タイトル:能力者3分クッキングマスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/13 02:26

●オープニング本文


「うっうーんー♪」
 キッチンに、鼻歌が踊っていた。
 鼻歌交じりにぱたぱたとスリッパを鳴らしているのは、ヘンリエッタ・コッポラ。小麦肌の健康優良児だが、これでも実はどでかいマフィアの末っ子。とはいえ、世間一般には秘密だし、マフィアとして生きるつもりも無い。
 完成、という声と共に、スパゲティを机へ置くヘンリエッタ。
 リビングでは、エミールがイヤホンから流れるブラスバンドに耳を委ねていた。
「エミールさん、スパゲティーが茹で上がりましたよ?」
「‥‥ん? あぁ、ごめん、今いくわ」
 イヤホンを首に掛け、立ち上がるエミール。
 今いる部屋は、ヘンリエッタのアパートだった。ヴェネツィアの一角、軍人時代の貯蓄やら傭兵稼業やらで借りるにはお手頃。傭兵向けとして、その筋ではちょっと有名な小さいボロアパートだ。家具は前の住人のものをそのまま使っているし、持ち込んだものといえば殆ど手荷物だけ。
 質素かと聞かれれば、胸を張って質素だと答えられる。
 さて、そのヘンリエッタのアパートに、なぜエミールが居るのかと言えば。
「さぁ、タダ飯タダ飯〜」
「きちんとアドバイス下さいよ?」
「わーっとるって。任しとき」
 事は、前日に遡る。依頼を終えた後、ぼんやりと一息ついてた二人の話題は、料理の事に及んだ。兄によって勝手に軍隊を辞めさせられてしまい、かといって実家暮らしも‥‥と思った彼女は、一人暮らしをしている。となれば、料理ももちろん、自分で作らねばならない。
 そして、エミールは戦場暮らしが長く、料理はまぁまぁ得意な方。苦手だから教えて欲しいというヘンリエッタの願いを、エミールは快く受け入れたのだ。
 タダ飯も食えるし、断る理由も無く、彼女は上機嫌でキッチンへ顔を出した。
「さってと、それじゃあ料理を‥‥なッ!?」
 エミールが後ずさる。
「こ、これは‥‥!」
「ミートソーススパゲティーよ?」
「そら‥‥そらそうやなぁ! わはは!」
 頬を引きつらせて、エミールは席についた。
 ドン引きだ。
 彼女の眼前には、何か真っ黒いどろどろしたものがべったりと広がっている。
 しかもそのミートソースからは、酸っぱい様な甘辛いような、世にも奇妙な香りが漂っている。断じてミートソースの匂いはしていない。
「いや、悪いんは見た目だけで味は‥‥あかん! 死亡フラグや!」
「何か言った?」
 きょとと首を傾げられ、エミールは押し黙った。
 ごくりと喉を鳴らす。
「さぁ、食べて食べて。ちょっと味は悪いかもしれないけれど」
 約束した以上は食べねばならないと、頭では解っている。しかし、体が動かない。これを本当に食べるのかと思うと、相当な覚悟が必要だ。
「食べないの?」
「せ、せや! お祈りせな!」
 エミールは別に信心深くは無いのだが、ヘンリエッタはカトリックだ。
「あっ、忘れるところだった!」
 とはいえ所詮は時間稼ぎで、再び静寂が訪れる。
「‥‥食べないの?」
 びくりと肩を震わせるエミール。冷や汗に額を濡らし、そっとヘンリエッタの顔を伺う――その瞬間、彼女と目が合った。ヘンリエッタは、にっこりと笑い、エミールが食べるのを待っている。
「ただ飯だってあんなに喜んでたのに。あ、そうだ!」
 何かに思いついて、彼女はフォークを手にとる。
 スパゲティをくるくると撒きつけて、彼女はフォークを突き出した。
「へ?」
「はい。あーん」
「‥‥」
 未だかつて、彼女はこれほどまでの恐怖を感じたことがあっただろうか。そうだ。あった。初めて戦場に立った時だ。これは、あの時以来の恐怖だ。
 ヘンリエッタを見れば相変わらずの笑顔で、エミールに「逃げる」という選択肢を選ばせない。エミールは、エミールの意思とは無関係に、已むを得ず小さく口を開き、舌を伸ばす。
「んっ‥‥」
 震える唇で、フォークを口に含んだ。


