソドックスなものだ。
「了解、っと‥‥」
 ツァディ・クラモト(ga6649)がラシードの背をポンと叩く。
 UNKNOWN(ga4276)が頼んでいたように、一部の椅子や机を床に固定してゆく。更に、家中の窓やドアに鈴付きの紐を取り付け、そのまま庭へと向かった。
 風も無い、静かな空をしていた。
「それにしても、今日は冷えるな‥‥」
 思わず彼は、ヘルシンキの寒空を見上げた。


 ――深夜、闇夜に影が二人。
 UNKNOWNとエミール・ゲイジ(ga0181)の二人だ。二人はこの時間になってから、細心の注意を払い、隠密潜行まで用いてハロネン低へと潜入した。護衛人数を誤認させる作戦だった。
 UNKNOWN等は、味方にさえも悟られまい、としていた程だ。
「さて、気付かれていないと思いたいが、ね?」
 エミールがひょいと首をもたげると、UNKNOWNは天井を指差し、天井板の一部を外してスッと消えた。小さく頷き、エミールはリビングへと向かう。
「お待たせ」
 小さな声でエミールが挨拶すると、向かいの床に座っていたノビル・ラグ(ga3704)が、彼を認めて手を掲げた。
「お疲れさん」
「ハロネン女史は?」
「隣の寝室で寝てるよ」
 振り向くと、百瀬 香澄が机に腰掛け、窓の外に輝く月を眺めていた。
「そうか」
 その言葉に頷き、エミールは、慎重に窓を避けつつ床に腰を下ろす。そうしてから暗視スコープを目元から持ち上げ、溜息を漏らした。しんと静まり返ったリビングをゆっくりと見回すエミール。ノビルもまた同様にリビングを見回し、呟く。
「女史と中佐にとって、ユカとミカは消し去りたい過去、でしかないのかな」
 背を向けたまま、香澄は冷めたコーヒーカップをあおる。
「二度も子供に命を狙われるたぁ、一体何をしたのか‥‥何をしなかったのか」
「確かに酷い親さ。けど、だからって消すのはナシだ」
「親が子を、子が親を‥‥か」
 ノビルの一言に、思わず呟くエミール。結局、俺に止める事はできないか――そう自問自答しながら、彼は黙り込んだ。


●銃撃は突然に
 一週間が過ぎた。
 ハンナは仕事のスケジュールを調整しておいたらしく、ロッテは胸を撫で下ろした。一応外出も考慮してはいたが、出歩かずに済むのなら、その方が良い。
「それじゃ、一旦解散ね」
 彼等は、UNKNOWNを天井に、エミールと千佳をハンナの近くに残し、一度ハンナ宅から去った。もちろん、このまま依頼を終えるのではない。彼等はヴィリオと合流した後、近辺に散らばって潜伏した。
 ただ――
「‥‥姿も見せなかったな?」
「えぇ‥‥」
 ラシードと顔を合わせ、首を傾げるツァディ。
 彼に限らず、傭兵達全員が、警戒中にジェミニの気配を感知しなかった。狙撃を担当する二人にヴィリオを加え、三人は再び潜伏する。
(中佐は‥‥)
 ちらりと眼を向けるラシード。ここからなら、ヴィリオの様子を把握できた。
 逆に、ツァディは努めてハンナを観察する。今のところ、不審な点は無かった。


