タイトル:【BH】死者マスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/27 02:15

●オープニング本文


●幸せの一時
 村の広場で、一組の親子が堅く抱き合った。
「イリナ! あぁイリナ! よく、よく無事で‥‥!」
「母さん!」
 強く抱き付くその少年は、確かに愛しき我が子であった。
 母親は我が子の肩を撫で、隣では父親が涙に頬を濡らしていた。まだ十代後半にも満たないであろう少年は土に汚れ、疲れた表情を見せつつも、だがそれでも、命に別状は無かった。
 一週間以上前、バグアによって町が襲撃され、その混乱の最中で少年は行方不明となった。そして突然に、再び姿を現したのだ。
「今までどこにいたの、イリナ!」
「解らない‥‥気付いたら森の中で‥‥怖かった、怖かったよう‥‥」
 家族も住人も、それ以上問い掛けなかった。
 まずは無事を喜びあいたい。ゆっくりと休んで、お腹一杯食べて、それからでも良い。いや、思い出せ無くったって構わない。無事だった。無事だったというそれだけで、何もいらない。
「心配してたんだよ、イリナ君」
 同級生や隣人達、皆が彼の無事を喜んでいる。
「もう駄目かと思ってたんだよ」
「良かったナァ、シュミットさん」
「あぁ、本当に良かった」
 住民達の声に送られながら、家へと入っていく家族。
 シャワーを浴びせてあげよう――綺麗なシーツに寝巻きを。話をする元気はあるだろうか。いやそれより一緒にご飯を食べようか。それから、それから――


●Go to Sleep
 少年は目覚めた。
 懐かしい我が家の香りに、小さく微笑む。
 起き上がった少年はベッドを降り、母の名を呼んだ。返事が無く、仕方が無く歩き廻る。ふとベランダを見やると、飼犬のジルが居ない。
「お散歩行ってるのかな」
 不可解に思いつつも、少年は頭の隅へと追いやる。
 空腹に突き動かされてキッチンを訪れた少年は、なれた手つきでコーンフレークを引っ張り出す。
「お母さん、お出かけかな‥‥」
 のんびりと朝ごはんを食べ終えて、少年は再び家を廻った。
 やはり、家族が見当たらない。窓から外を眺めると、外はしんと静まり返り、人っ子一人歩いて居ない。

 一日が過ぎた。

 両親は帰ってこない。
 少年はテレビを眺めながら、不安に顔を曇らせる。
「何で誰もいないの‥‥?」
 不安に駆られる少年。ゆっくりと、外へ踏み出した。
 サンダル一足でペタペタと歩き廻る。雑貨店のコトルバッシュさんも、隣家のシモンさんも、誰も、誰もいない。こんにちわ、誰か居ませんか――少年の挨拶に、呼び鈴が虚しく木霊する。
「ひっく、ぐす‥‥ひっく‥‥」
 公園のベンチで膝を抱え、少年がしゃくりあげる。
 広い村の中に、自分一人だけ。
 自分が寝ている間に、世界が滅んでしまったのだろうか――そんな途方も無い想像すら頭をよぎる。涙を堪えきれず、少年は唇を噛む。膝をぎゅっと抱えたその時、物音が響いた。
「誰?」
 そこに居たのは、父だ。
 パッと顔を輝かせる少年。
 整備工のツナギを着た父がフラフラと歩み寄ってくる。
「父さん!」
 駆け寄る少年だったが、ふと、踏みとどまる。彼の直感が、危険を告げる。父さんじゃない――彼の父親は皮膚が腐り、白目を剥いている。声にならない呻き声に喉を震わせながら、涎を垂らし、彼に近寄ってくる。
「い‥‥嫌だ、やだ、来ないで‥‥!」
 手にした石を投げつけると、父親の頭部を砕いた。
 流れ出る血――いや、血のような、赤紫色の不気味な液体。首をがくがくと揺らしながら、変わり果てた父が彼に迫る。
「う、うわ、うわあああああっ!」
 眼を閉じ、少年は頭を抱えた。
「う、うぅ‥‥」
 恐れていた次が、続かない。そっと、眼を開く。
 足元には、首の欠けた父らしき物体が転がっていた。
 見上げた先に、三つ首の犬がいた。
 少年には判別できなかったが、それはケルベロスタイプのキメラだった。それもかなり大型のケルベロスだ。そのケルベロスが、彼を見下ろしていた。変わり果てた父の次はキメラ――少年は今度こそ覚悟した。
 だが、どうだ。
 ケルベロスは少年に静かに近寄るや、びくりと震える少年の頬を舐め、彼に擦り寄る。
「ふぇ?」
 恐る恐る手を伸ばし、その鼻先に触れる。
 嫌がる素振りひとつ見せず、ケルベロスはクンクンと鼻を鳴らした。


