タイトル:【BH】目的マスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/05 01:25

●オープニング本文


「しっかし、少尉も馬鹿な事をしましたねぇ?」
「僕はもう准尉だよ」
「あれ? 降格ですか?」
「はは‥‥いやぁ‥‥」
 随伴する兵士の苦笑いに、モーリスは困ったような笑顔を返した。兵士は気楽そうな顔で、ヘリのドアに寄りかかっていた。
「まぁ、何というか、その‥‥困ったなぁ」
 何と愚痴を言うでなく、巻き紙を取り出し、煙草を詰め始める。
 細いそれに火をつけながら、彼は封鎖を実施している本部陣地のほうへと、目をやった。

 ――数時間前。
「ともかく、だ」
 中佐の声が、テントの中に響いた。
「君は傭兵達の行動を黙認した。のみならず、証言によれば煽動した疑いもある」
「はぁ‥‥」
 バツが悪そうに応じるモーリス。
 中佐はムッと口元をひん曲げて、机を叩いた。
「まったく。君には一度、後方に戻ってもらう。傭兵を監査する立場の君が、そうやって何時も何時もぼんやりしているから、彼らの勝手な行動を許してしまうんだ!」
「はぁ、申し訳ありません‥‥」
 姿勢こそ直立不動ではあったが、その声は相変わらず間延びしていた。
「じき、ヘリが到着する。それに乗って、私と共に後方に戻ってもらうぞ」
「中佐も、ですか?」
「上層部が直接報告をよこせとうるさいんだ。君の件もある。ま、用事だけ済ませてとんぼ返りだな」

 そして今。
 モーリスは出迎えのヘリに乗り込み、中佐を待っていた。
 対する中佐は、出発準備を整える傍ら、証拠物件の何点かを確認していた。
「まったく‥‥今から戻るんだから、向こうに置いておけば良いものを‥‥」
 彼が確認しているのは、ここ数日間のモーリス宛に届いた郵便物。
 先に送られた無記名の郵送物も、その中に混ざっていた。彼はそれと気付かずにカッターを取り出し、中身を見ようと切り開く。
「賞味期限のきれか食い物‥‥? えぇい、UPCへの嫌がらせか!?」
 彼は腹立たしげに箱を閉じる。
 まさかあの街から送られてきたものだとは露程も考えなかったらしく、中佐はこれを、モーリスの嫌疑に関する証拠とは見做さなかった。
(ヘリも待たせている。後はヘリの中で確認するか‥‥)
 残った郵便物をかき集めてカバンの中に詰め込む。
 彼は軍帽を脇に挟み、コートを羽織ると、足早にテントの外へと向かう。
「‥‥何だ?」
 そんな彼の目の前に、一人の兵士が現れた。
 生気の無い顔をしたその兵士は、ふらふらとした足取りで彼に近寄り、突然に――牙をむいた。


●脱出
「中佐、遅いですねぇ‥‥」
 ぼんやりと煙を吐くモーリス。
 操縦士も欠伸をして、空を眺める。
「ん?」
 モーリスがひょい、と眉を持ち上げた。
「どうしました?」
「‥‥」
 兵士の問いかけにも答えず、モーリスはキャンプのほうへと目を向ける。聞こえてきたのは――微かな銃声。モーリスに続いて、随伴の兵士も異変に気が付いた。銃声は次第に大きく、多発するようになった。
「れ、連絡は!?」
 操縦席の兵士に向いて、モーリスが身を乗り出す。
「待って下さい‥‥くそう、応答が無い!」
「まさか」
 歯噛みするモーリス。
「准尉、あれを」
 指差された方角へ目をこらした。
「中佐‥‥こちらです、中佐!」
 モーリスが立ち上がって手を振ると、中佐は、彼らの元に全力で駆け寄ってきた。だが‥‥中佐の様子をよく見れば、彼は首を抑えており、指の隙間からは、じっとりと血が滲んでいた。
「離陸します!」
「待つんだ、中佐を‥‥」
「駄目です准尉! あの血が見えないんですか!?」
「だ、だけどね‥‥!」
 彼の言葉は、急発進の反動に遮られる。
 突然の上昇にシートに押し付けられながらも、モーリスは中佐を見やった。
「待て! 止まれ、止まってくれ!」
 悲痛な叫びをあげる中佐を置いて、ヘリは更に上昇する。遥かな地上で中佐が転倒し、そのまま視界から消えた。その様子に、モーリスはぐっと押し黙る。
「‥‥」
「じゅ、准尉‥‥」
「良いんだ。解ってる‥‥」


