●リプレイ本文
「え‥‥へ、変ですか‥‥?」
ぽかんと口を開ける片桐 恵(
gb0875)。
うーんと唸る一同。
迷彩服等はまだごまかし様もあるのだが、UPCの軍服にヘルメットという出で立ちまでなると、旅行サークルという雰囲気には不似合いで、そうでなくてもやはり目立っているのは明らかで。
「もうすぐ発車時間です。とりあえず何か適当に買い揃えてしまいましょう」
慌てて、奉丈・遮那(
ga0352)が切り出した。
指差す先には露天商の列。古着ぐらい何とかなるだろう。
駅の構内を駆ける傭兵達。
「アナウンスが無いから、油断はできないの、急いで!」
マリオン・コーダンテ(
ga8411)の言葉に、急ぐ傭兵達。車両も確認せずに乗り込んで、席はあとから探す事にした。乗り込むと同時で閉じられるドアに、ふうと溜息を吐く。
欧州の鉄道には改札はなく、指定席の場合は刻印も特に必要としない。
「さってと、まずは席を探しちゃいましょ」
ゴーグルを掛けなおし、ゴールドラッシュ(
ga3170)が立ち上がる。
「寝台車はたぶん二人部屋のコンパートメント‥‥惜しい、四人部屋だったのね」
ドアを開いたコーダンテが指を鳴らす。
切符と車両の番号を参照し、皆で同じ部屋の前に立つ。
「A、B班で分かれる?」
「男女ごとでどうかな?」
M2(
ga8024)――本名マリオン・メイフラワーが声をあげた。
確かに、依頼を受けた傭兵は男女がそれぞれ4人ずつ。男女同室で眠るというのも何なので、傭兵達は男女別に分かれて部屋に荷物を置いた。寝台車は片側通路になっており、線路の枕木に対して平行にベッドが配されている。
列車内という制約から、部屋の広さはお世辞にも広いとは言えないが、上等な席である事には違いないらしく、ドアに鍵もついている。
傭兵達は鍵を掛け、片方の部屋に集まった。
「えー、こほん」
最年長の遮那が口を開く。
「ヨーロッパの旅行について、注意点を調べておきました。まず、既に先程M2さんからあったように、発車のアナウンスがありません」
乗り遅れぬよう注意する事、車両の見分け方、改札代わりの刻印機の件、それからとランク以外の貴重品も身につけているようにと、調べてきた内容を一通り皆へ周知する。
名目上、チームAはゴールドラッシュ、チームBは遮那がリーダーだ。
「ところで、ルートはこれであってるのか。それに、上等な寝台車で良いのか?」
ふと覚えた疑問を、黒羽・勇斗(
ga4812)が口にする。
「UPCの手配だし、大丈夫じゃないかしら?」
シュブニグラス(
ga9903)が答え、切符をぺらりと見せる。
「初依頼、何事もなくすめば良いのですが‥‥」
荷物を整理しつつ呟く都倉サナ(
gb0786)。八人全員が集まると部屋としては狭いが、彼女は上段のベッドに荷をおき、拳銃の隠し場所等を確認している。初めての依頼で緊張を隠せないが、皆の様子を見るに、それほど気構える程ではないか、とも思えた。
そしてもう一人、カチコチに緊張している者がいる。恵だ。
(平静を、平静を装って‥‥)
ベッドの上に正座し、身体をしゃちほこばらせ、皆の雑談も上の空。そんな二人の様子に気がついて、ゴールドラッシュがにやりと笑う。
「ま、大船に乗ったつもりで、ドンと行きましょ」
「え、えぇ‥‥」
対するゴールドラッシュは、欠片ほども緊張していない。
関連する輸送作戦に従事していた、という箔はゲットするつもりだが、好んで危険な航空戦へ向かうつもりも無い。途切れぬ緊張は、何時しか緊張感を磨耗させる。危険に対する警戒心を麻痺させると言っても良い。
たまにはこういうのんびりとした依頼も良いものなのだ。
最低限の警戒を有したまま、箔がつき、のんびり旅行を楽しめる。正直言えば――ぼろい。
「モーリスも言ってたでしょ、景色でも見ながらのんびりしてりゃ良いのよ」
――で、改めて恵の服装を見やった。
軍服は既に着ておらず、恵はブレザー姿だ。だが、その頭にはねこみみが揺れている。慌てて古着を揃えたせいか、ただのフードつきマフラーと間違った。おまけに猫のぬいぐるみと使い捨てカメラ。色々間違っている気がしないでもない。
そんな彼の目の前に、小麦色の右手が差し出される。
「あたしはマリオン・コーダンテ。クラスはエキスパートよ♪」
「ど、どうも‥‥片桐め、恵、です」
