●リプレイ本文
「あら、綺麗所揃えてくれたのね♪」
ママの綺麗所、という言葉に顔を見合わせる傭兵達。こっちよと促され、皆は店の奥へ足を踏み入れ、凍りついたように固まった。
並んでいるのは全て女物。
神崎・子虎(
ga0513)が並ぶ衣装に飛びつく。
「わー、お洋服いっぱい〜♪ これ、どれ着てもいいの? いいの?」
「えぇ、もちろんよ」
衣装室の様子に、声を掛けてきたエミールが「男か否か」をしつこく確認していたのを思い出し、ゼフィル・ラングレン(
ga6674)は自らの置かれた現状を理解した。
「騙しましたね」
「ボーイの仕事と聞いて来たんですけど‥‥ね」
衣装室をぐるりと見回す鴉(
gb0616)。
「え、あの‥‥女装‥‥?」
変わらぬ表情のまま、幡多野 克(
ga0444)は首を傾げる。
「まぁ、エミールちゃんったら、嘘ついたの?」
「あれ? 私は最初からそうと聞いてましたけど‥‥」
ニヤリと笑うママに、きょとんとする遠藤鈴樹(
ga4987)。二人を前に、がくがくと首を上下させて肯定するエミールは、愛輝(
ga3159)にじろりと睨まれるが早いか一目散に逃げ出した。
「はぁ‥‥仕方ない。仕事と割り切って諦めるか」
「えっと、その‥‥女装しなきゃ‥‥ダメ‥‥?」
克がおずおずと尋ねるも、ママが爽やかな笑顔でもちろんと答えてしまえば、今更断れる訳も無く。そんな中でもラウル・カミーユ(
ga7242)はかなりのんびりとしたもので、既に衣装を選び始めている。
「‥‥うや? 騙されっ子多い?」
ラウルの言葉に、ゼフィルがこくりと頷く。
「――来ちゃったからには頑張れ?」
「うぅ‥‥」
にへらと笑い返されて、彼は涙目になり、やがて今にも泣き出しそうな表情で衣装を選び始めた。
「イベントで‥‥しかも、女装して‥‥働けと‥‥やれやれですねえ」
小さな溜息をつき、額に手をあてる神無月 紫翠(
ga0243)。
そうは呟きつつも、衣装を選ぶその様子は手馴れていて。
「はいはーいっ、お化粧して欲しい人はこっちきてね♪ 綺麗に仕上げてあげるよ♪」
既に着替え終えた子虎が、衣装室の隅で手を振る。
「じゃあ‥‥良ければ‥‥お願い‥‥」
克が着替えの途中のまま、鏡を前に小さな椅子に腰掛けた。自分でやったら酷い有様になってしまうのは解り切っている。慣れている人に頼んだ方が良い。
「結構綺麗なお兄さん多いから、濃くしないでも大丈夫そうだねっ」
頬に触れた化粧品の冷たさに、克はピクリと震える。
「うーん‥‥そういう感じで使うんだ‥‥」
ラウルや子虎の様子を感心して眺める鈴樹。普段は舞台向けの濃い化粧が中心の為、こういった自然な化粧方法を眺めたり、並ぶ化粧品を手に取ったりするだけでも参考になる点は多い。
和やかな彼等に比べて、姿見の前では鴉が唸っていた。着物を着ようとしたのはいいのだが、何分不慣れなもので、どうにも上手く整わない。と、そこへ紫翠が現れる。
「手伝いましょうか」
「‥‥ありがたい」
天の助けといった感じで、鴉は笑う。
「じっとしていて下さい‥‥きつくないですか?」
どこでどう覚えたのか、紫翠は女装に関してはプロ級である。
「タオルで補正しておきます」
鴉の腰や胸に手を回す。着物のラインがスッと通るよう、紫翠はタオルを当てた。とは言え、実は男性の方が着物が着易く、タオルの補正も少なくて済んだりする。ラインが綺麗に出ている事を確認すると、彼は最後に帯をきゅっと締め、手早く着付けを終わらせた。
●初日
「コレは仕事、依頼、俺は傭兵‥‥」
ブツブツと鏡を前に呟く鴉。そうやって自分の気持ちを切り替えるや否や――
「いらっしゃいませ〜!」
