タイトル:欧州湯煙事情マスター:御神楽
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 37 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2008/09/12 22:28 |
●オープニング本文
●傭兵感謝祭
傭兵の皆様へ。
そう書かれたチケットが、ラスト・ホープやUPCのの下へと届けられた。
中に入っていたのは何枚かのチケット。消印を見るに、送付者はフランス観光組合たら何たら、とりあえずそういった類の組織。大層な名前がついているがよく解らない。
チケットの他には説明、宣伝用のポスターが一枚ついており、びっしりと説明文が並んでいる。下には会長さんの不自然に脂ぎった笑顔写真に、妙ちくりんなサイン。
『傭兵の皆様へ。夏真盛りの昨今、皆様は如何お過ごしでしょうか。本日は以下略』
要約すればこうだ。
『おみゃーさんらには世話になっとるから無料チケット送ったる。遊んでけ』
このチケットをゲットする為に奔走したのがエミール。
この脂ぎったおっさんを相手に酒を注いじゃあおだて、宣伝になるぜと煽り、いよっ、社長! ふとっぱら! えとせとらえとせとら。接待に出向く為、久々で風呂に入った。スーツも買った。接待が終わったら質に入れたけど。
●欧州湯煙事情
情事ではない。
フランスのヴィシーとか、その辺りの近くは保養地としても有名で、温泉もあったりして、観光地としてとても有名。普通は他の観光客でごったがえすのが常だ。
しかし、今回は違う。
宣伝効果とか何とかいう理由で、完全に傭兵貸切り。思い切り羽根を伸ばす事ができる。
完全にタダで温泉という機会なんて、そうそう巡ってくるものではない。とにもかくにも、傭兵であれば全員無料というのだから気楽なものだ。
一説によれば、UPCも結構財布を叩いたという話だが、そんなの関係ない。
さて、中でも最も大きなこの温泉、日本的な雰囲気を! 等という感じで、外見は和風の旅館っぽく、温泉も石造りの中々凝った造り。卓球台まであると言うではないか。
そして最大の目玉が、いわゆる『混浴』である。
いわゆるでもなんでもないが、とにかく、混浴があるのだ。もちろん裸では駄目で、混浴は水着が義務付けられている。
他、男女それぞれの温泉もきちんと分かれており、各温泉は室内浴場と露天風呂、サウナの三種類を完備。お風呂セット一式すらも無料で貸りれる至れり尽くせりっぷりで、何だかちょっとデザインの変な浴衣と下駄のセットまであるのだから驚きだ。
温泉にざぶざぶと浸かるエミール。
「つ、疲れた‥‥」
時は深夜、誰〜もいない露天風呂だ。
宿泊客以外が深夜に入浴するのは禁止のようだし、混浴風呂に至っては宿泊してようが深夜は使用禁止。が、どうも忍び込んだらしい。とにかく明日からは傭兵が集まる温泉、どんなものか、自分でも入っておきたかった。
それに、今このタイミングであれば、誰も居ない。完全貸切りだ。
「は〜‥‥気持ちいいっ!」
足を伸ばす。
空を見上げると綺麗な星空が広がっていた。
●リプレイ本文
訪れた傭兵は総勢38名。
「うわぁ、綺麗なところ‥‥ヨーロッパに来たのは大規模作戦以来です」
夕風は、辺りを見回して歓声をあげた。
周囲に広がっていたのは、保養地らしい、落ち着きのある心安らぐ景色だ。
「何か、ここがフランスだって忘れそうな佇まいだなよな」
感心し、拓那はつい頷く。隣には、浴衣と髪結い姿の小夜子。立て看板の雰囲気やホテルの佇まい等、一見すると日本のようだった。もっとも、現れた従業員の殆どは日本人ではないのだが。
ホテルの主人が、いやいやどうもと頭を下げる。
出入り口には『ULT登録傭兵様方御一行』とか何とか。
「ぼんぢゅ〜る、ですね」
「先生も、ゆっくり体を休めて下さいね」
にこにこ笑顔の唯が辺りを見回すのを、昭貴は、後ろから背を押して歩く。
「‥‥零も、たまには身体を休めないと駄目ですよ?」
憐華や王零も依頼明け。ハードな依頼の骨休めと温泉に来たのだ。
「王零さん達も、ノンビリ一休みですか? ‥‥っと、そうだ。自分は楓さんに埋め合わせしないと」
他にも文と楓姫や、鹿嶋達もそう。多くの傭兵達が、久々の休暇と参加した。それに何より、費用は全てタダ。タダと聞いては見逃せない。そしてその一方で――
(今回も俊哉をからかって遊ぼ〜っと)
と、子悪魔的発想の者もいたりして。
●前哨戦
「ふぅ‥‥」
早速の風呂。憐華は身体をあらい、ゆったりと湯に浸かった。
肩までざぶりと浸かれば、胸が大きいと疲れてしまうのが云々、と、ふと頭の中で思ったりもして。
