●リプレイ本文
●決戦、コミレザ!
「は、話には聞いてたけど‥‥ものっ凄いな、この異様な熱さは〜」
唸る新条 拓那(
ga1294)。
その隣では、香原 唯(
ga0401)がおのぼりさん同然にぽかんとして、会場をキョロキョロと見回していた。
「確かにすごい熱気だね〜。気を抜いたら倒れちゃいそうだよ」
「遅れるわよ〜?」
「あ、はいはい〜、ちょっと待ってて、今行きマース!」
ヲタク達の熱気を前に怯んでいた忌咲(
ga3867)や拓那達を呼ぶカーラ・ルデリア(
ga7022)の声。傭兵達は、慌ててクロークルームへと向かった。
それぞれ、制服に腕を通したり、スタッフである事を示す腕章をつけたりして準備を整える。
「うん? 着替えたのか」
迷彩服を脱ぎ、制服を切るツァディ・クラモト(
ga6649)を見やり、緑川 安則(
ga0157)が呟いた。
「迷彩服は目立つしな‥‥」
「そうでもないぞ? 世の中にはミリヲタというのもいるからな」
「ミリヲタ? 何だそれ?」
ツァディは日本人だが、あいにく日本暮らしが短く、ヲタクというものがいかなる人種構成なのかを知らない。
制服の襟元を軽く調え、エミール・ゲイジ(
ga0181)は会場を見渡した。
「まぁ、たまにはこんな仕事もいいね」
「今回はイベントでの人気拡大計画。大掛かりなイベントもあるんだ、人気取りは基本だね」
腕を組む安則。彼の隣に唯が並んだ。
「この仕事で、傭兵をもっと身近な存在に感じてくれるといいですね。一般市民の中には、まだ傭兵を怖いと思っていらっしゃる方もいるそうですし」
「ただ、人が多けりゃトラブルも多い。私達も気をつけないとねん」
カーラは普段どおりの笑顔で皆を見渡した。
「子供の対応になら慣れてるんですけどね‥‥」
カーラからの疑問に答え、愛輝(
ga3159)は小さく笑みを見せた。笑顔は苦手だが、落ち着いた対応なら得意だ。営業スマイルとは少し違うが、営業的にはかなりの長所。
安則が頷き、そろそろ巡回を始めようと立ち上がる。
「さて、南側ブロックに廻ろうか。忌咲ちゃん」
「‥‥私の方が年上だと思うよ?」
●コミレザ夏の陣
「――はい。えぇ、解りました」
無線機をしまう忌咲。
南に向かった彼女と安則は、さっそく行列の崩れた場面に出くわした。一応正規スタッフに連絡を入れ、お墨付きをゲットする。
「他のサークルさんの迷惑になりますから、一列でお願いしまぁす」
小柄な身体を精一杯背伸びさせ、声をあげる忌咲。
ヲタクというものは人付き合いが苦手で小心‥‥ではなくて。結構真面目なので、ゴタゴタと列を乱していた者達であっても、彼女に注意されれば、多くの場合は気まずそうに列を整えた。
同時に、列をざっと眺めて危険物や持込み禁止物等をチェックする。
(よし、問題は無いみたいね‥‥)
道を尋ねられ、優しい笑顔でこれに答えながら、彼女は小さく頷いた。
「東ブロック問題無し‥‥と」
辺りを見回すエミールの視界の隅に、コスプレイヤーが大勢集まる一角があった。その中に、さり気なく拓那が混ざっている。
拓那もエミールに気づき、軽く手を振る。
「スタッフの腕章をしてると言ってもコスプレ風だからね。見回るには便利だよ〜?」
彼は普段の装備そのままの格好。フライトジャケットやカールセルを着込んでいる。武器こそハリボテだが、今の彼は能力者風の能力者という訳だ。
「やっほ。状況はどう?」
続いて合流したカーラが片手を掲げる。
彼女はブレザー姿に腕章といった格好で、広く見回るのではなく、死角や入組んだ場所を重点的に警戒して廻っていた。
「今のところ大丈夫だよ」
「そうみた‥‥ね、あれ」