店先に顔を出し、明るい笑顔を見せる。
その姿は赤い着物に黒袴、履物はブーツで髪を鈴花飾りで留めている。端的に例えるなれば‥‥明治、文明開化華やかなりし頃の女学生風。バイトで培った愛想の良い営業スマイルが華を添える。
一方、ラウルの雰囲気はしっとりと落ち着いている。
髪は黒く染められて一束ねになっているが、所々ほつれている。同様に、化粧にも派手さはないものの、グロスをひいた唇はしっとりと濡れた感じがして、とても艶やかだ。
着ているロングのチャイナドレスは藍染めで、白い芍薬の刺繍が施されている。
しかもそのスリットからは、ラウルの白い脚がすらりと伸びており、誰が見たって生唾もの。
「いらっしゃいませ‥‥」
柔らかい微笑みを魅せる彼の周囲には、しかし、客の顔を見ると同時に薄っすらとした陰が漂う。気になった客が問いかければ、彼に少し似ていらしてと傷心を垣間見せ。
「辛い事を思い出させたかな‥‥」
「いえ、そんな‥‥しんみりさせて申し訳ありません」
彼の様子はいかにも気丈に振舞っているかのようで、その健気な姿勢に大勢の客が、何というか、落ちた。
もはや魔性の女である。男だけど。
店の隅、店内の椅子にちょこんと座って俯くゼフィル。
ゼフィルの服装はウェイトレス姿。胸元の名札には「エレシア」と記されている。店はまだ開店直後でそれほど混んでいない。彼も店内でゆっくりしているのだ、が。
「はぁ‥‥」
彼の溜息に、同様に店の隅で目立たぬようにしていたエミールが、ビクリと肩を震わせる。
「眼の保養やなあ! あはは!」
サッと眼を逸らし、空元気で笑い声。
――と、逸らした視線の先に、黒い影があった。愛輝だ。
ゴスメイクにシルバーアクセサリを彩り、厚底のラバーソールで身長の底上げも。パンクな格好であるが、ミニスカに黒いニーソックスで絶対領域の黄金比率も完璧だ。
じろりと見据えられ、エミールは気圧された。ものだから、つい。
「に、似合うとるやな――ぬがっ!」
言葉が最後まで続かずに、ピコハンが顔面を直撃する。
スカートの中に隠していたものだ。ミニスカの下に隠そうものなら取り出した時に見えてしまいそうだが、絶対に見えない。鉄壁だから。
「なっ、なにす‥‥」
「自分だけ何もしないなんて、許せません」
跳ね除けて立ち上がりかけた彼女の顔に、鼻眼鏡がつきつけられる。そして続けて、料理皿が一枚置かれた。
「注文ついでに作りました。アナタの為に作った訳ではありませんから‥‥」
不機嫌そうな表情のまま、ついと顔を逸らす愛輝。
「‥‥食べてもええの?」
もう怒ってないんだと安心したエミールが、フォークを手にする。無作法にも笑顔満開で肉を頬張って、んでもって動きを止めた。
「‥‥」
マズい。
冗談抜きでマズイ。
恐怖の表情で、彼女は愛輝を見た。愛輝は顔を逸らしたままちらちらと目配せしており、その反応を窺っている。元々料理は得意だが、だからこそ、マズい料理の作り方も解っている。この目配せだってデレの演技だが、今のエミールは、あまりのマズさに見抜く余裕も無い。
そして、騙した負い目とか、折角の手料理なんだからとか、あらゆる要因が追い討ちをかけた。
「オ‥‥オイシイナア!」
表情は、すっかり青ざめていた。
●まだまだ続く
「――鈍の羽風に この身を預け」
とっぷりと日も暮れて、店内にゆったりとした歌声が響く。
珍しいその音調に、客達はどこの歌かと顔を見合わせる。
「拓くこの道きっと 貴方へと続く――♪」
緩く纏められた髪に蜻蛉珠の簪。
鈴樹は女心をマスターし、ひいては自らの「おんな歌」を極めんが為、普段からこうした格好で過ごしている。浴衣歩きは様になっていて、着崩れる様子も無い。