何はともあれまずはひとっ風呂と、他にも何名かの傭兵が湯船に浮いていた。
「‥‥リーゼロッテ君、聞こえる?」
そんな中、仕切りに背を寄せ、声を掛ける風子。
相手は、混浴風呂に居る筈のリーゼロッテ・御剣だ。聞こえてますよ、との返事に、小さく頷く。
「辛い事があっても、生きて帰れる事が、何より大事な事だと思いますよ」
「だ、大丈夫だよ」
混浴の中、無理にでも笑顔を作り、同じようにもたれ掛かる。
「‥‥」
御剣の隣へ、ひとり近寄る影。
親戚筋にあたる真一だ。
こう若く見えても実は三十路。若くは見えても、それなりに人の機微も解り始める年齢だ。背を向けたままでこそあったが、その瞳は真剣そのものだった。
「リーゼ、君にひとつ、話しておきたい事がある」
不思議そうに首を傾げるのも構わず、一呼吸措いて、真一は話し始めた。
今まで彼女に黙ってきていた事を紐解き、話す。真偽の程はともかくとして、難解で、理解し難くもあるその話を、リーゼロッテは黙って聞いた。
「御剣の家は何百年も、ある答えを探している血筋だ。だから大いに悩むといい。もしかしたら、君の出す答えこそが、御剣の血が探し求めてきた答えのような気がするから」
聞き終えたリーゼロッテは、自分の中にその言葉を落としこむ。
そうして自分の中に置いてから、普段と変わらぬ微笑みを魅せた。
「お義兄ちゃんの背中、パパみたいに大き‥‥きゃっ」
誰かにぶつかられ、リーゼロッテが驚く。
「ごめんごめ〜ん」
じたばたと湯から顔を出すミア。温泉は広いし、何より傭兵の貸切り。今なら泳ぎ放題だ。湯の中も、大別して、ゆったり浸かるよ派とあまりに嬉しくておおはしゃぎだよ派の二種類に分かれている。
「混浴だなんて聞いてない〜‥‥」
ぶくぶくと泡を立てて沈む俊哉。
隣で湯に浸かる朋と言えば元気なもので、幼馴染なのに何を今更とちょっかいを出す。隣には居ても明後日の方角を向き、俊哉はこちらを見ない。何とか顔を向けさせようと悪戦苦闘するものの、あまりに派手に動くものだから。
「あっ」
「わー!?」
目の前で水着の片紐が解ける。
何名かの男性が一斉に視線を寄せたものの、慌てて隠す俊哉の早業を前に完敗。
「俊哉‥‥アリガト‥‥」
顔を真赤に染めた上、流石に朋も静かになって。
(‥‥なまじっか水着だけによけいドキドキする)
そんなやりとりを遠目に眺めながら、頬を真赤にして、クレイフェルは湯に沈んだ。
今でこそ水着一枚だが、先ほどまで、彼女は更にタオルを巻いていた。普通ならより頑丈なガードであろうけれども、これがまた良くない。水着がタオルで隠れていたせいで、そう、男性ならば妄想街道まっしぐらという訳で。
クレイフェルに特別下心があった訳ではない。
「‥‥ク、クレイフェル様、大丈夫ですか? その‥‥目が、落ち着き無いですが‥‥」
心配そうに問いかける絢。
「い、いや。目ぇ泳いでなんかおらへんよー。ちょっと湯が熱いせいやな。あはははは!」
「そ、え、えと‥‥そうですよね、その、い、良いお湯ですね‥‥」
対する絢の顔も真赤だ。
二人とも、並んで顔まで湯に沈んでいる。
初々しいとか、最早、そういうレベルではない。見ているこちらがのぼせそうなぐらい二人の周辺温度は上昇しており、絶対障壁が展開されている。何人たりとて立ち寄れない。
とはいえ、近寄れなくても一向に関係ない。特に男性諸君にとっては、だ。
「うーん、眼福眼福」
にんまりと表情を崩す煉。
女性陣の水着姿を一通り眺められて、それだけでも気分が良い。後は――彼自身の真の目的の為、周囲を確認して回るだけだ。
(うーん、何やら怪しいですね‥‥)
サウナの窓から、昭貴はその様子を眺める。
彼自身はサウナに入ってから大分経っている。隣ではUNKNOWNも顔色ひとつ変えずにサウナの熱気を楽しんでいる。もっとも彼の場合、酒を持ち込もうと考えていたのだが、サウナでは流石に飲酒禁止だった。
汗。とにかく汗をかき、ぼんやりしてきた所で冷水のシャワー。これがたまらない。
あとはコーヒー牛乳を腰に手を当てて飲めば完璧だ。きっと天国にも昇れる心地だろう。それを期待して、彼等はひたすら汗を流した。
●デスペラード
「二人同時に相手してやる」
訥々としながらも、天は強気だった。
並ぶ風子とシュウの二人は顔を見合わせ、ならば、と将棋台に向かう。ずらりと並べられた将棋の駒。台は二つ。棋手は三人。俗に言う同時対局だ。
「同時に相手とは、凄い自信ですね」
湯上りの浴衣をぱたぱたと揺らす風子が、将棋台に視線を落とす。
「あ、ベビ〜ルざん、ヴぁりがどヴ〜」
「気にすんな気にすんな。どうせ俺の懐は痛んどらんも〜ん」
