●オープニング本文

●ミッション
　広い地図のある部屋。
　作戦を解説する為のこの部屋に、数名の傭兵が集まっている。
　皆の前で敬礼する、傭兵監査官モーリス。挨拶もそこそこに、彼はさっそく作戦の解説を始めた。
「ご覧の通り、これはトルコ周辺における地図です」
　壁に貼られた地図にはピン等が刺さっており、戦況が示されている。
　とはいえ、競合地域の戦線は常に前後している為、正確な状況は不明とも言えた。今表示されている戦況は、あくまで現在確認されている限りのものなのだ。
「戦況は一進一退。人類は、辛うじて戦線の維持に成功しております。しかし、最近、トルコ方面に侵略しているバグアの動きが妙なのです」
　どういう事だろうと首を傾げる傭兵達。
「ご覧下さい。バグアは各方面から戦力を引き抜き、一箇所に集中させている節があります」
　考えられるのは、大規模な攻勢。
　ＵＰＣはその推測に確証を得る為、航空機による偵察を試みた。しかし、敵の濃密な対空砲火に阻まれて半数が脱落。残る半分は敵部隊上空へ到達するも、一瞬で連絡が途絶‥‥作戦は失敗したのだ。
「当時導入された航空機は六機。今回は、傭兵の志願者数次第ではありますが、最大で１０機による偵察を実施します」
　傭兵であれば、実力も保障されている。
　前回を上回る戦力に、実力者揃いの傭兵。上層部は、これをもって作戦を完遂できる筈だと考えているらしい
「出撃基地はここアンカラ。航空機による偵察作戦を展開し、イラン・トルコ国境線付近に展開する敵軍の情報を収集していただきます」
　地図の上に記された幾つかの地点を順番に指し示すモーリスが、傭兵達のほうへ向き直った。
「さて、作戦の優先順位ですが‥‥」
　資料をぱらりとめくり、モーリスは生真面目そうに眼を細める。
「つまり、敵の攻勢は本物か否か、その判断を下す為の情報が必要なのです。従って、第一目標、集結している敵の戦力。これを最優先とします」
　だがそこで、彼はふいに表情を崩す。
「――と、軍人としては言わねばならないのでしょうが、偵察部隊が敵地上空において、一瞬で撃墜されたという事実もあります。敵には強力なカードがあると見るべきでしょう。決して無理はしないで下さい」
　軍は、傭兵の命を軽く見積もる。
　少数精鋭で無茶をやらねばならぬと決まれば、自国の切り札を温存する為に傭兵を呼び出す事も度々だ。今回も、いわばその類だろう。
「他に何かあれば随時ご質問下さい。では、準備が完了し次第発進とします。作戦の概要は以上です！」


●さぼたーじゅ
「「‥‥飽きた」」
　声が重なる。
　声の主、ジェミニは椅子の上で足をぶらぶらと振り、互いに肩を寄せ、もたれ掛かる。足元には脱ぎっ散らかしたパイロットスーツ。ヘルメットをぽこんと蹴り飛ばし、二人はもたれたまま、指を絡めた。
「雑魚の迎撃ばっかりやらせてさー」
「ヘルメットワームにやらせれば良いのにねー」
「面倒臭いよね」
「疲れたよね」
「手応えも無いし‥‥」
「弱すぎるよ、ね」
　二人は出撃すれば、出撃した回数に比例して撃墜スコアを伸ばした。スコアは仲良く半分こ――では、ない。二人は、二人で、一人だ。撃墜スコアは、どちらがどれだけ撃墜しても、同じ。ひとつだ。
「「楽しくない」」
　暫しの静寂。
「「オヤツも出ない」」
　再び、二人は押し黙る。
「‥‥お昼寝しよう」
「うん、お昼寝」
　二人は互いに顔を見合わせ、頷いた。

●参加者一覧

/ ヴィス・Ｙ・エーン（ga0087） / 稲葉　徹二（ga0163） / 煉条トヲイ（ga0236） / 御影・朔夜（ga0240） / 鏑木　硯（ga0280） / 鯨井昼寝（ga0488） / 鯨井起太（ga0984） / 新条　拓那（ga1294） / 須佐　武流（ga1461） / 鷹代　由稀（ga1601） / 如月・由梨（ga1805） / 篠原　悠（ga1826） / ホアキン・デ・ラ・ロサ（ga2416） / 叢雲（ga2494） / 漸　王零（ga2930） / 終夜・無月（ga3084） / 愛輝（ga3159） / 霧島　亜夜（ga3511） / 緋霧　絢（ga3668） / ノビル・ラグ（ga3704） / 威龍（ga3859） / 金城　エンタ（ga4154） / ＵＮＫＮＯＷＮ（ga4276） / 高坂聖（ga4517） / キョーコ・クルック（ga4770） / 鈴葉・シロウ（ga4772） / クラーク・エアハルト（ga4961） / アルヴァイム（ga5051） / レールズ（ga5293） / 月神陽子（ga5549） / 緋沼　京夜（ga6138） / ラシード・アル・ラハル（ga6190） / シャレム・グラン（ga6298） / カルマ・シュタット（ga6302） / ツァディ・クラモト（ga6649） / ソード（ga6675） / 周防 誠（ga7131） / 砕牙　九郎（ga7366） / レイアーティ（ga7618） / 聖・綾乃（ga7770） / 御崎　緋音（ga8646） / レティ・クリムゾン（ga8679） / リュドレイク（ga8720） / ユーリ・ヴェルトライゼン（ga8751） / 神無月　るな（ga9580） / 金城　ヘクト（gb0701） / 前田　空牙（gb0901） / イスル・イェーガー（gb0925） / ナギ（gb0978） / 鹿嶋　悠（gb1333） / セレスタ・レネンティア（gb1731） / 大神　直人（gb1865） / ヨグ＝ニグラス（gb1949） / チェスター・ハインツ（gb1950） / 嘉雅土（gb2174） / 御巫　ハル（gb2178）

