タイトル:【Gem】Childs Playマスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2008/10/24 04:25

●オープニング本文


●シリアル・キラー
「それで、俺に何のようだい?」
 その時彼は、ジャック・レイモンドは、小さな果物ナイフを手に林檎を剥いていた。
 鮮やかという訳でもなく、意外と不器用で、丁寧に、少しずつ、少しずつ皮を剥くジャック。そんな彼の後ろで、ジェミニの二人はただ黙って立っていた。心なしか不機嫌そうな表情で、二人は俯いている。
「んー‥‥」
「あのね‥‥」
 言葉を濁すジェミニ。
 だが、ジャックには解る。
 二人の目的が、何であるかを。
 それでも彼は何ら気に止める事なく、林檎の皮を剥き、芯を落とし、ヘタを削ぐ。切りあがった一片を口に運んだ時、ジェミニが動いた。
 突然に、二人は覚醒する。
 二人はそれぞれ、小刀と拳銃を手に、床を蹴る。
 逆手に持った小刀は無防備にさらされていたジャックの首筋を狙い、吸い込まれるような突きが繰り出された。
 だが――
「――え?」
 確かに捉えたと思った直後、小刀は宙を舞っていた。
 紙一重で身を傾けるジャックが、手にした果物ナイフで、小刀を払ったのだ。負荷に耐え切れず、果物ナイフの刃が砕け散って辺りに飛散する。
 拳銃を構えていたユカが未だ健在たるジャックを前にして、躊躇わずに引き金を引く。
 銃声。
 続けて真赤な血が飛び散る。
 ただそれは、ジャックのものではない。ユカのものだ。ジャックの突き出した人差し指が、首に突き立てられ、頚動脈に触れている。
「ユ――」
 言葉は続かない。
 慌てて振り返ったミカの胸に強烈な蹴りが放たれ、ミカは壁に叩きつけられる。肋骨の砕ける鈍い音が響いて、ミカは胸を押さえ、うずくまった。
 息ひとつあげぬジャックが首から指を離さず、ゆっくりと腰を下ろす。
 腰を下ろして、下から覗き込むようにジェミニの顔を見上げて、ジャックは微かな笑みを浮かべた。
「最後に、何か言いたい事‥‥ある?」
 ユカは口を開けなかった。
 口を開けば、それが合図になる。喋ったが最後、それが最期の言葉になる。
 冷汗が頬を伝う。
 喉が渇き、舌が張り付く。
 ジャックはそんなジェミニの緊張を感じ取ってか、優しく微笑んだ。その笑顔は、一瞬で命を絶ってやるから安心しろと、言外に告げていた。
「待って‥‥」
 ユカが動けぬ中、やがて、むせ返りながら、ミカが上体を起こした。
「――教えて」
 その場にそぐわぬ妙な一言に、ジャックはちらりと振り返る。
「戦い方、教えて‥‥」


