●リプレイ本文
奇襲は突然の事で、突然、銃声が鳴り響いた。誰の銃だったかはよく解らない。ただ、銃の音が一発鳴り響き、その後、連続して銃声が鳴り響いたのだ。
頭を抱えて、少年は震えていた。
混乱の中、少年は既に足を負傷して、その場から動く事も出来なかった。先程まで鳴り響いていた銃声はぱったりと途絶え、ジェミニは先程から荷物の山をひっくり返している。
やがて近付く足音に、びくりと震える少年。
ふと見上げるた先には、手配書に見た者の姿――ジェミニだ。ユカかミカかは解らない。
ジェミニは薄汚れたダブダブの迷彩服にボサボサの頭をしていて、その眼はギラついていた。腰には小さな鞘と機関銃がぶら下がっており、片手で拳銃を構えたまま、黙ってこちらを見下ろしていた。
「た、たすけ‥‥」
辛うじて上げた少年の言葉を、ジェミニの指が引き金に遮る。
「っ‥‥!」
眼をぎゅっと閉じ、頭を抱える少年兵。
だが、銃声は鳴らなかった。何度かカチカチと金属音を響かせた後、二人は顔を見合わせ、そのまま立ち去った――以上が、少年の覚えている事の全てだった。
●一日目
揺籠(ga5583)が少年兵から聞きだした情報や、申請した地図、車を借用して彼等は基地を出発した。
「被害は最小限に‥‥違うかしら?」
そう語ったロッテ・ヴァステル(
ga0066)の提案に、軍は当初、難色を示した。だが、傭兵達がジェミニを罠に誘い込むためだと知ると、掌を返したようにこれを承諾した。全面的な移動は難しくとも、現在、該当地域には、傭兵達の他に兵は少ない。
「降水確率が少し上がったか」
チェックした情報を元に、鯨井起太(
ga0984)は空を見上げた。
確かに曇り空が続いている。雨が降ってもおかしくない。
「うー‥‥緊張して‥‥来ましたぁ‥‥」
ぷるっと身体を震わせ、溜息をつく幸臼・小鳥(
ga0067)。
彼女は現地に入った後、車の中からカモフラージュネット等を取り出し、皆に配る。傭兵達の作戦は単純であったが、故に、準備に抜かりはなかった。囮を努めるグラップラー達が活動する簡単な陣を構築し、スナイパー達は少し離れた場所で警戒に当たる。軍の協力も取り付け他部隊は移動。確率的にも、ジェミニが彼等に眼を付ける可能性は上がっている筈だ。
情報を元に、百瀬 香澄(
ga4089)がジェミニの武装に凡その見当を付けていた。
少年兵の前にいたジェミニは短機関銃に小さな鞘、拳銃を手にしていたと言う。その後どこかから武器を奪ったりしていなければ、おそらく武装に変更は無い筈だ。
「しかし、双子座がゲリラ戦、ねぇ。ゾディアックがやるような事ではないと思うけど‥‥」
そんな中、ふと思った疑問を口にする。
「それも、わざわざ敵地に孤立して孤軍奮闘って‥‥明らかに今までの二人とスタンスが違うよなー‥‥誰かにそそのかされたか?」
ノビル・ラグ(
ga3704)が、その疑問に続ける。
「まさか、危機感を覚えたから特訓スタート‥‥とかな」
一瞬、何とも言えぬ嫌な予感がその場に漂ったが、それを遮って、クリス・フレイシア(
gb2547)の一言が放たれる。
「戦場で同じ相手に二度会う事は嫌いだ。僕かジェミニ、どちらが死ぬか‥‥」
悲しそうな顔をして、顔を上げる朧 幸乃(
ga3078)。
「全員無事に依頼完了、となるよう‥‥頑張りましょう‥‥?」
もちろんクリスとて無駄に死ぬ気は無い。ただ、命令があれば死も辞さぬ軍人気質の彼女とは、根本のところが微妙に違うのかもしれなかった。
「ま、とにかく‥‥」
懐から骨付き肉を取り出す、ツァディ・クラモト(
ga6649)。
「やれる対策はやっておこうか」