●死に至る味覚
「あ‥‥ありのまま、起こった事を話す! 俺はエッタの手料理を食うたと思ったら朝にはエッタのベッドを占領しとった。うわ言で美味い、美味いと言ってたらしいわ‥‥な‥‥何を言っとるんか解らへんやろうけど、俺も何が起こったんか解らんかった‥‥」
 集まった傭兵達を前に、真剣な面持ちのエミールが頭を抱える。
「頭がどーにかなりそうやった‥‥マズいだの何だの、そんなチャチなもんじゃあ、断じてあらへん! もっと恐ろしい食いもんを味わったで‥‥!」
 それで、何故自分達を呼んだのだと、傭兵達が欠伸を返す。しかし、そんな様子には眼もくれず、エミールは机を叩き、椅子を蹴って立ち上がった。
「頼む、助けてくれ! また食事の約束してもうたんや!」

●参加者一覧

五十嵐 薙(ga0322
20歳・♀・FT
愛輝(ga3159
23歳・♂・PN
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
アヤカ(ga4624
17歳・♀・BM
R.R.(ga5135
40歳・♂・EL
張央(ga8054
31歳・♂・HD
ジュリエット・リーゲン(ga8384
16歳・♀・EL
蛇穴・シュウ(ga8426
20歳・♀・DF

●リプレイ本文

●味見
「料理勉強会‥‥?」
 きょとと首を傾げるヘンリエッタ。
「傭兵が集まって料理勉強会やんねんよ」
 答えるエミールの後ろから、張央(ga8054)が顔を出す。
「いつものメニューにプロのアドバイスをプラスで、より一層美味しくなりますよ」
「一緒に‥‥お料理‥‥勉強、しませんか?」
 五十嵐 薙(ga0322)がヘンリエッタの手を取り、続けた。
「あたし‥‥お料理出来ないから、勉強して‥‥大切な人に‥‥食べてもらいたくて‥‥」
「‥‥解った。私も参加するわ」
 白い歯を見せ、ヘンリエッタが頷いた。


 集まった傭兵達を前に、張央がカバンを開いてみせる。
「まず胃薬に、気付け薬。それから濡れタオルです」
 もしもの備えは万端。ドアを開いてエッタが姿を現す――と同時に、彼はさっとカバンを閉じた。
「元気そうで何よりね、エッタ!」
「わっ!?」
 ごつん、とおでこがぶつかる。飛び出したのはジュリエット・リーゲン(ga8384)。エッタをハグしたまま引っ張り、後ろに立つ兄、アッシュ・リーゲン(ga3804)を指差す。
「それでコレが『例の』兄、アッシュよ」
「妹が世話んなってるみたいだな。ま、これからも仲良くしてやってくれると有難いな」
「はじめまして」
 金髪の髪を揺らし、小さく会釈するヘンリエッタ。
「さてと、皆揃ったみたいだし、そろそろ始めるのニャ」
 八重歯を見せるアヤカ(ga4624)。
 その言葉に頷いて、R.R.(ga5135)が葉巻を灰皿にすり潰し、立ち上がった。
「ワタシ、R.R.(アルアル)アルね。炎の中華料理人アル。よろしくアル」
「アルアルアル?」
 あごに手をやり、眉を寄せるエミール。
「違うアル。R.R.アル」
「ちょっと待って。混乱してきた」
「まぁ、エミールさんは放っておいて、お話をどうぞー」
 ぐいと押しのけて、蛇穴・シュウ(ga8426)は無灯火の煙草を揺らす。
「うおっほん。まず、『料理は愛情』、嘘アルね。確かに大事な心アルけど、愛情で美味しくなるんだったら、料理しないでそのまま出すアルね」
 話に聞き入る面々。
「いいアルか、料理とは自分の未熟を認めることアル!」
 こぶしを握り締めて突き出すと、彼は力強く宣言した。
「さてと、ヘンリエッタさん、まず作ってみるアルよ」
「じゃ、俺もスパゲッティを貰えっかな?」
 薙達の背中を押して、アッシュは台所へと向かう。料理の様子を眺めようと、ジュリエットとアヤカも席を立った。
「エッタの料理かぁ」
 溜息混じりに呟くエミール。
「‥‥ヘンリエッタ譲様は疑う事無く強敵でしょう。ある意味バグア軍よりも‥‥ふふふ、楽しみです」
「おや? 私達みたいな稼業だと『食えるだけでも有難や』じゃないですか♪」
 張央が食前薬を飲み下すのを見て、シュウが苦笑してみせる。いやそれは、と、食いつくエミール。
「シュウ君、甘い。めがっさ甘いで‥‥!」
「え? そんなー、まあまたぁー。エミールさんは冗談がお上手でいらっしゃるからー」
 タダ飯とあってか、シュウは全く聞き入れない。
 そう、あの時、ヘンリエッタからの誘いに乗ったエミールと同じ状態だ。まずいと言ったってまさかそんな――等と、気楽に考え過ぎていたのだ。
「ほ、ホンマや。あの料理は‥‥」
「できましたよ」
 愛輝(ga3159)の言葉に、エミールは仰け反った。
「‥‥うん。難しい‥‥です」
 まずは薙の皿。材料は大きくぶつ切りで、スパゲティも何か短く千切れている。所々焦げてもいて、見た目には美味しそうとは言えない――とは言っても、ヘンリエッタの料理とは比べるまでも無く良い出来栄え。
 対するヘンリエッタのスパゲティは、何かこう、ムラサキい。
「これは‥‥」
 やっと事の重大さに気付き、シュウが固まる。
「ではさっそく試食を」
 素早く手を伸ばす張央。他の二人が反応するよりも早く、彼は薙の皿を手にとる。エミールもシュウも完全に出遅れて、ヘンリエッタ力作の紫パスタを前にした。