拓那の言葉に頷きかけて、カーラが一方を指差す。
「どこどこ?」
エミールがその指を追い、視線を走らせた。
カメラだ――それもかなり際どい位置、角度にある。指がシャッターを切って、一枚、また一枚と映像を納めていく様子を見て、二人が近寄った。
「はーい、そこまで!」
拓那の腕が撮影者の腕を取り、捻り上げた。
「な、何だよ!?」
「この画像は没収」
騒ぐ男からデジカメを取りあげ、エミールは躊躇無く消去ボタンを押す。驚き、振り返るコスプレイヤー。彼女の前に、デジカメの画面を向けて、エミールはにっこりと微笑んだ。
「もう大丈夫です。この通り、画像は消去しておきましたから」
「違う! これは、その‥‥!」
人ごみの群れからひょいと顔を出し、尚も抗弁する男性の腕を掴むカーラ。
「言い逃れはできないよん。事務所までついて行ってもらえる?」
「いくらお祭り騒ぎだからといって、不埒な行いは見逃せないよね。特に女の子がらみなら尚更だよ。ちょっと一緒に来てもらいましょうか?」
拓那とカーラが男性を引きずっていく傍ら、エミールは周囲のざわつきを抑えにまわり、ややして、会場を元通りの活気ある雰囲気に戻した。
「‥‥えぇ、はい」
無線機を前にこくこくと頷く唯。
会話相手は本部に戻ったカーラで、盗撮を捕まえた、と報せてきていた。
「こちらでは特にそういう事はありませんが、ただ」
『ただ?』
「落し物が何点かありまして‥‥」
唯の現在位置は西側。先程盗撮犯を捕まえた方角とは別方向。唯は落し物を取り出すと、その種類や特徴を順番に告げていった。インフォメーションセンターまで持って行くのが一番なのだろうが、一々往復するというのは効率が悪い。
そこで、拾った物の特徴だけ伝えておき、後は巡回後に纏めて預ける予定だ。
近くをぼんやりと歩くツァディ。
(面倒くさいな‥‥)
その気だるそうな表情ときたら、普段通りの格好であったなら、傍目にはとてもスタッフとは見えなかったろう。しかし、今日の彼は制服を借りている。
「‥‥ぁ?」
ズボンの裾を引かれ、彼は足を止めた。
見れば、小さな子供が涙目で彼の事を見上げている。
「え〜‥‥迷子か?」
コクリ、と頷く。
「‥‥自分の名前は? 一緒に来た人の名前は解るか?」
頭をかきながら問いかけるも、男の子は唇をかみ締めて答えない。
暫く黙った後、観念した彼が再び問い掛けようとしたその時、子供が大口を開けて泣き喚いた。
「びゃ、びえええっ!」
「男がそう泣くもんじゃ‥‥」
泣きやませようとしても、こんな状態の子供が冷静な説得に応ずる訳もなく。周囲には野次馬も集まり始め、ツァディは困り果てた。スタッフの制服を着ていた事がせめてもの幸いだ。
とはいえ、困っている事には変わりない。
困り、溜息をついている彼の元に、唯が駆けてきた。
「迷子さん‥‥ですね。大丈夫ですか?」
「あ〜‥‥任せた」
唯の肩に手を置くツァディ。
「え?」
きょとんとする彼女を放置して、彼はさり気なく逃げ出した。
対する子供が泣きやむ様子はなく、唯は腰を屈め、ポケットから取り出した飴玉を彼に見せびらかし始める――と、ふいに、注意を引かれて涙を引っ込める子供。
「良い子ですから、泣き止んで下さいね」
小さく頷く子供の手を引いて、インフォメーションセンターへ戻った。
笑顔を崩さぬまま子供に声を掛けつつ戻ってみると、待機していた愛輝が屈みこみ、子供と目線の高さをあわせた。
「大丈夫だよ、アナウンスをすればすぐに見つかるから。迎えが来るまで一緒に待っていようか」
普段の愛輝は、どちらかといえば表情の変化が少ない方だ。
けれど、子供を相手にする時の彼は、驚くほど優しい笑みを見せる。