●リプレイ本文

　トルコよりイランへ。
　国境線へ向け、ＫＶが編隊を組んで飛ぶ。
「あーあ、こんな任務でもないと里帰りできないなんて、やなご時勢だよねー」
　ヴィスが周囲の景色を見回しながらこぼした。
　彼等は、威力偵察班は他の班より一歩早く出撃し、撃墜された航空偵察隊が通ったのと同じルートを進んでいた。やがて、事前に聞いていた接敵地点へと辿り着く。山を越えると、眼下の対空砲が一斉に砲門を開いた。
「岩龍の実力、魅せてやるぜ！」
　霧島がニッと笑顔を見せ、アンチジャミングを展開すると共に編隊を確認する。
「対空砲火が‥‥って撃ってきやがった」
　ラージフレアをばらまき、ヘクトがＫＶを翻らせた。
「敵さんも黙ってみてくれない、か。編隊を崩すな、危険だ」
　威龍の言葉に、とにかく足手まといになる事だけは避けたいと考えていたヘクトは、素直に編隊の中へと戻る。
　それでもたった今ラージフレアを撒いた事もあって砲火は乱れ、回避は容易だった。
「亜夜の機体には指一本触れさせないよ！」
　キョーコのアンジェリカが夫の隣へぴたりと付き、ロケット弾を地上へとばら撒く。行きがけの駄賃とばかり、通り抜けていく先々で、対空砲火が爆撃され、炎を吹き上げる。
「‥‥タートルワーム発見！　すぐに接触します！」
「まいったね」
　やや上方に位置する綾乃が、やや遠方にタートルワームの姿を認めた。
　彼女の警告に、誠は眉をひそめた。
　彼の機体にはカメラが搭載されており、護衛機と交戦中の対空砲火をそのフレームへと収めている。撮影の為には機動を抑える必要があり、激しい対空砲火に曝されれば損害は免れ得ない。
　やがて、山岳の隙間からタートルワームが顔を出す。
「くっ、彼等はこれに落とされたのか？　‥‥いや、違う。まだ先だ！」
　砲火に曝され、直人は翔幻の機を躍らせた。
　事前に危険と思しき箇所をチェックしていた彼は、当然、偵察隊の全滅地点も覚えている。ここよりまだ先だ。それに、幾らタートルワームといえど、１体で数機からなる偵察隊を一瞬で全滅できるとは思えない。
　編隊を崩すな――無線から聞こえる霧島の指示に、皆が頷く。
「当たらなくても良い、攻撃を仕掛けて牽制するんだ」
　各機がミサイルやロケットを放つ中、キョーコはタートルワームの砲台を狙った。爆発が巻き起こり、数発の命中弾にタートルワームがぐらりと揺れる。彼女の２連装ロケット弾が命中したのだ。本体こそ無事だが、明らかに攻撃が弱まる。
　その隙を突き、彼等はタートルワームの上空を一気に突破した。
「少し派手になってきたな‥‥！」
　現れた飛行キメラをライフルで撃ち落とし、ヴィスは次なる得物を狙う。
（ＨＷは出てこないな‥‥）
　迎撃に現れる飛行キメラの多くは、鳥に似た構造で空を飛んでいる。彼奴等キメラに滑走路など不要という事か。大きな損傷を受けぬまま、彼等は偵察を続け、やがて対空砲火網を突破した。暫しの静寂が彼等を出迎える。
　損傷は軽微。彼等はそのまま加速し、偵察隊の全滅空域へと向かった。
「‥‥何も無い？」
　偵察を実施する霧島と誠の中央で、威龍のウーフーが減速した。
　彼等の見たその空域には、敵の姿は無い。
（何故だ？　敵戦力が移動したか？　それとも‥‥）
　モニターをじっと睨み、周辺の映像を撮影する霧島。
　その時だ。彼の真横を光の筋が走った。
　辛うじて避けるも、第二撃、第三撃が彼等の隊へ殺到した。
「ヘルメットワームか‥‥」
　誠機に並び、直人の翔幻が敵機のほうへと機首を向ける。
「亜夜さん、エネルギーも減ってきてます、撤退したほうがよくありませんか？」
「‥‥」
　彼は迷った。が――
「よし、一旦下がろう。比較的安全な空域で敵戦力を迎撃する！」
「了解！」
　各機が機首を翻す中、嘉雅土は煙幕を辺りへ放ってから翻る。
　ＨＷは攻撃を仕掛けてきたが、ブーストを発動して離脱する彼等に大きく引き離される。霧島とキョーコの二人が殿を務めつつ離脱し、彼等はひとまずその空域を離れた。その後彼等は、撤退先の空域で改めてＨＷを迎撃する事となる。