演出用の骨付き肉を百瀬へ手渡し、彼は立ち上がった。
●二日目
「よぉ、交代だ」
ツァディの声に、ノビルが振り返った。
「ん、了解。今のところは異常無いよ」
双眼鏡を手に顔をあげ、振り返るノビル。
隣では、小柄な幸臼が思わず伸びをした。
「いつ来るか解らないと‥‥体力面より精神面で、きついですねぇ‥‥」
場所を交代して各地に潜伏し、カモフラージュネットを羽織るスナイパー達。攻撃班が攻撃ポイントに潜伏した頃、彼等は双眼鏡を覗き込み、周辺を警戒し始めた。重点的に警戒するのは、事前に調べた狙撃ポイントや、囮班の周囲。
彼等が確認しているのは武器の射程外ではあったが、双眼鏡を使って射程外を偵察する事そのものに何ら問題は無い。
一方、グラップラーの囮班は固形燃料の火を囲み、来る夜に備えていた。
「‥‥動きは無い、か」
独りごちるロッテ。
彼女は岩肌を背に膝を抱えた。可能な限り奇襲を受ける可能性を下げる為、彼女はこの位置を罠に選んだ。
「後は運否天賦、神のみぞ知る‥‥ってね」
ニッと笑う百瀬。
ただ、彼女達はできる努力を怠ってはいない。
例えば幸乃に至っては、身体に包帯を巻いたりもしている。傍目に撤退中の負傷兵と見えるようにする為の工夫だ。
「‥‥暗くなって、きましたね」
ランタンを取り出し、明かりを灯す幸乃。肌を隠す包帯が、傍目にも痛々しい。
その時だった。無線機から鯨井の言葉が響いた。
『そのままで聞いて。ジェミニだ』
一瞬、表情を強張らせる三人。
「どこだ‥‥?」
『君達から三時の方角。岩肌の影‥‥』
百瀬の問いかけに、静かに応じるクリス。
囮班は努めて先ほどまでと変わらぬ風を装った。彼等の作戦は待ちの一手だ。待ち構えているぞ、という姿勢を見せてはよくない。
(命令が出ている以上殺るだけだ、が)
目元を険しくして、じっと双眼鏡を構えるクリス。
双眼鏡の中で、小さな人影が二人、駆け抜けている。その動きは素早く、囮班の視界を避けつつも、かなりの距離まで接近していた。ジェミニの様子は少年兵の証言とほぼ一致していた。武器に大差は無く、汚れてボサボサとなった髪に、泥だらけの顔、そして服。
――いつ、仕掛けてくるのか。
じっと息をのむ傭兵達。
双眼鏡の中のジェミニは、岩陰から、囮班の様子をじっと見詰めていた。
背を向ける形になっている百瀬を見詰め、次いで、岩肌にもたれかかるロッテ、最後にランタンを操作する幸乃を見詰めた。
(仕掛けてくるか‥‥?)
狙撃銃を構え直すノビル。
だが――幸乃を見やった後、二人は顔を近づけて何かを囁きあうと、そのまま何もせずに引き上げた。理由は解らない。だが、囮の三人は、ジェミニと面識は無い筈で、囮に気付いたとも思えない。
「妙ね‥‥」
ジェミニが消えたとの連絡を受け、通信機を手にしたまま呟くロッテ。
『どういう事なんでしょぉ‥‥?』
幸臼の困惑した声が、無線の向こうから返される。
傭兵達に釈然としないものを残したまま、その日は過ぎ去っていった。
●三日目
その日は、夜明け前から雨が降り始めていた。
彼等は持参したコートやレインコートに身を包み、防寒シートを広げて体力の消耗を防ごうとする。それだけで雨露を凌げるものではないが、やるとやらないでは雲泥の差だ。
(双子が成長しているのは確かだ‥‥成長は変化。二人が外へ眼を向け始めたのならば結構。後は、僕達が彼等の成長を上回れば良いだけの話)
朝になり、雨は冷え込んだ粒を身体に叩きつけてくる。
だが、起太は空を見上げ、独り笑みを零した。
この雨は僥倖だ――と思う。