将棋の駒を手にしたシュウの耳に、カラカラとした笑い声が飛び込んだ。
見やれば、マッサージチェアに身体を揺すられる唯の隣で、エミールがベンチにごろごろと寝転がっている。
「それにここは‥‥ん?」
ごろごろと転がるエミールが、ぴたりと動きを止めた。
「クックック、隙だらけですね‥‥コードネーム『ツルペタ』さん?」
「ツルペタやのーてツルニ!」
「そうでしたっけ?」
太ももに腰掛けるシュウが、背中に親指をあてる。
「ほほー、お客さんこってますね?」
マッサージなんてと言うエミールの背に、シュウは両手を押し当て、ごりごりと力をかけて圧す。
「年頃の女子がサービスするってんです。ご遠慮無用! ココか! ココか? ココがええのんか〜!?」
「あんっ、あっ、そ、そこは‥‥ってあだだだだだッ!? 痛いわヴォケぇッ!」
「二人して何をやってるんだ」
カララクが溜息をつく。
サバイバルベストからコーヒー牛乳を取り出すと、エミールの前に一本を置いた。
「エミール、今回は世話になった。有難うな」
「お。貰てええの?」
「ん。幾らでもあるから遠慮するな。俺のサバイバルベストはレボリューションだからな」
頷くカララク。
そんなカララクの肩から、ひょいとミアが顔を出す。
「じゃ、私にも一本ちょーだいっ」
ランニングと短パン‥‥中々刺激的な格好で、ミアはコーヒー牛乳を飲み干す。
「あ。将棋途中じゃないの?」
「‥‥おっと。これはいけない」
手を叩き、シュウは再び将棋台に向き直る。
「手を抜いてて勝てるのか?」
天が苦笑するが、シュウは自信満々に駒を手にした。
「ふっふっふ‥‥『六角橋の竜王』と呼ばれた事もあったような気がする私です。此処はひとつ、ご指南仕り‥‥あれ? この駒、どう動かせるんでしたっけ?」
「何をやってるんだか‥‥」
――と、呟くカララクの肩に手が置かれる。
「一本どうだ?」
相手は王零だった。
手にするは卓球のラケット。軽くラリーでもとの誘いに、カララクもラケットを手にする。
「ん、受けて立つがお手柔らかにな」
「では、肩慣らしから行くとするか」
プレイルームに響く軽快なピンポンの音。
それを聞きつけ、あちこちから人が集まってくる。
「拓那さん、よければ私達も‥‥」
「そうだね‥‥少し、遊ぼうか?」
手を繋ぎ、連れ立って卓球台へ向かう小夜子と拓那。俊哉と朋や、文に楓姫達もカップルでの卓球勝負だ。
「エミールさん、よければ手合わせお願いします」
そんな中、愛輝がラケットを手に、エミールに声を掛けた。
気楽にOKを出すエミール。昭貴もラケットを手に、では自分も勝負をと身体を伸ばす。
「なら、ダブルスとかどーや?」
「しかし人数が3人ですしね‥‥」
「お、なら俺も混ぜてくれ」
煉が立ち上がり、籠の中からラケットを取出す。じゃんけんをして適当にチームを分けると、彼らはダブルスでの勝負を開始した。
「いくら温泉卓球とはいえ、ここは真剣勝負」
素早くラケットを振るう昭貴。
「密かにイメージトレーニングをしてきました。負ける訳にはいきませんよ」
チームはそれぞれ、昭貴と愛輝、エミールと煉だ。
大人気ないのが数名混じっている事もあって、目が本気だ。勝負は関係なしで楽しく‥‥と気楽に構えているのは愛輝ぐらいなものだった。となれば、大荒れも当然と言えば当然で。
「‥‥何か、あっちは凄い事になってますねえ」
やれやれと言った風で、楓姫はピンポンを手にする。
「文さん、いきますよ」
小さく溜息をつき、楓姫は球を卓球台に放り、のんびりとしたサーブを放った。
ぽこんぽこんと跳ねた球が文のコートに飛び込み、そして――
「負けないぞ〜」
笑顔の文がラケットを掲げ、ピンポン球を捉える。
空気が、切り裂かれた。
眼にも留まらぬ鋭いスマッシュが卓球台に叩き込まれ、台を焦がして飛んでいった。衝撃波のような音が、後から遅れて聞こえてきた。本気だ。笑顔でのんびり見せて油断を誘っておいて、本気で球を返してきている。
「スキだらけですね〜」
「‥‥あはは。そうみたいね〜」
にこにこ笑顔の双方。
先取した文がサーブを、鋭い球を再び卓球台へと叩き込む。鋭い球が卓を跳ね、楓姫に迫る。
「‥‥チェックメイト」
呟き、精密な動きをもってラケットを振るった。
相手のコートへと追い返されたピンポン球は、まるで意志でも持っているかのように、文のラケットをすり抜けて床へと落ちる。
「‥‥」
「‥‥」
本気と書いてマジと読む。
二人の表情から笑顔が剥がれ落ちる。
氷――いや、つららのように鋭い視線を見せて、楓姫はピンポン球を手にする。地獄の始まりである。
夕風と小町が、並んで歩いていた。