●最前線へ
 トルコの暑い風が、山岳の隙間に吹きすさぶ。
「準備は万端かい?」
「「うん」」
 二人は頷き、お揃いの小刀、サブマシンガンを叩く。
「着替えは」
「ぱんつ一枚」
「飲料水は?」
「一日分」
「おやつは?」
「「300Cまで!」」
 二人の言葉を聞き、ジャックは一度頷いた。彼は立ち上がり、踵を返して歩いていく。トレーニングはどうなったのと二人が追い掛けて隣をうろちょろと駆け回る。ジャックは二人をちらりと見やり、薄っすらと笑った。
「これから宿題を出す」
「「宿題?」」
 顔を見合わせ、首を傾げるジェミニ。
「百人」
 ジャックが立ち止まった。
「それぞれ百人ずつ、仕留めてくる事」
「二百人やっつけてくれば良いって事?」
「いや、一人百人だ。百人を超える分には構わないけど、二人の合計で二百人はダメ。それから、宿題を完遂するまで、バグア側の基地――勢力圏そのものに戻ってくるのも禁止」
「ご飯は?」
「ベッドは?」
「現地調達」
「「えーっ!?」」
 声を揃え、露骨に不機嫌な顔を見せるジェミニ。
「教えてって頼んだのは君達だろう?」
 くっくと喉を鳴らすジャックは、飄々とした態度を崩さない。当然、ジェミニの抗議に耳を貸す筈も無く。
 とはいえ、ジェミニも納得せざるを得なかった。今まで反射神経や直感だけで戦ってきた。だが、それだけではもう勝てない事を二人は知ってしまったのだ。とにかく避ける、避けて、攻撃を当てる――戦場は、そんなやり方でどうにかなるものではなかった。
「それにこんなの――」
 なお抗議しようとして顔を上げたミカのおでこがパチンと叩かれる。デコピンの直撃をくらい、おでこがほんのりと赤くなる。
「俺は忙しいからね。基礎訓練ぐらいは二人でやってもらうよ。それにね‥‥生で命をやりとりした事も無い人間に、俺から教える事なんて何も無いんだ」
 にこりと笑い、二人の頭をぽんぽんと叩く。
 その度に、二人はびくりと肩を震わせた。
「返事は?」
「「‥‥はぁい」」
「じゃ、よーい、スタート」
 ぱちりと手を叩き、再び背を向けるジャック。
 仕方なく、二人は反対側の人類側勢力圏へ向けて歩き始めた。


●迷惑な報告
 イスタンブール――UPC欧州軍基地にて。
「‥‥ジェミニ、でありますか?」
 ヘアバンドをした男性――おそらくは――が、怪訝そうに眉を寄せた。
「そうだ」
 椅子に深く腰掛けた将官の胸には少将の階級章が輝いていた。少将は自分の眉間を揉み、頭痛を気にしながら彼へと目をやる。
 彼――ユーリ・ウラジーミロヴィチ・マレンコフ少尉は、そんなラフな態度を気にする事も無く命令書を熟読していた。
 最前線のトルコで、奇襲されて兵士をが命を落とす事件が相次いでいた。
 奇襲を受けること自体、キメラとの戦いでは珍しい事でもなかったが、その数がここ数日急増し、中には小隊ごと全滅した例もあったのだ。そんな中、少年兵が一人、全滅した隊の隅で震えているのが発見された。
 大怪我を負ってはいたが幸い命に別状は無く、そしてその彼から、ジェミニの存在が知らされたのだ。
「ジェミニが、生身で最前線に‥‥」
「うむ、今までになかった事だ。先の戦いでファームライドが破損し、そのせいかもしれんが‥‥」
 少将は一呼吸起き、鷹揚に頷いた。
「とにかく、傭兵を八名ほど付ける。ゾディアックによるゲリラ戦を阻止し、あわよくばこれを始末するのだ」
「――ハ。了解致しました」
 彼は踵をならし、敬礼してから退席した。
(‥‥わざわざこんな事で少将が? 大袈裟な事だ‥‥)
 ドアを閉め、小さく溜息をつく。彼はポーカーフェイスを崩さぬまま、踵を返す。さっそく、頭の中で募集要項の作成に取り掛かった。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
ノビル・ラグ(ga3704
18歳・♂・JG
百瀬 香澄(ga4089
20歳・♀・PN
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文

 奇襲は突然の事で、突然、銃声が鳴り響いた。誰の銃だったかはよく解らない。ただ、銃の音が一発鳴り響き、その後、連続して銃声が鳴り響いたのだ。
 頭を抱えて、少年は震えていた。
 混乱の中、少年は既に足を負傷して、その場から動く事も出来なかった。先程まで鳴り響いていた銃声はぱったりと途絶え、ジェミニは先程から荷物の山をひっくり返している。
 やがて近付く足音に、びくりと震える少年。
 ふと見上げるた先には、手配書に見た者の姿――ジェミニだ。ユカかミカかは解らない。
 ジェミニは薄汚れたダブダブの迷彩服にボサボサの頭をしていて、その眼はギラついていた。腰には小さな鞘と機関銃がぶら下がっており、片手で拳銃を構えたまま、黙ってこちらを見下ろしていた。
「た、たすけ‥‥」
 辛うじて上げた少年の言葉を、ジェミニの指が引き金に遮る。
「っ‥‥!」
 眼をぎゅっと閉じ、頭を抱える少年兵。
 だが、銃声は鳴らなかった。何度かカチカチと金属音を響かせた後、二人は顔を見合わせ、そのまま立ち去った――以上が、少年の覚えている事の全てだった。