 結論は解り切っていたのだ。

 シュウとエミールは途中で倒れ、ソファーの上で唸っている。アッシュは脂汗を浮かべながらまだ耐えていたが、時間の問題だ。
 惨状を前にして、アルアルがアッシュから皿を取り上げ、エッタの前に差し出した。
「ヘンリエッタさん、それを自分で食べるアル」
「自分で?」
「そうアル。それ、美味しいアルか?」
 フォークを加えて口をもごもごと動かすヘンリエッタ。
「自分で作った料理を自分で完食できない人、ちゃんと自分の未熟さを知る事アルね」
 首をひねって眉毛を持ち上げた彼女は、やや唸った後、フォークを引き抜いた。
「まぁ、美味しいとは言えませんけど‥‥でも、ちゃんと完食してますよ?」
「‥‥その料理をアルか?」
 福神様のようなアルアルの赤ら顔から、血の気が引いていく。
「勿論♪」
「じゃあこっちはどうニャ?」
 アヤカは薙の作ったスパゲティを取り、ヘンリエッタに差し出した。
 先ほどと同じように味を見る彼女。ややして彼女は、美味しいと言って顔を上げた。
「‥‥味覚障害、という訳じゃないみたいニャね」
 小声で呟いて、アヤカは苦笑する。
 とにかくレベルが上である薙の料理が不味いと言わなかった以上、味覚障害ではあるまい。ただ、『美味しい』の基準が蟻の背丈より低いのだ。
「ねぇエッタ‥‥私達、友達よね?」
 沈痛な面持ちでヘンリエッタの肩に手を置き、フォークを振るわせるジュリエット。
「だからこそ、言うわ‥‥エッタ、これは‥‥人の食べられるモノでは無いわ‥‥」
「そんな!」
「本当の事なのよ、エッタ‥‥」
「けど、兄さん達は美味しいと言って‥‥まさか!」
 今更な事に考え及び、愕然として肩を落とすヘンリエッタ。
「けれど、ちゃんと料理を覚えて、それをご家族に食べさせてあげられたら、それはとても素敵な事だと思わない?」
「‥‥解ったわ」
 肩を落としていたヘンリエッタが、小さく笑みを見せた。


●調理開始!
 買い物カートを押しながら、アッシュが髪をかき上げる。
「OK、まずは『慣れない内はレシピに従う事』が大切だ」
 ダウンした数名を放置して、彼らは近隣のスーパーへ足を運んでいた。
「家を建てるときもそうだろ? 基礎が不安定だとしっかりした家は出来ない。そーいう事」
「なるほど‥‥」
 感心したように首を揺らすヘンリエッタ。
 ――と、言った傍から全然関係ない食材に手を伸ばす。
「今回の料理にそれは、必要ない」
 静かに首を振る愛輝。彼の手にはメモがあり、そこには必要な材料が全て書き記されている。正確な材料はアッシュが調べてきており、おそらく間違いは無い。
「でも、この海老美味しいんですよ?」
「まずはそれが間違いニャ」
 アヤカがまったくもうと言わんばかりに割り込む。
「美味しいモノに美味しいモノを混ぜ合わせると美味しいモノが出来るに違いない――そう思ってるニャね? これが一番重要かつ、トンデモ料理を作る人に多いのニャ」
「ト、トンデモ料理‥‥」
 涙目のヘンリエッタを隣に、アヤカは言葉を続ける。
「食材はそれ毎にあった調理の仕方とかがあるニャ。その辺をしっかり覚えないと美味しい料理はできないのニャ!」
「ですから、今回はそれはやめておきましょう」
 続く愛輝による言葉。
「うーん、仕方ないのね‥‥解ったわ」