別に、二人で誘い合わせての散歩という訳ではない。のんびり歩いていて、ばったり出会い、そのままの流れで一緒に歩き回っているのだ。
「‥‥あら?」
辺りをきょろきょろ見回しながら歩いていると、角でばったりと乙姫に出くわす。乙姫はすずの手をそっと握っていて、乙姫に引っ張られるままここまで来たようだった。
「木刀‥‥?」
妙なのは二人の格好。
肩には木刀を担ぎ、手にするお財布からは小さなお揃いキーホルダー。
木刀には地名が掘り込まれている。木刀の方は、誰がどう見ても観光地特有の意味不明なお土産だ。
「さっきお土産屋さんで‥‥?」
説明しかけて、すずは眼帯に隠れていない片目を閉じる。
彼女の眼に飛び込んできたのは、風に揺れる木々、その隙間から差し込む美しい夕焼けだった。
「良い眺めですね〜」
渡り廊下から辺りを眺め、夕風は思わず呟く。
思わぬ景色にすずと乙姫も二人連れ立って大窓に歩み寄った。
「せやねぇ、こういう景色もまた中々‥‥」
一人、小町は表情を崩す。彼女が言う『景色』は皆の言う景色と違う。彼女が見つめているのは夕日に照らされ、朱に染まる浴衣。そして、その浴衣の隙間からちらちらと覗く胸元だ。三人は三人とも、自己主張の乏しい胸であるが、これはこれで中々乙なもの。
隣人の視線には気付かずに、乙姫はすずの腕に擦り寄る。
「すず、こんなの無くてもずっと一緒だからね? でも、ありがとう」
「‥‥わ、解ってる。これはおまじないだ」
すずは、少し恥ずかしそうにキーホルダーを握り締めた。
「どうした、まだまだ!」
甲高いピンポンの音は、まだ鳴り止まない。
王零はカララクのコートギリギリを狙ってピンポン球を打ち込み、カララクはそれを辛うじて拾う。ところが、拾ったと思えば、その隙を狙って彼はスマッシュを放ってくる。
拾えず、ピンポン球がパコンとおでこを叩く。
「兄さん‥‥何というか、こう、手心というか‥‥」
カララクは思わず溜息をついた。
「零は強いですね。私の応援もいらないかしら‥‥?」
レフェリー席に座って、憐華はにこにこ笑う。
「皆さん、そろそろ晩御は‥‥この惨状は一体?」
顔を出した由梨が、眉をひそめて辺りを見回す。
今までトレーニングに集中していた王零達も、辺りを見回せば、あちこちで傭兵達がぜいぜい息をしている。
「スナイパーは伊達じゃない!」
「たかがピンポン球三つ‥‥クレッセントで返してやる!」
文と楓姫は相変わらず凄まじいスマッシュの応酬を――それもラケット二刀流で展開しているし、愛輝や煉達もへたばっている。朋に至っては浴衣がはだけ、下着がちらちら覗いている。俊哉も負けず嫌いで、浴衣に気付かずラケットを振るっていた。
「簡単には負けないぞ〜? それっ!」
唯一の例外と言って良いのが拓那と小夜子で、二人は満面の笑顔。
少しも気負う事なく、ただひたすらのんびりとラリーを楽しんでいた。
「‥‥疲れた。でも、すっきりしました」
愛輝がラケットを置く。
夕食だと聞いて、傭兵達はそれぞれ勝負を預けて、大広間へと歩いて行った。
●仏日混合
大部屋に並んだ料理を前にして、傭兵達は歓声をあげる。
「わぁ、テレビで見るような綺麗な食べ物ですね」
小夜子が拓那の隣に座り、料理を前に感心してみせた。
「‥‥フランスなのに、座敷で和食なのね‥‥」
アリカの一言に、ジェイも頷いた。
彼も驚きを隠せないといった風で、眼前の料理を眺める。
「‥‥料理もしっかり日本風なので御座いますねえ。日本人の板前でも雇っているので御座いましょうか?」
「あーあー、こほん」
――と、マイクを手に、エミールが立ち上がる。
「えー、そいでは、色んな人がいるとは思うけど、ここは敢えて和風に挨拶! いただきます!」
合図を境に、皆食事に手を付ける。
「挨拶お疲れ様です」
座ったエミールの前に、由梨が現れる。
互いに軽く挨拶を交わす二人。
「エミールさん、実はヴィンセントさんの依頼の事で‥‥」
話を切り出しかけて、ややして、由梨は黙る。
「‥‥いえ、依頼の事等、無粋でしたね。今日はゆっくり楽しみましょう」
「そそ。きちんと休むんも仕事のうち〜ってな!」
破顔して、エミールはワインを持ち上げた。
幾らか箸も進むと、酒を注いだりおかずを交換したりするうちに、自然とグループになってくる。中でも大所帯なのがまひる達だ。王零と憐華の夫婦も加わり、酒も食事もかなりの速度で回って行く。
他にも、鹿嶋達もかなりの人数になる。
「本当に色々な料理が出るんだね」
九郎が感心したように頷き、味を見る。
レシピを直接は聞かず、どんな材料や調味料を使っているのか、自分の舌で調べているのだ。和食でありながら、どことなくフランスの風味漂う食事に、彼は唸った。