●一日目
 揺籠(ga5583)が少年兵から聞きだした情報や、申請した地図、車を借用して彼等は基地を出発した。
「被害は最小限に‥‥違うかしら?」
 そう語ったロッテ・ヴァステル(ga0066)の提案に、軍は当初、難色を示した。だが、傭兵達がジェミニを罠に誘い込むためだと知ると、掌を返したようにこれを承諾した。全面的な移動は難しくとも、現在、該当地域には、傭兵達の他に兵は少ない。
「降水確率が少し上がったか」
 チェックした情報を元に、鯨井起太(ga0984)は空を見上げた。
 確かに曇り空が続いている。雨が降ってもおかしくない。
「うー‥‥緊張して‥‥来ましたぁ‥‥」
 ぷるっと身体を震わせ、溜息をつく幸臼・小鳥(ga0067)。
 彼女は現地に入った後、車の中からカモフラージュネット等を取り出し、皆に配る。傭兵達の作戦は単純であったが、故に、準備に抜かりはなかった。囮を努めるグラップラー達が活動する簡単な陣を構築し、スナイパー達は少し離れた場所で警戒に当たる。軍の協力も取り付け他部隊は移動。確率的にも、ジェミニが彼等に眼を付ける可能性は上がっている筈だ。
 情報を元に、百瀬 香澄(ga4089)がジェミニの武装に凡その見当を付けていた。
 少年兵の前にいたジェミニは短機関銃に小さな鞘、拳銃を手にしていたと言う。その後どこかから武器を奪ったりしていなければ、おそらく武装に変更は無い筈だ。
「しかし、双子座がゲリラ戦、ねぇ。ゾディアックがやるような事ではないと思うけど‥‥」
 そんな中、ふと思った疑問を口にする。
「それも、わざわざ敵地に孤立して孤軍奮闘って‥‥明らかに今までの二人とスタンスが違うよなー‥‥誰かにそそのかされたか?」
 ノビル・ラグ(ga3704)が、その疑問に続ける。
「まさか、危機感を覚えたから特訓スタート‥‥とかな」
 一瞬、何とも言えぬ嫌な予感がその場に漂ったが、それを遮って、クリス・フレイシア(gb2547)の一言が放たれる。
「戦場で同じ相手に二度会う事は嫌いだ。僕かジェミニ、どちらが死ぬか‥‥」
 悲しそうな顔をして、顔を上げる朧 幸乃(ga3078)。
「全員無事に依頼完了、となるよう‥‥頑張りましょう‥‥?」
 もちろんクリスとて無駄に死ぬ気は無い。ただ、命令があれば死も辞さぬ軍人気質の彼女とは、根本のところが微妙に違うのかもしれなかった。
「ま、とにかく‥‥」
 懐から骨付き肉を取り出す、ツァディ・クラモト(ga6649)。
「やれる対策はやっておこうか」
 演出用の骨付き肉を百瀬へ手渡し、彼は立ち上がった。