ここまで多くの見知らぬ人に囲まれて、その上ちょっとしたミスまでしてしまって、恵の緊張は強まる一方で、顔も真っ赤。
ただ、対するコーダンテも彼のねこみみばかり見てたりもして。
●探検
「さて、と。少し列車を回ってくるわ」
皆が一通りの挨拶を終えた後、シュブニグラスはおもむろに立ち上がった。ミニハットをかぶり直して立ち上がる。彼女に続いて、サナもベッドを降りる。
「私も一緒します」
シュブニグラスは、女性であるという条件を外してもかなりの長身だ。
彼女達が二人並ぶと、姉妹か親子かというまでに身長差が顕著になる。一通り、寝台車から食堂車、通常席等を見て回り、ついでにさりげなく車掌も確認しておく。今のところ、何といって怪しむべき点も無い。
「何かお探しですか?」
キョロキョロとしていたからだろう。
人の良さそうな車掌が声を掛けてきた。
「いえ、自分の席が解らなくなってしまって」
「そうですか。切符を拝見しても?」
切符に書かれた寝台車の方へと、前を歩く車掌。
「ご旅行か何かですか?」
さりげない雑談。
もしバグアのスパイだとしたら‥‥というのは流石に考え過ぎか。
「えぇ、旅行サークルの皆で列車旅行を計画しまして」
サナの言葉に頷いて、車掌がうらやましそうな顔を見せた。
同じ列車でも、やはり仕事と旅行では勝手が違うのだろう。ドアを開けば、皆、件のトランクケースを囲んでUNOに興じている。トランクケースは棄て札置き場になっていた。荷物はなるべくぞんざいに、重要そうなものには見えないよう注意しつつ、それでいて警戒は怠らずに。
途中からの飛び入り参加をして、シュブニグラスは列車の間取りを大まかに話した。
「二つ隣に自販機のある車両、その向こうが寝台車みたいね」
「やっぱ、食堂車に向かう時は人数をずらしたほうが良さそうね」
コーダンテがドロフォーを叩き付けると共に、確認を取る。
周囲からあがるブーイングや悲鳴の様子からは、どう見ても旅行中のカードゲームに興じる友人達としか見えない。いったいどこの誰が、全員能力者、それも密命を帯びた傭兵等と思うだろう。
「お腹減ってきたな‥‥そろそろご飯にしよっか♪」
データケースとそっくりなトランクケースを持ち出して、メイフラワーが笑う。
もっとも、そのトランクケースだけでは入らない。何せ分量は八人前。実際に作ってみれば、中々大袈裟になる。
「中身は何だ?」
二段ベッドからひょいと身を乗り出す勇斗。
「開けてからのお楽しみ!」
八つの弁当を手際よく配る。
食べ始める挨拶は色々だった。色々な人種の人間が集まっている。当然だ。でも、中に入っているものは皆お揃い。内訳は、まず豆腐とひじきの和風ハンバーグを挟んだトーストサンドが視界に映る。その隣にカルパッチョや夏野菜のかき揚げ、チーズとポテトの入った明太子餃子なんて変わり種まで揃っている。
それからもちろん、トーストサンドの上にはピクルスも。
献立は凝っていて味も上々、男だてらに油断ならぬ腕前。
外を見やれば、広がるのはフランスの田園風景に茜色の空、夕焼け。一日目は、そんなこんなでのんびりと過ぎていった。
●パリ〜ブリュッセル
夜――トランクケースの管理は二人ずつ交代で続けた。
とは言え、銃を片手に警戒、等と物々しい様子は無く、対外的には彼らは旅行サークル。トランクケース傍らに夜更かしといったような様相だ。
時刻は深夜4時。
こんな深夜にも、列車は走り続けている。それこそが深夜列車の利点、そして秘密基地に感じるものと似た、ある種の魅力だ。
「あ、そろそろ交代の時か‥‥」
時計を目にメイフラワーが呟く。
「もうそんな時間か」
その言葉に、勇斗が起き上がってきた。
「す、すいません! 起こしてしまいましたか!?」
慌てて、恵が頭を下げる。
その様子に、少しばかり罪悪感を感じて、勇斗は苦笑した。
「いや。寝れなかっただけだ。依頼中は気が休まらん」
「きちんと寝ないといけませんよ」
ふいに、声がした。
遮那が背を伸ばす。枕元にあった眼鏡を掛けなおすと、前髪を両手でばっと撫で付ける。本来ざっくばらんな髪の毛だ。手を離せばぱさりと落ちてくる。
「休めるときに休みませんとね」
代わって、メイフラワーと恵がベッドへと潜り込む。
現在位置はパリ。深夜のパリを、電車は走り抜けていった。
傭兵達は、待合席で腰掛けていた。
もちろん、件のトランクケースもきちんと傍らにある。
「時間は、まだ大分ありますね‥‥」
時計を眺め、サナが本を取り出す。