「良い子ですね。ご褒美をあげましょう」
にこにこと笑みを浮かべる唯は、子供の頭を一撫でするとクロークルームへと引っ込み、ややしてカプロイア伯爵のフィギュアを手に現れた。紅いマントをはためかせた、マニアックな一品だ。ご褒美ですよ、と子供に手渡す唯。
だがしかし――
「いらなぁい!」
泣きそうな顔をしてフィギュアをつき返す子供。
「うーん、子供には不人気なんですね」
「だと思いますよ‥‥」
唯の呟きに、愛輝は思わず同意を返してしまった。だが、彼の心中は複雑だった。別にカプロイア伯爵のフィギュアがどうのこうのという訳ではなく、こういう小さい子供を見ていると、妹の事を思い出すのだ。
もうこの世にはいない妹の事だ。
寂しさや悲しさ、懐かしさを思い出さぬといえば嘘になる。けれど、己の感情を適切に説明する言葉も思い浮かばなかった。
子供の保護者は、5分程で彼を迎えに来た。
●ゾディアック・イン・コミレザ
(流石に割に合わないな‥‥ちょっと休憩〜)
襟元を指で緩めるツァディ。
彼は薄っすらと浮かぶ汗を拭いながら辺りを見回し、一人、ぶらりと練り歩く。
「夏‥‥にしては暑過ぎないか、ここ?」
暑い理由は解り切っている。ヲタクのパゥワァーだ。コスプレイヤーみたいな奴も、LHにはゴロゴロしているよな。漫画をわざわざここで買うのか‥‥予備知識の無い彼にとっては、いまいちよく解らない世界だ。
「ふ〜ん‥‥ま、とりあえず、こういうのが人気なわけ、ね」
長蛇の列となっている人気サークルを裏側から覗き込み、かといって足を止めるでもなく歩き去る。とりあえずぶらついたのだし、そろそろ休憩も終わりにしようか――彼がそう思い始めた時、再び裾が引っ張られた。
「おにーさんおにーさん、道教えて下さいなー」
見れば、男の子と女の子が、一人づつ。
見事なまでに迷子になったジェミニ達だった。
「‥‥休憩は終わり、か」
無線機の電源をオンにして、二人に対応するツァディ。手配書も出回っているが、誰がこんな場所にいると思うだろう。気づかぬまま、彼は欠伸交じりに無線機に口をつける。
(しかし、迷子に縁のある日だな‥‥)
――で、面倒くさいものだから、そのままインフォメーションセンターに任せる事にした。
「‥‥あら?」
インフォメーションセンターに向かう途中、ばったりと出くわすカーラと忌咲。
「あー‥‥迷子らしい」
ツァディの説明も上の空。カーラは二人のお人形さんを前に背を屈め、頭を軽く撫でた。
「あぅ〜、かわいいよ〜」
落し物を手に抱えたまま、忌咲は二人のネコミミを指差して頬を緩ませる。
「その耳可愛いね〜」
「あげないよ〜」
「僕達のだからね」
忌咲は小さい。ジェミニの二人も小さいが、忌咲は更に小さいのだ。
「じゃ、とりあえず、付いてきてね」
ツァディとカーラに連れられ、インフォメーションセンターに入るジェミニ。
椅子を勧められて、ちょこんと腰掛けた。
「ところで、名前、教えてくれるかな?」
顔を見合わせる二人。
ヒソヒソと内緒話をする様を見て、どうしたのと首を傾げるカーラ。
二人は顔を見合わせていたが、思い出したと言わんばかりに二人同時に手を叩き、笑顔を振りまく。
「エイノ!」
「イルマタル!」
スカートのジェミニがイルマタル、ズボンのジェミニがエイノと名乗った。
奥から、頬にご飯粒をつけた拓那が覗き込む。
「どうしたの?」
「ツァディが連れてきたの。迷子らしいわ」
やれやれといった感じで肩をすくめてみせるカーラ。
「はは、そうかぁ。迷子になる程楽しめたか。ただの手伝いでも、何だか嬉しいね♪」
時刻はお昼時。
