●リプレイ本文
「あの‥‥」
額を付き合わせる傭兵達を前に、ジェームス・ハーグマン(
gb2077)が首を傾げた。
「‥‥見学に来ていただけなのですが、何で私まで巻き込まれているんでしょうか?」
「近くを歩いていたからな。容疑者の一人だ」
「えっ?」
雨霧 零(
ga4508)の一言に、心外だと言いたげな表情を返す。
「違うと言うのなら捜査に協力して頂こう」
「そ、そんな強引な‥‥」
そうは愚痴りつつも、こうも自信満々に言い切られては中々断る術が思い浮かばない。
「よーし! 言うとおりこのブロックは封鎖させたぜ!」
「有難う御座います、ご苦労様でした」
礼儀正しく、深々と頭を下げる水無月 魔諭邏(
ga4928)。一方、ひょっこりと顔を出すリュウセイ(
ga8181)の格好に、研究員達はギョッとした。彼が、まるで今からキメラでも退治に行くかのような重装備だったからだ。
しかも。
「じゃ、俺は何か料理でも作ってるかな!」
ルーシーが何を言い出すんだと首を傾げる。
「俺の料理を食わずに逃げるって言うなら、このスコーピオンが火を吹くぜ!」
そんなこんなでスコーピオンを掲げ、彼はキッチンへと消えていく。
「さてと‥‥」
リュウセイと入れ替わりに立ち上がる、雨霧 零(
ga4508)。
彼女はぐるりと部屋の中を見回し、かつかつと歩き回る。コートにパイプを手にするその姿はまるで、そう、いかにも探偵のようだ。
本人もまんざらでないのだろう、鷹揚に頷きながら辺りをぐるりと見て周り、ぐるりと一周して、ソファーに座った。
鯨井昼寝(
ga0488)は、その様子を漠然と眺めていた。
彼女の見る前で、零はソファーに座った。いかにももう犯人は解ってしまったんだ的な表情――が、待てども待てども言葉は出てこない。
「何してるんだ?」
痺れを切らして、とうとう愛輝(
ga3159)が問いかける。
「ふふん、後は有能な部下がやってくれるのでな。私は指揮をしているよ!」
ふんぞり返るどころか、ソファーに寝転んでくつろぎはじめる零。
「いや、おまえ、それは‥‥」
「捜査をするのは君達の仕事。神の頭脳を持った探偵な私は、その結果を待つだけなのだ!」
「仕方ないですね」
部屋の入り口から、声が響く。
誰かと皆が振り返れば、そこにはよれよれのコートを着た鏑木 硯(
ga0280)の姿があった。普段の可愛らしい顔を捨て去って、勤めて冴えない表情を作っている。何だか、こんな刑事をどこかで見た気がする。
「ま、俺達で調べを進めましょう」
(何でこんなのばっか集まったのかなー)
思わず、昼寝は頭を抱えた。
と言ったって、硯は彼女の小隊所属なのだけれど。
「おいおい、本当に大丈夫なのかい?」
心配そうな表情で、研究員たちが黄ばんだ白衣を揺らす。
「ふふん、心配しなくても探偵の私が‥‥」
「は、はいはーい!」
零の言葉を遮り、昼寝は手を掲げ、机を叩いた。
「焦らない慌てないうろたえない! 私達に任せておけばオールオッケー♪」
こういう場合、最も恐れるべきは疑心暗鬼である。
個人的な推論を各研究員がてんで勝手に口にしては、研究員たちの信頼関係が傷つきかねない。ここの調査は私達に任せろと、彼女はどんと胸を叩いて、大袈裟に自信を振りまいてみせる。
が、神探偵や敏腕刑事その他諸々が既に登場した後だ。
(本当かなぁ‥‥)
疑いの眼差しを向け、研究員達はげんなりとした顔を見せた。
●刑事vs探偵?