●依頼
 集められた傭兵達を前に、士官が説明を始める。
「今回の作戦では、諸君には前線本部へ向かい、現存する重要な資料等を回収して頂く」
 おそらくは、リビングデッドの襲撃、もしくは発生によって前線本部は壊滅した。
 連絡はとれず、生存者はいないか、いたとしても、連絡を取ることが出来ない状態にある事は明白だ。
「現地の詳しい状況は不明だが、各種資料を回収できなければ、今後の対策を立てる事も叶わない。細部の説明や質疑応答については、暫定的にモーリス准尉に担当させる。以上だ」
 早足にその場を去る士官。
 彼の焦りは明白だった。軍自身が焦りを感じ始めていた。被害は拡大しつつあり、何よりバグアの目的が解らない。被害が少ないうちに爆撃するという選択肢は存在したものの、こうなってしまった以上、全てを焼いて終了させるのは難しくなってきた。
「とりあえず、皆さんが感染しない事は解っています。リビングデッドからの物理的攻撃の懸念があるとは言え、現地に突入して資料を回収するのは、さほど難しくは無いでしょう‥‥しかし、どうしたものでしょうね‥‥」
 残されたモーリスが、一人溜息をつく。
 今焼き払ったところで、次同様の事件が発生すれば、また焼き尽くすというのだろうか。
 それに、バグアの目的は未だ不明で、不気味にすら感じた。
 何故、バグアはここでだけ事を起こしたのか。同時に発生させるという行動を取らなかったのか。実験だったとしても、効果が十分であった事は解りきっている筈だ。それなのに、何故、何の動きも見せないのか。何故、UPCの行動に何の介入も見せない。何故、人間を感染させて放すなんて回りくどい手段を用いたのだ。
「バグアの、目的ねぇ‥‥」
 そんな愚痴ばかりを上層部から聞かされ続けて、モーリスもまた、少なからず嫌な気分になっていた。
「ふう‥‥」
 彼は、再び溜息をついた。

●参加者一覧

相麻 了(ga0224
17歳・♂・DG
小川 有栖(ga0512
14歳・♀・ST
ハルトマン(ga6603
14歳・♀・JG
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
シェスチ(ga7729
22歳・♂・SN
聖・綾乃(ga7770
16歳・♀・EL
まひる(ga9244
24歳・♀・GP
玖珂・円(ga9340
16歳・♀・ST
烏谷・小町(gb0765
18歳・♀・AA
カララク(gb1394
26歳・♂・JG

●リプレイ本文

 既に死した、元々人間だった者が歩き回っている。
 その様子を始めて自身の眼で確認し、ツァディ・クラモト(ga6649)は、思わず唸った。
「ウィルスを作った奴は、相当趣味が悪そうだ‥‥」
 双眼鏡から眼を離す。
 後ろではまひる(ga9244)が焼肉弁当をかっ込んでいる。彼らが今乗っているのは玖珂・円(ga9340)のジーザリオだった。これで突入するという訳ではなく、現在は高所から偵察中だ。テントの位置や、車の停車場等を一通り確認している。
「リビングデッドの様子は? 罠の可能性もあると思うんだけど」
 相麻 了(ga0224)に問われ、ツァディは再び双眼鏡を覗き込む。
「全体の様子で言えば、特別静かでも無し‥‥敷地内をウロウロしている、だけだな」
「なら、待ち伏せは無いかな?」
 彼等は、担当を2班に分けた。
 敵の目をひきつける陽動班と、資料を回収する班の2班だ。
「他には特に無さそうか‥‥よし、そろそろ行こう」
 立ち上がり、振り返ったカララク(gb1394)の視線の先には、憮然とした表情の烏谷・小町(gb0765)。
「よー考えたら‥‥先日も死人型キメラで、今回はリビングデッド‥‥ウチは納涼祭りのホーンデッドハウスにでもおるんかー!!」
「肉でも食べて落ち着きなさい」
 まひるが肉をゆらゆらと振るう。彼等は準備もそこそこに、徒歩で現場へと近付いて行った。


●死人の巣
 どこかから、銃の乾いた音色が聞こえてきた。
「始まったね‥‥」
 その音に、シェスチ(ga7729)は小さく呟く。
「さてと、じゃ、もう少ししたら潜入すっか」
 立ち上がり、軽く身体を伸ばすツァディ。まだだ。陽動班が十分に敵の目をひきつけるまで待たなくてはならない。断続的に聞こえてくる銃声に、金属の跳ねる音。
 頃合を見て、彼等は鉄条網を乗り越えた。