●依頼
 傭兵達の前で、モーリス・シュピルマンが頭を抱えていた。
「諸君等に集まって頂いたのは、他でもありません」
 静かに切り出す。
「先日、ルーマニアのとある町が連絡を断ちました。それも、一夜にして突然にです。バグアによる襲撃の報すらありませんでした」
 その手に、じっとりと汗が浮かんでいた。
「我々UPCは、一個小隊による偵察を実施しました」
 背後のスクリーンに、映像が映し出される。
 そこには、町の異様が映し出されていた。人っ子一人居ないのだ。
「しかし、偵察に赴いた小隊は全滅してしまいました」
 モーリスがぼそりと告げる。
 映像は続く。
 突然苦しみ出した兵士達。地面をのた打ち回ってもがき苦しむ兵士達は、やがてぱたりと、その動きを止めた。画面がぐらりと揺れ、がしゃりと地面に衝突する。映像はそこで途切れた。
 ――待ってくれ、この映像は誰が?
 傭兵の一人が思わず声を上げた。
「従軍カメラマンが追従していました。そして、この映像を持ち帰ったのは、小隊長です‥‥能力者でした。彼だけが帰還したのです‥‥しかし彼も‥‥」
 ――同じように死んでしまったのか?
 質問に、モーリスは違うと答えた。
「彼の死因は外傷です。身体中を食い破られていて、帰還するだけで限界でした」
 そして、小隊長は死んだ。
 何一つ現地の状況を語る事も出来ず、映像だけを残して。
 息を呑む傭兵達。
「情報が不足しています。まずは現地に赴き、情報の収集を願います」
 契約書を示し、モーリスは眼を伏せた。

●参加者一覧

相麻 了(ga0224
17歳・♂・DG
小川 有栖(ga0512
14歳・♀・ST
シャロン・シフェンティ(ga3064
29歳・♂・ST
シェスチ(ga7729
22歳・♂・SN
聖・綾乃(ga7770
16歳・♀・EL
まひる(ga9244
24歳・♀・GP
玖珂・円(ga9340
16歳・♀・ST
使人風棄(ga9514
20歳・♂・GP

●リプレイ本文

 雨が降っていた。傭兵達は皆、事前に申請していたレインコートを羽織り、雨露を凌いでいる。ジープを降り、地図を広げる傭兵達。
「うっひょぉ〜カワイコちゃんいっぱいだぁ」
「ふざけてちゃいけませんよ?」
 相麻 了(ga0224)の言葉に、使人風棄(ga9514)はにいと笑って応じる。
 森にも足を運んだが、さしたる発見は無かった。班分けと最後の打ち合わせをして、彼等は走り出す。雨の中、不気味に静まり返った街へと向かって。