近くの休憩室には厨房から、油の跳ねる良い音が流れてくる。
「捜査の基本は『現場の確認』につきるそうです。ですからこそ『現場百遍』などという言葉が生まれるのですわ」
にっこりと笑いながら、水無月は力強く告げる。
彼等は部屋の中に関係者全員を集めて、手荷物チェックや現場検証から開始した。
「さて」
エメラルド・イーグル(
ga8650)が覚醒し、むっつりと押し黙る。
同時に探査の眼を発動し、淡い緑色に光る眼を細め、荒れ放題になった研究室をゆっくりと見回し始めた。
「小型のキメラ‥‥鼠タイプの物が侵入して悪さを働くという話も聞き及んでおります。思い込みは危険ですわよ」
水無月の言葉に、イーグルは静かに頷く。
(部外者進入の可能性は低いという話ですが‥‥)
彼女に言わせれば、低いとゼロは同意ではない。
バグアや、それに協力する者が何らかの特殊なテクノロジーを用いた可能性も否定できなければ、キメラなどが特殊な能力を持っていた可能性もあるからだ。
とにかく、彼女はまず、これがどういう理由で荒らされたのか、それを確認し始めた。
一方の水無月は倒れた書類等を眺めては机に視線を戻したりと、幾つかの点を交互に見比べる。
「えぇと‥‥あれが倒れてから、こっちの書類が散乱して‥‥」
指差し指差し確認しつつ、荒らした犯人の目的やパターンを読み取ろうと苦心するが、それが中々見えてこない。これはまるで、理由も無く荒らしまわったかのようだ。
「お酒、とかは無いですね」
首を傾げるジェームス。
もしやすると酔っ払っての喧嘩‥‥とも思ったが、振り返っても、研究員達に酔いでも残っていそうな者はいない。とりあえずその線は無さそうだ。やはり遺失物の線から当たるのが確実か。ジェームスや硯達は、研究員たちに並んでもらい、手荷物周りをチェックさせてもらうと同時に、何か無くなったものが無いかと問いかけた。
「うーん‥‥?」
PCをスタンバイ状態にし、鯨井はぐっと背を伸ばした。
椅子から起きて屈伸運動をしつつ、おかしい、と首を傾げる。
これだけ荒らしまわっておいて何も無くなっていない、とはどういう事だろう。一通りの屈伸運動を終えた彼女は、腕を組み。再び考える。
重要な機密データ類を持ち出すとか、何らかのウィルスを混ぜて破壊を試みるとか、そういう可能性があるのでは、と考えたのだが、どうもそうでは無さそうだった。ひょいと愛輝の方を見ると、愛輝が目を閉じて首を振る。
チェックした限りでは、何かを持ち出した様子は無いという事だ。
「しょうがない。私は他の部屋を見回ってくるから」
それだけ言い残すと、彼女はセキュリティの再チェックを兼ね、他の部屋へと向かった。
「あー、ルーシーさんの荷物も確認させてもらって良いですかね?」
硯がずい、と近寄る。
「ん? わし? も」
「主任は事件が起こってから来たんですよ?」
きょとんとしたルーシーに、彼女をフォローする研究員。
「やはり、まずは全員を疑う。それから、消去法で行く。その手段がベターと思います」
横から愛輝が言葉を挟むと、研究員達はなるほど、と顔を見合わせる。
「ま、ま、良いから良いから」
その雰囲気に乗じ、いかにも探偵、と言った感じで、硯はルーシーの荷物を確認し始めた。
ルーシーは外から来た上、途中で買い物へ寄った事もあって、色々と物が多い。
まず、財布や身分証明書の類はもちろん、セキュリティカードや車の鍵、カップ麺等のインスタント食品にひまわりの種や猫缶、他にもティッシュ箱やら丸ペンやらスクリーントーンやら。一体何に使うんだか。
「へー、猫缶ですか。うちのカミさん‥‥じゃなくて妹も可愛い動物が好きでしてね。よく捨て猫とかこっそり拾ってきて怒られてましたよ」
「ほーん。妹さんは猫好きなんだ? ‥‥っていうか妹いたの?」
本人は探偵の揺さぶりっぽい言葉も何のその。椅子に座ってだらだらとしている。