「美味しいな。これは何と言う料理だろう?」
レティも同様に感心して、ゆっくりと味を見る。
「ほら、悠ももっと食べると良い」
悠と言っても鹿嶋ではなく、篠原の悠。
彼女は笑顔で頷き、料理を口に運ぶ。一方でレティは、鹿嶋に酒を注いだりもした。酔い過ぎぬようほどほどに杯を傾ける鹿嶋。皆でわいわいと楽しみながらも、呑み方は上品だ。
酒を手に腰掛けるエミール。
洋酒をぐっと傾けると、隣のクレイフェルに声を掛けた。
「よっ、楽しんどる?」
「よー、兄ちゃん」
ニッと笑い、クレイフェルが応じる。
「兄ちゃんも元気しとったかー? 今回は‥‥」
「クレイフェル様、あーん」
話の途中で、絢の声に彼は振り返る。
「はい、あーん」
絢の差し出した料理をぱくりと口にするクレイフェル。
お返しにと自分も美味しそうな料理を箸でつまみ、絢へ差し出す。そうやって交互に料理を食べさせる事数回。二人とも恥ずかしそうにしているが、それでもこうやって食べさせたりする辺り、まんざらでも無さそうで。
「美味しい‥‥ですか?」
はにかみながら、クレイフェルを見つめる絢。
エミール含め、周囲の数名が死んだ。
●欧州湯煙事情
食後の温泉。これがまた、たまらない。
レティは露天風呂へと足を踏み出す前に、一度立ち止まって周囲を見回した。
「‥‥よし、誰も居ないな。悠、平気のようだぞ」
後ろからひょいと顔を出し、レティの後ろを歩く篠原。
「うぅむ‥‥前日に準備ができておれば‥‥クッ」
一人歯噛みするのは、煉の師匠兼任の恋人、サヴィーネだ。
温泉の支配人へ連絡を入れ、彼女は覗き撃退の為の罠を設置したいと提案した。だが、支配人はそれを笑って断った。おそらく、一部能力者の無駄な情熱を過小評価したのだろう。
「男共、普通に温泉を楽しめよ‥‥普通に、な」
「そう、ですね‥‥覗けば死が待っているだけです」
隣で由梨が頷く。
「まだ大丈夫?」
「‥‥みたいだけど、なぁ。うーん」
ざぶざぶと泳いできたミアが問いかけると、サヴィーネが首を傾げる。
「泳げるほど広い上に、何とも豪華な岩造り‥‥そうだ、『ヴぇるさい湯』と名づけましょう」
ぽんと手を叩く唯。
本当はバラの花弁でも浮かべたいところだが、あいにく手持ちが無い。
ここは勝手に命名するだけで良しとする心積もりだ。
「湯の効能で胸が大きくなったり‥‥」
自分の胸と周囲の入浴者を交互に見比べ、夕風は溜息をつく。
その言葉に吊られて、由梨もついつい周囲を見回してしまった。辺りを見回せば、スタイルの良い女性がごろごろ。何と言う格差社会か!
「‥‥今日は気にしない。気にしません。だって休暇なんですから」
思わず、彼女は湯の中に沈んだ。
さて、その『持ちたる者』はと言えば、今ちょうどシャワーの前に腰掛けている。
「あ。まひるママの背中流して来よ〜っと」
来た時と同じように、ミアは泳いで行く。
彼女達だけではない。レティも、篠原にその背を預け、彼女に流してもらっていた。
「えへへ、来て良かったな‥‥レティさんと温泉なんて夢みたい‥‥」
満面の笑みでレティの背を流す篠原。
実は、水着以外で他人に素肌を晒すのは今回が初めて。背中を流していても、彼女自身は真赤で恥ずかしがりながらだ。とはいえ、何気なく、彼女の隣には木刀が置いてあるのだが‥‥もちろん、用途は言わずもがな。
一方こちらは混浴。
「こ、混浴は‥‥ちょっと‥‥いや、かなり‥‥恥ずかしい、んだけど‥‥」
「細かい事は気にしない気にしない」
真赤になったシェスチを湯船にぐいぐいと押していくシュウ。
シェスチの手には大量の日本酒があり、無論、彼女の目的はこの酒だ。銘酒から隠れた地酒まで様々な種類の酒があり、好酒家には涎もの。見逃す訳が無い。
というか着衣のエミールまで現れた。トランクスにシャツという出で立ちで、湯には浸からず、露天風呂まで付いて来た。
「‥‥皆さん、考えることは一緒‥‥なんですね‥‥」
思わず笑みを漏らすアリカ。
酒を注がれるジェイはと言えば、やや申し訳無さそうだった。
「呑めないのにお付き合い下さって、申し訳御座いませんね」
「‥‥気にしないで‥‥私が、好きでやっている事だから‥‥」
そう告げられて、ジェイは表情を切り替え、杯を差し出した。
ここまで言わせて未だ申し訳無さそうにしていては、それこそ男が廃るというものだ。
「よう、シェスチ」
湯船にざぶりと浸かったシェスチに、天が歩み寄る。真一も一緒だ。
が、湯船に入った彼は、そのままぶくぶくと沈んで行き、顔半分だけを出して顔を真赤にしている。
「‥‥どうした?」
聞くまでも無い。
女性免疫はほぼゼロで、恥ずかしくて仕方が無いのだ。
「ふっ‥‥どうした。慣れないかね?」