●兵士の遺体
「街が一夜にして死んでしまうなんて、どういう事なんでしょう‥‥?」
「さあね‥‥」
 辺りを警戒しつつも首を傾げる聖・綾乃(ga7770)に、玖珂・円(ga9340)がツンと応じる。市街の現状と市民の有無を確かめんと周囲を見回すものの、人っ子一人見当たらない。
 シャロン・シフェンティ(ga3064)が大気サンプルを採取しつつ、同様に周囲を見回した。
「興味深い。非常に興味深い――が、これは異常ですね」
 同様に周囲の植木や雑草にも視線を転じ、手袋をしてから葉を摘む。
 眼で見る限り特に変わった様子も無く、植木の中には虫がゴソゴソと雨宿りもしていた。動植物も持ち帰る予定だった為、その虫もついでとケースに収め、きちんと密封する。
「地図によれば、兵士が死亡したのはこっちみたいだけど‥‥っと」
 先頭を歩く了。
 曲がり角をひょいと覗き込む。
「‥‥」
「どうした?」
 円の言葉に、むっつりと黙ったまま振り返る了。
「遺体が無い」
「ふむ。常識的に考えればありえん事だ、が‥‥」
 事実そうである以上、柔軟に考えざるを得ない。元々兵士の遺体からもサンプルを回収する予定だった。何者かが動かした可能性も無いではない。彼女はケースを抱え、本来なら遺体があったであろう場所に立った。
 後ろにつく綾乃が朱鳳の柄に手を掛け、周囲を警戒している。
「何か痕跡は?」
 ひょいと顔を出し、カメラを持ち出す了。
「んーむ、無さそうだ‥‥」
 円が屈み、道路をじっと見つめるが、やはり何も無い。
 一瞬、場所を間違えたのかとも思ったが、彼等はそんな凡ミスをやるような間抜け集団ではないし、事実間違っていなかった。
「となると、遺体が動いたか、動かされたか‥‥」
 言いかけたシャロンが口を止め、物音に振り向く。他の傭兵達も同様。小枝を踏み折るような音が響いた。続けて、がさり、がさりとあちこちから物音が響いてくる。
「円陣を」
 了の言葉に、互いに背を向けて身構える。
「こちらB班。何か怪しい物音がした」
『了解。また何かあれば連絡頼むわ』
 無線機の向こうからは、まひる(ga9244)の気風の良い声が返ってくる。
 B班の傭兵達は、それぞれが得意とする武器を構えた。今まで物音一つしなかったというのに、突如として周囲を取り囲まれるように物音が鳴り響いたのだ。ただならぬ事態であるという事は、容易に想像がついた。
「‥‥? 人影?」
 柄に掛けていた手を放し、綾乃がふっと警戒を緩める。
「あれは‥‥偵察隊!?」
 道路の奥に現れた人影は、軍装だった。だがその表情は、ヘルメットとマスクによって窺い知る事が出来ない。ただ、動きは緩慢で、その歩み寄る速度は非常にゆっくりとしていた。
「待て、不用意に接触するなって話を忘れたか!」
 了の言葉に、ハッとする綾乃。
「止まれ‥‥」
 超機械を構えたシャロンが警告を発する。
 だが、聞く耳も持たぬのか、構わず、兵士は歩み寄ってくる。
「警告はしまし‥‥」
「警告してる暇は無いみたいだな」
 エネルギーガンを引き抜く円。その言葉に眉を持ち上げてみれば、周囲の茂みや曲がり角から、似たような者達がぞろぞろと姿を現す。性別年齢までまちまちな普段着の住民達。その顔は青黒く変色しており、白目を剥いている。
「くっ‥‥何ですか、この人達は? ホントに‥‥生きてるの?」
「退くぜ」
 了の言葉に、皆が頷いた。
 これは危険だ。単純に考えたって解る。
「時間を稼ぐ。皆は今来た道を!」
 軽快に飛び跳ね、了がゼロを握り締める。一番近くに居た何者か目掛けて腕を振るうと、赤紫色の体液が辺りに撒き散らされる。それを合図に、傭兵達が駆け出した。近付く数体を切り裂き、了がその後ろに続く。
「こっちにまで‥‥死者は、静かに眠りなさい!」
 今来た道にまで、奴等は現れていた。
 綾乃が髪を蒼く光らせ、朱鳳を振るう。
 先頭に居た敵が、首を撥ねられて崩れ落ちる。続けて円が、シエルクラインの引き金を引いた。道路中央の敵を撃ち抜き、更には照明銃を引き抜いて敵の群れ目掛けて放つ。
 音や光に怯む様子は無い。
(これは、まさか『死体』か? 五感はとうに無いと見るべきか‥‥)
「まずいな、もう囲まれてる」
 了が呟いた。
「ククク‥‥さぁ、楽しい研究の時間です」
 立ち止まったシャロンが、懐から瓶を取り出す。瓶に揺れる薄茶色の液体。立ちはだかる死体の群れ目掛け、彼は瓶を放った。瓶が割れると同時に超機械を掲げ、錬力を込めた。
 直後、爆風が辺りに広がる。
「原始的でしょう? だからこそ、効果も分かりやす‥‥むっ!」
 爆風に弾かれ、のた打ち回る死体。
 その中から、一頭の狼が姿を現した。牙を剥き、軽快に飛び跳ねて襲い掛かってくる。
「危ないっ!」
 空中にあった狼の胴を、綾乃が寸断した。
 その額には尖った一本の角。おそらくは、キメラ。
「急ぐぞ!」
 了が叫ぶ言葉に、炎の壁を見やる。幾ら雨天で火力が弱いとはいえ、死体の群れは炎の只中を歩いてくる。腕の2、3本や全身火傷など、何もかもお構いなしだ。
「奴等、炎なんて気にしないらしいな」
 近付く遺体を小銃の銃低で叩き伏せる円。彼等は死体を踏み越え、包囲網を脱した。
「こちらB班、聖です! この数‥‥危険です! 合流をお願いしますっ!」
 軍用通信機を手に、綾乃が声を張り上げる。だが、応答は無い。
「有栖クンは大丈夫なのだろうか‥‥」
 一人、了は有栖の身を案じた。