●緒戦
　威力偵察班より少し遅れ、Ｂ班――
　山肌に身を隠しつつ、Ｂ班は低空飛行を続けていた。敵の索敵システムに対する意味は薄いものの、人類製レーダーを転用している事があれば、レーダーに捉えられたり視認されたりする可能性が少なからず低下する。
「もう少しで国境地帯へ到達します。無線を封鎖して下さい」
　ヘルメットを着用する為に黒子頭巾を被っておらずとも、アルヴァイムの目元はどうも暗い。
（今のところ迎撃などは無い、か‥‥）
（かなり大規模な偵察になったなぁ‥‥）
　無線は封鎖されている。
　誰に呟くでもなく、心の中でそう思う硯。
　彼は機をアルヴァイムに近づけ、護衛できる位置をとった。カルマとはペアを組んでおり、互いが互いの位置を確認、カヴァーできるように心がけている。格好としては、二人でアルヴァイムを挟み込むような位置取りだった。
　暫くの間、彼等は静かに飛んでいた。山脈の隙間を飛ぶ以上、速度を出す事はできない。無線も封鎖しており、静かに、ただ粛々と空を飛ぶ一行。
　目的地は国境地帯南部。
　南部から北上し、再び山脈へと紛れ込んで離脱する算段だ。
「‥‥敵か！」
　シャレムは奥歯をかみ締める。
「撮影を開始します。護衛は頼みました！」
　無線封鎖を解除し、アルヴァイムから指示が飛ぶ。
　その言葉に、シャレムはタートルワーム対策に雷属性の武器を構え、敵の様子へと目を走らせた。彼等の対空砲は山岳に紛れて設置されていた。とても、タートルワームが動き回れる隙間は無い。
「タートルワームは無し‥‥むしろ攻撃がまばら？」
　その様子に、彼女は首をかしげる。
　とにかく、今は戦闘と撮影に集中せねばならない。彼女はアンチジャミングを展開し、味方をその効果範囲へと収める。
「何を仕掛けて‥‥？　いや、とにかく迎撃だ」
　ホアキンの雷電が先頭を切って対空砲火の中へと飛び込む。後方ではハルが撮影を開始している。疑問は後回しにし、今は撮影機を守らねばならなかった。８連装ロケット弾ランチャーが火を吹く。山岳に位置する対空砲火の周囲が爆炎に巻き上げられる。
　ある砲台は直撃で、またある砲台は土台が破壊され、崩れ落ちてゆく。
「よし、行くぞっ！」
　ホアキンとペアを組む空牙も、ホアキンに続いて攻撃を開始した。
　彼のワイバーンは雷電の後方に付き、同様にロケット弾を辺りへとばら撒く。狙いには多少甘さが残るものの、初めてのＫＶ戦としては上々。敵の数が少ない事もあり、落ち着いて戦うだけの余裕があった。
　アルヴァイムの両脇を飛ぶカルマと硯も、敵砲台への攻撃を開始していた。
「敵の戦力が少ないとは‥‥妙ですね！」
　そのまばらな対空ミサイルを避け、カルマは中空で反転、その地対空ミサイル砲台をレーザーで焼き払う。同時に硯は、対空砲陣地へ対地ロケットランチャーを向けていた。
「ハリネズミのような巨大兵器もあると聞きます。それがここにあるのかどうか、それを確認できるだけでも良しとしておきましょう」
　眼を紅く染め、硯は呟いた。
　至極冷静に陣地を破壊し、速度を緩めずに飛行を続ける。
「‥‥流石に厳しいわね！」
　微かな舌打ちが響く。
　本来ハルは地殻変動測定器を展開する予定だったのだが、空中、それもこの偵察作戦の中では、とてもではないが余裕が無い。もちろん、必要以上に自分達を危険に曝すつもりも無かった。
「偵察地はここだけではありません」
　ハルのやや前方を、アルヴァイムは飛ぶ。ただし、彼は正面ではなく、やや左右にずれて飛んでいた。最大範囲を撮影する為、彼は撮影場所をハルとは被らぬように注意していた。
「急ぎましょう」
　アルヴァイムの言葉に、Ｂ班の面々は頷いた。


　ジェミニの二人が寝ぼけた顔を見せ、並んでモニターを見つめる。
『出撃だ』
　画面に映った男が静かに告げた。
　男は厳つい顔で画面を覗き込み、二人を睨んだ。
　正確な役職は覚えてないが、男の名はジョージ・バークレー――ジェミニ曰く、バグアの『偉いオッサン』だった。
『休憩は終了だ。直ちに迎撃に出てもらう』
　二人してぷうと膨れる。
　呆れたように、男は溜息をついた。
『うるさい。早く出撃するんだ』
「「‥‥はーい」」
　その言葉に渋々起き上がり、ヘルメットを被る二人。
　着替える途中、男は言葉を続ける。
『良いか。奴らは偵察部隊とはいえ、百洗練磨の傭兵共だろう。油断するな。それから――』
「「それから？」」
『安易な挑発に乗らず、逃げる奴から仕留めろ。そいつらが偵察機だ。他は放っておけ』
「向かってくる敵を放っておくの？」
「僕達の怖さを教えてあげなくちゃ。ねー？」
　ニヤニヤと笑う二人。
　だが二人の顔色が、突如として切り替わる。何故ならば、男がこう言ったからだ。曰く――命令を聞けば極上チョコケーキを喰わせてやる、と。