「何か飲み物を買ってきましょうか?」
「ふっふっふ、こんな事もあろうかと‥‥」
にやりと笑みを浮かべ、鞄を漁るメイフラワー。何事かと周囲が覗き込むと、彼は勢いよくクッキーを取り出した。
「えへへ〜、クッキー持って来たんだ〜。食べる?」
更にはポットセットを引っ張り出し、コーヒーや紅茶のパックもおまけに持ち出す。
トランクケースを倒してその上にポットセットを置くと、手際よく湯を沸かしはじめた。
「じゃ、ついでにトランプといこうか?」
コーダンテがカードを切りながら皆を見回す。
「何か賭けた方が盛り上がるかしら?」
「そうね‥‥負けたらベルリンでベルリーナー・ヴァイゼ奢りね♪」
「あ、未成年の飲酒はいけませんからね?」
ベルリーナー・ヴァイゼは、ドイツで飲まれている白ビールだ。遮那はシュブニグラスの提案にフォローを加えたが、よく考えたらドイツの法律はどうだったかな、と思いをはせる。
「ゲームは大富豪が良いなぁ」
メイフラワーが挙手と共に顔を輝かせる。
「カードゲーム苦手だから、お手柔らかに頼むぜ?」
ぶっきらぼうに応じる勇斗。
だが、待ち時間を利用しての壮絶なる賭け大富豪が催される一方、そんな彼らの様子を遠くから眺める男が居た。
彼らの中には落ち着き無い者もいるが、全体としてはかなり旅慣れた様子だ。
無理して盗みを働くのはリスクが大きい。
慣れた小悪党ならそう判断したであろうが、もちろん、引ったくりや置引きの類にも素人はいる訳で。隙の有無を確かめる為に、じっと観察せねば解らない。そして勿論、傭兵相手にじろじろ視線を投げかけておいて、彼等にばれない訳も無く。
「‥‥」
勇斗と眼があって、男は思い切り飛び上がった。
一般人から見た勇斗の顔つきは、かなり甘めに考えても、怖い。日焼けした肌に眼付きも鋭く、左頬の大きな十字傷まで刻まれている。そんな彼にぎろりと睨まれて、男はそそくさと席を立った。
一般客も多いこんな場所で揉め事も起こしたくは無かったし、睨んで追い返せたなら上々だ。
「小物‥‥ね」
立ち去る男をちらりと見やるゴールドラッシュ。
「あぁ、ド素人だな」
もっとも、当のトランクケース自体、今はポットセットの下。盗ろうと思えばポットセットがひっくり返る。そんな状態で引ったくりや置き引きが出来る訳も無い。
「あたし達に気取られずにそれができる一般人なんて、それはそれでスゴいけどね」
「か、革命‥‥です」
恵の言葉にはたと気づき、ゴールドラッシュは視線を転じた。
「なっ‥‥!」
賭けは苦手だ。苦手だが、これは元々賭け専門のゲームではない。だのに、この手札は何だ。残りは『元』強力な手札のみ。運が悪いとしか言いようが無かった。
「革命でも、私は負けませんよ?」
普段の礼儀正しさそのままに、サナはむむと唸る。
表面上の事だけで、実際にはかなり負けず嫌いだ。それは、見ている誰からも解ってしまうほどだ。対する革命をやらかした恵も、引っ込み思案に見えてかなり負けず嫌いだが。
「僕も大貧民は御免ですねぇ」
「俺だってそうさ」
苦笑して応ずる遮那と勇斗。
ゲームはそのまま推移した。
「す、すいませんっ、僕が革命なんてすいませんっ」
勝利に胸を撫で下ろす各々の只中で、涙目気味に頭を抱える恵が目立った。一方でお金が出て行く事を悔しがるゴールドラッシュ。下手の横好きと言うには、これはちょっと大敗北に過ぎるのだ。
それはともかく、時間も時間で、傭兵達は新しい列車に向かう事になった。
●ベルリン
二日目からは食堂車を利用した。数名ずつ交替で食事をとり、何事の問題も無く時間は過ぎて行く。お菓子をつまみながら、シュブニグラスは静かに景色を眺めていた。紫陽花柄の浴衣が、すらりとした彼女によく似合っていた。
サナは持参の本をじっくりと読んでいて、時折思い出したように列車内を巡回している。
「もうすぐ、ベルリンですね」
本を閉じ、思い出したように呟くサナ。
「あら、もうそんな時間?」
パチパチと扇子を閉じ、シュブニグラスが時計を見やった。
体内時計は私の方が正確かもしれませんねと、サナは笑った。傭兵達はベルリンで下車する。そのまま一直線にユニヴァースナイトへ向かい、トランクケースを渡す事になる。
あとは、ベルリン観光とまでは行かないだろうが、ゴールドラッシュの奢りで少し飲みに行く事になるんだろうか――少し悪気も覚えながら、サナは小さく笑った。