●少年とケルベロス
 兵士達の遺体確認を優先したB班に対し、A班は確認されていた熱源、生命反応への接触を優先した。熱源が確認されたという中央公園付近目掛け、行く先を急ぐ。
 砂利を踏みしめ、傭兵達が立ち止まった。
「さて、到着したは良いけど‥‥」
 まひるがぐるりと辺りを見回した。
「やっぱり、この場にはいないみたいだね」
 風棄がぽつりと呟き、その傍らにそっと寄り添う。
「‥‥ん?」
 通信機が鳴り、まひるは耳を傾けた。
『こちらB班。何か怪しい物音がした』
「了解。また何かあれば連絡頼むわ」
 どうしたのか、と問いかけるシェスチ(ga7729)に、彼女は通信内容を伝えた。
「とはいっても、未知が相手‥‥なら、暴いて曝すまで‥‥だよ」
 サーモカメラを掲げ、じっとその画面を覗き込むシェスチ。事前に情報を収集した限りでは、この街そのものは襲撃を受けていないものの、近隣で戦闘が発生していた事は確かなようであり、その際に数名の市民が巻き込まれ、行方不明となっている。
 その後誰かが発見されたという情報は無い。街への出入りでは、製薬会社の社員やスーパーマーケットの幹部が訪れていた、というくらいか。
 ざっと見回した限りでは、サーモカメラに熱源は写らない。
「近くには‥‥いないのかな‥‥」
「かといって、街をしらみつぶしに探す訳には参りませんし‥‥」
 小川 有栖(ga0512)が困ったような顔をする。
 そうは言いつつも、彼女は袋を取り出し、付近の土を軽くさらった。公園なら地面も剥きだしでちょうど良かった。周辺の植物も採取したが、問題は水だ。水道ならあるが、その辺りの水となると、雨が降ってしまっていて、正確性に疑問が残る。
「‥‥熱源?」
 シェスチの声に、傭兵達は動きをとめる。
「どこ?」
「ほら‥‥」
 画面の示す方角から、熱源がゆっくりと近寄ってくるのが見て取れる。
「隠れましょう」
 シェスチの言葉に、素早く身を隠す一同。サーモカメラをじっと見つめた。隣にいた有栖が、壁の陰からそっと様子を窺う。
 現れたのは、レインコートを羽織った少年。
 少年は小脇にビニール袋を抱え、水溜りを蹴りながら小走りに駆けていく。その少年を見てまひるは無線機を手にB班を呼びかけるが、応答が無い。そうしているうちに、少年は公園の外縁を移動して視界の中を横切っていく。
(どうしたのかしら‥‥)
「見てください!」
 まひるの思案を遮り、有栖が声を挙げる。
 その声に、皆が面を上げ、少年へと視線を転じた。
「何よあれ?」
 眉をひそめるまひる。風棄は相変わらず興味も無さそうに眺めていたが、新たに現れた人影を相手に、露骨に首を傾げた。飛び出したシェスチが翠澪の弓に矢をつがえ、立ち上がる。
「まずい‥‥!」
 現れた人影は少年に向かって手を伸ばして歩いており、少年は明らかに後ずさっている。生存者がの存在に怪しさこそ感じても、救える命であれば救いたかった。
 一直線に雨を裂く矢が、何者かの頭部に突き刺さる。
 その一体は崩れた。だが、物音はまだ続く。
 あちこちの街角やドアの中から、次々と現れるそれら。それらは全て、B班が遭遇したものと同様に、まるで死体が動き回っているかのようだった。
「お、お姉さん達は‥‥」
 道脇にへたり込む少年が、彼女たちの存在に驚き、眼を開く。
「風棄、正当防衛よ!」
「ふふ‥‥解りました」
 現れた死体目掛け、一直線に駆ける風棄。
「となると‥‥B班が遭遇した物音は‥‥」
「かもしれません!」
 次の矢を引き絞るシェスチ。有栖が頷くと同時に超機械を手に飛び出した。戦闘は苦手だが、援護だけでもやらねばならない。了の事が気になりはしたが、大丈夫だ、心配はないと自身に言い聞かせる。
「さぁ、綺麗に壊してあげますよ」
 瞳孔の開ききった眼を爛々と輝かせて、周囲に居並ぶ死体達を次々と切り裂いていった。切り裂くと同時に内臓だ何だを抉り、引き千切り、袋の中へと押し込めていく。
 傭兵であれば、彼のやり方に驚きはしなかったろう。
「う、あ‥‥」
 だが、へたり込んでいる少年は、傭兵ではなかった。あまりに凄惨なコントラストが眼前に広がり、恐怖の余り荷物も手にせず両手を着いたまま、逃げ出した。
「うわあああ!」
 我を忘れた少年の周囲を、現れた死体が取り囲む。再び腰を抜かし、しりもちをつく少年。
「ま、待って! 怖くないですから、私達は‥‥!」
 有栖の声も、少年には届かない。
 周囲には死体の群れもあり、サイエンティストの彼女には、これを突破するのはあまりに困難だった。まひるがサーベルを手に立ちはだかる死体の脚を寸断するものの、死体は動きを止めない。這ってでもこちらに向かってくるのだ。
 対するシェスチも弓で突破を図るは難しく、風棄は死体相手に手間取っている。
 少年に死体の手が伸びたその時だ、傭兵達は一瞬、自分達の眼を疑った。

