●リプレイ本文
●帰路
補給品にあった水筒に、新しい水を流し込む。
休憩は終わり、彼等は帰投の準備に取り掛かっていた。
「皆、これを見てくれ」
ブレイズ・カーディナル(
ga1851)がばさりと広げた地図を、皆が覗き込む。
そこにはスペイン――特にイベリア半島北東の周辺が記載されていた。
おおよその当たりをつけ、敵の位置や自分達の現在位置を確認し、彼等は退却するに適したルートをある程度選定する。ただそれは、今までに得た情報が少ない事もあり、一部、敵を発見した地点を回避しつつも、来た道と大きく変わるものではなかった。
おおよそのルートを頭に叩き込み、ロジャー・ハイマン(
ga7073)が頷いた。
「決まりですね。となれば‥‥早いとこ、お二人を連れて帰りましょう」
「うむ、それでは速やかに撤退を‥‥ん? 二人‥‥」
はたと気付き、梵阿(
gb1532)は顔を上げた。
「えぇ、二人です」
「そうか‥‥そうであったな」
梵阿に対して、ロジャーは沈痛な面持ちで頷いた。
「‥‥こちらリュドレイク。敵影なし」
探査の眼を発動したリュドレイク(
ga8720)が、無線機に声を掛けた。
彼等は往路と同様、2台のバイクが先行して偵察を行い、安全を確認してジーザリオが前進するという方法を採った。
「沢山持ってきた弾薬、一箱も使わずに帰還できると良いんですけど、ね?」
水流 薫(
ga8626)がぼそりと呟く。
「そうだと良いな‥‥せっかく助けた一人だ。ヘマせず送り返したい」
ブレイズはハンドルを捌きつつ、言葉で頷いた。
薫はサイドカーに座っており、スコーピオンを手放さずに辺りを見回している。彼等は他のバイクやジーザリオと緊密に連絡を取り合いつつ、慎重な前進を続けていた。
「‥‥っと、少し待って下さい」
「ん?」
その言葉に速度を落とすブレイズ。
彼もまた、薫の言葉につられて、彼の見やる方角へと眼をやった。
「キメラか」
「こっちはダメっぽいです、ね」
手短に仲間へと連絡を入れ、迂回する傭兵達。
「居ますね‥‥後続に連絡を」
同時期、ロジャーとリュドレイクのペアもまた、別の場所でキメラを発見していた。数は少なく、迂回可能であるからと迂回を連絡する先行偵察班。その通信は、2台のジーザリオのみではなく、他の偵察班へも届けられている。
「‥‥何か、行きより敵が多くないですか?」
通信を受け取った薫が、思わず顔をしかめた。
『行きは平穏だったからな。帰りに皺寄せが来そうな予感はするが』
その呟きを無線機が拾っていたからか、彼の持つ無線機からは風羽・シン(
ga8190)の声が聞こえた。シン自身は、救出したパイロットが怪我をしていた事もあり、手早く離脱したいと考えていたのだが、彼等は先ほどから迂回を繰り返し、中々前進できずにいたのだ。
「後は帰るだけ、と思っていたんだがな‥‥」
「う〜ん、何だか様子が変ですね〜?」
シン同様、懸念を感じて首を傾げるなるなる(
gb0477)。
『‥‥確かにそうだな。少し上手く行き過ぎた感はある』
ラウラ・ブレイク(
gb1395)からの無線。
「ラウラさん、パイロットさんは大丈夫ですか〜?」
『うむ、問題ないぞ』
だが、なるなるの問いかけに答えたのは梵阿の幼い声だった。
『この私が同乗しておるのだ。安心しろ』
梵阿は、なるなると同じくサイエンティスト。
練成治療等のスキルもある。命に関わるような怪我をしていない限り、パイロットの安全や様態に問題は生じない。
「そうでしたね、宜しくお願いしますね〜」
『うむ、任せろ』
「はやく帰って、パイロットさんを安静な場所で休ませてあげたいですね〜」
自信ありげな梵阿の言葉に、なるなるはホッとする。
そうして返された言葉に梵阿が応じようとしたその時、リュドレイクの無線が割り込んだ。
『聞こえるか? ちょっと、マズイ事になってそうだ』
●異変
リュドレイクの無線は、変わらず雑音を垂れ流していた。
人類側の最前線に近付いた彼等はパイロット保護の報告を入れようとしたのだが、無線が全く繋がらない。前線と考えていた方角はジャミングが激しく、後方のジーザリオ班に連絡を入れるのがやっとだった。
「無線はダメ、ですか?」
引き絞るように停車したバイクのサイドカーから、薫が身を乗り出す。
「様子が変ですね‥‥」
エンジンをアイドリング状態においたまま、ロジャーはひとりごちた。
同様の状態にバイクを置いておき、ブレイズが同調する。