UNKNOWNも酒を手に腰掛ける。黒いブーメランに筋肉が眩しい。
彼はエミールに酒を勧めながら、一人、次の大規模作戦に思いをはせた。
彼らのように集まってわいわい酒を飲み交わす者あれば、一方では二人だけでこっそりと飲み交わす者もあり。王零と憐華もそうだ。
「零、あなた、また無茶をしたみたいね。無茶をしないってこの前約束したばかりじゃない」
「我は無茶などしていない。少し無理をしただけだよ」
言ってのける王零だったが、けれども、憐華はそんな反論は認めなかった。彼女は良くなるまで私が面倒を見ると宣言して、彼の杯に酒を注いだ。
紫苑は空を見上げ、のんびりとした表情をしていた。
「良い月夜です。う〜む、眼鏡では視界が曇りますね」
流石にただの眼鏡では曇ってしまうのを避けられない。
月夜が見え辛いとあって、彼は眼鏡を外し、改めて空を見上げる。その手には日本酒。美しい空に美味い酒。何とも堪えられない良い気分だ。
「‥‥ん。良い気分です」
しかし、彼は知らない。この後に展開する惨状をだ。
「ふむ‥‥」
カララクは辺りを一通り見回し、首を傾げた。
今の彼は帽子を脱ぎ、帽子はロッカーに入れて厳重に保管してある。普段帽子を脱がない事もあって、周囲が彼と気付かない事も多々。
それはともかく。
彼がおかしいなと首を傾げたのは、煉の事だ。
覗きに走ると思われていたのだが、幸いと言うべきか、彼は行動を起こさず、混浴に入ったきり、風呂には現れていない。
――なんて事は無い。
「ククク‥‥」
露天風呂の周囲を、がさがさと移動する煉。
目指すは、各風呂場を隔てているあの壁。おおよその位置は混浴風呂で十分に確認したのだ。今、彼の手には蛍火が握られており、事前の作戦通り、密かに行動を開始した。唯一の誤算は、風呂場以外から女湯を覗くのが不可能だった事ぐらいだ。
そこで已む無く、彼は男湯に忍び込んだのだ。
覚醒し、蛍火を構える彼。
背中から立ち上る光の翼に、気付きもしない。
「‥‥煉だな。無茶しやがって‥‥」
少し離れた位置で、カララクが溜息をついた。
(だがその命がけの行動、俺は敬意を表するッ‥‥表するだけだけどな)
そのまま溜息混じりに、彼は湯船に沈んだ。
「あんな場所で‥‥まったく」
ムッとして、九郎が湯船からあがる。同様に気付いて、文も立ちあがった。
色々異論もあろうけれど、彼には、覗きを見て見ぬ振りなどできないからだ。しかし、そんな彼らに声を掛け、鹿嶋が止めておきなさいと助言する。
「どうせ血の雨が降るんですから‥‥」
「いえ、やっぱりよくありません」
言われてみるとそうかもと、文は少し躊躇する。
だが九郎は、そんな鹿嶋の制止を振り切って生垣を飛び越え、煉の隣へ飛び降りた。
「煉さん!」
その時煉は、両断剣を発動し、小さな穴を壁に開け終えたところであった。
一瞬驚愕の表情を見せはしたものの、直ぐに己を奮い立たせ、不敵な笑みを浮かべる。
「‥‥遅かったな。既に天国への扉は開かれたッ!」
「あっ、待てっ」
背を向け、覗き穴に飛び掛る煉。
そうはさせじと九郎が煉の腕を掴み、プロレス技を仕掛ける――が、それでも煉は諦めない。じたばたと悪あがきをして覗き穴に顔を近づけ、眼を押し付けんと悪戦苦闘する。
「俺が覗くことで! 天国は『完成』するッ!!」
無理やり壁へと突撃する煉。
――みしり。
嫌な音がした。
止める間も無く、盛大な音を立てて倒れる、壁。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
かくして、天国への扉ならぬ地獄への扉が開かれたのである。
「まったく、何をやっているんだか‥‥」
大方の想像がついて、鹿嶋は溜息をつく。
「何や?」
「覗き、か?」
エミールが首を傾げると同時に、唸る天。
傭兵達の行動は素早い。
「レティさん、私の後ろに!」
篠原が身体を張ってレティの前に立ちはだかったかと思えば、ミアは数個の桶を同時に投げつける。そして悲鳴が聞こえたとあれば、身体にタオルを巻いた小町が即座に現れる。
「ほほぉ、乙女の柔肌を、それもこんな堂々と覗こうたぁ、ええ根性しとるやんけ」
にこにこ笑いながら、拳を握り締めて歩み寄る。
一方の篠原は木刀を手にぺたぺたと床を鳴らす。
「‥‥そうやねえ、生きて帰れるとは‥‥思ってへんやんね? うん、二人ともええ度胸や」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は煉を止めようと‥‥!」
「問答無用ッ!」
湯船から飛び出した風子が、手にした濡れタオルを投げつける。