●二日目
「よぉ、交代だ」
 ツァディの声に、ノビルが振り返った。
「ん、了解。今のところは異常無いよ」
 双眼鏡を手に顔をあげ、振り返るノビル。
 隣では、小柄な幸臼が思わず伸びをした。
「いつ来るか解らないと‥‥体力面より精神面で、きついですねぇ‥‥」
 場所を交代して各地に潜伏し、カモフラージュネットを羽織るスナイパー達。攻撃班が攻撃ポイントに潜伏した頃、彼等は双眼鏡を覗き込み、周辺を警戒し始めた。重点的に警戒するのは、事前に調べた狙撃ポイントや、囮班の周囲。
 彼等が確認しているのは武器の射程外ではあったが、双眼鏡を使って射程外を偵察する事そのものに何ら問題は無い。
 一方、グラップラーの囮班は固形燃料の火を囲み、来る夜に備えていた。
「‥‥動きは無い、か」
 独りごちるロッテ。
 彼女は岩肌を背に膝を抱えた。可能な限り奇襲を受ける可能性を下げる為、彼女はこの位置を罠に選んだ。
「後は運否天賦、神のみぞ知る‥‥ってね」
 ニッと笑う百瀬。
 ただ、彼女達はできる努力を怠ってはいない。
 例えば幸乃に至っては、身体に包帯を巻いたりもしている。傍目に撤退中の負傷兵と見えるようにする為の工夫だ。
「‥‥暗くなって、きましたね」
 ランタンを取り出し、明かりを灯す幸乃。肌を隠す包帯が、傍目にも痛々しい。
 その時だった。無線機から鯨井の言葉が響いた。
『そのままで聞いて。ジェミニだ』
 一瞬、表情を強張らせる三人。
「どこだ‥‥?」
『君達から三時の方角。岩肌の影‥‥』
 百瀬の問いかけに、静かに応じるクリス。
 囮班は努めて先ほどまでと変わらぬ風を装った。彼等の作戦は待ちの一手だ。待ち構えているぞ、という姿勢を見せてはよくない。
(命令が出ている以上殺るだけだ、が)
 目元を険しくして、じっと双眼鏡を構えるクリス。
 双眼鏡の中で、小さな人影が二人、駆け抜けている。その動きは素早く、囮班の視界を避けつつも、かなりの距離まで接近していた。ジェミニの様子は少年兵の証言とほぼ一致していた。武器に大差は無く、汚れてボサボサとなった髪に、泥だらけの顔、そして服。
 ――いつ、仕掛けてくるのか。
 じっと息をのむ傭兵達。
 双眼鏡の中のジェミニは、岩陰から、囮班の様子をじっと見詰めていた。
 背を向ける形になっている百瀬を見詰め、次いで、岩肌にもたれかかるロッテ、最後にランタンを操作する幸乃を見詰めた。
(仕掛けてくるか‥‥?)
 狙撃銃を構え直すノビル。
 だが――幸乃を見やった後、二人は顔を近づけて何かを囁きあうと、そのまま何もせずに引き上げた。理由は解らない。だが、囮の三人は、ジェミニと面識は無い筈で、囮に気付いたとも思えない。
「妙ね‥‥」
 ジェミニが消えたとの連絡を受け、通信機を手にしたまま呟くロッテ。
『どういう事なんでしょぉ‥‥?』
 幸臼の困惑した声が、無線の向こうから返される。
 傭兵達に釈然としないものを残したまま、その日は過ぎ去っていった。


●三日目
 その日は、夜明け前から雨が降り始めていた。
 彼等は持参したコートやレインコートに身を包み、防寒シートを広げて体力の消耗を防ごうとする。それだけで雨露を凌げるものではないが、やるとやらないでは雲泥の差だ。
(双子が成長しているのは確かだ‥‥成長は変化。二人が外へ眼を向け始めたのならば結構。後は、僕達が彼等の成長を上回れば良いだけの話)
 朝になり、雨は冷え込んだ粒を身体に叩きつけてくる。
 だが、起太は空を見上げ、独り笑みを零した。
 この雨は僥倖だ――と思う。
 雨音と泥の匂いに紛れて、彼は岩肌に身を沈めた。岩肌の周囲には木々が並び、密林と呼べる程ではないものの、身を隠すには十分だった。そして、この雨。雨で、双子のもつ獣並みの直感や反射神経も、少なからず乱される筈だ。その考えは紛れも無い事実ではあったのだが、ただ一点、彼は見落としていた。