雨音と泥の匂いに紛れて、彼は岩肌に身を沈めた。岩肌の周囲には木々が並び、密林と呼べる程ではないものの、身を隠すには十分だった。そして、この雨。雨で、双子のもつ獣並みの直感や反射神経も、少なからず乱される筈だ。その考えは紛れも無い事実ではあったのだが、ただ一点、彼は見落としていた。
――ぱきっ。
小枝の折れる音に、起太は振り返った。
そこに、ジェミニがいた。
驚き、ぽかんと口を開けているジェミニ。
「しまっ――」
考えるより速く地を踏み、銃口を振るう起太。対するジェミニも、ホルスターと小刀のそれぞれに手を伸ばす。その動きと表情は、二人が起太の存在を知りながらここに現れたのではない事を、如実に語っていた。
一瞬の交錯。
銃声が鳴って、起太はどうと倒れた。遠距離用のスナイパーライフルを得物にしていたのが、災いした。
「銃声? まさか‥‥」
囮班の中で最初に反応したのは、最も五感の鋭かった幸乃だった。
「行くわよ!」
幸乃の言葉に促されたように、ロッテが膝を立て、地を蹴った。
不要な装備をその場に放置して、グラップラーの三人は駆け抜ける。
『ジェミニだ、こっちに来るとはねっ』
「やはりか!」
無線機から発せられたノビルの声に、百瀬は思わず歯噛みした。
「ちぃっ」
ツァディが構えたアサルトライフルから、連続して弾丸が放たれる。
狙撃可能なポイントや囮班の周囲への警戒は怠らなかった。だが、こんな遭遇戦になってしまうと、誰が想像しただろうか。当のジェミニだって想像していなかったのだろう。ツァディの攻撃を避けながらも、視線を走らせて周囲を窺い、反撃してこない。
「どゆ事ー!?」
「とぉー!?」
慌てて岩陰に滑り込むジェミニ。
「まさか人に使うとはねぇ‥‥」
左目の陰陽太極図が、岩を睨みつける。強弾撃を発動すると同時に、貫通弾が空を切り裂き、岩を貫く。
「「危なーいっ!」」
慌てて飛び出し、ジェミニは木々の合間を縫い、駆ける。
行動の阻害を狙うツァディは、当たらぬとしても構わず攻撃を続けた。他のスナイパー達は、動かない。動けないのではない。隙を狙い、距離を保ったまま伏せり、動かなかった。
(ユカとミカ相手に、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとは思えねぇ‥‥コレが俺の、たった一つの冴えたやり方だ)
じり、構えたまま動かぬスナイパーの三人。
「こっンのぉ!」
地を滑るように駆け抜けたジェミニがツァディに肉薄し、腰を切り裂いた。
バックステップで紙一重、骨を庇ったツァディは、その足で泥水を蹴り上げる。広がった泥水を顔に受け、目を閉じるジェミニ。一人はやや動きを鈍らせたが、しかし、彼の背を超えて現れたもう一人のジェミニが、ツァディの肩を切り付けた。
覚醒による作用か、眼を真赤に染めているジェミニ。雨に濡れ、全身泥だらけのジェミニは傍目にもやつれて見え、その瞳だけが異質にさえ見えた。
その眼が、怒りに燃えている。
「別に正義の味方じゃないからな」
さらりと応じるツァディ。
手加減できるほど、気楽な相手ではない。
「この‥‥」
小刀を再び振り上げるジェミニ。
だが――
「覚悟しろ双子座!」
振り上げたと同時に、ロッテ達が到着していた。既に戦闘の難しいツァディに手を出さず、そのまま踵を返し、二人は跳んだ。
「お前達を子供とは思わない」
ゲイルナイフを強く握り締める、ロッテ。
覚醒によって、髪が青々と染まる。
三対二。数に勝っていても、相手がゾディアックである事を考えると、苦戦は必至だ。だがそれでも、彼女達は怯む事なくジェミニの二人を迎え撃った。囮として、牽制として、やらねばならぬ事がある。
「いきます‥‥っ!」
両のナイフを振るい、ジェミニの横合いへ回り込む幸乃。あくまで慎重に、牽制を狙う。