●アララト山
「あれがアララト山か。バグアに耐えて此処まで来た俺らも、ノアと似たようなもんかもな」
　引き締まった表情で、山を見下ろす拓那。
　その視界に、地対空ミサイルが現れていた。
「‥‥行きます！」
　エンタが気合を入れ直し、スロットルを絞る。人類反攻の種火を、ここで消す訳には行かない――それが彼なりのモチベーションだ。現れたヘルメットワーム目掛けてレーザーを打ち込みつつ、すれ違いざまにソードウィングを叩き込む。
　衝撃にディアブロが揺れる。
　しかし、パワー負けしたのはＨＷの側だった。
　その一撃でくるくると回転してコントロールを失い、追い討ちとばかり、絢がミサイルを撃ち込んだ。そして、そのまま残骸の中を突っ切り、機体を水平に安定させる。
「撮影を開始します」
　直線的で低速な移動。その動きを見て、対空砲が打ち上げられ、周囲で爆発する。
「‥‥この程度の火力。私の岩龍をただの岩龍と思ったら大間違いですよ」
　彼女の言葉は決してオーバーではない。
　過剰なまでに装甲の強化された彼女の岩龍は、岩龍とは思えぬ程の耐久力を発揮している。流れ弾の１発や２発で撃墜されるほど柔ではない。
　同様に、緋音の雷電や、エンタのディアブロが速度を落とし、地表に対しカメラを向ける。
　ただ、エンタのディアブロは、偵察機ではない。
　彼はライフルでの狙撃を安定させる為に速度を落とす事で、同時に、自分の機体を偵察機であるかのように装った。
「偵察機は、まだ大丈夫そうですね」
　レールズは眼下に絢の岩龍を捉えながら、正面のＨＷを見据える。
　隣には拓那のディアブロ。彼等は二機で前衛を担っていた。
「拓那さん！　あなたとは前からツートップで戦ってみたかっ‥‥？」
　妙な違和感を感じて、彼は言葉を区切った。
　ＩＲＳＴと実際の敵機を照らし合わせる。ディアブロのそれはワイバーンにこそ劣っているが、違和感を覚えるには十分だった。ハッとして、彼は顔を上げる。
「ステルス迷彩です！　ファームライドが紛れ――」
　空中を走った一閃の光に貫かれ、ディアブロが爆発した。
「レールズさん！？」
「‥‥ぐっ、大丈夫、生きてます！」
　エンタの問いかけに、辛うじて応じる。
　だが、エンジンが咳き込み、彼のディアブロは満身創痍と言う他無い。手負いの彼を狙うＨＷを追い払い、拓那が叫ぶ。
「無茶するな！　偵察なんざまだ前菜だ。メインディッシュにありつく前に退場するなんて早すぎるさ！」
　彼とて死ぬつもりは無い。お守りだってあるんだ。愛する人の下へ死体となって帰るなんて、ゴメンだった。
「‥‥偵察は途中だけど、離脱するしか無いようね」
　モニター類を睨む絢。
「こちらＡ班、ファームライドが出ました。応援を頼みます！」
『ザッ‥‥了解だ！』
　エンタが通信機に向かって叫ぶ。
「偵察機は先に離脱を。時間を稼ぎます！」
　機首を翻した岩龍を追おうとしたＨＷを、レイアーティは横合いから撃ち抜く。
（ファームライドはどこだ‥‥？）
　周囲を見回すも、見当たらない。
　攻撃を仕掛けて来なければ、自ら手を尽くして見つけねばならないのだが、ＨＷとの乱戦中にある現在、赤外線だけでその位置を割り出すのは極めて難しかった。
　そして――突如、絢の岩龍が爆発した。
「しまった！」
　歯をかみ締める拓那。
　後方を見やると、絢は岩龍から射出され、空中でパラシュートを開いている。
「‥‥他を無視して私を狙ってきた？」
　疑問を抱いても、今のままでは伝える手段が無い。
　幸い、脱出後に必要なものは一通り準備していた。地上に降りさえすれば、通信で味方へ連絡を取る事も可能だ。しかしそれも地上に降りたらの話。彼女は自由にならぬ己が身を嘆きつつ、足が地に着くのを待つしかなかった。
　編隊での戦いはまだ続いていた。
「くっ‥‥！」
　編隊へと向かうミサイルの爆発に煽られ、隊が崩れる。更にはそこへ、ＨＷの攻撃。
　ＨＷから放たれた光線が、レイアーティへと向かった。
「レイさんは落とさせないっ！」
　素早く動いたのは、緋音だった。
　雷電のブースターが唸って立ちはだかる。その機を貫く攻撃に、雷電が大きく揺れた。
「緋音君！」
　驚き、レイアーティが叫んだ。
　覚醒した彼が直情的なのは、普段が冷静に過ぎる故だろうか。
「大丈夫、これぐらいの攻撃。それにね‥‥」
　彼女の雷電には、撮影機材が積み込まれていた。
　しかし、こうやって味方を庇う事で護衛機と見えるに違いない――そういった計算が働いたのだ。もちろん、愛しい人の身を案じる想いだって、嘘じゃない。
　だがやがて――ＨＷを撃墜した後、彼等に攻撃を仕掛けてくる敵の姿は、既にここに無かったのである。


「イランまで遠足‥‥って訳には行かないようね」
　迎撃に現れたキメラを前にして、由稀は溜息をついた。
「Pearlより全機へ」
　そんなため息を打ち消すように、篠原の明るい声が響く。
「今回の目的は偵察。みんなで無事に帰るんやで？　約束しよう」
　その言葉に、傭兵達は小さく笑う。
　とにかくまずは、眼前の敵を始末せねばならない。
「こちらイスル。岩龍‥‥アンチジャミング開始‥‥いいよね、鷹代さん‥‥」
「えぇ、ちゃっちゃと終わらせて、帰ってゆっくりお茶でも飲みたいわぁ‥‥」
　機を加速させ、敵機へ接近していく。
　アンチジャミングは常時稼働中。周囲の味方はその効果範囲内を飛び、襲い掛かるキメラの群れを迎撃し始めた。イスルの岩龍は、あまり強力ではない。彼は支援に徹して戦闘に参加していなかったのだが、敵は容赦なく狙いを定めてくる。
　グリフィンのような大型キメラが爪をむき、急降下して襲いかかる。
「おっと、そうはいきません！」
　急上昇する、鹿嶋の雷電。その機首から、ガトリングの弾丸が一面にばら撒かれる。柔な身体を穴だらけにし、悲鳴を上げて墜落していくキメラ。
「ありがとう‥‥」
　ぼそりと礼を告げるイスル。鹿嶋の機は、由稀と同じように偵察任務を担っている。
　それでも、仲間の危険をそうそう放ってはおけなかった。
　しかし、１匹２匹のキメラを潰したところで戦いが終わる訳ではない。
　更には陸の対空砲が彼等を捕捉し、砲火をもって牽制する。
「敵対空砲‥‥ちっ、させない‥‥っ！」
　セレスタが舌打ちし、クラークの雷電を援護できるような位置へとバイパーを運び、対地攻撃を開始した。雷電が登場したとはいえ、攻撃機としてのバイパーの有用性は侮り難い。疑問を差し挟む余地無く現役だ。
　高速滑空砲が、装甲の薄い対空砲上部を貫いて、沈黙させる。
「支援機にばかり任せてはいられない‥‥ですね」
　クラークも同様に、雷電の巨体を地に向け、ロケットランチャーを放つ。
　高い火力による攻撃で、主戦場周辺の対空砲火は１基、また１基と潰されていった。
　だが――
「仕留めたっ、次は‥‥つッ！？」
　敵キメラをソードウィングで切り裂き、篠原は飛んでいた。
　その彼女が微かな頭痛を感じて、周囲を見回す。
　見覚えのある物体。キューブワームだ。どこに隠れていたのか、山岳の隙間を縫い、傭兵達を取り囲むように姿を現す。
「来たな‥‥どこまでやれるか、計測だ」
　レティが機を躍らせ、ＣＷにロケット弾を叩き込む。
　命中力に難のあるロケット弾とは言え、キューブワームが相手ならさほど問題は無い。
　他の味方も、キメラや対空砲潰しを一時中断。新手のＣＷに殺到する。ＣＷが登場すると、あの嫌な定石パターンが思い出されるからだ。そして、嫌な予感は往々にしてよく当たるもので――