 ――ぱきっ。

 小枝の折れる音に、起太は振り返った。
 そこに、ジェミニがいた。
 驚き、ぽかんと口を開けているジェミニ。
「しまっ――」
 考えるより速く地を踏み、銃口を振るう起太。対するジェミニも、ホルスターと小刀のそれぞれに手を伸ばす。その動きと表情は、二人が起太の存在を知りながらここに現れたのではない事を、如実に語っていた。
 一瞬の交錯。
 銃声が鳴って、起太はどうと倒れた。遠距離用のスナイパーライフルを得物にしていたのが、災いした。
「銃声? まさか‥‥」
 囮班の中で最初に反応したのは、最も五感の鋭かった幸乃だった。
「行くわよ!」
 幸乃の言葉に促されたように、ロッテが膝を立て、地を蹴った。
 不要な装備をその場に放置して、グラップラーの三人は駆け抜ける。
『ジェミニだ、こっちに来るとはねっ』
「やはりか!」
 無線機から発せられたノビルの声に、百瀬は思わず歯噛みした。


「ちぃっ」
 ツァディが構えたアサルトライフルから、連続して弾丸が放たれる。
 狙撃可能なポイントや囮班の周囲への警戒は怠らなかった。だが、こんな遭遇戦になってしまうと、誰が想像しただろうか。当のジェミニだって想像していなかったのだろう。ツァディの攻撃を避けながらも、視線を走らせて周囲を窺い、反撃してこない。
「どゆ事ー!?」
「とぉー!?」
 慌てて岩陰に滑り込むジェミニ。
「まさか人に使うとはねぇ‥‥」
 左目の陰陽太極図が、岩を睨みつける。強弾撃を発動すると同時に、貫通弾が空を切り裂き、岩を貫く。
「「危なーいっ!」」
 慌てて飛び出し、ジェミニは木々の合間を縫い、駆ける。
 行動の阻害を狙うツァディは、当たらぬとしても構わず攻撃を続けた。他のスナイパー達は、動かない。動けないのではない。隙を狙い、距離を保ったまま伏せり、動かなかった。
(ユカとミカ相手に、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとは思えねぇ‥‥コレが俺の、たった一つの冴えたやり方だ)
 じり、構えたまま動かぬスナイパーの三人。
「こっンのぉ!」
 地を滑るように駆け抜けたジェミニがツァディに肉薄し、腰を切り裂いた。
 バックステップで紙一重、骨を庇ったツァディは、その足で泥水を蹴り上げる。広がった泥水を顔に受け、目を閉じるジェミニ。一人はやや動きを鈍らせたが、しかし、彼の背を超えて現れたもう一人のジェミニが、ツァディの肩を切り付けた。
 覚醒による作用か、眼を真赤に染めているジェミニ。雨に濡れ、全身泥だらけのジェミニは傍目にもやつれて見え、その瞳だけが異質にさえ見えた。
 その眼が、怒りに燃えている。
「別に正義の味方じゃないからな」
 さらりと応じるツァディ。
 手加減できるほど、気楽な相手ではない。
「この‥‥」
 小刀を再び振り上げるジェミニ。
 だが――
「覚悟しろ双子座!」
 振り上げたと同時に、ロッテ達が到着していた。既に戦闘の難しいツァディに手を出さず、そのまま踵を返し、二人は跳んだ。
「お前達を子供とは思わない」
 ゲイルナイフを強く握り締める、ロッテ。
 覚醒によって、髪が青々と染まる。
 三対二。数に勝っていても、相手がゾディアックである事を考えると、苦戦は必至だ。だがそれでも、彼女達は怯む事なくジェミニの二人を迎え撃った。囮として、牽制として、やらねばならぬ事がある。
「いきます‥‥っ!」
 両のナイフを振るい、ジェミニの横合いへ回り込む幸乃。あくまで慎重に、牽制を狙う。
 その動きに気を取られた隙を見て取り、百瀬はカデンサを手に突出する。