その動きに気を取られた隙を見て取り、百瀬はカデンサを手に突出する。
「死にたくない、お前らの遊びで死んだ奴だってそう思ったろうさ‥‥虫が良すぎるんだよ!」
一直線に放たれる突き。
地を蹴ってくるりと回転してそれを避けるジェミニの足元掛け、石突での追い討ちを仕掛ける。ジェミニも咄嗟に小刀を抜き、その軌道を逸らせる。そしてそのまま、一人が小刀を振るい、彼女の懐に潜りこんだ。
「「遊びでやってるんじゃないっ!」」
「いい加減な――」
走る小刀が胸元を裂くも、その切れ味は酷く鈍かった。
見てみれば、ジェミニの振るう武器は既にあちこちが欠け、酷使されていた。それも女性の胸相手では、致命傷になりようがない。
「――事を言うな! お前らのせいで泣かされた娘を、飽きる位見てきた!」
「嫌な奴ッ、消えちゃえぇ!」
その激昂を、彼女達は見逃さなかった。
今まで、彼女達はじりじりと山側へ接近していた。そしてこの、瞬天速。その高速でもって、彼女達三人は一斉に飛び退いた。生じた一瞬の空白。
「何!?」
その時、確かにジェミニは距離を取られていた筈だった。
だが、その動きは、彼女達が今見せたものと同じ、瞬天速そのもの。小刀を構えたジェミニが瞬天速を用い、百瀬の動きをそのままトレースしていた。
切れ味の鈍い小刀でも、得物を弾くぐらいの事はできる。
「ユカ!」
ミカが叫ぶ。鈍い金属音と共にカデンサを打たれた百瀬の胴ががら空きとなり、同時に、ミカ後方のユカが、手にした機関銃の引き金へそっと力を込める。
雨中に、鮮血が吹き上がった。
ただし、百瀬のものだけではない。
ユカの肩からもまた、真赤な血が辺りに撒き散らされていた。肩を撃ち抜かれた衝撃に、ユカはくるりと宙を舞った。幸臼、ノビル、クリスの三人による、狙撃。眼前の敵に激昂し、ジェミニは完全に不意を突かれていた。
「‥‥ユカ?」
表情を強張らせて振り返る、ミカ。
「ヴァ・アン・アンフェール!」
ロッテの長身が地を抜く。
先手必勝を発動すると同時の、再度の瞬天速。一気に距離を詰めようとする彼女の背後から、幸臼の声が飛んだ。
「ロッテさん危ない‥‥ですぅ!」
デヴァステイターから連続して放たれる弾丸が、ミカの足元を穿つ。
先手必勝を発動したロッテよりなお早かったミカが、彼女の接近を察知していたのだ。はっとして動きを止めたロッテの眼前を、短機関銃の弾丸が走った。獣のような眼を向け、ミカは返す銃口を振るう。
「ぶらいとんの言うとーりだっ、おまえらは、おまえらは‥‥っ!」
だがそのミカの周囲にも、クリスやノビルからの攻撃が飛び交う。
「ミカ、もう良いんだ!」
立ち上がったユカが叫んだ。
その言葉を合図として翻るジェミニ。瞬天速も用いずに、二人は雨の中に消えた。
●結末
「ひとまずは、爆撃を要請せずに済んだね」
覚醒を解除した普段通りの姿で、クリスが姿を表す。
「‥‥腹減ったな」
ぼんやりと、それに答えるツァディ。
不意打ちで体制を崩していた起太は酷い怪我で、百瀬とツァディも負傷していたものの、幸い、三人とも命に別状は無かった。何より、ジェミニのユカ自身も、右肩とその腕を引きずって逃げていった。十分な戦果だ。
UPCに連絡を入れた彼等は、撃退に成功したと判断した軍より退却するよう伝えられ、帰路についた。
だが後日、UPCは信じられない報告を耳にする。
負傷しながらもなお、ジェミニはゲリラ戦を止めるどころか、より激しさを増したと言うのだ。結局、能力者31名、一般兵172名の戦死者を数えた時点で、攻撃はぱたりと止む事となった。
「‥‥」
傭兵達にこの事実を伝えるか否か迷ったまま、ユーリは一人、後味の悪い不気味さを感じていた。