「‥‥おかしい」
　愛輝は一人、計器類を再チェックしていた。
　彼の機体は殿を務める部隊の最後尾――それも高高度を飛行していた。息苦しさを押さえつつ飛ぶ最中、ＫＶの通信機器類は急に沈黙する。
　そして、そういった通信途絶は、UNKNOWN、九郎の機でも引き起こされていた。
「ふむ‥‥」
　眼下を睨み、眼を細めるUNKNOWN。
　限界高度を飛ぶ二人は酸素マスクを口から外す事も出来ず、重たい頭を振るい起こしつつの飛行だった。
「‥‥少し無理があったか」
　溜息混じりにシートへもたれ掛かる。
　最大限に高い位置から傭兵やバグアの動きを観察しようと考えていたのだが、どうにも、高度が高すぎる。
「望遠レンズでもあれば良かったんだけどな」
　愚痴っても仕方が無いと解りつつ、九郎は、つい愚痴ってしまった。
　幾ら安全と言えど、専用の偵察機や情報処理機でも無い限り難しい。その上、ジャミングでの通信途絶だ。おそらくは前線部隊がＣＷと接触したのだろう。
「チッ、UNKNOWNさん、帰還しましょう」
　ミサイルだった。
　対空ミサイルに煽られ、彼等は機首を返してゆっくりと高度を下げ始めた。