情感たっぷりに謳い上げるその様子に、口笛や拍手が送られていた。
接客業も得意であったし、年長だからとの気負いもあって、こうして唄いながらも、彼は店内に細かく眼を配っている。
カウンター席では、羽振りの良い客がゼフィルと子虎を両隣に座らせ、上機嫌で腰掛けていた。
「少しだけここでバイトする神崎子虎だよ、よろしくね〜♪」
「そっちの君は〜?」
ゼフィルの椅子にそろりと伸ばした客の手が、子虎にぴしりと張られる。
「やん♪ おに〜さんのえっちぃ」
「セ、セクハラですよっ」
子虎の言葉に気がついて、ゼフィルはぎゅっとスカートを抑える。
対する客は、途中で阻止されたというのに嬉しそうだ。これも男の悲しい習性。にへらと鼻の下を伸ばしているからと、誰が彼を非難できようか。
「さーって、そろそろお色直しターイム!」
子虎はひょいと立ち上がり、ゼフィルの腕を掴んで店の奥へと引っ込だ。
「こっちにワインちょーだい!」
「はっ、はい、ただいま!」
巫女装束の克が、慌てて駆けた。露出が少なく恥ずかしくない格好、という事で彼は巫女装束。後頭部にはウィッグをつけており、小走りに駆ける彼に合わせ、小さくポニテが揺れている。
客が少なければ箒掃除等しているが、今は忙しい時間帯。料理運びに注文とりと、彼はこまめに働いていた。だが、その表情は硬い。緊張のあまり、裾でも踏んづけはしまいかと感じる危なっかしさだ。
そんな彼の袖を、酔っ払った客が掴んだ。
「なぁなぁ、こっちで呑もうってば〜」
「あの‥‥お客様‥‥」
困ったな、という表情を見せる克。しかし、不慣れであるが故に強く出られず、あの、その、と呟くばかりで動くに動けない。ところが、その酔っ払いの肩が、がしりと掴まれた。
「あらあら」
にっこりと笑顔を見せるのは鈴樹だ。
「大分酔ってきちゃったかしら。テラスへいかが? お付き合いするわよ?」
抵抗するなら無理にも引きずり出すつもりだったが、鈴樹に付き添われ、酔っ払いは喜んでテラスへと向かった。その途中、鈴樹がちらりと振り返り、頷く。
珍しく表情を崩す克。安堵の色を浮かべて、彼は小さく会釈した。
(それにしても‥‥)
様々なタイプの客が訪れているな――と、紫翠は思う。
やはり、客層の中心が、自由闊達な傭兵や情報屋である事が大きいのだろう。性別年齢も様々なら、礼儀正しい者からがさつな者まで様々で、ママは時折、真面目な面持ちで内緒話をしている。もっとも、今は衣装室で騒ぐばかりなのだけれど。
そんな紫翠が、視界の隅で砕け散るガラスを捉えた。
「‥‥?」
床にはグラスの破片が散らばっていて、周囲の一般客は何事かと驚く。見れば、客同士が立ち上がり、何かを言い争っていた。
「だいたい貴様は‥‥うわ!?」
フォークが一線し、客の眼前をすり抜けて壁に突き刺さる。
「手が――」
陰と共に微笑むラウル。
「――滑ってしまいましたわ。刺さる筈でしたのに」
「なッ、それはどういう‥‥あたた!」
怒りも露に振り返った男が悲鳴を上げて跳ね上がる。
「お客様、ご冗談が過ぎますわ」
今度は紫翠だった。
覚醒こそしていないものの、男の足先を力の限り踏みつけている。薄青色の絽小紋を着こなした紫翠はたすきで袖を捲り上げており、雰囲気はさながら店員の姉さん。アップに持ち上げた髪が、より一層の雰囲気を造り上げている。
普段の笑顔を崩さぬ紫翠の言葉を前にして、尚もしつこく食い下がる。だが、紫翠に続いて鴉が立ち寄ると、二人は視線を交わらせて頷いた。
「‥‥お客サマ? そういうのは、いけませんよ。ね、お姉さん?」
「えぇ‥‥少し、頭を冷やして‥‥頂きましょうか‥‥」