「‥‥ってか、前衛はウチだけなんか‥‥」
 リビングデッドの頭部を粉砕し、小町はタバールをくるりと回転させた。
 近寄っていたリビングデッドを始末すると再び拳銃を手にし、近寄らせまいと引き金に指をかける。慎重に評価しても、数こそ多いが、一体一体のリビングデッドは強敵ではない。
「鬼さんこちら、手のなる方へ‥‥なんてなー」
 彼等はじりじりと後退していたが、それも作戦だ。
 敵が一斉に迫れば、ハルトマン(ga6603)が地を踏みしめ、M−121ガトリング砲を振るう。高速でばら撒かれた弾丸は、次々とリビングデッドをなぎ倒す。
「これで、良いの?」
 ハルトマンは、後ろに立つ円へ問いかける。
「えぇ、奴等が音に気をとられる可能性は高いわ。なるべく派手に騒げば、その分、こちらに引き寄せられる筈」
 そういう彼女も、普段とは違い、ハンドガンを掲げて敵を撃っている。
「‥‥こちら陽動班。そちらは無事か?」
 最前列に位置する小町には、リビングデッドが集中する。
 手の廻りきらぬと見える敵を牽制しつつ、カララクは無線を手にしていた。ややして、回収班から返事が届く。
『――はい、リビングデッドはそちらの方角へ向かってます。そちらこそ大丈夫ですか?』
 声の主は聖・綾乃(ga7770)だった。が、様子を確認するだけの予定だった短いやり取りに、まひるが割ってはいる。
「音量と話し声、もう少し小さくした方が良いかもしれないわ」
「‥‥音、ですか?」
 綾乃の問いかけに頷くまひる。
「まぁ‥‥元が人間だからね」
 思わず、溜息をつく。
 先ほどツァディが言ったように、製作者はよっぽど悪趣味なのだろうと思えた。陽動班の方角へわらわらと集まっていくリビングデッド達も、服装は軍服。つい最近まで元気な顔をしてこの陣地の中を歩き回っていた筈なのだ。
「そう考えると、モーリスの降格は申し訳ないけど‥‥二階級特進よりはマシだった‥‥かな‥‥少なくとも、ここの人たちみたいに」
 呟き、シェスチはテントの反対側を覗き込んだ。
「‥‥よし、行こう」
 敵の姿が無い事を確認し、小さく駆ける。
 皆がその後を追う中、ぼんやりと取り残される一人。小川 有栖(ga0512)だ。
「有栖さん、行くよ」
 了の声にハッとし、後を追う有栖。どうしたのかと問われ、考え事をしていたのだと答える。気になっていたのは、先日逃した、あの少年の事だ。
(あの子は、無事に逃げたんでしょうか‥‥あんなめにあったから、軍隊の近くにはいないでしょうけれど‥‥)
 考え事をしながらも皆の後を追う有栖。
 目標のテントまではすぐだった。
 途中、幾度かリビングデッドをやり過ごしつつ、回収班はテントの中へと入る。
「生きてる奴いるか〜」
 気の無い、ツァディの声。応える者はいない。テントの中はしんと静まり返り、無線その他の機材は放ったらかしになっている。誰もいない事を確認すると、数名の傭兵達は出入り口で待機し、残り全員でテントの中へ足を踏み入れた。
 出入り口に残ったツァディらは、敵襲に備えての待機だ。
「OK、所定のポイントへ到達。作業を開始する」
 無線機を手に報告する了。
「さぁ、手早く済ませるわよ」
 傭兵達は手分けをして、テントの中を駆け回る。指定されていた資料の殆どは紙媒体だった。それ以外にも関係ありそうなものを見つけては、次々とバックパックへ放り込んでいく。
「監視カメラの類は‥‥無い、か‥‥」
 通信機の周辺を見回し、肩を落とすシェスチ。
 監視カメラ等の映像が残っていれば、何か手がかりになるかもしれないと思ったのだが、テント群の中に監視カメラを設置している可能性は低いようだった。止むをえず、自身のカメラで周囲の様子を撮影しつつ、別の資料を捜索する。
 資料が特にあらされた様子は無かった。
 暴れたのか、テント内自体が多少荒れている様子は残っているが、資料が散逸する程の事ではない。資料を確認しつつ回収していた有栖は、ふいに手を止める。
「けれど、どうしてリビングデッドになったのでしょう。昔、テトロドトキシンという薬品で人をゾンビ状態にしたというのを聞いた事がありますけれど‥‥」
 だが彼女は、そこまで言いかけて、自分の手が止まっている事に気が付いた。
「それとは、違いますよね‥‥」
 慌てて、再び資料の選別に掛かる。
「金庫の中はこれで全部で‥‥相麻さん、何してるんですか?」
 金庫を閉じる綾乃が、了の動きに首を傾げた。
 彼は机の上をザッと見回したかと思うと食料の詰まっていたダンボールを見つけ、中のものをカバンへと放り込んでいる。
「最近、うちのペットの餌代も馬鹿にならなくてね‥‥」
「‥‥」
 怪訝な表情を見せる綾乃。が、彼女の思考は、ツァディからの言葉に遮られた。
「のんびりしてる時間は無いぞ。あちらさんもこちらに気付いたらしい」
「他に必要な資料は!?」
 ガトリング砲を両手で抱え、シェスチが飛び出す。
 リビングデッドの多くが陽動班にひきつけられていたとは言え、全てがそうではない。テントの中から聞こえる物音を耳にし、あるいは見張りのツァディを見つけ、少しずつ、だが確実にその数が増えていく。
「多分、これで全部!」
 スラリと炎舞を引き抜くまひる。
 エミタにより、頭髪がばさりと広がった。勢いを殺さず、そのまま炎舞を振るい、遠方の敵を焼く。皮膚を焦がしながら攻め寄せるそれを、了が、ゼロの爪で切り裂いた。
 爪を掲げ、有栖の前に立ちはだかる。
「死人の癖に、俺の有栖に手を出すんじゃねえぇぇよ!」
「よし‥‥目標は達成した。もういいだろう」
 ツァディは片手でアサルトライフルを構えたまま、無線機を口にあてた。狙いもせずに撃つだけなら、片手でも十分だったからだ。
『聞こえるか? こちら回収班。これより撤収する』
 腰の無線機から聞こえる声。
「こちら陽動班。感度良好」
 応じたのはカララクだった。
『あぁ、追伸。まひるさんからだが、集合は駐車場でいいか。車を奪って逃げようって事だ』
「陽動班了解。こちらも撤収します」
 互いに手短に通信を終える。
「やっと撤収かー」
 やれやれと言った感じの小町が、活性化で自身の傷を癒し、タバールを強く握り締める。
「突破します‥‥」
 瞳孔の開ききった瞳が、リビングデッドを睨み据える。直後、ハルトマンのガトリングガンが火を吹いた。強弾撃によって強化された弾丸の嵐が敵をなぎ倒し、援護によって生じた隙目掛け、小町が滑り込む。手斧は近寄るリビングデッドを次々と切り裂き、群れの中に道を作っていく。
「突破となれば、得意な武器でいかせてもらうわ」
 今までは不慣れなハンドガンだった彼女も、ここぞとばかりエネルギーガンを取り出し、引き金を引き絞る。カララクの急所突きで弱っていたリビングデッドを、一直線に貫いた。
 カララクも、身体の焦げ付きはまだ僅か。スキルを発動し、突出する小町を援護する。
 押し寄せるリビングデッドの波を掻き分けるように、陽動班は駆け抜けていった。