 上空から放たれた電撃が、少年の周囲の死体を一掃する。
 その電撃の主は、三ツ頭の巨大な狼――ケルベロス。キメラだ。キメラが人間を助けたのか。ただの偶然ではないのか。そう疑う傭兵達だが、キメラは少年に危害を加えない。
 左端の頭が牙を剥いて少年に向かうが、服の襟首を噛んで持ち上げ、決して危害を加えようとしない。
「これはこれは‥‥壊しがいがありそうですね〜」
 驚く有栖の横をすり抜けて、風棄が飛び出した。
 牙を剥き、前脚を振り上げるケルベロス。
「待って風棄!」
 ルベウスを掲げる風棄を追い、まひるが地を蹴った。タックル同然にその腰に抱きつく。振るわれたケルベロスの爪が、まひるの肩に食い込んで肉を裂いた。
「まひるさん!? 貴様‥‥!」
 怒りも露に飛び出そうとする風棄だが、突如として、眼前に炎が広がった。
「‥‥静かに‥‥一撃で‥‥」
 狙撃眼を発動し、遠方から矢を放つシェスチ。
 炎を縫い、矢がケルベロスの眼を射抜いた。咆哮し、更なる炎をばら撒くケルベロス。そのまま身を翻すと、少年を口に咥えたまま地を蹴り、雨の中へと駆けて行く。吐き出されたタール状のものは何時までも燃え続けて行く手を阻み、熱によってサーモカメラは精度を失う。
「有栖!」
「了さん!」
 遠くから聞こえる了の声に、車のエンジン音。二台に分譲したB班が公園の中へとジープを乗り入れた。
「早くジープへ!」
 荷台から身を乗り出し、死体を切り払う綾乃。
「さぁて、もう2本‥‥!」
 シャロンが両手を振るう。瓶が割れると同時の超機械による着火で、再び辺りに炎が広がった。一瞬であれ、その爆風に煽られ、勢いのそがれる死体。
「風棄、下がるわよ!」
「っ‥‥あながたそう言うのなら‥‥」
 不満そうにトラックへ向かう風棄。
 有栖は死体の皮膚や骨を袋に放り込んでいて、了の熱烈コールにも関わらず、一番近いジープへと乗り込んだ。
「そんなぁ」
 口では愚痴りつつも、了は急いでアクセルを踏み込む。
「‥‥振り落とさないでね?」
 再び加速するジープの前に現れた死体を、シェスチがS−01を構え、撃ち抜く。
 その後ろに続くシャロンの運転するジープ。肩を負傷したまひるに、有栖が超機械を構え、練成治療を発動した。数体の死体を撥ね、或いは踏み越えつつ、ジープは街を脱した。
 所詮、あの緩慢さで車に追いつける訳も無い。妨害は、走行ルート上に予め待ち構えていた死体程度だった。