「死にたくない、お前らの遊びで死んだ奴だってそう思ったろうさ‥‥虫が良すぎるんだよ!」
 一直線に放たれる突き。
 地を蹴ってくるりと回転してそれを避けるジェミニの足元掛け、石突での追い討ちを仕掛ける。ジェミニも咄嗟に小刀を抜き、その軌道を逸らせる。そしてそのまま、一人が小刀を振るい、彼女の懐に潜りこんだ。
「「遊びでやってるんじゃないっ!」」
「いい加減な――」
 走る小刀が胸元を裂くも、その切れ味は酷く鈍かった。
 見てみれば、ジェミニの振るう武器は既にあちこちが欠け、酷使されていた。それも女性の胸相手では、致命傷になりようがない。
「――事を言うな! お前らのせいで泣かされた娘を、飽きる位見てきた!」
「嫌な奴ッ、消えちゃえぇ!」
 その激昂を、彼女達は見逃さなかった。
 今まで、彼女達はじりじりと山側へ接近していた。そしてこの、瞬天速。その高速でもって、彼女達三人は一斉に飛び退いた。生じた一瞬の空白。
「何!?」
 その時、確かにジェミニは距離を取られていた筈だった。
 だが、その動きは、彼女達が今見せたものと同じ、瞬天速そのもの。小刀を構えたジェミニが瞬天速を用い、百瀬の動きをそのままトレースしていた。
 切れ味の鈍い小刀でも、得物を弾くぐらいの事はできる。
「ユカ!」
 ミカが叫ぶ。鈍い金属音と共にカデンサを打たれた百瀬の胴ががら空きとなり、同時に、ミカ後方のユカが、手にした機関銃の引き金へそっと力を込める。
 雨中に、鮮血が吹き上がった。
 ただし、百瀬のものだけではない。
 ユカの肩からもまた、真赤な血が辺りに撒き散らされていた。肩を撃ち抜かれた衝撃に、ユカはくるりと宙を舞った。幸臼、ノビル、クリスの三人による、狙撃。眼前の敵に激昂し、ジェミニは完全に不意を突かれていた。
「‥‥ユカ?」
 表情を強張らせて振り返る、ミカ。
「ヴァ・アン・アンフェール!」
 ロッテの長身が地を抜く。
 先手必勝を発動すると同時の、再度の瞬天速。一気に距離を詰めようとする彼女の背後から、幸臼の声が飛んだ。
「ロッテさん危ない‥‥ですぅ!」
 デヴァステイターから連続して放たれる弾丸が、ミカの足元を穿つ。
 先手必勝を発動したロッテよりなお早かったミカが、彼女の接近を察知していたのだ。はっとして動きを止めたロッテの眼前を、短機関銃の弾丸が走った。獣のような眼を向け、ミカは返す銃口を振るう。
「ぶらいとんの言うとーりだっ、おまえらは、おまえらは‥‥っ!」
 だがそのミカの周囲にも、クリスやノビルからの攻撃が飛び交う。
「ミカ、もう良いんだ!」
 立ち上がったユカが叫んだ。
 その言葉を合図として翻るジェミニ。瞬天速も用いずに、二人は雨の中に消えた。


●結末
「ひとまずは、爆撃を要請せずに済んだね」
 覚醒を解除した普段通りの姿で、クリスが姿を表す。
「‥‥腹減ったな」
 ぼんやりと、それに答えるツァディ。
 不意打ちで体制を崩していた起太は酷い怪我で、百瀬とツァディも負傷していたものの、幸い、三人とも命に別状は無かった。何より、ジェミニのユカ自身も、右肩とその腕を引きずって逃げていった。十分な戦果だ。
 UPCに連絡を入れた彼等は、撃退に成功したと判断した軍より退却するよう伝えられ、帰路についた。
 だが後日、UPCは信じられない報告を耳にする。
 負傷しながらもなお、ジェミニはゲリラ戦を止めるどころか、より激しさを増したと言うのだ。結局、能力者31名、一般兵172名の戦死者を数えた時点で、攻撃はぱたりと止む事となった。
「‥‥」
 傭兵達にこの事実を伝えるか否か迷ったまま、ユーリは一人、後味の悪い不気味さを感じていた。