傭兵達はちょうど昼食で、多くが休憩の為に戻っていた。安則やエミールも、そうだった。サンドイッチを食べていた彼等は、拓那の後ろからその『迷子』を眺め――動きを止めた。
「来年もまたやれるように、頑張らないとだなぁ」
のんびりと笑い、おにぎりを口にする拓那。彼も二人には見覚えがあるのだが、しかし正確に記憶していた訳ではなくて、では誰なのか、が思い出せない。
「あ、美味しそう〜! いいなぁ!」
「ん? これ?」
「「いっこちょーだい?」」
二人揃って両手を合わせて首傾げ、眼を潤ませる。
仕方ないなぁ、と拓那が差し出そうとすると、それより早くエミールがサンドイッチを差し出した。
「俺のをあげるよ」
きょと、とした二人だが、躊躇しない。
「ありがと〜!」
「と〜!」
足をぶらぶらと揺らしながら、そのままサンドイッチを夢中に頬張るジェミニ。
そんなやり取りの中、警戒心も露に、安則がジェミニの後ろへ廻った。
サンドイッチに夢中の二人は周囲へさほど注意を払っていなかったが、他の傭兵達は、その動きに気づいた。この警戒の仕方は、よほどのもの――そこまで考えて、はたと思い至る。
愛輝や忌咲は面識も無いし、忌咲は手配書を読んでいない。だが、拓那とカーラには二人の正体が何者か解った。
(なんでゾディアックが迷子? 落ち着け‥‥ここには重要な物も無いし、テロは考えにくい‥‥結論。遊びに来たっぽい?)
そうとしか判断できない。
ともかく、そうと決まればこちらも気づいてない振りをした方が良い――彼女はそう判断して、地図を広げた。
二人の話に応じ、現在位置を教えるカーラ。
「「ありがとー」」
帰ろうとする二人を見ても、エミールは黙っていた。
今までに何度か通信を交わした限りでは、どうも自分は好かれていない。楽しんでいるのなら水を差すまでもないと思えたからだった。彼等はこういった事を楽しめる。今は、それが解っただけでも構わない、と。
だが、安則は違った。
「コミレザは楽しかったかい? でも、バグアの侵攻で東京が陥落した時、多くのヲタクは涙したよ」
彼の言動は傭兵達を驚かせ、次いで、ジェミニの動きを止めた。
にぱっと笑ったままのジェミニだが、その瞳からは既に、笑顔の彩が失せている。
「ミカ、ユカ。私は君達に以前撃墜されたS−01改のパイロットだ。人類はこうして楽しい事をしようとしているよ。なるべくなら彼等を傷つけないでほしい。傷つくのは、私達のような戦えるものだけで‥‥」
「「へえ‥‥?」」
「ん?」
ジェミニのの呟きが、安則の言葉に割り込んだ。
「「どっちがどーっちだ?」」
「なっ‥‥」
答えられず、押し黙る安則。
「「時っ間切れぇ! バツゲーム♪」」
二人の瞳が不気味な紅に染まる。
感情の正体が何なのか、そんなものは解らない。ただ、捲り上げられるスカート、細くて白いふとももに、巻きつけられたホルスター――そして、引き抜かれる拳銃。それら一連の動作が、感情の全てを物語っていた。
安則も己の拳銃に手を伸ばすが、模造銃だった事を思い出す。
そして何より、実銃だったところで間に合わない。
「グッ!」
銃声。喉に開いた穴から、赤い液体が噴出した。
「チィ!」
舌打つツァディ。ほぼ同時に、傭兵達が覚醒する。
だがジェミニは、覚醒状態の傭兵達に背を向け、走り出す。
「もう帰るもーん」
「じゃっあね〜!」
そしてそのまま、一直線に人ごみの中へと消えていった。
「迂闊よ!」
「今治療を‥‥」
倒れる安則に忌咲と唯が駆け寄り、練成治療を施す。
「帰るって、言ったよな‥‥あいつらが本当に帰るべき場所は、どこなんだろうな‥‥?」
エミールの呟きが、虚しく掻き消えていった。