●Ｆ班、奮戦
　多数のＫＶが、一斉に戦闘空域へ殺到した。
「助かる‥‥」
　ツァディが冷や汗を拭いつつ、敵の攻撃を回避した。
　どの機体も少なくないダメージを負っていた。キメラと対空砲も残っているのに、ＣＷの相手に時間を食われたからだ。
「Ａ班のファームライドが離脱しました。こちらに向かっている可能性があります」
　由梨が近隣のＣＷを撃墜しつつ、通信回線を開いた。
　無月と朔夜の３機は、揃って敵機を屠って行く。
「到着が遅れてすまない。UNKNOWN達とも連絡が取れなくてな」
　王零が苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
　その事実を知るのが遅れ、それに連動して到着が遅れたとは言え、偵察隊にとっては、彼等殿のＦ班は騎兵隊のようなものだった。殿班には大戦力が集まっており、敵を数でも圧倒した。
　通信さえ届いていれば、もう少し迅速に動けたのに、と高坂は眼を伏せた。
「他班との通信も遮断されてしまうとは‥‥」
「‥‥待て。話は後だ」
　朔夜は言い放ち、ワイバーンのＩＲＳＴを睨んだ。遠方から熱源が迫ってくる、その動きを察知したからだった。彼は反射的に口を開いた。
「熱源が接近。おそらくファームラ‥‥何だ？」
　彼の疑問符に、皆の表情が強張る。
　ワイバーンのコンソールパネルには、多数の反応が表示されていた。１機ではない。それこそ、数え切れぬぐらいの。
　だがやがて、その疑問は氷解した。
「ミサイルだ！　注意しろ！」
　武流が叫び、ハヤブサのブーストを起動する。
　迫るミサイルを、彼は軽々と回避した。
　だが、敵の数を減らすどころではない。彼等の視界を覆ったのは長距離ミサイルの群れだった。おそらくは戦闘空域にあてずっぽうに撃ちこんだのだろう。ミサイルを避けきれず、数匹のキメラが爆発に巻き込まれて粉々になる。
「どういう事だ‥‥！」
　近隣の爆発に頬を照らされながら、リュドレイクが呟く。
　ミサイルの嵐で、編隊が崩れる。
　編隊を維持したまま避けられるものではないからだ。もちろん、そうは言ってもあてずっぽうの遠距離ミサイル。そうそう当たるものではない。
「ちぃ‥‥！」
　朔夜は機を翻した。
　ＩＲＳＴの画面は確かに熱源を捉えているが、同時に、通常のレーダーも真赤に染まっている。ＩＲＳＴとレーダーの性質の差を利用しようにも、こんな状況下でステルス機を発見できるのは天才だけだ。
　そして、見えない敵は突然に牙を向いた。
　ミサイルの嵐の中、何も無い空間。この空間から突然、総勢数百発にも及ぶ小型ミサイルが吐き出された。
「カプロイアミサイルか！？」
　普段好んで使うソードだからこそ、一瞬で気付いたのだろう。
　しかし、このミサイルの数は、カプロイアミサイルの数さえ遥かに凌駕する。おそらくは、改良型か、何かか。
「我らが抑える！　汝らは逃げろ！」
　眼前に迫るミサイルをギリギリで避けつつ、王零が叫ぶ。
「三十六計逃げるにしかず、かな？　殿が抑えていられる間に、偵察機はケツまくって逃げるわよっ」
「――っ！！　皆‥‥すまない！」
　鷹代の言葉は、いわば味方を見捨てて逃げるという事だ。
　だが、今は仕方が無い。苦渋の選択だった。情報を持ち帰る事こそが彼等の最終的な目標だ。鹿嶋は苦しげな表情を見せながらも、その指示に従った。
　当然の事ながら離脱する彼等にもミサイルは向かう。
　そのミサイルを、チェスターの弾幕が阻んだ。
　Ｐ１マシンガンが高速で弾丸をばら撒く事で、少なくないミサイルが火球へと変わる。
　その一方で、被害も出ている。
「わあっ！？」
　ヨグは機体の揺れに奥歯を噛みしめる。口を開けていたら舌を噛みかねない、激しい衝撃が機を襲った。それでも、攻撃こそ派手だが一発一発の威力はまだマシだ。他にも命中弾を喰らったＫＶはいたが、ひとまず、撃墜は免れている。
　辛うじて弾幕を潜り抜けるヨグ。しかし、その時彼が見たのは、カプロイアミサイルの第二派だった。
「あ、あいつら後でぶっ飛ばしてやるですよっ！」
　半ば涙目で、彼は幻霧を発動し、周囲を包んだ。幻霧に惑わされ、てんでばらばらに飛び交う小型ミサイル。
　その霧の中に紛れ、リュドレイクはミサイルの中心点を探した。
「‥‥見えた！　あそこです！」
　彼は怒号と共に、ペイント弾を込めたミサイルを放つ。
「全機、集中砲火」
　無月が無線を通じて周辺の友軍機に呼び掛ける。
　傭兵達は弾幕をかいくぐり、或いはその攻撃を気にせず、ありったけのＧ放電やペイント弾を叩き込む。もちろん、反撃とばかり、爆炎の渦中からは更なるカプロイアミサイルの弾幕が展開される。
『う〜！　そんなに姿を見たいなら、見せてあげるよ！』
　爆炎を突っ切り、ミサイルと共にファームライドが姿を見せた。
　その声には聞き覚えがある。ジェミニだ。
「よぉ‥‥また迷子か？」
　ツァディは溜息交じりに、ファームライドの姿を見やる。
　ファームライドは、姿を現すと同時に、ミサイル・コンテナや燃料タンクをパージした。いかにも余裕満点だから姿を見せるよ的な事を言っていたが、パージしたところを見るに、追加燃料が尽きたから姿を現したのだろうだろう。
　となれば、多分負け惜しみだ。
「双子座か。今度、牡羊座の女に会ったら『性格の悪さが顔に出ている』‥‥と指摘していた男が居た事を、伝えておいて貰えるか？」
『アハハ、気が向いたらね！』
　トヲイの言葉に笑顔で答えるジェミニ。
　だが、再集結する傭兵達を放っておき、先ほどの偵察隊の後尾目掛け、ジェミニは加速した。
「残念ですが‥‥ここは退かせてもらいますよ‥‥」
　弾幕と煙幕を展開する事で妨害を試みる、るな。
　後ろより続くファームライドのプレッシャーを感じながらも彼女は呟いた。
「えーっと‥‥私達は去るのではない。再びまみえるのだ‥‥です」
「ジェミニじゃん。ハロネン女史の一件では世話になったな！」
　ＳＥＳエンハンサを発動しブースターによって加速するノビルが、弾幕の周囲へとＧ放電を展開し、ファームライドへと向かう。
「あァ、思い出した！　煙幕越しに撃ってきた馬鹿だコイツ！」
　徹二が通信回線を全開にしつつ、煽り立てる。
　接近すると同時にハイ・マニューバとブーストを発動し、眼前で自機を見せびらかすようにターンを掛ける事で注意を引き付けんと画策する。しかしジェミニは、捻りこむようにその隙間を抜け、勢いを止めはしなかった。今までのジェミニからは想像もできない事だ。
　赤い悪魔の機首が輝く。
　その、瞬間。
「いけないっ！」
　現れたのは、ナギのＲ−０１。先のカプロイアミサイルで、既に少なくないダメージを受けている。
　だが、彼女は、アグレッシブ・ファングを発動すると共にジェミニの後方に付き、バルカンの引き金を引く。実戦に不慣れとは思えぬ程、思い切った行動だった。
『邪魔しないでよっ！』
　その攻撃に気付き、ファームライドが跳ねる。
　たとえバルカンと言えど当たるのは嫌なのか、ジェミニはバルカンを避け、あてずっぽうにプロトン砲を放った。光条は退却中のＤ班を掠め、空に拡散していく。
『うぅ〜‥‥バぁーカぁー！』
　通信画面に、あっかんべえをしたジェミニが映った。
　きょとんとしたナギのエンジンが、爆発する。
「きゃあ！？」
「離脱しろ！」
　ノビルの攻撃に続き、チェスターがホーミングミサイルで追随。
「無理なら脱出をっ！」
　そのままナギの隣へつけ、幻霧を展開して離脱を支援する。
　乱戦模様の中、辛うじてＤ班は離脱して行った。
（ジェミニが単機で？　‥‥妙だ）
　味方へ指示を出しつつも、無月は疑念を覚える。もちろん、その点に気付いたのは彼だけではない。Ｂ班でも、篠原がおかしいと思い、通信機を手にしていた。
「‥‥こちらPearl、聞こえとる？　敵は双子座。もう１機いる可能性が――」
　言いかけた彼女の目の前で、鹿嶋の雷電が爆発した。