「それにだ。往路で聞こえていた銃声も殆ど耳にしなかった。そっちはどうだった?」
当初は少なかったキメラも、前進に従って数が増え、密度が増しているように感じられる。銃声の件ともども、反論は出なかった。皆、同じ感想を抱いているからだ。
ブレイズの疑問を受けて、無線機を置いたリュドレイクは振り返る。
「無線が届く範囲に友軍が居ないとなると、前線が後退した、とかでしょうか」
『元々、孤立無援で敵地にいた状況だったからね』
「前線後退って‥‥洒落にならないじゃないですか‥‥はぁ‥‥」
無線から聞こえたラウラの言葉を耳にして、頭痛を抑えるように、薫は眉間に手をやった。
『あらゆる可能性を想定し、決して希望的観測に目を眩まされず、数パーセントの懸念にも目を瞑らない。それが科学者たる者の絶対の心構えだ』
そんな彼の溜息を聞きとがめるように投げかけられる、梵阿の言葉。
薫もそれが間違いとは思わない。ジャミングで通信が妨害されてるだけだと楽だな、とは思うのだが、これまでの様子を勘案するとどうもそれだけとは思えないからだ。溜息がそのまま空気に溶け込んだような雰囲気の中、ブレイズは腕を組む。
「元々有利って訳じゃなかったからな。戦線縮小もおかしくはないが、よりによってこんなタイミングで‥‥あと一日、いや数時間だけでも‥‥」
『なに、ちょっとばかしゴール地点が伸びただけだ』
シンは、ジーザリオを停車させ、無線を手に取った。
これ以上接近しては先行偵察班に合流してしまう。
『これまでと同様慎重に、そんで時に大胆に進めば何も問題無いさね』
「そうだな、どちらにしても、今は俺達だけで切り抜けるしかない」
胸へと手をやり、ブレイズは地図を取り出す。
先行偵察に走る四人が地図へと視線を落とし、再び、戦線の位置を想定しなおす作業に入る。その言葉に、梵阿は無線を口に当てた。彼女は、速度を上げた方が良いだろうと提案するつもりだった。だが、無線を口にあてたまさにその時、無線からは別の声が響いた。
『待って下さい、様子が変です〜!』
声の主はなるなる。
「どうした?」
皆に緊張が走る中、運転席のシンは、そのように問いかけながらも、ギアに手をやって言葉を待っていた。
「何かがこっちに向かってます〜‥‥」
「‥‥」
何かが来る――その言葉だけで、十分だった。
ギアを入れ、アクセルへと足を乗せるシン。ラウラもジーザリオを加速させようとアクセルペダルへ力をかける。一方の先行偵察班も地図をバサバサと畳み、各々のバイクへと飛び乗っていった。
そして、木々の合間からキメラが現れる。
●羽音の群れ
「ちぃ!」
力いっぱいアクセルを踏み込み、シンのジーザリオが土を巻き上げる。
木々の隙間をすり抜けて現れたのは、群体型の昆虫キメラだった。うるさい羽音を掻き立て、キメラの群れは傭兵達のジーザリオへと殺到する。
「わわっ!? どっか行ってください〜!」
急加速をかけるジーザリオの助手席で、覚醒によって子供同然に戻ったなるなるが超機械を掲げ、練力をこめた。瞬間、小さな群体キメラのうち、数体が焼け焦げて地へ落ちるが、如何せん数が多い。全てを迎撃する事は難しかった。
「むぅ‥‥どうする、運転を代わるか!?」
揺れる社内で、梵阿が敵を睨んだ。
彼女自身は、自分が戦闘力に乏しいと考えている。キメラと戦わねばならぬ以上、より戦闘向きなラウラと運転を交代した方が有効かと考えたのだ。
「その余裕は無さそうね」
だが、ラウラの言うとおりだった。
敵キメラは素早く、地を賭けるジーザリオへと一挙に迫ってくる。
今車を止めて交代している余裕は無さそうだった。彼女はアクセルを強く踏み、シン達のジーザリオへと近付きつつ、無線に向けて口を開いた。
「助手席に発炎筒がある筈、それを使って」
なるなると梵阿が発炎筒を手に取る。すると、強い光が木々の隙間に煌いた。
これで、バイクに乗った先行班にもおおよその位置が解る筈だ。
「後は‥‥くっ!?」
フロントガラスを叩き割り、虫がジーザリオを貫通していく。
恐らくは身体そのものを弾丸のように使うのだろう。
「おのれっ」
ガラスの破片を手で払いつつ、梵阿は、スパークマシンを掲げた。なるなるの攻撃を見ても、練成弱体を掛けねばならぬ強敵では無さそうだった。彼女のエミタと共に棒が輝き、電撃が宙を貫く。2,3匹がその輝きに触れ、呆気なく焦げ上がるものの、それに倍する数の昆虫がジーザリオを襲う。
シンがハンドルを切り、彼女達のジーザリオの後ろへと回り込む。