 エプロンを纏い、薙が気合を入れる。
 傍目にはおっとりしていて解りにくいが、彼女は大真面目。
「よし‥‥」
 エプロンの紐をきゅっと締めて、キッチンへ向き直った。ヘンリエッタやジュリエット、教える側のアルアル等もそれぞれに準備を整えていた。指導がしやすいよう、道具等は愛輝が準備済み。
「よし、はじめるアルよ!」
 アルアルがぱんと手を叩く。
「まずは包丁の使い方からニャ」
 包丁を手にしたアヤカがまな板を前に、指の位置や力の加減を教える。
「手つきが‥‥慣れています、ね‥‥凄い、です」
「そ、そうかな‥‥?」
 照れくさそうに頬を掻くヘンリエッタ。
 薙から見れば、ヘンリエッタの包丁使いは様になっていて、威風堂々とすらしている。世の人はそれを指して自信過剰とも言うが、料理に苦手意識の強い彼女にとっては羨ましさ感じるものだった。
 ところが。実際に振るってみるとこれがまた。
「格好だけは様になってるアルが‥‥無茶苦茶アル」
「やっぱり基礎からやらないといけないニャ。とにかく、先に注意しておくニャ」
 強気に顔を寄せるアヤカ。
「あたい達が作ったものに追加の味付けとか絶対にしない事!」
「まっ、その通りだ」
 材料のチェックをしながら、アッシュが続ける。
「買ったものだけでレシピどおりに作れば、まず、そんな酷い事にはならないさ」
「エッタ、薙さん、ファイトですわ!」
 お皿を積み、ジュリエットはガッツポーズを見せた。
 最初は手伝いだけのつもりだったが、薙が一緒にどうかと提案して、一緒に習う事にした。
 三人並んでエプロンをしている。そんな彼らを見て軽く笑顔を見せ、張央は、カウンターから身を乗り出す。
「私もたまに自炊しますが、自己流だと中々上達しませんからねえ。こうやって直接習えば、よく身につきますよ。私も色々学んで帰りたいものです」
 ジュリエットと張央は、雑談等を交えつつ、料理の苦手な彼女等をフォローしていくつもりだ。ともかく、実際に教えて貰いながら作れば、そうそう酷いものになる筈も無いのだから。
「さぁ、頑張って美味しい料理を作るのニャ!」


「エミールさん」
「ん?」
 のんびりと料理を待つエミールの隣に、愛輝が腰掛けた。
「これ、どうぞ」
 ぽんと手渡されたのは、小さな包み紙。中をあけてみると、香ばしいクッキーが顔を覗かせる。
「この間、俺の料理を食べてくれたお礼です」
「くれるん? なら遠慮せず‥‥うん。美味しい!」
 クッキーは甘さ控えめの紅茶味。前回はお仕置き半分に激マズ料理を作って出したが、今回は違う。きちんと作ってきただけあって、とても上機嫌で食べられる。
「ちッが〜うアル! そこはそうじゃないアル!」
 突然、キッチンから声が聞こえた。
「そんな料理で競合地域で屋台が引けるアルか〜!」
 アルアルの大声が響いてくる。彼はそうやって屋台を引いて汗水流して働いてきたのだ。料理を教えるとあれば気合が違う。首を捻ってキッチンを眺めていたシュウは振り返り、極々自然にクッキーを手に取る。
「厳しいですねー」
「ブレゴビッチさん。足りないと思うところや、味の濃さ等に気が付いたら、ちゃんと伝えてあげて下さい」
 愛輝の言葉に、エミールは静かに頷いた。