「えーと‥‥あ。そちらはどうです?」
ひょいと、鑑識班のエメラルド達へと振り向く。
「見た感じ、プロの犯行には見えませんね」
代わってジェームスが答えると、イーグルはこくりと俯く。
覚醒中の彼女にとっては、誰かが答えるというのなら、わざわざ自分が喋る事もない。
「一流どころのエージェントだと、そもそも盗まれた事に気付かないらしいですから‥‥祖父の受け売りですけど」
「確かに、何かを探していた‥‥にしては荒れ様が酷いですからね」
イーグルに続き、水無月もその結論を肯首する。
「それに――」
そう言葉を続けて、彼女は一点を指差す。
皆の視線が指差す先に集中した後、彼女は少し恥らうように咳払いをし、意を決し、告げる。
「その、ご覧下さい‥‥フンです」
「‥‥うん、確かにフンだ」
研究員が真面目そうな顔で頷いた。
一瞬、部屋がしんと静まり返る。
「そ、そうか! さっき小型キメラの仕業かも、と言っていたね!」
「このフンを生物関係のラボへ持ち込めば‥‥!」
「わ‥‥わ‥‥!」
一拍置いて、研究員達が立ち上がる。
立ち上がった瞬間に一人がフンを踏みつけて、水無月は思わず顔を背けた。
「うーん、排泄物ねえ」
その様子を横目に眺めながら、うろうろと歩き回る硯。
同様に、ソファーで寝転んでいるのにも飽きた零もまた、研究室の中を物色し始めていた。
「そういえばお腹すいたな」
リュウセイの料理はまだかなと、彼女は休憩室の方角を見やる。ファイアー! とか、燃えろフライパン! とか、そんな言葉も聞こえてくる。声や音から様子を判断するに、料理はまだ途中だろう。
彼女はすきっ腹を抱えて、無残なピザに歩み寄る。
壁に直撃後、床までずり下がったらしいピザをひょいと持ち上げ、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
「流石にもう食べられないか」
そんな事を言いながらも、彼女はピザをじっと睨む。
そのままピザを放ると、脚立を手に棚へ歩み寄り、棚の上を覗く。棚の上には、埃がどっさり。その一角には四角い――恐らくはダンボールの――跡があり、他にも丸い点がぽつぽつと。
「‥‥うーん」
「成程。なんとなく「犯人」の正体が分かってきました」
「わあっ!?」
突然の声に慌てる零。
慌ててバランスを取って振り向くと、声の主、イーグルは布製のマットレスをじっと見つめていた。マットレスには、爪の跡がくっきり。
「――っと、次はルーシーの部屋か。ここで最後ね」
全ての部屋を一通り廻った鯨井が、ルーシーの仕事部屋を前にする。
他の部屋に目立った異常は無かった‥‥というか、みんな、自分達の部屋を腐海やら物置やら、或いは病的なまでに几帳面に整理していたりで、何ともはや、あの中に盗品を置くわけも無く。
「お邪魔しまー‥‥」
扉を開いた彼女目掛け、数体の陰が飛びかかった。
大袈裟に騒ぐ研究員を放置して、ジェームスはルーシーのレジ袋へ手を突っ込んでひまわりの種を取り出す。他の傭兵達を見回すと、多くは頷いたり、ルーシーをじっと見るなりしている。
「ところでこのペットフードの類、何故、こんなところに?」
「何故って、そりゃあ。わしが飼ってるから」
ケロッとした表情で答えるルーシー。
「‥‥あのー、すいません」
その言葉を耳にして、硯が割ってはいる。
コートを揺らし、頭を掻くような素振りでゆらゆらと、ルーシーに歩み寄った。
「最後にもうひとつだけ。この餌を貰う動物達は、今どこに?」
「どこにって、そりゃあ――」
「へいっ! チンジャオロースーお待ちどお!」
そこへ料理を両手にリュウセイが現れ、現場の異様な空気に息を飲む。
「ま、まさか‥‥!」
戦慄の表情で硯を見るリュウセイ。
硯が溜息混じりに頷く。そう、ここだ。このタイミングしかない! このタイミングを逃してはならない。
(このタイミングを待っていたのよ!)