空を回るタオルが覗き犯の顔にびたりと張り付いたかと思えば、間髪入れずに腕を掴み、そのまま足を掛け、ぐるりと一回転した。
「なっ、ちょまっ、誤解だあぁぁぁぁ‥‥」
九郎の悲痛な声が響く。
「さて、馬鹿弟子‥‥最期に何か、言い残すことはあるか?」
サヴィーネが拳を握り締めた。
九郎みたいに誤解だ、なんて言い訳が通用する訳は無い。煉は真っ白になって、一歩、二歩と後ずさる。背を向けて逃げ出そうとした彼の後頭部に、手桶がめり込む。すってんと転んだところへ更に集中砲火。
そしてそのまま、男湯の方へ投げ返された。
「こらぁ! 覗きはご法度言うとったやんけ!」
その上更に、関西訛りの声が響く。
女湯の壁の上に顔を出していたのはエミール。となれば、もう、言うまでも無い事だが。
「エミールさん、貴方も自分を省みなさいっ」
由梨の桶がエミールの顔面に直撃し、墜落する。
「ぐぞ〜‥‥そ、そりゃそうか‥‥」
「何をやってるんです?」
床に墜落したエミールを見て、真一が呆れた声をあげる。
「ぷっ、くくく」
その光景を見て、サヴィーネは笑いを押し殺し、お腹を抱えた。
「幸せ、ですね」
「うん、そうだね〜っと、流れ星?」
混浴の隅で、小夜子が囁く。隣には拓那。空を走った流れ星に二人は互いの幸せを想い、共に平和な世界で生きられることを願う。二人は口にせずとも、それぞれの事を想い、同じ夢を星に願っていた。
「やはり血の雨が降りましたか」
鹿嶋達男湯の面々が、落下してきた二人を見下ろす。
「大丈夫ですか? 生きてます?」
返事が無い。ただの屍のようだ。
仕方なく、紫苑は彼ら二人を湯船から引き上げ、背負って風呂場を後にする。覗き犯とはいえ、このまま放っておくわけにもいかない。布団にぐらい寝かせておこうかという彼の親切だ。
「‥‥‥‥」
真赤なまま、シェスチは酒を呑み続ける。
ありえないような速度で杯を開けていく。ところが幾ら呑んでも酔う様子は微塵も感じられない。顔が赤いのは、混浴に慣れていないからというだけだ。何かもう、呑むしかないじゃないか。
●なんちゃって修学旅行
何名かはまだ風呂に残っているが、温泉をあがった順に、彼等は寝室へと別れた。
「ちゃんと二人相部屋だからね?」
「うん、解ってる」
すずと乙姫のように普段通り――そう、あくまで普段通りの様子で部屋に向かう者もいれば、サヴィーネのように、死体と化した煉を担いで歩く者もいる。本当は二人きりになって思い切り甘えたいとも思うのに、弟子の不始末によって、無念を泣く泣く噛み締めるしかない。
部屋に入り、きっちりと布団は二枚敷く絢とクレイフェル。
「おやすみ、良い夢を、な?」
おでこに口付けるや否やそそくさと布団に潜り込む。初心な二人の事だから、間違いは起こさないだろう。多分。おそらく。
――そして大部屋。
「おぉ、広いね〜」
朋が驚きの声をあげる。
「こんだけ大人数なら少しは気を‥‥抜けないんだろうなぁ‥‥」
俊哉は、殆ど朋のお守り役状態だ。
傍目に見ても苦労性の雰囲気を滲ませている。
相部屋や一人部屋を希望した以外の傭兵達は大部屋に集まり、旅館の用意した浴衣に身を包んでいる。エミールだけは、自分の服が無い、チャイナ服にすり替えられていると大慌てだった。犯人は解らずじまいだが、多分気にする必要は無いだろう。
「天、このぬいぐるみ、本当にありがとう」
遅れて大部屋に現れた、リーゼロッテ。
その手にはあひるに跨ったディアブロのぬいぐるみがある。真一、風子、天の三人で企画した手製のぬいぐるみだ。
「この前は、怪我がなくてよかった‥‥だが、これからは撃墜もしなくなるさ。こいつがあんたを守ってくれる」
「しかし、私達の分まで作っていたとはな‥‥」
嬉しそうな苦笑いを見せるのは風子だ。
天がこっそりと作っておいた、こちらも手作りのぬいぐるみ。自分たちがリーゼロッテを脅かす事に気をとられていて、真一と風子の二人は、自分達にもプレゼントがあるとは思わなかった。
「仲間、だろ?」
耳まで顔を赤くする天。
わいわいと部屋に戻った彼らの手には花火の袋がある。
彼らだけではなく、他にも何組かが花火を楽しんできていたが、良い具合に夜も更けてくれば、当然、遊びの会場は外から寝室に移る。
「一人で本なんて読んでないで、こっちでトランプやらない?」
まひるに声を掛けられて、夕風は眼をあげた。見れば、指差した方向にはひとだかり。大部屋の傭兵達が皆で集まり、カードに興じている。
「‥‥はいっ!」
文庫本を閉じ、夕風は布団から起き上がった。
もちろん、彼らみたいに夜更かしをする者達がいれば、既に眠りはじめている者もいる。