 激戦の陽動班に比べ、回収班の突破はスムーズに進んだ。
 敵の大部分は陽動班に引き付けられており、彼等を襲うリビングデッドの姿はまばらだった。
 だが、そんな彼らの前に、テントの影から一体のリビングデッドが姿を現す。
「リビングデッド? 一体だけなら‥‥あっ」
 その姿に、小さく息を飲む有栖。
 そこに現れた死体は、今までに何度か見かけた中佐の変わり果てた姿だった。白目をむき、青白い顔で唸り声をあげるだけの中佐。既に、死んでいる。
 その姿を認めて、朱鳳を手に地を蹴る綾乃。
「惨めですね、あの時彼を保護していれば、治療法だって‥‥こうならずに済んだかもしれないでしょうに‥‥」
 すれ違い様、彼女は首を跳ねた。
「安心して眠りなさい。決して明ける事の無い漆黒の闇の中へ‥‥」
 転がる頭部を、脚で踏み割る。
 水風船が弾けたかのような音をたてて、赤黒い液体が地面に広がった。
「南無阿弥陀仏、っと」
 まだ動き回る胴体を撃ち抜き、ツァディは膝をつく。
 モーリスの話によれば、何らかの資料を手にしていた筈だが、特に怪しいものを持ち歩いてはいなかった。となれば、それがあるのは中佐が死んだ場所か。