 夜――まだ街も眠らぬ時刻。
 ツァディの一言で、傭兵達に緊張が走る。
『来た、ジェミニだ』
「来たのね」
 覚醒し、地を蹴るロッテ。彼等遠方に待機していた傭兵達も、静かに、しかし素早く自宅へと向かう。
『どこから来る?』
 屋内で警戒にあたるエミールが問い掛けた。
『正面からだ』
 答えるツァディ。
 だが、妙だった。
 帽子を目深に被ってこそいるが、ジェミニの二人はひょいと正面門を乗り越えると、そのまま玄関の方へと二人並んで歩いて行く。気配を隠すでもなく、武器すら手にしないジェミニの二人からは、警戒心というものを一切感じなかった。
『‥‥僕の方でも‥‥確認したよ‥‥中佐、聞こえ――』
 言い掛けて、ラシードは我が眼を疑った。
 そしてそれ以上に、屋内の三人は自らの耳を疑った。
 二人が、呼び鈴を鳴らしたからだ。
「はい?」
 ハンナが眼を白黒させて飛び上がる。呼び鈴は変わらず鳴り響き、玄関を叩く音まで聞こえてきた。
「来たよー?」
「いないのー?」
 響くジェミニの声。続けて、玄関が開かれ、ツァディの設置した鈴が音を鳴り立てる。
「‥‥鈴?」
 彼等はジェミニの襲撃こそ警戒していたが、どのタイミングで迎撃するか、その決定に欠いていた。奇襲や強行突破を仕掛けても来れば考える暇無く迎撃準備へ移る事になったろうが、あまりにのんびりとしたその行動に、戸惑ったのだ。
 ジェミニは廊下を歩き、ドアに近い部屋から順番に顔を覗かせる。
「キッチンの裏へ」
 エミールはじりと後退りしながら、ハンナをダイニングキッチンへと誘導する。
「人の事呼び出しといて留守なのー!?」
「のー!?」
 足音。声が徐々に近付く。
「だいたい――」
 リビングへと顔を出した二人が、足を止めた。
 待ち構えていた千佳とエミールを前にして、ジェミニの瞳に驚きの色が浮かびあがり、呆然と立ち尽くす。エミールも千佳も黙り、UNKNOWNだけがじっと待ち伏せていた。
(あと四歩‥‥いや、五歩か‥‥?)
 何もかもが静まり返っていた。
「「ねえ、どういう事?」」
 ふいに、二人が問い掛ける。
 ハンナが後退り、壁にどんと背を打ち付け、再び沈黙が訪れた。
「え、えっと! 悪い子供には、魔法少女がお仕置きにゃ!」
 沈黙に耐え切れなくなった千佳の見せた、可愛らしい決めポーズも、どことなく寂しげに感じられる。
「「答えてよ‥‥!」」
「お前達、まさか――」
 眉を持ち上げ、エミールが顔を上げ――その刹那、窓ガラスを飛び散らせて弾丸が床へと突き刺さる。
「――誰が撃ったあ!?」
 思わず叫ぶエミール。
 ガラス片から顔を覆いながら、ジェミニの二人は、眼を丸くして、大きく飛び退いた。
 ハッとして、ラシードは視線を走らせる。ヴィリオの狙撃銃からあがる一筋の煙。それを知って、ラシードは再び飛び散った窓ガラスを見やった。
 あんな位置で、ジェミニを狙える訳が無いのに。
(なのに‥‥なのに、何故)
 スコープから眼を離さぬまま、ラシードは自分自身の思考へと問い掛けた。
『‥‥何があったの!?』
 一方、瞬天速で地を駆け、街灯に蒼い髪を煌かすロッテ。
 無線機から伝わる異様な気配に、ノビルも片眉を持ち上げた。
 今は、ただひたすらに駆けるしかない自分自身がもどかしい。
 挟撃のため、玄関側へと回り込んだ香澄もまた、その気配を感じ取って覚醒し、周囲に風を巻き起こした。