●帰還
「さぁ鬼ごっこだ。捕まえてごらん？」
　ハルの岩龍が加速し、ＨＷを振り切るように飛ぶ。
「アルヴァイムさん、ここは先に行って下さい！」
　カルマと硯のペアが反転し、追いすがるＨＷへ攻撃を加える。
「ちょっとでも時間を稼げれば‥‥」
　次々と現れるキメラに、しつこく追撃するＨＷ。それらの敵を前にして、硯の可愛い顔に、睨むような瞳が覗いた。先ほどから無茶な機動で戦い続けていて、彼自身は気付かないが、身体はそろそろ限界だ。
「‥‥やっぱり耐久性の管理は無理かしら」
　ぼそりと呟くシャレム。
「そろそろ厳しくなってきましたわね。急いで下さい！」
「厳しいが、まだ、何とかなるさ！」
　ホアキンのスナイパーライフルが、現れるキメラを一撃で吹き飛ばす。
　敵からの襲撃を受けてしまった上に、各班とは殆ど連絡が取れていない状況ではあったが、このままなら帰還可能だと、彼等は考えていた。
　それに敵の攻撃が薄かった以上、他の部隊も安全に離脱できたのかもしれない。そういう、希望的観測を持つ事だって、できなくは無かった。のだが。
『‥‥聞‥‥えるか。こちら‥‥ファームライドが‥‥』
「おい！　誰だ！　ファームライドだって！？」
　突然の通信に、空牙は驚きを隠せなかった。
『うだ‥‥ファー‥‥イドは‥‥逃げる敵を狙っ‥‥』
　通信は途切れた。
　言いようの無い不安を抱えつつ、彼等は基地へと急ぐしかなかった。


　叢雲は、各種センサーに眼を光らせながら機を操作していた。
「他班との無線は回復しませんね‥‥」
　Ｃ班は既に帰路にあり、一路アンカラへと向かっている。
　ＣＷによって通信が極めて妨害されているのは事実で、彼等が確認できたのは退却を報せる信号弾程度だった。もちろん彼等はＣＷを撃破して突破してきたのだが、双方のＣＷが全滅せぬ限り、通信が回復しそうにはない。
　周囲を見回す白熊が一匹。
「敵の襲撃が無ければ良いんですけど」
　シロウだ。彼等は敵地をぐるりと偵察して来たが、集結しているという敵戦力は遂に発見できなかった。已む無く、対空砲や敵の伏兵を撮影しながら帰路に着いた。
「何事も無いのが一番なのですが‥‥」
　小さく息を吐く陽子。
　彼女自身、張り詰めてきた緊張に疲れを感じている。いや、駄目だ。気を抜いてはならない。そう心で繰り返し、自分自身を戒めた――瞬間、京夜のディアブロがぐらりと揺れた。
「京夜っ！？」
　ラスの悲痛な叫びが響く。
「先に行け！　駆け抜けろっ！」
「――ッ！」
　自分の機体が長持ちしないのは、京夜自身には解った。
　機を寄せようとしたアル・ラハルだったが、その言葉にハッとして、機を放す。今まで彼の居た空間を、機関砲の弾丸が過ぎ去っていく。
　周囲に敵影が無いとなれば、それは当然、ファームライド。
　ＩＲＳＴの向かぬ方角から攻撃された以上、先手を取られても止むを得なかった。
　ゾディアックも、馬鹿ではないのだろう。何度も同じ手段には引っかからないという事か。
「最悪のカードを引きましたわね‥‥」
　陽子の頬を冷や汗が伝う。
「京夜さんの犠牲を無駄にしてはなりません、離脱を！」
　叢雲は叫び、照明弾をもって何とか敵の存在を探れぬかと苦心する。
　彼の機を追い越し、京夜はアグレッシブ・フォースを発動してＧ放電を射出する。本来ならアル・ラハルの照明弾後に撃つ予定だったのだが、止むを得なかった。何故ならその直後に、彼のディアブロが爆発したからだ。
「無駄には、しない‥‥！」
　そのＧ放電の周囲へ向かって、アル・ラハルは閃光弾を撃ち込んだ。膨大な光に曝され、陰こそ浮かばなかったものの、ゆらりと空間が歪む。
　その揺らぎを振り払うように、ファームライドは姿を現した。
「くっ、来たわね、行くわよ起太！」
「了解、昼寝。ヘマするなよ」
　側面や下方からは来なかった。
　索敵で役に立てなかった分、時間稼ぎぐらいはやってみせるつもりだった。弾幕を張りつつ、迫る二機。彼等が急上昇を掛けると同時に、シロウと陽子の機体がブーストを掛け、一気に離脱せんと試みる。
　しかし、その動きを認めたファームライドは、突如、機を翻した。
　鯨井兄妹の眼前を掠め、急降下するファームライド。
　その機体に、映える、ジェミニのエンブレム。
「なっ！？」
　その動きに、起太は驚いた。
　今までのパターンから言えば、ジェミニは『売られた喧嘩は買うタイプ』だ。それがこうもあっさり、眼前の敵を無視したのだから。
　放たれた滑空砲が、陽子のバイパーを貫いた。
「――ッ！！　一撃、くらいならっ！」
　操縦桿を握り締め、辛うじて機体を立て直す陽子。
　スタビライザーまで稼動させ、最大限の行動力を用いて、彼女は一直線に駆け抜けた筈だ。だのに、敵の攻撃で足止めさえされなければ、ファームライドはそれほどのバイパーにさえ追いつけてしまう。
　滑空する弾丸が連続して降り注ぎ、彼女のバイパーへ次々と穴を穿つ。
「夜叉姫でも、これが限界とは‥‥」
『逃げる奴は偵察機！　逃げない奴はよく訓練された護衛機！　本当戦場は地獄だね♪　アハハハハっ』
「‥‥ねぇ、君達は‥‥どうして！　どうして、バグアになんか‥‥！」
　アル・ラハルがワイバーンを割り込ませ、行く手を阻む。
　その隙に脱出する陽子。
『教えてあげないよーだ！』
　答えるジェミニの声は、あくまで陽気だ。朝焼けの空に似合わぬぐらい、昼の空のように、あっけらかんとしていた。
「味方がピンチでも耐えた。それで、こうも簡単に‥‥っ！」
　墜落し、爆発するバイパーの様子を見、口を結ぶシロウ。
　雷電の最高速度で加速するシロウの眼前に、ファームライドが現れた。ぶつかるような勢いで向かってくるファームライド。すれ違った瞬間、弾丸の嵐がシロウを襲っていた。