●報告書
 風棄の袋は、道中で幾つかを棄てた。その外部にまで血液べっとりのものがあったからだ。とはいえ、傭兵達の中にも返り血を浴びた者も居て、結局彼等は、帰還すると頭から消毒液をかけられた。
「くさい‥‥」
 涙目になりながら訴える綾乃。
「とりあえず、これでも飲んで温まって下さい」
 暖かい紅茶を手に、モーリスがテントへと皆を招きいれた。

 集められたサンプルは大気、雨水、土、植物や昆虫、それに死体達の身体の一部。
「ふむ‥‥リビングデット、ねぇ」
 にへらと苦笑するモーリス。
「下手なB級ホラーじゃあるまいし‥‥笑えないわね」
 ある程度情報を纏めた円とシャロンが、レポートを提出した。
 写真には、人っ子一人いない風景と、転じて、動き回る死体が写されている。モーリスによれば、サンプルは検査に廻されるという事で、現段階では結果待ち。そしてもう一点、問題は少年とケルベロスだ。
 その点について、円は思うところを述べた。
「‥‥ふむ、その少年が、バグアに寄生されていると? なるほど。その者がヨリシロであれば、生きているのも頷けますねぇ」
 報告書に書き記すモーリス。
「では」
「あ、ちょっと待って下さい」
 軽く敬礼をして部屋を後にしようとする彼等を、モーリスが呼び止めた。
「シャロンさん」
 呼び止め、平手をひょいと差し出している。
「‥‥?」
「機密なんです」
 言われて、シャロンはやれやれと肩をすくめた。