パイロットの乗ったジーザリオを、少しでも護ろうとしての事だ。
幌を突き破り、引き裂く昆虫の群れ。
そんな中、何匹かの昆虫が、ついにタイヤを狙って羽を鳴らした。
「やらせないっ!」
空を切る弾丸の嵐が、キメラを叩いた。声の主は、リュドレイクだ。手には、ドローム社製のサブマシンガンを構えている。運転席では、ロジャーが腰を浮かせてバイクを駆っていた。
「間に入ります! 敵を抑えて下さい!」
救出パイロットが乗るジーザリオ――それとキメラ群の間にバイクを滑り込ませ、そのまま併走する。
「間に合ったな! 奴等を引き離すぞ!」
続けて突入する、ブレイズと薫の乗るバイク。
両脇に木々の並ぶ道は、中々に狭い。
気を抜けば木の枝に接触しそうになる中を、彼はやや強引に突っ切った。構える薫の手にはスコーピオン。攻撃と運転は完全に分業だ。
「撃ちまくれるのは気分良いけど‥‥」
射程外でも構わずに、薫は引き金を引く。
「銃声で遠くの奴等まで寄ってくると厄介だ、ね‥‥!」
近付くにつれ、連射の速度を上げていく。
自然、キメラは本能に従い、しつこく攻撃を仕掛ける彼等の方へと意識を向けた。先ほどまでジーザリオに襲い掛かっていた昆虫の群れがざあっと空へ離れ、バイクへと向かう。
だが、その先頭集団が盛大な銃声と共に粉みじんに吹き飛んだ。
ショットガン20。
しかも、ただのショットガンではない。一瞬の間に3度は連射するような、ショートバレルのショットガンだ。群体を狙うには非常に有効だった。
「来るぞ!」
叫び、ハンドルをきるブレイズ。
バイクが跳ね、元いた場所に次々と昆虫が突き刺さっていく。避けられたと知り、更にバイクへと追随するキメラ群。
「俺達は前方を確保します!」
その様子を見て、ロジャーはバイクを加速させた。
尚もジーザリオに付きまとっていた昆虫も、彼の目立つ覚醒に対し、ふいに引き寄せられて飛ぶ。
「弾‥‥足りて下さいよ‥‥!」
引き寄せられたキメラ目掛け、引き金を引くリュドレイク。
銃声に入り混じって、ラウラの声が響く。
『照明銃を使う。突破するわよ』
『了解だ』
『解りました〜』
無線から皆の返事が返ってきたところで、ラウラは運転席から半身を乗り出し、照明銃を構えた。引き金をひくと同時に、プラスチックの銃身から光球が吐き出される。
一瞬、突然の光に驚きでもしたのか、昆虫はわらわらと逃げ惑う。
キメラの一瞬の隙を突いて、ジーザリオは一気に戦闘域を離脱して行った。
「こちらフェニックスの尾、聞こえますか?」
『ロー‥‥聞こえ‥‥こち、第‥‥6中た‥‥繰り返す‥‥』
キメラの群れを突破し、その後ブレイズと薫のバイクがやつらを振り切ってから2時間余り――遂に無線が通じ、リュドレイクは手を叩いた。
「何とか離脱できそうですね。無事に帰ったら紅白饅頭でも食べましょう」
「や、やった、助かっ‥‥痛たた!」
飛び起きたパイロットが、笑みを苦痛の顔に変え、再び倒れる。
「傷が痛むか? もう暫くは我慢だ」
苦笑し、怪我の様子を確認する梵阿。
彼女の見る限り、大事無い。突然動いて痛んだだけだろう。
『帰ったら、まずはお風呂に入って、ゆっくりしたいですね〜』
「どうかなあ。シャワーしか無いだろうなぁ、前線だから」
『う〜ん、残念ですね〜』
なるなるとパイロットの、無線を介したそんな他愛ないやり取り。
「良かったな。何とか、一人は助けることができた」
無線から聞こえるパイロットの声に、ブレイズは小さく笑う。
「まぁ、そうです、ね。俺達はちょっと無事じゃありませんが」
そんな彼の言葉に、薫は苦笑で応じた。見れば、身体のあちこちに小さな傷を負っている。先ほどのキメラにやられたものだ。軽傷だが、見た目だけはかなりの大怪我にも見える。
『逆境は正面から試練を与えるが、順境は足元に罠を張る‥‥今回はそうならずに済んだ、か』
変わらず、気を抜かぬまま、ラウラはハンドルをくるりと廻す。
「えぇ‥‥けれど、やっぱり慣れないね‥‥どうしても」
ロジャーは、今まで沢山の『今』を経験してきた。しかしその経験を通じても尚、彼は『慣れる』事ができないでいた。もし、を考えて、もう一人も助けられたかもしれないと考える。
『‥‥埋葬されたら』
彼の思考を中断するように、シンが口を開く。
「埋葬される場所が決まったら、教えてくれ。葬儀にゃ無理だろうが、後から墓参りさせてもらうよ」
『‥‥有難う』
無線機から、パイロットの声が聞こえた。
仲間の死を悼む様に、どことなく悲しげな声だった。