紫苑等は元々早寝派。周囲の喧騒何のその。大事なペンダントを枕元に置いてぐっすり眠っている。他にも、ミアは風呂上りのマッサージでそのまま寝てしまった――ので布団まで運んだ――し、由梨もだらだらごろごろするあまり、うとうとと。人混みを避けて風呂に浸かってきた愛輝も、いつの間にかエミールの隣で寝てしまっている。
もっとも、当のエミール自身は、まだカードに興じて騒ぎまくっているのだが。
「よっしゃぁ、あがりぃ!」
「私もあがりだ。さて、どんな秘密があるのだ?」
ガッツポーズを決める声に続き、ギリギリであがったレティがホッとした表情でくつろぐ。
「え!?」
残された九郎がぽかんと口を開ける。
ビリになった以上、罰ゲームの暴露話を甘んじて受け入れねばならないが、KV操縦中に田んぼで転んだという話は、既にやってしまった。もう手持ちの暴露話が他に無く、彼は顔を真赤にしつつ、覚悟を決める。
「今、好きな人が‥‥居ます」
周囲から歓声があがる。
誰だ誰だと囃し立てられ、九郎は拳を握り締めた。覚悟は既に終えている。彼は時は今。今こそ言ってしまって己を追い込み、これをもって全力で目標に突き進まんと立ち上がり、高らかに宣言する。
「そ、それは――ッ!」
「熱いお湯をいただいて来ました。皆さん、お茶にしましょう」
ふすまを開き、姿を現すジェイ。
皆がお茶の準備にと湯飲みを引っ張り出す只中、真赤なまま九郎が固まる。
「あっ、レティさん、このおそろいの湯飲み使いませんか?」
「‥‥うん、そうだな」
篠原が差し出した湯飲みを受け取るレティ。
ぴくりとも動かぬままの九郎の頬を、一筋の涙が流れた。
ふすまを開き、シェスチが足を踏み入れる。
時刻は深夜。あれだけ大騒ぎしていた面々も流石に眠くなり、殆どは布団の中で寝息を立てている。
「パパの空‥‥守れ、る‥‥」
「レティさん、大好き‥‥むにゃ」
「‥‥おっぱい」
どこからとも無く聞こえてくる、寝言。
その奥、窓の横に、大きな人影が佇んでいた。
「‥‥あ。まだ‥‥起きてたんですね‥‥」
「ん?」
人影は、窓枠に腰掛けた鹿嶋だった。彼はシェスチに声を掛けられ、ほろ酔い気分で振り返る。振り返る彼の眼に映るのは、酒を手にするシェスチだけではない。彼の瞳に映るのは、大部屋に並ぶ寝顔だ。
その中の影がひとつ起き上がった。唯だ。
「ふあぁ‥‥あら、皆さん、夜更かしですね」
「‥‥今からどこへ?」
タオルを畳んで起き上がる彼女を不思議そうに眺め、問いかける。
「お風呂です。朝焼けを見ようと想います」
にこにこと笑い、彼女は大部屋を後にした。
それを見送り、彼は窓際に向かう。
「隣、良いですか?」
構わないよと告げられて、シェスチは隣に腰をおろし、日本酒の栓を抜く。その香りに誘われてか、シュウがゴソゴソと布団を抜け出してくる。
「や、や。酒ですか? なら私ももう一杯‥‥」
シェスチの酒量には叶わぬが、彼女もたいがい強い。
彼等は小さく乾杯すると、月夜を肴に杯を煽る。
「一日でも早くこの平和な夜が日常になるよう‥‥頑張りますか」
杯を空け、鹿嶋が呟いた。
●帰宅
「いやぁ、すっきりしました。身体も軽くなりましたよ」
手荷物を手に、昭貴が肩をぐりぐりと廻す。
早起きをして散歩や朝風呂を愉しんだ者も居たが、皆、朝食のバイキングには顔を出した。
ジェイとアリカが相変わらずの仲睦まじさを見せ付けたりと、独身貴族には針の筵だったりもしたもののの、バイキングとあって遠慮なく食べまくったりもする。ミアなどは、こっそりとタッパーに料理を入れている。多分、マナー的にはあまり良くないが、家族の為と自分を納得させておいた。
「また温泉に行きたいね!」
乙姫の言葉に顔を赤らめるすず。
――が。
「むぅ〜」
「し、師匠‥‥?」
楽しそうにしている二人が居るかと思えば、唸る者もいる。あのまま、煉は朝までひっくり返っていた。サヴィーネは朝になって煉が慌てて渡したぬいぐるみを手に、ふくれっつらだ。
「えぇと、お菓子がええかな‥‥?」
クレイフェルや夕風はおみやげを買っていた。ジェイ達もそうだ。
「今回は、のんびりできましたね」
ゆるりと笑みをこぼす紫苑。
傭兵達は昼前に一度集合すると、皆、それぞれの戦場へと戻って行った。
●欧州湯煙殺人事件
「アラヤダ! 人殺しよぉ〜っ!」
掃除のおばちゃんが大あわてで湯船を飛び出す。
風呂桶にぷかぷかと浮かぶ、のぼせた女性が、ひとり。
同時刻には大部屋を片付けていたアルバイトが、立ち尽くす人間の石像を、というか『石像らしきモノ』を粗大ゴミへに出していた――が、どうでも良い事である。多分。
「‥‥何か忘れているような」
数名の傭兵がおかしいな、と首を傾げる。
実際に何の事か思い出したかどうか、それはともかくとして。