●最後の聖戦
 料理は、出来上がった。
 片付けは愛輝がテキパキと済ませてしまい、後は食べるだけ。傭兵達は料理をにらみつけていた。
 彼女達が作ったのは、トマトソーススパゲティ。アッシュの調べたレシピはほぼ完璧。オリーブオイルとにんにくで香りをつけ、ホールトマトやみじん切り玉葱と共に炒め、コンソメに塩胡椒で軽く味つけしたものだ。ミートソースも検討されたが、ヘンリエッタの腕を考えるとなるべくシンプルな方が良いと判断した。
「こういう感じのトマトソースは作り置きもしておけるしな。材料の安い時に作って、冷凍しておくのも良いぜ」
「しかし‥‥」
 口ごもり、張央は並んだ料理を見た。
 一番出来栄えが良いのは、ジュリエット。兄仕込みの腕は中々に悪くない。続けて、薙、ヘンリエッタとランクが下がっていく。とは言え、ヘンリエッタの料理にしても、トマトソースだと聞かされていればトマトソースと判別可能。ひとまず原型だけは留めている。
「疲れたニャ‥‥目を放してないのに、何故こんな料理になったニャ‥‥?」
 ひっくり返らんばかりに首を傾げるアヤカ。
 真一文字に悩む口元から、小さく八重歯が覗いていた。
「さてと‥‥」
 張央は眉間に指を当てて苦笑し、覚醒した後にスキルを発動する。強敵と相対する準備は万端だ。
「私の味覚って横浜がルーツなのですがー、トマトスパの味付けってどーなんでしょーね?」
 シュウはフォークに麺を絡み取らせる。
「それなら、『秘術、何でも中華風』がおススメアル。炒め物とかにちょこっとごま油を足せば、あっという間に中華風味に変わるアルよ」
「うーん、どっちかと言えば、ほら、どす黒いつゆがーっていう、関東風の味付けなんかが好みでして。最近は健康ブームだか何だか知りませんが‥‥っと、失礼」
「いやいや、ワタシ料理に拘りある人、嫌いじゃないアルね」
 わいのわいのと言いつつ、皆、中々ヘンリエッタの料理に口をつけない。
 さっきの今という事もある。誰か、毒見がてらに食べてはくれないかという心理が、気付かぬままに働いている。
 ぶすっとむくれるヘンリエッタ。
 そんな彼女を見て、薙がそっと顔を近づけた。
「エミールさんが‥‥美味しく‥‥食べて、下さい‥‥ますよ」
「え?」
 頬を引きつらせるエミールに、にこりと笑顔を向ける薙。つられてヘンリエッタやジュリエットもエミールをじっと見る。
「い、いただきまーす!」
 観念したエミールが、ゆっくりとスパゲティをすすった。息を呑む一同。かるく噛んで、エミールはぐっと料理を飲み込む。誰も、一言も発しない。出てくる感想を待ち、しんと静まり返っている。
「どう、ですか‥‥?」
 凝視していた薙が、ふいに問いかけた。
「‥‥い」
「ん?」
 声は小さく聞き取りづらく、シュウが顔を覗き込む。
「‥‥マズい!」
「クッ‥‥あんなに頑張ったのに‥‥!」
 悔しく俯くヘンリエッタ。
「せやけど、や」
 そんな彼女を制し、エミールは、周囲の皆にとりあえず食べてみてと促した。言われるがまま、味を見る一同。料理は、お世辞にも良いとは言えない。だが同時に、エミールがしかしと続けた理由もよく解った。
 ごくりと飲み込み、シュウが口を開いた。
「ですねぇ。美味しくはないかもしれませんが、食べられますしー?」
「そうよ。エッタ、前回作った料理を思い出してみて」
 静かにフォークを伏せ、ジュリエットは身を乗り出す。
「一度きちんと練習しただけで、ここまで美味しくなったのよ。これからも少しずつ練習していけば、きっと美味しくなるに違いないわ」
「その通りアル。まずはカップ麺のお湯を沸かす練習からでも、遅くはないアルよ」
「本当‥‥? 嬉しい!」
 皆の言葉に表情を輝かせるヘンリエッタ。
「薙君の料理だってほれ、確かに見た目は悪いかもしれん。せやけど、これだけの味をしてりゃ、後は『料理は愛情』て言うても構へんのと違う?」
 にいと笑うエミール。
「えぇ、とても美味しいですよ」
 不味ければ黙っているつもりだった愛輝も、微かな笑みを浮かべた。
 皆の言葉に、薙は一人、恥ずかしそうに小さくなった。恋人に手作り料理を食べさせたいという願いが、後少しで叶うかもしれなかったから。