●Paratiisi
 ジェミニの瞳が、みるみる赤く染まる。
「「ふざけるなぁぁぁっ!!」」
 二人が同時に拳銃を抜き放つ。
「伏せるにゃ!」
 ハンナの上へ覆いかぶさるように飛び掛る千佳。
 カウンターに並んだ食器類が、次々と砕け散る中、天井から銃声が鳴り響く。轟音とでも呼ぶべき弾丸の嵐が、ジェミニへと降り注ぐも、並んで後方へと飛び退いた。
(ぬかった‥‥か)
 反撃とばかり天井へ穿たれる穴。
 UNKNOWNは狭い天井裏で身を転がし、天井板を蹴破った。
「――Trick and Trick。悪い子は、誰かな?」
「「おまえらだっ!」」
「嫌われたものだな」
 着地するUNKNOWNよりも早く銃を向けるジェミニ。
 数発の弾丸がトレンチコートを貫いた直後、ジェミニの背めがけ、香澄の振るうクラウドが奔った。
「また会ったなぁ、双子!」
「おまえは‥‥っ」
 避けたミカが動かぬ椅子に脚を取られ、バランスを崩す。
「ミカっ」
 紙一重に服を裂くクラウド。戸板を蹴り、ユカが香澄に飛び掛る。その動きを見て取り、香澄は瞬天速で一旦身を引き、再度床を蹴る。幾ら異様な身体能力とはいえ、所詮、小柄な子供だ。空中で体当たりを仕掛ければ、彼我の体格差に呆気なく転倒する。
「意地も矜持も持たずに本気? 舐めるなよ、半人前共!」
「うるさぁい、この嘘つき!」
「何の事だ!」
 マウントポジションから抑え込もうとするも、銃声と共にわき腹を激痛が貫いた。
「ぐっ」
 生じた一瞬の隙に、素早くすり抜けるユカ。
 ユカは常人以上の速度で弾倉を取り替え、並んだミカと共に交互に銃声を響かせる。
 ハンナへと向かう弾丸――だが全ては、盾の曲面に弾かれる。あらん限り腕を伸ばして跳ぶロッテ。床へ転がり込み、そのままの勢いで起き上がる。続けて、ノビルがSMGを握り締め、牽制の弾幕を張る。
「ハロネン女史を早く!」
 部屋中を飛び交う弾丸。
 そのうちの一発が、ノビルの右肩を撃ち砕く。攻撃は全てカウンターへと集中していた。明らかに、ハンナを狙っているのだろう。
 髪をなびかせるエミールが、声を張り上げる。
「頼むから、もう止めろ! お前達が戦う必要なんて、どこにあるってんだ!?」
「「悪い女だもの! ゆーぴーしーも傭兵も、みんなみんな嘘つきだ! 人を呼び出しておいて待ち伏せるよーな事して!」」
「何の事だ!」
「うるさいっ、死んじゃえ!」
 攻撃でも、言葉でも構わない。少しで良い、隙が必要だった。今、ハロネンを逃す為の隙が――その意を知ってか知らずか、ノビルもまた、己の肩を抑えながら、ジェミニを睨み据える。
「一度でも、どんなに無様でも‥‥泣いて叫んでぶつかった事があるのか? 何かを変えようと足掻いた事があるのかよ!?」
 その言葉に、二人はきょとんとした表情を見せる。
「「――フフ、アハハハ!」」
 だがその直後にはケタケタと笑い声をあげ、互いに顔を見合っておでこをごんとぶつけた。不気味に響く笑い声の中、姿勢を崩さずに、ロッテは千佳を見やる。ハンナを伏せさせていた千佳は耳をぴょんと動かして、裏口のドアをゆっくりと開き、滑るようにハンナを押し出していく。
「「あっ、待てっ!」」
「待たないにゃあ!」
 拳銃を向けられた瞬間、千佳は駆け出した。ジェミニは家の構造を知らない。それが有利に働いた。千佳がハンナを抱えて飛び出すと、二人の撃ち込んだ弾丸は全て壁に遮られたのだ。
「「‥‥」」
 だらりと銃を降ろすジェミニが、並んでノビルを見やる。ひとしきり笑った二人の目元は、明らかに据わっていた。
「泣きもした、笑いもした」
「あの女とあの男は、僕達に笑いかけはしなかった」
「怒りもしなければ、蔑みもしなかった」
「憎んでさえくれなかった」
「「挙句、みんなして僕から僕の半身を奪おうとした! その女もあの男も、嘘つきだ。みんなみんな嘘つきだ! みんなみんな大嫌いだ!」」
「だったら――」
「「だからさ!」」
 繋ぎかけたノビルの言葉を遮る。
 先ほどまでとは打って変わった、どこまでも穏やかな表情。
「僕達は、今。変えるんだ。僕達は僕達自身の手で幸せになる。誰にも邪魔されない、二人だけの静かな生活を手に入れる」
 くすくすと響く、小さな笑い声。
「そんな理由でか」
 ふいに、声。
 今まで黙っていたロッテが、ゲイルナイフを手に、ゆらりと一歩を踏み出す。
「能力者を皆殺しにすれば、僕達二人だけの家をくれる」
「ばぐあ星人は、僕達に約束したもの」」
 ケロッとした表情で答えるジェミニ。
「そんな理由で――」
 ――戦友達は、死んだのか。
 言葉にならない静かな怒りが、彼女の白い瞳を揺らした。刹那、彼女は床を蹴り、バックラーを前面に押し出してジェミニへと迫った。横一線に光るゲイルナイフ。
 だがそれをひらりとかわし、ジェミニは窓際へと立った。
 そうして、ぺろんと舌を出す。
「今日はもう、君達の相手ができないんだよーだ」
 拳銃から滑り落ちる弾倉。
 だが、それにも構わず、UNKNOWNはスコーピオンの引き金を引いた。慌てて窓ガラスを突き破るジェミニ。
「ひきょーもの!」
「ずるいぞぉ!」
「大人は汚いものなのだよ。自分達でも嘘つきと言っていたろう?」


 ラシードはひたすら待っていた。ジェミニが窓際へ来る事を、あるいは、逃亡を図って背を見せるであろうその時を。そして、ヴィリオへと眼をやれば、彼もまた、先ほどの銃撃と違い、銃を構えたまま動かないでいた。
 その一方、ツァディには迷いがあった。
「‥‥どうしたもんかな」
 彼等傭兵にも作戦があるか、と問われれば、確かにある。いや、あったのだが、既に崩れつつあるのだ。そして。彼は同時に、屋内の味方が積極的でも、あるいはその逆でもサポートの為に突入するつもりでいた。
 その多段的な判断基準が、彼に逡巡を覚えさせたのだ。
(ハンナ女史もまだ離脱できてない、か‥‥)
 やはり支援に出るべきだろうか。そう思い、彼はスコープから眼を離し、腰を浮かせ、無線機を手にする。
「ラシード、やっぱ屋内の支援に――」
 窓ガラスの砕け散る音が響いた。彼は心の中で舌打ち、窓をみやる。銃弾と共に、ジェミニが飛び出してきていた。
(――来た!)
 引き金に力を込め、単眼鏡へ視線を吸い込ませるラシード。
 その逃亡を阻止する一撃を放とうとしたその時、単眼鏡の中でジェミニが彼へ振り向いた。悟られた――そう思った時には、彼は既に引き金を引いていた。単眼鏡の中、ジェミニは小さく身を翻していた。