●ブラフ。もしくは。
　机の上には、回収された写真類。
　篠原が行きがけに撮影したアララト山の写真も、コピーを回収した。
　結論から言えば、敵戦力の集結と、それにともなう中東攻撃の可能性は低いと判断された。帰還した傭兵達の証言を統合したところ、敵地上戦力には大規模な――少なくとも敵の戦線を攻撃するだけの大規模な機動戦力は見当たらないとの事だった。
　先発した偵察隊が全滅した原因はファームライドであり、ファームライドが配置されているのは、広大な戦線を少数でカバーする為であると結論付けたのだ。
　ただ、結論には憶測が含まれている。
　最悪の事態に備えるため、必要な戦力は残し、余剰戦力をアジア支援に用いる事となった。
　すっかり騙される寸前で、何とか偵察が成功し、軍は方針を決定する事が出来た。ここまでの結論を出せた以上、傭兵達の偵察作戦は、ある程度の成功を収めたと言って良さそうであった。
「――どうぞ」
　差し出されたオーダーメイドの軍服を前に、霧島と緋音はきょとんとした。
「まぁ、勲章みたいなものです。あくまでレプリカ、ですけどね」
「私だけですか？　レイアーティさんには‥‥？」
　緋音は少し残念そうだ。
　そんな彼女を見て、モーリスはやや苦笑する。
「多数の友軍が撃墜されても、情報は回収できた。従って作戦は成功。成功なんだから、論功行賞せねばならない。上層部の理屈はこうです」
　苦笑するモーリスは態度を崩し、机に腰掛ける。
「かといって勲章は出せない‥‥だからって用意された、言い訳の産物なんです」
　負傷者のリストをちらりと見やる。
　撃墜された傭兵も多かったが、この後にも、アジアを巡る大規模作戦が待っている事は明白だった。貴重な戦力を無駄には出来ないと、彼等には十二分な治療が施されている。
「申し訳ありません。こんなもの‥‥と思われましたら、売り払ってお金にでも換えちゃって下さい。僕の立場でこんな事言うのも、何ですけれどね」


　ベンチに腰掛け、由稀は深い溜息を吐いた。
「コーヒー、いかがですか？」
　クラークの手にはお盆があり、同じ班に所属した全員分が乗っている。
　皆へとコーヒーを渡して、彼も、向かいの椅子へと腰掛けた。
「最良の結果を望み、最悪の結果に備える‥‥自分のモットーです」
　コーヒーをすすり、一拍置く。
「‥‥難しいものですね」
　結局、偵察部隊を幾つもに別けたのは、一面で成功し、一面で失敗だった。
　戦力を細分化した事で確固撃破の憂き目にあった点は失敗だった。だがその一方、部隊を多数に別けていたからこそ、ファームライ――それも２機を相手取って手数の不足を生じさせる事に成功した。
　だが――
「ファームライドのあの動き、少し変だったわ」
　ぽつりと、絢が疑問を口にする。
　あの時の無線の主は彼女だった。
　ただ、彼女自身は軽症で、頬を少しすりむいた程度に過ぎない。
「変‥‥というより、的確だったな」
　無月が眼を伏せ、腕を組む。
「だからこそ変、って気がな」
「今までのジェミニから言えば、ね」
　ノビルの言葉に、起太が続ける。他にも数名がその意見に賛同した。
　もちろん彼等には、ジェミニへ指示を出した人間の存在など知りようも無い。ただそれでも、ある意味で『ジェミニらしからぬ』大局的な戦い方を仕掛けてきた以上、理由が何であろうと、今まで以上に警戒するしかない。
「それに、あの戦い方は‥‥」
　溜息混じりにミサイルの雨を思い出す、チェスター。
　整った顔が、苦悩に歪む。
　また、各地でファームライドに同様の戦術を用いる事も多く、ワイバーンのＩＲＳＴを中心とした閃光弾からペイント弾に至る流れが、流石に予測されつつある。次も同じ手が通用するという確証も無くなってきた。ゾディアック――少なくともジェミニは、少しずつ戦い方を工夫し始めている。
「焦りなのか、成長なのか‥‥ですね」
　三つ編みを編み直しながら、ユーリがひとりごちる。
「‥‥成長？」
　その言葉に、あれ、と違和感を覚えるアル・ラハル。
「とにかく、まずは全員無事を祝おうか」
　久々の水煙草に、ヴィスが笑顔を見せる。
　ツァディが補給部からがめてきたゲバブを皆で手に取り、彼等は改めて朝食をとる事にした。


●おまけｗｉｔｈ悪魔の策略
　口周りが茶色になったジェミニが、スリッパ一枚でぱたぱたと基地内を歩き回っていた。
　アリエス――ハンノックユンファランを見つけ、二人は小走りに駆けて行く。
「アリエスー？」
「アリエース？」
　呼ばれて、彼女は悠然と振り返る。
　その表情は微笑んでいるものの、どこか物憂げで、冷たくも感じられた。
「あら、何かしら？」
「あのね。何かこう、髪のつんつんした――」
「――眼の鋭いおにーちゃんがね〜」
　二人は身振り手振りで、髪の毛を散らしたり、目を吊り上げたりしながら、言葉を続ける。対する彼女は聞いているのかいないのか、それより口周りの汚れに目をやっていたりもして。
「性格の悪さが顔に出ている」
「おばさん！　年増！　陰険！　性悪！　おっぱい寸胴女〜！」
「「――って伝えておいてね！　だってさ♪」」
　含み笑いを見せるハンノックユンファラン。
「そうね‥‥『貴方に評価してもらおうとは思わなくてよ』というところかしら」
　あっさりと笑って聞き流す彼女を見ているとアウトオブ眼中であるらしく、何ひとつ気にする様子も無く、もちろんジェミニの相手もせず、彼女は変わらぬ様子で歩き去って行く。
「‥‥怒らなかったね」
「鉄面皮も付け加えておけばよかった。ねっ？」
「ねっ？」
　つまらなさそうな表情で、二人は顔を見合わせた。