推理が外れてたら格好悪いなーなんて思いもして、彼女は今まで核心に触れなかった。しかし、ここまでくれば遠慮は要らない。皆が薄々感づいていても構わない。探偵として、最後はやはり私が締めくくらねば――零は脚立を飛び降り、皆さん、と一際声を響かせて、コートの襟を正した。
「仕方が無い、そろそろこの私の推理を――」
「ちょ、ちょっと!」
しかし硯も黙ってはいられない。某ロス市警好きの彼としては、ここまで来て出番を取られてはと、顔を赤くして零に迫る。
だが二人とも、ふとした違和感に眉をひそめた。
そしてどこからとも無く地響きのような音を耳にし、続けて幾重にも重ねられた聞き取り辛い声を聞いた。その音色と呼ぶには差支えがあるほどの騒々しい声と音の集合体が、振動を伴い、研究室の方へ近付いてくる。それも、とてつもない勢いで。
そして――
「待ちなさーいっ!」
一匹の可愛らしいモルモットが、研究室の中に駆け込んできた。
ただし、鯨井その他大勢のオプション付きで。
「おぉ! プリンス・オブ・ウェールズではないかッ!」
現れたモルモットをひょいと持ち上げるルーシー。
そんな感動の再開も束の間。
「ルーシーッ!!」
鯨井の怒号が、研究室に響き渡った。
●英国工廠騒動始末記
椅子の上に、バツの悪そうな表情でルーシーが座っている。
周囲にはモルモットや柴犬に猫、しまいには猿までがぎゃあぎゃあわあわあと走り回っている。
「申し訳ありませんが、この子達をここに連れ込んでいる理由をお聞かせ願えませんか?」
呆れ顔で溜息をつく、水無月。
「いやぁ、ペットだよ。ペット」
「ですから何故ペットを‥‥」
「実験動物だって。本当! ほら、タグついてるじゃん!?」
そうじゃないだろうと、周囲の視線が突き刺さる。
おそらく、というより絶対に、実験動物の名目でペットを持ち込んでいるに違いない。
「ルーシーに使う予定だったんだけどなー」
リュウセイから手当てをうける鯨井。
ルーシーを手当てする事があるかも、と思って準備していたのだが、どうも、鯨井の方が重症だ。顔に残る猫の爪痕が痛々しい。
「まあ解決したから良いけど‥‥とりあえず今後は掃除当番とか作れば?」
鯨井の言葉に、研究員達が首を傾げる。
周囲では、既に硯達が掃除や片づけを始めていた。ふと、掃除中に身体を捻り、イーグルが問いかける。
「‥‥それはそうと、機体の開発状況、良ければ教えてもらえませんか」
「そうですねえ。まぁまぁと言うべきでしょうか。試作機のテストをやって、あとはお上のゴーサインが出たら‥‥ですよ」
研究員が頭を掻きながら答えた。
「リヴァイアサンの開発には期待してますから、頑張ってくださいね」
硯がイーグルの後ろから顔を出し、笑う。
先ほどまでの探偵カラーとは様子が違って、今では普段通りだ。もっとも、『探偵』の零の方はといえば、最後の大立ち回りを邪魔され、ソファーに転がって不貞寝だ。
「‥‥そういえば、研究所の見学をさせてほしいんですが」
ルーシーに声を掛け、立ち上がる愛輝。
「それなら彼と一緒に行くといんじゃねー?」
応じて、彼女はジェームスを指差した。
指差されて、ジェームスはハッとする。そういえば、元々見学中だった事実を思い出したのだ。折角見学に来ていたのに、何でこんな事件に巻き込まれてしまったのか。自分の不運を呪うしかない。
「まぁ、解決して良かった、のかなぁ‥‥?」
そう言って、深い溜息をついた。