大きな溜息ひとつ、紫翠は客の耳を引っ張って店の外につまみ出す。
続けて鴉が手刀を振るってもう一人を黙らせる。手際良い二人の片付け方に、店内から喝采が投げ掛けられた。
「ねぇ、騒がしいけどだいじょーぶ?」
「大丈夫‥‥です」
奥からママの声が飛ぶ。
ひょいと顔を見せる子虎に、克が気づいた。
「じゃ〜んっ!」
楽しげな声と共に現れる子虎。
スク水だ。
浮き輪を腰にくるくるっと軸足を伸ばして回転する彼――というかもう彼女だ――を一目見るや否や、エミールがコーヒーを噴いた。他の客の反応も千差万別。呆然、感心、賞賛、そして黄色い歓声。特に女性客からの。
もはや魔法の域に達している。
「ほら、ゼフィルさんもっ」
腕を掴んで引っ張られるゼフィルは、メイド服。
ウェイトレス姿でもあれだけ恥ずかしかったのに、このうえメイド服。ぐいぐいと引っ張る子虎を相手に、ゼフィルは精一杯抵抗してドアノブを離さない。
「ボ、ボクには厨房の調理手伝いが!」
「今は手がすいてるから構わないわ〜」
ママの一言に言い訳を打ち砕かれ、彼は遂に引きずり出された。
「すごーい!」
「どうやって着てるの!?」
「きみつじこーです♪」
早速女性陣に取り囲まれる子虎とゼフィル。
二人に限らず、傭兵達はみな、老若男女を問わず好評で、バーは、大規模作戦以来久々の大盛況となった。
「美人ばかりの中、俺、肩身が狭いですよ」
そう言って微笑む鴉。そんな彼もかなりサマになっている。
「あかん、俺自分の性別に自信無うなってきた」
皆を横目に、エミールが頭を抱えた。
●後始末
「アリガトね、お陰様で助かっちゃったわぁ!」
上機嫌で依頼料を手渡して廻るママ。
「皆さん‥‥お疲れ様でした‥‥慣れない事すると‥‥疲れます」
紫翠が参加した傭兵達を見回して言う。
「今日でお仕事最終日かぁ。ちょっと残念ー」
「アナタ達なら、いつ来てもらっても大歓迎。むしろ来て貰いたいくらいよ」
その言葉に紫翠は思わず苦笑をにじませ、子虎は顔を輝かせる。
「本当? その時はまたよろしくね、ママ♪」
「さーってと、そろそろ帰ろか」
ひょいと椅子を降りるエミール。
そんな彼女の襟首を、愛輝ががしりと掴む。
「‥‥なんだ、もう帰るのか? もう少し居ろよ」
愛輝は先程までのノリを維持したまま、彼女の首襟を掴んでいた。頬を引きつらせて、エミールが振り返る。
「も、もう依頼終わったやん? デレんでもええんよ?」
「ママさん、チョコレートケーキひとつ下さい」
カウンター席にちょこんと座ったゼフィルがメニューを指し示した。
「エミールさんのツケでっ」
「ちょ、まっ‥‥」
「俺は‥‥杏仁豆腐を、10杯‥‥ツケで」
「じゃあ、俺はサモス・デュを一杯」
箒を傍らに置く克に、鴉も続く。
「オーケー♪」
「ママまで!」
「ん? 騙したエミールちゃんが悪いのよ♪」
「あ、俺は自分で‥‥」
鴉が割り込むが、ママの指に口元を閉じられる。
「いいの、エミールちゃんにツケちゃいなさい」
「‥‥エミールさん‥‥ツケ、頑張って下さいね」
「僕はおススメのデザートで何か一品♪ ‥‥エミりん頑張れ?」
「オマエもかブルータス!」
酸欠の金魚みたく口をパクパクさせるも、容赦などして貰える筈もない。ラウルは騙されてすらいないが、傭兵の世界は弱肉強食。非情なのである。
「んーっ、美味しい♪」
女装は嫌がっていたが、ゼフィルの食べ方は妙に女の子らしい。本人は嫌がっても、周囲から女の子に見えたって仕方が無いかもしれない。
「女装は‥‥クセになるって‥‥本当かな‥‥」
ふと思い出したように鏡を見つめる克。子虎が普段から女装してても似合うよと首を傾げるが、克は、慌てて首を振った。