●ジル
 傭兵達は、ジープの上にいた。
 基地に残されていた車両は、既に持ち主不在で、放っておいても爆発に巻き込まれて処分されるだけ。彼等は遠慮なくこれを拝借した。
 リビングデッドの足で車に追いつけない事は実証済みだ。
 数体のリビングデッドをバンパーで弾き、彼等は陣地を脱出。一路、件の街へと向かっていた。
 目的の半分は、街に異常が無いかを確認する為。
 そして残り半分は、イリヤの安否を探る為だった。
「二度と出逢えない方が良いのでしょうけれど‥‥元気でいる姿が見られたらいいな‥‥」
 おしとやかにジープに腰掛けていた有栖は、面をあげ、街の方角へ目を馳せた。
 走るジープは二台。
 それぞれ陽動班プラス1と、回収班の面々が乗り込んでいる。
「地図を見て」
 陽動班の助手席で、小さな紙地図を広げる円。
 後部座席のハルトマンと小町、それに人数調整で移動したまひるの三人が、何かあるのかと身を乗り出す。
「今回の感染拡大は、感染源である何者かが移動した為だと思うわ。けれど、今まで何の問題も起こらなかった事を考えると、感染源はゆっくり移動しているでしょうし、となれば、この付近に居‥‥!?」
 一言一言、自分の言葉を確認するかのように話していた彼女は、突然の揺れに舌を噛んだ。
「いったいどう‥‥」
 顔をあげたハルトマンが、異様な熱に片眼を閉じる。
 道路の上を、火炎弾が跳ね回った。
「ちっ」
 続くもう一台でも、ツァディがハンドルを切る。
「火炎弾‥‥まさか」
 熱気が隣を掠めていく。顔を腕で覆い、了は辺りへ視線を走らせた。今この場に居る多くの傭兵には、この火炎弾に見覚えがある。イリヤがジルと名づけた、あの三つ首ケルベロスだ。
(感染源はケルベロス‥‥? いや、あれはもっと素早い。けれど‥‥)
 思考の網を広げていく円。
「いた、あそこ!」
 その声に、思考を途絶し、視線を走らせる。
 木々の合間を縫うように、ケルベロスが躍り出てきた。地を蹴り、跳躍するケルベロス。間違いない。件のケルベロスだった。
 だが――
「‥‥いない」
 綾野がぽつりと呟く。
 現れたのはケルベロス単身。ここには、イリヤの姿は無かった。理由は解らない。だが、今この場にイリヤが現れていない事だけは確かだった。
 着地し、岩を蹴って滑るケルベロス。
 その首の一つが、口を開くと、青白い冷気が口の中に広がっていく。
「友好的じゃなさそうやなー」
 呟く小町。
「折角残しておいたお弁当、無駄になりそうね!」
 揺れる車上、まひるはリセルに矢を番えると、ケルベロスが冷気弾を放った直後、指を離した。ケルベロスの敵意が明らかになったからだ。飛ぶ矢を、ケルベロスの前足が叩き落す。
「タダ働きは勘弁だ、撤退するぞ」
「賛成、ここは一度退がろう」
 ツァディとカララクが、それぞれハンドルをきる。
 追い討ちを掛けてくるケルベロスの攻撃を避けながら、彼等は全速力で退却していった。


●報告
「皆さん、お疲れ様でした。まずは緑茶でもどうぞ」
 撤退した彼らは一通りの検査と消毒を受けてシャワーを浴びた後、モーリスに出迎えられた。ただ、了が持ち帰ろうと考えていた食料品等は、検査のときに見つかり、押収されてしまった。
 回収班が集めてきた資料が次々と机の上に広げられ、UPCの職員らがこれを選別して纏めていく。集めてきた資料は、事前に通達されていたものの他に、軍医からの報告書や、その他直感で集められた資料。シェスチが撮った現場の写真もある。
 帰る途中で中佐の資料も拾って帰ったのだが、こちらはモーリスに関する報告書が中心だった。
「あの、モーリス」
 意を決したように、一歩前に出るシェスチ。
 どうしたのだろうかと、モーリスは彼へ顔を向ける。
「今後の事だけど‥‥」
「きゃっ!」
 突然の悲鳴に、傭兵達が驚く。見てみれば、小町が有栖に抱きついていて、了がカンカンになって怒っていた。
「‥‥解決前に街を爆撃するのは、やっぱり反対だよ。今まで発生源自体を焼き尽くそうとして‥‥解決できた病気が‥‥いくつある?」
 いつになく強気なシェスチの態度に、モーリスは唸った。
 他の傭兵も、多くは同意見だった。
 イリヤも巻き込んで殺してしまうのは――そうでなくても、このまま有耶無耶に終わらせてしまうのは、どうしても納得いかないからだ。シェスチにとっては、生まれて初めての『意地』なのかもしれなかった。
「ふむ‥‥私も引っかかってはいるのですが、あえて軍の側として意見を言うなら、バグアの目的が解らない事が、最大の懸念要因でもあります」
 とはいえ、皆さんの意見は報告しておきます――そう言って、彼は小さく頷いた。